chats
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3.16k
| meta
dict |
---|---|---|
[
[
"そんならブロム、ダツチヤアは。",
"あれは軍の始まつた時に隊に這入つた。ストニイ、ポイントの進撃の時に死んだといふ人もあるし、又たアントニイス、ノオスの颶風に逢うて溺れたといふ人もある。何しろ帰つては来ない。",
"そして教師のフアン、ブムメルは。",
"あれも矢張軍に出て、仕舞ひには土兵の大した将官になつて、今では議員だ。"
],
[
"ジユヂス、ガアドニイア",
"そして貴君の乃翁の名は。",
"えゝ、気の毒なのは私の阿爺、名はリツプ、フアン、ヰンクルと云ひました。鳥銃を肩に掛けて、家を出て往つてから、最う二十年立ちましたが、それつ切り音沙汰なしです。伴れて往つた犬は独で還りましたが、主人は自殺でもしましたか、銅色人種にでも引張つて行かれましたか、誰も様子を知りません。私はまだその時に小さい娘で御座りました。"
],
[
"そしてお前の老萱は何処に居ます。",
"嬢々はたつた此間無くなりました。ニユウ、イングランドから来た旅商人と喧嘩をして、余り怒つたので、卒中とかいふ病を発したのだといふことです。"
]
] | 底本:「鴎外選集 第16巻」岩波書店
1980(昭和55)年2月22日第1刷発行
1980(昭和55)年6月30日第2刷発行
初出:「少年園 第二巻 第十三号」
1889(明治22)年5月3日発行
「少年園 第二巻 第十四号」
1889(明治22)年5月18日発行
「少年園 第二巻 第十五号」
1889(明治22)年6月3日発行
「少年園 第二巻 第十六号」
1889(明治22)年6月18日発行
「少年園 第二巻 第十七号」
1889(明治22)年7月3日発行
「少年園 第二巻 第十八号」
1889(明治22)年7月18日発行
「少年園 第二巻 第二十号」
1889(明治22)年8月18日発行
※初出時の表題は「新世界の浦島」です。
※初出時の署名は「鴎外漁史」です。
※翻訳原本は「W. Irving: [#斜体]Skizzenbuch[#斜体終わり]. Deutsch von Karl Theodor Gaedertz (1855-1912). Leipzig, Verlag von Philipp Reclam jun. o.J.」です。
※「打囲《とりま》い」と「囲繞《とりま》い」、「通り過ぎ」と「通過ぎ」の混在は、底本通りです。
入力:砂場清隆
校正:岡村和彦
2022年6月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "060357",
"作品名": "新浦島",
"作品名読み": "しんうらしま",
"ソート用読み": "しんうらしま",
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"原題": "RIP VAN WINKLE. EINE NACHGELASSENE SCHRIFT VON DIETRICH KNICKERBOCKER.",
"初出": "「少年園 第二巻 第十三号」1889(明治22)年5月3日<br>「少年園 第二巻 第十四号」1889(明治22)年5月18日<br>「少年園 第二巻 第十五号」1889(明治22)年6月3日<br>「少年園 第二巻 第十六号」1889(明治22)年6月18日<br>「少年園 第二巻 第十七号」1889(明治22)年7月3日<br>「少年園 第二巻 第十八号」1889(明治22)年7月18日<br>「少年園 第二巻 第二十号」1889(明治22)年8月18日",
"分類番号": "NDC K933",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2022-07-09T00:00:00",
"最終更新日": "2022-06-26T00:00:00",
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"姓": "アーヴィング",
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"姓読み": "アーヴィング",
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"姓読みソート用": "ああういんく",
"名読みソート用": "わしんとん",
"姓ローマ字": "Irving",
"名ローマ字": "Washington",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1783-04-03",
"没年月日": "1859-11-28",
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"底本名1": "鴎外選集 第16巻",
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[
[
"人生においては、たとえどんな場合でも必ず利点や愉快なことがあるはずです。もっともそれは、わたくしどもが冗談をすなおに受けとればのことですが",
"そこで、悪魔の騎士と競走することになった人は、とかくめちゃくちゃに走るのも当然です",
"したがって、田舎の学校の先生がオランダ人の世継ぎ娘に結婚を拒まれるということは、彼にとっては、世の中で栄進出世にいたるたしかな一歩だということになります"
]
] | 底本:「スケッチ・ブック」新潮文庫、新潮社
1957(昭和32)年5月20日発行
2000(平成12)年2月20日33刷改版
入力:鈴木厚司
校正:砂場清隆
2011年8月30日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "046658",
"作品名": "スリーピー・ホローの伝説",
"作品名読み": "スリーピー・ホローのでんせつ",
"ソート用読み": "すりいひいほろおのてんせつ",
"副題": "故ディードリッヒ・ニッカボッカーの遺稿より",
"副題読み": "こディードリッヒ・ニッカボッカーのいこうより",
"原題": "THE LEGEND OF SLEEPY HOLLOW",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 933",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"公開日": "2011-12-31T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-16T00:00:00",
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"姓読み": "アーヴィング",
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"姓読みソート用": "ああういんく",
"名読みソート用": "わしんとん",
"姓ローマ字": "Irving",
"名ローマ字": "Washington",
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"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "スケッチ・ブック",
"底本出版社名1": "新潮文庫、新潮社",
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[
[
"じゃ、奥さんは引っ越しについて文句を言ったのかい",
"文句なんて、とんでもない。あれは始めからしまいまで、やさしく、にこにこしていたよ。ほんとうに、こんなに元気がいいときは今までにないほどだよ。あれは、心底からぼくを愛してくれたし、やさしくして、慰めてくれたんだ"
]
] | 底本:「スケッチ・ブック」新潮文庫、新潮社
1957(昭和32)年5月20日発行
2000(平成12)年2月20日33刷改版
入力:砂場清隆
校正:noriko saito
2022年3月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "060227",
"作品名": "妻",
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"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"公開日": "2022-04-03T00:00:00",
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"姓読み": "アーヴィング",
"名読み": "ワシントン",
"姓読みソート用": "ああういんく",
"名読みソート用": "わしんとん",
"姓ローマ字": "Irving",
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"生年月日": "1783-04-03",
"没年月日": "1859-11-28",
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} |
[
[
"ブロム・ダッチャーさんはどこにおりますかね",
"ああ、あの人は戦争のはじめに陸軍へ入隊しなさったが。ストーニー・ポイントの攻撃で戦死したという人もいるし、アントニーズ・ノーズのふもとで嵐にあって溺れ死んだという人もおるがね。わたしはよく知らないんじゃが、二度と戻ってこなかった",
"ヴァン・バンメル校長先生はどうしましたね",
"あのかたも戦争に行かれて、国民軍の偉い大将じゃったが、今は国会議員になんなさったよ"
],
[
"ジュディス・ガーディニアです",
"で、お父さんの名前は",
"ほんとに、気の毒ですわ。リップ・ヴァン・ウィンクルっていうんですけど、二十年も前に鉄砲をもって家を出られたっきり、その後なんの音沙汰もないんです。犬だけひとりで帰ってきましたけど、お父さんが鉄砲で自殺なさったのやら、インディアンにさらわれておしまいになったのやら、だあれにもわからないんです。あたしはそのころまだほんの子供でしたわ"
],
[
"お母さんはどこにいるのかね",
"あら、お母さんもつい先頃亡くなりました。ニューイングランドの行商相手にかんしゃくをおこして、血管を破ってしまったんです"
]
] | 底本:「スケッチ・ブック」新潮文庫、新潮社
1957(昭和32)年5月20日発行
2000(平成12)年2月20日33刷改版
※「THE SKETCH BOOK (スケッチ・ブック)」英米文学叢書、研究社出版、1986(昭和61年)1月20日18版発行の原文上では、「アパラチヤ大山系から」は「of the great Appalachian family」、「よく晴れた秋の日、」は「on a fine autumnal day,」、「大丈夫で」は「and a stout」となっています。「アパラチヤ大山系から」と「よく晴れた秋の日、」はママ注記としました。「大丈夫で」には原文の意味もあるので注記はつけていません。
入力:砂場清隆
校正:えにしだ
2019年10月28日作成
2020年3月19日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "053680",
"作品名": "リップ・ヴァン・ウィンクル",
"作品名読み": "リップ・ヴァン・ウィンクル",
"ソート用読み": "りつふうあんういんくる",
"副題": "ディードリッヒ・ニッカボッカーの遺稿",
"副題読み": "ディードリッヒ・ニッカボッカーのいこう",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 933",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2019-11-28T00:00:00",
"最終更新日": "2020-03-19T00:00:00",
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"人物ID": "001257",
"姓": "アーヴィング",
"名": "ワシントン",
"姓読み": "アーヴィング",
"名読み": "ワシントン",
"姓読みソート用": "ああういんく",
"名読みソート用": "わしんとん",
"姓ローマ字": "Irving",
"名ローマ字": "Washington",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1783-04-03",
"没年月日": "1859-11-28",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "スケッチ・ブック",
"底本出版社名1": "新潮文庫、新潮社",
"底本初版発行年1": "1957(昭和32)年5月20日",
"入力に使用した版1": "2000(平成12)年2月20日33刷改版",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "1"
} |
[
[
"旅行から受くる利益と愉快とを貴ぶことはもちろんである。しかし本国に帰ろうと決心した事が度々ある。結局再び考えなおして、そのままにして置いた。",
"科学上の智識を得るには屈竟の機会であるから、サー・デビーと共に旅行を続けようと思う。けれども、他方ではこの利益を受けんがために、多くの犠牲を払わねばならぬのは辛い。この犠牲たるや、下賤の者は左程と思わぬであろうが、自分は平然としていられない。"
],
[
"サー・デビーが英国を出立する前、下僕が一緒に行くことを断った。時がないので、代りを探すことも出来なくて、サー・デビーは非常に困りぬいた。そこで、余に、パリに着くまででよいから、非常に必要の事だけ代りをしてはくれまいか、パリに行けば下僕を雇うから、と言われた。余は多少不平ではあったが、とにかく承知をした。しかしパリに来て見ても、下僕は見当らない。第一、英国人がいない。また丁度良いフランス人があっても、その人は余に英語を話せない。リオンに行ったが無い。モンペリエに行っても無い。ゼネバでも、フローレンスでも、ローマでも、やはりない。とうとうイタリア旅行中なかった。しまいには、雇おうともしなかったらしい。つまり英国を出立した時と全く同一の状態のままなのである。それゆえ初めから余の同意しない事を、余のなすべき事としてしまった。これは余がなすことを望まない事であって、サー・デビーと一緒に旅行している以上はなさないわけには行かないことなのだ。しかも実際はというと、かかる用は少ない。それにサー・デビーは昔から自分の事は自分でする習慣がついているので、僕のなすべき用はほとんどない。また余がそれをするのを好まぬことも、余がなすべき務と思っておらぬことも、知りぬいているから、不快と思うような事は余にさせない様に気をつけてくれる。しかしデビー夫人の方は、そういう人ではない、自分の権威を振りまわすことを好み、余を圧服せんとするので、時々余と争になることがある。",
"しかしサー・デビーは、その土地で女中を雇うことをつとめ、これが夫人の御用をする様になったので、余はいくぶんか不快でなくなった。"
],
[
"私が私の心を知っている位か、否な、それ以上にも、貴女は私の心を御存知でしょう。私が前に誤れる考を持っておったことも、今の考も、私の弱点も、私の自惚も、つまり私のすべての心を貴女は御存知でしょう。貴女は私を誤れる道から正しい方へと導いて下さった。その位の御方であるから、誰なりと誤れる道に踏み入れる者のありもせば導き出さるる様にと御骨折りを御願い致します。",
"幾度も私の思っている事を申し上げようと思いましたが、中々に出来ません。しかし自分の為めに、貴女の愛情をも曲げて下さいと願うほどの我儘者でない様にと心がけてはおります。貴女を御喜ばせする様にと私が一生懸命になった方がよいのか、それとも御近寄りせぬでいた方がよいのか、いずれなりと御気に召した様に致しましょう。ただの友人より以上の者に私がなりたいと希い願ったからとて、友人以下の者にしてしまいて、罰されぬようにと祈りております。もし現在以上に貴女が私に御許し下さることが出来ないとしても現在私に与えていて下さるだけは、せめてそのままにしておいて下さい。しかし私に御許し下さるよう願います。"
],
[
"君の発見はこの本に出てはいないか。調べたのかね。",
"いや、まだです。"
],
[
"磁気を電気に変えること。",
"金属の透明なること。",
"太陽の光を金箔に通すこと。",
"二つの金箔を電気の極にして、その間に光を一方から他方へ通すこと。"
]
] | 底本:「ファラデーの傳」岩波書店
1923(大正12)年5月15日第1版発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「佛蘭西→フランス 伊太利→イタリア 伊→イタリア 伊国→イタリア 瑞西→スイス 佛国→フランス 希臘→ギリシャ 獨→ドイツ 獨逸→ドイツ 獨国→ドイツ 佛→フランス 瑞→スイス 墺→オーストリア 巴里→パリ 羅馬→ローマ 土耳古→トルコ 白耳義→ベルギー 亜米利加→アメリカ 墺地利→オーストリア 瑞典→スウェーデン 英→イギリス 埃及→エジプト 瓦斯→ガス 硝子→ガラス 土蛍→ミミズ 沃素→ヨウ素 金剛石→ダイヤモンド 志→シリング シルリング→シリング 磅→ポンド 基督→キリスト 蝋燭→ロウソク 蒼鉛→ビスマス 護謨→ゴム 鍍金→メッキ 吋→インチ 呎→フィート 弗素→フッ素 暫く→しばらく 殆ど→ほとんど 或る→ある 成るほど→なるほど 何時→いつ 如き→ごとき 雖も→いえども 又→また 殊→こと 先ず→まず これ等→これら 委しく→くわしく 迄も→までも それ故→それゆえ 是等→これら 宛も→あたかも 於て→おいて 如何に→いかに 終い→しまい 斯く→かく 此の→この 為す→なす 僅か→わずか 貰→もら 其→その 澤山→たくさん 只→ただ 兎に角→とにかく 啻→ただ 極く→ごく 未だ→まだ 夫故→それゆえ 及び→および 併し→しかし 最う→もう 且つ→かつ 斯様→かよう 即ち→すなわち 却って→かえって 之れ→これ 俤→おもかげ 勿論→もちろん 可なり→かなり 頤→あご 篏め→はめ 一寸→ちょっと 抑→そもそも 然し→しかし 幾分→いくぶん 何れ→いずれ 最早→もはや 若し→もし 遂に→ついに 直ぐ→すぐ 尤も→もっとも 益々→ますます 已に→すでに 依る→よる 之れ→これ 大抵→たいてい 更に→さらに 儘→まま 筈→はず 不図→ふと 唯→ただ 撓む→たわむ 成程→なるほど 折角→せっかく 皆→みな 以て→もって 此處、此所→ここ 有難う→ありがとう お休み→おやすみ 殊更→ことさら 亦→また 乃至→ないし 了つた→おわった 復た→また 復び→ふたたび 流石→さすが 所謂→いわゆる 寧ろ→むしろ 然る→しかる 重な→おもな 斯かる→かかる 則ち→すなわち 此度→このたび 尚ほ→なお 云う、云える、云い、云った、云われて→いう、いえる、いい、いった、いわれて 居った、居る→おった、いる」
また読みにくい漢字には適宜、底本にはないルビを付けました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※大中小の見出しを用いて全体の構造を示すために、後編冒頭の「研究の三期」は、注記対象から外しました。
※底本の目次にならって、「ルムフォード伯」「サー・ハンフリー・デビー」「トーマス・ヤング」の上位に、「附記」という中見出しを立てました。
入力:松本吉彦、松本庄八
校正:小林繁雄
2006年11月20日作成
2015年4月5日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "046340",
"作品名": "ファラデーの伝",
"作品名読み": "ファラデーのでん",
"ソート用読み": "ふあらてえのてん",
"副題": "電気学の泰斗",
"副題読み": "でんきがくのたいと",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 289",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-12-24T00:00:00",
"最終更新日": "2015-04-05T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001234/card46340.html",
"人物ID": "001234",
"姓": "愛知",
"名": "敬一",
"姓読み": "あいち",
"名読み": "けいいち",
"姓読みソート用": "あいち",
"名読みソート用": "けいいち",
"姓ローマ字": "Aichi",
"名ローマ字": "Keiichi",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1880-07-25",
"没年月日": "1923-06-23",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "ファラデーの傳",
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"入力者": "松本吉彦、松本庄八",
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} |
[
[
"うん。",
"元気がないね。",
"うん。",
"いつもそんなに黙つてゐるのか。",
"うん。",
"何とか云へよ。"
],
[
"この萩軒は古くからある店である。この室では、絵が壁と共に古びてゐる。テーブルは落ちついた光沢を持ち、数世紀以来の人の世の変転が、実にこの光沢の中に知らない間に捉へられてゐる。見よ。まなこを大にして。その光沢を見つめよ。そして数世紀来の人間歴史の苦悶の叫びを感ぜよ。卒然として来り我等を茫莫のうちに残すもの、ああ……咏歎の星河、燦々の星河、極みなき……。",
"それから?",
"それから……何だ。",
"知らんよ、そんなこと。",
"どうかしてやしないか。",
"誰が。",
"ぼくが。",
"してるかも知れん。今の様子だと。",
"今日はすこしへんなのだ。",
"気候に対する順応性に欠けてるのだよ、君は。天気が変るとへんになる。",
"うん、さうかも知れんな。……君は旅をして来たんだらう。どうだつた。",
"別に云ふことはない。すこし、くたびれた。",
"それだけか。",
"それだけだ。",
"今日はいい天気だね。",
"気がついたか。僕は前から気がついてるんだぜ。風が吹いてね、いやな雲をさあつと吹き払つちやつたんだ。ほら、あの優しくつて力の強い風の神様が乗つてゐたんだよ、きつと。さうするとね、蒼空がすつかり拡がつて、もうそりやきれいの何のつて、僕思はず見とれちやつたくらゐさ。おてんとさまがその真中できらり〳〵と……これはすこしをかしいね? ぴかり〳〵と……これはもつとをかしいや……きら〳〵と……ぎら〳〵と……ぎろ〳〵と……ぎよ〳〵と……だめだ、何て云つていいんだかわかんないや……とにかくとても明るく輝いてゐるんだ。ぼかあ、その時、いい天気だなつて思つてゐたんだよ。その時、すぐと気がついたんだよ。君なんかやつと今、気がついたんだね。",
"何を云つてゐるのだい。あほらしい。",
"君のさつきのテーブルの光沢の方がよつぽどあほらしい。",
"僕はどうかしてるんだよ。君はどうもしてやしない。万才はもう止めよう。",
"何しろ、君もたまには旅行したまへ。",
"旅行はいいな。",
"君は人生にむづかしい理屈をつけすぎる。",
"怒るな。",
"怒つてやしない。",
"さうか。",
"何だい。",
"何が。",
"君の云ひつぷりが。"
],
[
"人生論なんか考へるからだよ。",
"別に考へてやしない。",
"考へたがつてゐる。",
"うゝむ。",
"むづかしいことさ。",
"何が。",
"いろんなことが。",
"これぢや話になりやしない。",
"へんな会話だね。",
"うん。",
"とにかく旅行して見たまへ。槍ヶ岳のてつぺんで天と地を見較べると面白い。",
"こはいだらう。",
"すこしこはい。",
"何故。",
"自分が小さ過ぎるからだよ。又は自然が大き過ぎるのさ。だん〳〵こはくなる。恐らく自分が汚な過ぎるんだ。その場から逃げ出したくなる。",
"逃げ出したか。",
"逃げ出した。",
"だけど……平凡だね。自分が汚な過ぎるつてこと。",
"平凡だね。僕は非凡なことを感じる力はない。自分に関する事は、僕には凡だか非凡だか分らない。……もう止さう、こんな話。",
"うん。",
"ちよつと、用事を思ひ出した。そのうち、君の家へ行かう。"
],
[
"ちよつと休みに寄つたの。通りへ出ませう。おくれちやふわ。あなたお疲れ? そんなら構ひませんけど。",
"いや、僕は充分休んだ。",
"嘘つき。",
"え?",
"あなた、今いらしたばかりぢやないの。",
"あ、さうか。",
"へんな方ね。……これからお休みになるんでせう。",
"いや、もういいんです。",
"だつて。",
"いいんですよ。",
"あなた、今日、すこしどうかしてらつしやるわ。",
"さうですか。",
"さうですわよ。",
"あなたにはとても敵はない。",
"何が敵はないんですの?",
"わあ、とても敵はない。……いや、そのね、会話の才に於て敵はないんですよ。",
"さうぢやないわ。あなたが今日すこしどうかしていらつしやるからよ。"
],
[
"とにかく、歩きませう。時間が無駄です。僕は休みに来たんではないからちつともかまはない。",
"ええ。"
],
[
"……しました。",
"さつき弘さんにお会ひしたのよ。",
"ああ、さうですか。",
"なんだか話してて張合がないやうですわね。",
"同感です。",
"あら、未だなほらないわ。どうしませう。",
"何がです。僕のこと? とぼけてゐるつてことですか。",
"ええ。",
"そんなら心配はない。もうぢきなほります。このまゝずつと続くことは決してない。大丈夫です。",
"まあ。"
],
[
"いや、僕の今の状態は、ほんの一時的なものですよ。もつとも一時的でなかつたら、かうしちや居られないけれど。",
"勉強のやり過ぎが毒でないといふ証明にはなりませんわ。",
"勉強のやり過ぎだけぢやないんですよ。",
"喧嘩なさつたからでせう?",
"ええ……まあ。……おやつ、そのこと、どうして知つてるんです。",
"さつき云つたぢやありませんか……ほんとにどうなさつたの?",
"どうも忘れつぽくていかん。とにかく、あれがあなたに云つたんですね。",
"ええ。今兄貴と喧嘩してゐる、つて。",
"ちえつ、よけいなことを……。",
"あら、何だか御自分がお悪いやうですわね。",
"いや、悪いのは弟です。",
"何故弘さんにお怒りになつたの。",
"然るべき理由があつたからです。女の関はる問題ではない。",
"ひどいこと。",
"ひどくないです、ちつとも。僕と弟との喧嘩に、他の人が関はる必要はありません。",
"関つてますわ。",
"どうして。",
"弘さんがすつかりお話しになつてよ。",
"すつかり?",
"僕もたしかに金を使ひ過ぎたんだけど、兄貴が考へてるほどぢやないんだ、ですつて。",
"それは嘘だ。",
"それでね、若し今兄貴が思つてゐる程、金を使つたんなら、あんなに怒るのも当然だらうが、そんなに僕は使やしなくて、兄貴が何か思ひ違ひをしてるんだ。……",
"ちよ、ちよつと……",
"まあ、お待ちになつて。それから……兄貴は一度怒ると理性を失つちやつて、いや、理性はあり過ぎる程あるんだけれど、それを統御する力を失つちやつて……とかむづかしいことをおつしやつてたわ……とにかく、前後の見境がなくなつて、いくらほんとのことを云つてもてんで分らないから、逆にうんと怒らせといて、こつちは知らん顔をしてゐる、そのうちにその或るポイントを捕へて話し合ひをやる。すると、分つて呉れる。不思議なもので、こつちの云ふことがとてもよくわかつてもらへる。――けれどその『或るポイント』つてやつを押へるのがむづかしいので、なか〳〵技術の要ることなんだ。ですつて。",
"ほう。ほう。或ひはさうかも知れない。",
"感心していらつしやるわね。",
"感心した。",
"あら。……一体弘さんはあなたがお思ひになつていらつしやる程お金をお使ひになつたんですの?",
"知らない。",
"だつて、そのことで怒つてらつしやるんでせう?",
"さうです。",
"さうでせう?",
"さうですよ。だから僕が間違つてゐたのかも知れない、といふことです。",
"いやにおとなしくおなりですこと。",
"笑つちやいけません。実際、あなたを経て話を聞くと、みんな尤もらしく思へる。僕には。",
"それぢや、弘さんのおつしやつたこと本当?",
"本当でせう。",
"それなら、お怒りになつて、ぼうつとなさつてらつしやる必要もありませんわね。",
"誰が。",
"あなたが。",
"僕は別に怒る必要はない、つてことになりますな。",
"それぢやもう弘さんを赦しておあげになつてもいいですわね。",
"変ですなあ。僕は弟のやつをもうすこし叱つてやらなければならん、と思つてゐたんですがね。",
"さつき怒る原因はない、とお認めになつたぢやありませんか。",
"認めました。",
"ぢやあもういいですわね。"
],
[
"相変らずぢやありませんこと。",
"よくなりましたよ。不思議に。さつき……あなたの涙を見たとき。"
],
[
"ほんとに、僕帰りますよ。",
"ええ、わたしも帰りますわ。何だか一降り来さうですわね。",
"降りますね。今日はいい天気過ぎたかな。ぢやあ……さよなら。",
"さやうなら。弘さんによろしくね。",
"ええ。"
],
[
"おまへ、ひどいことをしたな。戸に鍵をかけて、一人で外出したりして。",
"わるかつた。あやまります。",
"おれはもう怒らん。実は良子さんに会つたんだ。あのひとは、おまへに会つたと云つてゐた。",
"ええ、会ひました。",
"そして、おまへがあのひとに云つたことを、みんな聞いて来た。",
"彼女は正直ですからね。",
"なんだか、おれがおまへを誤解してるつて話だつたが。",
"ええ、兄さんは僕を誤解してます。"
],
[
"誤解してるならそれでいい。改めよう。たゞし、何処で何故誤解したか、そんなことは面倒くさいから考へない。実際今日は疲れたよ。そのくせ、あんまり不快にもならなかつた。坂谷と、良子さんに会つたからかも知れない。",
"兄さんとしては珍らしいな。",
"うん。珍らしいね。",
"良子さん、何か他のこと云つてましたか。",
"いいや。……"
]
] | 底本:「新潮 第百四巻第七号」新潮社
2007(平成19)年7月1日
※本文末の編集部注は省略しました。
※底本のテキストは、著者自筆稿によります。
入力:フクポー
校正:The Creative CAT
2020年10月28日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
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"作品名読み": "よにん",
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"分類番号": "NDC 913",
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"名": "多加志",
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"名読み": "たかし",
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"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Takashi",
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[
[
"この頃は折角見て上げても、御礼さへ碌にしない人が、多くなつて来ましたからね。",
"そりや勿論御礼をするよ。"
],
[
"こんなに沢山頂いては、反つて御気の毒ですね。――さうして一体又あなたは、何を占つてくれろとおつしやるんです?",
"私が見て貰ひたいのは、――"
],
[
"一体日米戦争はいつあるかといふことなんだ。それさへちやんとわかつてゐれば、我々商人は忽ちの内に、大金儲けが出来るからね。",
"ぢや明日いらつしやい。それまでに占つて置いて上げますから。",
"さうか。ぢや間違ひのないやうに、――"
],
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"今夜ですか?",
"今夜の十二時。好いかえ? 忘れちやいけないよ。"
],
[
"まあ、待つてくれ。さうしてその婆さんは、何を商売にしてゐるんだ?",
"占ひ者です。が、この近所の噂ぢや、何でも魔法さへ使ふさうです。まあ、命が大事だつたら、あの婆さんの所なぞへは行かない方が好いやうですよ。"
],
[
"さうです。",
"ぢや私の用なぞは、聞かなくてもわかつてゐるぢやないか? 私も一つお前さんの占ひを見て貰ひにやつて来たんだ。",
"何を見て上げるんですえ?"
],
[
"お前さんは何を言ふんだえ? 私はそんな御嬢さんなんぞは、顔を見たこともありやしないよ。",
"嘘をつけ。今その窓から外を見てゐたのは、確に御嬢さんの妙子さんだ。"
],
[
"それでもまだ剛情を張るんなら、あすこにゐる支那人をつれて来い。",
"あれは私の貰ひ子だよ。"
],
[
"ここは私の家だよ。見ず知らずのお前さんなんぞに、奥へはひられてたまるものか。",
"退け。退かないと射殺すぞ。"
],
[
"遠藤さん?",
"さうです。遠藤です。もう大丈夫ですから、御安心なさい。さあ、早く逃げませう。"
],
[
"計略は駄目だつたわ。つい私が眠つてしまつたものだから、――堪忍して頂戴よ。",
"計略が露顕したのは、あなたのせゐぢやありませんよ。あなたは私と約束した通り、アグニの神の憑つた真似をやり了せたぢやありませんか?――そんなことはどうでも好いことです。さあ、早く御逃げなさい。"
],
[
"計略は駄目だつたわ。とても私は逃げられなくてよ。",
"そんなことがあるものですか。私と一しよにいらつしやい。今度しくじつたら大変です。",
"だつてお婆さんがゐるでせう?",
"お婆さん。"
],
[
"お婆さんはどうして?",
"死んでゐます。"
]
] | 底本:「現代日本文学大系43芥川龍之介集」筑摩書房
1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1998年12月11日公開
2004年2月8日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
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"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "現代日本文學大系 43 芥川龍之介集",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1968(昭和43)年8月25日",
"入力に使用した版1": "1968(昭和43)年8月25日初版第1刷",
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[
"こんなに沢山頂いては、反って御気の毒ですね。――そうして一体又あなたは、何を占ってくれろとおっしゃるんです?",
"私が見て貰いたいのは、――"
],
[
"一体日米戦争はいつあるかということなんだ。それさえちゃんとわかっていれば、我々商人は忽ちの内に、大金儲けが出来るからね",
"じゃ明日いらっしゃい。それまでに占って置いて上げますから",
"そうか。じゃ間違いのないように、――"
],
[
"今夜ですか?",
"今夜の十二時。好いかえ? 忘れちゃいけないよ"
],
[
"まあ、待ってくれ。そうしてその婆さんは、何を商売にしているんだ?",
"占い者です。が、この近所の噂じゃ、何でも魔法さえ使うそうです。まあ、命が大事だったら、あの婆さんの所なぞへは行かない方が好いようですよ"
],
[
"そうです",
"じゃ私の用なぞは、聞かなくてもわかっているじゃないか? 私も一つお前さんの占いを見て貰いにやって来たんだ",
"何を見て上げるんですえ?"
],
[
"お前さんは何を言うんだえ? 私はそんな御嬢さんなんぞは、顔を見たこともありゃしないよ",
"嘘をつけ。今その窓から外を見ていたのは、確に御嬢さんの妙子さんだ"
],
[
"それでもまだ剛情を張るんなら、あすこにいる支那人をつれて来い",
"あれは私の貰い子だよ"
],
[
"ここは私の家だよ。見ず知らずのお前さんなんぞに、奥へはいられてたまるものか",
"退け。退かないと射殺すぞ"
],
[
"遠藤さん?",
"そうです。遠藤です。もう大丈夫ですから、御安心なさい。さあ、早く逃げましょう"
],
[
"計略は駄目だったわ。つい私が眠ってしまったものだから、――堪忍して頂戴よ",
"計略が露顕したのは、あなたのせいじゃありませんよ。あなたは私と約束した通り、アグニの神の憑った真似をやり了せたじゃありませんか?――そんなことはどうでも好いことです。さあ、早く御逃げなさい"
],
[
"計略は駄目だったわ。とても私は逃げられなくってよ",
"そんなことがあるものですか。私と一しょにいらっしゃい。今度しくじったら大変です",
"だってお婆さんがいるでしょう?",
"お婆さん?"
],
[
"お婆さんはどうして?",
"死んでいます"
]
] | 底本:「蜘蛛の糸・杜子春」新潮文庫、新潮社
1968(昭和43)年11月15日発行
1989(平成元)年5月30日46刷
入力:蒋龍
校正:noriko saito
2005年1月7日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "043014",
"作品名": "アグニの神",
"作品名読み": "アグニのかみ",
"ソート用読み": "あくにのかみ",
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"副題読み": "",
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"初出": "「赤い鳥」1921(大正10)年1月、2月",
"分類番号": "NDC K913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2005-02-06T00:00:00",
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"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card43014.html",
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"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "蜘蛛の糸・杜子春",
"底本出版社名1": "新潮文庫、新潮社",
"底本初版発行年1": "1968(昭和43)年11月15日",
"入力に使用した版1": "1989(平成元)年5月30日46刷",
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[
[
"目金を買っておかけなさい。お父さんを見付るには目金をかけるのに限りますからね。",
"僕の目は病気ではないよ。"
],
[
"わたしの美しさを御覧なさい。",
"だってお前は造花じゃないか?"
],
[
"坊ちゃん、スウェエタアを一つお買いなさい。",
"僕は帽子さえ買えないんだよ。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集6」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年3月24日第1刷発行
1993(平成5)年2月25日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1998年4月20日公開
2004年3月7日修正
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "000021",
"作品名": "浅草公園",
"作品名読み": "あさくさこうえん",
"ソート用読み": "あさくさこうえん",
"副題": "或シナリオ",
"副題読み": "あるシナリオ",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 912",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1999-02-01T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
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"人物ID": "000879",
"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "芥川龍之介全集6",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1987(昭和62)年3月24日",
"入力に使用した版1": "1993(平成5)年2月25日第6刷",
"校正に使用した版1": "",
"底本の親本名1": "筑摩全集類聚版芥川龍之介全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
"底本の親本初版発行年1": "1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
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"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "j.utiyama",
"校正者": "かとうかおり",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"貰ふのは気の毒だ。ぢや朝日を一つくれ給へ。",
"何、かまひません。お持ちなさい。",
"いや、まあ朝日をくれ給へ。",
"お持ちなさい。これでよろしけりや、――入らぬ物をお買ひになるには及ばないです。"
],
[
"ぢやそのマツチを二つくれ給へ。",
"二つでも三つでもお持ちなさい。ですが代は入りません。"
],
[
"朝日を二つくれ給へ。",
"はい。"
],
[
"朝日を、――こりや朝日ぢやない。",
"あら、ほんたうに。――どうもすみません。"
],
[
"ええ、あれもココアです。",
"ぢやこればかりぢやないぢやないか?",
"ええ、でもまあこれだけなんです。――お上さん、ココアはこれだけですね?"
],
[
"はあ、それだけだつたと思ふけれども。",
"実は、この Fry のココアの中には時々虫が湧いてゐるんだが、――"
],
[
"そつちにもまだありやしないかい? ああ、その後ろの戸棚の中にも。",
"赤いのばかりです。此処にあるのも。",
"ぢやこつちには?"
],
[
"さつきね、あなた、ゼンマイ珈琲とかつてお客があつたんですがね、ゼンマイ珈琲つてあるんですか?",
"ゼンマイ珈琲?"
],
[
"玄米珈琲の聞き違へだらう。",
"ゲンマイ珈琲? ああ、玄米から拵へた珈琲。――何だか可笑しいと思つてゐた。ゼンマイつて八百屋にあるものでせう?"
]
] | 底本:「現代日本文学大系43芥川龍之介集」筑摩書房
1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月16日公開
2004年2月12日修正
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "000014",
"作品名": "あばばばば",
"作品名読み": "あばばばば",
"ソート用読み": "あはははは",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「中央公論」1923(大正12)年12月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1999-01-16T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card14.html",
"人物ID": "000879",
"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "現代日本文學大系 43 芥川龍之介集",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1968(昭和43)年8月25日",
"入力に使用した版1": "1968(昭和43)年8月25日初版第1刷",
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"入力者": "j.utiyama",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"鴉片煙とは何物ぞ?",
"方今承平日に久しく、人口過剰に苦しんでゐる。宜しく大劫の銷除する有るべし。元来大劫なるものは水火刀兵の災に過ぐるものはない。この劫に遇ふものは賢愚倶に滅びてしまふ。福善禍淫の説も往往此に至つて窮まるものである。そこで天帝は諸神の会議を召集し、特に鴉片煙劫を創めることにした。鴉片煙劫とは世間の罌粟の花汁を借り、熬錬して膏と成し、人の吸食に任ずるものである。この煙を食ふものは劫中に在り、この煙を食はざるものは劫中に在らず。その人の自ら取るに任かせて造物の不仁を咎めさせないのである。この劫有りて以て人口過剰の数を銷除すれば、則ち水火刀兵の諸劫は十の五六を減ずるであらう。けれどもこの罌粟と云ふものは草花に属するものであり、古来世間には多いものである。その又汁も淡薄であるから、熬して膏とすることは出来ない。故に九幽の主に命じ、無間地獄中に不忠不孝無礼義破廉恥諸罪の魂を選び取つてこの間に録送し、膏血を搾取して地上山陵原隰墳衍の神に転付し、この膏血をして罌粟の花根内に灌ぎ入らしめ、根よりして上は花苞に達せしむれば、則ちその汁も自然に濃郁にして、一たび熬錬を経れば、光色黝然たらん。子試みに之を識れ。数十年の後、この煙天下に遍からん。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集 第十三巻」岩波書店
1996(平成8)年11月8日発行
入力:もりみつじゅんじ
校正:林 幸雄
2002年1月26日公開
2004年3月17日修正
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| {
"作品ID": "001138",
"作品名": "鴉片",
"作品名読み": "アヘン",
"ソート用読み": "あへん",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「世界」1926(大正15)年11月",
"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2002-01-26T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
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"人物ID": "000879",
"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "芥川龍之介全集 第十三巻",
"底本出版社名1": "岩波書店",
"底本初版発行年1": "1996(平成8)年11月8日",
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"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
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"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "もりみつじゅんじ",
"校正者": "林幸雄",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/1138_ruby_6111.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2004-03-17T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"けふは半日自動車に乗つてゐた。",
"何か用があつたのですか?"
],
[
"君たちはまだ生活慾を盛に持つてゐるだらうね?",
"ええ、――だつてあなたでも……",
"ところが僕は持つてゐないんだよ。制作慾だけは持つてゐるけれども。"
],
[
"あの子はあなたに似てゐやしない?",
"似てゐません。第一……",
"だつて胎教と云ふこともあるでせう。"
],
[
"君はまだ独身だつたね。",
"いや、もう来月結婚する。"
],
[
"あすこに船が一つ見えるね?",
"ええ。",
"檣の二つに折れた船が。"
],
[
"死にたがつていらつしやるのですつてね。",
"ええ。――いえ、死にたがつてゐるよりも生きることに飽きてゐるのです。"
],
[
"プラトニツク・スウイサイドですね。",
"ダブル・プラトニツク・スウイサイド。"
]
] | 底本:「現代日本文学大系43芥川龍之介集」筑摩書房
1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行
入力:j.utiyama
校正:細渕紀子
1998年4月23日公開
2005年12月2日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000019",
"作品名": "或阿呆の一生",
"作品名読み": "あるあほうのいっしょう",
"ソート用読み": "あるあほうのいつしよう",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「改造」1927(昭和2)年10月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1998-04-23T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card19.html",
"人物ID": "000879",
"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "現代日本文學大系 43 芥川龍之介集",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1968(昭和43)年8月25日",
"入力に使用した版1": "1968(昭和43)年8月25日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "",
"底本の親本名1": "",
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"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "j.utiyama",
"校正者": "細渕紀子",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/19_ruby_306.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2005-12-02T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "5",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/19_14618.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-12-02T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "1"
} |
[
[
"今日は余程暖いようですな。",
"さようでございます。こうして居りましても、どうかすると、あまり暖いので、睡気がさしそうでなりません。"
],
[
"やはり本意を遂げたと云う、気のゆるみがあるのでございましょう。",
"さようさ。それもありましょう。"
],
[
"こう云うのどかな日を送る事があろうとは、お互に思いがけなかった事ですからな。",
"さようでございます。手前も二度と、春に逢おうなどとは、夢にも存じませんでした。",
"我々は、よくよく運のよいものと見えますな。"
],
[
"今日の当番は、伝右衛門殿ですから、それで余計話がはずむのでしょう。片岡なども、今し方あちらへ参って、そのまま坐りこんでしまいました。",
"道理こそ、遅いと思いましたよ。"
],
[
"何か面白い話でもありましたか。",
"いえ。不相変の無駄話ばかりでございます。もっとも先刻、近松が甚三郎の話を致した時には、伝右衛門殿なぞも、眼に涙をためて、聞いて居られましたが、そのほかは――いや、そう云えば、面白い話がございました。我々が吉良殿を討取って以来、江戸中に何かと仇討じみた事が流行るそうでございます。",
"ははあ、それは思いもよりませんな。"
],
[
"それはまた乱暴至極ですな。",
"職人の方は、大怪我をしたようです。それでも、近所の評判は、その丁稚の方が好いと云うのだから、不思議でしょう。そのほかまだその通町三丁目にも一つ、新麹町の二丁目にも一つ、それから、もう一つはどこでしたかな。とにかく、諸方にあるそうです。それが皆、我々の真似だそうだから、可笑しいじゃありませんか。"
],
[
"いや、そう云う訳ではございませんが、何かとあちらの方々に引とめられて、ついそのまま、話しこんでしまうのでございます。",
"今も承れば、大分面白い話が出たようでございますな。"
],
[
"面白い話――と申しますと……",
"江戸中で仇討の真似事が流行ると云う、あの話でございます。"
],
[
"彼奴等は皆、揃いも揃った人畜生ばかりですな。一人として、武士の風上にも置けるような奴は居りません。",
"さようさ。それも高田群兵衛などになると、畜生より劣っていますて。"
],
[
"引き上げの朝、彼奴に遇った時には、唾を吐きかけても飽き足らぬと思いました。何しろのめのめと我々の前へ面をさらした上に、御本望を遂げられ、大慶の至りなどと云うのですからな。",
"高田も高田じゃが、小山田庄左衛門などもしようのないたわけ者じゃ。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集2」ちくま文庫、筑摩書房
1986(昭和61)年10月28日第1刷発行
1996(平成8)年7月15日第11刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:野口英司
校正:もりみつじゅんじ
1997年11月17日公開
2004年3月7日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000122",
"作品名": "或日の大石内蔵助",
"作品名読み": "あるひのおおいしくらのすけ",
"ソート用読み": "あるひのおおいしくらのすけ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「中央公論」1917(大正6)年9月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1997-11-17T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card122.html",
"人物ID": "000879",
"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "芥川龍之介全集2",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1986(昭和61)年10月28日",
"入力に使用した版1": "1996(平成8)年7月15日第11刷",
"校正に使用した版1": "",
"底本の親本名1": "筑摩全集類聚版芥川龍之介全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
"底本の親本初版発行年1": "1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "野口英司",
"校正者": "もりみつじゅんじ",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/122_ruby_172.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2004-03-15T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "2",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/122_15159.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2004-03-15T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"医科の和田といった日には、柔道の選手で、賄征伐の大将で、リヴィングストンの崇拝家で、寒中一重物で通した男で、――一言にいえば豪傑だったじゃないか? それが君、芸者を知っているんだ。しかも柳橋の小えんという、――",
"君はこの頃河岸を変えたのかい?"
],
[
"河岸を変えた? なぜ?",
"君がつれて行った時なんだろう、和田がその芸者に遇ったというのは?",
"早まっちゃいけない。誰が和田なんぞをつれて行くもんか。――"
],
[
"あれは先月の幾日だったかな? 何でも月曜か火曜だったがね。久しぶりに和田と顔を合せると、浅草へ行こうというじゃないか? 浅草はあんまりぞっとしないが、親愛なる旧友のいう事だから、僕も素直に賛成してさ。真っ昼間六区へ出かけたんだ。――",
"すると活動写真の中にでもい合せたのか?"
],
[
"活動写真ならばまだ好いが、メリイ・ゴオ・ラウンドと来ているんだ。おまけに二人とも木馬の上へ、ちゃんと跨っていたんだからな。今考えても莫迦莫迦しい次第さ。しかしそれも僕の発議じゃない。あんまり和田が乗りたがるから、おつき合いにちょいと乗って見たんだ。――だがあいつは楽じゃないぜ。野口のような胃弱は乗らないが好い。",
"子供じゃあるまいし。木馬になんぞ乗るやつがあるもんか?"
],
[
"和田の乗ったのは白い木馬、僕の乗ったのは赤い木馬なんだが、楽隊と一しょにまわり出された時には、どうなる事かと思ったね。尻は躍るし、目はまわるし、振り落されないだけが見っけものなんだ。が、その中でも目についたのは、欄干の外の見物の間に、芸者らしい女が交っている。色の蒼白い、目の沾んだ、どこか妙な憂鬱な、――",
"それだけわかっていれば大丈夫だ。目がまわったも怪しいもんだぜ。"
],
[
"二度目もやはり同じ事さ。また女がにっこりする。と思うと見えなくなる。跡はただ前後左右に、木馬が跳ねたり、馬車が躍ったり、然らずんば喇叭がぶかぶかいったり、太鼓がどんどん鳴っているだけなんだ。――僕はつらつらそう思ったね。これは人生の象徴だ。我々は皆同じように実生活の木馬に乗せられているから、時たま『幸福』にめぐり遇っても、掴まえない内にすれ違ってしまう。もし『幸福』を掴まえる気ならば、一思いに木馬を飛び下りるが好い。――",
"まさかほんとうに飛び下りはしまいな?"
],
[
"冗談いっちゃいけない。哲学は哲学、人生は人生さ。――所がそんな事を考えている内に、三度目になったと思い給え。その時ふと気がついて見ると、――これには僕も驚いたね。あの女が笑顔を見せていたのは、残念ながら僕にじゃない。賄征伐の大将、リヴィングストンの崇拝家、ETC. ETC. ……ドクタア和田長平にだったんだ。",
"しかしまあ哲学通りに、飛び下りなかっただけ仕合せだったよ。"
],
[
"和田のやつも女の前へ来ると、きっと嬉しそうに御時宜をしている。それがまたこう及び腰に、白い木馬に跨ったまま、ネクタイだけ前へぶらさげてね。――",
"嘘をつけ。"
],
[
"何、嘘なんぞつくもんか。――が、その時はまだ好いんだ。いよいよメリイ・ゴオ・ラウンドを出たとなると、和田は僕も忘れたように、女とばかりしゃべっているじゃないか? 女も先生先生といっている。埋まらない役まわりは僕一人さ。――",
"なるほど、これは珍談だな。――おい、君、こうなればもう今夜の会費は、そっくり君に持って貰うぜ。"
],
[
"誰だい、その友だちというのは?",
"若槻という実業家だが、――この中でも誰か知っていはしないか? 慶応か何か卒業してから、今じゃ自分の銀行へ出ている、年配も我々と同じくらいの男だ。色の白い、優しい目をした、短い髭を生やしている、――そうさな、まあ一言にいえば、風流愛すべき好男子だろう。",
"若槻峯太郎、俳号は青蓋じゃないか?"
],
[
"そうだ。青蓋句集というのを出している、――あの男が小えんの檀那なんだ。いや、二月ほど前までは檀那だったんだ。今じゃ全然手を切っているが、――",
"へええ、じゃあの若槻という人は、――",
"僕の中学時代の同窓なんだ。",
"これはいよいよ穏かじゃない。"
],
[
"君は我々が知らない間に、その中学時代の同窓なるものと、花を折り柳に攀じ、――",
"莫迦をいえ。僕があの女に会ったのは、大学病院へやって来た時に、若槻にもちょいと頼まれていたから、便宜を図ってやっただけなんだ。蓄膿症か何かの手術だったが、――"
],
[
"しかしあの女は面白いやつだ。",
"惚れたかね?"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集5」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年2月24日第1刷発行
1995(平成7)年4月10日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月10日公開
2004年3月8日修正
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| {
"作品ID": "000057",
"作品名": "一夕話",
"作品名読み": "いっせきわ",
"ソート用読み": "いつせきわ",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「サンデー毎日」1922(大正11)年7月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1999-01-10T00:00:00",
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"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
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"名読みソート用": "りゆうのすけ",
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"名ローマ字": "Ryunosuke",
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"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
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"底本名1": "芥川龍之介全集5",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1987(昭和62)年2月24日",
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"校正に使用した版1": "1996(平成8)年7月15日第7刷",
"底本の親本名1": "筑摩全集類聚版芥川龍之介全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
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} |
[
[
"今度飛鳥の大臣様の御姫様が御二方、どうやら鬼神のたぐいにでもさらわれたと見えて、一晩の中に御行方が知れなくなった。",
"大臣様は大そうな御心配で、誰でも御姫様を探し出して来たものには、厚い御褒美を下さると云う仰せだから、それで我々二人も、御行方を尋ねて歩いているのだ。"
],
[
"わん。わん。土蜘蛛の畜生め。",
"憎いやつだ。わん。わん。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集2」ちくま文庫、筑摩書房
1986(昭和61)年10月28日第1刷発行
1996(平成8)年7月15日第11刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1998年12月7日公開
2004年3月8日修正
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "000056",
"作品名": "犬と笛",
"作品名読み": "いぬとふえ",
"ソート用読み": "いぬとふえ",
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"初出": "「赤い鳥」1919(大正8)年1、2月",
"分類番号": "NDC K913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1998-12-07T00:00:00",
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"名": "竜之介",
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"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
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"没年月日": "1927-07-24",
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"底本名1": "芥川龍之介全集2",
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} |
[
[
"おいやかな。",
"……",
"どうぢや。",
"……"
],
[
"すぐ、そこぢや。お案じになる程遠くはない。",
"すると、粟田口辺でござるかな。",
"まづ、さう思はれたがよろしからう。"
],
[
"粟田口では、ござらぬのう。",
"いかにも、もそつと、あなたでな。"
],
[
"では、山科辺ででもござるかな。",
"山科は、これぢや。もそつと、さきでござるよ。"
],
[
"やはり、あの狐が、使者を勤めたと見えますのう。",
"生得、変化ある獣ぢやて、あの位の用を勤めるのは、何でもござらぬ。"
],
[
"それも唯、仰せられるのではございませぬ。さも、恐ろしさうに、わなわなとお震へになりましてな、『遅れまいぞ。遅れれば、おのれが、殿の御勘当をうけねばならぬ。』と、しつきりなしに、お泣きになるのでございまする。",
"して、それから、如何した。",
"それから、多愛なく、お休みになりましてな。手前共の出て参りまする時にも、まだ、お眼覚にはならぬやうで、ございました。"
]
] | 底本:「現代日本文学大系43芥川龍之介集」筑摩書房
1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行
初出:「新小説」
1916(大正5)年9月
入力:j.utiyama
校正:吉田亜津美
1999年5月29日公開
2013年4月28日修正
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "000055",
"作品名": "芋粥",
"作品名読み": "いもがゆ",
"ソート用読み": "いもかゆ",
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"初出": "「新小説」1916(大正5)年9月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1999-05-29T00:00:00",
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"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
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"没年月日": "1927-07-24",
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"底本名1": "現代日本文學大系 43 芥川龍之介集",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1968(昭和43)年8月25日",
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"底本の親本初版発行年2": "",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "1"
} |
[
[
"どうしましょう? 人違いですが。",
"困る。実に困る。第一革命以来一度もないことだ。"
],
[
"とにかく早く返してやり給え。",
"君は――ええ、忍野君ですね。ちょっと待って下さいよ。"
],
[
"駄目です。忍野半三郎君は三日前に死んでいます。",
"三日前に死んでいる?",
"しかも脚は腐っています。両脚とも腿から腐っています。"
],
[
"これは君の責任だ。好いかね。君の責任だ。早速上申書を出さなければならん。そこでだ。そこでヘンリイ・バレットは現在どこに行っているかね?",
"今調べたところによると、急に漢口へ出かけたようです。",
"では漢口へ電報を打ってヘンリイ・バレットの脚を取り寄せよう。",
"いや、それは駄目でしょう。漢口から脚の来るうちには忍野君の胴が腐ってしまいます。",
"困る。実に困る。"
],
[
"これは君の責任だ。早速上申書を出さなければならん。生憎乗客は残っていまいね?",
"ええ、一時間ばかり前に立ってしまいました。もっとも馬ならば一匹いますが。",
"どこの馬かね?",
"徳勝門外の馬市の馬です。今しがた死んだばかりですから。",
"じゃその馬の脚をつけよう。馬の脚でもないよりは好い。ちょっと脚だけ持って来給え。"
],
[
"あなた、あなた、どうしてそんなに震えていらっしゃるんです?",
"何でもない。何でもないよ。",
"だってこんなに汗をかいて、――この夏は内地へ帰りましょうよ。ねえ、あなた、久しぶりに内地へ帰りましょうよ。",
"うん、内地へ帰ることにしよう。内地へ帰って暮らすことにしよう。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集5」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年2月24日第1刷発行
1995(平成7)年4月10日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月5日公開
2004年3月9日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000174",
"作品名": "馬の脚",
"作品名読み": "うまのあし",
"ソート用読み": "うまのあし",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「新潮」1925(大正14)年1、2月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1999-01-05T00:00:00",
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"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "芥川龍之介全集5",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1987(昭和62)年2月24日",
"入力に使用した版1": "1995(平成7)年4月10日第6刷",
"校正に使用した版1": "1996(平成8)年7月15日第7刷",
"底本の親本名1": "筑摩全集類聚版芥川龍之介全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
"底本の親本初版発行年1": "1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月",
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"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
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"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"哀れっぽい声を出したって駄目だよ。また君、金のことだろう?",
"いいえ、金のことじゃありません。ただわたしの友だちに会わせたい女があるんですが、……"
],
[
"泳げるかな?",
"きょうは少し寒いかも知れない。"
],
[
"おい、はいる気かい?",
"だってせっかく来たんじゃないか?"
],
[
"君もはいれよ。",
"僕は厭だ。",
"へん、『嫣然』がいりゃはいるだろう。",
"莫迦を言え。"
],
[
"どうしてもはいらないか?",
"どうしてもはいらない。",
"イゴイストめ!"
],
[
"どこを?",
"頸のまわりを。やられたなと思ってまわりを見ると、何匹も水の中に浮いているんだ。",
"だから僕ははいらなかったんだ。",
"譃をつけ。――だがもう海水浴もおしまいだな。"
],
[
"まだだ。君は?",
"僕か? 僕は……"
],
[
"どうだ、もう一ぺんはいって来ちゃ?",
"あいつ一人ならばはいって来るがな。何しろ『ジンゲジ』も一しょじゃ、……"
],
[
"そこを彼女のためにはいって来いよ。",
"ふん、犠牲的精神を発揮してか?――だがあいつも見られていることはちゃんと意識しているんだからな。",
"意識していたって好いじゃないか。",
"いや、どうも少し癪だね。"
],
[
"感心に中々勇敢だな。",
"まだ背は立っている。",
"もう――いや、まだ立っているな。"
],
[
"水母かな?",
"水母かも知れない。"
],
[
"魚のこともHさんはわたしよりはずっと詳しいんです。",
"へええ、Hはそんなに学者かね。僕はまた知っているのは剣術ばかりかと思っていた。"
],
[
"Mさん、あなたも何かやるでしょう?",
"僕? 僕はまあ泳ぎだけですね。"
],
[
"海蛇か? 海蛇はほんとうにこの海にもいるさ。",
"今頃もか?",
"何、滅多にゃいないんだ。"
],
[
"ええ、全くやり切れませんよ。何しろ沖へ泳いで行っちゃ、何度も海の底へ潜るんですからね。",
"おまけに澪に流されたら、十中八九は助からないんだよ。"
],
[
"そら、Hさん、ありゃいつでしたかね、ながらみ取りの幽霊が出るって言ったのは?",
"去年――いや、おととしの秋だ。",
"ほんとうに出たの?"
],
[
"幽霊じゃなかったんです。しかし幽霊が出るって言ったのは磯っ臭い山のかげの卵塔場でしたし、おまけにそのまたながらみ取りの死骸は蝦だらけになって上ったもんですから、誰でも始めのうちは真に受けなかったにしろ、気味悪がっていたことだけは確かなんです。そのうちに海軍の兵曹上りの男が宵のうちから卵塔場に張りこんでいて、とうとう幽霊を見とどけたんですがね。とっつかまえて見りゃ何のことはない。ただそのながらみ取りと夫婦約束をしていたこの町の達磨茶屋の女だったんです。それでも一時は火が燃えるの人を呼ぶ声が聞えるのって、ずいぶん大騒ぎをしたもんですよ。",
"じゃ別段その女は人を嚇かす気で来ていたんじゃないの?",
"ええ、ただ毎晩十二時前後にながらみ取りの墓の前へ来ちゃ、ぼんやり立っていただけなんです。"
],
[
"じゃ失敬。",
"さようなら。"
],
[
"何だ?",
"僕等ももう東京へ引き上げようか?",
"うん、引き上げるのも悪くはないな。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集6」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年3月24日第1刷発行
1993(平成5)年2月25日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第三巻」筑摩書房
1971(昭和46)年
初出:「中央公論」
1925(大正14)年9月
入力:j.utiyama
校正:大野晋
1999年1月7日公開
2014年8月26日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000175",
"作品名": "海のほとり",
"作品名読み": "うみのほとり",
"ソート用読み": "うみのほとり",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「中央公論」1925(大正14)年9月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1999-01-07T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card175.html",
"人物ID": "000879",
"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "芥川龍之介全集6",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1987(昭和62)年3月24日",
"入力に使用した版1": "1993(平成5)年2月25日第6刷",
"校正に使用した版1": "",
"底本の親本名1": "筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第三巻",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
"底本の親本初版発行年1": "1971(昭和46)年",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "j.utiyama",
"校正者": "大野晋",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/175_ruby_1121.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2014-08-26T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "1",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/175_15164.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2014-08-26T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "1"
} |
[
[
"不相変、観音様へ参詣する人が多いようだね。",
"左様でございます。"
],
[
"私も一つ、日参でもして見ようか。こう、うだつが上らなくちゃ、やりきれない。",
"御冗談で。",
"なに、これで善い運が授かるとなれば、私だって、信心をするよ。日参をしたって、参籠をしたって、そうとすれば、安いものだからね。つまり、神仏を相手に、一商売をするようなものさ。"
],
[
"お爺さんなんぞも、この年までには、随分いろんな事を見たり聞いたりしたろうね。どうだい。観音様は、ほんとうに運を授けて下さるものかね。",
"左様でございます。昔は折々、そんな事もあったように聞いて居りますが。",
"どんな事があったね。",
"どんな事と云って、そう一口には申せませんがな。――しかし、貴方がたは、そんな話をお聞きなすっても、格別面白くもございますまい。",
"可哀そうに、これでも少しは信心気のある男なんだぜ。いよいよ運が授かるとなれば、明日にも――",
"信心気でございますかな。商売気でございますかな。"
],
[
"神仏の御考えなどと申すものは、貴方がたくらいのお年では、中々わからないものでございますよ。",
"それはわからなかろうさ。わからないから、お爺さんに聞くんだあね。",
"いやさ、神仏が運をお授けになる、ならないと云う事じゃございません。そのお授けになる運の善し悪しと云う事が。",
"だって、授けて貰えばわかるじゃないか。善い運だとか、悪い運だとか。",
"それが、どうも貴方がたには、ちとおわかりになり兼ねましょうて。",
"私には運の善し悪しより、そう云う理窟の方がわからなそうだね。"
],
[
"今、西の市で、績麻の鄽を出している女なぞもそうでございますが。",
"だから、私はさっきから、お爺さんの話を聞きたがっているじゃないか。"
],
[
"死んだおふくろと申すのは、もと白朱社の巫子で、一しきりは大そう流行ったものでございますが、狐を使うと云う噂を立てられてからは、めっきり人も来なくなってしまったようでございます。これがまた、白あばたの、年に似合わず水々しい、大がらな婆さんでございましてな、何さま、あの容子じゃ、狐どころか男でも……",
"おふくろの話よりは、その娘の話の方を伺いたいね。",
"いや、これは御挨拶で。――そのおふくろが死んだので、後は娘一人の痩せ腕でございますから、いくらかせいでも、暮の立てられようがございませぬ。そこで、あの容貌のよい、利発者の娘が、お籠りをするにも、襤褸故に、あたりへ気がひけると云う始末でございました。",
"へえ。そんなに好い女だったかい。",
"左様でございます。気だてと云い、顔と云い、手前の欲目では、まずどこへ出しても、恥しくないと思いましたがな。",
"惜しい事に、昔さね。"
],
[
"はっと思って、眼がさめると、坊主はやっぱり陀羅尼三昧でございます。が、何と云っているのだか、いくら耳を澄ましても、わかりませぬ。その時、何気なく、ひょいと向うを見ると、常夜燈のぼんやりした明りで、観音様の御顔が見えました。日頃拝みなれた、端厳微妙の御顔でございますが、それを見ると、不思議にもまた耳もとで、『その男の云う事を聞くがよい。』と、誰だか云うような気がしたそうでございます。そこで、娘はそれを観音様の御告だと、一図に思いこんでしまいましたげな。",
"はてね。"
],
[
"その上、相手は、名を訊かれても、名を申しませぬ。所を訊かれても、所を申しませぬ。ただ、云う事を聞けと云うばかりで、坂下の路を北へ北へ、抱きすくめたまま、引きずるようにして、つれて行きます。泣こうにも、喚こうにも、まるで人通りのない時分なのだから、仕方がございませぬ。",
"ははあ、それから。",
"それから、とうとう八坂寺の塔の中へ、つれこまれて、その晩はそこですごしたそうでございます。――いや、その辺の事なら、何も年よりの手前などが、わざわざ申し上げるまでもございますまい。"
],
[
"成程。",
"夢の御告げでもないならともかく、娘は、観音様のお思召し通りになるのだと思ったものでございますから、とうとう首を竪にふりました。さて形ばかりの盃事をすませると、まず、当座の用にと云って、塔の奥から出して来てくれたのが綾を十疋に絹を十疋でございます。――この真似ばかりは、いくら貴方にもちとむずかしいかも存じませんな。"
],
[
"こっちは八坂寺を出ると、町家の多い所は、さすがに気がさしたと見えて、五条京極辺の知人の家をたずねました。この知人と云うのも、その日暮しの貧乏人なのでございますが、絹の一疋もやったからでございましょう、湯を沸かすやら、粥を煮るやら、いろいろ経営してくれたそうでございます。そこで、娘も漸く、ほっと一息つく事が出来ました。",
"私も、やっと安心したよ。"
],
[
"しかも、その物盗りと云うのが、昨夜、五条の坂で云いよった、あの男だそうじゃございませぬか。娘はそれを見ると、何故か、涙がこみ上げて来たそうでございます。これは、当人が、手前に話しました――何も、その男に惚れていたの、どうしたのと云う訳じゃない。が、その縄目をうけた姿を見たら、急に自分で、自分がいじらしくなって、思わず泣いてしまったと、まあこう云うのでございますがな。まことにその話を聞いた時には、手前もつくづくそう思いましたよ――",
"何とね。",
"観音様へ願をかけるのも考え物だとな。",
"だが、お爺さん。その女は、それから、どうにかやって行けるようになったのだろう。",
"どうにか所か、今では何不自由ない身の上になって居ります。その綾や絹を売ったのを本に致しましてな。観音様も、これだけは、御約束をおちがえになりません。",
"それなら、そのくらいな目に遇っても、結構じゃないか。"
],
[
"とにかく、その女は仕合せ者だよ。",
"御冗談で。",
"まったくさ。お爺さんも、そう思うだろう。",
"手前でございますか。手前なら、そう云う運はまっぴらでございますな。",
"へええ、そうかね。私なら、二つ返事で、授けて頂くがね。",
"じゃ観音様を、御信心なさいまし。",
"そうそう、明日から私も、お籠でもしようよ。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集1」ちくま文庫、筑摩書房
1986(昭和61)年9月24日第1刷発行
1995(平成7)年10月5日第13刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:earthian
1998年11月11日公開
2004年3月9日修正
青空文庫作成ファイル:
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[
[
"それは強いことは強いです。何しろ塗山の禹王廟にある石の鼎さえ枉げると云うのですからな。現に今日の戦でもです。私は一時命はないものだと思いました。李佐が殺される、王恒が殺される。その勢いと云ったら、ありません。それは実際、強いことは強いですな。",
"ははあ。"
],
[
"しかし、英雄の器じゃありません。その証拠は、やはり今日の戦ですな。烏江に追いつめられた時の楚の軍は、たった二十八騎です。雲霞のような味方の大軍に対して、戦った所が、仕方はありません。それに、烏江の亭長は、わざわざ迎えに出て、江東へ舟で渡そうと云ったそうですな。もし項羽に英雄の器があれば、垢を含んでも、烏江を渡るです。そうして捲土重来するです。面目なぞをかまっている場合じゃありません。",
"すると、英雄の器と云うのは、勘定に明いと云う事かね。"
],
[
"そうかね。項羽はそんな事を云ったかね。",
"云ったそうです。"
],
[
"弱いじゃないですか。いや、少くとも男らしくないじゃないですか。英雄と云うものは、天と戦うものだろうと思うですが。",
"そうさ。",
"天命を知っても尚、戦うものだろうと思うですが。",
"そうさ。",
"すると項羽は――"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集2」ちくま文庫、筑摩書房
1986(昭和61)年10月28日第1刷発行
1996(平成8)年7月15日第11刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1998年12月7日公開
2004年3月10日修正
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"作品ID": "000035",
"作品名": "英雄の器",
"作品名読み": "えいゆうのうつわ",
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"初出": "「人文」1918(大正7)年1月",
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} |
[
[
"葦原醜男と申します。",
"どうしてこの島へやつて来た?",
"食物や水が欲しかつたものですから、わざわざ舟をつけたのです。"
],
[
"黙つてゐるのは背く気か?",
"いいえ。――御父様はどうしてそんな――",
"背かない気ならば、云ひ渡す事がある。おれはお前があの若者の妻になる事を許さないぞ。素戔嗚の娘は素戔嗚の目がねにかなつた夫を持たねばならぬ。好いか? これだけの事を忘れるな。"
],
[
"あなたが此処にゐる間は、殺されても此処を去らない心算です。",
"それでもあなたの御体に、万一の事でもあつた日には――",
"ではすぐにも私と一しよに、この島を逃げてくれますか?"
],
[
"どうだな。昨夜はよく眠られたかな?",
"ええ。御かげでよく眠られました。"
],
[
"風があつて都合が悪いが、兎に角どちらの矢が遠く行くか、お前と弓勢を比べて見よう。",
"ええ、比べて見ませう。"
],
[
"勝負があつたか?",
"いいえ――もう一度やつて見ませうか?"
],
[
"あの空を見ろ。葦原醜男は今時分――",
"存じて居ります。"
],
[
"さうか? ではさぞかし悲しからうな?",
"悲しうございます。よしんば御父様が御歿くなりなすつても、これ程悲しくございますまい。"
],
[
"よく怪我をしなかつたな?",
"ええ。全く偶然助かりました。あの火事が燃えて来たのは、丁度私がこの丹塗矢を拾ひ上げた時だつたのです。私は煙の中をくぐりながら、兎も角火のつかない方へ、一生懸命に逃げて行きましたが、いくらあせつて見た所が、到底西風に煽られる火よりも早くは走られません。……"
],
[
"そこでもう今度は焼け死ぬに違ひないと、覚悟をきめた時でした。走つてゐる内にどうしたはずみか、急に足もとの土が崩れると、大きな穴の中へ落ちこんだのです。穴の中は最初まつ暗でしたが、縁の枯草が燃えるやうになると、忽ち底まで明くなりました。見ると私のまはりには、何百匹とも知れない野鼠が、土の色も見えない程ひしめき合つてゐるのです……。",
"まあ、野鼠でよろしうございました。それが蝮ででもございましたら……"
]
] | 底本:「現代日本文学大系43芥川龍之介集」筑摩書房
1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月17日公開
2004年2月18日修正
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| {
"作品ID": "000118",
"作品名": "老いたる素戔嗚尊",
"作品名読み": "おいたるすさのおのみこと",
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"初出": "「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1920(大正9)年3~6月",
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"公開日": "1999-01-17T00:00:00",
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"没年月日": "1927-07-24",
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[
[
"お前も悪魔に見入られたのか? 天主のおん教を捨てたければ、勝手にお前だけ捨てるが好い。おれは一人でも焼け死んで見せるぞ。",
"いえ、わたしもお供を致します。けれどもそれは――それは"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集5」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年2月24日第1刷発行
1995(平成7)年4月10日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月5日公開
2004年3月9日修正
青空文庫作成ファイル:
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"作品ID": "000116",
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[
[
"何か御用ですか?",
"はい、少々お願いの筋がございまして。"
],
[
"お子さんはここへ来られますか。",
"それはちと無理かと存じますが……",
"ではそこへ案内して下さい。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集5」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年2月24日第1刷発行
1995(平成7)年4月10日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
初出:「中央公論」
1923(大正12)年4月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月5日公開
2012年3月20日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "000125",
"作品名": "おしの",
"作品名読み": "おしの",
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"初出": "「中央公論」1923(大正12)年4月",
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"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
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"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
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"底本の親本名1": "筑摩全集類聚版芥川龍之介全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
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[
[
"どうも相済みません。あんまり降りが強いもんだから、つい御留守へはひこみましたがね――何、格別明き巣狙ひに宗旨を変へた訣でもないんです。",
"驚かせるよ、ほんたうに――いくら明き巣狙ひぢやないと云つたつて、図々しいにも程があるぢやないか?"
],
[
"さあ、こつちへ出ておくれよ。わたしは家へはひるんだから。",
"へえ、出ます。出ろと仰有らないでも出ますがね。姐さんはまだ立ち退かなかつたんですかい?",
"立ち退いたのさ。立ち退いたんだけれども、――そんな事はどうでも好いぢやないか?",
"すると何か忘れ物でもしたんですね。――まあ、こつちへおはひんなさい。其処では雨がかかりますぜ。"
],
[
"新公、お前、家の三毛を知らないかい?",
"三毛? 三毛は今此処に、――おや、何処へ行きやがつたらう?"
],
[
"猫ですかい、姐さん、忘れ物と云ふのは?",
"猫ぢや悪いのかい?――三毛、三毛、さあ、下りて御出で。"
],
[
"何が可笑しんだい? 家のお上さんは三毛を忘れて来たつて、気違ひの様になつてゐるんぢやないか? 三毛が殺されたらどうしようつて、泣き通しに泣いてゐるんぢやないか? わたしもそれが可哀さうだから、雨の中をわざわざ帰つて来たんぢやないか?――",
"ようござんすよ。もう笑ひはしませんよ。"
],
[
"もう笑ひはしませんがね。まあ、考へて御覧なさい。明日にも『いくさ』が始まらうと云ふのに、高が猫の一匹や二匹――これはどう考へたつて、可笑しいのに違ひありませんや。お前さんの前だけれども、一体此処のお上さん位、わからずやのしみつたれはありませんぜ。第一あの三毛公を探しに、……",
"お黙りよ! お上さんの讒訴なぞは聞きたくないよ!"
],
[
"第一あの三毛公を探しに、お前さんをよこすのでもわかつてゐまさあ。ねえ、さうぢやありませんか? 今ぢやもう上野界隈、立ち退かない家はありませんや。して見れば町家は並んでゐても、人のゐない野原と同じ事だ。まさか狼も出まいけれども、どんな危い目に遇ふかも知れない――と、まづ云つたものぢやありませんか?",
"そんな余計な心配をするより、さつさと猫をとつておくれよ。――これが『いくさ』でも始まりやしまいし、何が危い事があるものかね。",
"冗談云つちやいけません。若い女の一人歩きが、かう云ふ時に危くなけりや、危いと云ふ事はありませんや。早い話が此処にゐるのは、お前さんとわたしと二人つきりだ。万一わたしが妙な気でも出したら、姐さん、お前さんはどうしなさるね?"
],
[
"いけないのは知れた事だ。",
"打つちや可哀さうだよ。三毛だけは助けておくれ。"
],
[
"何をさ!",
"何をつて事もないんですがね。――まあ肌身を任せると云へば、女の一生ぢや大変な事だ。それをお富さん、お前さんは、その猫の命と懸け替に、――こいつはどうもお前さんにしちや、乱暴すぎるぢやありませんか?"
],
[
"そんなにその猫が可愛いんですかい?",
"そりや三毛も可愛いしね。――"
],
[
"それとも又お前さんは、近所でも評判の主人思ひだ。三毛が殺されたとなつた日にや、この家の上さんに申し訣がない。――と云ふ心配でもあつたんですかい?",
"ああ、三毛も可愛いしね。お上さんも大事にや違ひないんだよ。けれどもただわたしはね。――"
]
] | 底本:「現代日本文学大系43芥川龍之介集」筑摩書房
1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月19日公開
2004年2月19日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000126",
"作品名": "お富の貞操",
"作品名読み": "おとみのていそう",
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"初出": "「改造」1922(大正11)年5、9月",
"分類番号": "NDC 913",
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"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
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"姓ローマ字": "Akutagawa",
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[
[
"どうもお律の容態が思わしくないから、慎太郎の所へ電報を打ってくれ。",
"そんなに悪いの?"
],
[
"戸沢さんは何だって云うんです?",
"やっぱり十二指腸の潰瘍だそうだ。――心配はなかろうって云うんだが。"
],
[
"しかしあしたは谷村博士に来て貰うように頼んで置いた。戸沢さんもそう云うから、――じゃ慎太郎の所を頼んだよ。宿所はお前が知っているね。",
"ええ、知っています。――お父さんはどこかへ行くの?",
"ちょいと銀行へ行って来る。――ああ、下に浅川の叔母さんが来ているぜ。"
],
[
"さっき、何だか奥の使いに行きました。――良さん。どこだか知らないかい?",
"神山さんか? I don't know ですな。"
],
[
"今日は。お父さんはもうお出かけかえ?",
"ええ、今し方。――お母さんにも困りましたね。",
"困ったねえ、私は何も名のつくような病気じゃないと思っていたんだよ。"
],
[
"姉さんはまだ病気じゃないの?",
"もう今日は好いんだとさ。何、またいつもの鼻っ風邪だったんだよ。"
],
[
"今、電報を打たせました。今日中にゃまさか届くでしょう。",
"そうだねえ。何も京大阪と云うんじゃあるまいし、――"
],
[
"二町目の角に洋食屋がありましょう。あの露路をはいった左側です。",
"じゃ君の清元の御師匠さんの近所じゃないか?",
"ええ、まあそんな見当です。"
],
[
"あんな所に占い者なんぞがあったかしら。――御病人は南枕にせらるべく候か。",
"お母さんはどっち枕だえ?"
],
[
"そら、そこに東枕にてもよろしいと書いてありますよ。――神山さん。一本上げようか? 抛るよ。失敬。",
"こりゃどうも。E・C・Cですな。じゃ一本頂きます――。もうほかに御用はございませんか? もしまたございましたら、御遠慮なく――"
],
[
"おや、お出でなさい。",
"降りますのによくまた、――"
],
[
"あら、だって電話じゃ、昨日より大変好さそうだったじゃありませんか? もっとも私は出なかったんですけれど、――誰? 今日電話をかけたのは。――洋ちゃん?",
"いいえ、僕じゃない。神山さんじゃないか?",
"さようでございます。"
],
[
"何だねえ。そんな顔をして。――お前さんの所はみんな御達者かえ?",
"ええ、おかげ様で、――叔母さんの所でも皆さん御丈夫ですか?"
],
[
"叔母さんもいるし、――今し方姉さんも来た。",
"叔母さんにね、――",
"叔母さんに用があるの?",
"いいえ、叔母さんに梅川の鰻をとって上げるの。"
],
[
"目がさめています。",
"目はさめているけれどさ。"
],
[
"しかし今は学校がちょうど、試験じゃないかと思うんですがね。",
"そうか。"
],
[
"来るそうです。が、とにかく戸沢さんが来たら、電話をかけてくれって云っていました。",
"お絹の所でも大変だろう。今度はあすこも買った方だから。",
"やっぱりちっとはすったかしら。"
],
[
"ソップも牛乳もおさまった? そりゃ今日は大出来だね。まあ精々食べるようにならなくっちゃいけない。",
"これで薬さえ通ると好いんですが、薬はすぐに吐いてしまうんでね。"
],
[
"どこだい?",
"どちらでございますか、――",
"しょうがないな、いつでもどちらでございますかだ。"
],
[
"今日ね。一しょに明治座を覗かないか? 井上だよ。井上なら行くだろう?",
"僕は駄目だよ。お袋が病気なんだから――",
"そうか。そりゃ失敬した。だが残念だね。昨日堀や何かは行って見たんだって。――"
],
[
"洋一が悪いんです。さきに僕の顔へトランプを叩きつけたんだもの。",
"嘘つき。兄さんがさきに撲ったんだい。"
],
[
"ずるをしたのも兄さんだい。",
"何。"
],
[
"だから一高へはいりゃ好いのに。",
"一高へなんぞちっともはいりたくはない。",
"負惜しみばかり云っていらあ。田舎へ行けば不便だぜ。アイスクリイムはなし、活動写真はなし、――"
],
[
"それから誰か病気になっても、急には帰って来られないし、――",
"そんな事は当り前だ。",
"じゃお母さんでも死んだら、どうする?"
],
[
"僕はお母さんが死んでも悲しくない。",
"嘘つき。"
],
[
"悲しくなかったら、どうかしていらあ。",
"嘘じゃない。"
],
[
"お母さんがどうかしたの?",
"いいえ、お母さんの事じゃないんだよ。実はあの看護婦だがね、ありゃお前、仕方がないよ。――"
],
[
"いくら商売柄だって、それじゃお前、あんまりじゃないか。だから私の量見じゃ、取り換えた方が好いだろうと思うのさ。",
"ええ、そりゃその方が好いでしょう。お父さんにそう云って、――"
],
[
"私はどうせ取り換えるんなら、早い方が好いと思うんだがね、――",
"それじゃあ神山さんにそう云って、今すぐに看護婦会へ電話をかけて貰いましょうよ。――お父さんにゃ帰って来てから話しさえすれば好いんだから、――",
"そうだね。じゃそうして貰おうかね。"
],
[
"看護婦会は何番でしたかな?",
"僕は君が知っていると思った。"
],
[
"そりゃおれだって忘れるもんかな。",
"じゃそうして頂戴よ。"
],
[
"その方がどうかなってくれなくっちゃ、何かに私だって気がひけるわ。私があの時何した株なんぞも、みんな今度は下ってしまったし、――",
"よし、よし、万事呑みこんだよ。"
],
[
"それだからお父さんは嫌になってしまう。",
"お前よりおれの方が嫌になってしまう。お母さんはああやって寝ているし、お前にゃ愚痴ばかりこぼされるし、――"
],
[
"谷村さんは何時頃来てくれるんでしょう?",
"三時頃来るって云っていた。さっき工場の方からも電話をかけて置いたんだが、――",
"もう三時過ぎ、――四時五分前だがな。"
],
[
"もう一度電話でもかけさせましょうか?",
"さっきも叔母さんがかけたってそう云っていたがね。",
"さっきって?",
"戸沢さんが帰るとすぐだとさ。"
],
[
"困ったな。――もう一度電話でもかけさせましょうか?",
"そうですね、一時凌ぎさえつけて頂けりゃ、戸沢さんでも好いんですがね。",
"僕がかけて来ます。"
],
[
"洋一さん。谷村病院ですか?",
"ああ、谷村病院。"
],
[
"じゃ今向うからかかって来ましたぜ。お美津さんが奥へそう云いに行った筈です。",
"何てかかって来たの?",
"先生はただ今御出かけになったって云ってたようですが、――ただ今だね? 良さん。"
],
[
"ただ今じゃありませんよ。もうそちらへいらっしゃる時分だって云っていましたよ。",
"そうか。そんなら美津のやつ、そう云えば好いのに。"
],
[
"おや、この時計は二十分過ぎだ。",
"何、こりゃ十分ばかり進んでいますよ。まだ四時十分過ぎくらいなもんでしょう。"
],
[
"そうです。ちょうど十分過ぎ。",
"じゃやっぱり奥の時計が遅れているんだ。それにしちゃ谷村さんは遅すぎるな。――"
],
[
"用は別にないんだそうで、――",
"お前はそれを云いに来たの?",
"いいえ、私はこれから工場まで行って来るんです。――ああ、それから旦那が洋一さんに用があるって云っていましたぜ。",
"お父さんが?"
],
[
"この二三日悪くってね。――十二指腸の潰瘍なんだそうだ。",
"そうか。そりゃ――"
],
[
"明日からだ。お前は、――あすこにお前は何をしていたんだ?",
"今日は谷村博士が来るんでね、あんまり来ようが遅いから、立って待っていたんだけれど、――"
],
[
"よっぽど待ったかい?",
"十分も待ったかしら?",
"誰かあすこに店の者がいたようじゃないか?――おい、そこだ。"
],
[
"ええ、すぐに見えるそうです。",
"じゃその方が見えてからにしましょう。――どうもはっきりしない天気ですな。"
],
[
"当年は梅雨が長いようです。",
"とかく雲行きが悪いんで弱りますな。天候も財界も昨今のようじゃ、――"
],
[
"いや、よくわかりました。無論十二指腸の潰瘍です。が、ただいま拝見した所じゃ、腹膜炎を起していますな。何しろこう下腹が押し上げられるように痛いと云うんですから――",
"ははあ、下腹が押し上げられるように痛い?"
],
[
"それがいかんですな。熱はずんずん下りながら、脈搏は反ってふえて来る。――と云うのがこの病の癖なんですから。",
"なるほど、そう云うものですかな。こりゃ我々若いものも、伺って置いて好い事ですな。"
],
[
"そうでしょう。多分はあなたの御覧になった後で発したかと思うんです。第一まだ病状が、それほど昂進してもいないようですから、――しかしともかくも現在は、腹膜炎に違いありませんな。",
"じゃすぐに入院でも、させて見ちゃいかがでしょう?"
],
[
"二三日は間違いあるまいって云った。",
"怪しいな。戸沢さんの云う事じゃ――"
],
[
"慎ちゃん。さっきお前が帰って来た時、お母さんは何とか云ったかえ?",
"何とも云いませんでした。",
"でも笑ったね。"
],
[
"ありゃさっきお絹ちゃんが、持って来た香水を撒いたんだよ。洋ちゃん。何とか云ったね? あの香水は。",
"何ですか、――多分床撒き香水とか何んとか云うんでしょう。"
],
[
"お父さんはいなくって?",
"店に御出でだよ。何か用かえ?",
"ええ、お母さんが、ちょいと、――"
],
[
"どうだえ?",
"やっぱり薬が通らなくってね。――でも今度の看護婦になってからは、年をとっているだけでも気丈夫ですわ。",
"熱は?"
],
[
"受験準備はしているかい?",
"している。――だけど今年は投げているんだ。",
"また歌ばかり作っているんだろう。"
],
[
"僕は兄さんのように受験向きな人間じゃないんだからな。数学は大嫌いだし、――",
"嫌いだってやらなけりゃ、――"
],
[
"ああ、洋一がね、どうも勉強をしないようだからね、――お前からもよくそう云ってね、――お前の云う事は聞く子だから、――",
"ええ、よく云って置きます。実は今もその話をしていたんです。"
],
[
"好い塩梅ですね。",
"今度はおさまったようでございます。"
],
[
"何でもなかった。",
"じゃきっとお母さんは、慎ちゃんの顔がただ見たかったのよ。"
],
[
"ええ、――姉さんも今夜はするって云うから、――",
"慎ちゃんは?"
],
[
"僕はどうでも好い。",
"不相変慎ちゃんは煮え切らないのね。高等学校へでもはいったら、もっとはきはきするかと思ったけれど。――",
"この人はお前、疲れているじゃないか?"
],
[
"今夜は一番さきへ寝かした方が好いやね。何も夜伽ぎをするからって、今夜に限った事じゃあるまいし、――",
"じゃ一番さきに寝るかな。"
],
[
"着物と帽子とが一つになるものかな。",
"じゃお母さんはどうしたんです? お母さんだってこの間は、羽織を一つ拵えたじゃありませんか?"
],
[
"あの時はお前も簪だの櫛だの買って貰ったじゃないか?",
"ええ、買って貰いました。買って貰っちゃいけないんですか?"
],
[
"莫迦な事をするな。",
"どうせ私は莫迦ですよ。慎ちゃんのような利口じゃありません。私のお母さんは莫迦だったんですから、――"
],
[
"何だい?",
"お上さんが何か御用でございます。"
],
[
"どうかしたんですか?",
"今お母さんが用だって云うからね、ちょいと下へ行って来たんだ。"
],
[
"用って、悪いんじゃないんですか?",
"何、用って云った所が、ただ明日工場へ行くんなら、箪笥の上の抽斗に単衣物があるって云うだけなんだ。"
],
[
"しかしどうもむずかしいね。今なんぞも行って見ると、やっぱり随分苦しいらしいよ。おまけに頭も痛いとか云ってね、始終首を動かしているんだ。",
"戸沢さんにまた注射でもして貰っちゃどうでしょう?",
"注射はそう度々は出来ないんだそうだから、――どうせいけなけりゃいけないまでも、苦しみだけはもう少し楽にしてやりたいと思うがね。"
],
[
"今行くよ。",
"僕も起きます。"
],
[
"慎ちゃん。お早う。",
"お早う、お母さんは?",
"昨夜はずっと苦しみ通し。――",
"寝られないの?",
"自分じゃよく寝たって云うんだけれど、何だか側で見ていたんじゃ、五分もほんとうに寝なかったようだわ。そうしちゃ妙な事云って、――私夜中に気味が悪くなってしまった。"
],
[
"妙な事ってどんな事を?",
"半ダアス? 半ダアスは六枚じゃないかなんて。",
"頭が少しどうかしているんだね。――今は?",
"今は戸沢さんが来ているわ。",
"早いな。"
],
[
"少し舌がつれるようですね。",
"口が御粘りになるんでしょう。――これで水をさし上げて下さい。"
],
[
"姉さんはもう寝ているぜ。お前も今の内に二階へ行って、早く一寝入りして来いよ。",
"うん、――昨夜夜っぴて煙草ばかり呑んでいたもんだから、すっかり舌が荒れてしまった。"
],
[
"でもお母さんが唸らなくなったから好いや。",
"ちっとは楽になったと見えるねえ。"
],
[
"御隠居様。旦那様がちょいと御店へ、いらして下さいっておっしゃっています。",
"はい、はい、今行きます。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集4」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年1月27日第1刷発行
1993(平成5)年12月25日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1998年12月19日公開
2004年3月9日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000124",
"作品名": "お律と子等と",
"作品名読み": "おりつとこらと",
"ソート用読み": "おりつとこらと",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「中央公論」1920(大正9)年10、11月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1998-12-19T00:00:00",
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"姓": "芥川",
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"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
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"名ローマ字": "Ryunosuke",
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"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "芥川龍之介全集4",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1987(昭和62)年1月27日",
"入力に使用した版1": "1993(平成5)年12月25日第6刷",
"校正に使用した版1": "1996(平成8)年7月15日第8刷",
"底本の親本名1": "筑摩全集類聚版芥川龍之介全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
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} |
[
[
"じゃそのお松と言う女はどうしたんです?",
"お松ですか? お松は半之丞の子を生んでから、……",
"しかしお松の生んだ子はほんとうに半之丞の子だったんですか?",
"やっぱり半之丞の子だったですな。瓜二つと言っても好かったですから。",
"そうしてそのお松と言う女は?"
],
[
"半之丞の子は?",
"連れっ子をして行ったです。その子供がまたチブスになって、……",
"死んだんですか?",
"いいや、子供は助かった代りに看病したお松が患いついたです。もう死んで十年になるですが、……",
"やっぱりチブスで?",
"チブスじゃないです。医者は何とか言っていたですが、まあ看病疲れですな。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集6」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年3月24日第1刷発行
1993(平成5)年2月25日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:大野晋
1999年1月17日公開
2004年3月9日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000121",
"作品名": "温泉だより",
"作品名読み": "おんせんだより",
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"初出": "「女性」1925(大正14)年6月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"名ローマ字": "Ryunosuke",
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[
[
"土は何の為にあるか。艸木を生やす為にあるのである。では、艸木は何の為にあるか。我々蛙に影を与へる為にあるのである。従つて、全大地は我々蛙の為にあるのではないか。",
"ヒヤア、ヒヤア。"
],
[
"からら、大変だ。",
"ころろ、大変だ。",
"大変だ、からら、ころろ。"
],
[
"水も艸木も、虫も土も、空も太陽も、みんな我々蛙の為にある。では、蛇はどうしたのだ。蛇も我々の為にあるのか。",
"さうだ。蛇も我々蛙の為にある。蛇が食はなかつたら、蛙はふえるのに相違ない。ふえれば、池が、――世界が必狭くなる。だから、蛇が我々蛙を食ひに来るのである。食はれた蛙は、多数の幸福の為に捧げられた犠牲だと思ふがいい。さうだ。蛇も我々蛙の為にある。世界にありとあらゆる物は、悉蛙の為にあるのだ。神の御名は讃む可きかな。"
]
] | 底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行
入力:土屋隆
校正:松永正敏
2007年6月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
[
"ああ、今夜もまた寂しいわね。",
"せめて奥様が御病気でないと、心丈夫でございますけれども――",
"それでも私の病気はね、ただ神経が疲れているのだって、今日も山内先生がそうおっしゃったわ。二三日よく眠りさえすれば、――あら。"
],
[
"どう遊ばしました? 奥様。",
"いいえ、何でもないのよ。何でもないのだけれど、――"
],
[
"まあ、気味の悪い。きっとまた御隣の別荘の坊ちゃんが、悪戯をなすったのでございますよ。",
"いいえ、御隣の坊ちゃんなんぞじゃなくってよ。何だか見た事があるような――そうそう、いつか婆やと長谷へ行った時に、私たちの後をついて来た、あの鳥打帽をかぶっている、若い人のような気がするわ。それとも――私の気のせいだったかしら。"
],
[
"もしあの男でしたら、どう致しましょう。旦那様はお帰りになりませんし、――何なら爺やでも警察へ、そう申しにやって見ましょうか。",
"まあ、婆やは臆病ね。あの人なんぞ何人来たって、私はちっとも怖くないわ。けれどももし――もし私の気のせいだったら――"
],
[
"もし私の気のせいだったら、私はこのまま気違になるかも知れないわね。",
"奥様はまあ、御冗談ばっかり。"
],
[
"それこそ御隣の坊ちゃんが、おいたをなすったのに違いないわ。そんな事にびっくりするようじゃ、爺やもやっぱり臆病なのね。――あら、おしゃべりをしている内に、とうとう日が暮れてしまった。今夜は旦那様が御帰りにならないから、好いようなものだけれど、――御湯は? 婆や。",
"もうよろしゅうございますとも。何ならちょいと私が御加減を見て参りましょうか。",
"好いわ。すぐにはいるから。"
],
[
"今日は御苦労でした。",
"先ほど電話をかけましたが、――",
"その後何もなかったですか?"
],
[
"何もありません。奥さんは医者が帰ってしまうと、日暮までは婆やを相手に、何か話して御出ででした。それから御湯や御食事をすませて、十時頃までは蓄音機を御聞きになっていたようです。",
"客は一人も来なかったですか?",
"ええ、一人も。",
"君が監視をやめたのは?",
"十一時二十分です。"
],
[
"その後終列車まで汽車はないですね。",
"ありません。上りも、下りも。",
"いや、難有う。帰ったら里見君に、よろしく云ってくれ給え。"
],
[
"どの写真?",
"今のさ。『影』と云うのだろう。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集4」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年1月27日第1刷発行
1996(平成8)年7月15日第8刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:もりみつじゅんじ
1999年3月1日公開
2004年3月8日修正
青空文庫作成ファイル:
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[
[
"では百人の凡人のために甘んじてひとりの天才を犠牲にすることも顧みないはずだ。",
"では君は何主義者だ? だれかトック君の信条は無政府主義だと言っていたが、……",
"僕か? 僕は超人(直訳すれば超河童です。)だ。"
],
[
"僕は超人的恋愛家だと思っているがね、ああいう家庭の容子を見ると、やはりうらやましさを感じるんだよ。",
"しかしそれはどう考えても、矛盾しているとは思わないかね?"
],
[
"なぜ政府は雌の河童が雄の河童を追いかけるのをもっと厳重に取り締まらないのです?",
"それは一つには官吏の中に雌の河童の少ないためですよ。雌の河童は雄の河童よりもいっそう嫉妬心は強いものですからね、雌の河童の官吏さえ殖えれば、きっと今よりも雄の河童は追いかけられずに暮らせるでしょう。しかしその効力もしれたものですね。なぜと言ってごらんなさい。官吏同志でも雌の河童は雄の河童を追いかけますからね。",
"じゃあなたのように暮らしているのは一番幸福なわけですね。"
],
[
"元来画だの文芸だのはだれの目にも何を表わしているかはとにかくちゃんとわかるはずですから、この国では決して発売禁止や展覧禁止は行なわれません。その代わりにあるのが演奏禁止です。なにしろ音楽というものだけはどんなに風俗を壊乱する曲でも、耳のない河童にはわかりませんからね。",
"しかしあの巡査は耳があるのですか?",
"さあ、それは疑問ですね。たぶん今の旋律を聞いているうちに細君といっしょに寝ている時の心臓の鼓動でも思い出したのでしょう。"
],
[
"そんな検閲は乱暴じゃありませんか?",
"なに、どの国の検閲よりもかえって進歩しているくらいですよ。たとえば××をごらんなさい。現につい一月ばかり前にも、……"
],
[
"その職工をみんな殺してしまって、肉を食料に使うのです。ここにある新聞をごらんなさい。今月はちょうど六万四千七百六十九匹の職工が解雇されましたから、それだけ肉の値段も下がったわけですよ。",
"職工は黙って殺されるのですか?",
"それは騒いでもしかたはありません。職工屠殺法があるのですから。"
],
[
"つまり餓死したり自殺したりする手数を国家的に省略してやるのですね。ちょっと有毒瓦斯をかがせるだけですから、たいした苦痛はありませんよ。",
"けれどもその肉を食うというのは、……",
"常談を言ってはいけません。あのマッグに聞かせたら、さぞ大笑いに笑うでしょう。あなたの国でも第四階級の娘たちは売笑婦になっているではありませんか? 職工の肉を食うことなどに憤慨したりするのは感傷主義ですよ。"
],
[
"クオラックス党を支配しているものは名高い政治家のロッペです。『正直は最良の外交である』とはビスマルクの言った言葉でしょう。しかしロッペは正直を内治の上にも及ぼしているのです。……",
"けれどもロッペの演説は……",
"まあ、わたしの言うことをお聞きなさい。あの演説はもちろんことごとく譃です。が、譃ということはだれでも知っていますから、畢竟正直と変わらないでしょう、それを一概に譃と言うのはあなたがただけの偏見ですよ。我々河童はあなたがたのように、……しかしそれはどうでもよろしい。わたしの話したいのはロッペのことです。ロッペはクオラックス党を支配している、そのまたロッペを支配しているものは Pou-Fou 新聞の(この『プウ・フウ』という言葉もやはり意味のない間投詞です。もし強いて訳すれば、『ああ』とでも言うほかはありません。)社長のクイクイです。が、クイクイも彼自身の主人というわけにはゆきません。クイクイを支配しているものはあなたの前にいるゲエルです。",
"けれども――これは失礼かもしれませんけれども、プウ・フウ新聞は労働者の味かたをする新聞でしょう。その社長のクイクイもあなたの支配を受けているというのは、……",
"プウ・フウ新聞の記者たちはもちろん労働者の味かたです。しかし記者たちを支配するものはクイクイのほかはありますまい。しかもクイクイはこのゲエルの後援を受けずにはいられないのです。"
],
[
"それはむしろしあわせでしょう。",
"とにかくわたしは満足しています。しかしこれもあなたの前だけに、――河童でないあなたの前だけに手放しで吹聴できるのです。",
"するとつまりクオラックス内閣はゲエル夫人が支配しているのですね。",
"さあそうも言われますかね。……しかし七年前の戦争などはたしかにある雌の河童のために始まったものに違いありません。",
"戦争? この国にも戦争はあったのですか?",
"ありましたとも。将来もいつあるかわかりません。なにしろ隣国のある限りは、……"
],
[
"あの戦争の起こる前にはもちろん両国とも油断せずにじっと相手をうかがっていました。というのはどちらも同じように相手を恐怖していたからです。そこへこの国にいた獺が一匹、ある河童の夫婦を訪問しました。そのまた雌の河童というのは亭主を殺すつもりでいたのです。なにしろ亭主は道楽者でしたからね。おまけに生命保険のついていたことも多少の誘惑になったかもしれません。",
"あなたはその夫婦を御存じですか?",
"ええ、――いや、雄の河童だけは知っています。わたしの妻などはこの河童を悪人のように言っていますがね。しかしわたしに言わせれば、悪人よりもむしろ雌の河童につかまることを恐れている被害妄想の多い狂人です。……そこでこの雌の河童は亭主のココアの茶碗の中へ青化加里を入れておいたのです。それをまたどう間違えたか、客の獺に飲ませてしまったのです。獺はもちろん死んでしまいました。それから……",
"それから戦争になったのですか?",
"ええ、あいにくその獺は勲章を持っていたものですからね。",
"戦争はどちらの勝ちになったのですか?",
"もちろんこの国の勝ちになったのです。三十六万九千五百匹の河童たちはそのために健気にも戦死しました。しかし敵国に比べれば、そのくらいの損害はなんともありません。この国にある毛皮という毛皮はたいてい獺の毛皮です。わたしもあの戦争の時には硝子を製造するほかにも石炭殻を戦地へ送りました。",
"石炭殻を何にするのですか?",
"もちろん食糧にするのです。我々は、河童は腹さえ減れば、なんでも食うのにきまっていますからね。",
"それは――どうか怒らずにください。それは戦地にいる河童たちには……我々の国では醜聞ですがね。",
"この国でも醜聞には違いありません。しかしわたし自身こう言っていれば、だれも醜聞にはしないものです。哲学者のマッグも言っているでしょう。『汝の悪は汝自ら言え。悪はおのずから消滅すべし。』……しかもわたしは利益のほかにも愛国心に燃え立っていたのですからね。"
],
[
"お宅のお隣に火事がございます。",
"火――火事!"
],
[
"しかし火事は消えたといっても、奥さんはさぞお驚きでしょう。さあ、これを持ってお帰りなさい。",
"ありがとう。"
],
[
"僕はきょう窓の外を見ながら、『おや虫取り菫が咲いた』と何気なしにつぶやいたのです。すると僕の妹は急に顔色を変えたと思うと、『どうせわたしは虫取り菫よ』と当たり散らすじゃありませんか? おまけにまた僕のおふくろも大の妹贔屓ですから、やはり僕に食ってかかるのです。",
"虫取り菫が咲いたということはどうして妹さんには不快なのだね?",
"さあ、たぶん雄の河童をつかまえるという意味にでもとったのでしょう。そこへおふくろと仲悪い叔母も喧嘩の仲間入りをしたのですから、いよいよ大騒動になってしまいました。しかも年中酔っ払っているおやじはこの喧嘩を聞きつけると、たれかれの差別なしに殴り出したのです。それだけでも始末のつかないところへ僕の弟はその間におふくろの財布を盗むが早いか、キネマか何かを見にいってしまいました。僕は……ほんとうに僕はもう、……"
],
[
"そんなことはどこでもありがちだよ。まあ勇気を出したまえ。",
"しかし……しかし嘴でも腐っていなければ、……",
"それはあきらめるほかはないさ。さあ、トック君の家へでも行こう。",
"トックさんは僕を軽蔑しています。僕はトックさんのように大胆に家族を捨てることができませんから。",
"じゃクラバック君の家へ行こう。"
],
[
"どうするものか? 批評家の阿呆め! 僕の抒情詩はトックの抒情詩と比べものにならないと言やがるんだ。",
"しかし君は音楽家だし、……",
"それだけならば我慢もできる。僕はロックに比べれば、音楽家の名に価しないと言やがるじゃないか?"
],
[
"ロックも天才には違いない。しかしロックの音楽は君の音楽にあふれている近代的情熱を持っていない。",
"君はほんとうにそう思うか?",
"そう思うとも。"
],
[
"それは君もまた俗人のように耳を持っていないからだ。僕はロックを恐れている。……",
"君が? 謙遜家を気どるのはやめたまえ。",
"だれが謙遜家を気どるものか? 第一君たちに気どって見せるくらいならば、批評家たちの前に気どって見せている。僕は――クラバックは天才だ。その点ではロックを恐れていない。",
"では何を恐れているのだ?",
"何か正体の知れないものを、――言わばロックを支配している星を。",
"どうも僕には腑に落ちないがね。",
"ではこう言えばわかるだろう。ロックは僕の影響を受けない。が、僕はいつの間にかロックの影響を受けてしまうのだ。",
"それは君の感受性の……。",
"まあ、聞きたまえ。感受性などの問題ではない。ロックはいつも安んじてあいつだけにできる仕事をしている。しかし僕はいらいらするのだ。それはロックの目から見れば、あるいは一歩の差かもしれない。けれども僕には十哩も違うのだ。",
"しかし先生の英雄曲は……"
],
[
"黙りたまえ。君などに何がわかる? 僕はロックを知っているのだ。ロックに平身低頭する犬どもよりもロックを知っているのだ。",
"まあ少し静かにしたまえ。",
"もし静かにしていられるならば、……僕はいつもこう思っている。――僕らの知らない何ものかは僕を、――クラバックをあざけるためにロックを僕の前に立たせたのだ。哲学者のマッグはこういうことをなにもかも承知している。いつもあの色硝子のランタアンの下に古ぼけた本ばかり読んでいるくせに。",
"どうして?",
"この近ごろマッグの書いた『阿呆の言葉』という本を見たまえ。――"
],
[
"そうか。じゃやめにしよう。なにしろクラバックは神経衰弱だからね。……僕もこの二三週間は眠られないのに弱っているのだ。",
"どうだね、僕らといっしょに散歩をしては?",
"いや、きょうはやめにしよう。おや!"
],
[
"どうしたのだ?",
"どうしたのです?",
"なにあの自動車の窓の中から緑いろの猿が一匹首を出したように見えたのだよ。"
],
[
"お前の名は?",
"グルック。",
"職業は?",
"つい二三日前までは郵便配達夫をしていました。",
"よろしい。そこでこの人の申し立てによれば、君はこの人の万年筆を盗んでいったということだがね。",
"ええ、一月ばかり前に盗みました。",
"なんのために?",
"子どもの玩具にしようと思ったのです。",
"その子どもは?"
],
[
"一週間前に死んでしまいました。",
"死亡証明書を持っているかね?"
],
[
"どうしてあの河童をつかまえないのです?",
"あの河童は無罪ですよ。",
"しかし僕の万年筆を盗んだのは……",
"子どもの玩具にするためだったのでしょう。けれどもその子どもは死んでいるのです。もし何か御不審だったら、刑法千二百八十五条をお調べなさい。"
],
[
"罰しますとも。死刑さえ行なわれるくらいですからね。",
"しかし僕は一月ばかり前に、……"
],
[
"ふむ、それはこういうのです。――『いかなる犯罪を行ないたりといえども、該犯罪を行なわしめたる事情の消失したる後は該犯罪者を処罰することを得ず』つまりあなたの場合で言えば、その河童はかつては親だったのですが、今はもう親ではありませんから、犯罪も自然と消滅するのです。",
"それはどうも不合理ですね。",
"常談を言ってはいけません。親だった河童も親である河童も同一に見るのこそ不合理です。そうそう、日本の法律では同一に見ることになっているのですね。それはどうも我々には滑稽です。ふふふふふふふふふふ。"
],
[
"日本にも死刑はありますか?",
"ありますとも。日本では絞罪です。"
],
[
"この国の死刑は日本よりも文明的にできているでしょうね?",
"それはもちろん文明的です。"
],
[
"この国では絞罪などは用いません。まれには電気を用いることもあります。しかしたいていは電気も用いません。ただその犯罪の名を言って聞かせるだけです。",
"それだけで河童は死ぬのですか?",
"死にますとも。我々河童の神経作用はあなたがたのよりも微妙ですからね。",
"それは死刑ばかりではありません。殺人にもその手を使うのがあります――"
],
[
"わたしはこの間もある社会主義者に『貴様は盗人だ』と言われたために心臓痲痺を起こしかかったものです。",
"それは案外多いようですね。わたしの知っていたある弁護士などはやはりそのために死んでしまったのですからね。"
],
[
"その河童はだれかに蛙だと言われ、――もちろんあなたも御承知でしょう、この国で蛙だと言われるのは人非人という意味になることぐらいは。――己は蛙かな? 蛙ではないかな? と毎日考えているうちにとうとう死んでしまったものです。",
"それはつまり自殺ですね。",
"もっともその河童を蛙だと言ったやつは殺すつもりで言ったのですがね。あなたがたの目から見れば、やはりそれも自殺という……"
],
[
"もう駄目です。トック君は元来胃病でしたから、それだけでも憂鬱になりやすかったのです。",
"何か書いていたということですが。"
],
[
"それはトックの遺言状ですか?",
"いや、最後に書いていた詩です。",
"詩?"
],
[
"あなたはトック君の死をどう思いますか?",
"いざ、立ちて、……僕もまたいつ死ぬかわかりません。……娑婆界を隔つる谷へ。……",
"しかしあなたはトック君とはやはり親友のひとりだったのでしょう?",
"親友? トックはいつも孤独だったのです。……娑婆界を隔つる谷へ、……ただトックは不幸にも、……岩むらはこごしく……",
"不幸にも?",
"やま水は清く、……あなたがたは幸福です。……岩むらはこごしく。……"
],
[
"しかしこういうわがままの河童といっしょになった家族は気の毒ですね。",
"なにしろあとのことも考えないのですから。"
],
[
"河童の生活というものをね。",
"河童の生活がどうなるのです?",
"我々河童はなんと言っても、河童の生活をまっとうするためには、……"
],
[
"じゃこの国にも教会だの寺院だのはあるわけなのだね?",
"常談を言ってはいけません。近代教の大寺院などはこの国第一の大建築ですよ。どうです、ちょっと見物に行っては?"
],
[
"これはラップさんですか? あなたも相変わらず、――(と言いかけながら、ちょっと言葉をつがなかったのはラップの嘴の腐っているのにやっと気がついたためだったでしょう。)――ああ、とにかく御丈夫らしいようですね。が、きょうはどうしてまた……",
"きょうはこの方のお伴をしてきたのです。この方はたぶん御承知のとおり、――"
],
[
"これは国木田独歩です。轢死する人足の心もちをはっきり知っていた詩人です。しかしそれ以上の説明はあなたには不必要に違いありません。では五番目の龕の中をごらんください。――",
"これはワグネルではありませんか?",
"そうです。国王の友だちだった革命家です。聖徒ワグネルは晩年には食前の祈祷さえしていました。しかしもちろん基督教よりも生活教の信徒のひとりだったのです。ワグネルの残した手紙によれば、娑婆苦は何度この聖徒を死の前に駆りやったかわかりません。"
],
[
"どうか我々の宗教の生活教であることを忘れずにください。我々の神、――『生命の樹』の教えは『旺盛に生きよ』というのですから。……ラップさん、あなたはこのかたに我々の聖書をごらんにいれましたか?",
"いえ、……実はわたし自身もほとんど読んだことはないのです。"
],
[
"我々の運命を定めるものは信仰と境遇と偶然とだけです。(もっともあなたがたはそのほかに遺伝をお数えなさるでしょう。)トックさんは不幸にも信仰をお持ちにならなかったのです。",
"トックはあなたをうらやんでいたでしょう。いや、僕もうらやんでいます。ラップ君などは年も若いし、……",
"僕も嘴さえちゃんとしていればあるいは楽天的だったかもしれません。"
],
[
"しかしあなたは子どものようですが……",
"お前さんはまだ知らないのかい? わたしはどういう運命か、母親の腹を出た時には白髪頭をしていたのだよ。それからだんだん年が若くなり、今ではこんな子どもになったのだよ。けれども年を勘定すれば生まれる前を六十としても、かれこれ百十五六にはなるかもしれない。"
],
[
"あなたはどうもほかの河童よりもしあわせに暮らしているようですね?",
"さあ、それはそうかもしれない。わたしは若い時は年よりだったし、年をとった時は若いものになっている。従って年よりのように欲にも渇かず、若いもののように色にもおぼれない。とにかくわたしの生涯はたといしあわせではないにもしろ、安らかだったのには違いあるまい。",
"なるほどそれでは安らかでしょう。",
"いや、まだそれだけでは安らかにはならない。わたしは体も丈夫だったし、一生食うに困らぬくらいの財産を持っていたのだよ。しかし一番しあわせだったのはやはり生まれてきた時に年よりだったことだと思っている。"
],
[
"わたしもほかの河童のようにこの国へ生まれてくるかどうか、一応父親に尋ねられてから母親の胎内を離れたのだよ。",
"しかし僕はふとした拍子に、この国へ転げ落ちてしまったのです。どうか僕にこの国から出ていかれる路を教えてください。",
"出ていかれる路は一つしかない。",
"というのは?",
"それはお前さんのここへ来た路だ。"
],
[
"ではあすこから出さしてもらいます。",
"ただわたしは前もって言うがね。出ていって後悔しないように。",
"大丈夫です。僕は後悔などはしません。"
],
[
"君はあしたは家にいるかね?",
"Qua",
"なんだって?",
"いや、いるということだよ。"
],
[
"おい、バッグ、どうして来た?",
"へい、お見舞いに上がったのです。なんでも御病気だとかいうことですから。",
"どうしてそんなことを知っている?",
"ラディオのニウスで知ったのです。"
],
[
"それにしてもよく来られたね?",
"なに、造作はありません。東京の川や掘割りは河童には往来も同様ですから。"
],
[
"しかしこの辺には川はないがね。",
"いえ、こちらへ上がったのは水道の鉄管を抜けてきたのです。それからちょっと消火栓をあけて……",
"消火栓をあけて?",
"旦那はお忘れなすったのですか? 河童にも機械屋のいるということを。"
]
] | 底本:「河童・或る阿呆の一生」旺文社文庫、旺文社
1966(昭和41)年10月20日初版発行
1984(昭和59)年重版発行
初出:「改造」
1927(昭和2)年3月1日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:もりみつじゅんじ
校正:かとうかおり
1999年1月24日公開
2012年3月20日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000069",
"作品名": "河童",
"作品名読み": "かっぱ",
"ソート用読み": "かつは",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「改造」1927(昭和2)年3月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1999-01-24T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card69.html",
"人物ID": "000879",
"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "河童・或る阿呆の一生",
"底本出版社名1": "旺文社文庫、旺文社",
"底本初版発行年1": "1966(昭和41)年10月20日",
"入力に使用した版1": "1984(昭和59)年重版",
"校正に使用した版1": "",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
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"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "もりみつじゅんじ",
"校正者": "かとうかおり",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/69_ruby_1321.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2012-03-20T00:00:00",
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"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "5",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/69_14933.html",
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"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "5"
} |
Overview
This dataset is of conversations extracted from Aozora Bunko (青空文庫), which collects public-domain books in Japan, using a simple heuristic approach.
[For Japanese] 日本語での概要説明を Qiita に記載しました: https://qiita.com/akeyhero/items/b53eae1c0bc4d54e321f
Method
First, lines surrounded by quotation mark pairs (「」
) are extracted as utterances from the text
field of globis-university/aozorabunko-clean.
Then, consecutive utterances are collected and grouped together.
The code to reproduce this dataset is made available on GitHub: globis-org/aozorabunko-exctractor.
Notice
As the conversations are extracted using a simple heuristic, a certain amount of the data may actually be monologues.
Tips
If you prefer to employ only modern Japanese, you can filter entries with: row["meta"]["文字遣い種別"] == "新字新仮名"
.
Example
>>> from datasets import load_dataset
>>> ds = load_dataset('globis-university/aozorabunko-chats')
>>> ds
DatasetDict({
train: Dataset({
features: ['chats', 'footnote', 'meta'],
num_rows: 5531
})
})
>>> ds = ds.filter(lambda row: row['meta']['文字遣い種別'] == '新字新仮名') # only modern Japanese
>>> ds
DatasetDict({
train: Dataset({
features: ['chats', 'footnote', 'meta'],
num_rows: 4139
})
})
>>> book = ds['train'][0] # one of the works
>>> book['meta']['作品名']
'スリーピー・ホローの伝説'
>>> chats = book['chats'] # list of the chats in the work; type: list[list[str]]
>>> len(chats)
1
>>> chat = chats[0] # one of the chats; type: list[str]
>>> for utterance in chat:
... print(utterance)
...
人生においては、たとえどんな場合でも必ず利点や愉快なことがあるはずです。もっともそれは、わたくしどもが冗談をすなおに受けとればのことですが
そこで、悪魔の騎士と競走することになった人は、とかくめちゃくちゃに走るのも当然です
したがって、田舎の学校の先生がオランダ人の世継ぎ娘に結婚を拒まれるということは、彼にとっては、世の中で栄進出世にいたるたしかな一歩だということになります
License
CC BY 4.0
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