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# [C02]無形文化資源のためのデジタルアーカイブ: 集合知を利用したデータキュレーション ○土屋紳一 早稲田大学演劇博物館 T162-8050 東京都新宿区西早稲田 1-6-1 E-mail:[email protected] ## Digital archives for intangible cultural resources: Data curation using Collective intelligence. TSUCHIYA Shinichi Theatre Museum, Waseda University, Nishiwaseda 1-6-1, Shinjuku-ku, Tokyo, 162-8050 Japan ## 【発表概要】 wikipedia[1]が公開された年と同じ 2001 年から、演劇博物館は無形文化資源である演劇専門のデジタルアーカイブとして公開が始まった。現在、公開以来の大規模な収蔵品管理や公開システムのリニューアルに取り組んでいる[2]。合理化は進んだが、問題点も浮かび上がった。海外で起きている無形文化資源のアーカイブにおける現状を踏まえて、課題を明確化する。対応策を新公開システムに導入することで、解決を図ろうとしているが、その新機能を解説するとともに、将来の応用を踏まえた展望まで提示する。無形文化資源という限定された事例だが、今後様々な資源の統合が予測される状況を考えると、同様な課題に向き合わなければならない事態がやってくるかもしれない。デジタルアーカイブの将来に対する共通課題と考えている。 ## 1. はじめに 無形文化資源である演劇関連の資料を収集している当館は、浮世絵データベースの公開から始まり、演劇の総合デジタルアーカイ ブ・システムとして発展してきた。収蔵品管理システムが近年導入され、スクラッチ開発による大学全体の文化資源デジタルアーカイブとして大規模なリニューアルを 2017 年 6 月に予定している。標準化や登録作業の合理化が進んでいる反面、無形であるがために「演劇そのものをアーカイブできない」という性質から、単体で成立しにくい資料が多いため、利便性が向上したために、要求が多様化してしまった。こうした問題に向き合い、システムに新たな機能を導入するに至った。 ## 2. 複雑化するメタデータ ## 2.1 演劇資料の種類 演劇専門の博物館は国内唯一であり、様々な資料を収蔵してきた。台本、脚本、衣装、楽譜、小道具、映像資料などといった関連す る資料を積極的に収蔵してきた。浮世絵に関しては役者絵を中心に 4 万 7 千点以上の公開数を誇り、世界有数の浮世絵デジタルアーカイブである。さらには、演目の情報があまりない場合は、捨てられてしまうようなチケッ卜の半券なども重要な資料となるため収蔵が雪だるま式に増えている。近年では、俳優、演出家などの遺族からの寄贈が増え、カテゴリが多岐にわたり、仕分けするだけでも膨大な作業を要している。海外の例として、ドイツ、ヴッパータールで活動していたピナ・バウシュの財団が取り組んでいるアーカイブ[3]【表 1】を、見ていただきたい。ウェブペー ジでは 18 種類のカテゴリが表示されている。故人のアーカイブであるため、これ以上大幅に資料が増える事は考えにくいが、無形文化であるためにカテゴリが多様化していることが見て取れる。現代美術のような分野にも研究資料としての活用が可能であろう。それは現代美術自体も同じように、カテゴリや データの設定などの共通した問題が起きているともいえる。演劇博物館の場合は、様々はケースによる寄贈を受けるため、あらゆる資料が収蔵されている。そのため、どのような資料が収集されるのかは、確定されることがないため、ピナ・バウシュの事例のような明確なカテゴリを作成できないまま、受け入れた資料の登録作業に追われていた。収蔵品管理システムを導入する際にも、資料に即したカテゴリを設定することはできず、業務の担当箇所で区分けするほか方法がなかった。 【表1】ピナ・バウシュアーカイブ項目 【表 2 】は収蔵品管理システムのカテゴリから、項目数をカウントした表になっている。演劇資料だけではなく、映像資料も収蔵しており、9 種類のカテゴリは、作業分担から決められたため、しっかりとした検討がされてはいない。しかし、長年の経験から培われた作業分担として機能していることを考えると、理にかなっているといえるだろう。 ## 2.2 共通化の限界 9 つのカテゴリ全ては、入力可能な項目が、100を超えている。入力の際に、視認性と使用頻度を考えて、入力ブロックの順番を入れ替え、項目もそれぞれの資料に必要なものを追加し、必要のない項目は、削除するなどをしている。そのため、合計項目数がそれぞれ変わっている。横断検索を考慮し、共通する登録項目は当然存在するが、基本的なものに留まっている。国内資料などは、「国際地域」を追加し、横断検索に対応するなどの統合作業も行われた。しかし、無形文化資源は、単体では不完全な場合が多い。例えば、小道具があったとして、使われた演目の内容と連携していなければ、資料としての価値は発揮されない。その演目で、どの衣装を着て、どの役者が演じたのかを知ることができれば、小道具は他の資料にも影響を与えることができるであろう。しかし現状では、9 つのカテゴリを横断し連携する機能は、名簿のみである。名簿はデータベースを独立して 【表 2】演劇博物館収蔵品管理項目 作成し、各カテゴリをリンクで結びつけられている。それ以外は、登録作業者は別のカテゴリになると、機能的に結び付けることはできない。専門分野の違いや、そもそも作業を分業していることもあり、各担当者の確認や検証をしなくてはならず、作業が遅延してしまう。寄贈が増え続け、人員が少ないため、 MPLP(More Product, Less Process) [4]が一般化している状況で、カテゴリをまたいだ連携を構築するのは不可能といって良い。 ## 3. 集合知を積極的に受け入れる ## 3. 1 ユーザと共に構築する 連携可能となる時期を待つのではなく、ユー ザに解放をし、同一システム内のデジタルアー カイブを自由に横断可能なデータキュレーション機能を新公開システムに導入をした。膨大な資料から必要なものを並べ、コメントが書き込め、簡単に共有し、議論がしやすいようになっている。ユーザはラーニング・コモンズのヴァーチャル版のように、開かれた空間が提供される。レコードのみをまとめるのではなく、検索項目、データキュレーションしたものを入れ子構造で保存することもできる。近いウェブサービスでは、スミソニアン博物館が構築した The Smithsonian Learning Lab[5]がある。課外学習用途として対象が設定されているためか、ヴィジュアルの演出がきめ細かく、作り揉まれているウェブサービスである。外部リンクなども取り込むことができ、柔軟性もある。アーカイブシステムに直接組み込まれているのではなく、あくまで学習用という目的になっているところが、本システムとは大きく異なる。 ## 3.2 不確実$\cdot$矛盾も受け入れる 確実な情報を提供しなければならないという責任が、公開を管理する側にはあり、「おそらく関係しているだろう」という憶測は、情報として公開できない。そのため、もっとも資料の近くにいる作業者の判断が活用できていない側面があった。データキュレーション機能には「オフィシャル」というフラグも用意をしているため、デジタルアーカイブのメタデータとしては公開できないが、作業者の考えを取り込むことも可能となった。さらに、不確実なものは公開出来ないという足かせが、一般ユーザにはない。匿名性が高い状態で利用ができるため、利用する際のハードルを下げる反面、ネガティブな要素が懸念材料として出てくることはよく理解している。ネット上での匿名性の問題に関しては、すでに対応策が事例として多く存在している。例えば、キュレーシヨンしたものを、第三者が「いいね」ボタンのように評価できる機能も実装済みであるし、問題の告知機能もある。こうした対策を施したとしても、想定外の問題が起こるかもしれないが、外部リンクは許可しない仕様になっているため、解決出来るレベルであると考えている。 それよりも、ユーザが使い易い環境を提供することに注力した。これらの内容は、不確実で他のデータキュレーションを比較すると矛盾が生じるかもしれないが、今までは利用者との関係が遠かった状態から、共に構築をしていく協力者になることは大きな前進である。Wikipedia のような集合知がベースになっているウェブサ一ビスとは違い、あくまで公開しているデータに関して、繋ぎ合わせる、キュレーションであり、集合知としても一部の要素に限定をしている。また問題になった、キュレーションメディアのような著作権問題も内部のデータのみを活用するため、問題が起きない。こうした両者によって、将来のデジタルアーカイブを育てる関係形成は、今後増えてくるのではないかと考えている。集合知を外部のウェブサービスに流出させるのではなく、積極的に取り込む運用へとシフトすることで、デジタルアーカイブの多様化していく状況に対して、集合知の活用は直近の解決策ではなからうか。 ## 4. おわりに 様々なカテゴリと分業化から生じる縦割り構造になりがちな、デジタルアーカイブの状況から何かしらの対策が必要なことは確実である。メタデータの共通化による横断検索の精度向上は必須事項としてあるが、無形文化 資源のようなケースは、どうしても複雑な構造でないと資料価值が向上しないという事態が起こっている。データを提供するだけのシステムではなく、ユーザがどのように考えて利用しているのかも、取り込める環境が普及して欲しいと望む。そして、何年後かに、大量のデータが蓄積された場合、今度は何を見たら良いのか判別できない状況が起こるかもしれない。しかし、データが一定量を超えると、人工知能の活用が視野に入り、検索結果の表示順などにも貢献できると期待している。また内容の矛盾などを機械的に抽出することで、議題が生まれるかもしれない。こうした開かれたプラットフォームとして運用することは、課題が出てくるかもしれないが、集合知によるデータキュレーションは、ユー ザと管理者にとって、新たな関係を構築するだろう。 ## 参考文献 [1] https://www.wikipedia.org/ (閲覧 2017/5/31)。 [2] http://archive.waseda.jp/archive/ (6月公開予定変更の可能性あり)。 [3] http://www.pinabausch.org/en/archive (閲覧 2017/5/31). [4] http://www.archivists.org/prof-education/ pre-readings/IMPLP/AA68.2.MeissnerGreen e.pdf (閲覧 2017/5/31). [5] https://learninglab.si.edu/ (閲覧 2017/5/31). この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0 I)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [C01]地理的な見方のデジタルアーカイビング ○屋衛治郎 立正大学地球環境科学部 〒 360-0194 埼玉県熊谷市万吉 1700 E-mail: [email protected] Digital Archiving the Geographic Viewpoint on Fieldwork TSUCHIYA Eijiro Rissho University 1700 Magechi, Kumagaya, 360-0194 Japan ## 【発表概要】 フィールドワークは、地理学や文化人類学をはじめとした様々な学問分野の研究手法である。地域に入り込み、地域に根差した調査を行い、地域のリアルな記述を目指し、域に潜む有益な知識・知見を取り出す活動といえる。2014 年文部科学省高等学校学習指導要領解説にも「地理的な見方」が教育目標に挙げられている。その教育手法として重視されるフィールドワークにおいて、教員からフィールドのどこをどのようにみればよいのかという見方の伝達や、学生それぞれの見方を推進するといった教育がなされているともいえる。本研究は、先人の「地理的な見方」 を直接的に記録し、後進への財産として残し活用する手法の試作と評価について報告する。人の 「ものの見方や視点」というものをいかに文化記録としてデジタルアーカイブするか議論をしたい。 ## 1. はじめに 井上[1]は、デジタルアーカイブの対象とし て、下記 4 点、 - 実物・活動 ・印刷メディア ・通信メディア ・デジタルメディア に付け加えて、 - 証言・承 を含めた 5 点がデジタルアーカイブの対象となり得ると述べた。このことは、実物や印刷物、通信、デジタルメディアといった「現物」のアーカイブの他にも、活動や証言・ロ承といった、人のわざや経験そのものといった人よりの側面についてもアーカイブの対象となることを示している。文化庁 web サイトの無形文化財に関する説明[2]には「無形文化財は、人間の「わざ」そのものであり、具体的にはそのわざを体得した個人または個人の集団によって体現される。」と記載されている。以上のことから、先人の身に付けたものに関する記録・保管・利用という観点でのデジタルアーカイブにも意義があるだろう。 本研究は、地理教育における重要な教育目標である「地理的な見方」をデジタルアーカイブの対象として取り上げる。地理学分野のエキスパートである研究者や教員がもつ地域を見る目を、デジタルアーカイブの 5 つの対象のらちの活動として、または、無形文化財の一種として捉え、データ取得と利用方法について提案する。地理学の教育・研究手法として重視されるフィールドワークは、研究者や教員が、地域のどこに注目してどう解釈するかという地理的な見方を明らかにし、さらには後進に伝授や後進その人なりの見方の促進を行っていく場であるとみることができる。 フィードワーク中の研究者・教員の見方 (どこに注目し、どう解釈するか)を、目線方向の動画記録が可能なアクションカメラを用いて記録するとともに、その場の全方位画像を撮影する全天球カメラや、地図などフィールドワーク関連資料を記録することで、地理的な見方を記録し、保管、利用する。 ## 2. 文化財としての地理的な見方 フィールドワークは、地理学や文化人類学をはじめとした様々な学問分野の研究手法となっており、現在盛んな地方創生・地域振興 においても多用される。地域に入り込み、地域に根差した調査を行いリアルな記述を目指す。そこでは、研究者の学術的視点や、若者や外部者の独特の視点などの、フィールドワ一カー各々がもつ地域を見る目と、対象地域に存在する様々なもの・ことがかけ合わさることで、地域に潜む有益な知識・知見が取り出されているといえる。文部科学省の高等学校学習指導要領解説[3]には地理学における重要な教育目標の一つとして「地理的な見方」 があり、その説明として「諸事情を位置や空間的な広がりとのかかわりで地理的事象として見出すこと」と述べられている。教育においても見方の育成の重要性が伺える。これら見方・視点というものを直接に記録として取り出し、保管し利用していくことができれば、地方創生や地域振興など地域社会を豊かにするだけでなく、市民一人ひとりが日々の生活の中で生活環境改善を行う手がかりとなるだろう。アーカイブする価值がある地理的な見方を示すことができる人は数多く存在しているであろうが、本研究ではまず、地理学におけるエキスパートの地理的な見方をアーカイブし、後進である学生に伝承や、学生なりの地理的見方の育成につなげることを目指す。 ## 3. 地理的な見方をア一カイブするには 地理的な見方という、それ自体では実体のないものをアーカイブするためにはどうしたらよいだろうか。文化庁における無形文化財に関する説明[2]には「無形文化財は、人間の 「わざ」そのものであり、具体的にはそのわざを体得した個人または個人の集団によって体現される。」とある。「わざ」とその体現という関係性を参考にすると、地理的な見方をアーカイブするためには、それが具体物として発現しやすい場面として、フィールドワー クという場面において地理学の専門家が「何に注目し、どう説明するのか」という、注目対象とその説明内容を記録することが、地理的な見方をアーカイブするための一つの方法と考える。 ## 3. 1 注目対象とその他全体-文脈の記録 地理的な見方をアーカイブするために、地理学の専門家がフィールドワークの中で現場のどこを見て、どう説明するかを記録する。 ヘッドマウントオプションを併用することで人の目線方向の動画記録が可能なアクションカメラ Panasonic HX-A1H または HX-A500 により(図 1)、何を見たのかという注目対象と説明内容の記録を行った。記録した動画の評価として、アクションカメラを用いたフィ一ルドワーカーの目線動画と、ハンディビデオカメラを用いてフィールドワークの様子を引き気味に撮影した動画を、フィールドワー カーとハンディビデオカメラ撮影者が閲覧し、 それぞれの印象についてまとめてもらった。 その結果、表 1 のように、アクションカメラを用いるとフィールドワーカーの注目対象や説明内容を追従・把握しやすいことや、地図などの資料やツールをいつどう利用するかを把握しやすいことが示された。一方でアクションカメラ動画のデメリットとして、そもそもフィールドワーカーはどこでどのような活動をしているのかという現場の状況やフィー ルドワークの文脈は把握しづらいことが明らかになった[4]。 以上から、地理学の専門家がどこに注目しているかを記録するためには、まず目線方向のアクションカメラなどにより、注目してい 図 1. アクションカメラ装着の様子 表 1.アクションカメラ動画の印象比較 & & \\ る対象そのものとその説明内容を動画記録することが有効であるといえる。同時に、アー カイブ閲覧者が、注目対象物は何であるのか、説明はどのような内容であるかをより明確に理解するための補助として、注目点以外の情報である現場の全体的状況の記録やフィールドワークの文脈的情報の記録も必要であると考える。そこで、目線方向動画に加えて、現場の注目点以外の状況の記録や、文脈情報として、全天球カメラなどを用いた全方位画像や、フィールドワークに用いた地図、フィー ルドワークのテーマや問いにも関連する資料なども合わせて記録を行う(図 2)。 ## 3.2 見方の閲覧$\cdot$伝承を促進する利用法地理的な見方という、いってしまえば曖昧 なものを正しくアーカイブできたというため には他に何が達成されている必要があるか。本節では、記録・収集というアーカイブの段階から一度離れ、デジタルアーカイブの提示 と利用の段階における工夫について述べたい。地理的な見方のアーカイブが成功したとい う状態の一つとして、その記録内容を閲覧し た者が少なくとも、地理的な見方が記録内容 に含まれていることに気づくことや、さらに は、専門家の見方の具体的内容について明確 に把握や理解することや、見方を受け取り伝 目線動画 発話テキスト承がなされた状態になることや、専門家の見方に刺激をうける形で自らの地理的な見方を増進や改善していける状態であると考える。 つまり、アーカイブの閲覧者が地理的な見方を発見や意識できることであると考える。よって、デジタルアーカイブの提示方法の工夫や地理的な見方の教育機会として利用方法を積極的に作りだしていくことが必要と考える。 ## 4. 事例 : 赤羽巡検デジタルアーカイブ 地理的な見方のデジタルアーカイブ実践事例を示す。 デジタルアーカイブの対象としたのは、立正大学地球環境科学部地理学科における 2016 年度科目「地理基礎巡検」から、東京都北区赤羽のフィールドワークである。当フィールドワークのテーマは「東京北区赤羽周辺の戦前・戦中・戦後」であり、赤羽周辺を歩き、景観を観察しながら、第二次世界大戦前後の痕跡を探るものであった。当フィールドワー クの主担当教員である立正大学の教員が学生を引率する形で赤羽地域に赴き、地域内の 5 箇所ほどに移動し、各箇所で学生の観察や簡単な調查活動を行いつつ、フィールドワークのテーマに即して各箇所の注目点と意味や解釈について説明がされるものであった。 当フィールドワークの主担当者は筆者とは異なる立正大学教員であり、地理学を専門としている。担当教員の了解と協力のもと、筆者と学生サポーターの合計 3 名でアーカイブを試みた。 事前取材として、筆者が授業に参加し、 フィールドワークの詳細なルートや、足を止めて調查と説明活動が実施される箇所の確認と、各箇所で実施される担当教員の説明内容について把握を行った。主に学部生 1 年生向けのフィードワークで 初心者向けであるため、活動内容としては担当教員が説明し、学生は聞きにまわることが多く、学生自主的な調査活動や解釈活動は少なかった。合計 4 時間ほどであった。 事前取材の後、担当教員と学生サポーター を交えた打ち合わせを行い、フィールドワー クでのデータ記録は、履修学生はいない状態で 3 名のみで模擬的に実施することとした。 ## 4. 1 記録 事前取材で明らかになった、フィールドワ一ク中に足を止めて調查・説明がなされる赤羽地域内の 5 箇所にしぼり記録を行った。協力者である学生サポーターが学生役となり、担当教員から説明を受け、質疑応用をする中でさらに説明を引き出す形にし、担当教員の説明内容の豊富化と自然さを出すようにした。担当教員と学生サポーター両名にアクションカメラを装着してもらい動画撮影を行った (図 3)。担当教員が主に説明役となり、学生サポーターが聞き役となることが多かったが、学生サポーターから出た発言や意見を受ける形で担当教員が説明を追加していくことも見られた。各箇所での説明活動は 10 分から 15 分ほどであった。動画撮影の他にバックアップ記録として、IC レコーダーによる音声記録や、各箇所で担当教員と学生サポーターが注目している対象物についてデジタルカメラで画像記録を行った。 担当教員と学生サポーターが説明活動を実施する各箇所において、説明の中で指示され 図 3. 赤羽フィールドワークの様子 ている対象物とその他の全体的状況が把握できるように全天球カメラよって全方位画像を画像記録した。フィールドワークの文脈情報として、授業で実際に利用した赤羽地域の地図や、赤羽地域の戦前・戦中・戦後の様子に関する資料のスキャンなどによるデジタル化を行った。以上の収集データ例として図 2 を参照してもらいたい。 担当教員と学生サポーターの発話内容は文字起こしをし、動画とともにそのテキストデ一タを閲覧できるようにした。 ## 4. 2 利用 取得したデータの提示と利用については実施前であるが、利用方法として立正大学の授業での活用を予定している。フィールドワー ク前後の活用、学生自身の目線動画との比較などにより、地理的な見方の教育実践に活用していく予定である。 ## 5. 展望:評価としての教育効果測定 今後は本研究のデジタルアーカイブの評価として、 4.2 節で示した教育実践への利用の中で、その学習効果や閲覧しやすさ、地理的な見方に意識がどれほど向くかという観点から評価を実施し、さらに有効な地理的な見方のデジタルアーカイブ手法と、その手法を支える理論について検討をしていきたい。 ## 参考文献 [1] 井上透. デジタルアーカイブの対象としての証言・ロ承. デジタルアーカイブ研究誌. 2 017, 4(1), 6p. [2] 文化庁. 無形文化財. http://www.bunka.g o.jp/seisaku/bunkazai/shokai/mukei/ (閲覧 2017/5/30). [3] 文部科学省. 高等学校学習指導要領解説地理歴史. 2014. [4] 本岡拓哉,土屋衛治郎,松尾忠直,中島健太.「地理的な見方」のデジタルアーカイビング. 日本地理学会発表要旨集. 2017,91,35 5 p. この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [B06]自治体史編纂における資料の収集と保存の現状 『新修豊田市史 別編民俗』の事例を中心に ○粕谷亜矢子 豊田市史資料調査会 〒456-0032 名古屋市熱田区三本松町 21-15-503 E-mail: [email protected] ## The current state of the acquisition and preservation of archives in city history compiling.: \\ Centering around the reference case of "A new version of the Toyota City History in folk traditions" KASUYA Ayako Toyota City History Compiling 503-15-21 Sanbonmatsu-cho, Nagoya, 456-0032 Japan ## 【発表概要】 愛知県豊田市は平成 17 年(2005) 4 月に近隣の西加茂郡藤岡町・小原村、東加茂郡足助町・下山村・旭町・稲武町の 6 町村と合併し、愛知県全体の約 18 パーセントを占める広大な面積を有する自治体となった。合併した町村、旧豊田市にはそれぞれ以前に編纂した町村市史はあるが、合併を機に平成 18 年度から平成 34 年度にかけ『新修豊田市史』編纂事業を実施しており、平成 22 年の市制 60 周年に『新修豊田市史概要版豊田市のあゆみ』を発刊している。 『新修豊田市史』は、原始から現代に至るまでの通史編とそれに付随する資料編、美術工芸編、建築編、民俗編、自然編、総集編、概要版の全 25 巻を刊行する予定である。今回はその中でも聞き書きを中心に資料を収集する民俗編における収集と資料の保存、利活用などの現状と今後の課題を考えていきたい。 ## 1. はじめに 自治体史編纂事業は、市町村合併や「市政 ○周年記念」などにかこつけて行われることが多い。『新修豊田市史』編纂事業も合併を機に平成 18 年度から平成 34 年度までの 17 か年の計画で始まり、平成 29 年度で 12 年目になる。 豊田市は元々「挙母」といい、昭和 13 年 (1938)11月 3 日、トヨタ自動車工業株式会社(現卜ヨ夕自動車株式会社)挙母工場 (本社工場)が操業を開始するまでは、養虫と製糸業が盛んなまちであった。 豊田市(このときは挙母市)は、昭和 31 年 9 月 30 日に西加茂郡高橋村と合併したのを皮切りに、西加茂郡猿投町、東加茂郡松平町、碧海郡高岡町・上郷町の 4 町と合併した。 また、平成 17 年 4 月 1 日、豊田市、西加茂郡藤岡町 - 小原村、東加茂郡足助町 - 下山村・旭町・稲武町の 1 市 6 町が合併し、新豊田市になった。市町村の刊行状況をまとめる と、表 1 のとおりである。過去の編纂事業で収集された資料は、旧町村市で保管されているものもあるが、公開できる状態に整理されていないか、資料が散逸してしまったものもある。 今回の『新修豊田市史』編纂事業では膨大な資料が時間をかけて収集されているが、資料の公開については、今のところ特に決まっていない。 そこで本発表では、発表者が担当する『新修豊田市史』民俗部会における資料の収集と保存、公開について考えていきたい。 ## 2.『新修豊田市史』編さん事業 ## 2.1『新修豊田市史 別編民俗』の内容 『新修豊田市史』民俗部会は平成 19 年度から平成 29 年度までの 11 年間設置されており、今年度は民俗部会がある最終年度となる。 & 1 & 2008 \\ 『新修豊田市史別編民俗』は 3 巻構成で、平成 24 年度刊行の 1 巻は「山地のくらし」 と題し、平成 17 年に合併した藤岡・小原・足助・下山・旭・稲武地区を対象に高度経済成長期前後の民俗を、平成 26 年度刊行の 2 巻は「平地のくらし」と題し、挙母・高橋 $\cdot$猿投・松平・上郷・高岡地区を対象に高度経済成長期前後の民俗を記述している。平成 28 年度刊行の 3 巻は「民俗の諸相」と題し、全市域を対象に芸者、卜ヨタ自動車、祭礼と芸能、在日日系ブラジル人、民俗の変化などを記述している。 ## 2.2『新修豊田市史』民俗部会の調査 平成 19 年度から平成 28 年度までに収集した聞き書き資料は 28000 点に及び、調査地は 300 か所を超え、豊田市内外の 1500 名以上の話者から話を聞いた。話者の年代は 90 代前半から 60 代前半、場合によっては 50 代前半にも及ぶこともあった。話者の年齢層が幅広くなったのは、 3 巻が時代の変化を追うものであったためである。 調查内容も高度経済成長期前後から現代に至るまでの衣、食、住、生業、社会生活、人の一生、年中行事、信仰、運輸交通、交易、挙母のマチ、芸者、トヨタ自動車、加茂䗞糸、在日日系ブラジル人の生活など多岐にわたっている。 平成 19 年度から平成 25 年度までは 66 回の合同調查と並行して個別調査と現地調查を実施した。平成 26 年度から平成 28 年度までは個別調查と現地調查を実施した。合同調查、個別調査の調查時間はおおむね 2 時間とし、地区の集会所や話者宅に出向いた。合同調査の場合は、11 名いる調查員がなるべく出席できる日に設定した。合同調查のフローは図 1 のとおりである。話者を個別に調查する個別調査の場合は、合同調查の話者に再調査する場合や事務局が独自に探した話者にお願いした。個別調查のフローは図 2 のとおりである。 聞き書きでは録音やビデオ撮影などは行わなかった。限られた時間と人員、予算の中で、 1 つ 1 つ調查に手をかけられなかった。広大な市域をくまなく調査するためにはやむを得ないことであった。調査員も事務局も話者の話す内容をノートに取り、必要に応じて資料をデジタルカメラで撮影したり、古写真を借用し、後日事務局で接写をしたりするのが精いっぱいであった。調査報告にしても、調查後に作成する調查員もいれば、そうでない調査員もおり、すべての話者に調査報告が行 図 1.合同調查のフロー き届かないこともあった。調查報告が作成されない場合には、事務局で作成し、調查員の確認を経て、話者に調査報告を送付することもあった。調查報告はファイルで分類し、保管した。大分類は、情報・概要、環境、衣、食、住、農業、山樵、漁撈、亩産、諸職、運輸・交通、交易、人の一生、社会生活、工業、年中行事、信仰、民俗芸能、年中行事、口承伝承で、その下にさらに細かな分類がある。ただ同じようなデータでも複数の分類にまたがっていることもあった。調查員が作成する調查報告の内容によっては分類を迷うことも多々あった。一人の人間が分類していても、日によって分類が摇れてしまうこともあった。話者の成育歴や話者が公開してほしくないものについては、非公 & 調査見送り \\ 図 2. 個別調查のフロー 開のマークを付している。 また、調查報告を送付したとしても、話者が調查報告を戻さないこともあった。調查報告が戻ってこない場合は、現段階では修正なしと判断している。 現地調查は、民俗芸能と祭礼の写真撮影をおもに行った。地元の自治区長(自治会長) と日程の確認をしたうえで撮影した。撮影コマ数は多い時で 1900 コマを超えることもあり、後日整理することになるが、現状ではフオルダに撮影年月日と撮影対象と撮影者を付し、画像を保管するにとどまっている。 収集した聞き書き資料や写真資料は、将来公開することを前提に再整理、修正、分類の 調整を行い、平成 29 年度末には民俗部会は休止することになっている。 ## 3. 民俗部会の調査での問題点 話者に送付した調查報告がもとで、話者と行き違いが生じることもあった。話者が話したことを文章にして調查報告を送付したところ、調査前に調查の趣旨と内容の説明をしたにも関わらず、話者から「こんなつもりで話したわけではない」「自分の話したことを文章化されることに困惑した」「独善的に断定的に書かれている」「調査をなかったことにしてほしい」などといったことが書かれ、調查報告が戻ってくることもあった。話者に調查の最後に「聞いた内容がすべて本に掲載されるわけではない」「後日調査報告を送付するので確認してほしい」と伝えているが、時間を置き、文章になった調查報告が送付されると、話者は「周りに私が話したとばれないだろうか」 と不安に陥っていく。話者は気軽に噂話程度に話したことやプライバシーに関わること、経験したことが文章にされ、それが保存されることに対し抵抗がある人もいる。それを何の精查もなしに公開するのは非常に危ういことである。 また、本を刊行するにあたって、話者に掲載内容の確認をしたところ、過去の調查手法への苦言をいただいたこともあった。このケ一スは、過去の事務局と調査員の話者への配慮不足が引き起こしたものであり、結果として掲載を見送ることになった。 事務局が個人情報と判断した資料でも、調查員によっては個人情報と判断せず原稿に書いていることもあった。個人が断定されなければ、個人情報ではないという認識の調查員 と個人が特定されなくとも、その地区で話者が特定されてしまうものは個人情報であると考えた事務局との考えの相違もあった。 写真の掲載についても、調査員と事務局の掲載の判断が異なることに驚いたこともあった。 ## 4. おわりに 聞き書きで語られることは、古文書や考古資料に目に見えない、活字化されていないものである。話者の記憶にあるものを調査員が上手に聞き取り、活字化していくので、調查の趣旨を丁寧に説明しても行き違いが生じやすいのも事実である。 また、自治体史編纂の事務局の中には「聞き書きは人の話を聞いてまとめるだけだから、他の研究領域のように専門知識がなくとも誰でも簡単にできる」と思っているところもある。過去にいた所属で祭礼調查を担当した折、同僚から「民俗学は学問ではない、人の話を聞いてまとめるだけだから」と言われたことがあった。聞き書きで収集する資料は、生活に密着しすぎているので、活字にしてあえて残すということはあまりされない傾向にある。最後に自治体史の刊行は、資料收集のスタ ートであり、ゴールではないということを強調しておきたい。多くの自治体史の編纂事業の目的が、目に見えて分かりやすい本の刊行に重きを置いていることが多い。多額の税金を投じ、人員を割いて収集した資料を事業終了後にどのように保存、公開するかを考えずにスタートさせた結果、資料の保存と公開は事業の中で置き去りにされ、事業終了後に倉庫の片隅で存在を忘れ去られ死蔵されているケースがあることを忘れてはならない。 この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [B05] 日常生活圏におけるデジタルアーカイブの撮影方法 とメタデータの開発 $\bigcirc$ 町英朋 $^{1)}$, 塩雅之 ${ }^{21}$, 坂井知志 ${ }^{21}$ 常磐大学総合政策学部総合政策学科 ${ }^{112}$ 2) 3 ) 二 310-8585 水戸市見和 1 丁目 430-1 E-mail:[email protected] ## Development of Recording Method and Metadata for Digital Archive in Sphere of Daily Life MACHI Hidetomo ${ }^{1)}$, SHIO Masayuki ${ }^{2}$, SAKAI Tomoji2) Tokiwa University 1) 2) 3) 430-1, 1-Chome, Miwa, Mito-shi, 310-8585 Japan ## 【発表概要】 デジタルアーカイブを飛躍的に増加させるには,研究者やデジタルアーカイブ関係者だけではなく市民の参加が必要不可欠であり, そのための方法を開発する必要がある。常磐大学では, デジタルアーカイブの構築方法の開発を実証的に検討している。その現状と課題を撮影方法と位置情報を中心に報告する。併せて,市民が記録するうえで必要となるメタデータについても論じる。 具体的には,市民にも普及しつつある,交通事故原因究明の証拠映像を記録する乗用車のドライブレコーダーの性能の検証を行い,日常生活圏のデジタルアーカイブの撮影機器としての可能性について考察する。また,重要なデータである位置情報やその誤差について,ドライブレコー ダーと一般のビデオカメラとの違いを念頭に,どのようなメタデータが必要になってくるのかについても言及する。 ## 1. はじめに 日本視聴覚教育協会の調査によると, 平成 28 年 4 月 1 日現在,全国の視聴覚教育センタ一・ライブラリーにおいて, 自作居王在デジタルアーカイブ総数は, 8,361 本, 配信総数 11,304 本である。 また, 東日本大震災のデジタルアーカイブの取り組みは, NPO や自治体,大学,報道機関など幅広く取り組まれている。2017 年 5 月 18 日現在, 東日本大震災のポータルサイトの国立国会図書館「ひなぎく」には,81 の団体・機関等が音声・動画情報 $(13,115 )$ web サイト $(80,258)$ 写真 $(643,645)$ 文書資料 $(1,111,770)$ その他 $(1,677,723)$ という膨大な資料を提供している。一時,林立していたデジタルアーカイブを利用しやすくする効果や後世に遺すためにはポータルサイトの役割は大きいが,課題も多い。提供された災害情報に不可欠な位置情報の久落や写真等のマスキング基準の不揃い,個人情報の提供先の データのマイグレーション体制の未整備など今後改善しなければならない課題も多い。なかでもデータの大規模災害の被災前の映像や被災者自身の資料が不足しているとの指摘はマスコミ関係者からもある。ある自治体の取り組みにおいては, 40 万件中 5 万件が市民や NPO などの市民からの提供資料で残りの 35 万件は公務員などの公的な機関に所属する者から提供された資料となっている。被災に一番近く, 量的に無数に存在している資料がデジタルアーカイブに組み込まれていないという現状がある。 このことを改善するためには,JBIF(地球規模生物多様性情報機構日本ノード)の取り組みが参考になる。JBIF では資料が世界的にも不足していた現状を改善するため, ダイバーの協力を得て情報量の拡大を図ることを構想したが,その結果,飛躍的に資料点数を増加させることができた。 一方, デジタル技術はドローン・ $4 \mathrm{~K}$ カメ ラ・3D カメラなどの市民への浸透はデジタルアーカイブ関係者も無視できない状況を迎えている。総務省の「放送サービスの高度化に関する検討会これまでの検討結果について取りまとめ」(平成 25 年 6 月)においては, 2020 年に $4 \mathrm{~K} / 8 \mathrm{~K}$ の放送を視聴可能な環境を実現するとしている。現在の研究レベルの技術が数年後には汎用的なものとなる。 また,車載のドライブレコーダーは機能的にはハイビジョンの画質と GPS 情報, 日時,速度がデータに組み込まれるように高度化している。業界では,ガイドラインを作成して品質の向上を目指している。その結果, 普及状況もバスは一般乗合 $(59.2 \%)$ 高速乗合 (67.4\%)(平成 25 年社団法人日本バス協会)ハイヤー・タクシーは,(72.5\%)(平成 27 年度全国ハイヤー・タクシー連合会)個人は $(10.4 \%)$ (平成 27 年ソニー損保)となっている。 日本においても急速に普及してきているドライブレコーダーは被災予想地のバスやタクシー,個人の乗用車に搭載されつつあるが,現在は保存されずに上書きされ削除されている。この状況を踏まえて, 常磐大学のデジタルアーカイブ研究会では, 震災予想地の撮影をドライブレコーダー中心に検証している。 ドライブレコーダーから得られた情報をデジタルアーカイブ資料とするには,どのような課題があり,その解決方法をどのように考察しているのかについて, 現状を中間報告として発表する。 ## 2. ドライブレコーダーの記録映像の現状と 課題 ドライブレコーダーの映像記録をデジタルアーカイブとして残すためには位置情報が必要となる。昨今では, GPS を搭載してカメラ映像と共に位置情報を記録するドライブレコ ーダーが発売されている。今回, GPS 付きのドライブレコーダーに記録される位置情報について実験を行った。GPS 付きのドライブレ コーダー 2 機種(以降 GR-1,GR-2 と表記) を用いて,学内の道路を時速 $15 \mathrm{~km}$ くらいで走行した映像を記録し,位置情報を検証した。 ## 2.1 位置情報の誤差 実験に使用した 2 機種ともに,カメラ映像の下に時刻・緯度経度 - 速度の付加情報が追加された映像が動画ファイルとして記録される。付加情報は 1 秒後ごとに更新される仕様となっている。 この付加情報を基に GPS の誤差を検証した。走行した経路のうち地図で特定できる地点 7 ヶ所(地点 $\mathrm{A} \sim \mathrm{G}$ )を定め, その地点でのドライブレコーダーの位置情報と地理院地図を用いた位置情報とで比較し, その誤差を算出した (表 1 )。 表1 情報の誤差(単位: m) この検証方法では, ドライブレコーダーの映像から判断した場所と地理院地図とを比較しているため, 検証手法の段階で $1 \sim 2 \mathrm{~m}$ の誤差が含まれうる。また,位置情報の更新の夕イミングの誤差も考えられる。実験で仕様した機種は 1 秒更新のため, 車の時速を $15 \mathrm{~km}$ として 1 秒間に約 $4 \mathrm{~m}$ の誤差が生じうる。 表 1 の誤差から,GR-1 については,日本で GPS が保証する精度 $10 \mathrm{~m}$ に概ね収まっていると言える。GR-2 については,大きく位置を外れている箇所が多く, 衛星の捕捉状態が良くなかったと思われる。GR-2 での GPS による経路情報を地理院地図上に示すと誤差の大きさがわかる。(図 1 )。 図 1 経路情報の誤差 GPS で精度を出すためには,十分な衛星の捕捉が必要であり, 数值が安定するまで待って測るのが望ましい。しかし, ドライブレコ一ダーの場合は走行中に使用するため, 静止状態よりも GPS の精度が下がるのは必然といえる。走行中に測る GPS については,一般的な GPS 以上に地理院地図上での確認と修正をした上でメタデータとするのが望ましい。 GPS だけでなく地図情報なども用いて道路上に位置補正するカーナビゲーションシステムも存在する。そのようなカーナビゲーションと連動させて位置情報をとることができれば,より精度の高い情報を得ることができると思われる。 ## 2.2 位置情報の記録方法 ドライブレコーダーの位置情報の記録方法は,動画ファイル内に映像と共に記録する方法と, 映像ファイルとは別に位置情報のファイルを出力する方法とがある。こうした位置情報の記録方法には標準が無い。特に動画フアイル内に位置情報が記録されている場合, その編集を行うのは困難である。位置情報に誤差がある場合に,修正を行うのが容易ではない。 本実験で仕様した GR-2 においては付属の専用ソフトを使用することにより,位置情報を GPX ファイル (GPS 用のファイル形式の一つ)として書き出すことが可能であった。 この GPX ファイルを KML ファイル(GPS用のファイル形式の一つ)に変換し,地理院地図に表示させることができる。 位置情報の標準的な記録方法が無く, 機種固有になっている現状は,位置情報を別な形に利用する際のハードルにもなっている。位置情報の修正, 地理院地図や GoogleMap 等への利用などの利用も鑑みて, ドライブレコ一ダーにおける位置情報データ取り扱いの標準化が望まれる。 ## 3. メタデータ ## 3.1 個人が取り扱うメタデータ デジタルアーカイブについては,機関や分野に応じて様々なガイドラインが策定されている。例えば,総務省では震災関連のガイドラインを策定・公開している ${ }^{11]}$ 。そのガイドラインをもとに独自のガイドラインを策定し, それに従いデジタルアーカイブを構築し公開している自治体もある ${ }^{[2]}$ 。しかし,それらのガイドラインで示されているメタデータの作業は,個人が自分で記録したデータをアーカイブするにあたり行うには困難を伴う内容である。筆者らは,一人ひとりが記録したデー 夕について, 個人がメタデータの付与に充てられる時間や労力といったリソースを鑑みたときの付与すべきメタデータを示した ${ }^{[3]}$ しかし,個人が入手できる撮影記録機能を有する様々な機器を使用して日常生活の中で記録するボーンデジタルなデータに対するメタデータについての議論は, 未だ十分ではない。特に,GPS 機能を搭載した撮影記録機能を有する機器, 例えば GPS 内蔵のデジタルカメラ,スマートフォンやタブレット端末,そして前節で述べたドライブレコーダーなど,位置情報を記録できる機器を使用して撮影記録したデータに付与するメタデータについては,より具体的に検討する必要がある。 ## 3. 2 ドライブレコーダーによる撮影記録に 関する情報 前述のドライブレコーダーによる撮影デー タでは日時と位置情報が重要な情報となるが,記録されるデータを単純な動画データの一つ して捉えたとき,そのデータは一般的なビデオカメラで撮影した動画データとは異なる様相をもつ。 個人がビデオカメラで撮影する場合,多くは撮影ポイントすなわち撮影時の位置情報は多少の移動によるブレを考慮してもある程度の範囲に収斂される。一方,ドライブレコー ダーによる撮影では, 時間経過とともに位置情報も刻一刻と変化するものである。したがって, 一般的な動画データでは一つのデータファイルに一つの位置情報, 特に緯度 - 経度を付与すれば十分とも考えられるが,ドライブレコーダーによる動画データ自体に与える位置情報については,これまでのデジタルア一カイブにおける位置情報とは別な視点で捉え直す必要がある。 また,位置情報以外のメタデータについても検討が必要である。ドライブレコーダーは自動車に搭載される機器である。したがって,記録データの入手に関する情報をメタデータで管理することを考慮すると,搭載している自動車に関する情報をメタデータに入れることも考えられる。更に,権利処理については,例えばデータの著作者は, 自動車の所有者なのか運転手なのか,それとも記録をとっている走行時に同乗していた人も関係するのかなど, 状況を整理して議論する必要がある。 しかし, 一方で, 個人がメタデータ付与に割り当てることができる労力や時間などのリソース,そしてモチベーションには限りがある。デジタルアーカイブとして耐えうる最大限のメタデータ付与を最低限の個人的コストで行うには,今回のドライブレコーダーによるデジタルアーカイブ化は位置情報の扱いだけでも更なるコスト増になると考えられる。一タについて,近年普及が進んできているドライブレコーダーに着目し, それがデジタルアーカイブを意図した新たな撮影記録機器として使用可能か簡単な実験を行い,データを検証した。その結果,走行時に取得された位置情報だけでは, デジタルアーカイブの位置情報としては十分な精度が得られにくいことが確認できた。また,位置情報を外部と連携する際に必要となるエクスポートなどの機能についても,製品間で差があることも確認できた。 動画データとしてのメタデータについては,動画が映し出す光景が位置情報を刻一刻と変えていくことを考慮する必要があること,そして動画データを記録するドライブレコーダ一を搭載した自動車に関する情報を記録することの検討が必要であることを述べた。 今後は,様々な条件下でのドライブレコー ダーの位置情報の誤差データの収集, およびドライブレコーダーの撮影データに対するメタデータの具体的な検討を進める予定である。 ## 参考文献 [1] 総務省. “震災関連デジタルアーカイブ構築・運用のためのガイドライン(2013 年 3 月)”. http://www.soumu.go.jp/menu_seisaku/ictsei saku/ictriyou/02ryutsu02_03000114.html (参照 2017-5-30). [2] 岩手県. “いわて震災津波アーカイブ〜希望 ”。 http://iwate-archive.pref.iwate.jp/ (参照 201 $7-5-30$ ) [3] 町英朋,塩雅之,坂井知志. “個人のデジタルアーカイブとメタデータに関する考察”。日本教育情報学会第 31 回年会論文集. 2015, p. $114-117$. ## 4. おわりに 個人が日常生活の中で記録するデジタルデ この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし, 複製, 改変はもちろん, 営利目的での二次利用も許可されています。
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# [B04] 白川郷和田家デジタルアーカイブにおける 地域資料の継続的な記録と保存 $\bigcirc$ 谷里佐 ${ }^{1)}$, 佐藤正明 ${ }^{1)}$, 加藤真由美 ${ }^{1)}$, 櫟彩見 ${ }^{1)}$ 岐阜女子大学 ${ }^{11}$ 〒厂501-2592 岐阜県岐阜市太郎丸 80 番地 ## Continuous record and preservation of the local document in the Shirakawa-go Wadas digital archive. TANI Risa ${ }^{1)}$, SATOU Masaaki1), KATO Mayumi ${ }^{1)}$, ICHIKI Ayami ${ }^{1)}$ Gifu Women's University 1) 80 Taromaru, Gifu, 501-2592 Japan ## 【発表概要】 世界遺産「白川郷」の和田家(国重文)は、白川郷荻町合掌集落の北端に位置し、白川村に現存する合掌造り家屋の中では最大の規模をもつ。歴代の当主は、江戸期には、名主・組頭を勤め、明治期には、初代村長となるなど、「白川郷」の歴史と深い関わりをもつ。岐阜女子大学では、 この和田家のデジタルアーカイブを 2000 年より継続的に進め、 2 世代にわたる当主のオーラルヒストリー、和田家の建築構造、和田家所蔵の古文書・古記録等、多くの資料を記録し、保存、利用提供を行っている。さらに、今年度、新たな視点での記録を始めた。地域資料の継続的な記録と保存の実践と利用提供について報告する。 ## 1. はじめに 岐阜女子大学は、平成 12 年(2000) 4 月にサテライトキャンパス文化情報研究センタ ー(デジタルミュージアム併設)を開所し、以降、地域文化資料のデジタルアーカイブに関わる資料の収集・記録と保存、提供(利活用)の研究、実践を行ってきた。その対象と寸る資料は、地域の古い町並や祭礼、衣食住、 オーラルヒストリー、ものづくり活動、古文書・古記録等、多岐にわたる。 世界遺産「白川郷」和田家のデジタルアー カイブもその一つであり、平成 12 年の文化情報研究センター開所時から、継続して、資料の収集・記録、保存、提供に取り組んでいる。 本稿では、岐阜女子大学が継続して取り組んできた、世界遺産「白川郷」和田家のデジタルアーカイブにおける記録と保存の実践と利用提供について、現在の取り組み内容と併せ、報告する。 ## 2. 世界遺産「白川郷」和田家 ## 2.1「白川郷」と和田家 白川郷荻町合掌造り集落 (岐阜県大野郡白川村荻町)は、昭和 51 年(1976)に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、平成 7 年(1995)には、ユネスコ世界遺産(文化遺産) に登録された。 この地は、岐阜県の西北部に位置し、冬季の積雪が厳しく、また、東西南北を山や峠に囲まれているという孤立した土地柄であった。 そして、こうした気候・風土の特徴から、特有の生活文化が形成されてきた。例えば、合掌造り家屋は、風の抵抗を弱めるため、妻 (屋根の側面)を南北に向けて建てられ、屋根は、積雪に備えて約 60 度の急勾配にされている。また、「結」と呼ばれる相互扶助の精神をもった地域的合力組織も、厳しい地域的状況の中で育まれてきたものともいえる。こうした生活文化を守るため、地域の人々は、昭和 46 年 (1971) より住民憲章を定め「白川郷・荻町の自然環境を守る会」を組織し、 今日まで、集落保存に積極的に取り組んでいる。 その白川郷荻町合掌造り集落の北端に位置し、白川村に現存する最大規模の合掌造り家屋が和田家である。白川郷が世界文化遺産に登録された平成 7 年 12 月に国の重要文化財指定をうけている。和田家の当主は、江戸期には名主・組頭を勤め、明治期には初代村長に選ばれている。 図 1 和田家外観 和田家の家屋は、茅葺切妻合掌造りで、桁行 12 間(約 $22 \mathrm{~m}$ )、梁間 7 間(約 $13 \mathrm{~m}$ )。建築年代は明らかではないが、同家の過去帳に、宝暦 8 年(1758)の記録がみられることから約 300 年前と推測されている。[1] また、和田家は、江戸時代には荻町から越中の間の関所であった牛首口留番所の役人を勤め、さらに、焻硝(火薬)の製造取引によつて富を得るなど、政治的にも経済的にも大きな力を有していた。このことは、同家の内部が、江戸時代には役人等の貴賓専用であつたとされる式台つきの「ゲンカン」や客室として利用された「オクノデイ」の書院造り等、全体的に格式をもった造作がなされていることにもあらわれている。 なお、現在は、「国指定重要文化財和田家」 として、実際に居住しながら、一部を一般公開し、博物館としても機能している。 また、建物の他にも、和田家で代々使用されてきた漆器類や養虫用具、牛首口留番所や焔硝関係の資料など、その生活に関わりの深い資料類が数多く所蔵されている。 ## 2.2 和田家デジタルア一カイブ 平成 12 年から継続して取り組んでいる和田家のデジタルアーカイブでは、地域の歴史的背景、景観、年中行事、人の暮らし、思い等、地域文化資料として必要な要素と考えられる事項に関わる資料について、デジタルア一カイブを行っている。これらのすべてを数回で記録をすることは不可能であり、また、経年変化する地域の変化の過程を捉えるためには、継続的な記録と、また、対象資料の所有者等、関係者の理解と協力が必要である。和田家デジタルアーカイブでは、和田家の前当主和田正美氏、現当主和田正人氏の協力を得て、進めている。 ## (1) 様々な視点での記録 図 2 ・ 3 は、白川郷荻町合掌造り集落が一望できる城山展望台からの記録である。図 2 は、旅行者等が記録した写真をはじめ白川郷の絵葉書の題材としても見られる構図だが、 このような、オーソドックスな構図と併せ、図 3 のように、異なった視点の構図での記録も行っている。これらの多くは、芸術的な写真ではないが、地域のデジタルアーカイブでは、様々な視点での地域の様子を記録することが必要である。実際に、図 2 より図 3 の記録に利用依頼がある。 図 2 城山展望台からの和田家 1 図 3 城山展望台からの和田家 2 ## (2) 歴代当主のオーラルヒストリ一の記録 平成 12 年の記録開始時に、和田家の当主 (前当主)の和田正美氏のオーラルヒストリ一を記録し、後年、現当主の和田正人氏の才 ーラルヒストリーを記録した。 図 4 和田正美氏オーラルヒストリー 図 5 和田正人氏オーラルヒストリー オーラルヒストリー (oral history) とは、直訳すると、「口述歴史」であり、個人や組織の歴史や経験(記憶)を聞き取りし、記録を作成して保存し、利用に供すること、さらに、後世に伝えることを意味する。和田家歴代当主のオーラルヒストリーでは、当主からみた白川郷や和田家の姿が語られている。それは、資料の分かりやすい解説であり、また、 その資料の身近な存在(当主)の思いの記録でもある。 ## 3. 新$\cdot$和田家デジタルアーカイブ 前項に記した通り、和田家デジタルアーカイブでは、和田家の様々な資料を記録、保存している。それらは、基本的なメタデータである資料名、作者(人物)、日付(時代)、場所、管理番号(識別子)を必須とし、資料分野により、位置情報や説明、利用対象者、権利情報等を登録し、保存している。 これらをもとに、データベースや WEB コンテンツを作製し、提供している。 ## 2-5-1和田家当主オーラルヒストリー 図 6 オーラルヒストリーコンテンツ例 そして、今年度(2017)から、これまでの資料に新規資料を追加し、新しい和田家デジタルアーカイブを始めた。 ## 3. 1 蓄積した資料の活用 これまで蓄積した資料を整理し、春夏秋冬の和田家の外観(図 $6 \cdot 7$ )や年中行事、和田家の図面に基づく内部の様子等を、冊子と $\mathrm{W}$ E Bコンテンツを連携させた形でまとめている。和田家は博物館として一般に公開されているが、見学者への説明等は、当主の和田正人氏やご家族が対応されており、ご多忙のため、対面での説明が適わないことが生じることに苦慮されている。そこで、冊子やWE B コンテンツ等は、和田家での見学者への配付等、検討している。 図 6 和田家外観(夏) 図 7 和田家外観(冬) ## 3. 2 身近な存在による資料のデジタル化〜地域で育った子どもの視点〜 地域文化資料のデジタルアーカイブには、従来より、その地域に暮らす人々、地域の行事やものづくり等の関係者自身による資料のデジタルアーカイブ化の重要性に着目され、地域の子どもたちによるデジタルアーカイブ [2]$\cdot$[3]や地域住民参加型デジタルアーカイブの推進[4]等の実践や報告がある。これらは、地域の人々や関係者自身によるデジタルアーカイブであり、新しく作製するものであるが、 すでに作製された研究ノートや図表、レポー 卜等を収集し、デジタルアーカイブ化することで、地域の人々や関係者自身の視点を記録、提供することができる。そこで、新・和田家デジタルアーカイブでは、和田正人氏のご息女、ご子息が、小学生時代にまとめられた課題研究ノートや観察記録のデジタルアーカイブ化を進めている。 これらは、地域で育った子どもの視点での和田家および白川郷の記録となると考える。 ## 3. 3 利用許諾について ## 〜クリエイティブ・コモンズの適用〜 和田家デジタルアーカイブも含め、岐阜女子大学が平成 12 年から実践している地域文化資料のデジタルアーカイブについては、すべて、教育目的での自由利用を可能としている (一部例外資料有)。 今後は、「我が国におけるデジタルアーカイブ推進の方向性」 [5] も指摘する、メタデータやデジタルコンテンツへの、クリエイティブ ・コモンズの $\mathrm{CC} 0$ や CC-BY 等の利用条件表示を検討する。ただし、クリエイティブ・コモンズは、著作権以外の肖像権や施設管理権等、他の権利からは問題となる可能性があり、 デジタルアーカイブでは、被写体に他の権利が関係する場合が多い。そのため、新・和田家デジタルアーカイブでは、他の権利に対しても適宜確認し、利用許諾を得て進める。 ## 4. おわりに 地域文化資料のデジタルアーカイブは、継続的な記録と保存を行うことによって、経年変化や暮らす人の変遷により、深化する地域の諸相を捉えることができる。ただし、そこには、継続的な記録、保存や提供の活動をプロデュースできる組織と、知識が必要である。岐阜女子大学が進めるデジタルアーカイブの人材育成や、デジタルアーカイブの実践の中で、多くの地域文化資料に適用可能な事例となるよう、和田家デジタルアーカイブでの試行研究を進めたい。 [謝辞] 和田家デジタルアーカイブの資料提供をはじめ、様々なご支援をいただいている和田家のみなさまに感謝致します。本研究の一部は JSPS 科研費 JP17K04886 の助成を受けたものです。 ## 参考文献 [1] 和田正人. 和田弥右衛門家文書より一沵硝製造に関わって一,岐阜県歴史資料館報 21.岐阜県歴史資料館.1998. p.112-123. [2] 学習ソフトウェア情報研究センター企画.子どもたちによるデジタルアーカイブづくり. http://www.gakujoken.jp/kodomo_da/. 2005. (閲覧:2017.5.28) [3] 石見銀山資料館子どもチャレンジ実行委員会.「世界遺産子どもデジタルアーカイブ」づくり. http://fish.miracle.ne.jp/silver /archive/.2008.(閲覧:2017.5.28) [4] 総務省関東総合通信局情報通信連携推進課. 地域住民参加型デジタルアーカイブの推進に関する調査検討会報告書.2010.88p. [5] デジタルアーカイブの連携に関する関係省庁等連絡会・実務者協議会. 我が国におけるデジタルアーカイブ推進の方向性.http: //www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitala rchive_kyougikai/.2017(閲覧:2017.5.28) この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# デジタルアーカイフ関連資料 (1) 総務省 知のデジタルアーカイプ〜社会の知識インフラの摭充に向けて〜一提言及びガイドラインの公表一2012/3/30 http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu02_02000041.html 知のデジタルアーカイブ —社会の知識インフラの拡充に向けてー提言 概要 (別紙2) 図書$\cdot$出版物、公文書、美術品$\cdot$博物品、歴史資料等公共的な知的資産の総デジタル化を進め、インターネット上で電子情報と して共有$\cdot$利用できる仕組み(デジタルアーカイブ)の構築$\cdot$連携の推進に向けた提言 ## デジタルアーカイブとは 何らかの方針に基づき、デジタルコンテンツを選択、収集、組織化、蓄積し、長期にわたって保存するとともに利用に供するシステム又はサービス。 知のデジタルアーカイブとは 人間・コミュニティの知的活動を支えるためのデジタルアーカイブ。デジタル・ネットワー ク社会の知識インフラ。 ## デジタルアーカイブ推進アクションプラン 1. 大福帳からデジタルへ。知的資産の公開 ・ 中小のMLA機関が所蔵する資料等のデジタル化、ネット上への公開の推進。 ・「デジタルアーカイブ推進・構築のためのガイドライン」の周知・普及及び技術・利用環境の変化に即した見直し。 ・デジタルアーカイブ構築・連携を推進するための財政措置の拡充。 2. 人的基盤の構築 ・デジタルアーカイブの技術・知識・ノウハウ等を収集・蓄積・共有する「デジタルアーカイブ支援ネットワーク (DAN)」の設立。 ・デジタルアーカイブの推進に理解のあるリーダーの獲得及び構築・運営していく専門的な人材の必要性への理解。 ・デジタルアーカイブの有機的連携を推進する「デジタルアーカイブ・スペシャリスト」の育成。 3.システム基盤の構築 ・データ形式の標準化・耐災害性の観点からデータ蓄積基盤として、デジタルアーカイブ・クラウドを推進する。 -「文化遺産オンライン」の利用促進・機能拡充(多言語対応等) ・東日本大震災の記憶を伝承し、将来の災害対策等に活用するため「東日本大震災アーカイブ」の構築。 ・デジタルコンテンツ長期保存技術の開発を進めるとともに、ノウハウの共有を推進する。 4. コンテンツ流通基盤の構築 ・組織・コンテンツを一意に識別するための識別子の普及を進めるため、知的資産 I Dの導入。 ・メタデータ情報基盤(MetaBridge)の利用普及・機能拡張を進め、メタデータの流通を促進する。 デジタルアーカイブの構築$\cdot$連携のためのガイドライン概要 (別紙4) 地域の中小規模の博物館 - 美術館、図書館、文書館等(MLA機関) での活用を目標とし、各館担当者を対象として作成 第1章デジタルアーカイブの構築 $\cdot$デタルアーカイブの概要及びデジタルアーイブを構築する意義を解説 $\cdot$デジタルーカイブによつて自組織の活動成果の普及$\cdot$公開、資料の継続的保存$\cdot$管 理、資料の検索性の向上等の効果が得られることを説明 第2章デジタルアーカイブの連携 $\cdot$デタルアーカイブ連携の意義及び連携の効果について解説 $\cdot$連携による知的資産へのアクセス性向上が、新たなビジネスの創出、日本文化や研究 の国際的発信、高等教育や観光産業などの振興等に寄与することを説明 第3章デジタルアーカイブの実例 市区町村あるいは都道府県レベルでのデジタルアーカイブの実例を取り上げ、構築$\cdot$運営のエ夫などを紹介(練馬区立美術館、萩市立図書館、計6館) 第4章デジタルアーカイブの構築$\cdot$連携の課題デジタルアーカイブの構築$\cdot$連携$\cdot$運用にあたって、各館で検討すべき課題を抽出 第5章デジタルアーカイブの構築$\cdot$連携の手引き実際にデジタルアーカイブを構築する流れや必要な知識について様々な事例やガイドラインを引用し、各館の担当者が参考にできる手引きを作成 参考資料規格一覧, 事例紹介 デジタルアーカイブにおいて使用される各種規格の一覧、及び所蔵品のデジタル化を含めた具体的構築方法の事例紹介 デジタルアーカイブ 構築$\cdot$連携の流れ 自館の現状把握と準備 $\square$ デジタルアーカイブの継続運用 -デジタルアーカイブ構築事業の入門書として、基礎的理論と多様な実例を併記 - 現実的に事業に取り組む際の手助けとして、作業手順やコスト目安の実例を紹介 我が国におけるデジタルアーカイブ推進の方向性 ## エグゼクティブ$\cdot$サマリー 平成 29 年 4 月 デジタルアーカイブの連携に関する関係省庁等連絡会$\cdot$実務者協議会 (事務局:内閣府知的財産戦略推進事務局) デジタルアーカイブの活用の対象として、観光、教育、学術、防災などの様々な目的が考えられる。こうした活用を通じて、デジタルアーカイブの構築$\cdot$共有と活用の循環を持続的なものとし、その便益を博物館$\cdot$美術館、図書館、文書館、大学、企業、市民コミュニティなどの 「アーカイブ機関」を通じて、国民のものとしていくことで、我が国の社会的、文化的、経済的発展につなげていくことが重要である。 本報告書は、平成 27 年 9 月に内閣府に設置されたデジタルアーカイブの連携に関する関係省庁等連絡会及び実務者協議会での検討を踏まえ、我が国におけるデジタルアーカイブの構築とその活用促進に関する実務的課題に対する推進の方向性を示すものである。 ## 序章 デジタルアーカイブ社会 デジタルアーカイブは、好きなときに好きな場所から、多種多様な情報・コンテンツへのアクセスを可能とする。 また、教育や研究における利用、観光利用、ビジネスでの活用といった様々な活用を通じて、新たな経済的価値を創出し、イノベーションを推進する基盤となる。 また、多様なコンテンツへのアクセスがどこからでも可能になり、地域間格差の社会的課題の解決にも資する。 こうした基盤を構築することは、国の戦略として重要な取組であり、公的機関がデジタルアーカイブに取り組むことは社会的責務として求められている。 デジタルアーカイブは、活用する者だけでなく、データを提供するア一カイブ機関にとっても、デジタルコンテンツを使ったサービスの充実、来館者数の増加、業務効率化等のメリッドもたらされる。 ## 第1章 現状と課題 1. 諸外国の現状 欧米を中心に、様々な分野$\cdot$領域のア一カイブ機関が連携して、各機関が保有する多様なコンテンツのメタデ一タをまとめてインターネットで検索$\cdot$閲覧できる統合ポータルの構築が進んでいる。EU の Europeana や米国の DPLA(米国デジタル公共図書館)では、メタデー タの集約等を行う「アグリゲーター」(又は「ハブ」)を中核として連携を進めている。また、これらの統合ポータルは、デジタルアーカイブの活用促進に向けて、メタデ一タのオ一プン化(クリエイティブ・コモンズの CCO 等の表示)やデジタルコンテンツへの利用条件表示を進めている。 2. 日本の現状 分野によっては進んでいる部分もあるが、日本全体として見た場合、海外と比べて、デジタルコンテンツの提供は、量的に十分な状況とはいえない。メタデータの整備$\cdot$公開も十分とはいえない。書籍等分野のように、メタデータの連携が進められている分野もあるが、分野を超えたデジタルアーカイブ間の連携は、全体としては進んでいない。 活用面においても、Europeana やDPLA のように、メタデータを CCO で提供しているところは見当たらない。デジタルコンテンツへの利用条件表示もほとんど行われていない。また、コピーやダウンロ一ド、メール送信ができない、専用ソフトが必要で汎用性がない、外国語(英語等)に対応していないなど、活用する者の二ーズに対応できていない場合が多い。 ## 3. 諸外国の現状を踏まえた日本の課題 諸外国の取組に追いつき、より優れたデジタルアーカイブを提供していくうえで、デジタルアーカイブ構築と連携を推進するための仕組み(インセンティブを生み出す仕組み等)の構築、中小機関及び地方における人的$\cdot$財政的ノソースの不足や技術的$\cdot$法務的課題への対応、メタデータやサムネイル/プレビュー、デジタルコンテンツのオ一プン化の推進等が必要である。 ## 第2章 我が国におけるデジタルアーカイブ推進の在り方 1.「共有」が支えるデジタルアーカイブサイクル 分野$\cdot$地域のコミュニティの内外でのデジタルコンテンツの共有は、デジタルアーカイブにおいて、収集$\cdot$保存と両輪とな以、活用を支え推進するための重要な要素である。この保存$\cdot$共有$\cdot$活用のサイクルを、自館、地域$\cdot$分野コミュニティ、さらには、日本国内、世界へと広げることで、活用の幅が大きく広がっていく。 ## 2. デジタルアーカイブ社会の構築 各アーカイブ機関は、メタデータの整備やデジタルコンテンツを拡充する。分野や地域コミュニティごとの「つなぎ役」(Europeana の「アグリゲーター」、DPLA の「ハブ」に相当)は、メタデータをとりまとめて、国の分野横断統合ポータル(国立国会図書館が検討を進める「ジヤパンサーチ(仮称)」)と共有できるようにする。活用者は、ジャパンサ一チ(仮称)等を通じて、共有されるタデータやデジタルコンテンツをデータ提供者のメリッにつながる形で、様々な用途に活用することができる。 デジタルアーカイブの共有と利活用に向けて 3. アーカイブ機関に求められる役割 アーカイブ機関には、以下の役割が求められる。 $\cdot$ 本報告書とは別途に取りまとめられた「デジタルアー カイブの構築$\cdot$共有$\cdot$活用ガイ゙ライン」の採用 $\cdot$人材の確保及び育成 $\cdot$デジタルアーカイブの取組が業績として適切に評価される仕組みの設計(評価指標の見直し) $\cdot$海外発信の強化(メタデータの英語又は口一マ字表記等) ## 4. つなぎ役に求められる役割 つなぎ役には、以下の役割が求められる。 $\cdot$分野$\cdot$地域の独自性を反映したポータルの整備$\cdot$提供 $\cdot$メタデータの整備推進$\cdot$標準化$\cdot$用語の統制 $\cdot$アーカイブ機関におけるメタデータやデジタルコンテン ツ等の利用条件表示の推進、オープン化の推進、活用取組の推進 $\cdot$アーカイブ機関におけるデジタルコンテンツ拡充及び保存に対する技術や法務上の業務支援 $\cdot$デジタルアーカイブの評価指標の見直しとアーカイブ機関へのインセンティブ付与 $\cdot$ア一カイブ機関の意識啓発$\cdot$人材育成支援 5. 国や地方自治体等に求められる役割 国及び地方自治体は、以下の役割が求められる。 $\cdot$デジタルアーカイブの積極的な活用 $\cdot$デジタルアーカイブに関わる多様な役割を担う人々の コミュニティの醸成 $\cdot$アーカイブ機関の課題解決に必要な人的$\cdot$財政的支援措置及び技術$\cdot$法務上の業務支援のためのネットワ一ク整備等 ## 第3章 今後の国の取組の方向性 今後の国の取組の方向性は以下のとおりである。 $\cdot$「デジタルアーカイブの構築$\cdot$共有$\cdot$活用ガイ゙ライン」 の策定$\cdot$普及 $\cdot$保有するデジタル情報資源のオ一プン化推進 -国の統合ポータル「ジャパンサーチ(仮称)」の継綕検討 $\cdot$デジタルアーカイブ活用促進のための官民合同フオ一ラムの設置の検討 $\cdot$つなぎ役の取組支援 $\cdot$アーカイブ機関の人材教育支援(技術的講習会、研修を行う団体への支援等) $\cdot$アーカイブ機関の取組を促進するためのインセンティブ(各種の助成事業の活用や評価に応じた顕彰等)の検討 ## 第4章 残された論点 国家戦略として、アーカイブ機関の取組をさらに強力にけん引するようなビジョンの構築とその実現のための枠組の継続的な検討が必要である。各アーカイブ機関が無理なくデータを整備$\cdot$共有$\cdot$連携できる共通基盤 (プラットフォーム)の構築についての検討や、長期利用$\cdot$永続的アクセスを意識した取組についての検討も必要である。 また、つなぎ役の機能を果たす機関を設定することが困難な分野では、関係省庁や自治体が自らポータルを立ち上げることも考えられる。引き続き、分野$\cdot$地域ごとに、どのような支援策が必要かを確認しながら、本報告書での課題が解決されているかをフオローアップしていく必要がある。 # デジタルアーカイブの構築$\cdot$共有$\cdot$活用ガイドライン - 概要 \author{ 平成 2 9年4月 \\ デジタルアーカイブの連携に関する \\ 関係省庁等連絡会 ・ 実務者協議会 } ## ガイドラインの対象・目的 ## 対象 「アーカイブ機関」(=コンテンツを保有する機関)+「つなぎ役」+「活用者」 広い概念での記録機関全般を指し、コンテンツを保有している機関すべてを対象とする。 文化的施設(博物館$\cdot$美術館、図書館、文書 館)のほか、大学$\cdot$研究機関、企業、官公庁、地方公共団体等を含む。分野$\cdot$地域コミュニティにおいて、メタデータの集約と提供を行い、コミュニティにおけるメタデータの標準化、用語の統制等を行う役割を担う。 デジタルアーカイブ上の様々なデータを活用する者。自らのデータを活用するアーカイブ機関に加え、一般ユーザ、 IT技術者、クリエイターなど。 ## 目的 各機関がガイドラインに沿つた取組を行うことによって、我が国のデジタル情報資源を豊かにし、活用者はもちろん、アーカイブ機関自らもその恩恵を最大限に享受できるようにすることを目指す (ガイドラインの内容) ロ「アーカイブ機関」が取り組むべきデジタル情報資源の整備・運用方法 ロ「つなぎ役」がデジタル情報資源の共有化を促すに当たつて取り組むべき事項 「活用者」がデジタルアーカイブの利活用に当たつて取り組むべき事項 「デジタルアーカイブ」とは、様々なデジタル情報資源を収集・保存・提供する仕組みの総体をいう。「デジタルコンテンツ」のほか、アナログ媒体の資料・作品等も「コンテンツ」に含まれるものとした上でコンテンツの内容や所在等の情報を記述した 「メタデータ」や、コンテンツの縮小版又は部分表示である「サムネイル/プレビユー」も対象とする。 我が国として目指すべきデジタルアーカイブ推進の方向性(1章) ## 国の分野横断統合ポータル 我が国が保有する様々なコンテンツへの効果的なナビゲーションを提供し、保存・共有領域にあるる多様な資源とその「活用者」とのつなぎ役を果たす ## 活用者 保存・共有領域でオープンになったデジタル情報資源に関して、その価値を一層高める方法で利用や活用を進める。活用者は、自らの成果をデー夕提供者 (アーカイブ機関やつなぎ役)に還元する 図デジタルアーカイブの共有と活用のために 我が国のデジタル情報資源が効率的に生み出され、国全体として有効に活用されていくことを目指す デジタルアーカイブのメリット ## アーカイブ機関にとって メタデータの整備やデジタルコンテンツの拡充といつた取組は、日々の業務運営はもちろん、災害時の被害状況の把握にも役立つ。情報技術を利用した効果的なサービス展開も可能となる。ホームページでの発信や展示会等での利用など、自らが整備したデジタルアーカイブの最大の活用者は、結局のところ、その機関自身といえる。 デジタルアーカイブの自館でのメリット (例) ## 活用者や社会にとつて デジタルデータは、時間や場所を問わず利用できるメリットがある。加えて、オープンな (自由な二次利用が可能な)デジタルコンテンツが増えることによって、観光用VRのアプリ提供、教育目的での利用、人工知能 (AI) の学習用、新規ビジネスの創出など、様々な人々が様々な目的で活用することが可能となり、社会が活性化する。 デジタルアーカイブ社会における活用(例) デジタルアーカイブの整備に当たって(2章)アーカイブ機関が行うこと ## (1)メタデータの整備 「タイトル(ラベル)」「作者(人物)」「日付(時代)」「場所」「管理番号(識別子)」の5項目について、判明している場合は必須の情報として記述する。このほかは、必要に応じて、分野の事情を考慮した主要な標準(参考資料「確認すべき標準・ガイドライン」等)を参考に整備することが望ましい。 ・コンテンツの権利情報や二次利用条件といった情報も併せて整備されることがよい。 ・国際的な共有を考えた場合、多言語化(英語・ローマ字表記)に取り組むことが望ましい。 ## (2)サムネイル/プレビューの作成 ・メタデータの情報を補うため、本文テキストの一部を入力する方法のほか、コンテンツの縮小画像(サムネイル) や、音声・動画の部分抽出(プレビュー)を作成する。 ## (3)デジタルコンテンツの作成・収集 - 保存用としては、可能な限り高品質なものを作成する。加えて、利用・提供のしやすさを優先して情報量を抑えたものや、発見を助けるためのもの(サムネイル/プレビュー)も同時に作成することがよい。 - 外部に作業委託する場合、デジタル化成果物が自らの所有物となること、また、自ら自由に使えることに加え第三者の活用も可能となるよう著作権の状態について、契約内容の確認を行う。 - 個人所有の写真$\cdot$動画等を収集する際は、肖像権、プライバシ一権等の諸権利に留意しつつ、自らのサービスでの活用に加え第三者の活用も可能となるよう、権利処理を行う。 ・撮影時に自動的に記録された撮影曰時・機器・解像度などの情報は削除しないよう注意する。 ・デジタルデータ作成時の情報が分かるよう、デジタル化の際のドキュメント等を残しておく。 ## (4)長期アクセスの保証のために ・個別の資料・作品の情報を判別・認識できる識別子(重複しない管理番号)を付与する。 ・メタデータにURIを付与することが望ましい。URIの付与が自らできない場合は、メタデータの管理ファイルを安定したウェブ上に公開する方法がある。 ・ システム持続可能性のため、特定の機器(システム、メディア等)に依存しないデータ形式とし、データ移行性を確保する。また、ストレージ機器・システム等のリプレース経費や運用コストを見込んでおく。 ・災害や大規模なシステム障害等への対応可能性を高めるため、データ共有による分散化・複数化を進める。 データを共有するに当たって(3章) 〜アーカイブ機関とつなぎ役が行うこと ## (1)公開ポリシーの考え方 ・自らが作成・保有するデータに関し、著作権等に配慮した上で、公開範囲と二次利用条件を決定する。 ## (2)二次利用条件の表示方法 - 利用条件の検討においては、権利の状態を確認し、第三者の権利が含まれる場合は許諾を得る必要がある。 - 世界的主流となっている、クリエイティブ・コモンズCCO、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス (CC BY、CC BY-SA等)、パブリック・ドメイン・マーク(PDM)などを利用して利用条件を明示する。 ・自由利用以外の場合は、デー夕を利用するための手続をメタデータや提供ページ等で明示的に示す。 ## (3)望ましい利用条件 (オープン化の推進) ・活用が最大限行われるよう、可能な限りオープン化(自由な二次利用を可能に)することが望まれる。特にメタデータは、国際的な流通・活用の観点から、CCOの採用が望ましい。 ・著作権保護期間が満了しているなど著作権による制限がないものは、PDMなどを用いて自由な利用が可能であることを明示することがよい。 ・ 公的機関のもの又は公的助成により生成されたデータの利用条件は、以下のとおりとすることが求められる。 ## (4)利用条件表示の検討に当たつての留意点 著作権のほか、肖像権、プライバシー権等の諸権利にも留意が必要である。 cCOとは...著作権法上認められる。 その者が持つ全ての権利を放棄してパブリック・ドメインに提供すること CC BYとは原作者のクレジット (氏名、作品タイトルなど)を表示することを主な条件とし、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可される最も自由度の高いライセンス ## (5)データ共有の方法 メタデータの共有のため、(1)OAI-PMH(八一ベスト用API)、(2)Linked Dataに加えて、(3)その他API(SPARQL、検索用API)による連携の仕組みが備わっていることが望ましい。これらの用意が無理な場合は、表形式のデータをウェブ上の安定したところに置く方法でも連携できる。 ・ サムネイル/プレビューは、そのURLがメタデータ項目の一部としてメタデータとセットで提供されるとよい。 ・ デジタルコンテンツは、相互運用性を確保し、異なるシステム間においても一緒に利用できる仕組みが用意できるとよい(画像の場合はIIIFに対応する等)。 データを活用するに当たって(4章) 活用者とつなぎ役が行うこと ## (1)データの活用における留意点 ・アーカイブ幾関が提供しているデータに関し、活用者は、コンテンツ自体の価値をさらに高め、デー夕提供者にとつてもメリットにつながる形で活用することが求められる。 ・ 活用者は、適用されているライセンスや利用条件をよく確認し、順守しなければならない。 - 著作権保護期間が満了しているデータや(権利が放棄されたことを示す)CCOが適用されたデータであっても、データ提供者等の貢献の社会的認知、データの信頼性の担保から、活用者は、出典、デー夕提供者等のクレジットや元データのURLを示すことが望ましい。また、著作者人格権等の配慮が必要な場合がある。 ## (2)付加価梴情報の付与 ・活用者は、デジタルアーカイブで提供されているデータに関し、付加価値となる情報を追加して利用することが求められる(例:Linked Dataを活用した情報の追加、英語・ローマ字表記の追加)。 ・また、元のデータに何の情報を追加したかが分かるような形で活用したデータを提供する。 ## (3)情報間の関連付け - 活用者は、分野間で共通する情報(地理情報、時間情報、人物情報等)を用いて、異なるアーカイブ機関間で提供されているメタデータを関連付けていくことによって、メタデータをより豊かにする(例:地図上に デジタルコンテツをマッピングすることで観光客に役立つアプリの作成、美術作品を作成時間順に並べてそれぞれの所蔵館を示す等) ・情報の有効な共有のため、つなぎ役は、分野コミュニティにおける用語(辞書・典拠・シソーラス)を統制し、用語にURIを付与することが求められる。また、分野内のメタデータフォーマットの標準化も必要。 ## (4)活用の結果できた成果物の還元 ・活用者は、(2〜3章の) デー夕提供者としてのアーカイブ機関が行うべきことにも取り組む(イープンな 利用条件での提供、Linked Dataによる活用の広がりの確保、識別子の付与や長期アクセスの保証等) ・活用者は、データを使った成果について、Twitter等のSNSやWikipediaなどに積極的に発信する。 ・ データ提供者であるアーカイブ機関や分野・地域コミュニティに対し(つなぎ役を経由するなどして)、活用者は、付加価値情報や関連付けした情報をフィードバックすることが望ましい。 ## (5)活用のためのコミュニティ形成 ・つなぎ役は、活用を進めるためのコミュニティの形成に寄与し、活用事例の共有の場を設定する。 ・アーカイブ機関やつなぎ役は、活用者が使いやすいよう、メタデータに関する解説や、地用の際のヒントに なる情報を哓信する。 ## 文化資源の蓄積と活用 我が国は明治維新以来、欧米を手本にモノづくりによる豊かさを追求してきた。しかし 21 世紀に入り、消費財は行き渡り、製造業の拠点は海外に移りつつある中、我が国の経済は、モノづくりからコトづくりへの転換を遂げつつある。モノに付加価値をつけ、魅力あるソフトを制作し、高度なサービスを提供する基盤としての創造性は、我が国が古来より蓄積してきた文化資源への参照と活用によってこそ生み出される。独自性を持ち、世界に通じるコンテンツを生み出し続けていくためには、これまで蓄えた知を活かし、新たな創造の源とする、「知の循環」を社会に根付かせることが必要である。 図書、記録文書、映像、写真、美術品などのさまざまな文化資源を共有し、活用することは、社会を成り立たせるための礎となる。東日本大震災は、図らずもそのことを明らかにしたと言うことができよう。津波に対する備えを古来の伝承からどう学んでいたのか。原子力発電の安全性や放射能の影響について何が明らかにされ、何を知らされていなかったのか。残された記録や日々生み出される情報を分かち合い、吟味して活かすことは、郷土を守り、国を維持し、社会をより良くしていくための根本的な営為である。 文化資源の発信は、国際社会に対する貢献にも資することが期待される。江戸時代の浮世絵をはじめ、映画やマンガ、アニメ、ゲーム、食文化、ファッションなど、我が国が生み出したコンテンツは世界を魅了してきた。 こうした芸術文化を通じて諸外国から好意的に見られることは、ソフトパワーの時代と言われる現代において、世界の中で一定の地位を保つことにつながる。2020 年の東京オリンピック・パラリンピックを機に、世界の視線が再び日本に注がれるとき、我が国の文化資源の蓄積と活用の成否が問われることになる。 ## キ デジタルアーカイブの拡大に向けて 多様な文化資源をデジタル化し、世界に発信するデジタルアーカイブの整備は、文化資源の蓄積と活用における中心的な課題である。諸外国を見れば、すでに 3,000 万件を超えるデジタルデータを有する EUのヨーロピアナ(Europeana)に象徴されるように、各国がしのぎを削る急速な構築が進められている。他方我が国では、各地、各機関で先駆的な取組は見られるものの、デジタルアーカイブを巡る環境は、欧米諸国と比べて多方面で対応が遅れていると言わざるを得ない。アーカイブの現場では、依然として必要な人材や財源の不足といった問題、そして著作権をはじめとする解決困難な多くの法的課題にも直面していることに加え、各種文化資源の散逸・劣化も進んでおり、もはや包括的かつ抜本的な対応の実行は急務となっている。 我が国の魅力ある文化資源を収集・保存し、魅力的な形で全世界に向けて発信することは、我が国の文化芸術 のプレゼンスを向上させるとともに、「知のインフラ」として、各種ビジネス・教育・研究・福祉・観光・まちづくり等に決定的に貢献するものである。かつ、これらの知識インフラは、比較的少ない予算で世界最先端の水準の整備が可能であり、将来の維持管理費用も従来型インフラに比べれば低水準で賄える点で、財政難かつ少資源の日本の浮沈の鍵を握るものと言っても過言ではない。 このような停滞した状況を打ち破り、文化資源を礎にした成熟社会を形成していくためには、知識インフラの基盤となるデジタルアーカイブの振興を国家戦略として位置付け、そして文化資源に関わる当事者の力を結集するための制度整備を行なうことが不可欠である。私たち文化資源戦略会議は、「アーカイブ立国宣言」として、以下の 4 点を柱とした、デジタルアーカイブ振興政策の確立を提言する。 提言 1 : 国立デジタルアーカイブ・センター(NDAC)の設立 国内における多数のアーカイブをつなぐデジタルハブの役割を果たす、日本のデジタルアーカイブ全体のセンターかつ空口として、「(仮称) 国立デジタルアーカイブ・センター」を設立する。 提言 2 : デジタルアーカイブを支える人材の育成 文化芸術分野の知見、作品の収集・保存・修復・公開の技能、そして必要な法律知識を適切に備えたアーキビストの育成を中心に、デジタルアーカイブを支える人的基盤を整備する。 提言 $3:$ 文化資源デジタルアーカイブのオープンデータ化 公的な文化施設によって整備される文化資源デジタルアーカイブを、誰もが自由に利活用可能なオー プンデータとして公開する。 提言 $4:$ 抜本的な孤児作品対策 著作権・所有権・肖像権などの権利者不明作品(いわゆる「孤児作品」)につき、権利者の適切な保護とのバランスを図りつつ、その適法かつ迅速な利用を可能とする抜本的立法措置を実施する。 以下、各提言について解説していく。 ## 提言 1 : 国立デジタルアーカイブ・センター(NDAC)の設立 国内における多数のアーカイブをつなぐデジタルハブの役割を果たす、日本のデジタルアーカイブ全体のセンタ一かつ窓口として、「(仮称) 国立デジタルアーカイブ・センター」を設立する。 ヨーロピアナや米国デジタル公共図書館(Digital Public Library of America)に象徴されるように、デジタルア一カイブの発展及び国民全体による利用の促進という観点からは、多数のデジタルアーカイブが分野ごと・地域ごと・機関ごとに並存しているだけでなく、それらの個々のアーカイブをつなげるハブ機能の存在がきわめて重要となる。このようなハブが存在することにより、ポータルサイトとして一元的な管理・検索が可能となり、利用者の利便性が格段に向上するほか、ヴァーチャルな形であ扎、個々のアーカイブの所蔵する数百万点もの作品が一カ所に集められることにより、国内はもちろん、海外に向けても、日本の文化資源のデジタルアーカイブとしての存在感が一段と大きくなるからである。 このようなナショナルセンターとしての役割を果たし、日本が世界に誇る文化資源のデジタル化を国家的に推進する機関として、「国立デジタルアーカイブ・センター(以下、NDAC = National Digital Archive Center と略)」の設立が必要である。この NDAC は、国内の諸デジタルアーカイブを支充、統合的利用を可能にするという機能を果たすことが第一義的な目的であるが、そ扎を実効性あるものにするためには、施設・設備面での裏付けも必要である。また、中心となる施設はひとつに集約する必要はなく、むしろ機能分担・地域分担による複数施設の設置が考慮されてよいだろう。 NDAC は既存のデジタルアーカイブを対象とするだけでなく、各文化施設所蔵品や地域で掘り起こされた各種文化資源のデジタル化・公開を支援するとともに、文化資源を扱う新たな専門家の研修・育成などの役割を担うことも期待される。このようにデジタル情報が集積・統合されるセンターが設立されることによって、日本のデ ジタル文化資源(コンテンツ)の権利情報データベースが付加的に備えられることになり、デジタルアーカイブの発信する文化資源の国内外における利用がさらに促進されることが望ましい。 NDAC が有すべき 10 大機能 1. 各文化施設・関連機関・地域の文化資源のデジタル化・公開支援機能 2.それを支える現物保管機能 3. デジタル文化資源(コンテンツ)のデータ形式の標準化機能 4. 新しいアーカイブ専門家の研修・育成機能と研究開発機能 5. 国内の各デジタルアーカイブのデジタルハブ機能/ポータルサイト機能 6. デジタル文化資源権利情報データベース機能 7. 国民等一の啓発・普及機能 8. デジタル文化資源を活用したビジネスモデル開発・起業支援機能 9. 国内・海外関係者との交流機能(字幕付与・多言語発信の支援機能を含む) 10. 以上の機能を支える企画・運営機能 ## 提言 2 : デジタルアーカイブを支える人材の育成 文化芸術分野の知見、作品の収集・保存・修復・公開の技能、そして必要な法律知識を適切に備えたアーキビストの育成を中心に、デジタルアーカイブを支える人的基盤を整備する。 文化資源をアーカイブ化し、活用するためには、それを担う人材を欠かすことができない。博物館、図書館、文書館など既存の文化資源機関では、学芸員や司書、アーキビストがその役割を担っているが、デジタル化を進めるための知識や技能は充分とは言い難い。「アーカイブ立国」実現のためには、新たな担い手、専門人材の育成に取組まなければならない。そのためには、高度文化資源専門職の養成制度を創設する必要がある。 (1)高度文化資源専門職「(仮称)文化資源コーディネーター」の創設 既存のアーキビスト、学芸員、司書等の専門職が培ってきた専門能力を深化拡大させ、デジタルアーカイブの構築において中心的な役割を果たす、新たな高度専門職を創設するべきである。新たな高度文化資源専門職に求められる専門性は、大別すると次の3つである。 第一に、専門分野に関する知見(文化、芸術、学術)である。博物館や文書館、図書館などが取り扱う文化資源について、学問的な裏付けを持って発信するためには、その専門分野(例兄ば、美術館であれば美術史、文書館であれば歴史学等)に対する深い知見が不可欠である。従来の学芸員・司書の養成制度は、取り扱う資料の内容や背景に関わる専門性を確立することに充分な役割を果たしてこなかった。高度文化資源専門職には、取り扱う文化資源の専門分野について大学院修士レベルの知見が求められる。 第二に、文化資源を取り扱うための知識・技能である。文化資源を取り扱い、広く共有し、創造性に貢献するために必要な知識・技能としては、(1)文化資源を物理的かつ電子的に継承するための「保存・修復(プリザーヴイング)」、(2)文化資源に価値を見出し、情報として記述するための「収集・組織化(アーカイビング)」、(3)文化資源の価值を顕在化させ、共有するための「企画・発信(キュレーション)、(4)文化資源と人びとをつなぎ、新たな価値を創出するための「交流・創発(コーディネーション)」、(5)文化資源を扱う活動の使命を明らかにし、 その達成に向け経営資源を配分し、事業を統括するための「統括・経営(マネジメント)」を挙げることができる。第三に、デジタル技術を活用したアーカイブ化のための知見である。まず、情報メディア(IT 技術)に関する知見として、文化資源を取り扱うさまざまな場面でITを活用し、文化資源をデジタル化し情報メディアに載せていく技能を有する必要がある。さらに文化資源を適切に扱い、共有するには、著作権をはじめとする知的財産権、肖像権、契約など各種法律分野に関する知識が不可欠となる。情報技術の発達により、文化資源のデジタル化とその発信が容易になる一方、知的財産権に関わる法制度や慣行も変化を続ける中、実務的な法的知識と、将 来の動向を見据えた知見が求められる。 (2)専門性の担保と資格・学位の創設 高度文化資源専門職には、新たな資格の創設や学位の授与を行ない、求められる専門能力を公的に担保するい゙ きである。デジタルアーカイブの振興を成熟社会の国家戦略の一環と位置付け、新たな国家資格(「(仮称)文化資源コーディネーター」)を創設し、その専門能力を担保する、あるいは国家資格の創設が困難な場合、次善の策として専門職大学院で「文化資源学 (専門職)」の学位を授与可能とすることを検討するべきである。 前述した NDAC は、高度文化資源専門職の育成において、諸機関の拠点としての役割を果たす。既存の大学、博物館・美術館・文書館などの文化資源機関、研究教育機関や企業等によるMALUI (Museum、Archives、 Library、University、Industry)連携の枠組みの中で養成課程を編成し、専門職養成の支援や国家資格の付与を行なう。 養成する人材は、特定の分野についてすでに大学院修士レベルの専門性を有する、あるいは学部において司書や学芸員の資格を取得していることを前提とする。学部・大学院から直接専門職大学院へ進学することも想定されるが、主な対象となるのはすでに文化資源機関で専門職として働く人々である。既存の文化資源専門職がより広い視野を獲得し、技能を向上させていくための制度と位置付ける。 カリキュラムを編成する際には、理論と最先端の事例を往還することを意識する。情報技術の進展はめざましく、知識は日々更新されており、国際的な視野で最新の動向を見据える必要がある。最先端の事例教育は、連携機関の専門職員が職務の一端として担う。さらにデジタル技術や情報環境の変化に対応するため、修了・資格取得後も常に新たな知識を学び続ける機会を設けることが望ましい。 人材養成は、研究開発や文化資源を基盤とした一般向けの学びのプログラムの実践と連動して進めていく。 NDAC は、MALUI 関係者のラボであると同時に、一般の人びとを巻き込むラーニング・コモンズとして、特定の専門家だけではなく、文化資源に関心ある人びとが広く関わることを前提とする。そのために人材養成機関は、静的な高等教育機関ではなく、専門職の養成と一般向けのリテラシー開発を同時に行なうような運動体としてとらえるべきである。 ## 提言 3 : 文化資源デジタルアーカイブのオープンデータ化 公的な文化施設によって整備される文化資源デジタルアーカイブを、誰もが自由に利活用可能なオープンデータとして公開する。 近年世界各国において、公的機関の保有する多様な公共データを積極的に公開し利活用を進めることで、公的活動の透明性向上やイノベーションの促進を図ろうとするオープンデータ政策が進展している。我が国においても公共データのオープンデータ化と利活用の促進は、2013 年に閣議決定された「世界最先端 IT 国家創造宣言」 における重点項目として位置づけられ、各省庁が保有する地理空間情報、防災・減災情報、調達情報、統計情報等の多様な公共データを再利用可能な形で公開する取組が急速に進められている。 しかし各種の公的文化施設の保有する文化資源の公開と利活用促進が、オープンデータ政策でも重要な位置づけを占めることは、我が国では広く認識されるには至っていない。この点 EUでは 2013 年、加盟国の公的機関のオープンデータ義務を定めた 2003 年の「公共セクター情報の再利用指令」の大規模な改正を採択し、従来中央政府や地方自治体等を対象としていた情報資源のオープンデータ義務を、美術館・博物館・図書館・アーカイブ施設にまで拡大することを決定した。これにより加盟国の公的な文化施設は、第三者が知的財産を保有しているなどの特別の理由がない限り、デジタル化された作品のデータやメタデータを、無料かきわめて低廉な料金で、再利用可能な条件で公開していくことが義務づけられる。さらに米国においても、オバマ政権が強力に押し進めるオープンデータ戦略の一環として、スミソニアン機構の各文化施設が保有・公開するデジタルデータを 2014 年中にオープンデータ化する計画が示されるなど、文化資源デジタルアーカイブのオープンデータ化は、各国に おいて重要な政策課題となりつつある。 ヨーロピアナや米国デジタル公共図書館に集積されるこれらの文化資源アーカイブは、一元的に検索・閲覧可能であることに加え、その多くがクリエイティブ・コモンズをはじめとした自由利用ライセンスの適用や、パブリック・ドメインであることを明示する共通マークの採用等により、オープンデータとして誰もが自由に利活用可能とされている。蓄積された文化資源は、公開され、そしてそれに基づく営利・非営利の諸活動の原資になることにより、はじめてその真価を発揮できる。 現状の我が国の公的文化施設のデジタルアーカイブでは、所蔵作品のデジタルデータの公開を行なうにあたり、著作権が消滅している場合ですら何らかの利用制限がかけられている、あるいは権利状態や再利用条件が明確に記述されていないなどの理由により、その利活用が困難となっている場合が多い。文化資源の保存・公開のみならず幅広い利活用を進めていくためには、クリエイティブ・コモンズのような国際的に標準化された自由利用ライセンスの活用を含め、内外での再利用を促す形での利用条件の明確化を行なうことが望ましい。 さらに各種文化施設の中でも、特に近年、大学等教育研究機関における情報のオープン化に向けた動きは目覚ましく、教育・研究両面における取組が拡大している。教育分野においては、大学の講義映像・資料を無償で公開するオープンコースウェアや、MOOCs(Massive Open Online Courses)と呼ばれる大規模なオンライン講義の公開など、大学の高等教育を社会に開かれたものとしていくための取組が世界各国において進められている。研究分野においては、学術論文や研究データの公開と再利用拡大を目指すオープンアクセス化の動きの中で、米国では公的な支援を受けた研究成果に対してオープンアクセス化を義務づける法律が制定されるなど、公的支援を受けた知的成果の公開と利活用を進めるための施策が進められている。これら教育・研究分野における公開情報を、多様な文化資源アーカイブと有機的に連動させるためには、カリキュラム構築やインフラ整備と同時に、 デジタルアーカイブに収蔵されたデータ自体が自由利用可能であることが不可欠の要素となる。 具体的には、高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部が 2012 年 7 月に公表した「電子行政オープンデー タ戦略」に示される「公共データは国民の財産である」という認識の下、「1政府自ら積極的に公共データを公開すること、(2)機械判読可能で二次利用が容易な形式で公開すること、(3)営利目的、非営利目的を問わず活用を促進すること、(4)取組可能な公共データから速やかに公開等の具体的な取組に着手し、成果を確実に蓄積していくこと」という 4 原則を公的な文化施設にも適用し、MALUI 連携の中において、デジタルアーカイブが自由に利用され、新たな知的成果を生み出していくことを促すための措置を実施するべきである。 ## 提言 $4:$ 抜本的な孤坚作品対策 著作権・所有権・肖像権などの権利者不明作品(いわゆる「孤肾作品」)につき、権利者の適切な保護とのバランスを図りつつ、その適法かつ迅速な利用を可能とする抜本的な立法措置を実施する。 文化芸術デジタルアーカイブ拡大に向けた多くの課題の中でも特に制度改革が急務であるのが、権利者不明のために適切な利用許諾を得ることができず、各文化施設に死蔵される「孤児作品(Orphan Works)」問題の解決である。こうした孤児作品問題は大別して、(1)所有者が不明なフィルム・文化財などの所有権の孤坚作品問題、 (2)著作権者が不明な作品における著作権の孤坚作品問題、(3)写真や映像で被写体の身元がわからない肖像権の孤児作品問題に分けられ、いずれもきわめて困難な対応を要する。国内外の各種調査から、探しても著作権者が見つからない(2)の孤児著作物だけで、過去の全作品の約 50\%を達すると推計されている。すなわち、この点だけをとっても過去の文化資源の約半数は、権利者の許可が得られないが故にデジタル化も公開もできない。逆に言えば、孤児作品の利用ルールを大胆に整備すれば、この数千万点以上にのぼる「宝の山」に生命を与え、デジタルアーカイブでの所蔵・公開数を飛躍的に増大させることが可能になる。 孤坚作品の問題は、デジタルアーカイブ業務を行なう文化施設や民間企業自身の努力のみによっては解決することができず、立法措置を含めた対応が不可欠となる。知的財産の適切な保護を図りつつ、我が国が世界最高水準のデジタルアーカイブを実現するための前提条件として、以下の 3 点の立法措置が必要であると考える。 法改正提案 (1): 公的文化施設による孤児著作物の利用 公的な文化施設(図書館・美術館・博物館・放送局・アーカイブ施設等)については、非営利の目的に限り、事前の供託金等の支払を要さず、権利者不明の孤肾著作物のデジタル化とインターネット公開を可能とする。 各国の文化資源デジタルアーカイブの構築においても、膨大な孤児著作物の存在は最大の障壁となっており、例えば英国図書館の著作権保護期間中の可能性のある書籍の $43 \%$ 、英国のミュージアムの所蔵写真の $90 \%$ 、米国学術資料の約 50\%、国立国会図書館の明治期刊行図書の約 50\%(著作者ベースの場合約 71\%)が、それぞれ権利者不明の孤児著作物であると推計されている。 孤児著作物問題への対応としては、我が国の著作権法においても、権利者探索の努力を行なった上で文化庁長官による利用開始の裁定を受けることができる、いわゆる裁定制度が存在する。しかし、現状の裁定制度は、その利用開始に伴う業務の煩雑さ(特に、権利者探索の「相当な努力」の過度な負担)や補償金の事前支払義務等を背景として、2008 年まで年間 $0 5$ 件程度の利用に留まっており、法改正による一定の迅速化がなされた 2009 年以降も年間 $15 \sim 30$ 件程度で特定分野に大きく偏るなど、大幅な改善には至っていない。 一方、デジタルアーカイブの拡大を急速に進める EUにおいても、孤児著作物の問題は強く認識されており、 2012 年 10 月、新たな「孤児著作物指令」が採択され、その利活用の円滑化と適切な権利者保護の取組が進められている。同指令では、一定の要件を満たした文化施設については、所蔵作品について所定の権利者探索を行なうことにより、事前の補償金等を支払う必要なく孤児著作物のデジタル化・インターネット公開が可能と定められた。一度孤児著作物として認められた著作物は、共通のデータベースに登録され、他の文化施設も同様の利用を行なうことができる。 同指令の下でも、事後的に著作権者が名乗り出た場合には利用を中止し、適切な額の補償金を支払うことが求められるが、通常孤児著作物の著作権者が後氾発見される可能性はきわめて低く(我が国の裁定制度における過去の実績によれば $0.1 \%$ 未満)、数千万点の作品のデジタルアーカイブ公開を前提とした場合には、我が国の裁定制度のような事前の補償金を必要とする制度と比して、文化施設の負担額は格段に低廉なものとなる。権利者不明である以上、作品は市場ではほぼ流通しておらず、商業セクターのビジネスを阻害する可能性は低い。むしろ、「知のインフラ」整備は新たな需要とビジネスチャンスを掘り起し、商業的活動の発展にも資することが期待できる。 我が国においても、今後のデジタルアーカイブの拡大にあたり、EU の孤児著作物指令を参考とした法改正を検討する利点は大きいと考元られる。具体的には、一定の要件を満たした公的文化施設を、申請に基づき「特定文化施設」と認定し、研修を受けた専門家の配置などを条件に、現行の裁定制度よりも明確・簡素化した条件での権利者調査と一定の権利情報データベースへの登録を条件に、孤児著作物を利用可能とすることが考えられる。 法改正提案 (2): 裁定業務の著作権等管理事業者への委託我が国の権利者不明作品の裁定制度における文化庁長官の裁定業務を、民間の著作権管理団体に委託することにより、裁定手続の迅速化と利用拡大を図る。 法改正提案(1)における孤児著作物対策は、限られた文化施設の非営利目的利用に関してのみとの利用要件を緩和するものであり、民間企業等の孤児著作物利用促進のためには別途の法的措置を検討することが必要となる。この点につき、前述した EU 孤児著作物指令の国内法化作業と並行して、英国では 2013 年 3 月、民間企業による孤児著作物利用も可能とすべく、英国著作権法を改正した。同改正では、(1) 我が国と同等の担当大臣による孤児著作物利用裁定制度を新をに設けると同時に、(2)担当大臣は、その裁定業務を民間の著作権等管理事業者に対して委託可能であると定められる。このような裁定制度の民営化とも言うべき措置は、「拡張集中権利管理(Extended Collective License)制度」と呼ばれ、すでに北欧諸国では数十年以上の運用実績を有し、英国以外の EU 諸国や米国等においても検討が進められているところである。 今後、我が国においてもデジタルアーカイブを急速に拡大させるに際し、膨大な孤览著作物の裁定行為を政府機関のみで行なおうとすることには大きな困難が予想される。また、ある著作物が孤児著作物か否かの認定に必要な知識という面でも、当該分野での豊富な権利処理の経験と著作物に関するデータベースを有する著作権等管理事業者は、重要な役割を果たしうるものと思われる。孤坚著作物利用の円滑化・迅速化と、民間事業者の知識・人材の活用を進めるため、我が国においても著作権等管理事業者制度を積極的に活用した施策を検討するべきである。 法改正提案 (3) : 著作権以外の権利者不明作品の利用に関わる責任の制限 肖像権等、著作権以外の権利者が不明である作品の利用を円滑化するため、アーカイブ業務を行なう文化施設に対する民事責任の制限を行なう。 文化施設のデジタルアーカイブにおいては、所有権や肖像権等、著作権以外の権利者が不明であるとの問題も生じうる。例えば国立国会図書館東日本大震災アーカイブ等においても、収集された写真や映像等の被写体と連絡を取ることが不可能なため、肖像権についての許諾を取ることができず、法的リスクの観点から公開をすることができないものが多く存在する。また、記録映画フィルム等の分野では、特に劣化・損傷の著しい文化資源について、一刻も早く文化施設による適切なデジタル保存や修繕を行なう必要があるにもかかわらず、所有者不明作品の存在が大きな障害となっている。 これらの公開や寄贈等が、常に肖像権や所有権の侵害になるわけではないと考えられるが、権利の確実な保護を図りつつ、公益性の高いデジタルアーカイブの円滑な公開を進めていくために、一定の適切な手続きを経て公開された場合には、公開元である文化施設の損害賠償責任を制限(免責)する立法を行なうことにより、権利者の保護とのバランスを取りながら、あわせて萎縮効果を取り除き、孤児作品の利用を促進する法制度を構築する必要があると考える。
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# [B03] アイヌ衣服$\cdot$文様のデジタルデータ作成方法に関する 検討 ○皆川雅章 } 札幌学院大学法学部 二069-8555 江別市文京台 11 E-mail: [email protected] ## A Method of Digitizing Ainu Clothes and Embroidery Data MINAGAWA Masaaki Sapporo Gakuin University 11 Bunkyodai, Ebetsu, 069-8555 Japan ## 【発表概要】 アイヌ衣服の伝統的な文様は幾何学的パターンが衣服全体に立体的に広がる特徴を有しているが、公開されているアイヌ衣服の画像からそれを観察することは困難である。一般的には、画像は前面と背面から撮影された平面的なものであり, 着衣の状態での文様の立体的な広がりを可視化することを意識したものではないためである。アーカイブ資料としてアイヌ衣服・文様をデジタル化する場合, 文様研究やデータ活用を視野に入れ,着衣の状態での立体的広がりを再現・可視化できるようなデジタルデータ作成が必要となる。本報告では、その方法に関する検討結果を示す。 ## 1. はじめに 本報告では北海道における特徴的な民具のデジタルアーカイブ化のアプローチについて記す。筆者はこれまでに、アイヌの人々の伝統的衣服を対象として、デジタルアーカイブを作成していく過程での資料のデジタル化の方法と、デジタル化された情報の活用方法の検討を行ってきた。 具体的には、アイヌ衣服の代表的な文様である刺紼文様と切伏文様 ${ }^{(1)}$ を対象に、資料画像を下絵としてトレースを行ってきた。刺繍文様に関しては、パターンが分類されている基本的な文様の抽出を行うとともに、伝統的な運針方法に従い、衣服の特徴である一筆書き文様の抽出を行い、その結果をもとに展開図、立体図の作図 ${ }^{(2)}$ 行った。 これらの取組みにおいては、所蔵機関から衣服の資料画像の提供を受け使用していたが、 アイヌ衣服文様の観察を行う一般的な機会において提供されるのは、衣服の前面と背面に分けられた平面的な展示や画像であり、これらを見ただけで前面・背面と側面間のつながり、襟や袖の上部とのつながりを立体的に把握・理解することは困難であった。 また、筆者はアイヌ衣服・文様の製作者は、着衣の状態での立体的な広がりを頭に描きつ つ文様の構成を行っていると推測し、アーカイブ資料としてアイヌ衣服の文様をデジタル化する場合に、文様研究や種々の場面におけるアーカイブデータ活用を視野に入れ、そのような広がりを再現・可視化できるようなデ一夕作成が必要であると考えた。 本報告では、そのような観点から、文様の立体的構成を可能とするアーカイブデータの作成方法について、これまでの取組み結果を記す。 ## 2. 利活用を想定したデジタル化 衣服の立体的構成をデジタルで再現する場合に、対象となる資料を直接参照できることが望ましいが、そのようなことは、資料の保存・管理などの点から一般的には難しい。 画像や動画などのデジタルデータを作成する機会に、将来的な利活用を想定し、資料の直接参照と同等の情報を得られるようなデー 夕作成を行っておくことができれば、後にそのデータにアクセスすることで原資料参照の困難さという制約を受けずに再現作業を行うことが期待できる。 そのようなデータ作成を行うには、最初のデジタル化の段階で、再現に必要な情報が画像および、属性(寸法・材質など)データの中 に含まれている必要がある。。 本報告では画像のデジタルデータ作成方法 (図 1 「対象物(資料)」a「画像」の部分)に関する検討結果を記している。 図 1 デジタルデータの作成過程 ## 3. 画像データ作成例 実際の資料撮影例をもとに、アイヌ衣服・文様のデジタルデータ作成における課題を記于。 衣服の文様の立体的な再現を行なう際に、歪みのない前面・背面の 2 枚の画像を撮影するだけではなく、文様情報の久落を生じさせないように工夫する必要がある。そこで、資料としての衣服の基本的な寸法情報(3)の記録と併せ、画像を用いた実測図作成を可能とする衣服の撮影方法を検討した。 衣服を吊り下げた状態の撮影では、以下の点で問題があると考えている。 (1) 衣服の折り曲げ部分が画像に与える影響を解消できない。 (2) 自重による生地のゆがみ、生地の厚みおよび前面と背面の生地間に生じる空間の影響を解消できない。 (3) 前面と背面の画像をそれぞれ撮影するときに、2枚の画像間で境界部分を正確に一致させることができない。 (1)は図 2 に示すように、生地の厚みの影響で前面と背面の境界部分の文様が歪みを生じるために正確な文様を画像から抽出できないという問題である。 図 3 は資料を床面に置き、カメラを資料の真上に配置して行った俯瞰撮影の様子である。 この方法によって資料の側面と上面の部分の撮影が可能となる。これらの 4 枚の画像を編集して 1 枚のトレース用画像にした(図 4)。 この画像をもとに、実測図による作図例(4)を参考にして、トレースによる展開図を描いた結果が図 5 である。 図 2 衣服の折り曲げ部分の影響 図 3 俯瞰撮影の様子 図 4 トレース用画像 前面と背面の接続部分においては、参照用の上面と側面の画像を用いて欠落やゆがみを生じた部分を補って作図を行っている。参照用の画像があることによって、折り曲げ部の文様の正確な形状と大きさを知ることができる。 図 5 画像トレースによる展開図 この展開図をもとに紙模型を作り、着衣の状態での文様の立体的広がりを可視化したものが図 6 である。 図 6 立体模型 ## 4. 画像データ作成上の課題と改善点 参照用画像を用いて文様情報の久落を補うことはできたが、本来は前面と背面の接合部分を可能な限り正確に一致させる必要がある。衣服は置き方によって変形し、単純な目視だけでは傾きや歪みなどの修正に限界があるため、図 7 に示すような縦横の線(ここでは撮影用基準線と呼ぶ。以下、「基準線」とする) に一致させて資料を配置する方法を考えた。縦方向には $\mathrm{A}$ から $\mathrm{E}$ 、横方向は 1 から 5 までの 5 本の線を設定している。これらの基準線間の距離は、測定すべき衣服の主たる寸法 ${ }^{(3)}$ とも関係がある。 図 7 撮影用基準線と基準線間の寸法名称 撮影時に上記の配置を行うために製作した 機材の CG が図 8 である。長方形のフレームを構成する枠材上に移動可能なスライダを配置し、対向位置にあるスライダ間に基準線となる紐を張り、紐の位置に合わせて衣服の置き方を調整する。枠材にはスケールが貼り付けてあり、スライダ間の距離から上述の主たる寸法を算出できる。 図 8 基準線フレーム(CG) また、撮影時の直線状の紐の変形状態から、収差によって生じる画像の歪みを確認し補正することができる。 俯瞰撮影時の改善点として、基準線フレー ムとカメラの向きの調整、カメラ本体の水平位置の調整を行うために、回転移動の自由度を持つ雲台を採用している。 ## 5. おわりに 北海道における特徴的な民具のデジタルア一カイブ化のアプローチについて記した。本稿では、アイヌ衣服資料のデジタル化において、文様の立体的構成の再現を可能とするデ一夕作成方法の検討結果を記した。実際の資料撮影例をもとに、アイヌ衣服・文様のデジタルデータ作成における課題を記し、改善方法を提案した。 今後は、提案した方法に基づき衣服の撮影を行い、より正確なトレース用画像の作成、その画像を用いた展開図と立体模型の作成を通じ、利活用を想定したデジタルデータ作成の検討を進めていく。 ## 〈謝辞〉 本研究で使用している画像は新ひだか町博物館の資料提供・協力をもとに撮影されている。 ここに記して謝意を表したい。 ## 参考文献 [1] アイヌ民族博物館. アイヌ文化の基礎知識. 草風館, 2009 [2] 皆川雅章. 民具資料のデジタルアーカイブ化 3DCGによる刺紼文様の運針過程の可視化〜:デジタルアーカイブ研究誌 (デジタルアーカイブ研究会). 2015, Vol.2, No.1, p.3-10 [3] アイヌ民族博物館. アイヌの衣服文化着物の地方的特性について一。アイヌ民族博物館. 1991 [4] 静内町. 静内地方のアイヌ衣服. 北海道ウタリ協会静内支部. 1993
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# 世界のデジタルアーカイブの動向 時実 象一 Tokizane Soichi 東京大学大学院情報学環 } デジタルアーカイブの分野は多岐にわたっている。 ここではすべてを網羅することはできないが、自分自身の資源のアーカイブでなく、多数の資源を集めたデ ジタルアーカイブについて最近の動向を紹介すること にする。全般的な動向については拙著を参考とされた い[1]。な打学術文献、学術デー夕の電子化については 割愛した。また、Google Arts \& CultureやYouTubeはデ ジタルアーカイブにおいて無視できない存在である が、今回は触れなかった。 ## 1. Europeana Europeanaについては2015年に国立国会図書館の主催のシンポジウムでNick Poole氏の講演があっだ。また2016年には東京大学大学院情報学環のDNP学術電子コンテンツ研究寄付講座の開設1周年記念シンポジウム「産官学民の連携によるデジタル知識基盤の構築」 において、Harry Verwayen氏が講演している ${ }^{[4]}$ 。 EuropeanaはEuropean Commission (EU)のプロジェクトであり、その運営はEuropeana Foundationによって行われている。Europeana Foundationは主としてECの予算で運営されている財団である。Europeana Foundation の本部はオランダのデン・ハーグの中央駅にあるオランダ国立図書館の中にある。デン・ハーグの本部には約60名の職員がいる。 EuropeanaはGoogle Booksプロジェクトに対する欧州の危機感、特にフランスの危機感から生まれた。 Europeanaについての解説は文献を参照されたいて可[6] 。当時フランス国立図書館長であったジャン・ノエル・ ジャンヌネー(Jean-Noël Jeanneney)氏によれば、ジ、 ンヌネー氏が2005年1月にルモンド紙に「グーグルがヨーロッパに挑むとき」という記事を書いたが、その後フランスのシラク大統領は彼に面会を求め、彼の運動を支援するつもりだと述べたという。その結果が4月 28日にシラク大統領の書簡となったのである(表1)。 Europeana Foundationの年間予算は7000万ユーロ前後である。ほとんどがEU等からの補助金である。 Europeanaは一種のポータルである。デジタル・コンテンツはEU各国にあるコンテンッ・プロバイダが保有しているが、そのメタデータをEuropeanaがアグリゲータ経由で収集し、APIを用いてウェブで公開している。デー夕提供者は2015年7月現在152機関ある ${ }^{[22]}$ 。 こうして集められたメタデータの数の推移は図1のとおりであるがほぼ直線的に伸びている。2017年7月現在のコンテンツ数は5300万件を超える。 ## 2. DPLA 「米国デジタル公共図書館(Digital Public Library of America: DPLA)」(http://dp.la)は2013年4月にオープ 表1 Europeanaのデータ提供者の分布 \\ 図1Europeanaのメタデータの伸び ンした。この時は、サービスハブは8州6機関、コンテンツハブは9機関だったが、2017年には図のように広がった ${ }^{[9]}$ 。現在のコンテンツ数は 2,350 機関からの 16,000,000件以上である。2017年には米国議会図書館もコンテンツハブとして参加することが決まり、契約を締結した。 Europeanaが欧州各国のアーカイブ機関の連合プロジェクトであるとすれば、DPLAは米国各州のアーカイブ機関(主として図書館)と全米規模のアーカイブ機関(LCやHathiTrustなど)(ハブと呼ばれる)の協力プロジェクトである。Europeanaの運転資金が主としてEUから出るのに対し、DPLAの資金は各州の予算および多数の民間および公的な財団の補助金である。 ネットワークの仕組みもEuropeanaと同様で、基本的にはデータベース(クラウド)とAPIから成り立っている。 DPLAはEuropeanaと連携を進めている。まずメ夕データの規格についても、DPLAはEuropeanaが開発してEuropeana Data Model (EDM)を採用している。最近ではEuropeanasと共同で開発したRights Statementsがある ${ }^{[10]}$ DPLAでの実施がすすんでいる。これについては国際的に関心が高まっており、インド、オーストラリア、ニュージーランドなども参加する予定である。 電子書籍のプロジェクトトOpen eBooksはニュー ヨーク公共図書館とFirstBookとの共同プロジェクトで、低所得層の坚童に無料で電子書籍を提供するものである。スローン財団と博物館・図書館サービス機関 (Institute of Museum and Library Services: IMLS) の助成を受けている。現在までに150万アクセスがあった。 DPLA Hubs locations 図2DPLAのハブの分布 ( http://www.coloradovirtuallibrary.org/ digital-colorado/digital-collections-planning-group/updatecolorado-wyoming-dpla-service-hub/) ## 3. 新聞記事デジタルアーカイブ 図書館を中心に膨大な所蔵新聞をデジタル化することにより、文化資源として有効活用したいという要求が高まった。新聞紙はかさばるので、多くの場合マイクロフィルムとして保存される。原紙は破棄されることもある。マイクロフィルムは検索機能もなく、使い勝手が悪いが、これをデジタル化することにより一挙に利用価値が高まる。主な公共的、および商用の新聞記事デジタルアーカイブは表2のとおりである。大英博物館は公共ではあるが、自力でのデジタル化はあきらめ、民間活力に依存する道を取ったので、商用に入れた。Google News Archive Searchはすでに終了したプロジェクトであるが、今でも利用できるので紹介した。 ## 3.1 Europeana Newspapers ${ ^{[11]}$} 欧州では、各国ごとに新聞記事のデジタルアーカイブの活動が行われていたが、それぞれ独立した試みであり、アクセス方法もばらばらであった。これらを統合し、新しいツールを開発して使いやすくしようとしたのがEuropeana Newspapersプロジェクトである ${ }^{[14]}$ Europeana Newspapers ${ }^{[1]}$ プロジェクトは欧州委員会の CIP 2007 - 2013プログラムで実施され、その後Best Practice Network in ICT-PSPの3年間のプログラムとして 2015年1月まで実施された。歴史的な欧州12力国の新聞1800万ページをデジタル化、そのうち1000万ぺージはOCRで全文テキスト化された。 現在Europeana NewspapersはEuropeanaとThe European Library (TEL) ${ }^{[4]}$ どちらかでアクセスできるが、後者の方が機能豊富である。 ## 3.2 全米デジタル新聞プログラム (National Digital Newspaper Program: NDNP) [12] 全米デジタル新聞プログラム(National Digital Newspaper Program: NDNP)は米国議会図書館(Library of Congress: LC $)^{[3]}$ と全米人文科学基金(National Endowment for the Humanities: NEH)との共同プロジェクトである。NDNPに先立ち、United States Newspaper Program (USNP)(1982-2011)が存在した。これは連邦政府と各州政府の協力のもとに、18世紀から現在までの米国で発行された新聞を収集し、目録を作成し、マイクロフィルムで保存するものである。この事業は NEHの助成とLCの技術により、成功裏に終了した。約6000夕イトルのマイクロフィルム化が行われた。 NDLPは、各州1機関の文化遺産保存機関に対して2 年間の助成を与え、デジタル化すべき新聞を選択し、 デジタル化し、LCに提供するものである。現在までに2000紙、1070万ページがデジタル化された。LCは 表2 世界の新聞記事デジタル・アーカイブ & & 2000 & & $10,700,000$ \\ 実際のデジタル化作業はおこなわず、仕様の策定と技術支援を担当した。 デジタル化されたものはChronicling America: Historic American Newspapersとして公開されている ${ }^{[16]}$ Chronicling Americaは全文検索可能である。 ## 3.3 民間の新聞デジタル・アーカイブ $[13]$ 移民の国米国では、自分の家族のルーツをたどろうという家系調査のニーズが極めて高い。そのための重要な歴史資料が新聞である。米国に無数にある地方新聞の主要な記事は、住民の結婚や死亡の告知である。 そこで家系検索のツールとして新聞のデジタル・アー カイブがビジネスとして成り立っている。表2にあるように、4社もの会社がこのビジネスに参入している。 ## 4. Google BooksとHathiTrust 2004年12月、GoogleはGoogle Print Projectを公表した。 ハーバード大学、スタンフォード大学、ミシガン大学、 オックスフォード大学、およびニューヨーク公共図書館と協力し、その蔵書1000万冊以上をスキャン方式で電子化するという計画である。このうちスタンフォー ド大学とミシガン大学については著作権の残存している書籍(米国の著作権法では1923年より前の書籍の著作権はすべて消滅しているので、それ以降の書籍)も電子化するとした。なお2005年11月にはこのプロジェ クトはGoogle Book Searchと改名されている。 図書館の蔵書の電子化は図書館プロジェクトとよばれるが、その進め方は次のとおりである。図書館は蔵書を提供するだけで電子化はGoogleがすべておこない、その技術の詳細は一切公表されていない。費用はすべてGoogleが負担するが、そのかわりデジタル。 データの権利はすべてGoogleが保有する。図書館にもデジタルコピーを提供するがPDFだけである。わが国では2007年7月に慶応義塾大学図書館がパートナーとなることが発表された。 GoogleのDaniel J Clancyは、2008年にこのプロジェクトの進行状況について述べ、電子化したのは書籍700 万冊としている ${ }^{[17]}$ 。そのうち図書館の蔵書が600万冊、出版社から提供をうけた本が100万冊で、全体のうち 100万冊は著作権が消滅しており、400-500万冊は著作権はあるが絶版であるとしている。また2010年のPC Worldの記事では、GoogleのLeonid Taycherがすでに 1200万冊をスキャンしており(2010年6月現在)、あと 10年以内に、出版されたすべての書籍(約1億2900万冊)すべてを電子化できるだろうと述べているる ${ }^{[18]}$ この計画に対して2005年には米国作家連盟 (Authors Guild) と米国出版社協会 (Association of American Publishers: AAP) 等が相次いで集団訴訟 (Class Action) を起こした。その後の経過については多くの記事があるので[20]、省略するが、2016年4月18日に連邦最高裁 に於いて、作家連盟の上告不受理の決定があり、 Googleのフェアユースを認める形で終結した ${ }^{[21]}$ 。このフェアユースの対象はGoogleが無許諾で書籍をデジタル化し、著作権が有効な書籍についても全文検索を提供し、検索結果としてスニペット(検索結果の短い表示)を表示することができる、というものである。 Google Booksに協力した米国の大学図書館等は、契約により、OCRデータを含む電子データのコピーを入手しているが、個々の大学でその利用システムを開発することは困難なので、協同で利用しょうということになった。その結果HathiTrust (ハチ・トラスト) が2008年10月13日に生まれた ${ }^{[22] 。 ~}$ HathiTrustのホームページでコンテンツの点数を見ると、2014年7月29日現在で11,412,713点のコンテンツがあり、そのうち書籍は $5,888,922$ 点、逐次刊行物が 297,247点である。これを長さにすると135マイル、重さにすると9,273トンとなっている。このうち約35\% の3,978,007点がパブリック・ドメイン、すなわち誰でも自由に読むことができる書籍等である。残りは著作権が残存しているので、その原本を持っている図書館しか閲覧ができない。 ## 5. Internet Archive Internet Archive ${ }^{[23]}$ はBrewster Kahle (ケールと発音する) によって1996年に設立された非営利団体である ${ }^{[24][25]}$ 。 Internet Archiveは数多くのデジタルアーカイブ・プロジェクトを進めているが、そのうちいくつかについて紹介する。 ## 5.1 Wayback Machine Wayback Machineは世界最大、事実上唯一の世界規模のウェブページのアーカイブである。1996年から世界のすべてのWebページの収集を行っている。日本についても、官庁・企業・大学・団体のページだけでなく、個人のページも収集されている。 Netscapeなどにより現在の形のインターネットの利用が立ち上がったとされる1995年の直後に、すでにその保存の必要性に気づく、という先見の明に驚かされる。当時はディスクも高価であったので、最初は 2 か月ごとに収集し、磁気テープに保存しただけであった。 2001年になって5年分たまったとき初めてネットで公開した。 Wayback Machineは世界中のあらゆるウェブページのデータが収集されており、最初はAlexaという会社 (Kahleが創業)からウェブページを集めていたが、今は100以上のクローラにより、収集している。2017年7 月現在、Wayback Machineは2980億ページのコンテンツ を収録しているとホームページに記載されている。一週間に取得するコンテンツは 10 億件になるが、これは HTMLページだけでなく、画像その他も含んでいる。画像などは複数のページに共通しているため、ページ数に換算するとこの約 $1 / 2$ にる。収集したデータの多くは即日公開されている。 ## 日旦旦回血 図32016年7月5日にWayback Machineでwww.donaldjtrump.com を検索したところ、結果に7月4日のページが含まれている。青い円が大きい場合は、1日に何回もクロールしたことを示している。 ## 5.2 書籍電子化とOpen Library Internet Archiveの書籍デジタル化はGoogleより歴史が古く、2002年のMillion Book Projectに遡る。現在約 1000万冊の書籍をInternet Archiveのサイト、または Open Library ${ }^{[26]}$ ササトから提供している。Open Libraryは著作権が生きている本について、原本を所有している図書館の利用者が図書館の貸し出しモデルで利用できるという仕組みである。 書籍電子化については現在10 million books projectが進行中である。さまざまな図書館から廃棄本を寄贈してもらっており、これらがすでに1000万冊に達している。これらは現在 $2 \supset の$ 倉庫に保存しているが、現在そのうち300万冊しかデジタル化していない。これらを中国にあるCADAL (後述) の電子化センター (深圳) でデジタル化している。 ## 5.3 テレビニュース Internet Archiveでは、2012年9月から主要なテレビのニュース番組のアーカイブをおこなっており、放送から24時間経過した番組が保存されているる ${ }^{[27]}$ 。各番組には、法律に基づき聴覚障がい者のための字幕情報 (closed captions) が追加されており、これを利用して全文検索ができる。NHK国際放送も保存されている。 よく知られているように、米国では大統領選挙とその予備選挙に打いてテレビ広告が極めて重要である。 各テレビ局では膨大な量のテレビ広告を放映している。Internet Archiveでは、2014年にテレビの政治広告を収集公開するプロジェクトを開始した。ここでは、 どの局が、どの広告を、どの番組の中で放映したかという詳細なデータを取得しており、これらのデータは Internet Archiveのサイトから無料でダウンロードできる。ジャーナリストにも政治家にも極めて有用なデー タである。 ## 5.4 PCゲーム・アーカイブ Internet Archiveでは、昔のPCゲームやアーケード. ゲームをウェブのエミュレータで動くようにして公開しているる。現在Apple II系ソフトウェア3900件余り、 Atari系6600件余り、(The Software Libary)、MS-DOS系 3400件余り (The Software Library: MS-DOS Games)、 アーケード・ゲーム608件 (Internet Arcade)、など、合計42,000件以上が公開されている。エミュレーターは DosBox (MS-DOS用)、Apple2e (Apple II用)、などがあるが、ブラウザの上で動くので、ブラウザ上でダウンロードするとすぐに遊ぶことができる。スペース・ インベーダー、ロード・ランナー、パックマン、テトリスなど昔夢中になったゲームはたいていここで見つかる。 ## 6. CADAL CADAL (China Academic Digital Associative Library)は中国の書籍電子化プロジェクトである。CADALは 2001年にMillion Book Project (MBP)としてスタートし、 2006年に100万件のデジタル化達成、2009年には150万件達成した。2015年には70の大学・研究機関が参加し、 270 万件以上の書籍を電子化している ${ }^{[291[30]}$ 。筆者は 2015年1月に浙江大学にある本部を訪問してヒアリングをおこなった。 デジタル化については前述のInternet Archiveの協力の元におこなっており、デジタル化の機器はInternet Archiveが開発したScribeを用いている。デジタル化センターは杭州 (紫金港: Zijing Gang) と深圳にあるが、 その他の大学でも設置が広がっている。主に電子化しているのは中文と英文の古い本である。満州鉄道の文書もあるが、それは日本語である。近代の本もある。 そのほか、ビデオや画像も電子化している。 CADALのデー夕は相互協力方式で外部にも提供している。すなわち、CADALデータを利用したい図書館は、自分のデジタル化書籍をCADALに利用提供しなくてはならない。2013年現在、世界504大学等(米国180弱)が購読している。中国文字のOCRも行っているとのことである。 ## 7. Wikipediaとデジタルアーカイブ Wikipediaはそれ自体デジタルアーカイブの機関ではないが、デジタルアーカイブへの関与が進んでいる。 たとえば、WikipeDPLAというGoogle Chromeのプラグインがあるが、これをインストールすると、 Wikipedia(英語版)の検索結果の画面にDPLAのコンテンツへの案内が表示される(図4赤線内)。 Wikidataは、Wikipediaを運営しているWikimedia財団が開発している多言語の典拠データであり、Wikipedia から用語と意味を抽出している。現在2700万件ものリンクト・オープン・データ(RDF)があり、著者名や地名、各種概念が多言語で収録されている(図5)。 EuropeanaやDPLAが注目しており、デジタルアーカイブの多言語検索や検索結果の表示に利用できる。 図5 Wikidataの例 また逆に、Internet ArchiveのWayback Machineが収録しているウェブのデジタルアーカイブは、404エラー の際の代替ページとして使うことができる。すでに Wikipediaの約100万件のページの引用サイトにWayback Machineへのリンクを追加しているる ${ }^{[33]}$ ## 8. おわりに EuropeanaとDPLAのどちらが日本のデジタルアーカイブ・ネットワークのモデルとして適しているかという議論がある。Europeanaはトップダウンで進められ、 DPLAは図書館の草の根で立ち上がったということから、Europeanaがよいという声が多いようである。その通りかもしれないが、日本では、大学図書館や公共図書館など草の根のデジタルアーカイブ活動が活発で あり、トップダウンではこの活力をどうすくいあげるか明確でない。一層の議論が必要と思われる。 トランプ政権が公的財団を閉鎖する方針を打ち出していることは残念である。閉鎖予定の財団にはデジタルアーカイブに熱心なNEHも含まれており、実現すると、DPLAや新聞記事アーカイブに重大な影響がある。欧州でも英国のEU離脱がEuropeanaにどう影響するか不安が残る。今後の動向に注目したい。 (参考文献) [1] 時実象一.デジタル・アーカイブの最前線. p.163-164. 講談社. 2015. [2] 国際シンポジウム「デジタル文化資源の情報基盤を目指して:Europeanaと国立国会図書館サーチ」.http://www.ndl. go.jp/jp/event/events/20150122sympo.html [3] ジャン・ノエル・ジャンヌネー. 佐々木勉訳・解題. Google との闘い文化の多様性を守るために. 岩波書店. 2007. 166p. [4] Europeana. Europeana \& Japan Digital Archive Initiative. 2016/11/25. https://www.slideshare.net/hverwayen/2016-nov-28presentation-tokio. [5] 古山俊介. 動向レビュー:Europeanaの動向:「欧州アイデンティティ」拄よび「創造性」の観点から. カレントアウェアネス. CA1785, 2012/12/20. [6] 時実象一. 欧州の文化遺産を統合するEuropeana. CA1863. 2015/12/20. [7] 時実象一. 米国デジタル公共図書館 (Digital Public Library of America: DPLA). 図書館雑誌. 2013, 107(2), 118-120. [8] 時実象一. DPLAfest 2015. 情報管理. 2015, 58(4), 313-318. [9] 時実象一. DPLAfest 2016 参加報告. 情報管理. 2016, 59(7), 485-489. [10] Rights Statements. http://rightsstatements.org/en/(閲覧. 2017/7/2). [11]欧州における新聞デジタル・アーカイブ Europeana Newspapers. 情報の科学と技術. 2017, 67(1), 34-37. [12] 時実象一. 国・オーストラリアにおける新聞記事デジタル・アーカイブ全米新聞デジタル化プログラム (National Digital Newspaper Program: NDNP) とAustralian Newspapers Online - Trove. 情報の科学と技術. 2017, 67(4), 206-210. [13] 時実象一. 欧米の新聞デジタル・アーカイブ民間の新聞デジタル・アーカイブ. 情報の科学と技術. 2017, 67(7), 383- [14] Europeana Newspapers - The European Library. http://www. theeuropeanlibrary.org/tel4/newspapers (閲覧. 2017/7/2). [15] National Digital Newspaper Program. https://www.loc.gov/ndnp/ (閲覧 2017/7/2). [16] Chronicling America. http://chroniclingamerica.loc.gov/ (閲覧 2017/7/2). [17] Daniel J. Clancy, Google, quoted by Barbara Quint. http:// newsbreaks.infotoday.com/nbReader.asp?ArticleId=51429(閲覧. 2017/7/2) [18] Joab Jackson. Google: 129 Million Different Books Have Been Published. Aug 6, 2010. http://www.pcworld.com/article/202803/ google_129_million_different_books_have_been_published.html (閲覧. 2017/7/2). [19] Challenge to Google Books Is Declined by Supreme Court. New York Times. 2016/4/18. [20] 鳥澤孝之. Google Book Searchクラスアクション(集合代表訴訟)和解の動向とわが国の著作権制度の課題. カレントアウェアネス. CA1702. 2009/12/20. No. 302. [21] 松田政行. 全米作家組合等対Google (「Google Books訴訟」) がついに終結 : 連邦最高裁が全米作家組合側の上告申立て不受理を決定[2016.4.18]. NBL. 2016, (1083), 52-62. [22] 時実象一. 大学図書館書籍アーカイブHathiTrust. 情報管理. 2014, 57(8), 548-561. [23] Internet Archive. https://archive.org/ (閲覧. 2017/7/2). [24] 時実象一. 世界の知識の図書館を目指すInternet Archive 創設者Brewster Kahleへのインタビュー. 情報管理. 2009, 52(9), 534-542. [25]時実象一.デジタル・アーカイブで世界をリードする Internet Archive最近の動向. 情報の科学と技術. 2016,66(9), 490-494. [26] Open Library. https://openlibrary.org/ (閲覧. 2017/7/2). [27] TV News Archive. https://archive.org/details/tv (閲覧. 2017/7/2). [28] The Internet Archive Software Collection. https://archive.org/ details/software(閲覧. 2017/7/2). [29] Digitization of Academic Libraries in China CADAL Retrospection \& Anticipation. http://docasie.cnrs.fr/Documents/ Presentation/DocAsie2015/DocAsie2015_Xu_Haiyan.pdf ( 閲覧. 2017/7/2). [30] Digitization of Academic Libraries in China - CADAL Retrospection \& Anticipation. HAL - Inria. 2015/6/25. https:// hal.inria.fr/medihal-01265911/(閲覧. 2017/7/2). [31] WikipeDPLA. https://chrome.google.com/webstore/detail/ wikipedpla/jeblaajgenlcpcfhmgdhdeehjfbfhmml?hl=en(閲覧. 2017/7/2). [32] Wikidata. https://www.wikidata.org/wiki/Wikidata:Main_Page (閲覧. 2017/7/2). [33] More than 1 million formerly broken links in English Wikipedia updated to archived versions from the Wayback Machine. 2016/10/26. https://blog.archive.org/2016/10/26/more-than-1million-formerly-broken-links-in-english-wikipedia-updated-toarchived-versions-from-the-wayback-machine/(閲覧. 2017/7/2).
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# [B02] 地域資料デジタルアーカイブに 市民参加型ウィキペディアタウンが果たす意義 ○青木和人 アーカイブ・コーディネーター協会・立命館大学公務研究科 〒600-8806 京都市下京区中堂寺壬生川町8番地 E-mail: [email protected] ## The significance of WikipediaTown with citizen participation for Local digital archive。 Kazuto AOKI Archive Coordinator Association's $\cdot$ Ritsumeikan University Institute Graduate School of public service kyotoshi simogyoku tyudoji mibugawatyo 8, Kyoto, Japan ## 【発表概要】 現在までに蓄積された紙媒体によるアナログ地域資料は膨大な数に上る。これらを早急にデジタルアーカイブ化することは容易ではない。アナログ地域資料の完全なデジタルアーカイブ作業が実現されるまで、地域資料のデジタルアーカイブを簡便に実現し、インターネット上で地域資料内容の検索やアクセスを可能とすることが求められている。 そこで本研究では、市民参加型で地域資料を出典としながら、ウィキペディア上にその内容を編集するウィキペディアタウン活動成果のテキストマイニング分析から、その意義について考察した。その結果、地域資料の簡便なデジタルアーカイブ化を実現した。それにより、埋もれている膨大な地域資料へのデジタルな入り口を作ることで、インターネットを通じた再発見機会を提供することができた。 ## 1.はじめに 現在、政府は地域活性化を掲げ、総務省を中心として ICT 利活用等を通じた地域情報化施策が行われている。その中では、国・地方自治体、住民・NPO 等、多様な担い手による地域情報化が必要であるとされている[1]。 その中で公共図書館には地域の情報拠点としての新たな役割の必要性が指摘され、地域社会における情報蓄積・情報発信の拠点としての役割が期待され、地域情報のデジタルアー カイブ等による発信が挙げられている[2]。 その具体的活動として、地域のデジタル写真をアーカイブし公開する瀬戸内市立図書館の「せとうちデジタルフォトマップ」[3]や箕面 - 豊中市立図書館との協力で豊中 - 箕面地域情報アーカイブ化事業実行委員会が実施する「北摂アーカイブス」[4]が始まりつつある。 しかし、これらの先行事例は現在や過去の地域の風景写真をデジタルアーカイブする取り組みである。そのため、これまで蓄積されてきた紙媒体によるアナログ状態の膨大な地域資料をデジタルアーカイブする取り組みには至っていない。現在までに蓄積された紙媒体によるアナログ地域資料は膨大な数に上る。 これらを早急にデジタルアーカイブ化することは容易ではない。アナログ地域資料の完全なデジタルアーカイブが実現されるまで、もう一つのデジタルアーカイブ手法として、地域資料のデジタルアーカイブを簡便に実現し、 インターネット上で地域資料の書誌情報や内容を検索可能にすることが求められている。 これら紙媒体でのアナログ地域資料を出典として表記しながら、その内容を市民参加型でウィキペディア上に編集するウィキペディアタウンの取り組みが注目されている[5]。京都府地域では、このウィキペディアタウンが継続的に実施されている。この取り組みは、 よく知られているデジタルアーカイブプラットフォームであるウィキペディアに着目し、市民参加型で地域情報をデジタルアーカイブし、情報発信している。この取り組みは 2014 年 2 月 16 日より継続的に実施され、現在ま でに他地域への協力も含めて、全 22 回も開催されている[6]。 本稿ではこのウィキペディアタウンの成果を定量的に分析するための手法として、構造化されていない大量のテキストデータから情報抽出を行らテキストマイニング技術[7]に着目した。しかし、ウィキぺディアタウンによる地域資料デジタルアーカイブ成果に対して、 テキストマイニング分析により、その意義を明らかにした事例は未だない。 そこで本研究では、もう一つの地域デジタルアーカイブ手法であるウィキペディアタウン作成結果のテキストマイニング分析により、地域資料デジタルアーカイブに市民参加型ウイキペディアタウンが果たす意義について考察する。 以下、2 章では地域情報デジタルアーカイブとしてのウィキペディアタウンについて述べ、 3 章ではテキストマイニング分析手法と分析結果について述べ、 4 章では研究の成果と今後の課題について述べる。 ## 2. 京都でのウィキペディアタウン これまで国の地域情報化実証実験等で行われてきたデジタルアーカイブプラットフォー ムは実証実験が終了するとプラットフォーム自体が消滅してしまう例が多い。そのため、 すでに実績のあるデファクトスタンダードなデータプラットフォームの利用を進めていくことが重要である。そのような市民参加型デ ータプラットフォームとして、最も知られているデジタルアーカイブプラットフォームは、 ウィキメディア財団が運営しているインター ネット百科事典ウィキペディアである[8]。ウイキペディアは、無料で閲覧できるインター ネット百科事典として、一般社会に広く知られている。ただし、ウィキペディアが誰もが無料で自由に編集に参加でき、GFDL とクエイティブ・コモンズ(CC-BY-SA)ライセンスのもとオープンデータとして自由に 2 次利用可能で、世界の各言語で展開されていることはあまり知られていない。 このウィキペディアへ地域情報を市民参加型イベントで編集していく「ウィキペディアタウン」が近年、日本において活発に行われつつある。日本初のウィキペディアタウンは、 2013 年 5 月 25 日に横浜市で行われた。続いて、2013 年 6 月 22 日に東京 - 世田谷区で行われた [11]。しかし、これらは単発イベントであり、公共図書館を会場とした地域に根ざした継続的な活動には至っていなかった。そこで、京都市を中心に活動するオープンデー 夕京都実践会や京都府南部地域を中心に活動する code for 山城では、デジタルなオープンデータ作成活動であるウィキペディアタウンと各地域で連綿とアナログの地域情報を積み重ねて来た地域住民、地域団体、地域行政を連携させるウィキぺディアタウンを継続的に実施している。特に第 4 回の開催から、公共図書館と連携し、主に京都府立図書館を会場として地域の情報発信拠点としての公共図書館の役割も実践している。 イベントの午前は、オープンデータ京都実践会より趣旨説明、地域歴史研究会より対象地域の歴史文化について講演を行う。その後、 グループに分かれて、まちあるき現地調査を行う。午後は、図書館職員よりウィキペディア記事作成のための文献調査作業の方法について指導を受ける。その後、オープンデータ京都実践会の原資料の著作権を侵害しないように編集し、出典を付けて編集する方法について、指導を受けながらグループごとに 2 時間程度ウィキペディアの編集作業を行う。 この京都での継続的な活動により、その後、公共図書館と連携したウィキペディアタウンが全国各地で行われるようになってきている。日本でのウィキペディアタウンは、2017 年 5 月 26 日現在、全 102 回開催されている[9]。 そのうち、オープンデータ京都実践会主催の a 京都市地域で 15 回(14.7\%)、code for 山城主催の $\mathrm{b}$ 京都府相楽郡は 6 回(5.9\%)であり、京都地域での合計は 21 回 $(20.6 \%)$ と日本におけるウィキペディアタウンの $20 \% を$ 占めている。また、兵庫県伊丹市、大阪府堺市、岡山県岡山市、和歌山県和歌山、和歌山県橋本市等のウィキペディアタウン協力要請に基づいた c 他地域への協力が 15 回(14.7\%)ある。そのため、主催と協力を合計すると 36 回 (35.3\%)となり、京都地域でのウィキペディアタウン活動者によるウィキペディアタウンが日本のウィキペディアタウンの約 $1 / 3$ を占めている。そこで次章では、この京都地域での ウィキペディアタウンによる地域情報デジタルアーカイブ成果について、テキストマイニング分析で、その意義を明らかにする。 ## 3.テキストマイニング分析 3.1 分析の方法 テキストマイニング対象は、オープンデー 夕京都実践会主催の 15 回のうち、美術館、博物館と連携し地域の芸術情報を記述するウイキペディア ARTS の 3 回と新規項目作成のなかった 4 回を除く 8 回、code for 山城主催の $\mathrm{b}$ 京都府相楽郡 6 回 (5.9\%)、オープンデー 夕京都実践会が他地域へ協力した 7 回を合わせた全 19 回のウィキペディアタウンである。 そこで新たにウィキペディア項目を新規項目として作成した全 49 項目を対象とした。その内訳は 1,174 段落、 1,601 文、 4,527 異なり語数、26,270 総抽出語である(表 1)。分析ソフトウェアはテキスト型データを統計的に分析するためのフリーソフトウェア KH Coder ver2.00f を使用した[10]。テキストマイニングは形態素解析と構文解析の 2 つの手法からなる。まず、形態素解析により文書データを言語学的な意味をなす最小の単位である形態素に分割する。そして構文解析で語句間の関係を認識し、疑問文であるか命令文であるか等の文章タイプ判別を行い、語と語の関係を調べる。これにより文章内での重要語句の抽出(出現頻度の認識)、語句の意味的役割の認識、同義語の抽出等が可能となる。分析は、 (1)名詞の頻出度の一覧表からの頻度分析、(2)共起ネットワーク分析により行った。 ## 3.2 頻度分析 頻度分析とは、出現頻度が高い単語ほど重要度が高いという考え方で、対象文献における単語の出現頻度を検討するものである。 KH Coderによりウィキペディア全 49 項目のテキストについて頻度分析を行い、各文献の出現頻度 $1 \sim 10$ 位の名詞を抽出した(表 1 )。 a 京都市では、上位 10 位に七宝、庭園等の京都文化や疏水、インクライン、水車等、近代京都の琵琶湖疏水事業と水利事業が抽出されている。京都市地域では、寺社仏閣に関する認知度が高いため、ほとんどの寺社仏閣のウィキペディア項目は既に作成されていた。 そのため、京都市では、近代京都の琵琶湖疏水事業や明治期の七宝焼、庭園等の文化情報がデジタルアーカイブされている。 $\mathrm{b}$ 京都府相楽郡では、神社、歴史、時代、 地名、文化、文化財、地域、街道、祭神の名詞が頻出語となっている。相楽郡地域の寺社仏閣はほとんど知られていないため、ウィキペディアに項目が全く作成されていなかった。 そのため、ウィキペディアタウンにより、地域の寺社仏閣、文化財が広くデジタルアーカイブされたことが頻出語から伺える。 $\mathrm{c}$ 他地域でも、古墳、文化財、歴史、神社、地名の名詞が頻出語となっており、b 京都府相楽郡と同様に地域の寺社仏閣はほとんどウイキペディア項目がなかったため、地域の寺社仏閣、古墳等が広くデジタルアーカイブされたことを示している。 ## 3.3 共起ネットワーク分析 共起ネットワーク分析とは、対象文献における諸々の単語と単語の間の関連性を検討し、 それぞれの文献の特徴を明らかにする。分析では、KH Coder の出力する共起ネットワー ク種類のうち、「サブグラフ検出・媒介」を選択した。これは辺の媒介中心性を用いたサブグループの抽出法である。強くお互いに結び付いている部分を検出してグループ分けし、 カテゴリー群としている。媒介中心性の高い辺は多くの頂点をつなぐ働きをしている[11]。最小出現数を 10 と設定し図 1 3 を作図した。 a 京都市では、右に運河、橋、疎水、インクライン、琵琶湖、水車、水路等の群がある (図 1)。これらは、近代京都の琵琶湖疏水関連のデジタルアーカイブを示している。また、下に七宝、庭園、明治等の群が見て取れる。明治期の七宝と琵琶湖疏水を利用した並河靖之七宝記念館の庭園に関する記述が 2 つの群を繋いでいる。左下には、平安、神宮、建造、工事と近代京都で建造された平安神宮に関連する群がある。平安神宮のウィキペディア項目は既に存在していたが、日本初期の鉄筋コンクリート・鉄骨造建造物として、登録有形文化財(建造物)となっている平安神宮大鳥居は、独立したウィキペディア項目がなかった。そのため、ウィキペディアタウンにて、項目を作成しており、あまり注目されていない近代京都の文化財のデジタルアーカイブを進めたことができた一例である。 $\mathrm{b}$ 京都府相楽郡では、上に和束、茶、茶畑、 表 1. ウィキペディアタウンによる成果と名詞頻出度の一覧表 } & \multicolumn{2}{|c|}{ a京都市 } & \multirow{2}{*}{} & \multicolumn{2}{|c|}{} & \multirow{2}{*}{} & \multicolumn{2}{|c|}{} & \multirow{2}{*}{} \\ 郷、町などの群がある(図 2)。これらは、茶生産の盛んな和束町のデジタルアーカイブを示している。また、下には、精華、神社、寺社、祭神等の群が見て取れる。精華町ウィキペディアタウンでは、 7 つもの寺社に関するウィキペディア項目を作成している(表 1)。注目されていない地域のデジタルアーカイブを進めることができた結果が示されている。右下には街道、道、奈良の群がある。ウィキぺディア項目の狛田村、乾谷の文中で奈良街道、伊賀街道、大坂街道、徳川家康が伊賀の国に出た徳川道等の地域の街道に関する情報がデジタルアーカイブされている。 c 協力地域では、上に伊丹、神社、須佐等の群がある(図 3)。これらは、伊丹市ウィキペディアタウンで須佐男神社の記述をしたことに関連する。また、中央には、堺、百舌鳥、古墳等、堺市ウィキペディアタウンでの古墳や地域のデジタルアーカイブ結果を示している。下には岡山、公民館、教育、社会、ESD 等の群がある。岡山市公民館では、ESD(持続可能な開発のための教育)活動が盛んで、 これらがデジタルアーカイブされている。 左下部には和歌山、紀の川、橋等の群がある。和歌山市では、和歌山城の外堀を起源とする市堀川とその上にかかる寄合橋の項目を 図 1. 共起ネットワーク分析結果(a 京都市) 図 2. 共起ネットワーク分析結果(b 京都府相楽郡) 作成した。市堀川が江戸期の和歌山城下町において船運による物資の輸送路として使用され、河岸に問屋街が形成されていた歴史がデジタルアーカイブされた結果を示している。 ## 4. おわりに 本研究では、地域情報デジタルアーカイブのもう一つの手法としての簡便なデジタルア一カイブである市民参加型ウィキペディアタ 図 3. 共起ネットワーク分析結果(c 協力地域) ウン活動成果のテキストマイニング分析から、 その意義を明らかにした。その結果は以下のようにまとめることができる。 (1)関西地域で活発に行われつつある市民参加型ウィキペディアタウンによる成果が定量分析から明らかとなった。a 京都市地域では、高名な寺社仏閣に関するウィキペディア項目が既に作成されているため、近代京都の水利事業や文化情報のデジタルアーカイブが進んだ。 $\mathrm{b}$ 京都府相楽郡では、地域の寺社仏閣や文化財に関するウィキペディア項目がそもそも存在しないため、ウィキペディアタウンをきっかけに地域住民による地域の寺社仏閣や文化のデジタルアーカイブが大いに図られた。 c 関西の協力地域でも同様の傾向が見られた。 これまで地域住民のみに知られており、地域住民が誇る地域情報を地域住民自らがウィキペディアにデジタルアーカイブする地域情報発信が図られていることが示された。 (2)公共図書館と連携したウィキペディアタウンによるデジタルアーカイブの意義として、公共図書館の貸出禁止扱いの重要資料を館内利用にて編集しデジタルアーカイブできる点、新規ウィキペディア項目の選定に際して、地域情報資料に関する専門的な知識をふまえた図書館員の参画による質の高いデジタルアー カイブが可能となる点があげられる。 (3)本取組の重要な点は、ウィキペディア上にアナログ地域資料の簡便なデジタルアー カイブを実現している点にある。アナログ地域資料を出典として表記して、その内容をウィキペディア上にデジタル化することは、これまで埋もれていた膨大なアナログ地域資料の書誌情報とその内容の簡便なデジタルアー カイブを実現している。これはウィキペディアによるインターネットを通じたアナログ地域資料へのデジタルな入り口を作ることを果たしている。その結果、これまでアナログな紙媒体で連綿と地域で蓄積されてきた膨大な市町村史や郷土史等の埋もれていた地域資料のインターネットを通じた再発見が可能となる機会が提供されている。これが地域資料デジタルアーカイブに市民参加型ウィキペディアタウンが果たす意義である。 今後の課題として以下の点があげられる。今回の分析は京都市、京都府、及び関西大都市圏に限定されている。過疎地域を対象とする場合の地域資料確保や情報発信の内容は、大都市圏地域とは異なることも考えられる。現在、日本全国各地でウィキぺディアタウンの取り組みが活発化しているため、今後は全国のウィキペディアタウンによるデジタルア一カイブ成果を明らかにしていく必要がある. また, ウィキぺディアは参考文献に基づく適切な再編集能力が必要である。そのため,地域住民自らがウィキペディアによる地域情報のデジタルアーカイブを実現するには教育体制が必要である。今後は地域の図書館, 博物館, 資料館職員のウィキペディア編集能力の獲得と地域住民一の研修の取り組みが必要である。このような取り組みを進めていくことで,市民参加型ウィキぺディアタウンにより地域住民自らの手による地域情報化を継続的に進めていくことが可能になる。その結果,地域住民による市民参加型ウィキペディアタ ウンによる地域資料デジタルアーカイブの取り組みは,地域活性化のために必須のものになっていくであろう. ## 参考文献 [1] 総務省. 地域情報化の推進. goo.gl/Mw9V S3(閲覧 2017/5/15)。 [2] 文部科学省. 図書館をハブとしているネットワークの在り方に関する研究会. 地域の情報ハブとしての図書館. goo.gl/L8VEz6 (閲覧 2017/5/15)。 [3] 瀬戸内市立図書館. せとうちデジタルフオトマップ. http://www.setouchi-photomap. jp/ (閲覧 2017/5/15). [4] 豊中・箕面地域情報アーカイブ化事業実行委員会. 北摂アーカイブス. http://e-librar y2.gprime.jp/lib_city_toyonaka/c(閲覧 201 $7 / 5 / 15)$. [5] 青木和人。地域活性化一市民参加型オ一プンデータが果たす意義. 2014 年社会情報学会(SSI)学会大会研究発表論文集. 2014.電子版. [6] 青木和人. 公共図書館を情報発信拠点とした市民参加型オープンデータ作成イベントの参加者属性分析. じんもんこん 2015 研究発表論文集. 2015. pp145-152. [7] Rajman, M., and Besanceon, R. Text Mining. Natural Language techniques an $\mathrm{d}$ Text Mining applications, Proceedings o f the seventh IFIP 2.6 Working Conferenc e on Database Semantics, (DS-7). 1997. [8] ウィキペディア財団. ウィキペディア. http. //goo.gl/eNWfe9(閲覧 2017/5/15). [9] ウィキペディア財団. プロジェクトアウトリーチ/ウィキペディアタウン/アーカイブ. https://goo.gl/3DGcGx(閲覧2017/5/15)。 [10] 樋口耕一. KHCoder2.x チュートリアル. 2013. goo.gl/sdhnMI(閲覧 2017/5/15). [11] 鈴木努. R で学ぶサイエンス 8-ネットワーク分析一。共立出版. 2009. この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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cc-by-4.0
Japan Society for Digital Archive
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# # # 1. はじめに これをご覧になるほとんどの方はすでに実感してお られることと思うが、デジタルアーカイブの技術に関 しては、絶対的な解はない。技術は、常に進化し続け ており、とりわけWebに関わるものとなると、その速度はかなりのものになる。もしも自前でサーバ等の機材を導入していたならば、5年くらいで機材を更新し、 コンテンツも移行しなければならない。そして、更新時点での新しい技術や規格にあわせて内容も更新しな ければならないこともある。デジタルアーカイブを維持していくためには、そういった費用を確保し続けな ければならないのである。 デジタルと言えばそれなりに予算計上できていた頃 にはなんとかなっていたものの、文化関連予算、学術関連予算が徐々に緊縮した状況になっていくなかで は、機器更新のみならず、そもそも維持のための費用 や人員の確保すら難しくなっていく現場も少なくない だろう。異動などによる担当者の交代がある現場では、 これはさらに難しい問題となっていくだろう。構築す る時点では担当者の努力である程度なんとかなったと しても、これを 5 年、10年と維持していこうとするの はなかなか容易ではない。デジタル化された知を提供 する基盤であろうとするデジタルアーカイブは、たと えばこれまで主に紙媒体の史料を永く蓄積してきた アーカイブズ(文書館)と比較してみたとき、人類文化を後世に継承していこうとする志は同じであるとし ても現在の時点ではまったく性質の異なる存在である と言わざるを得ない状況である。 それでは、技術の発展は、そういう事情を改善する 方向に進んでいってはくれないのか。そう考えておら れる方も少なくないだろう。人の五感により深く訴え るような様々なめざましい技術革新の一方で、確かに、 そのような方向での技術革新も徐々に広がりを見せつ つある。ここではそういった技術の動向について少し ## だけ見てみよう。 ## 2. 公開データの置き場所 上に述べたように、かつてデジタルアーカイブにつきものであった機材の更新は、デジタルアーカイブを継続的に公開していくための大きなハードルの一つであった。リース契約による機材の調達は毎年度の予算を平準化して更新年度に大きな予算を取らねばならないという状況を避けることに大いに貢献した。しかし、 どういう機材を調達するか、ということを更新時に担当者が約5年ごとに検討しなければならないという状況が解消されるわけではなかった。 近年、この問題を抜本的に解決し得る手法として広まりつつあるのは、専門企業によるデジタルアーカイブ公開サービスである。これには様々な形態があるようだが、基本的には、専門企業が提供するサーバにデジタルコンテンツを預けて、それを自らのサイトに見えるような形にして公開するということになる。クラウドサービス、あるいはASPサービスと言ったりすることがあるようだが、基本的には、自前で公開用の機材を持たなくて済むようにしてくれるものであり、中にはコンテンツ構築システムも専門企業側のサーバに載せて運用してくれるサービスもある。この場合、機材は専門企業が用意したものを利用することになるため、デジタルアーカイブ運営者側の負担は大きく下がることになる。コンテンツ構築システムに関しては、公開しない情報もいったん預けることになるため扱いが若干難しくなってしまうことやデータの容量がやや大きくなってしまう場合があるなど、専門企業のサー バに預けるには検討の余地があるが、公開用データに限ってしまえば問題はかなり少なくなるだろう。なお、 アクセスの持続性に配慮するなら、コンテンツのURL 中のドメインがサービス提供業者のものになってしまわないような注意も必要である。提供業者が変わるた びにURLが変わってしまうようでは、デジタルアーカイブの持続的な活用が困難になってしまうからである。自機関のドメイン名 (の一部) をサービス提供業者のサービスに割り当てる仕組みはインターネットでは20年前から実現可能な標準的なものの一つであり、積極的に活用されたい。 ## 3. データの作り方 これに関連してもう一つ注目しておきたい近年の動向は、データの可搬性・相互運用性のための標準的な規格の採用である。機材更新、あるいはクラウドサー ビス等を提供する企業を何らかの事情により変更しなければならない場合などには、ソフトウェアやシステムが変わったり、同じものでもアップデートされたりすることが多い。当然のことながら、それまで公開に供していたデータも移行しなければならなくなる。かつては、これに少なくないコストがかかってしまい、結果的に公開を断念することになる場合もあった。 この点は国際的にも大きな問題となっており、デー 夕の作り方をなるべく共通化することによってシステムやソフトウェアが変わっても移行が容易にできるようにしようという流れが近年は強まりつつある。典型的には、様々な文字コードや外字を駆使して記述されたためにシステム間の移行が難しくなりがちであった文化資料に関わる文字情報が、Unicodeの採用と Unicodeの収録文字拡大・規格の拡張によって、他のシステムにほぼそのまま移行できるようになってきている。Unicode9.0では、悉曇文字の日本での異体字が収録され、さらにUnicode 10.0では変体仮名も収録される見通しとなっている(図1参照)など、規格の側でも現実の多様性への配慮を深めつつある。 標準的な規格としては、図書館におけるMARC21、 ミュージアムにおけるCIDOC-CRM ${ }^{[1]} 、$ アーカイブズにおける $\mathrm{EAD}^{[2]}$ 、人文学資料のための $\mathrm{TEI}^{[3]}$ 、電子書籍のための $\mathrm{ePub}^{[10]}$ 、学術論文のための JATS ${ }^{[5]}$ など資料の 図1Unicode10.0に収録予定の変体仮名の一部性質ごとに様々な規格が用意されており、それぞれに国内でも徐々に広まりつつある模様である。規格によって様々な粗密があり、厳密であればあるほど移行は楽になるが、その分、個別の資料の事情への対応は限定的になり、逆に、資料の個別の状況を反映できるような規格であればあるほど、移行に際してのコストがかかるようになる、という関係になっている。 もち万ん、コストがかかると言っても、規格に則らないことに比べたら比較にならないほど小さいという点には留意されたい。さらに、移行コストの低減だけでなく、「バラバラ問題」 ${ }^{[1]}$ と呼ばれるデジタルアー カイブの横断・連携の困難さに起因する問題についても、構築に際してこのような規格を適切に採用することで解消される面が大きい。そのような観点からも、前向きな検討が有益であると思われる。 このような規格に準拠することは、移行でのコストを低減するだけでなく、その規格に対応した様々なソフトウェアによる利活用を可能とすることになる。たとえば、上述のTEIに準拠して記述されたファイルは、 オックスフォード大学を中心として開発されている変換プログラムによってWebページやワードやPDF、 オープンオフィス文書等に変換できるだけでなく、メリーランド大学のプロジェクトが公開する変換プログラムによってHTML5の機能を活かした多機能なWeb ページへと変換して閲覧することも可能になる。 (図 ## $2-1,2-2,2-3$ ## 4. 既存のデータとの連係を介した効果的な利活用 さらに、こういった規格に基づいてWebに公開された資料をより有機的に活用できるようにすべく、セマンティックWebという考え方が普及してきており、これを実現するためのLinked (Open) Dataという規格も広まりつつある ${ }^{[]}$。これは国内のみならず世界中で公開されるデジタル情報(今のところは主にメタデータが対象となっている)を組み合わせることで新しい知識を得られるようにするという国際的な目論見であり、 これに対応した様々な技術やサービスが登場しつつあり、暦 ${ }^{[7]}$ や名典拠など、基盤的な情報も徐々に整備されつつある。デジタルアーカイブを公開する場面でこれに配慮しておくことは、デジタルアーカイブの利活用を広げていく上で重要な鍵となる。 ## 5. どのように使ってもらうか さらに言えば、このデータを再利用・再配布可能な利用条件、たとえばクリエイティブコモンズライセンスのCC BYなどとしておくことで、作成者としての名 $\langle$ text> $\langle$ body〉 〈p〉やまと 〈app> $\langle$ lem wit="\#正保版 \#ヤ \#才 \#マ \#抄" $\rangle$ 歌 $\langle/|$ em $\rangle$ $\langle$ rdg wit="\#折" $〉 う t\langle/$ rdg $>$ 〈/app〉は、む灺し 〈app> $\langle$ lem wit="\#正保版 \#ヤ \#才 \#マ \#抄" $\rangle\langle/|$ em $\rangle$ $\langle$ rdg wit="\#折" $>$ あbつちく/rdg $>$ $\langle/$ app $\rangle$ ひらけはじあて、人のしわざいまださだまらざりし 〈app $\rangle$ $\langle$ lem wit=”\#正保版 \#マ \#抄” $>$ 時 $\langle/ \mid e m\rangle$ 〈rdg wit="\#折 \#才 \#ア">ときよりく/rdg> $\langle/$ app $\rangle$ 葦原 図2-1『新古今和歌集』日本古典全集刊行會(1945年)をTEIに従って記述したもの。各写本・版本の異文情報が記載されている。 新古今和歌集 なくして、いるにふけり、こ〉るをのぶるかがちちし、世をおさめ、たみをやはらぐるみか〉りければ、よ〉のみかどもこれをすてたまはす、、こらびをかれたる集ども、家々のもては、ひろふともつくることなく、いつみのそましげき宮木は、ひくともたゆべからす。もの 図2-2 上述のTEIデータをオックスフォード大学の変換プログラムによつて変換したもの 図2-3 上述のTEIデータをメリーランド大学の変換プログラムによって変換したもの。それぞれの写本等が再構成され、かつ、異文の比較が容易に可能となっている 義は残されつつ活用される幅は大きく広がり、思ってもみなかったような利用例が様々に展開されることになる ${ }^{[8]}$ 。色々なことを考えてつい利用に制限を付けてしまいたくなってしまいがちだが、デジタルアーカイブを通じて人類の知的資産を共時的・通時的に広めていくことで将来を切り拓くとともに、それによって過去の蓄積に新たな価値をみつけだしていくという営みに貢献していると考えるなら、再利用・再配布を可能にすることには大きな価値があると見なし得るのではないだろうか。 ## 6. Webでの画像利活用の動向 この数年の動向として、もう一つ注目しておきたいデジタルアーカイブ関連の規格がある。それはIIIF(トリプル・アイ・エフ、International Image Interoperability Frameworkの略称)と呼ばれる規格であり、高精細画像とそれに対するアノテーション(注釈)を共通規格で記述し、デジタルアーカイブサイト間で相互に容易にやりとりできるようにしようというものである ${ }^{[3][4]}$ 。これも、いわゆる「バラバラ問題」を国際的に解決するための朹組みとして出てきたものであり、すでにフランス国立図書館、バイエルン州立図書館、オックスフォード大学ボドリアン図書館、ゲティミュージアム、 スタンフォード大学、ハーバード大学等、様々な機関が採用しており、こういった機関が公開する高精細画像をEuropeanaやDPLA等の統合検索サイト上で直接表示できる仕組みも提供されている。 もち万ん、無料で自由に採用できる規格であり、 サーバ用のソフトウェアもクライアント側のソフトウェアもフリーソフトとしてすでにいくつも公開されており、さらに改良が続けられている。2012年頃に始まったこの規格は、2015年にはIIIFコンソーシアムを結成して共同での安定的な運用と着実な規格の改良・普及に乗り出しており、年間1万ドルの会費にもかかわらず加盟機関は原稿執筆時点で 42 機関となっている。そこには、上記の機関に加えて、世界の有力大学の図書館、英国図書館、ヴァチカン図書館、ノルウェイ・イスラエル・ポーランド等の国立図書館などが名を連ねており、日本からも東京大学と京都大学図書館が加入している。 この規格が提示するのはメタデータの作り方でも画像のファイル形式でもなく、画像の公開の仕方であり、比較的単純な仕組みだが、相互運用性に強く配慮していることから、皆が共通で採用することによって多様なサービスを各地で展開できるようになっている。たとえば、図3は、国内外各機関のデジタルアーカイブからIIIF対応で公開されている『妙法蓮華経』の8世紀敦煌写本 (フランス国立図書館所蔵)、16世紀中国の木版本 (東京大学図書館所蔵)、19世紀日本の木版本(国文学研究資料館所蔵)19世紀ベトナム木版本 (ベトナムノム保存財団所蔵)を一つの画面で比較し拡大縮小・ページめくりも含めて閲覧できるようになっている。 これは、それぞれの公開機関のサイトとビューワがともにIIIFに対応しているために実現できているものである。そしてこのビューワは、どこに設置したとしても同様に各地の画像を表示・閲覧することができる。 当初の目標は散逸した西洋中世写本の插絵や頁など 図3 を各機関がそれぞれ自らのサイトで公開しつつそれを Web上でまとめて一つの本として表示されるようにすることであり、それを目指して開発されていたが、現在は、ミュージアムにおけるモノ資料や音声・動画・ 3D画像を共有するための仕組みとしても開発が進められており、科学データを扱うための仕組みとしても活用が広がりつつある。まさに我が国におけるデジタルアーカイブが取り組むべき内容とマッチアップするところであり、国内でも採用が広がりつつあるところだが、今後さらに広がっていくことによって利活用の幅もますます広がり、デジタルアーカイブの新たな可能性を引き出してくれるだろう。 ## 7. 規格への向き合い方 さて、ここまでは、すでに広まりつつある規格を採用していくと良いことがある、という話をしてきた。 しかし、ただ既存の規格にしたがうだけでいいのか、 という視点も一方でとても重要である。新しい規格を前にしてしまうと、特にそれが便利なものであったりすると、その規格にあわせてデータをどう作るか、という風に考えてしまいがちである。もち万ん、データが標準的に作られることのメリットには計り知れないものがあるのだが、一方で、技術だけでなく規格もまた徐々にアップデートされるものである。たとえば、 Web頁に用いられてきたHTMLという規格も、時間をかけて少しずつ変わってきている。現在のバージョンはきわめて大きな利便性をもたらしてくれるようになっているが、同時に、初期のものとは似ても似つかない複雑なものになっている。ここで着目しておきたいのは、規格は絶対的なものではなく、必要に応じて改良が加えられるという点である。 ## 8. 日本のデジタルアーカイブがなし得ること デジタルアーカイブが対象とする資料には、様々な個別の状況がある。あるいは、それぞれの機関やコミュニティがそれぞれの文脈をもって取り組んでい る。規格に準拠しようとしたときに、そういった個別性との整合がとれないことも出てくるだ万う。そのような場合には、あくまでも時間や予算の許す範囲でだが、一度立ち止まって、自分たちが資料をどのようにして残し、伝えたいのか、ということを根本から考え直して、できることなら図式化するところまで煮詰めてみることをおすすめしたい。煮詰めてみた結果、実は既存の規格と整合するところも新たに発見されるかもしれないが、どうしても整合しないところが出てくるとしたら、それはなんとかして残し、できることならデジタルアーカイブ上でも表現できるようにしていただけたらと思っている。というのは、それらの中には、日本文化の固有性、さらには、そのようなものが世界規模で束になることで構成されるグローバルな文化多様性を未来に継承していく上で重要な事柄が含まれている可能性がきわめて高いからである。デジタルアーカイブに関連する国際的な規格に対してそのような例外事項を積み上げつつ、すりあわせ、そして、必要に応じてそれを反映していくことができるとしたら、それは、規格の国際性をより深めていくための規格の改良に貢献するための道筋にもなり得る。すでにそのようにして日本人の手によって国際的な規格がよ タルアーカイブがさらに展開していくにあたり、そのような活動もまた継続的に行われ、我々自身にとっての利便性を高めるだけでなく、日本からの国際社会への貢献の一つにもなるとしたら、我々のデジタルアー カイブへの取組みは、資料をデータとして、あるいはボーンデジタルな資料をデジタル知識基盤において継承し活用していくだけにとどまらず、国際的なデジタル知識基盤そのものの構築に貢献するという意味において、人類文化全体にとっても大きな意義を持ってくることだろう。 ## (参考文献) [1] 村田良二「博物館におけるコレクション情報の組織化:情報標準と東京国立博物館の事例」『情報管理』Vol. 59 (2016) No. 9 pp. 577-586. [2] 五島敏芳「アーカイブズ情報の電子化・保存と共有化の動向」『情報知識学会誌』Vol. 17 (2007) No. 4 P 217-224. 3]永崎研宣「デジタル文化資料の国際化に向けて:IIIFと TEI」『情報の科学と技術』, Vol. 67 (2017), No.2, pp. 61-66. [4]永崎研宣「digitalnagasakiのブログ: IIIF」 http://digitalnagasaki.hatenablog.com/archive/category/IIIF (2017 年6月14日参照) [5] 時実象一, 井津井豪, 近藤裕治, 鶴貝和樹, 三上修, 野沢孝一, 堀内和彦, 大山敬三, 家入千晶, 小宮山恒敏, 稲田隆, 竹中義朗, 黑見英利, 龟井賢二, 楠健一, 中西秀彦, 林和弘, 佐藤博「NLM DTDからJATSへ日本語学術論文のXML編集」『情報管理』Vol. 54 (2011) No. 9. [6] 大向一輝「図書館とデジタルアーカイブ相互運用性に関する課題と展望」『図書館雑誌』 111 (2017.6), pp. 369-372. [7] 関野樹「暦に関する Linked Data とその活用」『じんもんこ几2015論文集』2015, 191-198 (2015-12-12) [8] 生貝直人, 日下九八, 高野明彦「第2回 OpenGLAM JAPAN シンポジウムオープンデータ化がもたらすアーカイブの未来」『ライブラリー・リソース・ガイド』第9号(2014年 12月), [9] 小林龍生『ユニコード戦記一文字符号の国際標準化バトル』東京電機大学出版局 $(2011 / 6 / 10)$ [10] 小林龍生『EPUB戦記——電子書籍の国際標準化バトル』慶應義塾大学出版会 $(2016 / 8 / 11)$ [11] 吉見俊哉「アーカイブが実現する”知のストック”形成(インタビュー記事)」『時評』2017.5, 時評社, pp. 62-67. [12] 永崎研宣「SAT大蔵経テキストデータベース人文学におけるオープンデータの活用に向けて」『情報管理』Vol. 58 (2015) No. 6 pp. 422-437.
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# [B01]沖縄における教育資料デジタルアーカイブを活用し た学力向上について 〜過去からのデータを用いた教師の指導力向上〜 $\bigcirc$ 宮城卓司 ${ ^{11}$, 長尾順子 ${ }^{21}$, 井口憲治 ${ }^{3}$, 眞喜志悦子 ${ }^{4}$嘉手納町立嘉手納小学校1), 沖縄県教育委員会 ${ }^{21}$, 今帰仁村立兼次小学校 ${ }^{3}$, 岐阜女子大学 ${ }^{41}$〒904-0203 沖縄県中頭郡嘉手納町嘉手納 312 番地 E-mail:[email protected] ## Digital Archive of Educational Materials for Improvement of Academic Attainment in Okinawa: Utilizing Historic Data for Teaching Skill Development MIYAGI Takuji1', NAGAO Junko ${ }^{2}$, IGUCHI Kenji ${ }^{3}$ MAKISHI Etsuko4) Kadena elementary school ${ }^{1)}$ Okinawa prefecture school board ${ }^{2)}$ Kaneshi elementary school ${ }^{3}$ Gifu women's college ${ }^{4}$ ) 312Kadena Kadena-cho Okinawa 904-0203 ## 【発表概要】 教育分野では、常に新しい研究や方法に目がむけられ、過去の研究は忘れ去れていくことが多く、何度も同じような研究を繰り返している傾向にある。しかし、児童の本質は数十年前も現在もほとんど変わることはないと思わる。そのため、過去の研究でも児童の実態に沿った本質的な研究であれば、現在においても十分に活用可能であると考える。更に過去の有効な研究データを活用することは、本当に新しい教育的課題に取り組む時間を生むことに繋がると思われる。 本研究の元データは、 1967 年 1980 年頃に岐阜で行われ、デジタルアーカイブに保管されていた研究成果である。その研究自体はかなり専門的な知識を活用し、コンピュータの発達した現在でさえ、量的にも質的にもできないであろうと思われる内容である。児童の本質を捉えたこの研究を、全国学力・学習状況調查で毎年最下位になるなど、学力不審に悩んでいた沖縄県において、活用した実践事例である。 1. はじめに 平成 19 年度から始まった全国学力・学習状況調查において、沖縄県は平成 25 年度まで、総合得点で最下位、しかも各教科別でもほとんどの教科で最下位という状況であった。 (表 1 : 学力学習状況調査沖縄県順位) それまで、過去 20 年以上にわたり、独自に県下一斉テストを行い、学力向上に取り組んで来た沖縄県の教育委員会にとって、この結果は衝撃であった。そのため、県内教育機関全ての最重要課題として学力向上がこれまで以上に叫ばれ、過去の取組の方向性の転換が求められていた。 当時、沖縄県立総合教育センターIT 教育班 (宮城)に勤務する私にとっても同様であり、 より具体的で科学的根拠を持った授業改善の方法を模索していた。その時、岐阜女子大学のデジタルアーカイブに保存されている、後藤を中心としたメンバーが過去に行った研究と出会えることができた。 ## 2. 1960 年代 80 年代の研究 この研究は多くの研究者の研究成果をべー スとしながら、1960 年代から、様々な学校で実際に 2000 時間以上の授業を参観し、その授業を分析した結果を基に構成されている。 さらに 1980 年代初頭、これまでの研究成果を、後藤を中心とした岐阜県下の先生方が、学習プリントを作成し、地域や家庭環境が厳 しい $\mathrm{K}$ 小学校で実践したところ、偏差値が最低でも 5、クラスによっては 10 以上も向上するなど、大きな成果を得ることが出来た。その研究が以下のような内容である。 ## 2. 1 「まとめ」における教師の働きかけ 図 1 はある授業における「まとめ」の際の、児童の理解度をアナライザーを用いて把握した結果である。 (図 $1: 1969$ 年新卒 2 年目の先生による授業)図の(A)(B)は学習者の疑問や、別の見方の発言により、理解度が下がっている様子である。しかし、最後に $100 \%$ 近い坚童が理解を示しているのは、児童の発問を受け、教師が適切な発問を行うことで、クラス全体の児童の理解が深まった様子を表している。 ## 2. 2 効果的授業での発言の割合 上述のようにアナライザーを用い、いくつかの授業を元に分析した結果、児童の理解を高める為の教師と児童の話し合い割合は、時系列に沿って次のようになっていることが多かった。 学習者の+, 一は, 発言内容により $(+) (-)$ と区別 (図 2 : おける教師と児童の活動の割合) ・0~25\% 主に教師によるねらいや学習方法の説明。 - 25 50\% 主に分かっている児童が中心となり、話合いを進めている。 ・ $50 \sim 75 \%$ 分からない学習者 (学習者一) から疑問が投げかけられる。あるいは違った方向からの考え方が出され、理解度が上下するが全体の理解度は高まる。 ・ $75 \sim 100 \%$ 約 8 割が背童の発言だが、教師がきちんとまとめている。 ## 2. 3 「発問と応答」を考える 授業の中心となるのは教師の発問とそれに対する児童の応答である。この発問を質の高いものにする事は、授業そのものの質の高いものにする事に直結する。そのため、授業を考える際、発問に対する研究は避けては通れない。 この発問に対する研究は当時、授業の音声を録音するだけではなく、5 秒ごとに写真を撮影し、この写真と音声、アナライザーの結果とを組み合わせて分析された。 ## (1)探査的な発問に対する応答時間 探査的発問とは、学習者の状態を把握する問いであり、教師が学習者の理解の状況や思考状況を調べる発問である。 発言の事例としては、「○○について, どう思いますか。」「○と○○の違いは…」「○○をまとめると・・・」等があげられる。 この探査的発問に対する児童の反応時間の特性は次の通りである。 (表 2 : 教師の問いに対する反応時間の特性) & & & 20 秒以上 \\ このように、教師が発問し、多くの児童が 20 秒以上、応答がない場合は教師が発問の内容を変更する必要がある。 (2)話合い活動 小学校において話し合い活動は重視されている。特にアクティブラーニングが提唱されてからは、その傾向が強く、実際の授業においてはグループ討論から全体の討論へと移行する方法がよく採られている。 思考を要する問題を提示された場合のグル ープ討論と全体討論における課題解決状況とその平均所要時間は次の通りである。 (表 3 : 討論方法別による課題解決状況) $※ \mathrm{Q} 1, \mathrm{Q} 2, \mathrm{Q3}$ は全体が課題を解決した時間を 4 分割し、 それぞれ $1 / 4,2 / 4,3 / 4$ を表している。 このように、グループ討論でも全体討論でも理解度に大きな差は見当たらない。 (表 4 : 討論方法別による平均所要時間状況) しかし、課題を解決するのに要した時間は全体討論の方がかなり短くなっている。このことから、児童に課題解決だけを求めるには、全体討論の方が効率的であることが分かる。そのため、グループ討論を取り入れる場合は、内言を外言化させる事による、記憶の長期保存等を目指すといった目的の違いを明確にする必要がある。さらに実際に授業で行う具体的な流れとしては以下の様な方法になると思う。 教師は,各グループの話し合いの状況を観察し, グループや個で注目すべき発言を見出し,次の全体討論で利用する。 前のグループの話し合いの観察から, グループや個で他と違った考え方について取り上げ,全体で理解,疑問,深みの高まる話し合いにする。 ## 3.「学習の手引き」の作成 こうした研究は後藤等が行ってきた研究のほんの一部でしかない。そのほかの研究でも情報機器が発達した現代でもおそらく不可能だと思われるような莫大なデータを収集、処理、分析した内容が含まれている。その中から得られた貴重な研究成果を沖縄県の学力向上に役立てようと、岐阜女子大学の佐々木等の協力を得て 6 枚の「学力向上の手引き」を作成し、県教育委員会義務教育課において配布した。 (図 $3:$ 作成した学力向上の手引き) ## 4. 授業改善への応用 この「学力向上の手引き」作成に活用した様々なデータを活用し、現在勤務している沖縄県内の A 小学校において授業改善を行った。 $\mathrm{A}$ 小学校は、全国一所得の低い沖縄県の中で最も要保護率の高い沖縄市に位置している。 その沖縄市の小学校全 16 校でも、A 小学校は最も保護世帯の多い学校で、要保護・準要保護を併せると全児童の約 $47 \%$ 、全坚童 300 名程度の約半数の児童が保護を受けている学校である。 この学校で以下の様な手順で具体的授業改善方法を行った。 ## 4. 1 「教頭便り」による理論の周知 基本的な授業に対する理論を理解してもらうため、毎週発行する「教頭便り」に現在学校で課題になっている内容の授業理論を掲載し、理解を深めた。 (図 $4:$ 実際に発行した教頭便り) ## 4. 2 校内研修でのプレゼン 夏休みに行われた校内研修で更に理論を深めると共に、その理論を具体的な授業で活用する方法について、授業動画を活用しプレゼンを行った。 (図 5 : 校内研修の様子) ## 4. 3 授業動画の提示 教育センター勤務時代から撮影し、将来的にはデジタルアーカイブとして公開を考えている授業の動画を NAS に保存し、全職員が閲覧できるようにした。 (図 6 : 公開した授業動画の一部) 4. 4 「わかる」から「できる」への授業改善理論を理解し、授業での活用方法が分かつたとしても、各先生方が授業で実践できないことが多い。そこで「分かる」から「できる」にさせる方法として 1 日に $1 \sim 3$ 回、全校の授業を視察するだけではなく、1 時間授業をじっくり参観し、指導助言を与えるという方法を年に 100 時間以上行った。 ## 5. 全国学力・学習状況調査での結果 上記のような活動を行った結果、全国学力・学習状況調査で、前年度の $\mathrm{A}$ 小学校を 1 つの県とした場合、総合で最下位の 48 位から、4位まで向上することができた。 (表 4:A 小学校の順位) & & & \\ 同様なことは県内 B 小学校でも起こっており、この理論を活用し、くり返し学習を行ったところ、算数 A の成績が秋田県の平均を超えることができた。 ## 6. おわりに 今回、「学力向上の手引き」作成の元となるデータは、古いものでは 50 年以上も前のものである。こうした古いデータは教育現場において、ほとんど見向きもされないことが多い。しかし、そのデータが現在の教員にとつても示唆に富み、効果を挙げることができる貴重なものであった。 今後、こうした貴重な研究成果はきちんとデジタルアーカイブとして保存・活用し、さらにその成果を保存するという循環サイクルを整える必要がある。さらにデジタルアーカイブを全国的に展開し、自由に閲覧できるよらにすることが教育に限らず、様々な分野の効率的な発達に有効だと考える。 ## 参考文献 [1]後藤忠彦, 興戸律子、長尾順子 2015/07 『過去の教育研究資料と現在の実践を結ぶ』 [2]後藤忠彦。齋藤陽子2015/11『授業計画・実践評価の資料 (1)』 この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# # # 1. はじめに ここ数年来、我が国のデジタルアーカイブに関わる 法政策は急激な変化を続けている。特に我が国の知的財産関連政策の大綱として毎年策定される知的財産推進計画の2014 年版以降、「アーカイブの利活用促進」 が政府の重要施策の一つとして位置付けられたことな どを受け、各府省において法改正を含む各種施策の検討が急速に進められているところである。本稿では、 デジタルアーカイブ学会の会員をはじめとするデジタ ルアーカイブ関係者が、今後の法政策について広く議論を行うための足がかりを提供することを目的とし て、まず我が国の分野横断統合ポータル構築とデジタ ルアーカイブの二次利用促進に向けた施策の状況、そ してデジタルアーカイブに関連する著作権法の見直し の動向について概観した上で、デジタルアーカイブの さらなる発展を進めていく上で重要であると考えられ る、今後の法政策上の論点を試論的に提示する。 ## 2. 分野横断統合ポータルとデジタルアーカイ ブの二次利用促進 我が国においては、個別分野やアーカイブ機関ごとのデジタルアーカイブ化の取り組みは積極的に行われながらも、欧州や米国等において進められる分野横断統合ポータルの構築や、デジタルアーカイブの二次利用を促進するための施策が十分ではないことが指摘さ 「個々の機関、分野ごとに取組は進みつつあるが、アー カイブ間の連携が十分図られておらず、分野ごとの束ね役(アグリゲーター)の明確化とデジタル化した資料を一元的に利用できる環境の整備を加速させる必要がある」という問題意識が示され、具体的な施策として、「分野横断的な検索が可能なポータルサイトの整備についての取組を進める」こと、そして「デジタル化されたコンテンツの二次利用(美術品等の画像デー夕の出版物等への利用や著作権の切孔た書籍の再出版、映像コンテンツの教育現場での利用等)」を進めることなどが明記されるに至った。 2015 年 9 月には、政府はこれらの施策を推進するため、内閣府に「デジタルアーカイブの連携に関する関係省庁等連絡会打よび実務者協議会」を設置し、さらに 2016 年 9 月には実務者協議会に「メタデータのオープン化等検討ワーキンググループ」を設置して検討を進め、2017 年 4 月には報告書「我が国におけるデジタルアーカイブ推進の方向性(以下、報告書)」 ならびに「デジタルアーカイブの構築・共有・活用ガイドライン (以下、ガイドライン)」の2つの文書が 「報告書」では、欧州のヨーロピアナや米国デジタル公共図書館等の広域的なデジタルアーカイブ・ポータルの状況、ならびにそれらが中心となり進めるデジタルアーカイブの二次利用促進に向けた施策を参照しつつ、我が国における今後のデジタルアーカイブ推進の方向性として、国立国会図書館が検討を進める「ジャパンサーチ (仮称)」を国の分野横断統合ポータルとして位置付けた、図表 1 で示されるデジタルアーカイブ推進の全体像を実現していくものとしている。 ここで特に注目する必要があるのが、個々のアーカイブ機関と、国の分野横断統合ポータルの間に位置付けられる、「つなぎ役」と称される主体の役割である。 これはヨーロピアナでいう「アグリゲーター」、米国デジタル公共図書館でいう「ハブ」に相当する主体であり、各分野や地域ごとに設置されることが想定され 域の有するメタデータを標準化し、集約・共有・公開する他、長期アクセスのための基盤を構築したり、個別のアーカイブ機関のみでは対応が困難な技術的課題や、著作権処理をはじめとする法的課題への対応支援を行うことなどが示されている。分野・地域ごとの専 図表1「我が国におけるデジタルアーカイブ推進の方向性」p.19より 門性・固有性・自律性・多様性を活かした、デジタルアーカイブ推進拠点を緩やかに連携させるネットワー クの構築こそが、全国におけるデジタルアーカイブの構築・活用、そして国内外への発信を進めるための基盤として位置付けられているのである。 「ガイドライン」は、上述したデジタルアーカイブ推進の全体像を念頭に、アーカイブ機関・つなぎ役$\cdot$活用者それぞれが取り組むべき事項についての指針を示した文書である。特にアーカイブ機関とつなぎ役の取り組みに関しては、APIを通じたメタデータ連携の仕組みを備えると共に、メタデータ、サムネイル/プレビュー、デジタルコンテンツそれぞれに関して、二次利用を促進するために、世界的に用いられるクリエイティブ・コモンズのライセンスや CC0(完全な権利放棄)、パブリック・ドメイン・マーク等を利用して利用条件を明示することを求めている。 同報告書・ガイドラインを受けた知的財産推進計画の 2017 年版においては、ジャパンサーチ(仮称)については東京オリンピック・パラリンピックが開催される 2020 年までの構築を目指すものとし、また国の各アーカイブ機関においては、2020 年までにガイドラインを順守する形でメタデータのオープン化とその利用条件の表示等を行うものとしている。さらに 2017 年度中には、国として、各アーカイブ機関、つなぎ役への支援策の検討及びそれを踏まえた予算化を検討していくことなどが示されているところである。 ## 3. 著作権法の見直し デジタルアーカイブを促進するための著作権法の見直しについては、ここ数年間で、著作権法第 31 条第 1 項第 2 号における「図書館資料の保存のため必要がある場合」の複製や、同条第 3 項に基づく国立国会図書館による絶版等資料の図書館送信の対象とできる資料に関する解釈明確化、著作権法第 31 条が適用される「図書館等」の範囲の拡充、権利者不明作品の利用を円滑化するための裁定制度の見直しなど数々の施策が行われてきたところである。さらに現在では、上述の国立国会図書館による絶版等資料の図書館送信を外国の図書館等に対しても行えるようにすること、美術著作物や写真著作物の原作品を展示するアーカイブ機関等が著作物に関する情報を提供するためにサムネイル画像のインターネット送信を行えるようにすることや、館内電子端末等において著作物を利用できるようにするなどの措置について、法改正を視野に入れた検討が進められているところである。これらの詳細についてはすでに公表されている各種資料や論考に委ね注㣙、ここでは必ずしもデジタルアーカイブのみに焦点を当てた動きではないものの、デジタルアーカイブと深い関連を有する二つの論点について紹介をしておきたい。 第一に、デジタル化・ネットワーク化の進展に対応するため、米国のフェアユースを一つのモデルとして政府で検討が進められている、「柔軟性な権利制限規定」の導入についてである。同規定については、文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会に 2015 年に設けられた「新たな時代のニーズに的確に対応した制度等の整備に関するワーキングチーム」において集中的な検討が進められ、「公衆がアクセス可能な情報の所在検索サービスの提供」を「優先的に検討を行うこととされたニーズ」として位置付け、権利制限等の手段によりサービス提供に必要な著作物の利用を可能とするための積極的な検討が行われている。所在検索サービスには、具体的には Google Booksのような書 ワードやフレーズを検索するサービス、街中の風景映像等を検索するサービス等が含まれる。アナログで保存される各種の膨大なアーカイブが、広くデジタル化され簡易な検索を行うことが可能となるか否かは、デジタルアーカイブの利活用に対して甚大な影響を与えるものであり、同規定に関する検討の今後の動向を注視する必要性は高い。 第二に、著作権法第 35 条に規定される「学校その他の教育機関における複製等」の見直しである。現行の同条第 2 項においては、デジタル技術を利用した才ンライン授業に関して、遠隔地にある複数の教室間で中継して同時に授業を行う、同時授業のための公衆送信のみが認められているが、オンライン授業の重要性 拡大を受け、2016 年から文化審議会著作権分科会において本格的な検討が行われ、オンデマンド授業(異時授業)のための公衆送信についても、権利者に補償金請求権を付与した上で、第 35 条の権利制限の対象とするべきであるという方向性が示されている注日。デジタルアーカイブの観点からは、授業映像や教材等をデジタル化した上での長期保存や、教員間・教育機関間での教材共有等がどの程度可能となるかが、特に注視する必要性が高い論点であると言うことができる。 ## 4. 今後の論点についての試論 最後に、いまだ我が国の法政策において本格的な検討の组上には上がっていないが、デジタルアーカイブのさらなる発展を進めていく上で重要と考えられる、今後の法政策上の論点を試論的に提示しておきたい。 第一に、「民」の保有する知的資産に関するデジタルアーカイブの促進である。我が国のデジタルアーカイブ関連法政策においては、これまでのところ暗に明に、公的なアーカイブ機関が既に保有する知的資産のデジタルアーカイブが念頭に置かれているが、言う間でもなく、我が国が保存・継承・活用すべき知的資産の大部分は、民間企業や個人等の側が保有するものである。現状において著作権法第 31 条が適用されない博物館類似施設におけるデジタルアーカイブの促進、書籍以外の分野における納本制度のあり方、そして民間企業や個人が保有する知的資産のオープン化を動機付ける制度設計のあり方等の論点について、より検討を深めていく必要があるだろう。 第二に、法解釈に関わるガイドライン策定のあり方である。アーカイブに関わる法制度の解釈は、訴訟で争われることがきわめて少ないため、著作権法第 31 条や第 35 条をはじめとする条文については、当該分野の関係団体等が策定するガイドラインがその解釈において重要な役割を果たしている。既に見たように関連する法制度の見直しが進み、またさらには「柔軟な権利制限規定」の導入に向けた動きが進む中で、権利者・利用者の双方と協調しつつ、デジタルアーカイブ関係者自身がガイドラインの策定を通じて実質的なルール形成を主導していく努力は、より一層重要性を増していくものと考えられる。 第三に、現在進行するデジタルアーカイブに関連する各種の法政策について、その基本理念を定め、また国や自治体等の中長期的な責務を明らかにする「基本法」の整備である。官民デー夕活用推進基本法、知的財産基本法、文化芸術基本法、科学技術基本法等に基づく、知識や文化の豊かな「フロー」を実現する施策が大きく進展する中で、そこで生み出された成果の保存や継承を担保する、すなわち「ストック」の観点から下支えするための、デジタルアーカイブの基本法のあり方を検討する余地は大きいのではないか。 最後に、組織的な基盤を持った、デジタルアーカイブのナショナル「センター」のあり方についてである。既に確認したように、現在、我が国のデジタルアーカイブを分野横断的に検索・利活用可能とするための、 いわばバーチャルなナショナルデジタルアーカイブの検討が本格的に進められる中、それを真に永続的なものとし、国内全体と国際的な調整、人材育成、研究開発、標準化、データの長期保存等を、専門的な素養を持った人材が継続的に担うための組織的な下支えについても、具体的な検討を進める頃合いなのではないだろうか。既存組織との関係性、財源や人材の確保、具体的に有するべき機能、そしてMLA に留まらないアーカイブ機関・産業界・学界・利用者等を含むマルチステイクホルダー性を担保した形での組織や運営のあり方など課題は多く存在するが、デジタルアーカイブ学会という場がその構想の進展において、然るべき役割を果たしていけることを期待したい注》。 (注釈) [注1]アーカイブ立国宣言編集委員会編『アーカイブ立国宣言』 (ポット出版、2014年)の他、拙稿「ナショナルデジタルアーカイブの条件について」(金沢21世紀美術館研究紀要『アール』6号6-14頁、2016年)、同「オープンなデジタルアーカイブに向けた日米欧の法政策」(慶應義塾大学 DMC紀要、3巻1号5-12頁、2016年3月)等を参照。 [注2] 知的財産戦略本部「デジタルアーカイブの連携に関する関係省庁等連絡会、実務者協議会及びメタデータのオー プン化等検討ワーキンググループ」を参照。 [注3] ヨーロピアナや米国デジタル公共図書館をはじめとする諸外国の施策については、時実象一『デジタル・アーカイブの最前線』(講談社、2015年)に詳しい。 [注4] 詳細につき、文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会「中間まとめ」(平成29年2月) 53頁以降の他、拙稿「デジタルアーカイブと法政策:統合ポータル、著作権、全文検索」(大学図書館研究106号11-18頁、2016年)、同「デジタルアーカイブと著作権に関する国内外の動向」 (図書館界67巻6号346-352頁、2016年)等を参照。 [注5] Google Booksに関しては米国において10年以上に渡る著作権訴訟が続けられてきたが、2016年4月にフェアユースの適用が認められる形で訴訟が終結している。同訴訟の経緯と論点に関しては、松田政行・増田雅史『Google Books裁判資料の分析とその評価』(商事法務、2016年)に詳しい。 [注6]「柔軟な権利制限規定」ならびに著作権法第35条の見直しに関わる検討状況については、文化審議会著作権分科会報告書(平成29年4月)を参照。 [注7] デジタルアーカイブの基本法や、ナショナル(デジタル) アーカイブの概念に関する直近の議論については、月刊『時評』(時評社)2017年5月号・6月号「特集/ナショナルアーカイブ」所収の各論考を参照。
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# 「関西支部」の狙い \author{ 福島 幸宏 \\ Fukusima Yukihiro \\ 京都府立図書館 } 本稿では、関西支部の狙いについて述べる。もちろん、狙いなどは支部に参加いただける方々と議論するなかで 作り上げるものだが、何事にもたたき台が必要と考え、ま ず提起するものである。 他の部会と異なり、「支部」と名付けられ、さらに地域性を帯びた「関西」という名称を冠して構成する以上、 その特性はその「関西」の地域性にこそ求められる。では、 その地域性はどういったことであろうか。設立総会で発言があったように、デジタルアーカイブ学会が一種のメタ 学会として、広義のアーカイブ関係学協会と連携し、学界・政界・産業界等を横断した政策提案のための集団と しての機能を果たすなら、関西支部は、その中で、一種 の野党的立場を本旨とすべきだろう。 政治や官僚機構、また大企業群と離れた場では、自ず と別の語りと文脈が現れ、それが育たなければならない。 それが他と異なる構成原理で建てられた当支部の使命で あろう。そしてそれによって、デジタルアーカイブ学会、 ひいては広義のアーカイブ関係学協会全体の議論のバラ ンスが取られ、より幅広い声が拾えるようになれば、それ にすぎることはない。官吏養成組織であった帝国大学に 続き、首都から離れた京都の地に設立された初期の京都帝国大学が、個性を打ち出すために「自由の校風」を標榜したことが想起されるべきであろう。 大きな目標を掲げてみたが、その内実はどのようにあ りえるか。または準備されているか、が次に問われること になる。その点でも、東京に比べ、関西の状況はいささ かの遜色もないと申し上げてよい。広義のアーカイブ関係学協会、または学協会を主たる活動の場にせずとも、文化資源の保存と活用に心を砕いている集団や活動者は数多存在している。 博物館の世界では、アクセシビリティの改善や盗難・被災防止のために $3 \mathrm{D}$ 技術を活用した仏像等の複製 が、和歌山を中心に活発に行われ、また今まで関心の 薄かった学校資料の活用についても、特異な小学校運営の歴史を持つ京都で議論が始まっている。またアー カイブズで今や基礎的な考え方のひとつとなっている 史料レスキューは、阪神淡路大震災時に兵庫で開始さ れたものである。大阪では、図書館がその所蔵資料を 大規模かつオープンなライセンスを付与してデジタル 公開し、さらに展示やワークショップを畳みかけるこ とで、大きな社会的インパクトを作ることに成功して いる。また、京都では情報のインフラ自体に注目し、図書資料のメタデータの分裂状況をまずは改善すべく、図書館・大学・産業界を横断したプロジェクトも始 まっている。一方、奈良では全国の大学連合の成果を 背景に、日本の遺跡報告書を集約したデータベースが 運用され、多くの成果が生まれつつある。20世紀以降 の新しいメディアをめぐっても、マンガ・ゲーム・映画の研究となれば、関西にこそ、研究拠点が集まる。 以上、これまであげた諸活動は幹事の管見の限り、し かも紙幅に制限されたものに過ざないが、それぞれ世界的な水準で、考え抜かれ、そして着実な実践が行われて いるものばかりである。そして、一見、デジタルの世界に 連動しない上うにみえるも活動でも、その保存・流通・活用のそれぞれの側面で、デジタルアーカイブ学会が議論 の対象とすべきである。 これら諸活動に、もう一つの特徵的な共通点を見出す とすれば、手元にある材料、おかれた状況でなんとか解決した、というブリコラージュ (=器用仕事) の姿勢であ る。関西支部の役割は、これらの諸活動がお互いに参照 しあい、情報交換ができるように場を作るとともに、この 器用仕事をそれぞれの名職人から解放し、今後も再生産 できるよう、工夫を重ねることとなろう。 関西の今の各動向はもっと知られて行き、今後参照さ れるものばかりである。まずは、関連する学会と協力の 上で研究会や連絡会を定期的に実現する方向で活動をは じめることとしたい。各位のご支援とご参加を冀う次第 である。
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# 「コミュニティアーカイブ部会」 について 坂井 知志 Sakai Tomoji } コミュニティーアーカイブ部会長/常磐大学教授 豊かな知識基盤社会を構築するために、地域やテー マを持ってデジタルアーカイブに取り組むことを促進 するため、他の部会などと連携して、課題を整理し、小規模なコミュニティアーカイブの構築促進及び方法 の開発を行う。 また、大規模なデジタルアーカイブとの連携を視野 に入れつつ、具体的な政策への反映、特に人材養成や メタデータの標準化・法制度の改正など他の部会が検討する研究課題についても小规模なコミュニティアー カイブの構築という視点から提案を行う。 ## 1. 定 義 市町村や鉄道、俳句など地域やテーマを限定した比較的小規模なデジタルアーカイブ及びデジタルアーカイブについて検討しているプロジェクトの取り組みの課題や方向性などを議論する部会 ## 2. 部会の運営方法 (1) 研究会の参加方法 (1)遠隔学習における参加。年3回程度 (2)研究大会の前後に開かれるオフラインの研究会年 1 回 ※知識基盤社会に組み込むことが望まれる取り組みに関わっている会員以外のオブザーバー参加を認める。(検討中) (2)コミュニティアーカイブマップを作成する。 (3)コミュニティアーカイブに関する資料収集 ## 3. 部会の調査及び他の部会との関係 (1) 著作権やメタデータ等の具体的な取り組みの事例収集 (2)デジタルアーカイブ担当者の具体的職務内容 (3)他の部会とは、連携して調査・研究を行う。また、コミュニティアーカイブの課題について他の部会と協議し、研究の方向性を明確にする。 ## 4. 共同研究 (1) 東日本大震災のデジタルアーカイブの検証と連携を図るとともに今後の被災予想地のデジタルアーカイブの被災前の撮影 (2)市民によるコミュニティアーカイブの構築と課題 (3)コミュニティアーカイブを構築する「権利」「技術」「慣習」等の「ガイドライン」の取り扱い (4)その他
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# [A06] デジタルアーカイブと人材育成 デシタル・アーキビスト:デジタル・ネットワーク時代の知識基盤社会を支える 人材 三宅茜 ${ }^{1)}$, 井上透 1) 岐阜女子大学 ${ }^{11}$ 〒501-2592 岐阜市太郎丸 80 E-mail: [email protected] ## Digital Archivist: Human Resource of Knowledge-based Society in Digital Network Era MIYAKE Akemi1), INOUE Toru1) Gifu Women's University ${ }^{1)}$ 80 Taromaru, Gifu, 501-2592 Japan ## 【発表概要】 岐阜女子大学のデジタル・アーキビスト人材育成教育は、1994 年頃から始まったデジタルア一カイブ構想に対応する形で進められ、学部・社会人・大学院を対象にデジタルアーカイブの開発・管理・活用能力のある人材を育成すべく教育を展開してきた。また、その後の社会の変化、 デジタルアーカイブを取り巻く環境の変化、技術革新に対応するため、常にデジタル・アーキビスト教育の見直しをはかっている。この間、社会的な発展としてはNPO 法人日本デジタル・アー キビスト資格認定機構が発足し、本学で開発した教育カリキュラムが他大学などにも普及するようになった。本研究では、2004 年文部科学省現代的教育ニーズ取組支援プログラムに採択されて以降現在までの本学におけるデジタル・アーキビスト人材育成教育の変遷について報告する。 ## 1. はじめに 平成 29 年 4 月「我が国におけるデジタルアーカイブ推進の方向性」(内閣府知的財産戦略推進事務局)が発表された。この報告書の冒頭部分にデジタルアーカイブについて以下のように書かれている。デジタルアーカイブは「文化の保存・継承・発展の基盤」である。 デジタルアーカイブは「場所や時間を超えて」情報にアクセスすることを可能とし、「分野横断で関連情報の連携・共有を容易にし、新たな活用の創出を可能とするものである。」 また、デジタルアーカイブの活用対象は幅広く、「観光、教育、学術、防災など」多様な分野での活用が期待されている。*1 デジタルアーカイブの課題〜深刻な人材不足ほか〜 一方、デジタルアーカイブには課題も多く存在する。特に我が国のデジタルアーカイブは、欧米と比較すると圧倒的なコンテンツの不足に加え、メタデータの整備、各機関の連携、デジタル情報資源のオープンデータ化、制度、人的・財政的リソース、組織基盤、専任職員等の点で大きく遅れを取っている。中でも人材不足は深刻である。デジタルア一カイブの構築・連携を担う人材育成には、対象分野の理解、デジタルアーカイブ化の技術、関連法令と倫理の理解、デジタルアーカイブを開発するプロデュース力、コミュニケ ーション力等が求められる。また、活用者の視点に立ち、ニーズ分析、資料の選定、メデイアの選定、ナレッジマネジメントの促進、市民参加型データ収集等の能力が求められる。 デジタル・アーキビスト:知識基盤社会を支える人材の育成 今後、我が国においてデジタルアーカイブを推進するためには、デジタルアーカイブの構築・共有・活用のガイドラインの策定、国・地方自治体が保有するデジタル情報資源のオープン化、国の統合ポータルの構築、国や公的機関が中心となりデータを整備・共有・連携できる共通基盤の構築、デジタルア一カイブ活用促進のためのフォーラムの設置、分野・地域のつなぎの役割を果たす機関の支援、デジタルアーカイブに関わる人材育成教育、デジタルアーカイブの評価等を多面的に検討する必要がある。* 1 上記の多様な課題の中で本学では特に人材育成に重点をおいて教育研究を行っている。本学でのデジタル・アーキビスト人材育成教育についてはこれまでも節目ごとに報告してきた。今回は過去の資料を踏まえた上で今後の方向性も含めて報告する。 ## 2. 経緯 「デジタルアーカイブ教育カリキュラムの見直しに関する考察- 企業アーカイブの観点の導入一」 (三宅) ${ }^{* 2}$ で述べたように、わが国のデジタルアーカイブ構想は 1994 年頃にはじまった。 初期のデジタルアーカイブ構想を牽引したのは 1996 年に設立されたデジタルアーカイブ推進協議会(JDDA:1996 年一2005 年)である。 JDDA の資料によると、1994 年 12 月 16 日に (財)マルチメディアソフト振興協会・日本経済新聞社の主催で、「世界の文化を未来に継承するデジタルアーカイブ国際会議」が開催され、「デジタルアーカイブの提唱」と題するパネル討論が行われた。その後 1996 年に人類の文化遺産を未来に継承するというデジタルアーカイブ構想の実現のためにデジタルアーカイブ推進協議会が発足した。同年通産省はマルチメディアコンテンツ制作に初の資金援助を行い、文部省にマルチメディア著作権室が設置され、郵政省は国際インターネッ卜電話を解禁とした。2000 年政府は e-Japan 構想を公表、2001 年には文化芸術振興基本法が施行された。2003 年には知的財産基本法が施行され、個人情報保護法が成立、2004 年には改正著作権法が施行され、文化遺産オンライン試験公開版が開始されたのである。 こうした流れの中、岐阜女子大学では 2000 年 4 月に文化情報研究センターを設置し地域資料の収集・記録、デジタルアーカイブの開発・研究に取り組み始めた。博物館・図書館・地域等において所蔵物をはじめとした文化資料のデジタル化とその流通が始まりだし、 これからの社会にデジタルアーカイブの開発は必須の事柄になると判断されたからである。 また、2001 年には文学部に文化情報メディア学科を設置し、文化資料の情報化を教育研究の中心に位置づけ、独自のカリキュラムを開発し教育実践の場を整備してきた。デジタルアーカイブの開発には、文化資料の収集・記録・管理・保存・流通を担う人材育成も同時に進めていかなければならないと判断されたからである。 続いて 2004 年「デジタル・アーキビストの養成一文化情報の創造、保護 - 管理、流通利用を支援する一」が文部科学省の現代的教育ニーズ取組支援プログラムに採択され 3 年計画でデジタル・アーキビスト養成教育のカリキュラム開発及び教育実践を行った。ここでは、文化資料の情報化とその流通のためのデジタル化技術の習得に加え、文化活動の基礎としての著作権・プライバシーへの配慮、文化芸術等文化情報の内容に関する知識を併せ持ったデジタルアーカイブを開発する能力のある人材養成を行った。 社会的な発展としては上記のカリキュラム開発と教育実践研究で得られた成果を基盤に $\mathrm{NPO}$ 法人日本デジタル・アーキビスト資格認定機構が発足し、本学で開発した教育カリキユラムが他大学などにも普及するようになった。 ## 3. 人材育成教育カリキュラム 当初、デジタルアーカイブ教育カリキュラムは次の 3 分野で構成した。 第 1 分野一文化の理解: 各文化資料に関する収集・保存等の価値判断をする能力を育成する。 第 2 分野一情報の記録と利用: 情報の収集・記録・管理・利用等多様な情報活用を行う上で必要とされるデジタル化の技術を習得する。第 3 分野一法と倫理: デジタル時代にふさわしい著作権・個人情報・プライバシー等に配慮し資料を処理する能力を育成する。 この 3 分野の学修に対応する基礎科目群と して以下の 11 科目をコア・カリキュラムに設定した。 デジタル・アーキビスト概論文化情報処 理マルチメディアデジタルアーカイブ メディアと著作権文化情報管理と流通 文化情報システム文化情報メディアマ ルチメディア演習情報記録検索演習メ タデータ情報処理演習 その後、メディア環境、長期保存・短期保存、メディア利用、資料の選定評価等の観点を追加し、カリキュラムを見直した。デジタル・アーキビスト育成教育の本学における 2017 年のカリキュラムは以下である。 コア科目:デジタルアーカイブ文化論デジタルアーカイブメディア論計画と資料の収集デジタル資料の選定評価保存とメタデータ (10 単位) 基礎分野:デジタルアーカイブ情報社会情報システムマルチメディア技術(10 単位十選択 8 単位) 実践分野:デジタルアーカイブ実践デジタルアーカイブ活用と評価 (4 単位) 応用分野: 伝統文化教育博物館図書館観光(選択 2 単位) また、大学院における上級デジタル・アー キビスト育成教育カリキュラムは以下である。 必須科目:文化メディア特講 I/II 文化メディア演習デジタルアーカイブ特講 I/II デジタルアーカイブ演習 (12 単位) 選択科目:文化分野(文化学特講言語文化特講文化情報管理特講 I/II アーカイブ研究 I/II/III 伝統文化特講 $I / I I / I I I$ )、教育分野、書道文化分野 (8 単位) デジタル・アーキビスト人材育成教育は本学以外にも NPO 法人日本デジタル・アーキビスト資格認定機構に加盟している各組織でも行っている。2017 年 5 月 23 日時点で 10 の大学等機関が加盟している。認定機構は教育力リキュラムの大枠を規定しているが、詳細については各加盟組織に任されている。本学と共催でデジタル・アーキビスト資格取得講座を開催している NPO 日本アーカイブ協会のカリキュラム 2017 は以下の通りである。 デジタル・アーキビスト短期資格取得講座 デジタルアーカイブ入門デジタルアーカ イブメディア論保存後メタデータデジ タルアーカイブ実践(選択科目メタデー タ実習)デジタルアーカイブ選定評価・ 著作権の概要計画と資料の収集デジタ ルアーカイブ文化論デジタアアーカイブ 活用と評価・プレゼンターションの新しい 活用(選択科目) デジタル・アーキビス ト演習(試験対策) 直前対策講座資格 認定試験 (5日間) デジタル・アーキビスト資格講座(社会人のための履修プログラム ## 準デジタル・アーキビスト講座 デジタルアーカイブ概論文化の理解資料選定のための評価と著作権、個人情報、 プライバシー 資料の収集(デジタルカメラの基本操作)資料の収集(デジタルカメラを用いた実習)資料の短期利用・長期保管デジタルアーカイブの利用(最新事例に学ぶ)資格認定試験(2 日/1 日) ## 4. 岐阜女子大学の論文-研究資料から見 た人材育成の動向 次に論文・研究資料からみた人材育成の動向を概観する。岐阜女子大学のデジタルアー カイブ研究は 2000 年に始まり, 2015 年までに約 600 編の論文・研究資料を報告した。 これらの論文・研究資料を第 I 期 2000 年 $\sim 2004$ 年, 第 II 期 2005 年 2009 年, 第III 期 2010 年〜2015 年の 5 年間隔で区切り, 索引語の集計から, 研究活動の動向を検討した。 上記については「岐阜女子大学の論文・研究資料から見たデジタルアーカイブの研究活動の動向」(三宅ら)*3 に詳しく述べた。その概略を以下に記載する。 第 1 期 2000 年〜2004 年は, デジタルアー カイブとは何かという基本的な問い,及びデジタルアーカイブの基礎的な構成はどうあるべきかについて考察し,試行を重ねた期間であった。 第 2 期 2005 年〜2009 年は各種のデジタルアーカイブ開発やその体系化を進め, 加えてデジタルアーカイブ開発に携わる人材育成のためのカリキュラム整備をおこなった。 第 3 期 2010 年〜2015 年は, デジタルアー カイブに特有な機能の利用についての基礎研 究が進んだ。加えて, 地域, 企業, 図書館,博物館, 学校, 各機関などでもデジタルアー カイブの開発が進みだした。 ## デジタルアーカイブの教育 図 1 教育に関する研究 こうした論文・資料を人材育成教育の観点からみると,デジタル・アーキビストという資格や教育カリキュラムについての研究は,第 I 期の後半から始まり, 本学が文部科学省の現代 GP や委託事業に採択されることによつて大きく進められた。 第 1 期平成 16 (2004)年度「デジタル・アー キビストの養成一文化情報の創造、保護・管理、流通利用を支援するー」が文部科学省の現代的教育ニーズ取組支援プログラムに採択され 3 年計画でデジタル・アーキビスト育成教育のカリキュラム開発、教材開発、教科書等の作成がおこなわれた。 第 2 期平成 19 (2007)年度には、「社会人のためのデジタル・アーキビスト教育プログラム」が社会人の学び直しニーズ対応教育推進プログラムとして採択された。また、平成 20 (2008)年度には、「実践力のある上級デジタル・アーキビスト育成」が組織的な大学院教育改革推進プログラムとして採択された。 これにより, 主に学部生・社会人・大学院生を対象としたデジタル・アーキビスト、上級デジタル・アーキビスト等人材育成教育のためのカリキュラム開発が進んだ。 第 3 期デジタルアーカイブの活用を支援す る人材育成の必要性が提案された。 蓄積された膨大な過去のデータの中から利用目的に適した資料を抽出・整理・提供するためには、資料と利用者を仲介するサーチャ一、アナリスト、コーディネータの能力が必要であり、こうした能力を持った人材育成方法やカリキュラムの開発の必要性が示された。 ## 5. まとめと課題 以上見てきたように本学のデジタル・アー キビスト人材育成教育は、主に学部生・社会人・大学院生を対象にその教育を展開してきた。また、社会の変化、デジタルアーカイブを取り巻く環境の変化、技術革新に対応するため、常にデジタル・アーキビスト教育の見直しをはかっている。 今後は、デジタル・ネットワーク時代における知識基盤社会を支える人材としてのデジタル・アーキビスト育成教育をさらに推進すると共に、企業情報等特定の分野に特化した専門デジタル・アーキビスト育成のための教育カリキュラムの開発と人材育成を行う必要がある。 ## 引用文献 * 1 内閣府知的財産戦略推進事務局「我が国におけるデジタルアーカイブ推進の方向性」 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digit alarchive_kyougikai/houkokusho.pdf 2017.5.26 :「はじめに」では、上記報告書に記載されているキーワードやキーセンテンスを多く引用している。 * 2 三宅茜巳、デジタルアーカイブ教育カリキュラムの見直しに関する考察- 企業アーカイブの観点の導入一、デジタルアーカイブ研究誌 2014.4.12,17-24 * 3 三宅茜巳、谷里佐、後藤忠彦、岐阜女子大学の論文・研究資料から見たデジタルアー カイブの研究活動の動向、デジタルアーカイブ研究所年報 2015、2016.4.20, 5-12 この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# 「人材養成部会」キーノート 井上 透 Inoue Toru 人材養成部会長/岐阜女子大学デジタルアーカイブ研究所長・教授 ## デジタルアーカイブ活用の広がり 「我が国におけるデジタルアーカイブ推進の方向性」 (デジタルアーカイブの連携に関する関係省庁等連絡会 - 実務者協議会、事務局:内閣府知的財産戦略推進事務局)が平成29年4月に発表された。デジタルアー カイブは「文化の保存・継承・発展の基盤」であるとし、デジタルアーカイブは「場所や時間を超えて」情報へのアクセスを可能とし、「分野横断で関連情報の連携・共有を容易にし、新たな活用の創出を可能とするものである。とした。さらに、デジタルアーカイブは「観光、教育、学術、防災など」幅広い分野での活用が期待された。 このことからも、デジタルアーカイブは、日本の目指す知識基盤社会を支えるプラットフォームになりえる可能性を持っているといえるのではなか万うか。デジタルアーカイブは、初期の展示やウェブ公開など図書館、博物館、文書館の所蔵する文化遺産中心の提示活用から、デジタルアーカイブ化の対象データが企業、自治体など社会の全領域へひろがるとともに、特に創造的な知的生産・ナレッジマネジメントに活用できることが求められている。したがって、対象資料のデジタル化はデジタルアーカイブ開発の中心となるものの、周辺部分のインターフェイス、横断的ネットワー クなどの提示・活用環境をいかに整備するかの段階には入ったといえる。 ## デジタルアーカイブ開発の多様化に対応した人材の不足 デジタルアーカイブには多くの課題が存在する。 EUのEuropeanaやDPLA(米国デジタル公共図書館)では、膨大なデータが2次利用可能なクリエイティブコモンズCC0(パブリックドメイン)で提供されているが、国内は欧米と比較すると圧倒的なコンテンツの不足、メタデータの整備と公開、各機関の連携を担うア グリゲータやデータプロバイダの存在、オープンデー 夕化促進、法制度、人的・物的・財政的リソース、ナショナルセンター等組織基盤など多くの問題がある。 とりわけ人材不足は深刻である。デジタルアーカイブの開発・運用・活用を担う人材育成には、対象分野の理解、デジタルアーカイブ化の技術、関連法令と倫理の理解を基礎として、デジタルアーカイブを開発するプロデュース力、新しい価値創造を進めるため関係する類似デジタルアーカイブとコミュニケーションする力等が求められる。また、利用者の視点に立ちユニバーサルデザインを実現し、ニーズ分析、資料の選定、 メデイアの選定、市民参加型データ収集等の能力が求められる。残念ながら、デジタルアーカイブ化が拡大している各分野で、これらの能力を有し開発・運用・活用の担い手になる人材は不足している。 ## デジタル・アーキビスト:知識基盤社会を支え る人材の育成 「我が国に打けるデジタルアーカイブ推進の方向性」 は、「人材の確保及び育成に当たっては、既に存在するデジタル化に関する資格認定制度などを活用する方法がある。としている。日本アーカイブズ学会のアー キビスト資格制度や公文書管理検定、公文書管理士認定試験など文書管理を対象とした養成・資格制度は存在するが、多様な対象とデジタルアーカイブによる活用を中心にしたものとしては、2006年に始められた日本デジタル・アーキビスト資格認定機構による人材育成制度がある。現在、準デジタル・アーキビスト、デジタル・アーキビスト、上級デジタル・アーキビストなど約 3,800 人の有資格者が存在している。しかし、資格取得のための研修会実施は全国の9大学とNPO法人日本アーカイブ協会に限られており、なおかつ、一般向けの講座は東京、大阪、岐阜に集中するなど学習機会の提供も限られており養成者数拡大には課題が多 い。さらに、デジタルアーカイブの理論・技術は大きく変化しており、本学会から得られる知見を反映した人材育成が必要になってくるだろう。また、「総務省では、情報通信技術(ICT)を地域の課題解決に活用する取組に対して、ICTの知見・ノウハウを有する専門家を派遣する『地域情報化アドバイザー派遣制度』 を実施しており、制度の趣旨に沿う場合には、これを利用する方法も考えられる。としている。国立科学博物館が中心となったサイエンスミュージアムネットは、現在 80 の博物館や大学が参加し、日本から240万件のデータを生物多様性情報機構GBIF(分散型デー タベースにより約 8 億件が全世界で流通)に提供している。2006年8月から稼働を開始したが、その後も、参加機関の学芸員や研究者のコミュニティーを維持するため、絶滅危惧種レッドリストの提供やメタデータ検討、最新のデジタル化技術やデータ活用方法、知的財産権処理等のミーティングを年2回開催している。 このように国の援助や各分野でのナショナルセンター の行う人材養成機能が、デジタルアーカイブコンテンツの充実には極めて重要である。さらに、地域・コミュニティーアーカイブの充実には、都道府県のセンター機能を持つデジタルアーカイブ関係機関が、アグリゲータ機能として、図書館、文書館、博物館、自治体、大学など各分野で開発を担う人材に対するサポー ト制度を構築することが必要ではなかろうか。
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# 「技術部会」の活動について 技術部会では「デジタルアーカイブ」の概念をでき るだ広く捉えて、それらに共通する技術的課題につ いての議論を深めていく。ここでは、さまざまな分野 のコンテンツを記録や利活用のためにデジタル化して 集積した個々のコレクションをデジタルアーカイブと 捉える。そこには文書館等の狭義のアーカイブを電子化したものも含まれるが、図書館の所蔵資料由来のデ ジタル情報や、美術館・博物館の収蔵品由来のデジタ ル情報はもち万ん、テレビCMやアニメーション、気象衛星画像など、いわゆるボーンデジタルな情報のコ レクションも含まれる。さらには、有償サービスを通 じて利用可能な新聞記事や雑誌記事のデータベース、報道写真アーカイブなども対象とする。従来、研究者 コミュニティーが独自のこだわりで収集構築してきた 各種のデータベース群も、十分なデジタル情報を含む ものはスコープに入れる。すなわち、なんらかの専門性や収集方針に基づいて作られたデジタル情報のコレ クションであれば、収集主体(組織/個人)や提供形態(有償/無償)に関わらず、それを「デジタルアー カイブ」と呼んで、当部会での議論の対象とする。 国内外には、すでに数多くの多様なデジタルアーカ イブが存在している。一般に個々のデジタルアーカイ ブは、ある種の均質性はもつが、偏った情報のコレク ションである場合が多く、それ単独では一面的で偏っ た知識や情報しか得られない。いわば均質な知識をサ イロのように溜边んでいる状態といえる。いまデジ タルアーカイブの社会的価値を高めるために求められ ているのは、個々別々に作られてきたこれらの孤立し た「知識のサイロ」を適切に開いて情報をつなぎ、よ り大きな知識のネットワーク(知識のウェブ)を構築 することである。そのためには、複数のサイロに分か れて保持された同種の情報を一元的に整理して、網羅性の高い仮想的なサイロとして機能させる技術が必要 になるかもしれない。しかし、より重要なシナリオは、 あるサイロに蓄えられている情報が、別のサイロの異 なる種類の情報とつながって、これまでどこにも存在 しなかった新しい情報に生まれ変わることである。そ のような情報間の化学反応を可能にするサイロの作り 方や開き方についての議論が求められる。 技術部会では、これを「インターオペラブルなデジ タルアーカイブ構築技術の確立」というテーマで捉え 直して議論を開始する。技術的課題の抽出、望ましい 実施例の報告、国際的な動向調査、デファクト標準の 評価などを行う。対象となる技術領域やキーワードは、 メタデー夕、典拠情報、用語の統制、リンクトデー夕、 OAIS参照モデル、横断検索、IIIF、Web Annotation、AI 用学習データなど多岐に渡る。他学会や大学、MLA機関、関連企業をフィールドとして、これらの課題に積極的に取り組んでおられる方々に技術部会委員になっ ていただき、お互いの専門性を生かしながらも、それ に囚われない議論の場を作っていく。委員会とは別に、年に数回は技術部会主催の研究会やセミナーを開催し て委員会での議論を報告し、多くの学会員を巻き込ん た議論の機会を設ける予定である。また、他団体と連携して、研究会や講演会なども積極的に企画していく。学会員の皆様の積極的な参加をお願いしたい。
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# 「法制度部会」の紹介と 熱烈なお誘い 法制度部会は、文字通りデジタルアーカイブの諸課題を解決し、それを推進できる法制度や制度の使い 方・かかわり方を考える部会です。現在部会員は10名 で、都内で定期的に会合を持って活動しています。 ご存知の通り、博物館法、図書館法、公文書管理法 などはありますが、デジタルアーカイブの基本法制は 存在しません。2016年には「官民データ活用推進基本法」という、大変意欲的な法律が成立しましたが、こ れは文字通りパーソナルデータなどの「データ」の利活用が主眼です。文書・音声・映像・画像をはじめと するデジタルアーカイブは、過去の膨大ないわゆる 「コンテンツ」の保存・復原・整理・公開を担う場と して、こうしたデータの主要な供給源となり、その利活用を強力に補完できる存在ですが、そのあり方や推進方策を定める基本法制は存在しない状態です。それ 以前に、こうした博物館法や図書館法にも、一部の例外を除いてデジタルアーカイブ関連の条項は存在しま せん。つまり、我が国は各国がしのぎを削るデジタル アーカイブ振興に関して、いまだに前法律時代」と いうことになります。人類の歴史でいうとハンムラビ 法典などより前の、ほぼ紀元前2000年以前に相当しま すね。 それだけが原因ではありませんが、現在日本にはデ ジタルアーカイブに関する国家的な推進計画は存在せ ず、司令塔となるべき主務官庁も定められていません。 よって、各地・各団体による意欲的なデジタルアーカ イブ・プロジェクトも基本的にはバラバラに進行して おり、相互に接続されたり補完しあう関係にはありま せんでした(近時になって国立国会図書館による 「ジャパンサーチ」構想など意欲的な動きが起きて来 ています)。そもそも日本には現在どれだけのデジタ ルアーカイブ活動があり、どの分野のコンテンツがど れだけデジタル化され公開されているかも、十分には把握されていない状況です。まして、欧州が誇る 「ユーロピアーナ」のような統一の横断検索を可能と するポータルはなお存在しません。 各地のMLAUもこうした分断された状況下で、デジ タル化や多言語発信のための十分なノウハウやリソー スは持てずにいましたが、それに対する国・自治体の 支援の統一枠組みも存在しませんでした。また、公費 を受けて制作・収集・保存されているコンテンツを中心に、そのデジタル公開を推進する「オープンデータ」 の統一の枓組みも同様です。デジタルアーカイブを担 う人材育成についても、岐阜女子大学を中心とした価値ある取り組みはありつつ、なお十分普及していると は言いがたい状況でした。 我々は、基本的にはお互いに孤立し、分断されてい ました。「つながる」ための核となる「ナショナル. デジタルアーカイブ」的な存在はなく、それらを進め る法制度も存在しなかったのです。 ヒト・カネの慢性的不足に悩む各地のデジタルアー カイブ活動はまた、「権利の壁」にも常に阻まれて来 ました。大量のコンテンッについて、関連する著作権・肖像権・所有権などの権利者を探索し、デジタル 化や公開・利用の許可を得る「権利処理」は個別の MLAU団体には極めて困難です。著作権法の「図書館規定」の意欲的な拡充は進みますが、「権利者不明作品」を中心に道半ばというほかなく、まして肖像権・所有権処理はほぼ手つかずです。また、利活用の面で も、保存公開されたデジタルコンテンツのライセンス ビジネスを担う「デジタル・マーケット」は未整備で、 それを政府が支える法制度も存在しません。 法制度部会ではまず、これらの課題を洗い出し、そ の解決を推進できる「デジタルアーカイブ推進基本法」 の素案を、デジタルアーカイブ推進コンソーシアム (DAPCON)や関連する議連などの諸団体と連携しつ つ社会に提案して行くことを目指しています。また、仮に推進法ができ関連法令が改正されたとしても、法制度は現実の運用の入り口でしかありません。例えば 実際のアーカイブ構築のための権利処理をどのような 基準と手順でおこなうべきか、「デジタルアーカイブ 権利処理マニュアル」のような各種ガイドラインの検討・公開も今後は目指して行きたいと思います。 部会には現在、アーカイブの現場担当者、権利者、文化・メディア政策の専門家、法律家が集い密な意見交換を続けています。是非、部会の活動にご参加 ください。
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# [A05] 貴重書コレクションの活用とデジタルアーカイブ 千代田図書館企画部門の取組み 河合郁子 千代田区立千代田図書館 〒102-8688 東京都千代田区九段南1-2-1千代田区役所9階・10階 Tel:03-5211-4288 FAX:03-3264-7750 E-mail: [email protected] ## Using Special Collections and Archives: Chiyoda Library KAWAI Ikuko Chiyoda Library 9\&10F Chiyoda City Office, 1-2-1 Kudanminami, Chiyoda-ku 102-8688 Japan Phone: +81-35211-4288 Fax: +81-33264-7750 E-mail: [email protected] ## 【発表概要】 千代田区立千代田図書館では、「内務省委託本」「古書販売目録」「一橋・駿河台図書館業務資料」という 3 つの特殊なコレクションを所蔵しており、それらの整理・保存・活用を行っている。これらのコレクションは、データベースまたは目録を webで公開するほか、資料の一部もしくは全ての画像を webで公開している。 これらは、いずれも専門的な資料であり、一般的な区立図書館ユーザーが利用するタイプではないため、デジタル利用環境を整えたとしても、利用に至ることはほぼない。そこで千代田図書館は、まず研究者と協働して、コレクションの調查・研究を進めた。次に、その研究成果をわかりやすく加工し一般向け企画展示や講演会を開催し、さらに展示の記録や講演録を作成しデジタルでアーカイブするという形で、段階を踏んだ活用・利用促進を行っている。デジタルアーカイブ化した後のコレクション活用方法の一例として、千代田図書館企画部門の事例を紹介する。 ## 1. はじめに 千代田区立千代田図書館は、2007 年の移転・リニューアルを期に指定管理者制度で運営されており、貸出などの従来のサービスに加えて、コンシェルジュサービスや展示・イベントなどの新規事業を積極的に展開してきた。所蔵する 3 つの特殊コレクション「内務省委託本」「古書販売目録」「一橋・駿河台図書館業務資料」[1]の整理・保存・活用も、 そのような新規事業の一つとして実施されてきた。 これらのコレクションは、表 1 にまとめたように、いずれも「出版文化」に関わるものである。千代田図書館が戦前から引き継いできた資料の中から抽出してコレクション化されたもの、また “古書の街” 神保町に隣接することから寄贈を受けた資料もある [2] [3]。 本稿では、これらのコレクションについて企画部門が行ってきた、デジタルアーカイブ化した後のコレクション活用の事例を紹介する。表 1.3 つの特殊なコレクションの概要 } \\ ## 2. コレクションのデジタルアーカイブ状況 ## (利用環境整備の過程) 千代田図書館では、まずその資料に関連する分野の研究者と協同して基礎調査を進め、次にその基礎データをもとに、目録・データベース作成を行い、利用環境を整備した。現在は、データベースまたは目録を web で公開するほか、資料の一部もしくは全ての画像を web で公開している(表 2)。ここまで、 「利用環境整備」のステージと考えている。 & \multicolumn{2}{|c|}{ あり(資料集に収録) } \\ ## 3. 活用の第一段階(研究者による活用) 特殊コレクションのデジタル利用環境は整ったが、いずれも専門的な資料であるため、一般的な千代田区立図書館ユーザーが利用することはほぼない。そこで、利用環境整備に携わった研究者とともに研究会を立ち上げて、本格的に研究を行ってきた。図書館は研究会の事務局を担いつつ、研究者による資料調查のサポートを行い、その成果 (研究会での発表)を研究者と共有している。 最も活用が進んでいる「内務省委託本」では研究会を毎年 2 回開催するなど、調查研究が継続するような仕組みを整えている。 ## 4. 活用の第二段階 (一般利用者への発信)活用の第二段階として、研究会の成果を一般向けにわかりやすい形に加工し、レポート の発行や企画展示や講演会を実施している。 ## 4. 1 調査レポート 「内務省委託本」では、研究会での発表内容をもとに調查レポートを発行し、館内で配布するほか、図書館公式 web サイトにて PDF データを公開している。2011 年から 2016 年度までに 16 号が発行された。 写真 1 .「内務省委託本」調査レポート総集編の表紙) ## 4. 2 企画展示 ほぼ毎年、いずれかのコレクションの企画展示を開催している。館内の通路型の展示コ一ナーを使用して、大型パネル (B1 変形サイズ、12〜22 枚)の掲示、ガラスケースでの実物資料の展示、パソコン等でのデジタル化資料の閲覧、関連するテーマの書籍(図書館所蔵資料)の展示・貸出、関連発行物の配布などを行っている。 告知活動は、チラシ・ポスターを首都圈の大学・公共図書館・文書館および地方大学図書館に約 5,000 枚を配布したほか、弊館の义一ルマガジン、図書館公式 web サイトやインターネットのイベント情報サイト等での配信および、プレスリリース等を行っている。 写真 2 .展示の様子(2016 年度「検閭官」展) 直近の「検閲官」展(内務省委託本、2017 年 1 月 23 日 4月 22 日、写真 2) では、大型パネル 17 枚、ケース展示資料 43 点、関連書籍 173 点、デジタル資料 14 点を展示。全国からの来場者があり、会場アンケートを 146 枚回収、配布物は 20 種で計 6,500 部を超える量が持ち帰られた。新聞等への記事掲載は 8 件。関連講演会(後述)は 2 回とも事前申込制で定員に達し、計 156 人が参加した。 展示を見たきっかけとして、「図書館に来たら、たまたま展示をやっていたので見た」 とアンケートで答える人も多い。また新聞に記事が掲載されると、展示を見に来ない人にもコレクションの存在や意義を伝えることができる。そういった面を含めて、一般のコレクション認知度を高める手法として展示は効果的である。 ## 4. 3 講演会 企画展示と連動させたり、または単独で、 コレクションに関する講演会を開催して、より深い情報を提供している。展示よりはやや専門性が高まるため、研究者の参加も多い。 なるべく講演録を作成して、図書館 web サイトにて PDF データを公開するようにしている。古書販売目録のように、利用価値の可能性が多方面に広がっている資料の場合は、講演会を通して、他の研究者がどのように資料を使っているかを聞くことで、自身の研究における利用の可能性に気づくことができる。 事前申込制にすれば、参加者の氏名や所属を把握することができ、会場で質問を受けるなど関心がある研究者と直接接触して、個別に具体的な資料紹介や利用案内をする機会が増える点は、展示にはない「講演会のメリット」である。研究者の認知度向上と利用増を狙う手法として、講演会は効果的である。 写真 3.講演会の様子 (2016 年度「古書販売目録の学問的な意義」) ## 4. 4 関連発行物 (パンフレット-資料集など) 展示パネルや講演会記録などを加工して、 パンフレットや資料集を発行・配布している。展示などの情報をアーカイブする目的だけでなく、ビジュアル性の高いパネルデザインを再利用して作成するパンフレットは、一般利用者にも手に取ってもらいやすいという利点もある。 また、「データベースはあるが、通覧できる目録もほしい」という研究者の声に応えて、目録とコレクション概要・解説等を合体させた資料集を刊行し、全国の図書館や希望する研究者に寄贈・販売した。 表 3.コレクションの活用(第二段階)実績 & & \\ ## 5. デジタル資料としての活用 \\ 5.1 代表的な資料紹介 図書館 Web サイトのコレクション紹介のぺ一ジから、デジタル化資料(画像付き書誌を含む)にリンクをつなぎ、ワンストップで気軽に資料データにアクセスできるようにした。 ## 5.2 展示会場に設置した PC でのデジタ ル化資料の閲覧 展示会場で PC やタブレット端末を設置し、 デジタル化した資料を閲覧できるようにしている。パネルやケースでは特定ページしか見られないが、デジタル化資料なら全体を見ることができる。web 公開されているものは、 サイトアドレスを記したペーパーを配布している。 写真 4 .展示会場での電子資料の閲覧 ## 5.3 関連発行物の PDF を web 公開 レポート、パンフレット、展示アーカイブ、講演録、資料集などのコレクション関連制作物は、PDF データを図書館公式 web サイトで公開している(販売中のものは除く)。 写真 5.千代田区立図書館公式 web サイトで公開されている関連刊行物の PDF(左:古書販売目録、右:一橋・駿河台図書館業務資料) ## 6. デジタルアーカイブの観点から、現状の 整理と今後の課題 現在、千代田図書館では、下記の 4 ステー ジの考え方で活用を進めている。【ステージ 1 】利用環境整備(本稿 2 章) $\rightarrow$ 【ステージ 2】研究者による活用 (本稿 3 章) $\rightarrow$ 【ステ一ジ 3】一般利用者への発信 (本稿 4 章・5 章の 1-2) $\rightarrow$ 【ステージ 4】活用成果のデジタルアーカイブ (本稿 5 章の 3 )。 このうちデジタルアーカイブに関連するのは、【ステージ 1】、【3 の一部】、【4】である。 まだまだ、アナログベースの活用が多いが、 今後は【ステージ 3】において、デジタルならではの効果的な活用方法のバリエーションを増やしていきたいと考えている。【ステージ 4】においても、電子展示会など、さまざまな手法を取り入れ、よりデジタルならではのア一カイブ活用方法を模索していきたい。 また、デジタルアーカイブの利用実績を計測するツールの機能向上も課題となっている。 (図書館公式 web サイトや web 図書館のアクセスログの機能は一応あるが、コレクション活用の効果測定としては十分なレベルのものではないため)。 ## 7. おわりに 利用環境整備が済んだ後、アーカイブを維持していくには活用・利用の実績が必要で、 それはデジタルでもアナログでも同じである。 千代田図書館の企画部門では、デジタル化したコンテンツそのものの利用に加えて、加工物(展示や講演会、パンフレット等)の利用も「コレクション利用実績」として考え、 その成果を大きくしていくことを目指している。この 10 年間アナログとデジタルでの活用を混合して進めてきたが、現在はまだまだアナログベースの活用が多い。今後は、効果測定ツールの向上と合わせて、デジタルならではの活用方法を模索したい。 一方で、各地の図書館等が所蔵するのは、 デジタル利用環境整備が済んだ後に、デジタルベースでの活用がすいすいと進むタイプの資料ばかりではない。歴史系や古文書など、 ユーザーが比較的高齢であったり、デジタルとの馴染みが薄い研究テーマも多い。そのような場合には、まずはアナログベースでの活用を進めて、その成果をデジタルへ移行させるのも、当座の現実的な方法の一つであろう。 そのような活用方法を模索する図書館等にとって、千代田図書館の事例がヒントとなれば幸いである。 ## 参考文献 [1] 千代田図書館のコレクション概要等については、公式 web サイトを参照いただきたい。千代田区立図書館. http://www.library.chiyod a.tokyo.jp/(閲覧 2017/5/30). [2] 河合郁子. 北から南から千代田図書館蔵「内務省委託本」のコレクション整備: 活用の裏側. 図書館雑誌. 108 (9) = 1090. 2014, p.648-649. [3] 座談会千代田図書館新コレクション古書販売目録. かんだ. かんだ会. 159. 2000, p $26-3$ この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# 第 1 回研究大会 $(2017 / 7 / 22)$ 写真 後藤 忠彦 岐阜女子大学会長 吉見 俊哉 会長代行 井上透研究大会実行委員長 基調講演(吉見 俊哉 教授) パネルディスカッション ロ頭セツション会場風景
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# [A04]映像遺産の保存と活用:科学映像館活動10年のあ ゆみ ○久米川正好 ${ }^{11}$ NPO 法人科学映像館を支える会 ${ }^{11}$ 〒350-1103 埼玉県川越市霞が関東 3-1-16 Tel: 049-31-2563 E-mail: [email protected] Preservation and Use of Documentary Film Heritages: Activities of the Science Film Museum for 10 Years KUMEGAWA Masayoshi 1) Sciene Film Museseum (incorporated NPO) ${ }^{1}$ Kasumigasekihigashi,Kawagoeshi,Saitama ,Japan 350-1103 E-mail: [email protected] ## 【発表概要】 2007年4月「NPO 法人科学映像館を支える会」を設立してだれでも、どこでも、いつでも自由に映像遺産を閲覧できる空間劇場を構築した。それ以来、私たちは870作品を超える作品をデジタル復元して保管するとともに、サイト「NPO法人科学映像館」を介して無料公開してきた。これらの作品は450万回以上再生され、活用されている。今学会では、当法人設立の背景とその目的、および記録映画の発掘・収集、保管とWebによる共有化の 10 年間に亘る成果について報告する。またその間に生起した様々な課題、特にフィルムの劣化と資料の散逸、著作権問題についても述べる。 ## 【キーワード】 NPO 法人科学映像館を支える会, 記録映像遺産, 発掘・収集, デジタル復元, 保管, Web による公開, 著作権 ## 1. はじめに 映画の歴史は 19 世紀末に遡るが、日本にもカメラが輸入され短編記録映画の製作が始まった。1930 年代になると、映画の技法は科学や産業と結びつき数々の作品を世に送り出した。私たちも1980年から科学映画の父と言われた小林米作氏と骨の科 学映画「The Bone」など三作品を制作して骨の生きた営みを始めて明らかにした。これらの映画は医学分野の学生教育や基礎的研究の貴重な資料として大きな役割を果たした[1]。 しかし、時代の経過とともにこれらの作品を見る機会は少なくなり、フィルムの劣化や管理不十分による散逸などで、貴重な資料である記録映画はその使命を果たすことなく消え失せようとしている。これは大変残念なことで、また危惧されるべき問題である。 そこで、私達はこれらの映画を守り、活かそうと、2007 年 4 月 1 日「 NPO 法人科学 映像館を支える会」を設立し、貴重な作品を発掘・収集し、高度な技術でデジタル復元、保管して、そのデータを Web により国内外に広く提供しようと活動してきた。今回は設立以来10年の活動の成果について述べたい。 ## 2. 方法 ## 2.1 映像素材の発掘・収集 記録映画の発掘・収集は主として著作権者である映画製作会社を介して行った。最初は主として東京シネマ及びヨネ・プロダクションが製作した作品を中心にデジタル復元したが、諸種の情報をもとに直接または間接的に他の製作会社とも交涉し、作品の提供をお願いしてきた。提供された作品はフィルムの種類、劣化度、製作年、内容、損傷の程度等を考慮し、デジタル化の可能性とデジタル化のレベル、標準 (SD)かハイビジョン (HD)かを決め、著作権者と正式な契約書を交わしている。 ## 2.2 フィルム素材のデジタル復元 フィルム素材のデジタル復元は、高度な技術を要するため、私たちは「株式会社東京光音」にその業務を委託てきた[2]。古いフィルム素材は同社が開発した特殊な機器によって機械的に修復したのち、素材の目壊れや変形を専門スタッフの手作業による修復を行った。その後、フィルムは Cintel 社の Millennium II を用いてデジタル復元した。さらに、取り残したゴミや污れを機械的に一コマ、一コマ除去・修復、最後に色彩・濃度補正を行ってやっとデジタル復元の完了である。 ## 2.3 デジタル復元映像の Web による公開 デジタル復元した映像は (Microsoft Windows Server 2008 R2)に格納した。 そのサーバーはハードデイスク容量 $2 \mathrm{~TB}$ (RAID1)、メモリ 8GB、回線容量 写真 1. $35 \mathrm{~mm}$ ネガフィルムからHD 復元した「生命誕生」のワンカット 表 $1 . \mathrm{NPO}$ 法人科学映像館公開映画 $100 \mathrm{Mbps}$ 帯域保証である。映像データ格納時、作品提供者の言葉とご寄付いただいた方への感謝を巻頭に付し、さらに盗作防止のため著作権者名と科学映像館を画面に添付した。 公開形式は Microsoft Silverlight html5 video タグで配信は SD では画面サイズ: $640 \times 480$ ピクセル、ビットレート: 1 Mbps、HD では画面サイズ: $1280 \times 720$ ピクセル、ビットレート:3Mbps である。 2012 年 4 月から携帯・スマ小などでの視聴も可能にした[3]。 ## 2. 4 配信作品資料を Web サイトに記載と 教育映画の英語版制作 当法人は創設以来、毎週少なくとも一作品を「NPO 法人科学映像館を支える会」の Webサイト「科学映像館」[4] により無料公開してきた。その際、単なる映像公開だけではなく、精度の高いメタデータ(製作者、企画者、製作年度、尺寸、作品概要、指導者、協力者、受賞歴およびスタッフ)をWeb サイトに掲載した。 2016 年末から、教育映画英語版の制作を始めた。まず「作品一日本語版」から日本語のテキストを作成し、Google の翻訳サイ卜を用いて英語に翻訳、その後地元中学校の外国人を含む英語担当者の協力により修正を行ったのち、英語テキストを読み上げソフトに乗せて音声に変え、動画編集ソフトを用いて日本語に当たる部分を英語に置き換えた。背景音が使用可能部分は新たなに作曲した音楽に置き換えた。 ## 2.5 著作権者の許諾を得た作品を You Tube で公開 2016 年10月から、著作権者の許可が得られた作品を You Tube でメアデータを付記して公開した。現在の公開映画は600 作品である。 ## 3. 結果 ## 3.1 公開映画数及び閲覧状況 2007 年 5 月 1 日に $35 \mathrm{~mm}$ ネガフィルムから HD デジタル複元した「生命誕生」(写真1)を公開して以来、2017 年5月9日現在、公開映画は 860 作品である(表 1 )。発足時は、生命科学作品を中心に配信してきたが、提供される作品に限度もあり、 その後徐々にジャンルを広げた。科学映像館で公開した作品は450万回以上再生され、多くの方に閲覧された。 You Tube 公開作品は540万回以上再生され、視聴された。「東日本打震災巨大津波」は約50万回再生され、高い評価を受けた。10万回以上再生された映画は 10 作品にも及び、またチャネル登録者が 11,000 人以上となっている。 ## 3.2 配信映画の活用実績 当館公開映画は小中学校、高校、大学・大学院の教材として活用されてきた。その他、学会、研究会、映画祭と博物館の企画にDVD を提供。2018 年度中学校社会の電子教科書に 2 作品を提供、さらに 2019 年度高校化学電子教科書に 1 作品が使用される予定である。 また当館は日本で初めてデジタル化した 313作品とともにそのメタデータを国立国会図書館に納品して国立国会デジタルコレクションに登録し、これらの作品は館内閲覧とデータベース検索が可能になった。さらに当館の配信映画は iTunseU でも利用可能にした。 ## 4. 考察 4. 1 映像素材と資料の発掘-収集の壁 ## 4.1. 1 映像素材と資料の管理 アナログ時記録映画を製作した会はすでに閉鎖または営業停止し、住所すら不明のことも多く、映像素材と資料に関する情報が至って少なく、記録映画の発掘・収集の大きな障害になっている。当館発足当初は一 表 2. 科学映像館活用実績 & \\ 作、一作の掘り起こしの毎日であった。またフィルムが恒温・恒湿下の好条件で保管されているケースは稀で、高温・多湿の日本でフィルは退色、劣化し、いい状態の素材は意外と少なかった。さらに簡易ビデオ化でマスターフィルムが廃棄されていたことも多々あった。 ## 4. 1.2 著作権に関して 著作権法では、映画の著作権は特例を除けば製作会社に帰属すると記されている。 しかし製作会社、企画会社や博物館から著作権を理由に作品の提供が断わられることも少なくなかった。 ある博物館では $16 \mathrm{~mm}$ で撮影した 60 点の映像素材が無編集で放置されているが、著作権および肖像権を理由に、提供されることもなかった。 ## 4.3 運営費についての課題 $35 \mathrm{~mm}$ ネガフィルムのデジタル復元には SD15分で約10万円、HD はその2倍とも言われている。私たちはこれまで個人の寄付と企業の協賛および助成金によってまかなってきた。しかし映画は文化財ではなく、助成金にフィルムのデジタル複製と保存を応募できる項目がないため、助成金の応募にも限度があった。 ## 5. おわりに $「 \mathrm{NPO}$ 法人科学映像館支える会」は発足以来 870 作品を配信L、YouTube の公開を加えると1000万回近く閲覧され、教育研修用途をはじめ、メディア向け映像にも活用されてきた。「科学映像館」はインターネット映像アーカイブといら評価も得ている。しかしながら、単一の NPO 法人の活動では予算や情報収集など運用面において貴重な映画の発掘・収集、保管などに限度があることは否めない。そこで今後、然るべき行政機関により組織的かつ効果的に保管、共有化される機構が確立され、これらを通じて貴重な映像が未来遺産として後世に送り届けられる日が来ることを強く期待するものである。 ## 6. 参考資料 [1] 佐藤忠雄編著. シリーズ日本のドキュメンタリー5 資料編. 岩波書店, 2010 [2] 株式会社東京光音/http://koon.co.jp [3] 株式会社メディアイメージ. http://www.mi-j.com [4]科学映像館. http://www.kagakueizo.org この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# हっर } \author{ 井上 透 Toru INouk } デジタルアーカイブ学会第 1 回研究大会実行委員長 日本の目指す知識基盤社会を支えるのはデジタル アーカイブといっても過言ではない。デジタルアーカ イブの活用は、初期の文化遺産を中心とした展示や ウェブ公開など提示中心から、いかに社会の全領域で 知的生産やナレッジマネジメントに活用できるイン ターフェイス、横断的ネットワークなどの環境を確保 するかの段階には入ったといえる。 しかし、Europeana(ユーロピアーナ)は、5000万件以上の画像やサウンドデータが 2 次利用可能なクリ エイティブコモンズ $\mathrm{CC0}$ (パブリックドメイン ) で提供し、同様にDPLA(米国デジタル公共図書館)、 Google Cultural Institute は膨大なデータを提供してい る。自然科学では、生物多様性情報機構 GBIF(Biodiversity Information Facility) が 7 億件以上の世界中の生物所在情報(日本からは約 250 万件)を分散型データベースの連携により提供するなど、欧米に比較して日本では基盤整備が遅れている。 デジタルアーカイブ学会が、関係する博物館・図書館・文書館の実務者, 大学や研究機関の研究者, 企業 アーカイブの担当者, 関係企業の開発者などにより、東京大学情報学環を事務局として 2017 年 4 月 15 日に 設立総会が開催され 5 月にスタートしたことは、国内 のデジタルアーカイブ振興にとって重要な意義を持つ と言える。学会は、国内のデジタルアーカイブに関わる関係者 の経験と技術を交流・共有し、その一層の発展を目指 し、人材の育成、技術研究の促進、メタデータを含む 標準化に取り組むことや、国と自治体、市民、企業の 連携、オープンサイエンスの基盤となる公共的デジタ ルアーカイブの構築、地域のデジタルアーカイブ構築 を支援し、これらの諸方策の根幹をなすデジタル知識基盤社会の法制度がいかにあるべきかについても検討 を行い、デジタルアーカイブ振興基本法など政策提言 を積極的に行うことなどが視野に入っている。 デジタルアーカイブ学会と岐阜女子大学は、デジタ ルアーカイブ振興を図るため、第 1 回研究大会を岐阜 で開催し、基調講演、パネルディスカッション、3分野でのセッションにより現状の課題、解決策を明らか にするとともに、研究者だけでなく博物館、図書館、文書館、国、自治体、企業の実務担当者を繋ぐネット ワーク形成を図る契機とした。 第 1 回研究大会の開催にあたって、開学 50 周年記念事業として会場を提供し多大な人的支援をいただい た岐阜女子大学関係者の皆様、学会設立から3月とい う短期間にご準備をいただいた学会関係者の皆様、学会設立後の短い時間で口頭発表の準備をしていただ た学会員の皆様に深く感謝する。
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# [A03] 災いのオーラル$\cdot$ランドスケープ ○渡邊英徳 ${ }^{11}$ 首都大学東京 ${ }^{11}$ 〒191-0065 東京都日野市旭が丘 6-6 E-mail:[email protected] ## Disaster Oral Landscape WATANAVE Hidenori ${ }^{1)}$ Tokyo Metropolitan University ${ }^{1)}$ 6-6 Asahigaoka, Hino-shi, Tokyo, 191-0065 Japan ## 【発表概要】 筆者らはこれまでに「㰪シマ・アーカイブ」をはじめとする,戦災・災害のデジタルアーカイブを制作してきた。これらの事例では, 多元的なデータが一元化され, VR/AR 空間にマッシュアップされている.この表現手法によって,過去のできごとがランドスケープに重ねあわされ,身の周りに着地するようになる。これを「多元的デジタルアーカイブズ」と呼ぶ. さらに広島においては,市民が参画するボトムアップの運動体が生まれ,資料を収集し,アーカイブを利活用する営みが進行している。これを「記憶のコミュニティ」と呼ぶ.これらが組み合わさることで,災いの記憶を未来につたえる「オーラル・ランドスケープ」が形成されている. 本発表では, 筆者らのコンテンツのデモンストレーションを通して,「オーラル・ランドスケープ」のありようについて述べる. ## 1. はじめに 図 1 ヒロシマ・アーカイブ 本稿では,人々のボトムアップな営みが収集するオーラル・ヒストリーと, デジタルア一スがもたらすトップダウンの視野をつなぎ,記憶を未来につたえる「オーラル・ランドスケープ」について説明する。 筆者らはこれまでに「ヒロシマ・アーカイ (図 1)」をはじめとする,戦災・災害をテーマとしたデジタルアーカイブを制作してきた. これらのアーカイブでは,オーラル・ ヒストリーをはじめとする, 多元的なデータ が一元化され, 仮想現実 (VR) ・拡張現実 (AR)空間にマッシュアップされている.この手法により,過去のできごとがランドスケ一プに重ねあわされ,人々の身の周りに着地する.これを「多元的デジタルアーカイブズ」と呼ぶ. 加えて, アーカイブの対象地である広島においては, 被爆者と地元の若者たちを中心としたボトムアップの運動体が形成され,アー カイブを育み,被爆の記憶をオーラル・ヒストリーとして継承する営みが進行している。 これを「記憶のコミュニティ」と呼ぶ. 過去のできごとの実相を伝えるためには, できるかぎり多面的な資料を網羅する必要があり, 後世に遺していくためには, 資料が持つ価值をアピールし, 社会の裡に, 継承へのモティベーションを形成することが求められる.この要件を充たすコンセプトが「多元的デジタルアーカイブズ」と「記憶のコミュニティ」である. これらが組み合わさることにより,ボトムアップな営みが収集するオーラル・ヒストリ一と, デジタルアースがもたらすトップダウンの視野が接続され,災いの記憶を未来につたえる「オーラル・ランドスケープ」が形成されている。本稿ではそのありようについて説明する. ## 2.「多元的デジタルアーカイブズ」 散在する多元的な資料を一元化し,VR $\mathrm{AR}$ 空間にマッシュアップすることで,過去の災害にまつわる複雑な実相を,実感を持つて伝えることができる.このコンセプトが 「多元的デジタルアーカイブズ」であり,「オーラル・ランドスケープ」を構成する要素の一つである. 例えば,広島原爆に関する資料群はさまざまな場所に個別に保管されており,内部を横断的に閲覧・検索する手段はない。これはいわば,多数の「樹」がばらばらに生えているようなイメージであり, 各々の樹や, 茂る 「葉」=資料どうしのつながりは把握しにくい状況にある。それに対して「ヒロシマ・ア一カイブ」においては, すべての資料がデジタルアースの VR 空間にまとめられている (図 2).このことによって,「全体の概要」と「個別の資料どうしの位置関係」をランドスケープに重数、いちどきに把握することができる. ユーザは,スクロールとズームイン・アウ卜を用いて「VR 空間に再現されたヒロシマ」を探索しながら,個々の資料にアプロー チしていく.こうした空間移動・場所移動をともなうユーザ体験は,資料の「文脈」と 「つながり」を顕在化する,加えて,異なる時代の資料を重放あわせ,現代に生きる我々との位置づけを示すことで,できごとの「実感」が強められる。 例えば,1945 年の広島市街地図に記された 「Girls' High School」(現:広島女学院中学高等学校)の場所にズームインすると, 多数の証言がひとところに集まっている(図 3)。 そして,そこに表示されているのは,すべて女性の顔写真である。これらのことから「女学校で女生徒たちがいちどきに被爆した」という文脈と,それぞれの資料のつながりが表現される。続いて,被爆直後の航空写真と現在の空中写真を切り替える(図 4,5)と,焼け野原の「ヒロシマ」と復興を遂げた「広島」が,同じ視野のなかで重放合わされる。 このデザインによって,遠い過去のできごとと, ユーザの身の周りのランドスケープとのつながりが表現され, 実感が強まる. さらにこれらの資料が,スマートフォンのカメラを通した AR 空間に表示されることによって,実感がさらに強められる。 図 2 全資料が一括表示された状態 図 3 多数の女性の証言 図 4 被爆直後の空中写真との重層表示 図 5 現在の空中写真との重層表示 図 6 広島女学院周辺の $\mathrm{AR}$ ビュー 例えば,図 3 5 と同じ場所でアプリの $\mathrm{AR}$ ビューを起動すると, 広島女学院周辺の風景に,被爆者の証言が重ね合わされて表示される(図 6). 現在の広島女学院は, 幹線道路に面しており,背後に高層ビルが立ち並んでいる。この風景には, 原爆投下直後のようすを偲ばせる要素は見当たらない. AR ビュー に浮かぶ被爆者の顔写真と証言は, 風景を補完し, かつてこの場所で起きたことをユーザに伝え,過去を辿るための糸口となる。 ここまでに説明したように,「ヒロシマ・ アーカイブ」では, 多元的な資料の文脈とつながりが,デジタルアースのランドスケープに重なり合い,実感をもって表現されている。 さらにそれらの資料は, $\mathrm{AR}$ 機能によって,実空間のランドスケープにふたたび着地し,身の周りに浮かぶ.こうしたインターフェイスは,過去につながる窓としての機能を果たしている. この「多元的デジタルアーカイブズ」は, 「オーラル・ランドスケープ」を構成するテクノロジー要素である. ## 3.「記憶のコミュニティ」 前章では「多元的デジタルアーカイブズ」 の技術的なメリットについて説明した。しかし,できごとの「実相」を後年に伝えていくためには,異なる方面からのアプローチも必要になる. どの技術にも寿命がある。「ヒロシマ・ア一カイブ」等に用いているデジタルアースの技術も,将来において使い続けられるという保証はない。技術の寿命を越えて記憶を遺していくためには, その記憶を「自らのことば」で語り継ぎ,ミッションを後世に伝える人々が必要となるだろう. そうした人々が存在していれば,時代とともに技術が移り変わったとしても,記憶は継承されていくはずである。 「ヒロシマ・アーカイブ」の制作において,筆者らは広島女学院高等学校の生徒たちと協力関係を築くことができた。彼女たちはこれまでに, 被爆者の証言の収録活動を担当し,約 40 名にインタビューを行ってきた. 若者たちのインタビューに応えて, これまで被爆を「他言したことがなかった」被爆者からも,次々と新たなオーラル・ヒストリーとしての証言が得られた。こうした資料は,ヒロシマの「実相」をかたちづくる,貴重なパズルのピースである. アーカイブの制作者として, 主体的に被爆者の話を聞くことによって,証言についての記憶が,若者たちの中に,より強く刻まれる。若者たちは, 自らがつくったアーカイブを使いこなしながら,ヒロシマの記憶を語るようになるだろう。こうして「作り手」は「語り部」となっていくはずである. このように広島では, 被爆者と地元の若者たちを中心とした運動体が形成され,オーラル・ヒストリーを収集し, 戦災の記憶を継承する活動が進行している。筆者らはこれを 「記憶のコミュニティ」と呼んでいる。 前章で説明した「多元的デジタルアーカイブズ」は,「記憶のコミュニティ」の営みに裏付けされている。 そして「記憶のコミュニティ」は,「多元的デジタルアーカイブズ」 を成長させようとする,人々の意思によって駆動されている。これらは補完的にはたらきながら,記憶を未来に継承している。 この「記憶のコミュニティ」は,「オーラル・ランドスケープ」を構成するコミュニテイ要素である。ボトムアップの営みにより収集されるオーラル・ヒストリーが,「多元的デジタルアーカイブズ」によってトップダウンの視野とつながり,災いの記憶を未来につたえる「オーラル・ランドスケープ」が形成されている. ## 4.「記憶のコミュニティ」の進化 2011 年の「ヒロシマ・アーカイブ」公開後, コンテンツ作成スキルを持たない広島の高校生たちは被爆者インタビューを担当し,それらをマッピングする工程は大学院生たちが担ってきた. 最終成果物に直接コミットできないため, 高校生たちの当事者意識が薄れるという懸念があった。 しかし「ヒロシマ・アーカイブ」は, HTML, JavaScript などのオープンな技術で構築されている。そしてこれらの技術は,高校生にも十分に習得可能なものである. 技術を身に付けることができれば,高校生たちが直接, マッピング工程に携わることが可能になり, 彼女たちの当事者意識と一体感を高めることができるだろう。 図 7 被爆者と大学院生・高校生の共同作業 図 8 高校生と大学生がデザインしたワークブック そこで筆者らは,高校生たちが技術を学ぶワークショップを, 2014 年に実施した. 会場において高校生たちは,大学院生の指導を受けつつ,被爆者とともに,被爆地点の推定とマッピング作業を行なっていた(図 7).これは,当事者・記録者・技術者が一体となって活動する, 進化した「記憶のコミュニテイ」といえる. さらに 2016 年からは, 生徒・学生主体の 「ヒロシマ・アーカイブ」利活用ワークショップもスタートした。このワークショップでは,アーカイブを平和学習の現場において活用する企画を高校生たちが発案し,メンター 役の大学院生たちの指導のもと「ワークブック」(図 8)としてまとめている。このワー クブックは,「ヒロシマ・アーカイブ」を用いたフィールドワークを,事前学習から振り返りまでナビゲートするしおりであり, 実際の修学旅行において利用されはじめている. このように「記憶のコミュニティ」のネットワークは,時代にあわせて成長している。 さらに筆者らは,デジタルアースのプラットフォームを,企業プロダクトである 「Google Earth」からオープンソース・ソフトウェア(OSS)の「Cesium」に移行した. 「Cesium」の開発には,技術者たちが自由にコミットし,日々,機能向上が図られている。 OSS に移行したことによって,独立性が高まるとともに,開発者コミュニティの恩恵を受けることができるようになった. 「オーラル・ランドスケープ」は,オープンソースのデジタルアース技術と, 市民によるボトムアップの営みが絡み合うことによって,進化し続けているのだ。 ## 5. おわりに 本稿では,「多元的デジタルアーカイブズ」と「記憶のコミュニティ」で構成される 「オーラル・ランドスケープ」のあり方について述べた。これらの取り組みは, 災いの記憶の価值を人々にアピールし, 利活用と参画のモティベーションを社会の裡に生み出している。今後も,戦災・災害をはじめとするさまざまな題材に取り組みながら,手法の確度を高めていきたいと考えている. ## 参考文献 [1] 湯崎稔 : 広島における被爆の実相(核兵器禁止と歴史学--国連軍縮特別総会にむけて<特集>), 歴史評論, Vol.336, pp.12-28(1978). [2] 今村文彦, 柴山明寛, 佐藤翔輔 : 東日本大震災記録のアーカイブの現状と課題, 情報の科学と技術, Vol.64, No.9, pp. 338-342 (2014) [3] 放送大学情報化社会研究会震災報道検証プロジェクト:原発事故を米軍"準機関紙"はどう伝えたか:Stars and Stripes 紙の報道内容分析から, 情報の科学と技術, 情報化社会・メディア研究, Vol.9, pp.1-26 (2012). この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4. 0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0 /)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [A02] 近年の震災アーカイブの変遷と今後の自然災害アー カイブのあり方について ○柴山明宽 ${ }^{1)}$, 北村美和子2),ボレー・セバスチャン ${ }^{1)}$ ,今村文彦 ${ }^{1)}$ 東北大学災害科学国際研究所 ${ }^{1)}$, 東北大学工学研究科都市$\cdot$建築学専攻 ${ }^{2)}$ 于980-0845 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉 468-1 E-mail: [email protected] ## Transition of earthquake disaster archive and future natural disaster archive SHIBAYAMA Akihiro ${ }^{1)}$, KITAMURA Miwako ${ }^{2}$, SEBASTIEN Penmellen Boret ${ }^{11}$, FUMIHIKO Imamura ${ }^{1)}$ International Research Institute of Disaster Science of Tohoku University 1), Department of Architecture and Building Science, Graduate School of Engineering, Tohoku University 2) Aramaki Aza-Aoba 468-1, Aoba-ku, Sendai 980-0845 JAPAN ## 【発表概要】 2011 年東日本大震災以降, 自治体や教育機関, 図書館, 民間団体などで数多くの震災アーカイブの構築されてきた。また, 2016 年熊本地震においても熊本県が震災アーカイブの構築された. 今後, 様々な自然災害の教訓を残寸べく自然災害のアーカイブの構築がなされていくのは必然である。しかしながら, 災害アーカイブの歴史は短く, 震災アーカイブの総務省ガイドラインや岩手県ガイドラインがあるものの,収集する記録の種類や構築ルール,利活用方法などが確立していないのが現状である。そこで,本報告では,近年の震災アーカイブの変遷と特徴をまとめるとともに,自然災害アーカイブのあり方についてまとめる。 ## 1. はじめに 2011 年 3 月 11 日 14 時 46 分に東日本大震災が発生し, 死者 19,533 人, 行方不明者 2,585 人にもおよぶ多大なる犠牲と地震動と津波による甚大な被害をもたらした 1).また,直接被害だけでは無く, 間接的な被害は日本全域に影響し,さらに海外まで影響を及ぼした.この未曾有の大災害を二度と繰り返さないためにも様々な教訓を後世まで残し, 今後の防災・減災に繋げて行く必要性がある。 そのため, 震災直後から自然発生的に震災ア一カイブの気運が高まり, 様々な機関で震災デジタルアーカイブの構築の動きが見られた。 さらに, 2011 年 5 月 10 日東日本大震災復興構想会議において復興構想 7 原則の提言が発表され,その原則 1 には,「大震災の記録を永遠に残し, 広く学術関係者により科学的に分析し,その教訓を次世代に伝承し,国内外に発信する」2) との提言が発信され,震災デジタルアーカイブの構築の動きがさらに加速した. 本研究では, 東日本大震災で様々な機関が構築した震災デジタルアーカイブの事例の変遷についてまとめ, 震災デジタルアーカイブの構成要素を明らかにするとともに,今後の自然災害のデジタルアーカイブのあり方について,報告を行う。 ## 2. 震災ア一カイブの変遷と種類 ## 2.1 震災デジタルアーカイブの変遷 東日本大震災が発生してからの震災デジタルアーカイブの変遷と 2017 年 5 月末現在の震災デジタルアーカイブの公開点数を表 1 に示す.表に示した震災アーカイブ団体は,東日本大震災の震災アーカイブの全てではなく,一部の団体のみである. 東日本大震災が発生してから防災関係機関や新聞メディアから被害情報や被害写真がウェブ上に公開された。震災から 1 ヶ月後には, Yahoo! Japan による「東日本大震災写真保存プロジェクト」が立ち上がり,一般市民からの写真の募集が開始され, 2011 年 6 月からウェブ上で公開が行われた. 同月, Google において,震災直後から震災前後の衛星写真の公開を始め,「未来へのキオク」を開始し,一 般市民からの写真等の公開が始まった.被災地の仙台市の中心に位置するせんだいメディアテークでは,「3 がつ 11 にちをわすれないためにセンター」が立ち上がり,震災記録の収集や映像編集の支援などが開始した。震災から半年後には, 著者らが中心となって立ち上げた東北大学アーカイブプロジェクト「みちのく震録伝」が開始した。 表 1 震災アーカイブの変遷と公開占数 & 64,993 \\ $※ 1$ ひなぎくでの検索点数 $※ 2$ 東日本大震災関連の点数のみ 震災から 1 年が経過し, メディア関係で初 めて日本放送協会「NHK 東日本大震災ア一カイブス」で証言記録が公開され,その半年後に FNN が「3.11 忘れない FNN 東日本大震災アーカイブ〜」が公開した. ハーバード大学エドウィン・O・ライシャワー日本研究所では, 2012 年 3 月に「2011 年東日本大震災デジタルアーカイブ」の公開がなされた (その後, 日本災害 DIGITAL ア一カイブに名称を変更,以下,JDA). 2012 年 9 月からは, 総務省の「東日本大震災アーカイブ」基盤構築プロジェクト ${ }^{3}$ が開始し,5つの実証実験が行われ,「あおもりデジタルアーカイブシステム (その後, 青森震災アーカイブと統合) 」, 「陸前高田震災アーカイブ NAVI(その後, 国立国会図書館に移管) 」, 東北大学「みちのく震録伝検索システム」,河北新報社「河北新報震災アーカイブ」, 「東日本大震災アーカイブ Fukusima」が 2013 年 3 月に公開された。総務省プロジェクトでは,自治体の協力で震災記録の収集等がなされているが,運営自体は大学等で行われていた。そのため, 自治体独自で震災アーカイブの構築と運用はこの頃はされていない. また, 同プロジェクトで国立国会図書館東日本大震災アーカイブ「愛称:ひなぎく」(以下, ひなぎく) が公開し, 国内で初めて横断的検索が開始された。 自治体が主体となって震災アーカイブを構築し, ウェブ上で公開されたのは, 2014 年 3 月に宮城県多賀城市「たがじょう見聞憶」が最初となる。ただし,2012 年 12 月に仙台市「フォトアーカイブ東日本大震災一仙台復興のキセキ」や 2013 年 3 月から東松島市「ICT 地域の絆保存プロジェクト」なども, いち早く震災記録を 2015 年 3 月ウェブ公開がなされているが,データベース化まではされていなかった(東松島市は,その後データベース化された). 総務省「被災地域情報化推進事業(情報通信技術利活用事業費補助金)」4)を利用して, 2014 年 4 月に「青森震災アーカイブ」(八戸市,三沢市,おいらせ町,階上町の青森県 4 市町村合同で構築), 2015 年 3 月に久慈・野田・普代震災アーカイブ(久慈市,野田村,普代村の岩手県 3 市町村合同で構築),2015 年 4 月に福島県郡山市「郡山震災アーカイブ」, 2015 年 6 月には, 宮城県下の 35 市町村の 「東日本大震災アーカイブ宮城(以下,アー カイブ宮城)」, 2015 年 7 月に千葉県浦安市「浦安震災アーカイブ」を公開した. 岩手県は,他の自治体アーカイブの構築とは異なり,実際の震災アーカイブ構築前に収集内容や整理方法, 活用方法についての内容を精査するために有識者委員会を開き,「震災津波関連資料の収集・活用等に係るガイドライン」5)を 2016 年 4 月に策定した. その後, 2017 年 3 月に「いわて震災津波アーカイブ〜希望〜 (以下,岩手アーカイブ)」が公開された. このように, 企業やメディア, 研究機関が震災直後から震災アーカイブの構築を始めているのに対して, 自治体は, 震災から 2 年後から着手を始めている。また,「たがじょう見聞憶」や「青森震災アーカイブ」は,他の自治体に比べて震災アーカイブの構築の開始が早かった。この理由としては,いくつかあり, その中でも特に被災者の生活再建を優先し,震災復興の目処が立つことなどが要因と考えられ,アーカイブ構築への着手を被災者から理解を得るのが難しかったからと言える. 2017 年 5 月末現在の公開点数として, 最も多いのは, 岩手アーカイブで 23 万点となる.続いて, アーカイブ宮城で, 22 万点となる. この 2 つに共通しているのは, 県でのアーカイブであることと, 県内の市町村の震災記録を収集している点である。ただし,アーカイブ宮城では,非公開データを含めると 40 万点を超え, 現在, 公開されているデータ以外に数多くの震災記録が存在する。 ## 2.2 震災デジタルアーカイブの種類 前述で震災デジタルアーカイブの変遷を示したが,震災デジタルアーカイブには,様々な種類が存在する。本項では, 震災デジタルアーカイブの種類について説明する. 震災デジタルアーカイブには, 2 つの種類が存在し,一つは,自らコンテンツを収集するコンテンツフォルダ型と, もう一つは, コンテンツフォルダを横断的に検索する横断検索型の 2 つがある. 東日本大震災の震災デジタルアーカイブの団体は,ほとんど,コンテンツフォルダ型に属する。横断検索型は, 国立国会図書館のひなぎくやハーバード大学 JDA が存在する. また, 横断検索型には, 数多くのコンテンツを保有しているが,一部分のコンテンツフォルダと結ぶ, 部分的な横断検索型が存在する。これは, アーカイブ宮城やみちのく震録伝, 日本原子力研究開発機構 (FNAA)などである. コンテンツフォルダ型にも 3 つの種類が存在し, (1)コンテンツの収集のみ団体, (2)コンテンツ収集から自前のウェブサイト公開をしている団体,(3ココンテシ収集から自前のウエブサイトと横断検索型と接続可能な API を提供している団体,に分けられる。 (1)に関しては,市町村が独自にウェブサイトを構築せず,県のアーカイブサイトに載せるなどで行っている. (3)に関しては,ひなぎく連携を行っている団体が当てはまる. ## 3. 自治体の震災アーカイブの比較 東日本大震災で甚大な被害を受けた青森震災アーカイブ(以下,青森)及び,いわて震災津波アーカイブ(以下,岩手),東日本大震災アーカイブ宮城(以下,宮城)の 3 県について比較を行った。福島県については,郡山震災アーカイブがあるが,郡山と浜通りの一部のみのアーカイブのため除外した. 図 1 に各県で公開されている資料種別の割合を示す. すべての県において,写真の占める割合が高く約 8 割である. 文章については,宮城県が最も多く 2 割程度であった. 動画・音声などは, どの県も数\%であった. 表 2 に各自治体の資料がどの時期の資料なのかを震災当日から 2015 年 3 月までを集計したものを示す. 全体的に震災直後から資料が満遍なく収集ができているものの, 岩手県の被害程度と比べて少なくなっている. 理由としてはいくつか考えられるが,3 県の中で最も遅く資料収集を行っており, それが一つの原因と考えられる。また, 1 年間の収集数から全体の収集総数の割合としては,青森 $77 \%$, 岩手 $42 \%$, 宮城 $74 \%$ となっている.これも同様な理由と考えられる。しかしながら,青森,宮城に関しては,2013 年以降の復興の記録が少なくなる傾向となり,岩手については,前年と変わらない資料収集ができている。震災アーカイブの構築が終了してからの資料収集の継続ができていないことがわかる. 図 1 各自治体の資料種類別割合 表 2 各自治体の資料の時系列比較 表 3 に岩手及び宮城の市町村別の資料総数を示す. 自ら市町村が提供している資料総数には, 市町村の規模や被害程度にあまり相関は見られない。大槌町の 1 つのみというのは, 2017 年度に町独自の新たな震災アーカイブが構築されるため,少なくなっている。自らの市町村の資料総数と他の機関からの提供元を合わせた場合,資料数が少ない市町村を補っていることがわかる.さらに,被災程度が大きい場所の補う割合が高いことがわかる. ## 4. おわりに 本稿で震災アーカイブの変遷と特徴を明らかにした。今後,起こるであろう自然災害に対しては, 市町村だけの資料収集では限界があり,他機関が連携して収集を行うことが需要である.表 3 市町村別の資料総数 ## 謝辞 本梗概を作成するに当たり,様々な震災アーカイブを参考にさせていただいた。ここに感謝の意を表す。 ## 参考文献 [1]総務省消防庁. 平成 23 年(2011 年)東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)について(155 報)201 7.3 [2]内閣官房. 2011 年 5 月 10 日東日本大震災復興構想会議. http://www.cas.go.jp/jp/fukkou/. (閲覧 201 7/5/31). [3] 総務省.「東日本大震災アーカイブ」基盤構築プロジェクト. http://www.soumu.go.jp/menu_seisaku/ict seisaku/ictriyou/02ryutsu02_03000092.html (閲覧 2017/5/31). [4]総務省「被災地域情報化推進事業(情報通信技術利活用事業費補助金)」. http://www.soumu.go.jp/shi nsai/ict_fukkou_shien.html. (閲覧 2017/5/31). [5]岩手県. 震災津波関連資料の収集・活用等に係る力゙ イドライン. http://www.pref.iwate.jp/fukkoukeikaku/383 98/044702.html. (閲覧 2017/5/31). この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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Japan Society for Digital Archive
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# なぜ、デジタルアーカイブなのか?知識循環型社会の歴史意識 ## 2017年7月22日第1回研究大会(岐阜女子大学)講演 \author{ 吉見俊哉 \\ Yoshimi Shunya \\ 東京大学情報学環教授 } 本日は、「なぜ、デジタルアーカイブなのか?知識循環型社会の歴史意識」というタイトルで基調講演をさせていただきます。デジタルアーカイブの概念、目的、未来について私なりの考えを、ここにお集まりのみなさまにお聞きいただきたいと思います。 世の中には、「デジタルアーカイブの『デジタル』 のほうはわかるけど、『アーカイブ』とはそもそも何なの?」という疑問を持持ちの方も多いのではないかと思います。 ですので、私の話、1つ目には、「アーカイブ」とは何かという話。つまり、アーカイブの概念を定義していこうと思います。2つ目には、アーカイブに関係の深い 2 つの組織があります。1つは文書館、もう 1 つは図書館です。アーカイブと文書館と図書館の関係がどうなっているのかを説明します。それからもう 1 つ、アーカイブとデータサイエンス、AIだとかビッグデータだとかビジュアライゼーションとかいろい万な話が、最近いっぱい出ていますが、そこの関係について少し考えてみたい。これが3つ目の話です。そして、これを歴史的に大きく広げますけれども、印刷革命、 16 世紀の印刷革命と 21 世紀のデジタル革命、この関係について4番目に解説します。最後に、アーカイブ立国宣言と NDA、ナショナルデジタルアーカイブの設立に向けてという話をさせていただきたいと思います。 ## 1. アーカイブとは何か まず、最初の話です。アーカイブとは何か、という定義にかかわることですね。 困ったときは、まずは手軽にウイキペディアです。 そこで、ウィキぺディアの日本語版を調べてみます。日本語版ウイキペディアで「アーカイブ」を引くと、「アーカイブとは、重要記録を保存・活用し、未来に伝達することをいう。日本では一般的に書庫や保存記録と訳されることが多いが、元来は公記録保管所、または公文書の保存所、履歴などを意味し、記録を保存しておく場所である」と、間違ってはいませんが、説明は 3 行ぐらいで終わります。 ## アーカイブとは何か ? : 日本と世界 ## ウィキペディア (日本語版)の答え: アーカイブとは、重要記録を保存$\cdot$活用し、未来に伝達することをいう。日本では一般的に書庫や保存記録と訳されることが多いが、元来は公記録保管所、または公文書の保存所、履歴などを意味し、記録を保存しておく場所である。 Wikipedia (英語版) の答え: An archive is an accumulation of historical records or the physical place they are located. Archives contain primary source documents that have accumulated over the course of an individual or organization's lifetime, and are kept to show the function of that person or organization. Professional archivists and historians generally understand archives to be records that have been naturally and necessarily generated as a product of regular legal, commercial, administrative, or social activities. They have been metaphorically defined as "the secretions of an organism", and are distinguished from documents that have been consciously written or created to communicate a particular message to posterity. In general, archives consist of records that have been selected for permanent or long-term preservation on grounds of their enduring cultural, historical, or evidentiary value. Archival records are normally unpublished and almost always unique, unlike books or magazines for which many identical copies exist. This means that archives are quite distinct from libraries with regard to their functions and organization, although archival collections can often be found within library buildings. A person who works in archives is called an archivist. The study and practice library buildings. A person who works in archives is called an archivist. The study and practice of organizing, preserving, and providing access to information and materials in archives is of organizing, preserving, and provid called archival science. ...... (中略).... スライド1 アーカイブとは何か? : 日本と世界 ところが、ウィキペディアを引くときは、英語版を引くことが肝要ですね。ちょっと英語は苦手だよという人も、英語の練習にもなりますから、頑張って引いてください。英語版で「アーカイブ」を引くと、これだけ出てきますね。まだまだ延々と続くのですよ。 これ、今は読もうとは思いませんが、とにかくどのくらい情報量が違うかを見ていただきたいのです。英語版はすごく情報量が豊富でかなり役に立ちます。 ざっと訳してみました。 アーカイブというのは、基本的には歴史的な記録の集積である。そして、それは個人や組織がその生涯や存続期間を通じて生み出した一時的な記録の総体であって、その中には意識や公認されないものも含む。 だからアーカイブには、いわゆる怪文書も含まれます。 図書館が複製された資料というか、大量複製された本の集積であるのに対して、どちらかというと唯一性を持つ大量複製されない資料が中心である。 その次が大切ですね。語源、英語のウイキペデイアには語源についての説明がついていることがあります。Archive の語源はギリシャ語の arkheion となっていますが、ランダムハウス英和大辞典などを引くと、 archive の語源は、arkheion の複数形である arkheia となっています。ウィキペディアには arkheia の文字がないのですが、いずれにしてもこの arkheion ということばが重要です。なぜならば、アルコンというふうにギリシヤ語でいうと、ポリス、その最高権力者、だから、arkheionというのは、このポリス、都市国家の最高権力者の館、住まい、住所、それを指すということです。つまり権力の中心の場所が Archive だということなのです。 これ、「ええつ」と思うかもしれないですけれども、 とても重要なことで、つまり古代国家や古代社会を考えてみたときに、過去の伝説までを含めてその国を構成しているメンバーの記録を持っている(少なくともそう信じられている)ということは、国家をコントロールする権力を持っているということです。しかも、日本書紀と数々の歴史書を考えてみると、歴史を編纂するというのは、まさに権力者が自己を正統化する行為となるのです。 そこで、もう少しこの権力とアーカイブの関係についての認識を深めるために、今度は哲学者に聞いてみましょう。アーカイブを論じる哲学者はいろいろいますが、皆さん、名前ぐらいは聞いたことがあると思うのですけれども、ジャック・デリダというフランスの哲学者がいますね。ジャック・デリダには、日本語でも翻訳のある『アーカイブの病』という本がありますけれども、その中で彼はアーカイブを論じています。 デリダは、「アーカイブ」の概念が内包する Arkhē というその語についてこんなふうに言っています。そ ## アーカイブを哲学的に定義する ## ジャック・デリダ(『アーカイブの病「法政大学出版局、2010年):「Aekhé というその語は、始まりと掟を同時に名指す.......この名は外見上二つの原理をまと め上け゚ている。一つは、自然あるいは歴史に従う原理で、物事が蛞まるところである。しか しそれはまた、法に従う原理であり、人々と神が支配するところ、権威が、社会秩序が行使される場であって、この場所においてそこから秩序が与えられる法規範的原理である」 〈掟〉としてのアーカイブ【統治】 (アルコンの場=記録の管理) 〈始まり〉としてのアーカイブ【生成】 (フロイト的〈夢〉語りの場) れは、「始まりと掟を同時に名指す。この名は、外見上二つの原理をまとめ上げている。一つは、自然あるいは歴史に従う原理で、物事が始まるところである。 しかしそれはまた、法に従う原理であり、人々と神々が支配するところ、権威が、社会秩序が行使される場であって、この場所においてそこから秩序が与えられる法規範論的原理である」。 難しいですね。今、みなさんは「もういいよ。吉見の話は聞きたくないよ」と思われているかもしれないのですけれども、ざっくり言うと $2 \supset の$ 原理がある。 1 つは掟、もう1つは始まり。わかりやすく言えば、 1つは法に従うといいますか、アルコンの記録の管理、 つまり上からの「統治」という意味が含まれる。もう 1つは、始まりとしてのアーカイブ。つまり統治というよりも「生成」です。ここでデリダはフロイトの議論とも結びつけて、眠りのなかの無意識の状態から夢が生まれてくるプロセスをアーカイブに関連づけて論じています。 つまり、アーカイブという言葉の中には、公的な記録という次元と、それから集合的な無意識までも含んだ人間の無意識というか、人々の振る舞いであったり、 ちょっとした語りであったり、そういう層がずっと息づいている。アーカイブには、この 2 つ異なる面の両方が多層的に層をなしているということです。 では、このような両面性をもったアーカイブに相当する日本語は何でしょうか? 一般的には、アーカイブと文書館は、非常に関係があると考えられています。 しかし、今、ご説明してきたことを踏まえるならば、 アーカイブ・イコール・文書館かというと、ちょっと待ってくれよという話になりますね。文書館は、一般的には行政文書の保存と公開とか、紙で書き残された文書、そういうものを記録しておく機関を指します。文書館は、間違いなくアーカイブの一種なのですが、 アーカイブは常に文書館かというと、実はそうではないのです。 なぜならば、アーカイブという言葉の中には、今、申し上げたように、掟とか法とか統治という意味と、 もう一方では、始まり、物がいろいろ湧き上がってくる場所という、両方の意味が含まれているからです。 まず明らかなのは、過去の記録は単に紙で残されているものだけではありません。文書館という意味でのアーカイブの下の層を掘っていくと、ここでは「記録庫」としましたが、書かれて残されたもの以外に、録音とか写真とか映像とか電子データとか、そういうものまで全部を含めた記録の集積という意味でのアーカイブの層があります。 さらに、もっと掘っていくと「記憶の場所」たと えば戦災の記憶、虐殺の記憶、大災害の記憶というように、さまざまな人々の記憶というものが集積している場所があり、その記憶がオーラルヒストリーや写真、文学によって語り継がれていくことがある。このような記憶の場所も、アーカイブに入ってきます。そして、 さらにその深層には、まとまった意味をなさないような語りや身ぶり、言葉と物が重なりあい、ぶつかりあう集合的無意識の次元、ミッシェル・フーコーが「へテロトピー」と呼んだ次元があって、これまで含めたアーカイブを考えなくてはいけないことは、やはり哲学者のジョルジョ・アガンベンが論じているのですが、これは先ほどのデリダに輪をかけて難しくなりますね。 とにかく、まずここでみなさんと確認しておきたいことは、文書館という公的な記録を残していく機関も、 もち万んアーカイブなのですけれども、しかし、それだけではなくて、映像的ないし電子的な記録のすべて、 さらに語り継がれる記憶の数々、そして非常に多様な人々の振る舞いとか、それから人々の語りの重なりとか、そういう全てがアーカイブ概念には含まれている。 この言葉には、そのようなコンセプチュアルな深さがあるということです。アーカイブ学は、そういう概念の深度全体をアーカイブの諸層として扱わなければならないのです。 スライド3 アーカイブは日本語になるか? : 概念の4層 ## 2. アーカイブに関わる機関 歴史的には、アーカイブの発展は、文書館系列と図書館系列の2つで並行して進んできました。今、詳しく歴史的展開をご説明する時間はありませんが、図書館と文書館は、16 世紀に印刷革命、つまり15 世紀半ばにグーテンベルクが活版印刷術を発明し、やがて多種類の本が大量に出版されていく。それまで一つ一つ手書きで写していたものが、何千部、何万部と出版されていくようになる革命的変化のなかで、それぞれ分岐していきます。 印刷革命の結果、手書きの文書と印刷物の区別が発生します。その後、多種の印刷本を集める貴族のコレクションが生まれ、やがてそれが図書館に発展し、その図書館が公開され、そして公共図書館がコミュニティに広がっていく図書館の歴史が一方にある。 他方では、そうした印刷本の世界の外側に書かれた文書の世界が残されました。特にフランス革命の後、 それまでの貴族や教会の財産を処分し、彼らの過去を 「アンシャンレジーム」化する文字通り「掟=統治のアーカイブ」として国立公文書館が発達します。もうちょっと穏やかな言い方をすれば、公文書というものをちゃんと記録しておかないと、国家の歴史が記録できないということで、フランス革命以降、共和国フランスで国立公文書館が大発展します。やがて 20 世紀に入ると、今度はニューデイール政策を進めるために、国家機構の文書管理が非常に重要になってきて、アメリカで公文書館が大発展していきます。 つまり文書館と図書館という 2 つのアーカイブ施設が、印刷革命の後、そして近代国民国家の歴史を通じ、分離しながら発展していくのです。しかし、ここで重要なのは、このような歴史的発展の先で、21世紀、 デジタル技術が入ってくることによって、このような図書館と文書館の分離が難しくなってきていることです。いわばデジタルショックといいますか、紙資料のときには、一方には印刷された本を集める図書館、他方には手書きの文書を集める文書館と分離がはっきりしていたのですけれども、デジタル技術が入ると、この境界線が曖昧になってくるのです。そうすると文書館は公的記録のアーカイブだよね、図書館は書かれた作品のアーカイブだよね、だけど、デジタルデータだと全部包摂できる。だから、デジタルアーカイブは、電子図書館でも電子文書館でもあるという話になってきます。 今、図書館と文書館の話をしました。それ以外にもミュージアム、つまり博物館とか美術館があります。美術館は作品、芸術作品ですね。博物館はさまざまな分野の資料・標本を収蔵して展示する。でも、これらも全部がデジタル化できるとなると、このさまざまな記録や記憶の場所が、デジタル技術を通してすべて統合されていく可能性が出てくるのです。 さらに、これまでは図書館にも文書館にも博物館にも美術館にも収容できなかったものまで、全部デジタル化、記憶し続けることが可能になってきます。例えば、写真とか映画とか録音テープとか脚本とか設計図とか楽譜とかプログラムとか、全部記憶する。すべての形態の資料を記憶できてしまう社会では、当然なが 結果の保存からプロセスの保存へ (アーカイブ化する図書館、美術館、博物館) 制作プロセス (脚本、設計図、証言、写真、DNA ……) これまでの文書館デジタルアーカイブ社会すべてを記憶する社会 スライド4 結果の保存からプロセスの保存へ (アーカイブ化する図書館、美術館、博物館) ら、これまでのアーカイブに対する図書館情報学的な考えも、文書館学的な考えも、根本から変わってこざるを得ないのです。 特に重要なことは、今までは本にしても文書にしても、一応完成されたもの、つまり結果を集めるのが原則でした。文書館の場合、ちょっと違う面もありますが、それでも基本は決済を経た公文書の保存で、途中段階の資料は第一義的ではなかった。美術館が収蔵するのは完成した美術作品が基本で、博物館ももう変化を終えた過去の標本が基本です。つまり、作品とか決裁文書とか、すでに出来上がったものを集積してきた。 それが、デジタルアーカイブが広がってくることによって、結果だけではなくて、プロセス、つまり単にテレビ番組だけを集めるだけではなくて、その途中で使われた脚本を集めようとか、関連する絵コンテとか没になった映像とかまで集めようとか、建築だったら設計図を集めようとか、結果だけではなく途中段階の資料が収集されていく。つまり、プロセス全体が記憶可能になってくるのです。 では、これまで記録も記憶もできなかったことも含め、生成のプロセス全体をアーカイブ化できるようになってくることは、一体、私たちの社会にとってどういう意味があるのでしょうか。最初にデリダが提起したアーカイブの両面、つまりアーカイブが統治の記録というだけでなく、真に生成を記憶する場にもなることが、デジタル化のなかで本当に可能になっていったときに、アーカイブと社会の関傒はいかにあるべきかという問いが出てくるわけです。 これに関しては、元国立公文書館の館長でいらっしゃった高山正也さんが、なかなか説得的な論文を書いております。高山先生の議論に少し寄りますけれども、彼の議論の中では「暗黙知」と「形式知」をつなぐことが、アーカイブの役割だと述べています。文書館について言っているのですけれども、同じことは図書館にも当てはまるはずです。 どういうことかというと、私たちの社会は、日タ、実にさまざまな活動をしています。それは個人的な実践もあれば、組織的な活動もあります。でも、それらの大半は、一般に暗黙知と呼ばれるレべルの営みです。 つまり、言葉にならないし、文書にも残らない活動が多いのです。でも、その活動の結果は、さまざまに本に出たり、文書に残ったりするわけです。 そういうものを、言語化し記録として集め、場合によってはオーラルヒストリー、聞き書きとか、さまざまな活動の記録、ビラや日記とかも集め、集積することによって形式知、いわゆる言葉や文書、記録に転化させる。私たちは、このように形として残る知を通じ、自分たちが何となくしてきたことの意味を知る。言葉になったり記録になったりすることを通じ、自己が認識され、意識化される。ですから、もう 1 回それを実践的な活動に戻していく、形式知を暗黙知に循環させてやることが可能になります。この循環的なプロセスがアーカイブの活動としてあるのではないか。高山先生は、この暗黙知と形式知の創発的な循環が可能であり、これがアーカイブなのではないかとの主張をされています。私はこの考え方に賛成です。 ## 暗黙知/形式知の創発循環としてのアーカイブ図書館 高山正也「日本における文書の保存と管理』『環』15号、2008年所収 スライド5 暗黙知/形式知の創発循環としてのアーカイブ ## 3. データサイエンスとアーカイブ 以上が文書館と図書館、それにアーカイブの関係ですが、今日、デジタルアーカイブを位置づけるときに重要なもう 1 つの動きとしてデータサイエンスがあります。世の中では、ビッグデータ、AI、ロボット、 IoT、テレビをつけると何か毎日のように言っている。実際に経産省とか政府レベルの驚くような額の予算がそっちに流れている。このデータサイエンスとアーカイブの関係はどうなのかということを、ここで考えておく必要があります。 先ほど申し上げたように、文書館や図書館の歴史と いうのは、近代国民国家の発展と深く関わっており、文書館とかアーカイブというのは、つまり国家や行政がやってきたことをちゃんと記録で残してもらって、 しかも何年か後、ある一定期間後に公開してもらうことによって、行政や国がやることを、国民が、あるいは市民がチェックする。つまり、市民社会の側から国家の側に矢印が出ていることになり、この矢印は情報公開とも関係がありますね。つまり国家や行政を、個人や社会の側が監視し、チェックしていくのがアーカイブです。 ところが今、データサイエンスで起きていることは何かというと、私たちの DNA や健康状態、人生の履歴に関するすべての情報が産業のために集積されます。それを全部データ化して、そのビッグデータを解析することで産業や国が社会全体を観測していくことができるのです。ここでは、国産業が私たち全体を見る監視するベクトルとなっている。 スライド6デジタルデータの爆発とデータサイエンス 僕はよくアマゾンで買い物をよくしますが、そうするとアマゾンはしばしば私に吉見俊哉の本を推薦してきます。びっくりしますね。僕は吉見俊哉の本を絶対にアマゾンでは買いませんね。それでもしょっちゅう私に私の本を推薦してくるのは、AIが私の買う傾向を全部調べて、なぜこの人は吉見俊哉の本を買わないのだと不思議に思っている。だからこいつにこの著者の本を勧めれば興味を持つに違いないと、アマゾンの AI は考えるわけです。これはアルゴリズムに基づくデー タサイエンスなのですが、購買行動の巨大なデータを分析していくと、私が何を次にしそうだとか、私についてのいろい万な予測ができるようになっている。 でも、これがなぜ可能になっているのかというと、 さまざまな日常生活の中のデータというものが、ある種、抽象的な連続的なデータ空間の中にマイニングされるというか、抽象化されることで連続的なデータと なり、その抽象化されたデータの中で個人の行動が統計的に予測できるようになっているのです。つまり、仮定的な連続性、デー夕空間における連続性がバー チャルに構成されて、統計的な分析が高度にできるようになっているのだと思います。 でも、ここで強調したいのは、私たちが生きている社会それ自体は、必ずしも連続的で予測可能なデータ空間ではない点です。私たちが生きる実際の社会の諸記録は、実は本当に矛盾だらけです。ちょっと興味を引いてもらうために、この下の図を想像してください。 スライド 7 社会/歴史の抽象としてのデータ空間 記録群 $\mathrm{A}$ は文部科学省、記録群 $\mathrm{B}$ は内閣府、この れから、こっちは愛媛の何とか学園の学部計画。この人は大阪の人で、首相に騙されたと怒っている。それで、これは工事が中断したこの人の何とか学園。この各所に残っている記録、記憶は矛盾たらけです。一体何が本当なのか。日々新聞各紙が報道してきましたが、 それらの報道も矛盾だらけです。たぶん、誰かは確信犯的に嘘をついているのですが、本当に自分の記憶が定かでない人もいる。文字通り、芥川龍之介の『僌の中』の世界で、私たちの歴史的状況を取り巻いているのは、こういう非連続で矛盾だらけの記録や記憶なのです。ここではむしろ視点を逆転させて、この非連続、矛盾にこそ意味があると考えるべきです。 このように、私たちが生きている社会は矛盾に満ちているというか、断続的というか、非連続的で、この非連続で矛盾したデー夕相互の関係こそが、実は問題だと思うのです。だとすると、連続的なデータ空間において予測可能なる世界が一方にありますが、他方には、そのようにデータサイエンス的に予測可能になる世界の下部に、矛盾や非連続性の意味を考える世界というのが存在します。そして、アーカイブというのは、 このような矛盾、相互に矛盾した無数の記録を、抽象 化することなくそのまま残していく。残して、そのデータとデータ、あるいは記録と記録の関係全体を私たちが考えていく場をつくろうとしているわけです。 ## 4. 長期の歴史的な視点 さて、このようなデジタルアーカイブをもう少し大きな歷史の中に位置づけてみたいと思います。これが 4番目の話です。先ほどちょっと言いかけました、文書館と図書館が分離していく、その原点、そして私たちの近代世界が立ち上がってくる原点は、やはり 15 世紀末から 16 世紀にかけて起こった革命的な出来事です。2つ重要なことがこの時期に起こりました。1 つは大航海時代、つまりグローバル化の原点です。もう 1つ、15世紀後半から16世紀にかけて起こった根本的に重要な出来事は、グーテンベルクという人が発明した活版印刷術。この活版印刷が私たちの世界の情報のあり方を決定的に変えます。 なぜならば、それまで本は一つ一つ手書きで写していた。活版印刷が発明されたことによって、全く同じ知識が何千何万、何十万というふうに複製可能になったわけです。そのことによって15世紀末、あるいは 16 世紀に私たちの知識とか情報へのアクセスビリティが決定的に変わります。そして、ここでは説明は省きますが、こうした中で近代の科学革命とか、国語の発生とか、それからいろい万なことが起こっていくわけです。 その後の歴史は、16 世紀以降、ずっとある意味で連続的です。なぜならば、そこからマスメデイアの時代が始まるからです。16世紀から出版産業が持続的に読者層を広げました。本がどんどんアクセシブルといいますか。手元に届きやすくなり、安くなっていきます。19世紀以降は、それに加えて新聞産業が発展し、新聞もみんなが読むようになってきます。さらに、20 世紀には放送産業が出てくる。そうすることによって何が起こってくるかというと、私たちの情報環境というのはマスメディア社会になっていった。 ところが 20 世紀末から 21 世紀にかけてインター ネットが発達することでネット社会が出現した。もうテレビの時代ではない、出版の時代でもない、新聞の時代でもない。むしろ出版も新聞もテレビもマスコミは、みんなネットの拡大によって困っている。みんなスマホで、SNSで大体情報を得られるという時代に、私たちは生きているのです。そして、多く言われるのは、私たちは全ての人が発信者になれるようになっている。1990 年代から 2000 年代にかけては、そのネットの社会に対して非常にポジティブなイメージが描かれていました。 ところが 2010 年代、ここ数年の現象を見てみると、 こういう問いが発せられます。つまり、確かにマスメディア社会は、ネット社会、誰もが発信者になれる社会に変容しつつある。でも、私たちは賢くなっているのだ万うか。ポスト・トルースとかトランプ大統領とか、昨年のことを見れば明らかなように、私たちはどうも賢くなっていない。これだけネットが発達して、 これだけ情報が自由にやりとりされるようになり、誰もが発信者になれるようになっているにもかかわらず、どうも私たちは賢くなっているような気がしない。 むしろ、情報が溢れるネット社会のなかで私たちの知性は劣化している。何が問題なのかということです。 やっぱり巨人の肩に乗ること、過去の歴史の蓄積の上に乗ってこそ未来が開かれるのです。フローでぐるぐる回っている情報は、流れていくだけで深まらない。 その中にいかに過去を循環させる仕組みを内挿していくかということ。これがとても大切なのだと思います。 巨人の肩に乗る:未来は過去のなかに社会の記憶化 (忘れない社会) デジタルアーカイブにおける記録の再構造化 スライド8 巨人の肩に乗る:未来は過去のなかに社会の記憶化 (忘れない社会) デジタルアーカイブにおける記録の再構造化 ## ここで、デジタルアーカイブが出てくるのですけれ ども、つまり社会がデジタル技術によって「忘れない」 ことが可能になったときに、このデジタルアーカイブ における記録の再構造化が具体的に課題となる。記録 を残していく。それを未来につないでいく方法が、例 えば 1 年、 3 年単位で、 5 年、 15 年、 25 年単位、長期的な単位で必要になってくると思います。 私は「トランプの嘘八百主義」と呼んでいますが、 フローだけの世界で、しかも支持者の間にフィルター バブルを構築できれば、指導者があまりにも嘘をたくさん言っていくと、みんながもう何が何だかわからなくなっちゃう。「お前は嘘つきだ」と罵っている本人が一番嘘つきで、その自覚すら本人はないかもしれない。あまりにも嘘だらけなので、人々は嘘か本当か区別ができなくなってしまうのです。それで、実際にア メリカの歴史、世界の歴史が変わってしまった。こう いうことがもうこれ以上、起こらないようにするためには、やはり巨人の肩にちゃんと乗って、未来が過去のかなたに描かれる仕組みが必要なのだと思います。 つまり、一方で第一の情報爆発があった。それは印刷革命、つまり 16 世紀以降、大量の複製が可能になることによって、マスメディア社会ができ、それはそれで私たちは、情報へのアクセスビリティというものを拡大させたわけです。その中で図書館だとか博物館とか美術館が発達し、だんだん公開化が進んだわけです。でも、確かに 21 世紀初頭、第二の情報爆発を私たちが今経験している。デジタル革命という形で経験している。 そのとき、インターネットを媒介した情報のフロー 化だけでは不十分なのではないか。ネットワーキングとか集合知とか横で、デジタルアーカイブのような長期的に情報、知識を記録していく仕組みが必要なのだということです。つまり、未来に向けて何が必要かといえば、集合知、つまりフローで流れていくネットワーキングの集合知と、記録知、つまりアーカイビングの軸、これが両方が組み合わされることで初めて新しい知が生み出されると思うわけです。ネットワーキングということの中に、ウィキペディアとかグーグルとかいろい万入りますけれども、アーカイビングに関しては、もともと図書館とか博物館とか美術館の仕事であったのが、新たなデジタルアーカイブということに展開していくと考えます。 ## 集合知と記録知を統合させる知識循環 スライド9集合知と記録知を統合させる知識循環 ## 5. アーカイブ立国宣言とナショナルデジタル アーカイブの設立に向けて さて、そろそろ時間が迫ってきていますね。実はここ数年、このデジタルアーカイブ学会に集まられている方々などと共に、アーカイブサミットを開催してまいりました。今、私たちのデジタルアーカイブにとっ て何が問題なのかを明らかにし、それを政策的に解決していくために、何が必要なのかを議論してきたわけです。今年もこの9月に京都でこのアーカイブサミッ卜を開催しますのでぜひおいでください。そのサミットで明らかになってきたこと、議論されてきたことを最後に少しご紹介して、私の基調講演の結びにしていきたいと思います。 知識基盤社会から、日本はかなり遠い、ヨーロッパではヨーロピアーナ、アメリカでは DPLA とかいろい万な動きがある。それにアジアでもいろい万な動きがある中で、日本は立ち遅れているという危機意識、それがこのアーカイブサミットにつながっています。 スライド10 アーカイブサミット開催と日本の課題 その中で出てきた問題として、1つは、ガラパゴス問題。日本はヨーロピアーナ、DPLA、アメリカの動き、あるいはそういうものに大分遅れて、ガラパゴス化している。それからバラバラ問題。それぞれの図書館とか博物館・美術館、文書館とかがそれぞれ頑張って、それぞれやっているのだけれども、標準化がされていないし、それぞれの組織がばらばらに、縦割りで記録を一生懸命保存していて、なかなか統合化されない。それから、宝の持ち腐れ問題。一体、どこに何があるのか。それが、誰がどうデジタル化できるのかという全体像が見渡せていない。それから最後、食べていけない問題。つまりそういうことをしていくために人材が必要です。アーカイブ専門職という人々がきちんと成立する必要がある。しかし、なかなかそういう人たちのキャリアパス、ちゃんと食べていけるというキャリアが見えてこない。これらの問題をどうやって解決していくことができるだ万うかということを考えてきました。 成果として、このアーカイブサミットの中で、アー カイブ立国宣言を出させていただきました。アーカイブ立国宣言というのは、この現状、いろいろな問題が ある現状を変えていくときに、この4つぐらいのことがまず必要だということです。それは何かというと、 まず、国立デジタルアーカイブセンターをつくる。2 つ目、デジタルアーカイブを支える人材をきちんと育成する。そのための社会的なインフラを整える。それから3つ目、文化資源デジタルアーカイブをオープンデータ化する。それから抜本的な孤览作品対策、 Orphan の作品の対策をする。この 4 つのことをアー カイブサミットの中でお話をしてきたわけです。 そのためには3つ解決すべき具体的な問題があって、人の問題、つまりキャリアパスだとかトレーニングだとか、そういう問題と法律の問題、それからお金の問題、予算の問題、こういう問題を具体的に解決していくのが一人一人の努力だけではできない部分があって、こういう学会をつくって、組織的に働きかけを行っていきましょうというお話をしています。 何を、アーカイブサミットで宣言したのか? スライド11 何を、アーカイブサミットで宣言したのか? 具体的に、このデジタルアーカイブ学会を含めて、 どういう動きを私たちが今しているかということなのですが、4つの動きを同時並行的に進めています。 右下の「デジタルアーカイブ学会」はまさにこの場 ## デジタルアーカイブ立国のための体制整備 スライド12 デジタルアーカイブ立国のための体制整備 ですが、それと並行して「デジタルアーカイブ研究機関連絡会」という、さまざまな図書館とか文書館とか、 いろいろなそういうアーカイブ関連の組織の方々に集まっていただいて、定期的にお互いに情報共有する場をつくっています。それからもう1つ、これは産学連携ですけれども、産業界との連携で「デジタルアーカイブ推進コンソーシアム (DAPCON)」というものが形成されています。これはアーカイブ関連のいろい万な産業の方々と、それから大学等の研究者が連携しながらビジネスモデルをつくっていく。どういうビジネスモデルをつくっていくことができるかを検討します。 そしてもう一つが、これは国会のほうで「デジタルアーカイブ推進議員連盟」というのをつくっていただいて、こちらで何とかアーカイブ推進基本法のような、基本法といいますか、法律をつくってもらうという動きをしています。法律の制定の動きと、それから産学連携の動きと、研究機関連携の動きと、まさに一人一人が集まる学会の動き、この4つをうまくつないでいくことによって、先ほど出ていた問題だらけの日本の現状を少し打開する可能性があるのではないかと考えているわけでございます。その先には何があるかというと、ある種の日本版国立デジタルアーカイブセンターのような拠点をつくる必要があるのだと思います。 日本版国立デジタルアーカイブセンターの設立 $ \text { スライド13日本版国立デジタルアーカイブセンターの設立 } $ デジタルアーカイブというのは、さまざまな記録知とか記憶知、文書も入りますけれども、文書だけではない、記録や記憶が集積している場所です。その中には、証言とかネット情報とか写真とか映像とか地図とか設計図とか脚本とか録音とかノートとか、いろい万なものが入ってくる。これを集積していく仕組みをつくっていくためには、実際、私たちが何を持っているのかという資源調查も必要ですし、法律を整備する必要もありますし、人材を育成する必要もありますし、 そういうものをまとめていく何らかの拠点組織が必要 です。 では一体、どこがその拠点になれるのかというと、既に日本にあるアーカイブ関連の主要な拠点というのは、ナショナルなレベルでは 2 つです。1つは国立公文書館、もう1つは国立国会図書館です。この2つ、規模を比較してみると唖然とするのですけれども、国立国会図書館は 1948 年、占領下で設置されています。職員数は数年前、2006 年の記録で、今、もうちょっといるのかもしれませんが 920 人。それから年間予算 228 億円というところで、年間利用者数が約 63 万人です。一方国立公文書館は、1971 年設置で、2006 年当時の職員数が 44 人、つらいですね、これ。それで年間予算 19 億円、年間利用者数が 2 万 9,420 人。ちなみに、アメリカの公文書館は職員数が 2,500 人、ドイツの公文書館は職員数が 800 人です。フランスの公文書館は職員数が 400 人です。日本は 44 人。これが日本の現状なのです。 そうすると、なかなか公文書館の分館として、ナショナルデジタルアーカイブをつくるというのは現実的ではない。そうすると、もう1つの国立国会図書館、 これをどう展開するかということ、これは私の私見ですけれども、これを考える必要がある。 では、国立国会図書館とは何か、この原点にさかのぼる必要があります。私たちの学会とも関わりの深い記録映画保存センターで代表になっていただいている映画監督の羽仁進さんのお父様は羽仁五郎さん、彼が戦後間もないころに参議院議員になられ、この図書館部会の委員長をされています。重要なことは何かというと、国立国会図書館は、単に本をたくさん集めましょう、大きな図書館をつくりましょうということだけでできたわけではありません。 ## 国立国会図書館とアーカイブの戦後的原点 ## 羽仁進監督 (記録映画保存プロジェクト代表): 「父の羽仁五郎は敗戦を留置所でむかえましたが、1947年に参議院議員に当選しました。……父がほくに秘書をやってくれといいました。父五郎の属している会派は12、3人の小さいものでした。そこで父は図書館運営委員長を割り当てられ大不満だった上うです。……当時、参議院には図書館という名のものがありましたが、とても小さな図書室で㗇つぶしにも誰も入らないところでした。……はがよく図書館耐営委員会の規約を読んでみると、終りのところに一行、「国立国会図書館の設立を目指す」とあったんですよ。英国$\cdot$米国では国立国会図書館というのは大設備で、重要きわまりない所なのです。父にこの事を説明したら、父はすぐ判つて、これは大仕事だと云って、設立される時の為に館長に著名な哲学者、中井正一氏を候補にあげ、占領軍司令部に提出したところ、度、司令部にもアメリ力本国から設立準備が命令されており、一挙に騒ぎが始まりました。父は大車輪で働き、今日、図書館の総元締めとなる国立国会図書館が出来たわけです」 統治情報の集約と国民による統治の検証 〉 政策決定のための事実情報の提供と調査各省と司法に支部図書館を設置し、あらゆる文書-資料を管理し、公開の道筋をつける スライド14国立国会図書館とアーカイブの戦後的原点 国立国会図書館の果たすべき役割とは、1つは国会議員が政策決定をしていくために、その情報を収集し、事実情報を提供し調査していく。これが今も国立国会図書館の機能として、十分機能しています。もう 1 つは何かというと、今は形だけですが、各省庁と裁判所というか司法に支部図書館を設置し、あらゆる文書・資料を管理し、公開の道筋をつけるという、これは、公文書館に近い役割ですね。つまり、国が何をやっているのか。裁判所が何をやっているのか。省庁が何をやっているのかという記録を集積して、それを公開していく役割です。 つまり、最初のアルコンというか、arkheion という話をしましたけれども、そういうふうな文書の場という役割を、国立国会図書館は担うべきものとされていた。これは今では形骸化していますけれども、国立国会図書館は公的な文書館的な機能を、最初はセットされていたのだと思います。国立公文書館は、そういう国立国会図書館がやり切孔なかった部分を担うために 1970 年代につくられますけれども、まだなかなか弱体と言わざるを得ない。 しかしながら、世の中はどんどん進んでいってデジタルアーカイブ、つまり新しいデータサイエンスと、 それから新しいデジタル技術をつなぐような形のデジタルアーカイブの必要性が求められている状態になってきます。国立のナショナルデジタルアーカイブセンターというものをつくっていくと考えると、それを国立の組織としてゼロからつくるのは大変です。既存の組織から枝葉を伸げすような形でつくっていく。日本の中でそれをできるだけのキャパがある組織はどこがあるかと考えると、結局、国立国会図書館しかないのです。 国立国会図書館は、もともとはアーカイブ的な機能を内包していた。したがって、それをグローバルなデジタル知識基盤社会に対応させて発展させていく。それを拠点化し、国立公文書館とも連携していく形をつくることによって、今ここで起こっているいろい万なものをつないでいくことができるようになるというの ## 国立デジタルアーカイブセンターの構想 (個人的イメージ) 国立デジタルアー カイブセンター スライド15 国立デジタルアーカイブセンターの構想(個人的イメージ) が、私の見通しでございます。 今、申し上げましたように、そのためにこの学会も大切だし、それから産学連携の仕組みも大切だし、研究機関が、あるいはアーカイブ機関が連携していくことも大切だし、新しい法律をつくっていくということも大切ですけれども、そういうものをつなぐ最終的な場というのがやはり要るだろうということが、大きな見通しでございます。 ## おわりに きょうは、幾つかの括をさせていただきました。 まず、デジタルアーカイブのアーカイブとは何かということです。アーカイブという言葉の中には、もち万ん文書館という言葉が入るのですけれども、文書館だけではない。さまざまな記録とか記憶とか、 そういうものを集積していく場で、その中には統治的な権力の館的な意味も入るし、そうではないグラスルーツ的なさまざまな記録、記憶、そういうものが生じて、そういうものが湧き起こってくるという場も含まれる。その縦軸を持っているということ。 これが 1 番目の話です。 それから、2番目の抒話として、今度はデータサイエンスということと AI だとかビッグデータとアーカ イブの関係。しかしながら、デジタルアーカイブということを考えるときには、単に抽象化されたデータ空間で未来を予測しましょうということではなくて、むしろ私たちの身の回りにあるさまざまな記憶やデー夕というのは矛盾を含んでいる、龟裂とか断裂とか含んでいる。そういう矛盾とか龟裂とか断裂の中に、私たちは本来、歷史の中から未来を考えるというか、私たちが記憶とか記録とか歴史とか、私たちが既に受け継いでいる、現在というものから未来を考える、そういうふうな可能性をデジタルアーカイブは含んでいる。 そして3番目に、もう少し大きな歴史を広げて、印刷革命のころから考えてみると、マスメディア社会が終わりつつある。つまりマスメディアからネット社会に大きく変容しつつあるのだけれども、でもこのままじゃ賢くならないということです。賢くなるためには、 やはり記録との関係、過去との対話、横の友達同士での対話だけではだめで、やはり過去の先人たちとの対話が絶対に必要たよということが、3番目の私の話たっったと思います。 そして最後に、そのための拠点とか仕組みをつくつていくには、一体どうしたらいいかという私案を、お話をさせていただきました。ご清聴どうもありがとうございました。
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Japan Society for Digital Archive
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# [D14] デジタルアーカイブの構成要素分析と評価の意義: ## 持続可能性の観点から ○金甫榮 1) 3),高田百合奈 2),山口温大 3),濱津すみれ 3),曹好 3),渡邊英徳 3) 1) 公益財団法人溙沢栄一記念財団,〒114-0024 東京都北区西ヶ原 2-16-1 2) 青山学院大学, 3) 東京大学 E-mail:[email protected] ## Implications of Content Elements Analysis and Evaluation of Digital Archives: ## From the Perspective of Sustainability KIM Boyoungi) 3), TAKATA Yurina ${ }^{2)}$, YAMAGUCHI Atsuhiro3), HAMATSU Sumire, CAO $\mathrm{Ha}^{3}$ ), WATANAVE Hidenoris ${ }^{3}$ 1) Shibusawa Eiichi Memorial Foundation, ${ }^{2)}$ Aoyama Gakuin University, ${ }^{3)}$ The University of Tokyo ## 【発表概要】 関東大震災時の企業の被災状況を伝えるデジタルアーカイブ「企業資料から読み解く関東大震災」は、震災の記録を通じて過去の出来事を学び、その経験を現在の防災意識の向上に繋げることを目的として制作された。本研究では、同コンテンツを長期的に運営する上で検討すべき点を把握すべく、その構成要素を分析・評価した。その結果、コンテンツの構成要素を分析・評価することが、1)コンテンツの独創性の把握、2)各構成要素の維持管理に対する責任所在の確認 3 )コンテンツ運営におけるリスクの把握に有効であり、コンテンツの持続可能性の向上に寄与することがわかった。 ## 1. はじめに 2023 年は関東大震災から 100 年目にあたる。日本各地で防災意識を高めるための展示やイベントなどが開催されている。国立科学博物館でも関東大震災 100 年企画展「震災からのあゆみ一未来へつなげる科学技術一」(2023 年 9 月 1 日 11月 26 日)[1]が開催中である。「企業資料で読み解く関東大震災」(以下、「企業震災」と呼ぶ)[2]は、この展示の一環として、国立科学博物館・東京大学大学院渡邊英徳研究室 - 渋沢栄一記念財団が、共同制作した。その背景には、歴史的な出来事を伝えるだけではなく、その経験を現在の防災意識の向上に繋げる狙いがある。 デジタルアーカイブの制作においては、制作の目的に沿った機能を備えることと、それを長期的に運営することが求められる。そこで、本研究では、「企業震災」を通してコンテンツの長期的な運営において検討すべき点を把握すべく、コンテンツの構成要素を分析・評価し、その結果が持続可能性の向上にもたらす効果を検討した。本発表では、その分析・評価の方法と結果について報告する。 ## 2. コンテンツ概要 「企業震災」の制作目的は、関東大震災の経験を伝えて、それを現在の防災に対する意識向上に活かすことである。そのため、制作においては、歴史上の出来事を単なる過去の記録としてではなく、現在の出来事のように体験することが目指された。 その内容は、企業をテーマにしており、地震発生からその後の火災と避難の様子、企業の被災状況、復興への取り組み、について物語形式で伝えている。 制作ツールには、GIS プラットフォームである「ArcGIS Online」や、GIS データをインポートまたはエクスポートできる「Google Earth Pro」、地図にテキストや画象などを組み合わせてウェブサイトを作成できる 「ArcGIS StoryMaps」などが活用されている。これらのツールは、プログラミング技術がなくてもコンテンツの制作が可能である特徵を持つ。さらに、震災の記録を現在の $3 \mathrm{D}$地図上に再現し、没入感を作り出すことで、自分ごと化が図られている[3]。 図 1 は、当時の東京に設置されていた 15 区と地震直後の火元を、現在の東京にマッピングした例である。図 2 は、被災者の一人であった渋沢栄一の避難経路を、延焼の様子を可視化した地図上に表した例である。火災を避けるため、迁回しながら避難した当時の緊迫した状況が伺える。図 3 は、被災した企業の建物や工場を、現在の東京にマッピングした例である。当時の被災した企業の様子と、現在の様子を比較することができる。これらの可視化は、震災の記録を現在の東京に重ね合わせることで、震災を今起きているまたは将来起こりうることとして、自分ごと化する効果がある。 図 1. 火元(右)を現在の地図上(左)にマッピング 図 2. 延焼の状況と避難経路を可視化 図 3. 企業の被災記録を現在の地図にマッピング ## 3. 構成要素の分析 ここでは、「企業震災」の構成要素を、概念レベルで分析し、その大枠を把握する。図 4 の右にある「「企業資料から読み解く関東大震災」コンテンツ領域」の中にある太字が、構成要素を示す。全部で 3 つあり、その詳細を下記する。 (1)「選別資料」: 会社史の被災記録や、写真、手記、古地図、電報など、「企業震災」の内容を構成する引用または複製資料(関連するデータベースやデジタルアーカイブを含む) (2)「会社名の変遷」: 100 年前の企業に関する情報を提供する「渋沢栄一関連会社名・団体名変遷図」[4]へのリンク (コンテンツの内容そのものではないが、コンテンツを理解する上で必要となる情報) (3)「地理情報システム」: 震災記録を現在の地図にマッピングするために用いたツールおよびそれによる可視化情報 ## 4. 評価 分析した「企業震災」の構成要素を、制作目的に沿って評価する。前述の通り「企業震災」の制作目的は 2 つある。 1 つは関東大震災の経験を伝えることであり、もう1つは、 その経験を現在の出来事のように体験させることである。 コンテンツの要素を評価する前に、各要素の前提となる文脈を分析する。関東大震災の経験を伝えることは、記録に基づいた信頼できる情報を伝えることである。信頼できる情報には、いつ、だれが/何が、どこで、どうしたか、という基本情報に加えて、それが起きた時代や社会、文化、組織などに関連する文脈情報がある[5]。これを図 4 で文脈 1 とした。資料保存機関では、残された記録を可能な限り当時の文脈を維持できるように整理する。例として、出所や原秩序を尊重するアー カイブズ資料の整理原則が挙げられる。資料の整理過程で残される文脈を図 4 で文脈 2 と した。さらに、利用者はこれらの記録が可視化された情報を、現在の文脈で体験するため、図 4 で示すように、文脈 3 の中でコンテンツを利用することになる。このように、「企業震災」の制作と利用の背景には異なる文脈が存在していることを前提にして、構成要素の役割を評価する。 「選別資料」は、関東大震災時の基本情報を伝える根拠となっている。 図 4.「企業資料から読み解く関東大震災」の構成要素および役割 しかし、これらは原資料 の複製・引用であるため、その信頼性の確保は資料保存機関に委ねられている。 「会社名の変遷」は、歴史情報を補足することで、「選別資料」の理解を助ける役割をする。関東大震災後、被災した企業は名称変更や合併、分離などの組織的変化を繰り返しているため、過去の企業と現在の企業との関連性を把握することは容易ではない。そのため、「企業震災」において「会社名の変遷」は、関東大震災とは異なる文脈に位置する利用者が、過去の出来事と現在の接点を発見する上で重要な役割をしていると言える。 「地理情報システム」は、過去の出来事を現在の東京に重ね合わせる上で最も重要な役割をしている。大正 12 年に起きた震災を現在の地図に可視化することは、実際は起こり得ないことであり、疑似体験である。歴史的出来事を伝えるだけなら不要な機能であるが、現在の防災意識を向上させることが目的である「企業震災」には、効果的な手法であると言える。 以上をまとめると、各構成要素は以下の役割を果たしている。 (1) 記録による歴史事実の伝達 (2) 企業に関する歴史情報の補足 (3) 異なる文脈の接続 (4) 自分ごと化 これらの役割を、「企業震災」の制作目的に照らし合わせると、(1)は、関東大震災の経験を伝え、(2)~(4)は、過去の出来事を現在の出来事のように感じさせる機能を果たしている。 また、これらの機能を長期的に維持する責任は、(1)と(2)は資料保存機関、(3)と(4)は「企業震災」の制作側にあることがわかる。 ## 5. 結果 「企業震災」の構成要素を分析・評価した結果わかったことを、持続可能性の観点から述べる。 まず、コンテンツの独創性を把握することができた。限られた資源の中で、コンテンツを長期的に運用する際には、コンテンツの全てを維持できなくなる可能性がある。当該コンテンツの最も重要な機能を把握することは、運営費を投資する際の優先順位を決める判断材料となり得る。「企業震災」の独創性は、関東大震災を疑似体験できる「地理情報システム」を活用した可視化にあり、持続可能性を考える上で、もっとも重視されるべき要素である。 次に、コンテンツを構成する要素の管理責任の所在を理解することが可能となった。 「企業震災」の「選別資料」および「会社名 の変遷」の長期的運営は、外部機関に依存している。制作側が、複製データやリンクを維持することは可能だが、根本的な持続可能性の確保にはつながらない。 最後に、用いたツールや技術の長期的運用におけるリスクを意識することが容易となった。「企業震災」では、「地理情報システム」 に複数のツールを使用しており、これらのツ一ルによる可視化が「企業震災」の独創性に繋がっている。そのため、持続可能性を維持するためには、これらのツールを使用できなくなるリスクを把握し、ツールの更新やサー ビスの終了に対する対策を考えることが求められる。 ## 6. 考察 近年、多様なデジタルアーカイブが制作されているが、それらを評価する際にはその目的が利用なのか、保存なのかを理解する必要がある[6]。本研究でも、デジタルアーカイブの制作目的によって、持続可能性の観点から優先すべき要素も異なることが明らかになった。 また、本研究では、デジタルアーカイブの持続可能性を維持することは、デジタルアー カイブ単独では不可能な場合があることがわかった。例えば、横断検索を提供するポータルサイトや、デジタル化したデータを閲覧するために制作されたデジタルアーカイブなどは、資料保存機関における原資料の存在が前提になっている。すなわち、原資料を保存するデジタルアーカイブを活用して、利用サー ビスを提供するデジタルアーカイブが成立すると言える。デジタルアーカイブを推進する上で、また、その持続可能性を検討する上で、 これらの両方の目的と役割を考慮した政策が求められる。 ## 7. おわりに 本研究では、「企業震災」を通してコンテンツの長期的な運営において検討すべき点を把握すべく、コンテンツの構成要素を分析・評価した。その結果、構成要素を分析・評価することが、(1)コンテンツの独創性の把握、 (2)各構成要素の維持管理に対する責任所在の確認、(3)長期的な維持におけるリスクの把握、 に有効であり、持続可能性の向上に寄与することがわかった。 今後は、「企業震災」の「地理情報システム」において活用されたツールを、長期的に維持する際のリスクや課題について、具体的な検討を行う。 ## 参考文献 [1] 国立科学博物館関東大震災 100 年企画展「震災からのあゆみ一未来へつなげる科学技術一」, https://www.kahaku.go.jp/event/ 2023/09earthquake/ (参照 2023-09-25). [2]企業資料から読み解く関東大震災, https://tokyo100years.mapping.jp/kigyo.htm 1 (参照 2023-09-25). [3] 高田百合奈ほか. 関東大震災の記録から被災状況を没入型ストーリーテリングで可視化する表現手法, 第 28 回日本バーチャルリアリティ学会大会論文集(2003 年 9 月), 日本バー チャルリアリティ学会, 2023. [4] 渋沢栄一関連会社名 - 団体名変遷図, https://eiichi.shibusawa.or.jp/namechangech arts/ (参照 2023-09-25). [5] Millar, L., Archives principles and practices. Facet Publishing. 2017, pp.12-13. [6] Newton Gresham Library, Evaluating Digital Archives, https://shsulibrary guides.org/c.php? $\mathrm{g}=86819 \& \mathrm{p}=558432$ (参照 2023-09-25). この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [D13]ミシェル・フーコーのデジタルアーカイブ論 : アーカイブをめぐる権力を考えるための理論的整理の試み ○谷島貫太 ${ ^{11}$, 1)二松学舎大学 E-mail: [email protected] ## Michel Foucault and Digital Archive: An attempt at organizing theoretical concepts to consider power ## surrounding archives TANISHIMA Kanta1) 1) Nishogakusha University E-mail: [email protected] ## 【発表概要】 アーカイブをめぐる理論的な言説において、ミシェル・フーコーはもっとも多く言及される思想家の一人だと言える。しかしその言及は、『知の考古学』で展開されている独自のアーカイブ概念や、異質な空間をめぐるへテロトピア概念、また一部の権力論の周辺に偏っている。本稿では、フーコーの初期、中期、後期に渡る思想の展開を、(潜在的な)アーカイブをめぐる思想の発展として位置付け直す見通しを示すことを試みる。具体的には、初期の言説論を資料の中で語られている事柄に関わる議論として、中期の dispositif(装置)論をアーカイブの施設や制度や関連する諸手続きに関わる議論として、そして後期の自己のテクノロジーをめぐる議論を個人レベルでのアーカイブ実践に関わる議論としてとらえ返していく。以上の作業を通して、フーコー の諸概念を、デジタルアーカイブについて考えるための理論的なツールとしてより有効に使えるようにすることを目指す。 ## 1. はじめに ミシェル・フーコーは、その著作のなかでさまざまな形でアーカイブに言及している。もっとも知られているのは『知の考古学』における、言説の規則の集合体としてのアーカイブ概念だが、Eliassenが詳細に検討しているように、具体的なアーカイブ施設についてもフーコー は言及しているし、またフーコー自身がアーカイブからあまり注目されてこなかった資料を発掘することで仕事をする思想家だったこともあり、アーカイブを異質な時間性の経験を生み出す特権的な空間として位置付けてもいる [1]。 フーコーが概念として主題的にアーカイブを扱っているのは『知の考古学』においてであり、実際、アーカイブの理論をめぐってフーコ一が参照される際も、『知の考古学』への言及が圧倒的に多い。レコード・コンティニュアム論を提唱したアップウォードは、レコード・コンティニュアムのコンセプトの説明に際して繰り返しフーコーを参照しているが、そこでも扱われているのは『知の考古学』のみである $[2]$ 。 しかしフーコーの思想およびその核となるいくつかの概念は、これまで論じられてきた以上に、アーカイブさらにはデジタル・アーカイブについて考えるための重要な概念的ツールとして機能すると考えている。そこで本稿では、 フーコーの初期、中期、後期のいくつかの鍵概念を、アーカイブ実践の具体的な諸側面と照らし合わせることで、フーコーの提起した諸概念をアーカイブ理論のための概念的ツールとして整理することを目指す。 2.「アーカイブ」と書かれたこと $2.1 『$ 知の考古学』におけるアーカイブ概念フーコーは、初期の言説分析の仕事の方法論を言語化した書籍『知の考古学』のなかで、自身のアーカイブ (アルシーヴ) 概念について次のように述べている。 アルシーブは、諸言表の存続とその規則的な変容とを同時に可能にするような一つの実 践に関する諸規則を明るみに出す。それは、諸言表の形成およびその変換にかかわる一般的なシステムなのだ[3]。 この定式においてアーカイブに関わるとされているのは、語られることや書かれることだ。文法上許容される言表が無限に存在する中で、実際に実現する言表は有限であり、その有限性は言説の場を構成する特定の諸規則によって制御されている。この規則とまたその運用からなる総体を、フーコーはここでアーカイブと呼んでいる。この定式化には、物理的な記録というオブジェクトのレベルが含まれていないように見える。そこに、フーコーのアーカイブ概念を、一般的なアーカイブ概念と接続することの難しさがある。一般的なアーカイブ概念は、通常は物理的な記録を核とするからだ。 ただし、フーコーのアーカイブ概念を以上のように整理することは、実は正確ではない。たとえばフーコーはアーカイブについて次のようにも述べている。 言説実践の厚みのなかに、言表の数々を出来事 (その諸条件とその出現領域をもつ出来事) および事物 (その可能性とその使用領野を伴う事物) として設定する諸々のシステムが得られるのだ。こうした言表のシステムのすべて(一方では出来事であり他方では事物であるようなものとしての言表のシステムのすべて)を、私は、アルシーヴと呼ぶことを提案する[4]。 ここには言表 (énoncé)の出来事のレベルと事物のレベルが区別されている。言表の出来事は、何かが語られたり書かれたりすることに関わる。他方で言表の事物は、書物や記録などの、語られたこと書かれたことを支える物理的な媒体に関わる。こちらの定式化では、アーカイブ (アルシーヴ)は、言表のこの両面からなるシステムであるとされているのだ。しかしこの 「事物としての言表 énoncé-chose」をめぐる議論はほとんど展開されることなく、そのため 『知の考古学』におけるアーカイブ概念は、一般的には語られたこと、書かれたこととしての 「出来事としての言表」に関わる規則の総体として一般的には位置付けられている。 ## 2.2 「事物としての言表」のアーカイブ論 フーコーが『知の考古学』で主題的に扱った 「出来事としての言表」とそれを統御するものとしてのアーカイブ概念は、現実のアーカイブに即して考えるなら、分類体系やある種のメタデータにごく一部関わるかもしれないが、実際にはかなり捉えどころがない。しかしもしフー コーが「事物としての言表」の概念をめぐる問いをさらに発展させていたなら、それは非常にわかりやすい形で現実のアーカイブの領域に関わっていただろう。物理的な資料をどのような手続きにおいて扱うかは、アーカイブ実践の中心的な問題だ。言表の一つの側面が、「処理され操作される事物 choses offertes au traitement et à la manipulation」であると述べられるとき、わたしたちは容易にアーキビストの日常的な実践を思いう浮かべることができる。 ところで、『知の考古学』には未刊のプレオリジナル稿が存在する。石田の調査によれば、 この未刊稿では「事物としての言表」について、刊行版よりもはるかに踏み込んだ記述がなされているとともに[5]、その後の情報化社会を予見するような「普遍的アーカイブの組織 l'organisation d'une archive universelle $\rfloor$ すなわちあらゆることが言われ、あらゆることが保存されるような社会の段階についても言及されているという [6]。この二点を総合すると、 デジタル化された資料を日常的に扱うアーキビストの姿が浮かび上がってくる。しかし『知の考古学』の未完稿に垣間見えていたメディア論的なアーカイブ学の可能性は、なんらかの理由でフーコー自身によってフランス国立図書館の草稿部門にしまい込まれ、現在に至るまで日の目を見ていない [7]。 ## 3. 装置 dispositif とアーカイブ施設 1970 年代に入ると、フーコーはその関心を狭義の言説から、より広範で多様な次元へと拡張していく。その際のキーワードとなるのが、 装置(dispositif)だ。あるインタビューの中で、 この概念についてフーコーは次のように述べている。 (装置とは)はっきりと不均質な総体であり、 そこには言説、建築上の整備、法規上の決定、法律、行政的な措置、科学的言表、哲学的、道徳的、博愛的な命題などである。つまり、述べられたことと述べられるものではないこと、それが装置の諸要素である [8]。 「述べられたこと dit」という言説のレベルだけでなく、「述べられるものでないこと non-dit」 も含んだ、互いに異質な諸要素からなる総体をフーコーは装置 dispositif と呼び、新たな分析の対象としていった。この新たなアプローチへの移行を画することなったのが、『監獄の誕生』 における刑罰/刑務所システムの分析だ。そこではフーコーは、刑罰や犯罪をめぐる言説だけでなく、刑務所の具体的な建築や、関連するさまざまな法律などからなるある複雑な総体= 装置が、どのようにして受刑者を取り囲み、また受刑者に具体的に働きかけていたのかを分析していった。 アーカイブをめぐる理論としてフーコーを位置付け直すことを試みる本稿の企図に引き寄せるなら、この装置概念の登場は、アーカイブの実践をきわめて多様に捉えることができるツールであると考えられる。『知の考古学』 では、そこで前景化されている「出来事としての言表」においては書かれた事柄のみしか扱うことができなかった。後景化されていた「事物としての言表」に着目するならば、物理な記録や資料、さらにはその周辺にまで議論を拡張するポテンシャルは存在するが、フーコーが実際に刊行したテクストにはその展開のための手掛かりは乏しい。しかし 70 年代になってフー コーの議論に登場してきた装置概念は、物理的な資料だけでなく、アーカイブ施設という空間や、さらにはその施設の社会的な存在を裏付ける諸制度や法律、さらにはライブラリアン/ア一キビストを育成するための教育制度、また利用者によるアーカイブの利用手順などが、互い に異質な諸要素からなる装置という概念のうちにすべて含まれることになる。フーコーが実際に分析の対象としたのは、監獄制度やあるいは性をめぐる社会的な諸制度だったが、装置 dispositif という概念は、社会におけるアーカイブ実践にそのまま適用することが可能であると考えられる。 ## 4. ミクロな権力と個人的アーカイブ フーコーはつねに権力の問題を扱いつづけていたが、「性の歴史」のプロジェクトが進められている 70 年代中盤以降、権力の問いは新たな形で定式化されるようになる。『性の歴史』 の一巻にあたる『知への意志』のなかで、フー コーは自身の権力概念について次のように述べている。 権力という語によってまず理解すべきだと思われるのは、無数の力関係であり、それらが行使される領域に内在的で、かつそれらの組織の構成要素であるようなものだ。絶えざる闘争と衝突によって、それらを変形し、強化し、逆転させる勝負=ゲームである。これらの力関係が互いの中に見出す支えであって、連鎖ないしはシステムを形成するもの、 あるいは逆に、そのような力関係を相互に切り離す働きをするずれや矛盾である [9]。 この権力概念は、国家や警察などの法的主体による禁止や抑圧をモデルとした権力概念に対する批判として提示されている。権力は法的なものでもなければ、どこかに専有されているものでもなく、社会のいたる所に浸透し、それぞれのミクロな権力関係のなかで個別に機能している。この権力概念は、アーカイブをめぐる権力を考える際にも大きなヒントを与えてくれる。アーカイブの権力が語られるとき、しばしば想定されるのは特権的なアーカイブ組織 /主体が占有する権力だ。何を収蔵し、何を収蔵しないかの選別の基準のうちに、権力の働きを見て取るという視点だ。その視点自体が完全に間違っているわけではないが、フーコーの権力概念は、その視点では取り逃がしてしまうも のがあることを気づかせてくれる。 そのヒントを与えてくれるのが、「自己の書法 écriture de soi」と題されたフーコー最晚年の小論だ。無限の権力関係のなかでの、よりよい自己の在り方の可能性を検討する「自己への配慮」をめぐる議論の一環として、フーコーは古代ローマにおける個人的なノートテイキングの事例を検討している。そこではノートテイキングは、古代より継承されている伝統と権威のある言説群がもつ圧力のなかで、自分自身と対峙し、自分自身を生きるための倫理的な実践として位置付けられている。つまり、大文字のアーカイブが構成する言説空間の中で、自分自身を保ち、自分自身の立ち位置を固めるためのパーソナルなアーカイブ実践として、個人的なノートテイキングにフーコーは可能性を見いだしているのだ。そしてフーコー自身には知る由もないが、インターネットが普及し、誰もが SNS アカウントを持ちクラウドに個人的な写真をアップロードしている現代は、そうとは意識されてはいないにしろ、パーソナルなアーカイブ実践が全面化した時代であると言える。フ ーコーのアーカイブ学のアクチュアリティが、 デジタル時代になお一層増していると言える。 ## 4. おわりに 本稿の限られた紙幅でできたのは、フーコー のいくつかの概念をめぐって、それらがアーカイブ実践の具体的な諸側面と密接に結びついていくものであることを示すことだけであった。しかし本当に重要であるのは、アーカイブについて考えるためのいくつかの概念ツールを増やすこと自体にではなく、それらの概念を通して、フーコーが取り組んできた広範な問題系をアーカイブをめぐる問いと接続していくことにあるはずだ。本稿がその試みのささやかな入り口となることができれば幸いである。 ## 参考文献 [1] Eliassen, Knut Ove. "The Archives of Michel Foucault,"in The Archive in Motion. New Conceptions of the Archive in Contemporary Thought and New Media Practices, ed. Eivind Røssaak (Oslo: Novus Press, 2010) [2] フランク・アップウォード.レコード・コンティニュアム.続アーカイブズ論記録の仕組みと情報社会.スー・マケミッシュ/マイケル・ ピゴット/バーバラ・リード/フランク・アップウォード編, 安藤正人監修, 石原他訳, 明石書店.2023, p. 220 . [3] ミシェル・フーコー.知の考古学.慎改康之訳.河出書房新社, 2012,p. 248. [4] Ibid,p. 245. [5]石田英敬.メディア分析とディスクール理論 ーフーコー「言表ーモノ」理論をめぐって.社会の言語態, 山中 - 石田編. 東京大学出版会, 2002,pp.297-315. [6]石田英敬.フーコー-もう一つのディスクー ル理論.言語態の問い.山中・石田編.東京大学出版会,2001.pp.326,327. [7]Ibid,p.317. [8] Michel Foucault.Le jeu de Michel Foucault.Dits et écrits 1954-1988, vol. 3. Paris: Gallimard.p.299. [9] ミシェル・フーコー.知への意志.渡辺守章訳,新潮社,1986.pp.119,120.
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# [D12] 『「デジタルアーカイブ活動」のためのガイドラ イン』が目指すこと: ## 策定プロセスから見えたこと ○眞籠聖 1 1),徳原直子 1 ),奥村牧人 1 1) 1) 国立国会図書館, $\overline{1}$ 100-8924 東京都千代田区永田町 1-10-1 E-mail:[email protected] ## The goal of "Guideline for Digital Archive Activities": Insights from the development process MAGOME Takashi ${ }^{1}$, TOKUHARA Naoko ${ }^{11}$, OKUMURA Makito ${ }^{1)}$ 1) National Diet Library, 1-10-1 Nagata-cho Chiyoda-ku, Tokyo, 100-8924 Japan ## 【発表概要】 令和 5 年 9 月、国の分野横断プラットフォーム「ジャパンサーチ」の運営主体である、知的財産戦略本部デジタルアーカイブジャパン推進委員会実務者検討委員会は『「デジタルアーカイブ活動」のためのガイドライン』(以下「ガイドライン」という。)を策定した。ガイドラインは、 アーカイブ機関やこれからデジタルアーカイブに関わる活動を始めようとする機関、活用者を含む個人を対象に、平成 29 年 4 月策定の『デジタルアーカイブの構築・共有・活用ガイドライン』等を、近年の情報技術の進展やデジタルアーカイブを取り巻く環境の変化を踏まえ改定したものである。国立国会図書館は、ジャパンサーチの運用や連携実務を担当する立場からガイドラインの素案を作成した。本稿では、検討過程に関わってきた立場からガイドラインの目的と内容を概説する。 ## 1. はじめに 令和 5 年 9 月、国の分野横断プラットフォ一ム「ジャパンサーチ」の運営主体である、知的財産戦略本部デジタルアーカイブジャパン推進委員会・実務者検討委員会(以下「委員会」という。)は『「デジタルアーカイブ活動」のためのガイドライン』(以下「ガイドライン」という。)を策定した。 国立国会図書館は、ジャパンサーチの運用や連携実務を担当する立場から、ガイドラインの素案を作成した。 ## 2. ガイドラインの目的 ガイドラインでは、デジタルアーカイブに関わるあらゆる活動を「デジタルアーカイブ活動」と呼んでいる。従来のガイドラインが主に対象としていたアーカイブ機関が行うデジタルアーカイブの構築や連携に係る取組にとどまらず、個人が創作活動などでデジタルアーカイブを活用したり、単純に楽しむために閲覧したりする活動も包含している。 ガイドラインでは、様々な機関や個人が、「デジタルアーカイブ活動」に日常的に関わり、教育、学術 - 研究、観光、地域活性化、防災、ヘルスケア、ビジネス等の多様な分野におけるデジタルアーカイブの活用が進むことにより、社会における知識の生産と活用が循環することを目指している。(図 1) 図 1. 知識の生産と活用の循環 ## 3. ガイドラインの構成 ガイドラインの本文は、第 I 章(「デジタルアーカイブ活動」をデザインする)及び第 II 章(「デジタルアーカイブ活動」を自己診断する)から構成されている。加えて、デジタルアーカイブアセスメントツール(ver.3.0)、用 語集、標準・マニュアル・手引き等、事例集が付属している。 付属の事例集は、ガイドラインが目指すデジタルアーカイブ活動を分かりやすく伝えるため、今回の改定で新たに追加された資料である。今後も随時事例を追加することが想定されている。 ## 4 ガイドラインの内容紹介 4.1 第 I 章「デジタルアーカイブ活動」を デザインする 第 I 章では、デジタルアーカイブとは何か、 その意義や役割などを紹介し、様々な機関や個人が、今後どのような活動を行うべきか、 これから新たに活動を始める場合に何から行えばよいのか等、デジタルアーカイブ活動をデザインするために必要な情報を包括的に紹介している。ここでは、紙幅の制限により、 デジタルアーカイブ活動の具体的な内容と活動デザインツール(以下「デザインツール」 という。)を中心に紹介したい。 (1)構築、連携、活用の各段階の活動内容 本章は、デジタルアーカイブ活動の具体的なイメージをつかむため、デジタルアーカイブの構築、連携、活用のそれぞれの段階において、アーカイブ機関や活用者等、主体ごとに、考えられる活動について例示している。 アーカイブ機関による活動の具体例として、 デジタルアーカイブの「構築」段階では、アナログ媒体の資料のデジタル化やデジタルコンテンツの収集等によるデジタルコンテンツの拡充といった取組が考えられる。「連携」段階では、同じ分野で類似のコンテンツを発見しやすくするためのメタデータや用語の標準化を挙げている。また「活用」促進のための取組としては、デジタルコンテンツの利用条件を整備し、可能な限り自由に二次利用が可能でオープンな条件を設定するなど、自らが公開するデジタルコンテンツを、活用しやすくするためのデータ整備を重要な取組として紹介している。 活用者の活動内容については、いくつかの段階に分けて図 2 のように整理している。活用の第一段階として、デジタルアーカイブのコンテンツを「知ってもらう」ための活動があり、次に、「日常業務で使ってもらう」ための活動がある。ここでは、教職員による授業での実践、図書館員によるレファレンスでの利用、学芸員による展示企画、クリエイター による素材探し、出版関係者による調査や出版物への掲載用素材の使用などが想定される。 さらに、活用の輪を広げ、同じ分野・地域の 「コミュニティで使ってもらう」ための活動がある。デジタルアーカイブを日常業務で活 図 2. 活用者による活動例 用した事例を同じコミュニティ内で発信したり、ノウハウを共有できるようワークショップを開催したりといった取組が考えられる。 また、「コミュニティを超えた交流」のための活動として、分野や地域を超えた人たちと一緒に新たな活用コミュニティを構築するといった活動もある。 デジタルアーカイブは、構築や連携自体が最終的な目標ではない。デジタルアーカイブの構築によって一元的にデータが管理されることで、職員間の情報共有が進み、業務の効率化につながることもあるが、デジタルアー カイブを構築し連携した後、社会課題の解決など、それをどのように活用していくかが重要である。本ガイドラインは、デジタルアー カイブの「構築」「連携」にとどまらず、「活用」にまで目配りをした構成としている。 (2)活動デザインツール ガイドラインでは、アーカイブ機関や活用者が、デジタルアーカイブに関する活動イメ一ジを実践につなげるためのデザインツールを提供している。(図3) デザインツールは、アーカイブ機関や個人が、これから行いたいと考えている活動のイメージをつかみ、具体的な活動の一歩を踏み出せるよう、活動の具体例とガイドラインの参照先を案内するものである。実際のデジタルアーカイブ活動に関する先行事例を紹介し ているので、より具体的な活動イメージを持つことができるだろう。 例えば、アーカイブ機関が、所蔵資料を整理したいと考えた際、次のステップとして 「メタデータの整理」、「コンテンツの来歴情報等の整理」、「職員間の情報共有」等、具体的な行動を示し、ガイドラインのどこを参照すればよいかがわかるようにしている。 活用者にも、「授業で使いたい」、「ビジネスに使いたい」、「創作活動に使いたい」等のニ ーズに沿って、次の具体的なステップを示し、 さらにガイドラインや事例集の参照先を明示している。 ## 4.2 第 II 章「デジタルアーカイブ活動」を 自己診断する 第 II 章では、デジタルアーカイブ活動に取り組む機関や個人が、付属の「デジタルアー カイブアセスメントツール」で自らの活動の達成度を確認することを前提に、具体的にどのような取組を行えばよいのか解説をしている。したがって、本章はデジタルアーカイブアセスメントツールの解説書のような役割を果たしている。アセスメントツールでは、各主体が自らのミッションや目標を踏まえ、デジタルアーカイブ活動の達成度を確認(自己診断)するためのチェック項目として、表 1 図 3.デジタルアーカイブの構築・連携のための活動デザインツール の 7 項目を挙げている。 表 1. デジタルアーカイブアセスメントツール デジタルアーカイブ活動に取り組む機関や個人が、各項目について第 II 章を参照しつつ、同ツールで自己診断を行うことにより、自らの目標達成のための課題を把握し、さらに次のステップに進んでいくことを想定している。 ## 5. 策定プロセスから見えたこと 策定プロセスに関わった立場から、『「デジタルアーカイブ活動」をデザインする』とはどういうことか考察する。 近年目覚ましい発展を遂げたデジタル技術は、アーカイブ機関だけでなく、個人がデジタルアーカイブ活動に関わる機会を格段に増やしたと言えよう。誰もが高画質のカメラ付きスマートフォンを持ち、撮影した動画や写真は即座にインターネットーアップロードすることができる。さらに、様々なクラウドサ一ビスが生まれ、大規模な設備を持たずともコンテンツを揭載することができる。こうして集積されたコンテンツの一部は、例えば市民協働というかたちをとって、既にデジタルアーカイブとして収集・保存され、アーカイブ機関によりオープンな条件で利用に供される事例も生まれている。また、インターネットに常時接続しながら素早く情報を共有し、様々なコンテンツに触れる中で、新しいアイデアや価值を生み出す創作活動が日々行われている。こうした情報環境の中で、活用者と アーカイブ機関が互いに意識してつながりを構築し、様々な記録・記憶を未来に継承していこうとする創造的な取組こそが、『「デジタルアーカイブ活動」をデザインする』ことと言えるのではないだろうか。 デジタルアーカイブは、過去の記録と記憶を未来に継承する社会的基盤であり、新しい知識の発見と創造につながる知識基盤である。 今回の改定に当たって実施したヒアリング等では、こうしたデジタルアーカイブの意義や利点を理解することの重要性を指摘する声が多かった。ガイドラインが、単にデジタルアーカイブ活動に係る作業手順をまとめたものではなく、デジタルアーカイブ活動の基盤となる理念や意義に第 I 章を割いているのは、 そうした理由による。 新しいガイドラインが、これからデジタルアーカイブに関わる全ての人がデジタルアー カイブの意義や役割を理解する上で、またデジタルアーカイブ活動の最初の一歩を踏み出す上での一助となることを願っている。 ## 参考文献 [1]「デジタルアーカイブ活動」のためのガイドライン. 2023-09. [2] デジタルアーカイブの連携に関する関係省庁等連絡会・実務者協議会. デジタルアー カイブの構築・共有・活用ガイドライン. 201 7-04. [3] デジタルアーカイブにおける望ましい二次利用条件表示の在り方について(2019 年版) . 2019. [4] デジタルアーカイブのための長期保存ガイドライン(2020 年版). 2020. ※上記文献は全て次の URLに掲載されている。 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarc hive_suisiniinkai/index.html (参照 2023-09-29). この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [13]展覧会図録のデジタル化とウェブ公開:収蔵品情報発信の一手法 三島大暉 1),小林彩子 1) 1) 宮内庁三の丸尚蔵館,〒100-8111 東京都千代田区千代田 1-1 ## Digitization and web publication of exhibition catalogues: ## A method of disseminating collection information MISHIMA Taiki1), KOBAYASHI Ayako ${ }^{11}$ 1) The Museum of the Imperial Collections, Sannomaru Shozokan, 1-1 Chiyoda, Chiyoda-ku, Tokyo, 100-8111 Japan ## 【発表概要】 宮内庁三の丸尚蔵館では収蔵品情報を公開することを目的に、当館の展覧会図録 (平成 5 年 11 月〜令和 2 年 9 月)をデジタル化して PDF ファイルを作成し、令和 3 年に当庁ウェブサイトへ掲載した(令和 4 年に公開した当館ウェブサイトでも掲載)。展覧会図録のデジタル化とウェブ公開には著作権等への対応や画像解像度等の技術的仕様の検討が必要になるが、国内で参考にできる事例は数少ない。本発表では当館における展覧会図録のデジタル化とウェブ公開の概要を紹介するとともに、著作権等への対応を含む作業内容と、技術的仕様の検討結果を報告する。 ## 1. はじめに 宮内庁三の丸尚蔵館は、平成元(1989)年に上皇陛下及び香淳皇后が、昭和天皇まで代々皇室に受け継がれてきた御物の中から約 6 千余点の絵画・書・工芸品等を国へ御寄贈になられたことをうけ、これらを保存・管理、調査・研究、展示公開することを目的に皇居東御苑内に整備され、平成 5 (1993)年より一般展示公開を開始した。当館の収蔵品は、近世以前からの皇室伝来品を含め、おおよそ明治時代以後に献上、買上げ、宮内省の下命で制作されたものが大部分を占めており、古代から近現代の幅広い時代、国内外の幅広い地域に由来する作品で構成されている。こうした収蔵品を対象に、皇室文化に深く根差したテー マ等の企画展をこれまで 89 回開催してきたほか、皇室の御慶事に関わる展覧会等の特別展を 16 回開催してきた[1]。 こうした展覧会の折に刊行してきた展覧会図録(カタログ)や宮内庁 HP の主な収蔵作品ぺージ[2]が当館の収蔵品情報の発信をこれまで主に担ってきたが、令和 3(2021)年に当館の収蔵品の地方貸出し要望への対応強化の一環として、地方の博物館・美術館等の学芸員が当館の収蔵品情報に簡便にアクセスできるようにすることが求められ、展覧会図録のデ ジタル化とウェブ公開を実施した[3]。 ## 2. 展覧会図録のデジタル化とウェブ公開の概要 デジタル化の対象となる展覧会図録は、平成 5(1993)年 11 月から令和 2(2020)年 9 月まで開催してきた 86 回におよぶ企画展(第 19 、 84 回展覧会および特別展を除く)とした。対象の展覧会図録を当館の指示のうえ、委託事業者において影が出ないよう裁断、スキャンし、PDFファイルを作成した。PDFファイルは、全ページをスキャンしたままの保存用フアイル、それをウェブ公開に適した形に変更を加えた公開用ファイル、公開用ファイルを作品ごとに分割したファイルの 3 種類を作成した。公開用ファイルは令和 3(2021)年に宮内庁 HP のこれまでの展覧会図録のページ[4] と令和 4(2022)年に公開した当館ウェブサイトの調査研究ページ[5] に揭載し、作品ごとに分割したファイルは令和 3(2021)年に、47 都道府県各地域にゆかりのある作品を一覧にした地域ゆかりの収蔵作品ページ[6]で図録該当ペー ジとして閲覧できるようにした。 ## 3. 当館の作業内容 当館の収蔵品は近現代の作品も多く、展覧 会図録には作者の著作権保護期間内の収蔵品が含まれるため、学芸室の絵画、工芸品、写真担当の研究員が分担してデジタル化対象の図録の全ページを確認し、該当作品の画像は公開用ファイルでは非表示にするようにした。画像利用規定が当館と異なる機関の作品についても同様の対応を行った。 展覧会図録を PDF ファイルとしてウェブ公開した際に、収蔵品情報(特に作品画像)を閲覧しやすくするため、著作権等の対応と同じく研究員が分担して確認し、絵巻や屏風等見開きの状態で閲覧できた方がよい作品を 1 ページにまとめるようにした。また、掲載されている当館の収蔵品の目次を展覧会図録ごとに作成し、PDF ファイルの初めの部分に追加して閲覧したい収蔵品のページへジャンプできるようにした。 展覧会図録の PDF ファイルの利用に関しては、展覧会図録のウェブ公開事例と大学や博物館等の刊行物の PDF ファイル公開事例を参考に、書誌情報が明確な資料として利用できるようすべての公開用ファイルおよび作品ごとに分割したファイルの後ろの部分に留意事項を付記した奥付を追加するようにした。留意事項は Getty Publications Virtual Library[7]等の利用規約を参考に、展覧会図録の著作権は宮内庁に属していること、掲載されている情報は図録発行当時のものであることといった内容を記載した。 ## 4. 技術的仕様の検討結果 展覧会図録をデジタル化する際の画像解像度について、保存用ファイルは『国立国会図書館資料デジタル化の手引 2017 年版』[8]の原資料に対する保存用画像の解像度の値を参考に 400dpi として、展覧会図録画像の保存用データとして扱えるようにし、将来的に著作権保護期間が過ぎた作品の画像付きページを公開用ファイルに差替えられるようにした。公開用ファイルは実際に画像解像度を変えて印刷して検証のうえ $240 \mathrm{dpi}$ とし、利用者が公開用ファイルを印刷した際に小さな文字でも読めるようにしつつ、できるだけ手軽にダウ ンロード可能なファイルサイズ(ほとんどが $100 \mathrm{MB}$ 以内)になるようにした。また、デジタル化する際の明暗調については、PC 画面上と印刷時の両方ともできるだけ閲覧に支障がないよう事業者と調整した。なお、時間的制約および費用的制約から画像の OCR 処理は実施していない。 公開用ファイルの名称については、意味のある URL にすること、PC 上で並びやすく見つけやすいことを考慮して、命名規則を[企画展回数 2 桁] [展覧会名のよみをローマナイズして区切りがよい 22 文字以内]_fullpage.pdf とし(例えば、/03kachonobi_fullpage.pdf)、作品ごとに分割したファイルの命名規則を[企画展回数 2 桁] [展覧会名のよみをローマナイズして区切りがよい 22 文字以内]_[開始ぺージ 3 桁]-[終了ページ 3 桁].pdf とした(例えば、 /03kachonobi_012-041.pdf)。 そのほか、宮内庁に著作権が属する展覧会図録をデジタル化したことにより不正に再利用されたり改ざんされたりしないよう、公開用ファイルに対して可能な範囲でセキュリテイ設定を行うようにし、破損や改ざんを確認できるようファイルハッシュ値を記録した。 ## 5. おわりに 展覧会図録のデジタル化とウェブ公開の実施の後、令和 4(2022)年 5 月に公開した当館ウエブサイトの収蔵品検索機能により、現在では多くの収蔵品情報を閲覧できるようになっている。しかし、ウェブページに揭載できる収蔵品情報は基本的に最新の情報に限られ、展覧会図録の見開きで提供できていた絵巻や屏風等の作品画像をそのまま表示できない場合も多い。そのため個々の収蔵品ぺージに展覧会図録の PDF ファイルを紐づけて、過去の情報を含む展覧会図録で提供してきた収蔵品情報を参照できるようにし、当館ウェブサイ卜の収蔵品検索機能を収蔵品情報のハブや基盤として今後整備をしていきたい。 メディア共催の大型展覧会や借用作品で構成された展覧会では関係者が多く、本発表内容と同様の対応は難しいと考えられる。一方、 当館と同じく単館で企画し、出品作品の多くが自館の収蔵品で構成された展覧会を実施する館において、展覧会図録のデジタル化とウエブ公開は、収蔵品データベース等が未整備の状況では収蔵品情報発信の一手法となりえ、収蔵品データベース等が整備できた後にはデジタル化した展覧会図録を参照できるようにすることで、より豊かな収蔵品情報を発信できるだろう。 ## 参考文献 [1] 宮内庁三の丸尚蔵館編. 三の丸尚蔵館年報・紀要. 宮内庁. 2022, 29. [2] 宮内庁. 主な収蔵作品. https://www.kunaicho.go.jp/culture/sannoma ru/syuzou-a.html (参照 2023-05-02). [3] 三の丸尚蔵館収蔵品の地方展開強化ワー キンググループ. 三の丸尚蔵館収蔵品の地方展開強化ワーキングチーム報告書. 2020-1215. https://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/shiryo/ workingteam/pdf/hokokusho-r021215.pdf (参照 2023-05-02). [4] 宮内庁.これまでの展覧会図録一覧. https://www.kunaicho.go.jp/culture/sannoma ru/zuroku-a.html (参照 2023-05-02). [5] 宮内庁三の丸尚蔵館. 調査研究展覧会図録. https://shozokan.kunaicho.go.jp/research/ex hibition-catalogues/ (参照 2023-05-02). [6] 宮内庁. 三の丸尚蔵館地域ゆかりの収蔵作品. https://www.kunaicho.go.jp/culture/sannoma ru/chiiki-yukari/index.html (参照 2023-0502). [7] Getty Publications Virtual Library. https://www.getty.edu/publications/virtuallib rary/ (参照 2023-05-02). [8] 国立国会図書館. 国立国会図書館資料デジタル化の手引 2017 年版. https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_ 10341525_po_digitalguide170428.pdf?conte $n t \mathrm{No}=1$ \&alternativeNo $=$ (参照 2023-05-02). この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [D11]樣式から見るキュレーション: ## 機能とその検証方法について ○原翔子 1 ) 1) 東京大学大学院学際情報学府, $\bar{\top} 113-0033$ 東京都文京区本郷 7-3-1 E-mail: [email protected] ## Curation from a Form Perspective: Functions and how they are validated HARA Shoko1) ${ }^{1)}$ Graduate School of Interdisciplinary Information Studies, The University of Tokyo, 7-3-1 Bunkyo-ku, Tokyo, 113-0033 Japan ## 【発表概要】 キュレーションにはどのような機能があり、それはどのように検証されるのだろうか。本研究ではまず、「キュレーション」という言葉がどのように人々に受容されてきたのかを把握するために、Ngram viewer を用いて関心の推移から考察する異なる場面における役割を議論した。次に、キュレーターが、キュレーションという行為をどのように捉えているのかを、インタビュー 記事を参照しながら論じた。そこからは、デジタル空間と実地におけるそれぞれのキュレーションの特徴が見えた。そして、実地での展覧会はオンライン空間に比べてキュレーターの意図が反映されやすいという前提のもとで、実地での展覧会をオンラインに落とし込んだ時の差分を検証することができれば、キュレーションの効果が可視化されるだろうという示唆を得た。 ## 1. はじめに 「キュレーション」という言葉を聞いてまず頭に浮かんでくるのは、何だろうか。 Google Chrome で検索した際、約 $14,200,000$件の検索結果(2023 年 9 月 25 日 17 時時点) の最上位にあったのは、NTT 西日本が提供する ICT 用語集内における「キュレーション」 という言葉の説明[1]だった。図 1 は検索結果画面であり、キュレーションの意味をインタ一ネット用語としての面から説明したぺージが続いていることがわかる。最上位の検索結果によると、キュレーション (Curation) は 「インターネット上に存在する膨大な情報を独自の基準で収集・選別・編集し、情報に新しい価値を付加した状態で共有すること」と定義されており、語源が「キュレーター (Curator)」であることも記述されている。 ここからもわかるように、もともとキュレ一ションという言葉は博物館や美術館で用いられていた。世界でも最も有力なキュレータ一の 1 人であるハンス・ウルリッヒ・オブリスト(1968-)によると、キュレーションという言葉は「文化と文化をコネクトすること」と同義だという。それぞれの要素を互いに近づ けること、あるいは、何かを選択する行為が含まれていればなんでも、キュレーションにあたると語っている。 図 1 「キュレーション」の検索結果画面 本研究では、キュレーションという言葉が本来主領域としていた博物館や美術館等を想定し、そこでの展示活動に焦点を当てる。 キュレーションという言葉は領域に応じてその意味を変え、明確な定義が定着しないまま現在に至っている。しかし、重要なのは定義よりも、その実態として何を成し得るものであるかを把握することだろう。キュレーシヨンはどのような機能を持ち、それはどのようにして検証可能なのだろうか。キュレーションが持つ機能を探るにあたって、次章で、展覧会におけるキュレーションで何が実践されてきたのかを振り返る。その際、そもそも展覧会やそこにおけるキュレーションがどのように受容されてきたのかも提示する。その後、キュレーションが持つ効果を検証することの重要性について議論し、今後の展望としてまとめる。 ## 2. 展覧会とキュレーション 2.1 展覧会と、ことばの受容について 図 2 日本で開催された展覧会の数の推移 図 2 は、1945 年から 2005 年までの間に日本で開催された展覧会の数の推移を示している。「日本の美術展覧会記録 1945-2005」[2] をもとに筆者が作成した。縦軸が展覧会数だが、1980 年代を境目に伸びが目立つ。そのころの日本のアートシーンと言えば、「キュレー ション的転回」[3]が起こり、キュレーション行為の重要性が展覧会において評価され始め、展示に新たな価値を付与するものとして認識されるようになった。以降、展覧会は多様化し、鑑賞機会も全国に拡大していった。 キュレーションという言葉が日本において受容されてきた過程は、国立国会図書館が提供する「NDL Ngram Viewer」[4]での検索結果から推察することができる。図 3 は 1970 年から 2010 年までの「キュレーション」の出現比率 (出版年代ごとの出現頻度/出版年代ごとの総対象 Ngram 数)の推移が可視化されたものである。可視化対象の件数はデフォルトのまま 5 件に設定した。 図 3 「キュレーション」出現比率の推移 縦軸が出現比率で横軸は 1970 年から 2010 年までの年代を示している。注目すべきは、 2000 年代後半以降の激しい変動である。 1980 年代以降も 90 年代後半までは変動がないが、 これは、そもそもキュレーションは図書や雑誌で取り上げられることが少なかったことに由来すると考えられる。アートシーンが一般社会と隔てられたところにあったとも窥える。 それが 2000 年代後半以降に変動を見せた背景には、おそらく、インターネットの普及が関係しているだろう。展覧会の数が増えていることにも関係している可能性がある。すなわち複合的な要因が考えられる。 世界的にはキュレーションに関係する言葉 (「curate $\downharpoonleft 、\lceil$ curator $\downharpoonleft 、 「$ curation $\rfloor)$ はどう扱われてきただろうか。図 4 は Google Ngram Viewer[5]を用いて 1945年から 2019 年の間に 3 つの語の出現頻度がどのように推移していったのかを示したものである。 図 4 「curator」「curate」「curation」の出現頻度の推移 図 4 中、一番上の線が「curator」、真ん中が「curate」、一番下の線が「curation」の出現頻度の推移を示している。 「curator」について、欧米では戦後もともと高かったキュレーターへの関心が薄れていき、しかし日本より早く 1970 年以降から再び着目されるようになったということが窥える。 一方で、キュレーターが行う行為としてのキュレート「curate」は 1970 年以降、2000 年代に入るまで出現頻度が低下傾向にあった。推測の範疇を超えないが、これはおそらく、 「curate」という語の意味が分解されて別の各語として用いられていたことに起因するのでないだろうか。「curate」は 2010 年以降になってようやく、「curation」と同様に急激に出現頻度が高まっている。これもおそらく、前述の日本の場合と同様に、インターネットが関係していると考えられるが、2010 年代以降は特に、「キュレーションサイト」といったあらたな情報提供の形が現れたことや、オンライン上で展示のキュレーションが機械的に行われるようになったことも、図 4 には表れているように見える。 ## 2.2 キュレーターによる考え方 前節では、展覧会およびキュレーションとそれに関連する言葉が世の中にどのように浸透してきたのかを視覚的に確認した。ここでは、キュレーターがインタビュー記事等のなかでキュレーションに対してどのような考え方を提示しているのかを記述していく。 まず、インタビュー当時、東京都現代美術館でチーフキュレーターを務めていた長谷川裕子氏は、「キュレーションとは、体験の場をつくり、その体験のクオリティーを高めていくこと」と述べている[6]。すなわち、キュレ一ションという考え方が場所と強い結びつきを持っていることがわかる。 しかし、キュレーションの場は実地に限らない。オンラインにおけるキュレーションについては、現代アートの場合、「作品制作を依頼した自分と、作品との適切な距離が取れない感覚にも陥った」と答えるキュレーターもいる[7]。オンライン展覧会では、空間のコントロールが効かずに、すべてが等価になってしまって、むしろタイトルの重みが増してしまうこともあるという。たしかに、順路や導線を作らず鑑賞者をなるべく誘導しないようにするという試みは、オンライン展覧会の方が難しい。通常、画面のスクロール行為は上から下に行うのが一般的だからだ。 加えて、かつて展覧会は情報機能を果たしていたが、ネット上で情報が爆発的に増加している今日、美術館というのは溢れている情報を知識に変換できるような場所であるべきだという考え方もある[8]。したがって、キュレーションの効果は空間に依拠する部分が多いと考えられると同時に、情報を単なる情報としてではなく知識として体系立てて伝えられる点にあるということが示唆される。 ## 3. デジタルキュレーションの効果測定 デジタルを活用したキュレーションサービスには様々なものがある。台頭初期から具体例としてNAVER まとめや Pinterest などが挙げられており、キーワード検索履歴に基づきユーザの関心が高いと思われるコンテンツを表示するという点では、SNS にもキュレーシヨンサイトとしての機能が搭載されているといえる[9]。 博物館においても、デジタルキュレーションは活用されている。米スミソニアン博物館ではデジタルでコレクションの管理と記録に注力している[10]。日本においても、ジャパンサーチを始めとするデジタルコレクションが充実しつつある。 デジタルコレクションのユーザエクスペリエンスについては、通常のキュレーションサイトと同様に検証していけば良いだろう。ビッグデータによる解析だけでなく、脳波を用いてキュレーションされた情報の処理負担を検証した研究もある[11]。問題は、デジタルコレクションの中でも、ユーザによるキーワ一ド指示がない、すなわち、キュレーションの自由度の低い、あるいは、キュレーションされた情報が固定された展示の一覧を、どのように有効活用することができるかについて、 その検証方法はまだ議論が深められていない、 あるいは明るみに出ていないということだ。 これについて次章で、議論する。 ## 4. 機能とその検証方法ついて これまでの議論からキュレーションの機能が有する特徴が見えてきた。まず、キュレー ションは展覧会でなくても鑑賞者の体験価値に強く影響しているということだ。そして、 キュレーター以外が行為としてのキュレーションの担い手になり始めて以降は、オンライン空間を中心に、ユーザエクスペリエンスを高めるという形で検証が進められてきた。 とくに展覧会のキュレーションに見られる特徴としてキュレーションサイト等と大きく異なるのは、展示の場がオンラインか実地かに問わず、選ばれた作品を文脈に基づいて展開することで、全体を通して 1 つのナラティブを鑑賞者に体験させる機能があるという点だ。展覧会にはさまざまな種類があるが、共通して、「テーマを明確にする」という使命を有している。オンラインでは配置の面で大きな制約がかかるので、テーマが先行してしまう傾向にある。実地での鑑賞行動のように時間の経過や空間の変化がない分、なおさら、 キュレーションでは、どの作品がどの位置にあり、それぞれの関係はどうあってほしいかという面も含めた画面上での作品展示の工夫が求められる。 本研究で得られた示唆によれば、実地での展覧会ではキュレーターの意図するところが再現しやすい。オンラインでのキュレーションの難しさを加味すれば、実地での展覧会をオンラインに落とし込んだ時の差分を検証することができれば、キュレーションの効果が可視化されるだろう。その方法としては、具体的には、すべての作品群を用いた地図を作成し、鑑賞者が自らの位置を把握できるようにするための工夫が有効ではないだろうか。 ## 参考文献 [1] NTT 西日本. ICT 用語集. https://www.ntt- west.co.jp/business/glossary/words-00177.html (参照 2023-09-25). [2]国立新美術館,日本の美術展覧会記録 1945-2005. https://www.nact.jp/exhibitions1945- 2005/index.php (参照 2023-09-25). [3] 美術手帖.【シリーズ:BOOK】1980 年代以降の「キュレーション的転回」とは。『キユラトリアル・ターン』.2020-07-30. https://bijutsutecho.com/magazine/series/s12/2240 7 (参照 2023-09-25). [4] NDL Ngram Viwer https://lab.ndl.go.jp/ngramviewer/ [5] Google Ngram Viewer https://books.google.com/ngrams/ [6] 駅消費研究センター. EKISUMER. Vol. 30 .特集キュレーションについて考える. 2016. https://www.jeki.co.jp/ekishoken/upload/docs/EKI SUMER_vol_30.pdf (参照 2023-09-25). [7] CHNRA.NET. オンライン展覧会だからこその迷いと試行錯誤、可能性. 2021-04-02. https://www.cinra.net/article/interview-202104-11s tories_myhrt (参照 2023-09-25). [8] TOKYO ART BEAT. ハンス・ウルリッヒ・オブリストインタビュー:美術館、そしてキュレーターの役割について. 2020-02-20. https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/hans_ulric h_obrist_interview (参照 2023-09-25). [9] 近藤敏志. キュレーション. 映像芸術メデイア学会誌. 2013, 67(8), pp.695-696. [10] Smithsonian Institution Archives. Di gital Curation. https://siarchives.si.edu/what-we-do/digital-curatio n (参照 2023-09-25). [11] 武田将季. キュレーションされた情報の利用に関する研究: 脳波解析に基づいて. 日本図書館情報学会誌. 2017,63(4), pp.196-210. この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [C14] デジタルアーカイブ基盤におけるブロックチェー ン技術を用いた信頼性とトレーサビリティ担保の試み ○川嶌健一 1), 川森茂樹 1 1), 諸井圭市 1 ),バナジパリス 1) 1) 株式会社 NTT データ, 〒135-6033 東京都江東区豊洲 3 丁目 3 番 3 号 E-mail: [email protected] ## Attempt to Ensure Authenticity and Traceability by Applying Blockchain Technology to Digital Archive Platform KAWASHIMA Kenichi ${ }^{11}$, KAWAMORI Shigeki ${ }^{1)}$, MOROI Keiichi ${ }^{1)}$, Paris BANERJEE ${ }^{11}$ ${ }^{1)}$ NTT DATA Corporation, 3-3-3 Toyosu, Koto-ku, Tokyo, 135-6033 Japan ## 【発表概要】 文化資源の保全と継承、利活用を目的とするデジタルデータアーカイビングの取組みにおいて、複数の主体による情報システム基盤の共同運用やデジタルデータの相互運用には、Web の利用が欠かせない。しかしその際にはデジタルデータの信頼性が課題となる。これに対しては、 デジタルデータの「来歴情報」や「不変性情報」の記録と参照によるトレーサビリティの確保で緩和することができる。一方、高い耐改竄性と透明性を実現するブロックチェーン技術を根拠とした、新しいWeb のコンセプトである Web3 が提唱され、実装が始まっている。本稿ではその特徴である「非中央集権」と「トラストレス」の性質に着目し、ブロックチェーン基盤上における「来歴情報」と「不変性情報」の記録による、デジタルデータの信頼性とトレーサビリティの担保について検討する。また 2022 年 3 月に ACHDA(ASEAN 文化遺産デジタルアーカイブ) において実施した、その実践について報告する。 ## 1. はじめに 美術館、図書館、公文書館、博物館等の文化機関は、文化資源の保全と利活用提供というミッションを担う。有形無形の文化資源の保全と利活用には、その姿かたちそのものをデジタル化したものであれ、何等かの記述的な情報を表すものであれ、デジタルデータの利用と共有が欠かせない。それは目録データの整備と検索による情報資源の流通を実現し、物理的な文化資源そのもののデジタル化である場合は、例えばデジタルデータの代替的な利活用による原資源の保護や、逸失や変化が生じた場合にはデジタル化時点の姿を知る手掛かりとなり、時には復元のための情報にもなりうる。また今後は文化資源の創作や資料の作成自体をボーンデジタルで行うことがますます増えると予想され、その意味でもデジタルデータアーカイビングの重要性はさらに増していくものと考える。筆者らは文化資源の保護と継承という文脈で、そのデジタルデ一夕の保全と利活用提供に取組む(例えば $[1],[2])$ 。 こういったデジタルアーカイビングは、利用者による利活用だけでなく、そのバリュー チェーン側(データの生成、管理側の営みを指す)においても、文化機関単独の取り組みで完結するとは考えにくい。機関それぞれの限られたリソースの中で、継続的なデジタルアーカイビングと利活用提供を実現するためには、API 等を用いたデータの相互運用や情報システム基盤の共用が有効であり、そのためのエコシステムを形成、拡張していく必要がある。それには必然的に Web の利用が欠かせないが、エコシステムを構成する主体や補完財が増え、デジタルデータの相互運用が進むほどに、誰もがデータの欠損なく複製できるというデジタルデータが一般的に持つ性質も相まって、その信頼性に課題が生じる。そしてそれはデジタルデータの来歴や、アーカイビングの過程における履歴に関する情報の記録と、トレーサビリティを確保することで緩和することができると考えられる。 他方で、データの耐改竄性と透明性を実現するブロックチェーン技術を根拠とした、新 しいWeb のコンセプトである Web3[3]が提案され、実装が始まっている。本稿ではデジタルデータアーカイビングにおける信頼性の課題に注目し、Web3 による課題解決の可能性について検討する。その上で 2022 年 3 月に実施した、ブロックチェーン技術を用いたデジタルデータの信頼性とトレーサビリティ担保の試みについて報告する。 ## 2. デジタルデータの信頼性の課題 文化資源、あるいはより一般に情報資源に係るデジタルデータの信頼性を、長期的に担保するためには何が必要であろうか。デジタルデータの長期保存を目的として策定された OAIS (Open Archival Information System)参照モデル[4]は、保存対象のデジタルコンテンツの信頼性(trust)、アクセス性、そしてコンテクストに関する情報を、時期を定めずに保存記述情報 ( PDI, Preservation Description Information)として記述しておくことを定めている。そしてそれは、デジタルコンテンツの過去と現状とを記述することで一意に識別できることと、改変されてないことの保証に重点を置いている、とする。 PDI の中でも特に来歴情報(Provenance Information)について、デジタルコンテンツの起源や変更履歴を記録するものであり、監査証跡としての利用や、将来の利活用にとって真正性 (Authenticity) の裏付けに寄与するものと定義する。また不変性情報(Fixity Information)が、デジタルコンテンツに記録されていない変更がないことを保障する情報として定義されており、具体的にはデジタルコンテンツから計算され、再計算によって検証することが可能なハッシュ值が想定される。 なお OAIS 参照モデルではこれらの信頼性担保のための情報について、アーカイブ対象のデジタルコンテンツに附属させ、AIP, Archival Information Package という概念としてまとめて保存することが想定されている。 しかし PDI がデジタルデータ自体の保証や検証を目的としているとすれば、先述の複数の主体によるデジタルアーカイビング資源の共有や相互運用を念頭に置くと、アーカイブ対象のデジタルデータと同じ情報処理システム、特に同じ認証認可スキームでの取り扱いを避けることのできる手段を検討したい。 ## 3. Web3 による課題解決の可能性 ブロックチェーンの基礎的な仕組みとして、 ネットワーク内で発生した取引の記録を「ブロック」と呼ばれる塊に格納し、そして個々のブロックには取引の記録に加えて、1つ前に生成されたブロックの内容を示すハッシュ値などを格納する。もし過去に生成したブロック内の情報を改ざんしようと試みた場合、変更したブロックから算出されるハッシュ値が変化するため、整合をとるためには後続するすべてのブロックのハッシュ値も変更しなければならず、これは事実上困難である。このデータ構造が耐改竄性の基本的な根拠となる。 一方 Web3 とは、このブロックチェーン技術を基礎とした、非中央集権、パーミッションレス、ネイティブ決済、トラストレスを特徵とした新しい Web のコンセプトであり、イ一サリアムの共同創設者であるギャヴィン・ ウッドが提唱する。(本稿ではセマンティック・ウェブの概念と区別するため、Web3.0ではなく「Web3」の表記に統一する。)”Less trust, more truth."[5] というギャヴィン・ウッドの言葉が象徴するように、Web3 は GAFA 等のいわゆる Digital Titans が提供するものも含め、特定のドメインを持つ中央のサーバの「信頼」を前提としたサービスよりも、改窲が難しくて透明性が担保されたブロックチェーンへの記録と、そのブロックチェ一ン上で自動的に実行される、スマートコントラクトとよばれる汎用的なプログラムの、 P2P(Peer to Peer)での自動実行などによる様々なサービスの実現を指向する。 嘉村[6]は Web3 の文脈において、スマートコントラクトの 1 つによって実現される「非代替性トークン(NFT)」による価値分配や、 NFT から参照されるデジタルコンテンツファイルの格納に利用されることの多い分散型フアイルシステム、IPFS (InterPlanetary File System)を用いることで、機関に自身のストレージシステムを必要としないデジタルアー カイブを提案する。対して本稿ではこれらの将来像を共有しつつ、デジタルデータの信頼性とトレーサビリティの担保を目的として、 その PDI のブロックチェーン上への記録を検討する。それは Web3 の基本的な特徴である 「非中央集権」と「トラストレス」の利用を図るものであり、デジタルコンテンツアーカイブを実現する既存の情報システムとは別のデータ記録媒体としてブロックチェーン基盤を利用する。これによって複数の機関が参加するデジタルアーカイブ基盤において、PDI、特に来歴情報と完全性情報自体の耐改竄性と、 (まずは、少なくとも各参加機関にとっての)透明性を確保することで、そこから参照され、 そして検証されるデジタルコンテンツ自体の信頼性とトレーサビリティの担保を図る。 ## 4. ブロックチェーン技術適用の試み 前章のコンセプトに従い、ASEAN Cultural Heritage Digital Archive (ACHDA) [2]に新たにブロックチェーン基盤を構築し、 PDI をブロックチェーン基盤上に記録する機能性を、2022 年 3 月に実現した。本章ではその実践について報告する。 ## 4. 1 ACHDA ACHDA は ASEAN 地域における文化財の保全と共有を目的として、各国の文化機関が文化財のデジタル化コンテンツと目録データを登録、公開することのできる、地域横断型の共同デジタルアーカイブ基盤として、2020 年に公開された。 2022 年 3 月時点では 5 か国、 8 機関が所蔵する 280 の文化財 (または資料) が登録されており、その当時はさらなる参加国、参加機関や、登録点数の拡大が想定された。※ただし、現在はサービスを休止中である。 ## 4. 2 ブロックチェーン技術の分類と適用技術の位置づけ 現在、目的に応じて様々なブロックチェー ン基盤がリリースされている。図 1 にブロックチェーン基盤の分類を示し、その上に既存の主要な基盤名をプロットする。(NTT デー タ[7]より引用し、一部改変。) Application Fields 図 1. ブロックチェーン基盤の分類と主要な基盤名 ACHDA では、軽量な動作による、記録された情報の高速で柔軟な検索の実現を重視し、 その特徵を持つ独自の「ハッシュグラフ型ブロックチェーン[8]」を採用した。これは図 1 の分類では、ネットワークタイプがコンソー シアム/プライベート型、適用フィールドが非金融分野に該当する。デジタルデータの Web 上の利用者が信頼性を直接ブロックチェ ーン上で確かめるためには、パブリック型である必要があるが、まずは初期ステップとしてこのデジタルアーカイブ基盤に参加する複数の主体による検証の実現を目指し、コンソ ーシアム/プライベート型として実現した。 ## 4. 3 ハッシュグラフ型ブロックチェーンの 適用 ブロックチェーン基盤適用の概念図を、図 2 に示す。(点線内が今回実現した範囲。) 図 2. ブロックチェーン基盤適用の概念図 ブロックチェーン基盤はデジタルアーカイブ基盤とは異なる情報処理システムとして構築し、デジタルアーカイブ基盤上のデジタルコンテンツから同期する PDI を、リアルタイムで自動的にブロックチェーン上に記録する。 ここで記録する項目を表 1 に示す。 \\ ACHDA では参加機関独自のデジタルアー カイブにデジタルコンテンツを格納、公開し、 そのメタデータを ACHDA に登録する参加方法が想定されていた。その場合は複数機関が運営するデジタルアーカイブが、図 2 に示す通りブロックチェーン基盤を共有することで、統一的に資料をトレースすることが可能となり、将来のデータ移管などにも対応できる。 実装にあたっては機能と非機能両方の観点において検証を実施し、PDI の算出・登録と参照の妥当性と、それらの処理性能が十分であることを確認した。 ## 5. おわりに 本稿では Web3 による、デジタルデータア一カイビングの信頼性担保の可能性について検討し、実際のデジタルアーカイブにおける実証の事例について報告した。現実世界の様々な事物がデジタル化していく中で、Web3 のコンセプトとテクノロジーはこれを後押し し、かつ良い方向に導く可能性を持つ。 Public なブロックチェーン基盤の利用により、所蔵機関だけでなく文化資源に関するデジタルデータの生成と流通のエコシステムを構成する他の主体や、利用者にもデジタルデータの信頼性の検証が可能となり、さらにスマー トコントラクトの活用によって新たな利活用サービスの創出が期待できると考える。 ## 参考文献 [1] 杉野博史. バチカン図書館における文献電子化と長期保存のためのシステムの構築. 情報管理. 60 巻 3 号. 2017. [2] 川嶌健一. ASEAN における文化遺産の地域横断型統合デジタルアーカイブ基盤の構築. デジタルアーカイブ学会誌. 4 巻 $\mathrm{s} 1$ 号. 2020. [3] ethereum.com . Web3 とは、および Web3 が重要である背景. https://ethereum.org/ja/web3/ (参照 2023-09-16). [4] The Consultative Committee for Space Data System. Reference Model for an Open Archival Information System (OAIS) Recommended Practice Magenta Book. 2012, 4-21p. [5] WIRED. The Father of Web3 Wants You to Trust Less. https://www.wired.com/story/web3-gavinwood-interview/ (参照 2023-09-16). [6] 嘉村哲郎. デジタルアーカイブにおける分散型情報技術を用いたコンテンツ管理と流通. デジタルアーカイブ学会誌. 6 巻 s3 号. 2022. [7] NTT データ.ブロックチェーンの仕組み. https://www.nttdata.com/jp/ja/services/block chain/002/ (参照 2023-09-16). [8] 川森茂樹. 情報処理装置、情報処理方法およびプログラム. 特許第 7253344 号. 2020-0 3-26.
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# [C13] 静的デジタルアーカイブジェネレータ DAKit を 用いたメタデータ流通のワークフローに関する検討 阿達藍留 ${ }^{11}$, 大向一輝 1) 1) 東京大学, $\overline{1} 113-0013$ 東京都文京区本郷 7-3-1 E-mail: [email protected] ## A Proposal of Workflow for Metadata Distribution using Static Digital Archive Generator ADACHI Airu ${ }^{1)}$, OHMUKAI Ikki¹) 1) The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo, 113-0013 Japan ## 【発表概要】 近年、デジタルアーカイブの役割はデータの共有だけでなく外部のアグリゲータや大規模アー カイブとの連携へと拡大しており、こうした付加機能への要求が増えることで、維持管理のコストが増加している。本研究では、資料に関わる当事者が手軽にデジタルアーカイブを構築・提供するための静的サイト生成ツールである DAKit に対して、外部連携機能を追加しメタデータ流通の基盤とすることを検討した。具体的には、JPCOAR スキーマに準拠した構造化データの出力や、ResourceSync を利用したハーベスティングに対応する。この仕組みは、他のメタデータスキーマにも容易に適用可能である。 ## 1. はじめに 近年、デジタルアーカイブの役割は単にデ一タの保存と共有にとどまらず、外部のアグリゲータや大規模アーカイブとの連携へと拡大している。こうした付加機能への要求が増えることで、維持管理のコストが増加し、小規模な主体がデジタルアーカイブを構築することへの障壁となり得る。その解決策として本研究では、著者らが開発を行っている、資料に関わる当事者が手軽にデジタルアーカイブを構築・提供するための静的サイト生成ツ一ルである DAKit に対して、外部連携機能を追加しメタデータ流通の基盤とすることを検討した。 ## 2. DAKit の設計方針と実装 ## 2. 1 DAKit $の$ 目的 研究データの管理と利活用が注目される中、従来それらが重要視されてきた自然科学の分野にとどまらず、人文学分野においても資料共有に対する学術的・社会的要請が高まっている。他方、既存のデジタルアーカイブの構築手法には情報技術の知識、維持のためのコスト負担を前提としたものが多く、データ公開を妨げる要因となってきた[1]。 小規模な組織やコミュニティによるデジタ ルアーカイブの構築を可能にするための議論として、福島[2]が提案した「スリムモデル」 がある。このモデルでは、デジタルアーカイブが充たすべき最小限の要件を絞り込んだものとして、利用規約の明示、機械可読性の担保、環境に依存しないデータ移行性の担保、 アクセシビリティの確保が挙げられているが、 その要件を満たす具体的な実装事例は少ない。 そこで、資料に関わる当事者が手軽にデジタルアーカイブを提供できるようにすべく開発を開始した静的サイト生成ツールが DAKit である。 ## 2. 2 DAKit v1 の実装 2022 年 12 月に公開した DAKit v1 は、表形式で記述されたメタデータと資料画像の一覧から資料アイテムごとの個別ぺージと横断検索用のページを含む Web ページ群を生成する Pythonスクリプトである。横断検索はメタデータを記述したタブ区切りテキスト(TSV) ファイルを読み込み、JavaScript の配列に格納して、クライアントサイドで完結するよう実装した(図1)。 技術選定と設計にあたっては、処理内容がブラックボックスにならないことを大前提とした。また、従来型のレンタルサーバだけでなく、GitHub Pages (https://pages.github. com)に代表される静的 Web サイトのホスティングサービスでも動作することを目指した。 DAKitv1 は 1 つのアイテムごとに閲覧用の Web ページを生成するもので、メタデータや画像の閲覧といった最低限の機能を持たせることには成功した。一方で、「可読性の高い表と HTML ファイルをアップロードするだけで機能する」という当初のコンセプトに合わせて検索用のデータをTSVファイルで保存していたことから、JavaScript による処理に適しておらず、結果として絞り込み検索の機能に不足が残った。また、DAKit はクラウド上の Python 実行環境である Google Colaboratory 上で動作させることを想定していたが、スクリプト処理内容の単純さに比して実行環境の立ち上げや動作に必要なライブラリのダウンロードなど利用可能になるまでの時間が長く、手軽に利用してもらうことが困難だった。さらにサーバやホスティングサービスへの設置はユーザが手動で行う必要があり、手間が削減されていないという課題も残った。 ## 2. 3 DAKit v2 の設計方針と実装 図 1 DAKit により生成される検索ページの例 前述の課題を踏ま光、DAKit v2 の開発においては、JavaScript の処理を効率化するため、検索等に用いるデータは JSON 形式で出力することとした。 データ形式として JSON を採用するにあたり、多数の HTML ファイルをあらかじめ生成する Multi Page Application (MPA)の構造に代わり、アイテムごとの JSON ファイルを生成し、単一の HTML ファイル内で JavaScript を用いて各アイテムのメタデータ を取得して表示させる Single Page Application(SPA)のアプローチを検討した。 Python スクリプトによる HTML ファイルの生成は、テンプレートエンジンとして採用している Jinja の書式が必ずしも直感的でないこと、 マークアップの整理・正規化のためのライブラリが充実していないことから理想的ではなく、JSON ファイルの処理のみを担当させたほうがより効率化に寄与する可能性がある。 また、昨今の主流のプログラミング環境における純粋な機械可読性を考えると、データの二次利用自体には JSON ファイルのほうが取り扱いやすいと考元られる。 しかしながら、メタデータ流通の観点から見ると状況は異なる。現在、メタデータの記述のデファクトスタンダードはXML形式である。JSON ファイルから JavaScript で XML を自動生成することは技術的に可能なものの、 ハーベスティングのためのクローラーが JavaScript を解釈するとは考えにくいことから、メタデータを記述した XMLファイルはあらかじめ生成しておく必要がある。これを考えると、HTML ファイルを事前生成しないことのメリットは少ないと言える。 また、デジタルアーカイブを環境に依存せず低コストで長期間提供するという当初の方針に照らして、可能な限り JavaScript という特定技術への依存度を下げるという点からも SPA のアプローチは取らないこととした。 これらの検討の結果、DAKit v2 の開発においても引き続きMPAのアプローチを採用し、検索用の JSON ファイル、個別アイテムの HTML ファイル、個別アイテムのメタデータを記述した XMLファイルを生成する。DAKit v2 では、Python スクリプトによる Web ペー ジ群の生成という基本的な設計を維持しつつ、 Web アプリケーション開発用の JavaScript フレームワークである Svelte を採用して検索・閲覧機能の充実を図った。Python スクリプトについては、不要なコードやライブラリを取り除いてリファクタリングを行い、実行環境が整うま での時間を短縮して試用を容易にした。 ## 3.メタデータ流通への対応 デジタルアーカイブにおいて取り扱われる資料は多種多様であり、資料の状態を表現するメタデータの形式も多種多様になり得る。 これらをどうメタデータ流通の土俵に乗せるかが重要な問題となる。 今回は、国内の学術情報流通において広く用いられている JPCOAR スキーマ[3] と、その派生として人文社会系データのために作られた JDCatメタデータスキーマ[4]を活用し、 提供者側で同スキーマへの適切なマッピングを行えるようツールの側で支援することとした。JPCOAR スキーマではスキーマが定める要素に当てはまらない追加情報を記述するための要素が定められており、マッピングが困難な資料独自のデータを記述することにも柔軟な対応が可能である。 これらのメタデータのアクセス先を外部のアグリゲータに提示するため、ResourceSy $\mathrm{nc}[5]$ に対応し、データの公開までをサポー トするよう設計した。 ## 4. URI の永続的な維持 メタデータ流通において、記述されたメタデータ自体と並んで重要なのが、データの在処を指し示す Uniform Resource Identifier (URI)である。デジタルアーカイブの提供方法や環境が変わっても URI は維持される必要があり、これはデジタルアーカイブ自体のデータ移行性とは別に検討しなければならない課題である。 電子データの国際的な識別子として Digital Object Identifier (DOI) がよく知られている。 DOI を取得すればリンクの維持の確実性は高くなるが、取得にはDOI 登録機関への会員登録が必要となり、個人や小規模主体にとっては現実的ではない場合もある。 その他、よく知られている固定 URI サービスとして、Internet Archive が提供する PURL や、World Wide Web Consortium Permanent Identifier Working Group が提供する W3ID がある。実際の取得手続きやリンクの維持は提供者自身による対応が必要となるが、DAKit ではリンクを維持しやすいファイル構造を採用しており、これらの取得を支援することは可能である。 ## 5. 課題と展望 本研究では、DAKit に外部連携機能を追加し、メタデータ流通の基盤とすることを検討した。DAKit は https://github.com/utokyodh/dakit にて公開している。 具体的には、メタデータの構造化やハーべスティングへの対応には道筋を付けることができたが、公開やリンクの維持に知識とコストが必要である点が解決できていない。この点を踏まえ、DAKit については、デジタルア一カイブの「ノーコード」での構築が可能となるツールを目指して今後も開発を続けていきたいと考えている。 実装については、Web ページ群の生成に現在は Python スクリプトを利用しているが、 Web ブラウザ上でさまざまな処理を高速で安全に実現する WebAssembly[6]などの技術を活用し、Web ブラウザ上で完結させられるようになれば、より手軽でセキュアなワークフローが実現できるであろう。 また、DAKit は専ら静的 Web サイトの構築を主眼としているため、現在のデジタルアー カイブにおける画像公開の手段として主流になっている International Image Interoperability Framework (IIIF) への対応が十分ではない。事前に画像タイルを生成することでImage API Level 0 に準拠した画像の配信は可能だが[7]、任意の領域の切り抜きをはじめとする動的な機能の提供はできず、結果として IIIF に準拠した画像配信のメリットの多くが損なわれる。この点について、ジヤパンサーチの簡易 IIIF API 提供機能のような外部的な解決策 $[8]$ に限らず、本研究が志向する静的 Web サイトによるデジタルアーカイ ブの構築と動的機能への要求との整合性をいかに図るかについては、いっそうの検討を要する。 最後に、本研究は現時点での Web アーキテクチャに基づく最適解を求めたものに過ぎないことを注記しておく。一例として、 Amazon Web Services 9 AWS Lambda Cloudflare の Cloudflare Workers (https://www.cloudflare.com/ja-jp/developerplatform/workers)など、コンテンツ配信元のサーバを意識する必要がないサーバレスコンピューティングの技術が定着すれば、サイ卜生成自体も不要となり、単一のメタデータと画像データをクラウド上に置くだけでデジタルアーカイブが公開できるようになる可能性がある。今後も、小規模主体が持続可能なデジタルアーカイブを提供するうえで活用できる技術については、その動向を注意深く調査していきたい。 ## 参考文献 [1] 阿達藍留, 山田俊幸, 大向一輝. DAKit: 低コストなデータ共有のための静的デジタルア一カイブジェネレータの提案. 情報知識学会誌. 2022, vol. 32, no. 4, p. 406-409. [2] 福島幸宏. デジタルアーカイブと図書館年一ビスの新段階. https://www.lib.pref.fukuoka.jp/hp/works/20 21/kityokoen.pdf (参照 2023-09-19). [3] オープンアクセスリポジトリ推進協会. JPCOAR スキーマガイドライン. https://schema.irdb.nii.ac.jp/ja(参照 202309-19). [4] 日本学術振興会. “データの検索・分析 (JDCat) ”. 人文学・社会科学データインフラストラクチャー構築推進事業. https://www.jsps.go.jp/j-di/search.html (参照 2023-09-19). [5] Open Archives Initiative. "ResourceSync Framework Specification (ANSI/NISO Z39.99-2017)". http://www.openarchives.org/rs/1.1/resource sync (参照 2023-09-19). [6] "WebAssembly". MDN Web Docs. https://developer.mozilla.org/ja/docs/WebAss embly (参照 2023-09-24). [7] International Image Interoperability Framework. "Image API Compliance, Version 3.0.0". https://iiif.io/api/image/3.0/compliance/ (参照 2023-09-24). [8] “ジャパンサーチのメタデータ連携について”.ジャパンサーチ. https://jpsearch.go.jp/static/pdf/cooperation/j ps_manual_202010.pdf (参照 2023-09-24). この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [C12] アーカイブズ記述の国際標準に準拠した人名デー タベースの構築 : 東京大学文書館所蔵資料を事例として ○逢坂裕紀子 1),小澤梓 2) 1) 国際大学 GLOCOM,〒106-0032 東京都港区六本木 6-15-21 ハークス六本木ビル $2 \mathrm{~F$ 2) 東京大学文書館, $\overline{1}$ 113-8654 東京都文京区本郷 7-3-1 E-mail: [email protected] ## Construction of a database of personal names that conforms to international standards for archival descriptions: A Case Study of the Materials in the University of Tokyo Archives \\ OSAKA Yukikon', OZAWA Azusa ${ ^{2}$ ) \\ 1) Center for Global Communications International University of Japan, Tokyo, 106-0032 \\ Japan \\ 2) University of Tokyo Archives, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-8654 Japan} ## 【発表概要】 国際公文書館会議(International Council on Archives)は、1994 年にアーカイブズ資料の記述に関する国際標準として、ISAD(G)(General International Standard Archival Description)を公開して以来、これまでにアーカイブズの記述に関する4つの国際標準を策定し、2012 年からはそれらを統合した新たなアーカイブズ記述の概念モデル RiC(Records in Contexts)の開発も進められている。 本報告では、東京大学文書館が所蔵する人事記録カードを対象に、アーカイブズ記述の国際標準に準拠した人名データベースの構築について報告する。同館では、所蔵資料の記述を $\operatorname{ISAD}(\mathrm{G})$ に準拠して、階層構造からなる目録検索システムを提供している。人名情報については館内レファレンスに用いる簡易的な人名データベースが作成・使用されてきたが、公開と活用に課題があった。今回、将来的に目録検索システムの資料記述とのリンク付けをすることを想定し、団体、個人及び家に関するアーカイブズ典拠レコード記述の国際標準である ISAAR(CPF) (International Standard Archival Authority Record for Corporate Bodies, Persons and Families)に準拠したウェブデータベースのプロトタイプを作成した。 ## 1. はじめに 1. 1 ICA と国際アーカイブズ記述標準 国際公文書館会議(International Council on Archives、以下「IICA」)は、これまでア ーカイブズの記述に関する 4 つの国際標準を策定してきた。さらに、2012 年からはそれらを統合した新たなアーカイブズ記述の概念モデルの開発も進められている。 これらの標準は、アーカイブズコミュニテイが直面してきたニーズと課題に根ざし、ア一カイブズ分野におけるグローバルなアクセス、相互運用性、品質、コンテクストの必要性といった、社会的・専門的要請に対応する ために策定された。また、アーカイブズ資料を保存するためだけでなく、利用者のアクセシビリティを保証する上で、重要な役割を果たしている。ここでは、まず ICA が開発した 4 つの主要な標準の概要を紹介する。[1] (1)ISAD(G) General International Standard Archival Description:ISAD(G)は、ICAによって 1994 年に公開された初の国際的なアーカイブズ記述標準である。この標準は、アーカイブズ資料の記述方法に関する指針を提供し、資料の内容、構造、起源、管理などの情報を記述するための一般的な原則を確立した。 (2) ISAAR(CPF) International Standard Archival Authority Record for Corporate Bodies, Persons, and Families : ISAAR(CPF) は、作成者や作成団体といったアーカイブズの典拠レコードの記述に関する国際標準である。1996 年に発行され、作成者、個人、家族、法人などのアーカイブズ資料の作成者に関する正確で標準化された情報を維持し、記述が典拠レコードとリンクしていることを保証する。 (3) ISDF International Standard for Describing Functions : ISDF は、アーカイブズ資料の作成者と管理者の機能を記述するための国際標準である。2007 年に策定され、 $\operatorname{ISAD}(\mathrm{G})$ に従って作成された記録と、 ISAAR(CPF) に従って作成された記述を補完・補足することを目的として、組織や個人の職務や責任を文書化し、アーカイブズ資料の文脈化を支援する。 (4) ISDIAH International Standard for Describing Institutions with Archival Holdings : ISDIAH は、アーカイブズ資料を保有する機関について記述するための国際標準である。2008 年に策定され、これらの機関の構造、ガバナンス、機能を網羅し、記録が管理されるより広範なコンテクストに関する情報を提供するとともに、所蔵資料と提供されるサービスにアクセスする際のガイダンスとなる。 上記の 4 つの国際標準のうち、 $\operatorname{ISAD}(G)$ は国際的なアーカイブズ記述の実践に大きな影響を与えているが、ISAAR(CPF)の利用は一部であり、ISDF と ISDIAH の利用はわずかという指摘がある[2] 。2012 年にこれらの標準を統合した概念モデルとして $\mathrm{RiC}$ (Records in Contexts)の開発が開始された。 RiC は、概念的なフレームワークと構造を提供することを目的として、レコード、作成者、 およびそれらのより広いコンテクスト間の複雑な関係を表現することに重点を置き、アー カイブズ記述のより包括的で柔軟なモデルを構築するために開発が続けられている。 1. 2 東京大学文書館の資料記述の背景東京大学文書館の所蔵資料は大きく二つに分類される。まず、「歴史資料等」に分類される寄贈資料・収集資料、そして「特定歴史公文書等」に分類される移管法人文書である。 これらの資料の目録編成記述方針は、 $\operatorname{ISAD}(G)$ で整理された階層構造を基本として、 オーストラリアで理論整備が進められたシリ ーズ・システムの考方方を導入している。具体的には、フォンド・ベースでの把握が適した歴史資料等と、シリーズ・ベースでの把握が適した特定歴史公文書等のふたつの資料に異なる整理方法を併用しつつ、「ISAD(G) の提示する階層構造概念と記述要素を全体に適用することで、単一の編成記述システムにおいて全体を扱う」[3] というものである。 この記述システムは、資料の概要(フォンドノシリーズレベル)と、詳細(アイテムレベル)の階層構造を基本としている。また、一部の所蔵資料は、さらに最下位にあたる件名目録も公開し、検索機能および資料へのアクセスと利用の向上に努めている。 同館の所蔵資料目録情報と一部の資料画像を閲覧・検索できる公開システム「東京大学文書館デジタルアーカイブ」[4] では、上記の方法に基づいて作成されたアーカイブズ記述をDublin Coreや EADなどの標準的なメタデータの語彙にマッピングして公開している。 [5] ## 2. 資料記述と人名データベース 2. 1 教員データベースの概要 東京大学文書館では、従来館内レファレンスに用いる簡易的な人名データベースとして作成された「教員データベース」が使用されてきた。このデータベースは、『東京大学百年史』(以下、『百年史』) [6] 編纂のため、当時の百年史編纂室によって人事課所蔵の人事情報をもとに作成されたデータを基礎として、 その後継組織である史料室や文書館において、学内広報や各部局の公刊情報等、公開情報の追加や名寄せ等の修正をおこなってきた情報群である。本データベースには、約 17,000 名分の情報が含まれ、人名によって情報の疎密さは異なるものの、以下の項目で整理している。 姓名/姓名読み/生年月日/没年月日/学位 /称号 $/$ 最終学歴 $/$ 所属歴 $/$ 役職歴 これら『職員進退』の掲載人名情報及び 「教員データベース」データは、これまで MS Excel ファイルを用いて管理・運用し、レファレンスなどの館内業務において活用されてきた。しかし、人名数の増加にともないフアイルが分割されたことで検索性や一覧性の点で課題があった。さらに 1960 年代に開始された百年史編纂事業で作成された後述の『人事記録カード』を基礎として、数十年にわたり、学内広報や職員録などの刊行物を参照してデータの引継・追加・修正されてきたが、個々のデータの履歴や典拠が示されていないことも課題であった。 同館ではこれまで「教員データベース」のウェブデータベース化を構想してきたが [7] 、先述のとおりデータの履歴や典拠が不明である点、それらを確認するコストを鑑みて、「教員データベース」の公開を断念するに至った。 さらに、教員データベースの構築当初と比較して、文書館への移管が進み、人事記録『職員進退』(参照コード:S0018)など確度の高い情報へのアクセスが可能になったこともあり、文書館所蔵資料をもとに新たに人名データベースの構築を目指すこととなった。 ## 2. 2 東京大学文書館の人事記録カード 東京大学文書館所蔵の『人事記録カード』 (参照コード:S0063/SS05/0001)は、百年史編集室によって、庶務部人事課所蔵の履歴書を基本として、評議会記録や大学院協議会記録、一覧、年報などからの情報を補完して、一人一枚のカードにまとめられたものである。 カードのサイズは $202 \mathrm{~mm} \times 127 \mathrm{~mm}$ であり、各カ一ドには、以下の情報が記載されている。 所属部局/姓名/姓名の読み方/生年月日/学位/最終学歴 (2 枠に記入可能) /講師/助教授/教授/評議員/部局長/経歴に関する記述欄 $/$ 死亡年月日 合計で約 5,000 枚のカードが作成されたが、 そのうち約 4,000 枚が『百年史』の「四主要人事一覧 6教員」[6] に掲載される対象とされた。これらのカードは、教授、助教授、評議員、部局長など、大学の主要な教職員に関する情報を含んでいる。一方で、一部の常勤講師や技師などのカードも作成されたが、常勤講師に関しては網羅的なカード作成を断念した経緯があり、今回のデータベース構築の対象外となっている。また、1977(昭和 52) 年から 1985 (昭和 60)年頃までに在籍していた教職員に関するカードも約 600 件弱存在するが、これも『百年史』の収録対象外であり、データベース構築の対象外とした。 特に、助教授と教授については、兼任や併任の情報が記載されており、併任期間中の東京大学外での所属組織など、上記項目に収まらない情報がカードの裏面などに記載されている場合がある。『百年史』には講師や助手といった経歴は掲載されていないが、今回のデ ータベース構築では、カードへの記載があれば採録対象とした。 ## 3. ISAAR(CPF)に基づく人名データベー スプロトタイプの構築 ## 3. 1 プロトタイプの概要 東京大学文書館の所蔵資料『人事記録カー ド』を対象として、『百年史』の「四主要人事一覧 6 教員」に掲載されている約 4,000 名について、カードのデジタル化を行い、人名による検索・閲覧ができるウェブデータベ一スを構築した。実装にあたっては、国際標準の ISAAR(CPF)に準拠した。 ## 3.2 データベースの構築プロセス 『人事記録カード』のデジタル化では、まず原本のスキャンを実施し、続いて既存の 「教員データベース」記載データとの突合作業をおこなった。これにより新規に入力作業を行うよりも効率的にテキスト化を進めることができた。また、東京大学外での所属歴など、「教員データベース」では対象外となっていたカード記載情報については、新規に採録の対象とした。なお、氏名の漢字表記について、現行で新字体と旧字体のいずれも使用されている人物に関してはカード原本上の記載 $ \text { を優先している。 } $ $ \begin{gathered} \text { データベース化にあたっては、オンライ } \\ \text { ン・デジタルコレクションのためのフリーで } \end{gathered} $ オープンソースのコンテンツ管理システムである「Omeka S」[8] を利用した。同館では、 2018 年より所蔵資料の目録情報公開システム 「東京大学文書館デジタル・アーカイブ」に Omeka S を採用して構築・公開しており[5]、既存システムとの連携の観点から本件においても同システムを採用した。 先述のとおり、同館では所蔵資料の管理において、 $\operatorname{ISAD}(\mathrm{G})$ を基盤とした階層構造概念と記述要素を適用している。将来的にこれらのアーカイブズ資料記述と人名情報を連携させることを想定し、今回の人名データベース構築では、団体、個人及び家に関するアーカイブズ典拠レコード記述の国際標準である ISAAR(CPF)に準拠することとした。具体的には、各カードの記載項目とそれに対応する ISAAR(CPF)における要素を特定し、Omeka $\mathrm{S}$ 上では Custom Ontologyを使用して独自語彙を設定し実装をおこなった。 ## 4. おわりに ## 4. 1 データベースの期待される成果と課題文書館において人物を媒介とした資料探索 の需要は極めて高い。ISAAR(CPF) に準拠し た東京大学文書館所蔵資料の人名データベー ス構築によって、一貫性のある標準的な記述 が確保され、資料の検索性や利活用性の向上、他アーカイブ機関との情報連携の容易化など、 アーカイブの利用価値や信頼性を高めること、 ひいてはプレゼンスの向上により文書館への 移管促進などが期待できる。 一方、今後の課題としては所蔵資料のアー カイブズ記述との紐付けがあげられる。アー カイブズ資料と人物情報の相互参照が可能となることで、より効率的な資料検索や関連資料へのアクセスのためには不可欠である。また、今回はプロトタイプとして約 4,000 名を対象としたが、今後は『職員進退』など他の所蔵資料に記載のある人名情報のデジタル化およびデータベースへのデータ拡充をはかっていきたい。 ## 参考文献 [1] 各アーカイブズ記述の国際標準や概念モデルの概要は ICA が公開しているドキュメントを参照した。 Archival arrangement and description. International Council on Archives. https://www.ica.org/en/archival- arrangement-and-description(参照 2023-09 -25) [2] 寺澤正直. 新たなアーカイブズ記述の国際標準 Records in Context(RiC)への対応に係る課題の抽出. 2017. アーカイブズ学研究. 27 , p.4-31. [3] 森本祥子. 新たな資料編成・記述方法の導入を目指して第 1 部:東京大学文書館における編成記述の現状と課題. 2021. 東京大学文書館紀要. 39, p.1-9. [4] 東京大学文書館デジタル・アーカイブ. https://uta.u-tokyo.ac.jp/uta/s/da/page/home (参照 2023-09-25) [5] 元ナミ・逢坂裕紀子. 東京大学文書館におけるデジタルアーカイブの構築と運営. 2022. アーキビスト:全史料協関東部会会報. 97 , p.4-6. [6] 東京大学百年史編集委員会編. 東京大学百年史(全 10 巻).1977-1987. なお「主要人事一覧」は、東京大学百年史の『東京大学百年史資料 3 』に記載されている。 [7] 逢坂裕紀子. 東京大学人名データベースの構築と活用: 人名による所蔵資料検索システム公開に向けて. 2022. デジタルアーカイブ学会第 7 回研究大会一般研究発表 (オンライン)予稿. p.s135-s138. [8] Omeka S. https://omeka.org/s/ (参照 2023-09 -25) この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [C11] 画像とメタデータの類似性に基づく歴史資料探索 システムの構築 ○田中駿平 1 ),奥野拓 ${ }^{2)}$ 1) 公立はこだて未来大学大学院システム情報科学研究科, $\bar{\top} 041-8655$ 北海道函館市龟田中野町 116-2 2) 公立はこだて未来大学 E-mail: [email protected] ## Development of historical materials search system based on images and metadata similarity TANAKA Shunpei1), OKUNO Taku²) 1) Graduate School of System Information Science, Future University Hakodate, 116-2 Kameda Nakanocho, Hakodate-shi, Hokkaido 041-8655 Japan 2) Future University Hakodate ## 【発表概要】 デジタルアーカイブには、公開されている資料数が膨大なものがあり、ユーザの興味のある資料を発見することが困難な場合がある。本研究では、公開されている資料を大まかに把握可能にし、興味のある資料の探索を支援することを目的とする。目的を達成するために、資料の画像とメタデータのそれぞれの類似性に基づいて一覧で表示するシステムを構築する。本システムでは、深層学習モデルの一つである Vision Transformer を用いて画像から特徴量を抽出する。そして、主にデータの可視化に用いられるニューラルネットの一つである自己組織化マップで学習を行い、類似する資料が近接するようにタイル状に可視化する。また、タイトルなどのメタデー タの類似度を算出し、内容が類似する資料が近接するように並び替え可能にすることで、関連する資料の探索も支援する。 ## 1. はじめに デジタルアーカイブを利用する際、閲覧したい特定の資料がなく、ブラウジングして興味のある資料を探索する場合がある。この場合、デジタルアーカイブにはどのような資料が公開されているかを把握できていると、興味のある資料の発見が容易になる。しかし、近年のデジタルアーカイブには膨大な資料が公開されているものもあり、すべての資料を把握することは容易ではない。現状のデジタルアーカイブにおいて探索する場合、キーワ一ドによる検索や、カテゴリやタグによる絞り込みが用いられる場合が多い。しかし、キ ーワード検索では、検索対象への事前知識が必要であり、特定の資料を探していない場合は有効ではない。また、カテゴリやタグによる絞り込みでは、大まかにしか絞り込むことができない場合がある。その場合、何ぺージも遷移しながら資料を探索する必要があり、興味のある資料を発見することは容易ではない。 そこで本研究では、資料数が多いデジタル アーカイブにおいて、どのような資料が公開されているかの把握を容易にし、ユーザが興味のある資料を容易に発見できるよう支援することを目的とする。目的を達成するために、画像資料を対象に、資料を一覧で表示して一度に多くの資料を把握できるシステムを構築することを目標とする。本システムでは、類似する資料を集約し、代表資料群として最初に提示することで、公開されている資料を大まかに把握可能にする。そして、提示した代表資料群から興味のある資料を選択すると、選択した資料の画像と類似する資料群、および資料の内容と類似する資料群を一覧で提示する。本研究では、函館市中央図書館が運営するデジタル資料館 [1] のポスターカテゴリに分類される資料を対象とする。 ## 2. 関連研究 画像資料を類似性によって分類して可視化する関連研究として、佐藤がニューラルネットワークを用いて類似性のある資料が近接するよう一覧で可視化するシステムを構築して いる[2]。このシステムでは、深層胃み込みニユーラルネットの学習済みモデルを用いて画像から特徵べクトルを抽出している。そして、抽出した特徴ベクトルを自己組織化マップ [3] で学習し、類似性のある画像が近くに配置されるように可視化を行っている。自己組織化マップとは、高次元データを任意の低次元に写像できるニューラルネットであり、主に可視化手法として用いられる。関連研究では、平面へ写像することによって可視化を行っている。しかし、平面では、四辺が境界になっているため、学習の過程で境界に寄ってしまい、孤立する資料が見られるという問題がある。 ## 3. 提案システム 公開されている資料数が膨大な場合、すべての資料を一画面に表示すると、画面のスクロール量が大きくなる、画像が小さくなり見づらくなるという問題がある。そこで本システムでは、最初に代表資料群を提示することで、公開されている資料を大まかに把握可能にする。そして、代表資料群からいずれかの資料を選択すると、選択した資料の画像と類似する資料群、および内容が類似する資料群へと段階的に探索可能にし、探索を支援する。本章では、システムを構築するための手法について説明する。 ## 3.1 画像特徴量の抽出 資料のサムネイル画像から、画像内に含まれる物体の特徴を反映した特徵べクトルを抽出する。本研究では、深層学習モデルである Vision Transformer [4]の学習済みモデルを特徵量抽出器として利用する。Vision Transformer とは、自然言語処理に用いられる Transformer モデルを画像処理に適用したモデルであり、従来使用されていた一般的な畳み込みによる画像処理モデルよりも認識性能が高い [4] 。本研究では、Vision Transformer のモデルから識別器である MLP 層を除いた出力を画像特徴量として採用する。学習済みモデルは、Python のライブラリであ る PytTorch [5] に公開されているモデルを使用する。これにより、768 次元のベクトルが得られる。このべクトルを用いて、画像間の類似性を求める。 ## 3.2 自己組織化マップによる可視化 3.1 で得られた特徴べクトルを用いて自己組織化マップを学習させる。2 で述べたシステムでは、自己組織化マップで平面に写像している。しかし、平面に写像すると、境界があるため、境界付近で資料が孤立する場合がある。そこで本研究では、境界のない立体の表面に写像することで、資料が孤立しないようにする。写像する立体は、トーラスとする。 トーラスは平面の上下、左右のそれぞれをつなげた立体であり、写像した結果を歪ませずに平面へ戻すことができるため(図 1)、画像の一覧表示に適していると考えられる。 自己組織化マップでは、学習させる際に学習回数、学習率、近傍半径といったパラメー タを決定する必要がある。本稿で学習させる際のパラメータは、学習回数を 100 回、学習率を 0.5、近傍半径を 0.3 とした。前述のパラメータで学習した結果を平面に展開したものが図 2 である。図 2 から、着物を着た人物が写っている画像が集まっていることがわかる。 また、図 2 の上辺にも着物を着た人物が写っている画像があることから、上辺と下辺がつながって学習されていることがわかる。 図 1、トーラスの平面への展開方法 ## 3.3 メタデータ特徴量の抽出 資料のメタデータから、機械学習を用いて資料の内容の特徴を表す特徴量を抽出する。本研究で対象とするデジタル資料館のポスタ一カテゴリの資料は、メタデータとして、タイトル、内容説明、出版者、出版年、サイズ、請求番号が付与されている。その中から、タ 図 2.トーラス型自己組織化マップの学習結果を平面に展開した図と一部の拡大図 イトルと内容説明を用いて特徴を抽出する。対象とするポスター資料の内容説明は、ポスター内に書かれた人名や日付、キャッチコピ一などを書き出したものであり、どのような資料であるかを表していないものが多い。そのため、本研究では、ポスターの内容を端的に表しているタイトルから特徵量を抽出することを検討している。しかし、タイトルに商品名などの固有名詞が含まれており、特徴量の抽出が困難な資料がある。機械学習を用いて固有名詞から特徴量を抽出するには、固有名詞が含まれている文を大量に作り、追加で学習させる必要があるため、得策ではない。表 1 はタイトルからの特徴量の抽出が困難なメタデータの例である。タイトルが商品名となっており、一般名詞の複合語ではないため、特徴量の抽出が困難である。このような場合、内容説明から特徴量を抽出することを検討している。表 1 の場合は、内容説明から資料を表している「飲料」や「乳酸菌」といった単語を抜き出し、単語から特徴量を抽出することを検討している。より詳しい特徴量の抽出手法については、今後、調査および検討を行う。 表 1. タイトルからの特徴量の抽出が困難なメタデ一夕例 \\ ## 3.4 メタデータ間の類似性に基づく配置 3.3 で抽出した特徴べクトルをもとに、類似する資料が近接するように配置する。 3.2 の画像が類似する配置から、メタデータが類似する配置に並び替えるため、3.2の結果と同様に類似する資料を近接して配置する必要がある。 そこで、選択された資料を中心に類似度が高い資料から順に螺旋状に配置することを検討している。 ## 3.5 代表資料の選出 公開されている資料を大まかに把握可能にするために、代表資料群を選出する。代表資料の選出手法は、3.2 の結果から、類似する資料を集約することによって行う。まず、 3.2 の結果を $3 \times 3$ のグリッドに分割する。次に、グリッド内の画像の特徵ベクトルの平均ベクトルを求める。そして、平均べクトルと各画像の特徴べクトルとのコサイン類似度を求め、 最も類似度が高い特徴べクトルの画像を持つ資料を、そのグリッドの代表資料とする。これをすべてのグリッドに対して行うことにより、代表資料群を選出する。 ## 3.6 ユーザへの提示 システムでは、ユーザが公開されている資料を大まかに把握できるよう、3.5で選出した代表資料群を最初に提示する(図 3)。いずれかの資料が選択されると、選択された資料の詳細説明画面と、3.2 の結果をもとに選択された資料が中心となるよう配置した類似資料画面を提示する(図 4)。代表資料群と類似資料 図 3. 代表資料群表示画面のイメージ を表示する画面では、資料群の端からさらに外側にスクロールされると、逆端の資料をつなげて表示することでループさせる。これにより、孤立する資料がないようにする。資料の詳細説明画面には、デジタル資料館のペー ジを表示する。そして、3.4の結果をもとに、 メタデータが類似する資料が近接するように並び替え可能にする。これらより、興味のある資料の探索を支援する。また、表示する画像は、一覧で表示する際に画像サイズの違いにより生じる間隙をなくすために、トリミングして画像の縦横比を揃える。縦横比は黄金比を参考にして $1.62: 1$ とする。 図 4. 類似資料群(左)と詳細説明画面(右)のイメージ ## 4. おわりに 本稿では、資料数が多いデジタルアーカイブにおいて、資料の画像とメタデータの類似性に基づく一覧表示をすることで資料の把握を容易にし、興味のある資料の探索を支援するシステムを提案した。今後は、メタデータの特徴ベクトルの抽出手法についての検討、 システムの構築、システムの有用性の評価を行う。 ## 参考文献 [1] 函館市中央図書館. デジタル資料館. http://archives.c.fun.ac.jp (参照 2023-9-20). [2] 佐藤太郎. DCNN Features による自己組織化マップを用いた歴史資料探索支援システ么の構築. 公立はこだて未来大学卒業論文 (未公刊). 2019. [3] Teuvo Kohonen. Self-organized formation of topologically correct features maps. Biological Cybernetics. 1982, Vol.43, pp.5969. [4] Dosovitskiy Alexey. et al. An image is worth 16x16 words: Transformers for image recognition at scale. The Int. Conf. on Learning Representations. 2021. [5] PyTorch. https://pytorch.org (参照 20239-20). この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [B14] 自治体広報写真は何を写しているのか?: ## 写真の被写体に関する実証的考察 ○佐藤忠文 1 1) 1) 九州産業大学地域共創学部地域づくり学科, 〒813-8503 福岡市東区松香台 2-3-1 E-mail: [email protected] ## What is captured in the public relations photograph in local government?: \\ Considerations about the subject of the photograph SATO Tadafumi ${ }^{1)}$ 1) Kyushu Sangyo University, 2-3-1 Matsukadai Higashi-ku, Fukuoka, 813-8503 Japan ## 【発表概要】 自治体広報写真とは「自治体が広報活動のなかで撮影・収集及び管理してきた写真資料全般」 である。この写真は主に広報紙制作のために撮影されてきたが,地域社会を継続的かつ組織的に撮影してきたという意味で貴重な写真資料のひとつと考えられる。本研究ではこの自治体広報写真の被写体に注目する。近年, 文化情報資源の視点からこれらの写真のデジタルアーカイブ化や二次利用が進められている。しかしこの写真が,どのような特徴を持った写真であるかを明らかにする試みはほとんどない。そこで本研究は, 2019 年度に発行された福岡県内の自治体広報紙を対象に,その掲載写真の被写体を調査した。調査は広報紙の PDF ファイルから写真を入手し,被写体を分析した。その結果, 自治体広報写真は「人物を撮る写真」であると示唆され, 関連して過半数の写真が肖像権処理の対象になり得ることが示唆された。 ## 1. はじめに 自治体広報写真とは「自治体が広報活動のなかで撮影・収集及び管理してきた写真資料全般」を意味する[1]。日本の自治体における現代的な広報活動は, 第二次世界大戦後の GHQ 占領統治に強く影響を受けて広がった。 そなかで活動の重心に置かれたのが,住民向け広報紙の制作だった[2][3] 。 この広報紙制作で重視されてきたのが写真である。広報紙のフルカラー化が進んだ現在では,商業誌さながらに写真を多用した広報紙も珍しくない。これらの写真の多くは,自治体職員自らが撮影する[4]。自治体広報の甲子園とでも言うべき全国広報コンクール(主催 : 日本広報協会)では, 1965 年から写真部門が設けられ, 職員による撮影技術の研鑽が続けられてきた。 筆者は,全国広報コンクール写真部門の入選自治体に対する調査(対象:2014 年度から 2018 年度に入選した 85 自治体, 回収率: 67\%)を実施した。そこから 1 か月の撮影枚数の中央値が 1,500 枚で,なかには 1 万枚超 を撮影する自治体があるとわかった[1]。この調査は,対象がコンクール入選自治体というバイアスはあるが,仮に近い水準の撮影が全国で行われているとすれば,年間の撮影数は相当量にのぼる。すなわち自治体広報には膨大な写真の集積がある。 近年では,これらの写真をデジタルアーカイブで公開する事例[5]や,一部を自治体の画像オープンデータとして公開する事例[6]などが生まれている。しかしこれまで,この写真が何を写しているのかは,意外なほど注目されてこなかった。今後, 自治体広報写真を積極的に利用するために,この写真の被写体が何であるかは一考の余地がある。 ## 2. 研究目的 本研究では, 自治体広報写真の被写体が何かを明らかにしたい。管見の限りその被写体に関する調査は行われていないため, 本研究では探索的なアプローチを採用する。 そのうえで注目するのが,被写体としての人物の状況である。写真の場合, その利用には肖像権が課題となる。観光 PR 画像に関す る研究では,自治体保有の画像のうち,人物が写るものが多くの割合を占めたとの報告がある[7]。自治体広報写真の場合も住民を撮影することは少なくないと考えられる。その状況が明らかになれば,肖像権ガイドラインの適用といった課題解決の方策を検討しやすい。 そこで本研究では, 被写体の状況を探索的に調査したうえで, 被写体としての人物の割合に注目した。 ## 3. 調査 ## 3. 1 調査対象 被写体を調査するうえで,理想的には自治体が保有する写真を直接対象とすべきである。 しかし本研究では, 調査の実現可能性を優先し,自治体広報紙の掲載写真を対象とした。当然ながら, 未掲載の写真は含まれない点に注意が必要である。 加えて本研究では, 福岡県及び県内自治体が 2019 年度 4 月から 3 月に発行した広報紙を対象とした。ひとつの県に限定したのは,想定される写真点数が膨大であるため, 先と同じく調査の実現可能性を考慮したからである。 また福岡県を選択したのは,筆者が勤務する大学があり調査結果の理解がし易いと考えたためである。さらに 2019 年度としたのは,コロナ禍による影響を考慮して, その直前で最新の年度とした。 すなわち本研究では, 目標母集団を 2019 年度に福岡県内で撮影された自治体広報写真とし, 調査母集団を 2019 年度に福岡県内の自治体広報紙に揭載された写真とする。対象範囲が絞られることは本研究の限界であり, より広範囲の調査は今後の課題である。 ## 3. 2 調査方法 本研究では, 最初に調査母集団を整理することから始めた。対象の広報紙から調査母集団となる写真群を抽出し, そこから標本抽出を行い,どのような被写体が対象とされているかを分析する方法をとった。 現在, 自治体広報紙の多くが PDF 形式のフアイル(以降,PDF)としてインターネット上で公開されている。そこでまず,対象自治体が公開する PDF を収集した。次に, PDF から画像(JPEG 形式)をエクスポートして入手(120,699 点)した。エクスポートは Acrobat Pro の機能を利用した。 なお福岡県の 61 自治体中, PDF で公開していないケースや紙面全体を画像化して公開するケースが 9 自治体あった。それらは今回の対象からは除外した。 図 1. 調査の流れ 続いて, それらの画像群から写真を選別した。PDF からのエクスポートでは,写真に限らず,イラストのほかマスク処理のための中間的な画像などが一緒に出力されるため, 写真のみを選別する必要がある。しかしそれらの画像点数は膨大であるため, 目視だけに頼る選別は困難である。そこで機械学習による画像分類の手法を用いた。あらかじめ写真と写真ではない画像を用意し,それらを CNN (Convolutional Neural Network) で深層学習した。その結果を用いてプログラムによる画像の二值分類を行った。そこからさらに目視でチェックを行い,写真を選別した。 加えて細かくは,(1) 同じ写真が重複して使用されるケースや, (2) 画像の一部に写真が使用さるケース,(3)写真が断片化するケ一スなどがあった。(1)はプログラムで計算した画像の類似度を参考に単一となるよう調整した。(2)は主にポスターや書影の画像である。 これらは,写真ではなく印刷用イメージを入手して掲載する場合が少なくないと考えられ る。書影の場合は,いわゆる物撮りとして撮影し掲載する場合も少くないが,判断が難しいため一律にすべて削除する方針をとった。つまり, これらの被写体は今回の調査結果には含まれない。(3)は, ソフトウェアの仕様で写真が断片化するケースがあった。目視で断片化した写真のうち代表的な 1 点を残しほかを削除した。そのほかも目視で可能な限りチェックした。 以上の手順で整理を行い,調査母集団となる写真群(36,605 点)を準備した(表 1)。そのうえで, 自治体ごとの写真点数に応じた比率で, 合計 1,000 点の標本を無作為抽出 (非復元)した。そのうち,ここまでのチェックで見逃した調査対象外の画像 8 点が含まれていたことから, それらを除いた 992 点の写真を分析した。 表 1 . 調査母集団の整理 ## 3.3 調査結果の分析及び考察 標本抽出した写真を一枚ずつ目視で確認しながら, 探索的に被写体の範囲をおおまかに説明可能なカテゴリーを検討した。 その結果, (1)人物・イベント(739 点), (2)景観・自然 (104 点), (3)料理・食べ物 (43 点), (4)その他(106 点)の 4 つのカテゴリー を導出した(表 2)。 このうち突出して多く特徵的なのが, (1)人物・イベントであり, 全体の約 $75 \%$ を占めている。人物とイベントを同一のカテゴリーに含めたのは,摖りや成人式といった行事など, 各種イベントの場面で人物を被写体とする写真が多く, 両者は不可分の関係にあると考えられたためである。表 2. 調査結果 この点に関して,2019 年に実施されたデジタルカメラに関する調査(対象:日本国内 1,000 名, 月平均 30 枚以上撮影する人)では,被写体の第 1 位が風景・夜景, 2 位は国内旅行と報告されている。国内旅行では同行者を撮影することがあり得るものの,子どもや夫・妻・パートナーといった人物を直接的に想起させる項目は,それより下位に位置していた [8]。また文化情報資源の視点に目を向けると, ストックフォトサービスである Adobe Stock で被写体が人物の写真を検索した場合, $54,323,464$ 枚が該当した。これは利用可能な写真 206,698,396 枚の約 26\%である [9]。 勿論, 他の PR 誌や商業誌の掲載写真との間で比較すべきではあるが,一般的な写真や利用可能な写真資源と比べた際に, 自治体広報写真は「人物を撮る写真」と言えないだろうか。 この視点から分析を深めるべく, (1)人物・ イベント内の写真をさらに分類した。その結果, A : ポートレイト (192 点), B : 集合・記念写真 (117 点), $\mathrm{C}$ : 顔のわかるスナップ写真 (373 点), D : 顔のわからないスナップ写真 (41 点), $\mathrm{E}$ : その他(16 点)の 5 つのカテゴリーを導出した(表 2 )。 このうち最も多いのが $\mathrm{C}$ :顔のわかるスナップ写真で,イベントの参加者などにフォー カスして撮影した写真である。対して $\mathrm{A}$ :ポ一トレイトは, 赤ちゃんの顔写真など個人に注目した肖像写真である。また B:集合・記念写真は,イベント時の集合写真のほか表彰 時などの記念写真である。 すなわち自治体広報写真に写る人物の大半はイベントなどの参加者だと示唆される。他方で A,B の写真を合わせると 4 割超を占める点も興味深い。C の人物はいわゆる匿名であるが,A,Bではその人物を紹介する意味合いが含まれることがあり, 広報紙面上の情報から個人を特定できる可能性がある。 最後に以上の分析をもとに, 肖像権の権利処理の対象となり得る写真(顔がわかる写真) の割合を推定したい。すなわちここまでの分析から, (1)人物・イベントのうち $\mathrm{A}, \mathrm{B}, \mathrm{C}$ の写真 (計 682 枚) が肖像権処理の対象になり得ると考えられる。これは全体 992 枚のうち $68.75 \%$ (95\%信頼区間:下限 0.658 , 上限 0.716)を占める [10]。つまり過半数の写真は, 肖像権処理の対象になり得る写真だと示唆される。 ## 4. おわりに 本研究では自治体広報写真の被写体が何かを明らかにするため,探索的なアプローチで自治体広報紙の掲載写真を調査した。その結果, 写真の主な被写体は人物であり, 写真の過半数が肖像権処理の対象になり得ることが示唆された。 一方で本研究の限界として, 限られた自治体及び発行年度を対象としたに過ぎない。より広範な範囲を対象とすることは今後の課題としたい。 ## 付記 本研究は, 2021 年度社会情報学会関東支部研究発表会における筆者の口頭発表[11]の一部をべースに発展させたものです。なお本研究は, JSPS 科研費 JP21K18022 の助成を受けています。 ## 参考文献・註 [1]佐藤忠文. “自治体広報写真の情報資源化に関する基礎的考察”. 社会情報学. 2019, vol.8, no.2, p.187-203. [2]桶上亮一. P.R.の考元方とあり方 : 公衆関係業務必携. 世界書院, 1951. [3]上野征洋. “行政広報の変容と展望——理論と実践のはざまで”. 広報・広告・プロパガンダ. 津金澤聡廣・佐藤卓己編. ミネルヴァ書房, 2003, p.120-146. [4]日本広報協会. “市区町村広報広聴活動調查結果(2018年度)”.日本広報協会. https://ww w.koho.or.jp/useful/research/2018/index.html (参照 2023-09-24). [5]井上由紀恵. 県広報写真の整理と利用. 福井県文書館研究紀要. 2012, vol.9, p.93-100. [6]インフォ・ラウンジ株式会社. Open Phot o. https://openphoto.jp/,(参照 2023-09-24). [7]鈴木彩音, 浦田真由, 遠藤守, 安田孝美.“自治体における観光振興のための画像公開方法の検討”. 観光情報学会第 20 回研究発表会. 2019, p.25-28. [8]一般社団法人カメラ映像機器工業会. “「20 19 年版フォトイメージングマーケット統合調査」の結果について”. 2019-11-14. https:// www.cipa.jp/documents/j/pressrelease20191 114photolovers.pdf,(参照 2023-09-24). [9] Adobe. Adobe Stock. https://stock.adobe.c om/ (参照 2023-09-24). [10]Clopper-Pearson の正確信頼区間。計算にはSPSS Statistics 27 を使用した。 [11]佐藤忠文. “自治体広報写真の情報資源化一写真の管理実態を中心に”,オンライン(ロ頭発表),2021-3-10, 社会情報学会関東支部研究会.
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# [B13] 小規模自治体連携による地域デジタルアーカイブ 構築の課題と展望 : 奥会津デジタルアーカイブ準備室の実践から ○榎本千賀子 1 ),櫻澤孝佑 ${ ^{2}$ ) 1) 新潟大学人文学部, $\bar{T} 950-2181$ 新潟県新潟市西区五十嵐 2 の町 8050 2) 会津地方振興局・奥会津地域おこし協力隊 E-mail: [email protected] ## Constructing a Digital Community Archives through Small-Scale Municipal Collaboration: Practical Report based on the Okuaizu Digital Archives ENOMOTO Chikako1), SAKURAZAWA Kosuke ${ }^{2}$ ) 1) Niigata University, 8050 Ikarashi 2-no-cho, Nishi-ku, Niigta, 950-2181 Japan 2) Aizu Development Bureau ## 【発表概要】 自治体連携は、小規模自治体がデジタルアーカイブ(以下 DA)構築に取り組む上での障壁となるノウハウやリソースの不足を補い、事業の効率性と効果を高める方法と期待される。しかし、自治体連携による DA 構築の事例はまだ少なく、同方法の課題と可能性は十分に検討されていない。そこで本発表では、福島県奥会津地方の広域 7 町村(柳津町・三島町・金山町・昭和村・只見町・南会津町・檜枝岐村)による DA 構築の試み「奥会津デジタルアーカイブ準備室」 の実践紹介を通い、自治体連携型 DA 構築の検討の出発点としたい。 全国有数の豪雪地帯という環境と旧南山御蔵入領としての文化・歴史、電源立地としての共通利害で結ばれた 7 町村による DA 構築は、同地域の文化資源管理全体の基盤整理事業として期待される。しかしその実現には、議論の基盤となる共通認識の醸成、意思決定過程の明確化、作業の徹底した省力化、データ作成・保管環境の整備等の課題が残されている。 ## 1. はじめに 日本国内では近年、DAを社会・学術・文化の基盤とする DA 社会の実現に向けた環境整備が国の主導により進展しつつある[1]。特に 2020 年に公開された、「ジャパンサーチ」(国立国会図書館)により、国内における幅広い分野・地域のDA の集約・連携、およびその支援体制が国レベルで構築されたことは、大きな進展と言えるだろう。 しかし「ジャパンサーチ」は、分野・地域内におけるメタデータの標準化・共有・長期アクセス基盤整備の効率化のために、それぞれの分野・地域に調整役および DA 推進の核となる 「つなぎ役」を求めている。そして、各分野・地域の小規模機関については、この「つなぎ役」 を介して「ジャパンサーチ」と連携を行うという仕組みを採用する。だが、特に地域を対象とした「つなぎ役」は、現時点で十分に機能しているとは言い難い。このような状況のなかで、 ノウハウとリソースを持たない小規模基礎自治体が単独でDAを構築することは、今なお困難な挑戦である。 このような状況に対しては、地域型の「つなぎ役」の機能明確化とローカルレベルへの支援の充実が、主たる解決策として提唱されてきた [2]。しかし、トップダウン型の体制づくりだけでなく、ローカルレベルにおける、地域自身の状況に合わせたボトムアップ型の取り組みもまた、地域のニーズと実情を反映した DA 社会の実現のためには必要であろう。 そこで本発表では、ボトムアップ型の取り組みの一例として、自治体連携によるDA 構築に注目する。具体的には、福島県奥会津 7 町村が取り組む「奥会津デジタルアーカイブ準備室」 を例に実践報告を行う。 ## 2. 小規模自治体連携に よる DA 構築の実践 自治体連携は、小規模自治体が DA 構築に取り組む上で障壁となる、ノウハウやリソースの不足を補うとともに、自治体区分を越えて共有される地域文化資源をDA 上で統合することにより、事業の効率性と効果を高めると期待される。しかし、自治体連携による DA 構築は、姫路市とその周辺自治体による「はりま 表 1 奥会津デジタルアーカイブ準備室参加機関ふるさとアーカイブ」(2016 年公開) を嗃矢とする新たな取り組みである[3]。このため、その課題と可能性はいまだ十分に検討されていない。 そこで本発表では、福島県奥会津地方の 7 町村 (柳津町・三島町 ・金山町 $\cdot$ 昭和村 $\cdot$ 只見町 $\cdot$南会津町・檜枝岐村)が現在進行系で取り組む 「奥会津デジタルアーカイブ準備室」の実践を紹介し、自治体連携による DA 構築検討の出発点とする。なお、同準備室は現在 DA 公開準備の段階にあり、実際のDAはまだ公開されていない。そのため、本発表の射程は、DA 構築の計画段階に限定される。今後発表者は、同準備室による実践を継続的に報告してゆく予定である。 ## 2. 1 奥会津デジタルアーカイブ準備室 全国有数の豪雪地帯という自然環境と、旧南山御蔵入領としての歴史と文化を共有する福島県南西部の広大な過疎・中山間地域は、奥会津と呼ばれている。「奥会津デジタルアーカイブ準備室 (以下準備室)」は、この地域で 2023 年 4 月より DA 構築に取り組む組織である。準備室には現在、 7 町村 14 の機関が参加している(表 1 )。 準備室は、施設をもたないエコミュージアム 「奥会津ミュージアム」[4]の一部門として開室された。準備室は、展覧会企画を手掛ける「奥会津 7 町村文化施設間連携事業」、奥会津ゆかりのライターの手によるエッセイや地域ドキュメンタリー記事を掲載する「奥会津ミュージ アム Web版」とともに、地域の生活文化や自然、人々の生き様などの地域の宝を伝元、奥会津の新しい風景を作る土台となる DA の構築を目指している。 「奥会津ミュージアム」事業全体は、伊南川・只見川流域の水力発電所立地町村に交付され了電源立地地域対策交付金を活用し、地域振興・人材育成に取り組む只見川電源流域振興協議会 (以下只電協) の枠組みに基づいて実施されている。只電協は 7 町村からの出向者を中心とした職員で運営されており、文化資源管理の専門家は配置されていない。しかし、奥会津には地域の文化資源管理の核を担える大規模 MALUI 機関が存在しないことから、 7 町村全体に関わる事業を長期的に継続可能な機関として、只電協が本事業の事務局を務めている。現在の奥会津では、全国の中山間地域と同様、人口減少や少子高齢化といった問題が深刻化している。DAは、今後ますます厳しい状況になってゆくと予想される地域文化資源管理を、 7 町村で連携して行うための基盤整備事業として期待されている。 ## 2.2 経緯(1):DA 構想〜準備室開室まで 奥会津地域におけるDA 構想の発端は、準備室の開室から約 3 年前の 2020 年 2 月に策定された「第 4 期只見川電源流域振興計画」に遡る。しかしながら、策定された DA 構想をめぐる議論は長期間にわたって具体化されることのないまま、紆余曲折を繰り返してきた[5]。 こうした事態は、2021 年 2 月の段階で DA 構 想が「奥会津ミュージアム」の一事業へと再整理されたことや、システム構築スケジュールの遅れなど、様々な事情が複合的に作用して引き起こされたと考えられるが、小規模自治体連携特有の構造的問題としては、以下の 3 点が大きく影響したと考えられる。 ## (1) 議論の土台となる共通認識の不在 奥会津 7 町村には、DA 構築に携わった経験を持つ学芸員・行政担当者は少なく、具体的な DA の事例やその活用方法のイメージが地域内に共有されてこなかった。議論の土台となる共通認識がないために、議論のスムーズな進行も困難であった。 ## (2) 奥会津の共通イメージ・共通課題の不在奥会津 7 町村は、1980 年代後半より只見川電源流域協議会として共同で事業に取り組ん でおり、 7 町村が多くの共通点を有しているこ とは地域内でも概ね了解されてきた。しかし一方で、広大な奥会津地域全体を統合するイメー ジは未だ共有できていない。さらに、各町村お よび参加機関の文化資源管理上の課題や目標、所蔵資料は多様であり、DA 構築にあたって、 7 町村全てが納得・協力して取り組むことので きる使命・目標の設定やデジタル化対象資料の 選定は困難であった。 (3) ノウハウとリソース不足 奥会津 7 町村には、DA 構想を牽引できるようなノウハウとリソースを持った機関が存在しない。また、 7 町村内の文化資源管理機関や教育委員会は、慢性的な人手不足に悩まされており、一部町村には学芸員等の専門職員の配置がない。このような状況下で、構想の舵取りは文化資源管理を専門としない只電協の職員に任されてきた。しかし、文化資源管理担当者の業務の実態や負担感を十分に汲み取れず、現実的な DA 構想をまとめることができなかった。 ## 2.3 経緯(2):準備室開室以降 このような長期間の足踏み状態を仕切り直すべく設けられたのが、2023 年 4 月に開室した準備室である。現在準備室では、これまで明確でなかった意思決定の場を、奥会津 DA 検討会として明確化するとともに、地域内に議論の土台となる共通認識を醸成すべく、以下の事業 に取り組んでいる。 (1) 全国の地域DAの取り組みを紹介する公開講座の開催 (2)「奥会津ミュージアム Web 版」における準備室の活動報告「奥会津 DA 準備室だより」の連載 (3) 市民参加ワークショップの実施 また、「7 町村文化施設間連携事業」が本格的に始動し、「奥会津ミュージアム」の枠組みのもとに 7 町村が単年度ごとにテーマ・目標を掲げて文化資源の再整理・捉え直しに取り組み始めたことを踏まえて、DA 構築についても、 この動きに足並みを揃えたものとすべく準備を進めている。 ## 3. 課題と展望 準備室のこれまでの活動からは、小規模自治体連携による DA 構築がその初動段階で抱える課題と展望が見えてくる。 まず、MLA・MALUI 連携とも共通する一般的な連携の課題として、経緯・目的・課題の異なる町村および機関での意思統一の困難が挙げられる。しかし、特に奥会津のような小規模自治体間連携の場合には、意思統一の土台となるべき共通認識が、より脆弱なものとなりがちであることに注意が必要である。小規模自治体では、博物館や図書館などの文化資源管理機関を持たないことも多い。それゆえに、小規模自治体連携の場合には、MLA・MALUI 機関同士ならば議論の土台となりえるはずの文化資源管理に関わる共通認識が希薄にしか分かち持たれていない。 また、小規模自治体連携に特有の課題としては、極めて厳しいノウハウ・リソース不足への対応と、DA 構築の牽引役となる機関の不在がもたらす意思決定過程の複雑化がある。 ノウハウ不足一の対処としては、DA 構築のできるだけ早い段階で、最低限の議論の土台となる共通認識を醸成しておくことが望ましい。 それが、後のスムーズな議論に影響するからである。また、リソース不足の問題については、資料のデジタル化やメタデータ整理作業の計 画・立案段階で、省力化をどれだけ実現できるか否かが、DA を持続可能なものとして実現化する上での鍵となるだろう。また、牽引役となる機関の不在に対しては、少なくとも意思決定のルールを明確化しておくことが必要である。 なお、準備室での活動からは、 7 町村内の一部において、将来的な資料電子化やデータ利活用を著しく煩雑にしかねないデータ管理が行われている可能性が見えてきた。展覧会準備・町村史編纂などの大規模かつ重要な資料整理の機会に、将来的なデータ活用や DA でのデー タ公開を見越した地域内共通のデータ管理のモデルを示すなど、文化資源管理関連データ全体の管理方法を見直すことも、DA 構築の省力化のためには必要であろう。 また、 7 町村の複数機関で、地域文化資源に関わる写真や映像などのファイルを安全かつ長期的に保管する専用ストレージが整備されていないことが判明した。こうした機関では、担当者が記録の作成を控えるという事態も発生している。これを踏まえて準備室では、DA のバックヤードとして地域共同のデータストレージの整備を検討している。 加えて、地域内で円滑な意思決定を実現するためには、地理的距離への配慮も必要であろう。奥会津 7 町村は神奈川県の面積に匹敵する広さを持つ。そのため、検討会等の毎回の会議で 7 町村担当者を 1 箇所に集めることは、業務上大きな負担となる。オンライン会議システムなどの情報通信技術を積極的に利用し、負担を軽減することが必須である。 最後に、以上のようなボトムアップ型で行われる自治体連携の取り組みを、長期的に継続可能なものとするためには、トップダウン型の支援も求められるだろう。特に長期アクセス基盤整備は、より広域からの視点で取り組まれるべきではないだろうか。 ## 謝辞 本研究は JSPS 科研費 19K01223 の助成を受けたものです。 ## 参考文献 [1] デジタルアーカイブジャパン推進委員会・実務者検討委員会. 3 か年総括報告書 :我が国が目指すデジタルアーカイブ社会の実現に向けて. 内閣府知的財産戦略推進事務局. 2020-08, https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digi talarchive_suisiniinkai/pdf/r0208_3kanen_h oukoku_honbun.pdf (参照 2023-02-11). [2] デジタルアーカイブ学会 SIG ジャパンサ一チ研究会. ジャパンサーチに関する提言. デジタルアーカイブ学会. 2019-10-30. https://digitalarchivejapan.org/bukai/sig/jap ansearch/teigen/ (参照 2023-02-11). [3] 姫路市. はりまふるさとアーカイブ. 2016. https://www.library.city.himeji.hyogo.jp/web museum/ (参照 2023-09-24). [4] 只見川電源流域振興協議会. 奥会津ミュー ジアム. 2023. https://okuaizu.design/ (参照 2023-09-23). [5] 榎本千賀子・櫻澤孝佑. 過疎地域における広域自治体連携とデジタルアーカイブ構築: 奥会津デジタルアーカイブ構想の現状と課題.創生ジャーナル. 2023, 6 , p.59-70.
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# [B12] 図書館員がつくる地域のデジタルアーカイブ: ## 石川県立図書館 SHOSHO ISHIKAWA ○川嶌健一 1),中村哲士 2),森伸 2),相田雅人 3),小林智洋 1),池畑木綿子 4),坂井綾子 4) 1) 株式会社 NTT データ, 〒135-6033 東京都江東区豊洲 3 丁目 3 番 3 号 2) 株式会社 NTT データ北陸, 3) 株式会社 NTT データアイ,4) 石川県立図書館 E-mail: [email protected] ## A Regional Digital Archives Managed by Public Librarians: ## SHOSHO ISHIKAWA, by Ishikawa Prefectural Library KAWASHIMA Kenichi'), NAKAMURA Satoshi ${ }^{2}$, , MORI Nobu ${ }^{2}$, AIDA Masato ${ }^{3}$, , KOBAYASHI Tomohiro $^{1)}$, IKEHATA Yuko ${ }^{4}$, SAKAI Ayako ${ }^{4}$ 1) NTT DATA Corporation, 3-3-3 Toyosu, Koto-ku, Tokyo, 135-6033 Japan ${ }^{2}$ NTT DATA Hokuriku Corporation, ${ }^{3)}$ NTT DATA i Corporation, ${ }^{4)}$ Ishikawa Prefectural Library ## 【発表概要】 新石川県立図書館基本構想では、図書の貸出や閲覧機能だけでなく、公文書館機能・生涯学習機能を一体的に備充、石川が誇る多彩な伝統文化などの「石川ならではのコレクション」を収集・活用することを定めている。開館と同時に公開した資料検索サイト SHOSHO ISHIKAWA は、石川県立図書館が所蔵する 100 万点以上の資料の検索を提供するだけでなく、デジタルコレクションの管理と公開も担う。SHOSHO ISHIKAWA は公共図書館のリソースによって継続的に運用できることを条件として、地域における資料の発見と利活用機会の最大化を図るデジタルアーカイブとして構築した。手法としては、独自のデータセットを活用した検索サービスや、資料のキュレーション等、図書館員自身の手で効率よく運用するためのデータ構造と機能性の実現に加えて、運用上は図書館のリソースに依らない、機械学習を用いた資料のレコメンドなど、デジタル変革の試みを合わせて用いた。本稿ではその実現について報告する。 ## 1. はじめに 石川県立図書館は建物の老朽化・狭隘化により、2022 年 7 月に移転、新築された[1]。そのコンセプトのひとつとして「思いもよらない本との出会い」、いわゆる「セレンディピテイ(serendipity)」の実現を掲げる[2]。そのための手段の一つとして、石川県立図書館が所蔵する 100 万点以上の資料の検索や、デジタルコレクションの管理と公開を担う資料検索サイト SHOSHO ISHIKAWA[3](以下、 SHOSHO)を、新館開館と同時に公開した。 SHOSHO は Web 上だけでなく、来館者に対する資料とデジタルコンテンツの検索ポータルの役割も担う。 背景にある課題は利用者による資料の利活用促進であり、そのために SHOSHO には、資料に出会えるルートを、利用者が入力するキーワードやパラメータのみに依存した検索以外にも複数揃えることによって、利用者と資料とのタッチポイントを豊富に実現し、発見性を向上することを目指す。しかし実現にあたっては公共図書館のリソースによって継続的に運用できる必要があり、この点を踏まえて以下 2 つの手法を用いる。(図 1) 1 つ目は、図書館独自のデータセットを活用した検索サービスや、デジタルコンテンツのキュレーション等、図書館員自身の手で効率よく運用するためのデータ構造と機能性の実現、とする。これにより地域独自の概念を媒介とする資料やコンテンツの発見につなげることを目指す。 2 つ目としては、利用者に対する資料のレコメンドを試みる。レコメンドの根拠には書誌情報等の資料に関する情報に加えて、ユー ザの閲覧履歴と、貸出履歴とを「インタラクティブ・データ」(Mohan[4])として活用する。 特に後者 2 点については利用者から得られるデータをマスキングしたものを、アルゴリズムによって自動的、継続的に活用して実現するものであり、図書館員の運用リソースに依存せずに、資料情報とは異なる示唆による発見を提供する。これらの意味でこの手法はデジタル変革の 1 つと位置付けられる。 図 1.SHOSHO で実現する手法の概要 ## 2. 地域固有データセットの管理と利活用 ## 2. 1 多様なデータの統合とリンクの生成 SHOSHO には図書、雑誌、視聴覚資料、古典籍 - 古文書、公文書、新聞記事、雑誌記事などの情報資源の記述情報に加えて、「石川 コレクション」とよばれる図書館独自の資料 コレクションについて記述する件名のデータ セットや、石川県ゆかりの人物とその文献に ついて記述したデータセットなど、図書館員 が整備してきた固有のデータセット複数を、 1 つのプラットフォームに統合した。(図2) これらのデータセットはいずれも整備主体の図書館員自らが、継続的にメンテナンスする必要がある。そのため、1. データセットごとに個別にフィールド定義された GUI よりメンテナンス可能である点、2. データセット間のリンクが条件に応じて自動的に生成される点、3. そのリンクが資料情報の表示と検索サ一ビスに自動的に反映される点を実現した。 図 2. SHOSHO のデータ構造とリンクの生成 ## 2. 2 石川コレクションキーワードおよび郷土件名典拠の活用 石川コレクションキーワード、および郷土件名典拠には、これまで図書館員が整備してきた独自のキーワードが含まれている。例えば石川県における伝統的な漁業である「ボラ待ち」というキーワードは、馴染みのない者にとっては思いつくのが難しい。SHOSHO ではこのデータセットを利用して公共図書館独自の観点で整備したキーワードの利用者への提示による、ワンクリックの検索サービスを提供する。 また、例えば石川県の伝統工芸品の 1 つである「漆器」について、「漆工芸」や「漆芸」 という件名が類似の概念であることが、石川コレクション、および件名典拠においてはデ一タ間のリンクとして表現されている。(図 3) このリンクを用いて、ある件名で検索された場合、リンクされた類似の概念による検索も同時に実施することで、表現の違いを吸収した検索を実現する。 図 3. 石川コレクション件名典拠のデータ構造 ## 2.3 ふるさとコレクション SHOSHO サービス開始以前の石川県人物文献検索データベースでは、「文献データ」と 「人物件名データ」のレコードが人物件名コ一ドでリンクされており、その記述の対象は石川県ゆかりの人物である。SHOSHO ではこれらデータセットを統合した。(図 4) 図 4. ふるさとコレクションのデータ構造 SHOSHO ではこのデータセットを用いて、石川県にゆかりのある人物を入口とした関連資料の発見するための、「ふるさとコレクション」サービスを提供する。(図 5) 関連資料は書誌情報と統合されており、蔵書があればその資料ページに直接遷移することができる。 図 5.「ふるさとコレクション」ページ ## 2. 4 資料キュレーション SHOSHO は、管理する資料データやデジタルコンテンツを図書館員がある文脈に沿ってキュレーションし、公開ページ上に配置して公開する機能を備える。配置にあたって図書館員は画像や書誌情報自体を入力する必要はなく、資料やコンテンツの ID を指定するのみでよい。またウェブページの構造とスタイ ルについても、テンプレートを指定することで適用される。この機能性によって、図書館員の任意のテーマに沿った特別展を、管理される資料やデジタルコンテンツを参照する形で、Web 上で容易に実施することができる。 2023 年 9 月時点で公開されているキュレーシヨン展示例を図 6 に示す。 図 6.キュレーション展示事例 ## 3. 資料のレコメンド ## 3. 1 デジタル変革としての位置づけ いわゆるデジタル技術によってビジネスや業務を変革し、新しい価値をもたらす「デジタル変革」は、公共図書館等の文化機関における課題解決にも有効であると考える。 Mohan[4]は、従来型組織におけるデジタル変革による初手の提供価値は既存業務の効率化であるが、特にユーザから得られる連続的なデータを「インタラクティブ・データ」として定義し、その活用によってデータ駆動型の新しい業務モデルを構築して、より新しい価值を提供できるとする。SHOSHO では機械学習のアルゴリズムを用いて資料やデジタルコンテンツのレコメンドを提供することで、図書館のリソースに依存せずに新しい資料発見の機会を継続的に提供することを目指す。 SHOSHO では、表 1 に示す 3 種類のレコメンドを実現した。いずれも特定の資料またはデジタルコンテンツのページを表示した際に、下部に表示される。以下ではその方式について述べる。 表 1.SHOSHO で実現するレコメンド機能 \\ ## 3.2「似ている資料」のレコメンド SHOSHO に登録される書誌情報などのメタデータのテキスト列をべクトル化し、その空間上での距離に基づいてレコメンドを実施する。べクトル化実行時には、フィールドを選択して重みづけを実施している。本方式は公共図書館側が従来整備、提供するデータを根拠としている点において、バリューチェー ン側のデータを利用するデータ駆動型サービスであると言える。 ## 3.3 閲覧・貸出履歴を利用するレコメンド 図書館利用者(エンドユーザ)側から得られるデータを根拠とした方式が「よく一緒に見られている資料」、そして「よく一緒に借りられている資料」のレコメンドである。これらはプル型の検索とは別の、資料発見の機会創出を目指すが、プライバシー保護の観点から、元となる利用者とその行動を特定できないデータ活用とする点に注意が必要である。 前者の方式では、SHOSHO における閲覧履歴をベースに、前後に閲覧される頻度の高いアイテムを統計值として保持し、レコメンドの際のスコアとする。このとき、アクセス元の個人に関する情報は利用しない。 後者の方式では、同じ日に同じ利用者に対して貸出された資料を「同時に借りられた資料」として評価し、その頻度を統計値として保持する。このとき、個人を特定できる情報は利用しない。従って、特定の個人への貸出履歴のみに基づくレコメンドとはならないし、元となった個人の特定も不可能である。 ## 4. おわりに SHOSHO では、公共図書館が持つリソー スによって地域の利用者への資料発見機会の最大化をいかに図るかという課題に対して、 SHOSHO における図書館独自のデータセットの統合およびさまざまな活用に加え、デジタル変革の手法の 1 つとして、機械学習によるアイテムのレコメンドを実現した。今後、実現した種々の利用者向け機能のレファレンスツールとしての活用が広く浸透すること、 また子ども向けのツールとしてどうあるべきかについて、検討が必要である。加えて、県内自治体の図書館や、県立美術館など他の文化機関とのデータの連携による利用者提供価值の向上もまた、課題である。 なおレコメンド機能については、SHOSHO 公開以後の資料発見機会創出への寄与を評価し、評価結果を効果的にチューニングへ反映する必要がある。 ## 参考文献 [1] 石川県. 新石川県立図書館基本構想. 201703. https://www.library.pref.ishikawa.lg.jp/file/3 260.pdf (参照 2023-09-16). [2] 嘉門佳顕. 石川県立図書館のリニューアルオープンについて. カレントアウェアネス-E. https://current.ndl.go.jp/e2540(参照 202309-16). [3] 石川県立図書館. SHOSHO ISHIKAWA. https://www.library.pref.ishikawa.lg.jp/shos ho/ (参照 2023-09-16). [4] Mohan Subramaniam. The Future of Competitive Strategy: Unleashing the Power of Data and Digital Ecosystems. The MIT Press, 2022-08-16, 14p. この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [B11] 地域デジタルコモンズで拓く知識循環型メディア 環境 : オープンプラットフォームによる地域アーカイブ化支援 ○前川道博 1 ) 1)長野大学企業情報学部,〒386-1298 長野県上田市下之郷 658-1 E-mail:[email protected] ## A Knowledge-Recycling Media Environment through Area-Based Digital Commons: Support for Area-Based Archiving through an Open Platform MAEKAWA Michihiro ${ }^{11}$ 1) Nagano University, 658-1 Shimonogo, Nagano, 286-1298 Japan ## 【発表概要】 $\mathrm{d}$ コモンズプロジェクトは地域デジタルコモンズのクラウドサービスとなる d-commons.net を研究開発し、地域資料のデジタルアーカイブ化、地域づくり活動、地域学習などの包摂的な支援に役立ててきた。そこから導き出されたデジタルアーカイブの課題は、(1)オープンプラットフオームの構築、(2)DX 社会に対応できる人材育成である。 本研究では、地域デジタルアーカイブの構築・運営に「地域デジタルコモンズ」モデルをどう適用するかを示す。知識循環の促進には旧来の「デジタルアーカイブ」モデルでは限界があること、当初からオープンプラットフォームを導入することによりどの地域、機関においても誰でも平易に、フラットに、かつ低コストで運営できること、技術革新が進むメディア環境の変化過程においてはなおのこと、オープン性が必要であること、そのプロセスの共有が各地の人材育成の支援策となることを示す。 ## 1. はじめに 社会が知識消費型社会から知識循環型社会へと大きくシフトしつつある一方で、日本の縦割り型社会に起因すると思われる弊害も顕在化しつつある。オープンでフラットなデジタルアーカイブ環境の実現は未だに現実味を帯びていない。全国の地域、機関等のデジタルアーカイブサイトの多くはベンダーごとのプラットフォームの上に構築されている。異なるサイト間でのデータ流通は配慮されていない。運営主体である自治体、機関等はアー カイブの設計から構築・運用までをアウトソ ーシングするのが実情である。その結果、高コスト、持続性の限界、データ流通の限界、相互の弱小・孤立が誘引される。さらには各地で DX 化、デジタルアーカイブ化が担える人材が育ちくい誘因となる。 こうした課題の解決を図り、一人一人が自己実現できる主体的な学習の成就を支援できるウェルビーイングな社会の実現を目指し、d コモンズプロジェクト [1]がコアとなり、地域デジタルコモンズクラウドサービス d- commons.net を研究開発し、地域資料のデジタルアーカイブ化、地域づくり活動、地域学習などを包摂的に支援してきた。 ## 2. 地域デジタルコモンズの概念と特性 ## 2.1 分散型デジタルコモンズ 「デジタルコモンズ」とは本研究ではデジタルな知識・情報源の共有地と定義する。情報を提供する人は専門家か非専門家か、研究者か一般の学習者か、大人か子どもか、施設か個人かといった区別なく誰もが対等に知識を出し合い、蓄積し、知識を相互循環(リサイクリング)できるメディア環境とそれを使って形成されるコモンズ(共有地)である(図1)。 図 1 デジタルコモンズの概念 ネット上に皆が知識を載せ合える知識の本棚(デジタルアーカイブ)を作り、そこにみんなで地域の一次資料等も含むデータを載せ合いシェア(共有)する形で知識を活用しあう。「みんなでつくるデジタルアーカイブ」である。「地域デジタルコモンズ」は、特定の地域、機関、団体等それぞれが自律分散的に運営するデジタルコモンズである。 ## 2. 2 クラウドサービス d-commons.net d-commons.net は、デジタルコモンズクラウドサービスとして研究開発した一実装である。2017 年に試作したデジタルアーキビスト養成講座の学習支援ツ一ルを原型とし、その後、汎用性を高めたものである。下諏訪町立図書館の参加型地域情報サイト『みんなでつくる下諏訪町デジタルアルバム』 (2020 年〜) [2]に適用したのを起に、知識循環を実現できるサービスとして機能強化と汎用化を図った。現時点では、約 20 のデジタルコモンズサイ卜の運用に適用している。社会教育施設、大学、地域づくり組織、大学、学校 (小中高)、市民団体など多様な利用者ケースに適用し、利用者が直面する現実の課題を引き出し、機能の実装に活かしながら、誰もが利用できるサービスの汎用性を高めてきた。 ## 3. 地域アーカイブ構築・運営支援 ## 3. 1 アーカイブの静的/動的モデルの違い デジタルアーカイブサイトの構築は、多額な予算付けをしてベンダーが請け負うケースが多い。また、デジタルアーカイブは構築後に公開して利用してもらうことを前提としている。これを静的アーカイブモデルと呼ぶことにする。これに対し、アーカイビングするプロセスをデジタルアーカイブとして利用するタイプがある。これを動的アーカイブモデルと呼ぶことにする。(図2) 動的モデルは、デジタルコモンズサイトに誰もがアーカイビングしていくプロセスに重きを置くモデルである。 図2 アーカイブの静的/動的モデル アーカイブの導入・構築のリスクを小さく抑える点でもメリットがある。 ## 3. 2 スタートアップ型が人材育成策 全国の社会教育施設、大学、企業等でデジタルアーカイブ化が立ち遅れている背景には、何をどう計画したらよいのかわからないという事情がある。そのため多額の予算立てを講じ、ベンダーにアウトソーシングする要因ともなる。 d-commons.net では、デジタルアーカイブサイトを 0 件時点から開設し、「スタートアップ型」人材育成のツールキットとしても使うことができる(図 3 )。担当者が小さくアーカイブ構築の練習、試行をしながら当事者が学習をしながら成長的・発展的に構築をすることができる。 デジタルアーキビスト養成講座をリスキル /リカレントの人材養成講座として開き、dcommons.net をツールに使う方法も有効である。座学からアーカイビングの実践に展開するのは現実に難しく、ツールの補助が有効である。 ネット上に皆が知識を載せ合える知識の本棚(デジタルアーカイブ)を作り、そこにみんなで地域の一次資料等も含むデータを載せ合いシェア(共有)する形で知識を活用しあう。「みんなでつくるデジタルアーカイブ」である。「地域デジタルコモンズ」は、特定の地域、機関、団体等それぞれが自律分散的に運営するデジタルコモンズである。 ## 2. 2 クラウドサービス d-commons.net d-commons.net は、デジタルコモンズクラウドサービスとして研究開発した一実装である。2017 年に試作したデジタルアーキビスト養成講座の学習支援ツ一ルを原型とし、その後、汎用性を高めたものである。下諏訪町立図書館の参加型地域情報サイト『みんなでつくる下諏訪町デジタルアルバム』(2020 年〜) [2]に適用したのを起に、知識循環を実現できるサービスとして機能強化と汎用化を図った。現時点では、約 20 のデジタルコモンズサイ卜の運用に適用している。社会教育施設、大学、地域づくり組織、大学、学校 (小中高)、市民団体など多様な利用者ケースに適用し、利用者が直面する現実の課題を引き出し、機能の実装に活かしながら、誰もが利用できるサービスの汎用性を高めてきた。 ## 3. 地域アーカイブ構築・運営支援 ## 3. 1 アーカイブの静的/動的モデルの違い デジタルアーカイブサイトの構築は、多額な予算付けをしてベンダーが請け負うケースが多い。また、デジタルアーカイブは構築後に公開して利用してもらうことを前提としている。これを静的アーカイブモデルと呼ぶことにする。これに対し、アーカイビングするプロセスをデジタルアーカイブとして利用するタイプがある。これを動的アーカイブモデルと呼ぶことにする。(図2) 動的モデルは、デジタルコモンズサイトに誰もがアーカイビングしていくプロセスに重きを置くモデルである。 図 2 アーカイブの静的/動的モデル アーカイブの導入・構築のリスクを小さく抑える点でもメリットがある。 ## 3.2 スタートアップ型が人材育成策 全国の社会教育施設、大学、企業等でデジタルアーカイブ化が立ち遅れている背景には、何をどう計画したらよいのかわからないという事情がある。そのため多額の予算立てを講じ、ベンダーにアウトソーシングする要因ともなる。 d-commons.net では、デジタルアーカイブサイトを 0 件時点から開設し、「スタートアップ型」人材育成のツールキットとしても使うことができる(図 3 )。担当者が小さくアーカイブ構築の練習、試行をしながら当事者が学習をしながら成長的・発展的に構築をすることができる。 デジタルアーキビスト養成講座をリスキル 〈リカレントの人材養成講座として開き、dcommons.net をツールに使う方法も有効である。座学からアーカイビングの実践に展開するのは現実に難しく、ツールの補助が有効である。 図4キュレーション型学習 図 4 上図はデジタルアーカイブサイトを使ったキュレーション型学習の例である。それに対して下図のようにデジタルコモンズを用いたキュレーション型学習はデジタルアーカイブサイトや書籍等の資料だけでなく、地域から生きた社会に触れて学び、さらに地域資料などもアーカイビングし、それらをマイサイトに蓄積し続ける学習モデルである。 『みんなでつくる下諏訪町デジタルマップ』 などでは何名もの市民が思い思いの生涯学習活動を展開している。こうした活動が継続すると文字通りの生涯学習活動となる。 長期にわたる学習事例としては、私が 1997 年以来、私自身のサイト『マッピング霞ヶ浦*』 [4]を四半世紀に渡り更新を続けてきたケースがある。記事件数は約 3,800 件、掲載画像は約 6.6 万件になる (2023 年 9 月現在)。同年イトは PopCorn/PushCorn で運用してきた。 これらの実績は $\mathrm{d}$-commons.net のモデルづくりにも活かしている。 ## 6. 今後の展望 本研究では、知識循環型メディア環境の実現に向けたいくつかの社会的課題に対し、 その解決策の方向を提起した。その先に見据えている根本的な解決の方向は、次の 2 点に集約できる。 一つ目はオープンプラットフォームの構築によるメディア環境の平準化である。縦割り型社会の壁を超え、誰もが平易に、フラットに参加できるデジタルコモンズモデルの実現を望みたい。 二つ目は人材育成である。DX 社会において知識循環の支援ができる人材は欠かせない。 その方向での人材育成が一層重要となろう。 d-commons.net は、地域づくり活動、社会教育、学校教育、生涯学習、地域のデジタルアーカイブ事業などに幅広く適用を図り、その実用性の強化を図っている。利用希望を望む方は筆者(前川)までご連絡をいただきたい。 ## 参考文献 [1] d コモンズプロジェクト/d-commons.net. https://d-commons.net/ (参照 2023-09-25). [2] みんなでつくる下諏訪町デジタルアルバム. https://d-commons.net/shimosuwa/ (参照 2023-09-25). [3] 西川町デジタルコモンズ. https://d-commons.net/nishikawa/ (参照 2023-09-25). [4] マッピング霞ヶ浦*. https://kasumigaura.net/mapping/ (参照 2023-09-25). この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [A14] 60 年間の円谷プロ特撮作品群から概観する、日本 の子ども達のレジャー活動の記録と変遷 : 円谷プロ制作『ウルトラマン (1966)』シリーズを中心に 二重作昌満 11 1) 東海大学大学院文学研究科文明研究専攻, $\mathrm{T 259-1292$ 神奈川県平塚市北金目 4-1-1 E-mail:[email protected] ## The record and transition of leisure activities for children in Japan, as seen through 60 years of Tsuburaya Productions' tokusatsu films: \author{ Focusing on the Ultraman (1966) series produced by Tsuburaya \\ Productions \\ FUTAESAKU Masamitsu1) \\ 1)Tokai University Graduate School of Letters, 4-1-1 Kitakaname Hiratsuka, Kanagawa, \\ 259-1292 Japan } ## 【発表概要】 本研究では、国民のレジャー活動の推移を検証するレジャー・レクリエーション研究の視点から、円谷プロが約 60 年に渡り大衆的に発信してきた特撮映像作品(全 98 作品、全 2063 話)に焦点を当て、各時代を生きる子ども達がどんな遊びをし、変化する時代背景によって日本の子ども達のレジャー活動はどう多様化していったのか、その変遷について悉皆調査及び作品関連資料の分析による検証を害施した。その結果、約 60 年に渡り発信されてきた円谷プロの特撮映像作品における子ども達のレジャー活動は変遷を遂げており、当初は複数の子ども達が空き地等で行なう外遊びが主流だったものの、時代の推移と共に空き地や道路といった特定の場所で遊ぶ描写が減少していったほか、教育ママや学習塾による束縛を理由に悩む子ども達、さらには家庭用コンピュータや携帯電話といった新メディアの普及による子ども達のコミュニケーションの変化等が描写されてきたことが確認できた。 ## 1. 研究の背景 我が国では戦後から現在にかけて、国民のレジャー活動は大きく変遷を遂げてきた。その変化の傍ら、各時代の未来を担う存在である子ども達のレジャー活動もまた変化を遂げてきた。大人のような旅行や遠征等ができなくとも、子ども達は近所や学校の友人達とコミュニティをつくり、空き地や公園等の特定の場所を拠点に一緒に遊んだり、秘密基地のような場所を創作して集まったり、直接的に対面ができなくとも家庭用のパソコンやゲー ム機等を用いてネットワークをつくり、擬似的な交流を行なう等、子ども達のレジャー活動もまた変遷を遂げてきた。 上述した子ども達のレジャー活動の変遷を 「映像」という形で記録されていたもののひとつに、各映像制作会社によって発信された 「特撮」作品が挙げられる。特撮とは特殊撮影の略称であり、アニメと並ぶ我が国の映像 ジャンルのひとつである。現在まで多数の特撮映像作品が発信されていたが、これらの作品の中には、半世紀以上に渡ってシリーズが継続している作品が多数存在しており、単にヒーローや怪獣の戦闘といった非日常的な光景だけでなく、作品放送当時の世相や人々の暮らしもまた映し出してきた。その中でも、株式会社円谷プロダクション(以降、円谷プロ)制作のウルトラマンシリーズは約 60 年に渡って派生作品が次々に発信されており、当シリーズを対象とした作品視聴による悉皆調查や資料分析を実施することで、約 60 年間の国民生活に対する、時系列的な変遷の分析が可能であると考えた。そこで本研究では、国民のレジャー活動の推移を検証するレジャ一・レクリエーション研究の視点から、円谷プロが約 60 年に渡り大衆的に発信してきた特撮映像作品に焦点を当て、これらの作品で描かれた子ども達のレジャー活動の変遷につい て検証を実施した。 ## 2. 先行研究 筆者はこれまで上述した「特撮」を誘致資源に、催事の開催や地域振興を行なう観光現象を「特撮ツーリズム」と定義し[1]、映像作品を用いたコンテンツツーリズム研究の一環として包括的な研究を行なってきた。上述した特撮ツーリズムに対する研究を構築してきた一方で、その誘致素材となる特撮映像作品に焦点を当てた研究[2]も併せて実施してきた。 ここまでの先行研究を踏ま亢、本研究ではレジャー・レクリエーション研究の視点から、約 60 年間の円谷プロ特撮作品に描写された 「子ども達のレジャー活動」に焦点を当て、各時代を生きる子ども達がどんな遊びをし、変化する時代背景によって、日本の子ども達のレジャー活動はどう多様化していったのか、少子化が叫ばれる現代社会において将来的な記録を視野とした分析を実施した。 ## 3. 研究の目的 - 対象 - 方法 本研究の目的は、レジャー・レクリエーシヨン研究の視点から、我が国における子ども達のレジャー活動の変遷を明らかにすることである。調査対象は円谷プロが約 60 年に渡り発信してきた特撮映像作品 (全 98 作品、全 2063 話)を対象に設定した。しかし、これら全ての作品を短期間で全て視聴、分析を行なうことは極めて困難であるため、悉皆調査及び資料分析から成る 2 つの調査方法を実施した。筆者は先述した先行研究等を通じて、円谷プロの特撮映像作品の詳細な分析を継続的に実施しており、これらの作品の記録は既に完了しているため、本研究ではこれまでの調査で網羅できなかった作品本編を全て視聴する悉皆調査を行った(全 27 作品、全 312 話)。 さらに、各特撮映像作品の制作背景や制作者のインタビュー等、作品視聴だけでは把握できない、内包されたテーマ等を把握するために関連資料の収集、分析も併せて行なった。分析のために収集した資料は「1.文献」と「2.映像ソフト」の 2 種類に大別できる。これま で我が国のレジャー活動に対する歴史研究やその変遷について調査分析を行なった研究は確認できるが、 1 つの映像制作会社が発信してきた映像作品を対象に、子ども達のレジャ一活動に焦点を当ててその変遷を分析した調査研究は現状確認できないことに研究の新規性があり、また日本で発信されたアニメや特撮映像作品等の映像コンテンツに対するレジヤー・レクリエーション研究も未だ発展途上にあり、本研究を行なうことで研究の視点を広域化できることに学術的意義がある。 ## 4. 結果 約 60 年に渡り発信されてきた円谷プロの特撮映像作品における子ども達のレジャー活動について、本研究では 8 つの時代に分けて、 それぞれの時代を概説する。 ## 4. 1 第一次怪獣ブーム(1966 年〜1969 年) 全 7 作品、全 228 話。この期間に放送された特撮映像作品にて描写される子ども達は、空き地や原っぱといった場所でのびのびと遊び、時に子ども同士の会合の場所として使用している描写も確認できた。このような高度経済成長期下に生きる子ども達の外遊びと、子ども達同士でのコミュニティの形成等が描かれた反面、当時記憶に新しかった交通戦争を懸念した快獣が子ども達に交通安全を呼びかけた作品が発信された(1967 年 3 月 8 日放送快獣ブースカ第 18 話「こちらブースカ! 110 番」)。 ## 4. 2 第二次怪獣ブーム・変身ブーム(1970 年 1975 年) 全 11 作品、全 626 話。この時代に放送された作品は、第一次怪獣ブーム期と同様、子ども達が空き地や公園等で集まり外遊びを行なう描写は継続されていた他、二子玉川園を筆頭とする遊園地にて親子で遊ぶという描写も頻繁に行なわれていた。しかしながら、この時期より親に家の鍵を預けられ、マンションの部屋の中で過ごすことを推奨される「カギっ子」の描写等(1971 年 9 月 17 日放送帰ってきたウルトラマン第 24 話「戦慄!マンシヨン怪獣誕生」)、次第に「第一次怪獣ブーム」 で描かれたような自由でのびのびとした子ど も達の描写は、大人の教育方針による制約が伴うようになった。 ## 4. 3 恐竜ブーム(1976 年〜1979 年) 全 3 作品、全 116 話。当期間は恐竜に焦点を当てた作品が 3 作品放送された。これらの作品においても現代を生きる子ども達に焦点を当てた物語が展開されており、上述した第二次怪獣ブームで確認できた、教育ママに束縛された子ども達の描写が確認可能であった (1978 年 3 月 21 日放送恐竜戦隊アイゼンボ一グ第 24 話「見た! 忍者恐竜の陰謀」)。 ## 4. 4 第三次怪獣ブーム(1979 年〜 1984 年) 全 4 作品、全 146 話。当時は青少年達による犯罪が社会問題化していた時代でもあった [3]。『ウルトラマン 80(1980)』では、我が子が塾をサボったことに憤る教育ママと中学校教師であるウルトラマンとの対話が描かれ、 ウルトラマンが教育ママを説得する描写が発信されていた(1980 年 6 月 15 日放送ウルトラマン 80 第 12 話「美しい転校生」)。 ## 4. 5 平成ウルトラシリーズ第一期(1993 年〜1999 年) 全 13 作品、全 209 話。この期間に入ると、国内の各家庭や教育現場コンピュータが普及したことに伴い、円谷プロ制作の特撮ヒーロ一番組でも、子ども達の遊びや教育描写において変化が見られるようになった。『電光超人グリッドマン (1993)』では、中学生達が自作したコンピュータを活用して、ヒーローの支援者となる展開が描かれた。また、家庭用ゲームの描写も当時代より描かれるようになり、宇宙人達がコンピュータを用いて遊ぶ家庭用ゲーム機を利用し子ども達を洗脳する描写が放送された(1998 年 3 月 14 日放送ウルトラマンダイナ第 27 話「怪獣ゲーム」)。 ## 4. 6 平成ウルトラシリーズ第二期(2000 年 $\sim 2003$ 年) 全 13 作品、全 92 話。当期間の子ども達の描写に着目すると、子ども達のコミュニケー ション描写に変化を生じており、直接的に会って一緒に遊んだり話したりするだけでなく、 ネットワークを介したコミュニケーション描写も度々確認できるようになった。ネット揭示板を活用した子ども同士のやり取りも描か れるようになった(2002 年 8 月 21 日発売ウルトラセブン EVOLUTION 5 部作 EPISODE : 3 ネバーランド)。 ## 4. 7 平成ウルトラシリーズ第三期(2004 年 2009 年) 全 14 作品、全 201 話。この期間の子ども達の描写では、携帯電話が日常的なものとして子ども達の生活に普及しており、小学生の少年が携帯電話を活用して写真撮影をしたり、 ウルトラマンや特捜チームの支援を行なう等、子ども達が携帯電話を所有している社会背景を肯定的に描写していることに特徴があった (2005 年 9 月 3 日放送ウルトラマンマックス第 10 話「少年 DASH」)。 ## 4. 8 ニュージェレネーションヒーローズ放映期(2010 年 2023 年) 全 33 作品、全 445 話。当期間における子ども達の描写は、既にスマートフォンの所有や SNS を介した情報共有・拡散がコミュニケー ションツールとして浸透しており、SNS に写真を投稿し「バズる」描写が導入される等、情報化社会の特性を描写していた(2018 年 8 月 25 日放送ウルトラマン R/B 第 8 話「世界中がオレを待っている」)。 ## 5. 考察 以上の結果から、約 60 年に渡り発信されてきた円谷プロの特撮映像作品における子ども達のレジャー活動は、変遷を遂げ続けてきたことが明らかになった。その変化についてはいくつか列挙できるものであり、まず空き地や道路で遊ぶ子ども達の描写が、時代の変遷と共に減少、消失していったことが挙げられる。「第一次怪獣ブーム(1966 年 1969 年)」 から「第三次怪獣ブーム(1979 年 1984 年)」 の作品では、空き地の土管で子ども達が遊んんだり、道路にて缶蹴りをして遊ぶ等の描写が確認できたが、それ以降の時代に入ると確認が困難であった。また、パソコンや家庭用ゲーム機、携帯電話をはじめとする当時の最新メディアを物語の中に積極的に導入し、これら新メディアの普及が子ども達に与える正負の影響について各作品にて描写されてきたことも円谷プロの特撮映像作品の特徴であっ た。例えば、「平成ウルトラシリーズ第一期 (1993 年 1999 年)」より描写されるようになった家庭用パソコンでは、ヒーローをサポ一トする夢の機械として描かれてきた反面、 パソコン内のゲームに翻弄される子ども達の姿や、ネット揭示板を介して悪友と連み、凶行を計画する子ども達の姿も併せて描写されており、当時の最新メディアを介したレジャ一活動の持つ正と負の両面が描写されていた。 ## 6. おわりに 本研究では、国民のレジャー活動の推移を検証するレジャー・レクリエーション研究の視点から、円谷プロが約 60 年に渡り大衆的に発信してきた特撮映像作品に焦点を当て、これらの作品で描かれてきた子ども達のレジャ一活動の変遷について検証を実施した。本研究はあくまで 1 映像製作会社が発信した映像作品群を対象とした研究であるが、他の製作会社が製作したテレビ番組や映画等、知的財産立国でもある我が国の実状を踏まえれば、調査対象事例は数多存在する。以降は調査対象を拡大していくことが本研究の課題である。 ## 参考文献 [1] 二重作昌満, 田中伸彦.「特撮ツーリズム」 の発展と多様化に関する歴史的研究 : レジャ一・レクリエーション研究. 2017, 82, p.21-30. [2] 二重作昌満, 田中伸彦. 50 年間の円谷プロ特撮作品群から見る日本人の労働観と余暇観:レジャー・レクリエーション研究. 2013 , 72, p.50-53. [3] ウルトラマンタロウ, 和智正喜訳. ウルトラマンの愛した日本. 株式会社宝島社. 2013, 159-173p. この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [12]「藤本蚕業デジタルコモンズ」の構築 :地域資料アーカイブの課題と活用に向けた解決策 ○前川道博 1) 1) 長野大学,〒386-1298 長野県上田市下之郷 658-1 E-mail: [email protected] ## Construction of "Fujimoto Sangyo Digital Commons": \author{ Problem Solving for Using Area-Based Archiving Resources \\ MAEKAWA Michihiro ${ }^{1)}$ \\ 1) Nagano University, 658-1 Shimonogo, Nagano, 386-1298 Japan } ## 【発表概要】 藤本蚕業歴史館(長野県上田市)は蚕種製造企業であった藤本虫業の所蔵資料を保管する文書館である。所蔵資料は 2009 年、その保存整理、目録化が図られたものの、その後 10 数年間にわたり、活用がなされないまま現在に至った経緯がある。本研究はその資料を含めた諸資源の活用、資料のデジタルアーカイブ化に向けて取り組んだ実践的活動を報告し、デジタルアーカイブ化の課題、その解決策を提起するものである。根本的な乘離をもたらす社会的背景には、知識消費(マスコミュニケーション)型社会のレジームがデジタルアーカイブ化への展開を阻害する構造的要因として認められる。これらの課題を解決するため、デジタルアーカイブ活動を知識循環型に転換する「地域デジタルコモンズ」モデルにより、デジタルアーカイブを発信者中心の活動モデルから学習者中心の体系・環境に組み立て直す作業に実践的に取り組んだ。 ## 1. はじめに 藤本蚕業歴史館[1]は、長野県上田市上塩尻で蚕種製造業を営んでいた企業「藤本蚕業」 (1908 年〜、現在は藤本工業)の社屋 2 階に開設された私設の文書館兼展示施設である。 2009 年 10 月に開設した。 藤本工業社屋は 1927 年(昭和 2 年)に竣工した蚕種製造の歴史的建造物である。2 階の蚕室 5 室(第 $1 \sim 5$ 号室)と廊下の一部を文庫室兼展示室として利用している。文書は書庫 33 基に収蔵され、『藤本虫業歴史館史料目録』 [2]に収録された分類の順番に沿って収納されている。藤本工業からの依頼により上田小県近現代史研究会が資料整理に当たった。約 6 年の作業期間を経て 2009 年目録完成に至り、藤本虫業歴史館が開設された。 関係者は歴史研究等に所蔵資料が利用されることを期待したものの、その後、展示室の見学に訪孔る来訪者は時折りあっても、所蔵資料が利活用される機会は殆どないまま開設から約 14 年が経過した。 本研究は、藤本虫業歴史館に関わる課題解決のため、2022 年度、市民ら有志で構成する藤本虫業プロジェクト(代表 : 前川道博)が 1 年間をかけて実施した「藤本虫業資源活用事業」[3]の実践報告である。 ## 2. 地域資料の DA 化の課題 藤本蚕業歴史館のある上田市上塩尻は、日本の基幹産業であった虫糸業の中でも、その基盤をなす虫種製造の中心地だった地域である。その中でも藤本虫業、その前身である旧佐藤宗家(当主は虫種製造家・藤本善右衛門を踏襲)は虫種製造の中核の企業として日本の虫糸業を下支えしてきた。藤本虫業歴史館には虫種製造の膨大な文書が残されている。蚕種製造に関する一次資料は全国的に見ても少なく、藤本虫業歴史館の所蔵資料はその希少性は極めて高い。 「藤本蚕業資源活用事業」においては、何よりも所蔵資料をデジタル化し資料を誰もが利用できるようデジタルアーカイブ(以下 DA)化することを主眼に置き、事業を計画した。 一般にこうしたケースでは相応の予算確保をし、業者委託により DA 化を進めるのが常である。しかし、地域資料の課題は DA 化がされていないことにあるのではない。歴史や 文化を掘り起こす膨大な資料があるにもかかわらず、それらが利用されない背景には、地域社会の旧レジームに阻まれ DX 化が叫ばれながらも一向に進まない現実の壁がある。 根本的とも言える社会的背景には、知識消費(マスコミュニケーション)型社会のレジー ムが DA 化への展開を阻害する構造的要因として認められる。旧来の社会においては地域資料は目録化したり、それらの資料を用いて歴史研究者等の専門家が歴史書を編纂したりすることを旨としてきた。しかしながらそれらは所詮は関係者の知的所産であって、従来、人々はそれらの知的所産を消費(受け売り) するのにとどまっていた現実を直視する必要がある。 本事業においては、地域資料の DA 化が市民などの参加により地域活動、これからの生涯学習活動としてなっていくこと、地域活動に育っていくことを目標とし、初年度となる 2022 年度は、その事業のスタートアップを図ることに主眼を置いて進めることとした。 ## 3. 地域活動のモデル化と具体的方法 3. 1 地域学習での活用を想定した実践 どの地域にもそこにしかない独自の地域資料は少なからずある。しかしその殆どがデジタル化されていない。そもそも具体的にどのような資料があるのかさ立、地元住民は知らないのが実情である。 その一方で、全国の学校では 2021 年度から GIGA スクールが本格的に始まった。しかし教員のスキル不足や指導要領に基づく指導方法など、児童生徒が自ら問いを立て探求する 「探求的な学び」の支援ができているケースは少ないのが実情である。教員は学校の周辺地域については全く知識を持ち合わせていないことはめずらしくない。タブレットの利用も探求の答えをネット上の情報源から受け売りするパターンに陷ることが多い。地元=学校区の探求を例に挙げると、ネット上に役立つ情報は殆ど存在していないのが通例である。 ## 3. 2 看過された地域資料の価値 一次資料は本来、多価値的なものである。受け手側の関心によりその価值は大きく異なるものとなる。しかし、藤本蚕業歴史館所蔵資料は、蚕種製造に関わる一次資料であることから、一般的には関心の持ちようがないものと関係者が看過してきた一面は否めない。資料整理者が歴史研究者であることもその資料的価値を歴史的資料と位置づけ評価してきた一面もある。 所蔵資料が果たしてそのようなものなのかどうか、一般的に興味を持てない性質のものなのかどうかは検証してみる必要がある。本事業においては、長野大学の前川ゼミの学生が被験者となって、資料を手に取ってその内容を見た。その結果はつまらないどころか、学生それぞれにとって全く初めて知ることに満ちた「興味津々」の情報源であった。 ある学生は、手にした資料には社員の保険に関する情報が記録されており、近代の保険制度のことや保険会社の盛衰などがうかがい知れる情報源となっていた。別の学生は、藤本蚕業の分場の資料に接し、上田の虫種製造業者が奄美大島など全国に蚕種製造の生産拠点を持って虫種製造業を営んでいたことを知った。 ## 3. 3 サンプリングによる悉皆資料の可視化 2022 年度は所蔵資料約 1.1 万点のうち、約 10\%にあたる 1,000 点のデジタル化を目標とした。作業は力作業でデジタル化する機械的作業ではなく、資料の内容にも目を向けながら学生がその作業に当たった。藤本虫業歴史館の所蔵資料は、社内文書の他、明治期から昭和期にかけて収蔵した雑多な資料が数多いことに最大の特色がある。あらゆる分野・特性の資料が捨てられず雑多なままに累積している。最大の特色はそうした「悉皆(しっかい)資料」である。藤本虫業の本業であった蝅種製造、蚕糸業関係の豊富な資料は言うに及ばず、近代において愛知県、埼玉県、茨城県、大阪府など全国各地で発行されていた「時報」的な新聞、『アサヒグラフ』などに代表されるグラビア雑誌、北海道、山形県、東京府など全国の分県地図など、多様で雑多な資料が数多い。おそらく地元でも保全されていないで あろう資料が数多い。 デジタル化においては、そうした多様な資料の面白さが掬い上げられるよう特定の資料群に偏らないサンプリング手法を戦略的に用いた。その結果、目標の 1,000 点に近い約 800 点のデジタル化を図ることができた。 デジタル化した点数は限られているものの、資料の多様な特性を可視化しながら DA 化が実践できたこと、その成果が可視化され地域社会から関心を持たれる布石になったことの意義は大きい。 ## 4. デジタルコモンズサイトの構築 所蔵資料の DA 化は、全くのゼロベースで調査・企画から始めるものではなく、既に目録化された資料をデジタル化する段階から着手できたことが本プロジェクトの特色である。 そのため、DA 化とその活用に向けた検討に重点を置いて作業を進めることができた。 さらに筆者らが既に提案した分散型デジタルコモンズモデル[4]、実開発したその実装サ ービス d-commons.net[5]を適用してサイト構築を行った。 DA サイト『藤本虫業デジタルコモンズ』 の構成図を図 1 に示す。サイトは『藤本虫業歴史館ウォーク』、『藤本虫業史料目録』『藤本虫業アーカイブ』の 3 サイトで構成する[1]。 『藤本蚕業歴史館ウォーク』は、藤本蚕業歴史館がどのような施設であるのか、資料がどこにあるのかを現地に赴かなくてもネット上でも疑似体験できるデジタルツインのバー チャル空間として設計した。リアル空間を 3 D で構築できるツールも存在しているが、本事業においては、資料目録などとも連動がしやすい情報の構造化、開発工数の抑制も配慮し、SVG ファイルを利用したデジタルツイン化を図った。 『藤本虫業資料館史料目録』は、500 ペー ジ以上に渡る印刷物の情報を OCR によりテキストコード化し、ネット上で任意に検索ができるデータベースとしたものである。その構築にもd-commons.netを利用した。 $d$ commons.net では、個々の DA は個別に異なる固有のスキーマに対応させ、メタデータが一元管理できる。資料目録のスキーマは文書、書籍等により異なっている。これらはスキー マを 1 つに統一する形での解決を図った。 『藤本蚕業アーカイブ』は、所蔵資料それぞれをデジタル化し文書ごとに束ねて閲覧できるオーサリング機能を備えたサービスで構築運営するサイトである。市民や学生などこれまではDAの構築経験がない人にでもDAデ一タの作成ができるよう、平易なユーザインタフェースを備えている。文書ごとに画像等のデータを束ね DA データを容易に構築できる。文書のメタデータは『史料目録』と紐づけされているため、資料情報の相互参照が極めてしやすい点でもメリットがある。 ## 5. アーキビスト養成講座の実施 本事業では、学生たちによる資料の DA 化を実践し、その具体的方法、誰もが取り組めるガイドラインの作成に取り組んだ。その成果を活かし、地域資料のデジタルアーカイブ化を計画・実践できる人材育成を目的とする 「藤本虫業歴史館で学ぶデジタルアーキビスト養成リスキル/リカレント講座」を開催した。デジタルアーカイブ学会地域アーカイブ部会との共催としても実施した。全国から受講できるオンライン講座とした。約 50 名が受講した。 この講座は、座学中心の従来型の講座と異なり、藤本蚕業歴史館を学習フィールドとするコーディネートを行った点、各地域で DA の構築を課題とする受講者が数多く受講した点に特色がある。講座では 2003 年以来、所蔵資料の整理に当たった実作業者でもある地域史研究者をゲスト講師に招き、当時直面した課題をふり返ってもらった他、受講者それぞれに対するアドバイスもいただき、藤本虫業歴史館で地域資料整理の生きた学習機会を提供することができた。これらの講座資料、講座記録は全てインターネットに公開した[1]。 ## 6. 評価とまとめ 『藤本虫業デジタルコモンズ』の取り組みは、地域資料の DA 活動を知識循環型に転換する「地域デジタルコモンズ」モデルにより、 DA を発信者中心の活動モデルから学習者中心の体系・環境に組み立て直す作業に実践的に取り組んだことにある。デジタルデータの作成に当たった学生の作業は、市民有志が参加して取り組むことが可能な作業のモデルとなる。d-commons.net 適用のサイトではこれまでも複数・多人数の参加型サイトとして実運用されており[6]、従来、業者任せにするしかなかった DA の構築を極めて平易で実施可能なものとした。 地域資料の DA 化には、地域資料の調査からアーカイブの企画運営、データ作成実作業に至るまでのコーディネーションが求められる。この点でも d-commons.net の援用は、そのモデル化とその適用につなげられる。デジタルアーキビスト養成講座を通じ、実際に全国各地で地域 DA の構築を実践できる方々の支援に役立てられたこと、それが藤本虫業歴史館という具体的フィールドで学んでいただけたことも大きな手ごたえであった。 本事業は 2023 年度も継続して発展的に実施していく計画である。今後に向けさらに地域資料の DA 化が広がりを持つようその支援も併せて図っていきたい。 ## 参考文献 [1] 藤本虫業デジタルコモンズ. https://d-commons.net/fujimoto-dc/ ( 参照 2023-05-07). [2] 藤本工業株式会社. 藤本虫業歴史館史料目録. 2009.10 . [3] 藤本虫業プロジェクト. プロジェクト記録. https://d-commons.net/fujimoto-arch?c=1193 (参照 2023-05-07). [4] 前川道博. 地域学習を遍く支援する分散型デジタルコモンズの概念. デジタルアーカイブ学会誌 2018,Vol.2, No.2, pp.107-110. [5] 前川道博. 分散型デジタルコモンズの汎用モデル開発.デジタルアーカイブ学会誌 2020,Vol.4, No.2, pp.85-88. [6] 地域デジタルコモンズクラウドサービス d-commons.net. https://d-commons.net/ (参照 2023-05-07). この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [A13] ボードゲーム保存事業のためのグラスルーツ型目録システムの構築 : アナログゲームミュージアムの事例から $\bigcirc$ 福田一史 ${ }^{1)}$, 北島顕正 ${ }^{2}$, 井上奈智 3) 1) 大阪国際工科専門職大学, $\overline{5} 530-0001$ 大阪市北区梅田 3-3-1 2) 国立国会図書館, $\left.{ }^{3}})$ 上田女子短期大学 E-mail: [email protected] ## A Development of Grassroots Cataloging System for Board Game Preservation Project: From the Case of Analog Game Museum FUKUDA Kazufumi'), KITAJIMA Akimasa ${ }^{2)}$, INOUE Nachi ${ }^{3)}$ 1) International Professional University of Technology in Osaka, 3-3-1 Umeda, Kita-ku, Osaka, 530-0001 Japan 2) National Diet Library, ${ }^{3)}$ Ueda Women's Junior College ## 【発表概要】 近年、多くのボードゲームが制作・頒布されるようになった。しかし、これらゲームは未だ図書館など既存のアーカイブ機関のスコープには入っておらず、すでに多くのゲームが失われつつあり、保存スキームの構築が急務である。本研究では、そのような背景を踏まえ 2022 年に設立された一般社団法人アナログゲームミュージアム運営委員会による、所蔵品検索システムの開発を軸として、その資料の整理・記述・デジタイズ・アクセス提供といった施策について述べる。同機関はゲームユーザの集合で成り立つ自律的でグラスルーツ型の組織であるため、低コストな事業推進が一つの命題となる。そのために如何に低コストで効果的なアクセス提供が可能となるか、そのための効率的なフロー構築について集中的に検討と試行をすすめてきた点に特徴がある。本施策を通じて明らかになったノウハウや課題を整理することで、メディアを介在した地域に限定されないコミュニティのためのアーカイブ構築の方法論への知見を整理する。 ## 1. 背景と問題意識 近年、制作・発表されるボードゲームは囲㫷や将棋のような伝統ゲームと異なり、作者が明確なことが特徴である。ボードゲームの人気は徐々に広がりを見せており、専門店だけでなく、一般量販店でも購入することができるようになりつつある。ボードゲームとスペースを一般客が利用できるボードゲームカフェは全国各地に展開しており、著名で競技性の高いボードゲームは各地で大会が開催されている。ボードゲームは、そのオリジナリティのあるルール、優れた世界観、美しいデザインが魅力で、ドイツやアメリカで制作されたボードゲームも知られているが、日本でも多くの作品が制作されている。しかし評判のよい作品でも、販売点数が少なくアクセスがすぐに困難になることが多い。 これらゲームは図書館など既存のアーカイブ機関で徐々に取り扱われるようになりつつあるが[1]、その資料の特徴を踏まえた保存体制の構築は限定的ですでに多くのゲームが失われつつある。その保存活動を活性化するため、保存スキームの構築が急務である。 ボードゲーム保存については、アメリカでの図書館目録の登録に関する検討[2][3] やデー タモデリング[4][5]などが展開されている。 ## 2. 研究の目的と方法 ## 2. 1 研究の目的 本研究の目的は、ボードゲームの保存事業におけるアクセス提供やデータ作成プラットフォームとしてのオンライン目録についてその開発事例を通じてその要件と仕様を示すこと、またポピュラー文化でより重視すべきと想定される効率的なアーカイブ構築の方法論について実践の中で明らかになった知見とその課題・展望を議論することにある。 ここでは事例として、2022 年に設立された一般社団法人アナログゲームミュージアム運営委員会による「アナログゲームミュージア ム (AGM)」プロジェクトのオンライン目録システムの開発を取り上げる。同プロジェクトは、グラスルーツ(草の根)のコミュニテイ型プロジェクトであり、その持続的な運営のためには、低コストな運営を可能とする方法論開発が一つの命題となる。 前述の通り、ボードゲームなど新しい大衆文化は、既存のアーカイブ機関のスコープ外であり後ろ盾がない場合が多く、自律的な体制づくりが求められることになる。このような考え方は、地域などコミュニティが主体となって、その利益のために自身に関する記録の収集・管理・活用に取り組む事業であるコミュニティアーカイブと近しいものと位置づけることができるし[6][7]、限られたリソースで運営し広範な学術ネットワークと接続させようという「裾野のモデル」やデジタルアー カイブの「スリムモデル」とも関連するものである[8]。 ## 2.2 研究の方法 筆者らは本研究の事例となる AGM のプロジェクトに設立当初から関わってきた。そのためアクション・リサーチの方法を採用する。 これはフィールドワーク手法の一種で、現実の問題を解決する手段としての実践的研究である[9]。AGM の活動に関する情報源としては、著者らのメモ、同機関の議事録、チャットアプリのログ、ウェブページなどを用いる。 ## 3. 事例概要 ## 3.1 活動の展開経緯 AGM の活動が始まったのは 2020 年 11 月であり代表の草場純氏らの呼びかけをきっかけにゲームデザイナー、ゲームユーザ、図書館員、研究者などが集まり発足のための準備委員会が結成された。これに先立つ 2020 年初頭からボードゲームカタロギング WG という目録作成の方法論開発のための研究会が活動を開始しており、AGMではアーカイブ構築を担当することになった。 AGM では構成員が全国各地に在住することもあり、2021 年 2 月以降月 1 回のオンライン事務局会議を継続的に実施し、Discord などオンラインチャットツールを用いてバーチャルチーム形式で活動を展開している。2021 年 9 月には一般社団法人アナログゲームミュー ジアム運営委員会を設立し、2023 年 5 月に設立記念トークイベントがゲームマーケットで開催された[10]。同日より会員募集を開始し、 アーカイブ構築とともにコミュニティ形成のための施策を進めている。 ## 3.2 所蔵品 所蔵品として核になるものは国内最大のアナログゲームの販売イベントのゲームマーケットの出展者見本品である。ゲームマーケット2021 大阪以降、運営者の株式会社アークライトより継続的に見本品の寄贈を受け入れる予定である。ゲームマーケットは 2000 年に始まった国内最大規模のアナログゲームのイベントであり、東京で 2 回、大阪で 1 回、計年 3 回開催されてきた。2023 年 5 月には東京ビッグサイトにてゲームマーケット 2023 春が行われ、企業と個人で合計 600 件超のブースが出展し、12,000 名の参加者が集まる[11]。本イベントの出展品は国内で公開されるボードゲームの大部分をカバーしており、これを継続的に収集することで、今は公的な保存スキ一ムが無く日々失われつつあるボードゲームを数多く所蔵し、アクセス可能とすることができるものと期待される。また、これ以外にもコレクターからの寄贈も受け付けており、 1990 年代以前のボードゲームなど大規模な寄贈を受け入れた実績がある。 現在、データ作成中の資料が存在するため明らかでない部分もあるが、現時点で 1,436 点の資料のインデックス登録が行われており、未登録のものを含めて 2,000 点以上の資料が大磯の所蔵館に所蔵されている。 ## 4. AGM のアーカイブ構築 4.1 アーカイブの方針策定 ボードゲームカタロギングWGでは、AGM のアーカイブの方針策定について月 1 回の会議を実施し議論を行った。そこで策定されたものを要約すると以下の通りである。まず、 1)ボードゲームの独自の情報要求を踏まえたデータモデリングを通じてオントロジーを構築する。2)長期保存の観点から構築するシステムの陳腐化は重視すべき課題であり、オー プンな標準の形式でデータ及びデータセットを構築し、オープンライセンスでアクセス可能とする。3)ボードゲーム資料の形式は動的 であるため、配架のための分類・方法はシンプルで変更の必要性の低いものとする。4)マンパワーが少ないためまず最低限のメタデー タのみで浅く広くデータ化を進める。その後、遠隔からアクセス可能なシステムを用いて長期的にリッチなメタデータを付加する。 本プロジェクトはバーチャルチーム形式で進められウェブでの情報発信を強く意識しており、また同時にグラスルーツ型組織であるため出来る限り手のかからない効率性を重視した方針とした。 ## 4.2 オンライン目録 AGM サーチの開発 共同利用するコレクション管理において目録は不可欠であるが、ボードゲームの特性を踏まえたメタデータスキーマの開発は一つの課題となる。そのためまずデータモデリングによりオントロジーとメタデータスキーマを構築した[4]。システム開発に当たっては前述のスキーマのうち、資料管理に必要なクラスのみを選出して記録することとした(下図)。 図. AGM サーチのデータモデル システム開発のための要件としては、オントロジーを読み込んで複数のクラスのスキー マを登録・検索可能とすること、Linked Data や IIIF などの標準 API によるデータ公開または出力が可能であること、CSV などの標準ファイル形式の書誌データ一括登録が可能であること、画像ファイルを登録・管理可能であること、メタデータ・画像などコンテンツの検索 GUI が提供可能であること、メタデータの入力 GUI が提供可能であること、等が挙げられる。これら要件を踏まえここでは Omeka S を用いて「AGM サーチ」を開発し、 2021 年に公開した。 ## 4.3 資料受け入れ 資料を受け入れるに当たって、収蔵の方法論の開発も一つの論点となった。資料は、以下の通りその形式により、A)大きな箱型資料、 B)小さな箱型資料、C)自立しないまたは不定形の資料、D)冊子の資料、の 4 つに分類し、特定のアルファベットとシリアルナンバーで構成される個別資料管理 ID のラベルを作成し、 すべての資料に貼付することとした。また配架も ID 体系に沿って、同じ種別の資料をシリアルナンバー順に並べることとした。 ## 4.4 メタデータ作成 メタデータは、まず資料受け入れ時に個別資料管理 ID と対応する形式でインデックスデ一タを作成する。Google スプレッドシートで共同編集可能な表データに種別・名前・バー コード・個別資料管理 ID - 説明・由来・登録日といった項目で記述する。このデータを AGM で実体される定義ごとの CSV ファイルに整形し、登録する。これでオンライン目録での最低限の検索・閲覧環境は提供される。 更にその後機会を設けて、個別のインスタンス(作品の個別・物質的な体現を反映するリソース[11])のデータは資料現物か画像デ一タを元に記述する。同作業は構成員のエフオートを得て進めるか、図書館総合展のイベント [12]や大学講義などにおいてワークショップ形式で参加型の作成を進めた実績がある。 ## 4.5 受け入れた資料のサムネイルの作成 受け入れた資料は、資料を識別するためのサムネイルを作成する。スキャナを用いてパッケージの撮影を行った後、ImageMagick を用いて余白の削除、画像の縮小を行う。画像フォーマットは、近年 Web ブラウザの対応が進んだ WebP を選択した[14]。作成したサムネイルは AGM サーチで公開している。 人的なリソースの不足により、受け入れた資料のうちサムネイルが作成できたものは一部分に限られている。高画質の画像の利用や、説明書、コンポーネントの撮影は、メタデー タ入力作業の分散や、資料の劣化対策として極めて有用と考えられる。しかし、前述のリソースの問題に加立、著作者の権利と利用のバランスを考える必要がある等、課題も多い。 ## 5. 結論及び課題と展望 要件を定義しオープンな標準技術と OSS 等を活用することで効率的にアーカイブを構築するためのフローを設計し、それを実装した。 これにより、これまで多くが失われてきたボ一ドゲームを今後継続的に収集・保存するための枠組みができた点が最も重要な成果である。ただし、メタデータ作成は高コストであるため資料画像を用いた OCR とウェブページでの全文検索とスニペット表示など計算機を用いた効率化の施策開発が課題である。 初期段階では法人化がされておらず会員制度も未整備で、施策展開のための資金獲得スキームが機能していなかったが、そのような体制でも少額の自己資金で実装できた。ただし本研究はあくまで事例研究でありその効率性やサービスそのものの評価については別途検討の機会を設ける必要性がある。今後、本研究の知見はメディア芸術など様々なオーソライズされ難い文化のアーカイブ構築のための参照すべきモデル開発につなげていくことができるのではないかと考えられる。これらを過去の類似モデルと比較し特有の知見を模索していきたい。 ## 参考文献 [1] 井上奈智ほか. 図書館とゲーム:イベントから収集へ.日本図書館協会, 2018. [2] Slobuski, Teresa, Robson, Diane, Bentley, PJ. Arranging the Pieces: A Survey of Library Practices Related to a Tabletop Game Collection. Evidence Based Library and Information Practice. 2017, vol. 12, no. 1 , p. 2-17. [3] Robson, Diane. et al. Enhancing the discovery of tabletop games. Library Resources \& Technical Services. 2019, vol. 63, no. 3, p. 199. [4] 福田一史ほか. テーブルトップゲームを記述するための概念モデルの開発. じんもんこん 2020: 人文科学とコンピュータシンポジウ么論文集. 2020, vol. 2020, p. 275-282. [5] Kritz, Joshua. Et al. "Building an Ontology of Boardgame Mechanics based on the BoardGameGeek Database and the MDA Framework". XVI Brazilian Symposium on Computer Games and Digital Entertainment, Curitiba. 2017, p. 182-191. [6] 佐藤知久ほか. コミュニティ・アーカイブをつくろう!:せんだいメディアテーク「3が つ 11 にちをわすれないためにセンター」奮闘記. 晶文社, 2018 . [7] 千賀子榎本. [15] コミュニティ・アーカイブとその多様性 : 福島県大沼郡金山町〈かねやま「村の肖像」プロジェクト〉の実践を例に. デジタルアーカイブ学会誌. 2022 , vol. 6 , no. s2, p. s62-s65. [8] 冨澤かなほか. デジタルアーカイブの「裾野のモデル」を求めて一東京大学附属図書館 U-PARL「古典籍 on flickr ! 〜漢籍・法帖を写真サイトでオープンしてみると〜」報告.情報の科学と技術. 2018, vol. 68 , no. 3 , p. 129-134. [9] 中村和彦. アクションリサーチとは何か?人間関係研究. 2008 , vol. 7, p. 1-25. [10] “データベースの拡充は,それ自体に価值がある一一ボドゲ界のキーマン達が語りあった「アナログゲームミュージアム設立記念イベント」レポート”. https://www.4gamer.net/games/999/G999905 /20230524001/ (参照 2023-08-31). [11] “開催データ”. https://gamemarket.jp/report (参照 2023-0831). [12] "BIBFRAME 2.0 Vocabularies". https://id.loc.gov/ontologies/bibframe.html\#c Instance (参照 2023-09-02). [13] “ボードゲーム目録作成ワークショップ: ボードゲーム目録の書き手が、まだ足りない件について | 図書館総合展”。 https://www.libraryfair.jp/forum/2022/582 (参照 2023-09-02). [14] 北島顕正. 収蔵物のデジタル化について: パッケージ画像編. アナログゲームミュージ アム会報誌. 2023, vol. 4, p. 10-11. この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [A12] ビデオゲーム資料提供サービス利用者の資料要求・情報要求の分析 : アーカイブアクセスデーの実践から 毛利仁美 1 ), 福田一史 2 2), シン・ジュヒョン3) 1)3)立命館大学, $\mathbf{\top 603-8577$ 京都府京都市北区等持院北町 56-1 2) 大阪国際工科専門職大学 E-mail: mohriht[at]gmail.com ## Analysis of User's Requirements for Video Game Resources and Information: ## From the Practice of Archive Access Day OMOHRI Hitomi ${ }^{1)}$, FUKUDA Kazufumi2), JUHYUNG Shin ${ }^{3}$ ) 1)3)Ritsumeikan University, 56-1 Toji-in Kitamachi, Kita-ku, Kyoto, 603-8577, Japan 2)International Professional University of Technology in Osaka ## 【発表概要】 国内におけるビデオゲームアーカイブに関連する研究では、その保存や情報組織化といったトピックが活発であるが、展示以外の利用・提供に関する研究は数少ない。そこで本研究では、調査や学術活動の支援に資するゲームアーカイブの検索・提供サービスのあり方、利用を通じたア一カイブの機能について探索的に検討するという目的のもと、立命館大学ゲーム研究センターの所蔵資料を用いたゲームアーカイブの提供サービスを実施した。本発表では、提供サービスにおいて実施された質問票調査やレファレンスカウンターの対応記録等より分析された、ユーザの利用状況や資料探索行動、オンライン目録サービスの評価を報告する。 ## 1. 研究背景と目的 ビデオゲームが社会に普及し、研究や教育が進展するに伴い、各地でコレクション形成が展開しつつある。ただし、国内では図書館におけるビデオゲームの所蔵は一部に限られ、専門のゲームアーカイブ機関の資料提供は限定的である。 この要因の一つとして、日本国内におけるゲームアーカイブに関連する研究が、保存や情報組織化といったトピックは活発であるが、展示以外の利用・提供に関する研究が数少ないことも関連しているだろう [1]。アーカイブは「利用可能な知の蓄積 $[2] 」$ などとも定義されるが、その利用可能性の研究や方法論の開発といった観点が欠如しているのである。 Barwick らはアーカイブの欠如によるゲーム研究の偏りを指摘したが[3]、コレクションが存在してもアクセシブルでないのであれば、 ゲーム研究・ゲーム教育など学術活動を支援することができない。学術や調査に資するゲ一ムアーカイブはどのようにあるべきか。 そこで本研究は、ゲームアーカイブの提供 サービスを実施し、ユーザの利用状況や提供方法、オンライン目録サービスの評価を調査した。ここで得られた知見を元に提供サービスと検索サービスのあり方、利用を通じたア一カイブの機能について探索的に検討したい。 ## 2. 先行研究 大学へのゲーム開発コースの設置や、シリアスゲーム等の学術利用の親和性の高さを背景に、学術機関におけるビデオゲームコレクション形成の研究が見られる[4]。また、小規模なゲームコレクションを持つ Savannah College of Art and Design における、ゲーム制作をする学生を対象としたゲーム情報探索行動研究では、多くの学生は情報ニーズをウエブリソースで満たし、ビデオゲーム利用のニーズでも動画共有サービスを視聴し、所蔵数の少なさから図書館で探索的にゲーム関連の資料を探さなかった [5]。学術目的でビデオゲームを使用する University of Minnesota Twin Cities の研究者と大学院生を対象とした資料要求の研究では、大学図書館には所蔵が 少ないゲーム専門誌やゲームの説明書へのニ ーズが見られ、家庭用ゲームよりも PC ゲー ムの方が利用ニーズがある結果となった [6]。 この研究では、ゲームコレクションの有無は述べられていないが、ないものと思われる。 これらの研究結果は、ゲームコレクションの規模が小さい、あるいはない状態で行われており、利用される具体的な資料やユーザ行動の記録は分析対象ではない。立命館大学ゲ一ム研究センター(RCGS)の規模のコレクションをユーザに提示し、探索的に資料要求・情報要求を検討するアプローチはこれまでの先行研究に見られず、より具体的な要求や利用目的を発見することが期待できる。 ## 3. 調査と分析方法 ## 3. 1 サービス概要 本研究では、資料提供サービスとして RCGS が所蔵するゲームやハード、図書、雑誌等の資料約 2 万点の閲覧とゲームプレイが可能なイベントを「ゲームアーカイブオープンアクセスデー(アーカイブアクセスデー: $\mathrm{AAD}) 」$ と名付けて実施した。今回の $\mathrm{AAD}$ の対象は立命館大学の学生・教職員である。提供方法は、ユーザがオンライン目録(RCGS コレクション, https://collection.rcgs.jp/)を用いて利用したい資料を選び個別資料 ID を記録し、それをカウンターで受領した後、所蔵庫から該当資料と必要ならばそれをプレイするためのデバイスを取り出し、設置済のディスプレイに設置し利用する、というものである。利用者の資料選定はレファレンスサービスで支援した。資料返却後に新たに資料を利用することも可能とした。利用時間の制限はないが、利用可能なテレビ等の機材に限りがあるため、退出を促すこともあった。AAD は、今年度で 6 回の実施を予定しており、本発表では既実施 3 回分の結果を元に論じる。 ## 3. 2 取得するデータ 取得するデータは以下の通りである。 1. 入出、退出時間の記録 2. レファレンスサービスの記録(利用された資料とその理由等) 3. RCGS コレクションのアクセスログ 4. 質問票調査 (所属、学年、性別、イベントをどこで知ったか、ゲーム経験、 ゲーム平均利用時間、 $\mathrm{AAD}$ の利用目的、 RCGS コレクションの評価と改善点、追加希望の資料、資料利用時の改善点) 5. 利用者の観察による来室者のゲームプレイの様子やプレイ時に発生する問題レファレンスサービスは利用者の資料選定を支援する業務である。ここでは事前に利用する資料が決まっていない場合、利用者のゲ ームプレイ経験を聞いて提案したり、作成したプラットフォームの一覧表等を使用し、資料選定を支援した。質問票調査は、利用者が退室する前に実施した。本研究は立命館大学における人を対象とする研究倫理審査で承認を受けたものである(衣笠-人-2023-21)。 ## 3. 3 分析方法 サービス利用者のうち研究協力の同意を得た対象者に対して、質問票調査を実施した。分析対象者は、実施概要を説明した全学生へ配信される DM と、学内のチラシ揭示により募集し、自主的に参加した。 54 名の利用者のうち 48 名の回答を得た。本研究ではサンプル数は限られるが、自主的に参加した利用者はアーカイブの想定対象と近しいものとも想定され、ここで得られた結果は本来の母集合と同様の傾向が観察できるのではないかと考元る。本研究では質問票調査の結果に基づき分析を進める。また合わせて、利用者の入退室記録、資料利用記録、レファレンスカウンタ一の対応記録も用いて総合的に考察を行う。 ## 4. 質問票調査の結果 ## 4.1 回答者の属性 回答者の所属学部の内訳は、多い順に文学部 12 名、理工学部 7 名、産業社会学部 7 名、映像学部 6 名、その他と続く。学部生が 37 名、大学院生 9 名、教職員 2 名であった。 分析対象者のゲームプレイ頻度については、毎日ゲームをプレイする人が半数ほどを占めており、その時間も半数以上が 1 日あたり 2 時間以上ゲームをプレイし、高い頻度でゲー ムをプレイする利用者の割合が高い。 図1. ゲームプレイ頻度 ## 4. 2 利用目的 利用目的は 8 つの選択肢の内から複数回答可として尋ねた。最も多かったのが「ゲームをプレイしたかったため(37 件)」で、「あらかじめ見たい資料は決めていなかったが、どんな所蔵品があるか知りたかったため(23 件) 」、「RCGS の活動に興味があったため (19 件)」ほかと続く。研究目的と答えた回答者は 10 名であった。 ## 4. 3 RCGS コレクションの評価 RCGS コレクションの評価は最低点 1 、最高点 5 のリッカート尺度で 4.27 と高いスコアであった。また改善点を複数回答可で尋ねたところ、うまく資料をキーワードでヒットさせることが出来ない $(18 \%)$ 、画面レイアウトがわかりづらい $(11 \%)$ 、検索結果が出るの 資料の内容がわからない(9\%)と続いた。 ## 4. 4 利用された資料 利用された資料は、ゲームソフト 99 点、関連資料 37 点であった。分析対象者で割合の多い学部生がゲームを遊んできた年代は 2000 年代中盤以降と想定されるが、提供資料はそれ以前の資料が多かった。ゲームソフトはプラットフォーム別に、ファミリーコンピュータ (14 点)、スーパーファミコン(13点)、プレイステーション(11点)の順で多く、1980年代〜1990 年代のゲームに関心が高かった。 ## 5. 分析と考察 ## 5.1 質問票調査に関連する統計分析 利用者の滞在時間平均は、141.8 分であり標準偏差は 87.8 であった。図 2 はその分布を 図 2. 利用者の滞在時間 示すが、 $5 \sim 6$ 時間滞在する利用者も多く、公共図書館の平均滞在時間が 49 分であることを考えると[7]、強いニーズがあるといえる。 また、質問票調査の回答結果について統計分析したところ、以下のような相関が確認できた。学年は滞在時間 $(-0.279, \mathrm{p}=0.055)$ 、 プレイ頻度 $(-0.209, \mathrm{p}=0.155)$ 、プレイ時間 $(-0.286, \mathrm{p}=0.049)$ と負の相関にある。また、 プレイ頻度が高いほど、一日のゲームプレイ時間が長い $(0.469, \mathrm{p}=0.049)$ 。即ち、ユーザは低学年ほど高い頻度でプレイし、そのようなユーザはプレイ時間も長く、滞在時間も長い。また、ゲーム経験と、RCGS コレクションの評価が負の相関にある $(-0.151, \mathrm{p}=0.306)$ 。 これはゲームを多くプレイするユーザほど、情報要求が多様で、満足しづらくなるものと解釈できる。 ## 5. 2 利用者の資料検索行動 レファレンスサービスの記録から要求をコ一ド化し、その件数を計上したものが表 1 である。まずゲームタイトル、シリーズ、ジャンルなどゲームを内容的にグループ化する実体に強い要求が見て取れる。また、プラットフォームや周辺機器など、機器や仕様に関する要求が生じる点もゲーム特有の要求と位置づけられる。時期に関する要求も強く、特に古いもしくは未経験のゲームへの興味を創発する傾向があるのではないかとも想定される。 コード化されたもの以外に聴取できた要求としては、親や知り合い、または動画共有サ一ビスでのVtuber などによるゲーム実況で知った、レトロゲームやマイナーゲームなどをプレイしてみたいというものが多数存在した。 表 1. 各ゲーム要求コードの回数と事例 \\ ## 6. 結論と展望 本研究では特に日常的にゲームをプレイするユーザに対して強くニーズがある性質が確認された。一方で要求が具体的でない傾向も確認され、レファレンスサービスの重要性が示唆される。レファレンスサービスや提供資料の種類から得られた要求に基づくテーマで選定したゲームの集合を展示することで、プレイするゲームの提案、資料準備、機器設置などを簡略化・効率化することもできるものと想定される。また空間上の課題もあるため、オンライン目録にオンライン展示を多数設定するという方法も有効な戦略として考えられる。 また、滞在時間の長さにゲームという資料の特性が表出している側面があると想定される。利用者観察からも知り合いでない利用者同士がゲームを通じてコミュニケーションす る、一緒に遊ぶ場面も複数回生じており、コ ミュニティ形成やサードプレイスとしての機能も期待することができるとも考えられる。 今後、本イベントを継続しょり多くの利用者に対する調査を実施するとともに、本研究で得られた知見の検証を行いたい。 ## 参考文献 [1] 毛利仁美. 文化資源としてのビデオゲーム資料の利活用-立命館大学ゲーム研究センター における資料組織化と展示実践を事例として -. 日本デジタルゲーム学会. 2023 年夏季研究発表大会予稿集. 2013, p. 54-59. [2] 根本彰. アーカイブの思想: 言葉を知に変える仕組み. みすず書房, 2021, 296p. [3] Barwick, Joanna, Dearnley, James, Muir, Adrienne. Playing Games With Cultural Heritage: A Comparative Case Study Analysis of the Current Status of Digital Game Preservation. Games and Culture. 2011, vol. 6, no. 4, p. 373-390. [4] Laskowski, Mary, and David Ward. "B uilding next Generation Video Game Coll ections in Academic Libraries. The Journ al of Academic Librarianship 35, no. 3 (2 009): p. 267-273. [5] Miller, Olivia. Collecting Library Reso urces for Video Game Design Students: A n Information Behavior Study. Art Docum entation: Journal of the Art Libraries Soc iety of North America. 2014, vol. 33, p. 1 29-146. [6] Farrell, Shannon, Amy Neeser, and C arolyn Bishoff. Academic Uses of Video G ames: A Qualitative Assessment of Resea rch and Teaching Needs at a Large Rese arch University. College and Research Lib raries. 2017, vol. 78, no. 5, p. 675-705. [7] 中井孝幸. 利用圏域の二重構造に基づく疎住地の図書館計画に関する研究. 三重大学, 2000, PhD Thesis. この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [A11]実務家に聞くアニメアーカイブデータベースの可能性と課題 : 新潟大学アニメ中間素材データベース(AIMDB)へのフィードバックか ら ○松本淳 1) 1) 敬和学園大学/ジャーナリスト E-mail: [email protected] ## Exploring the Potential and Challenges of Anime Archival Databases through Practitioner Insight: ## Feedback on the Niigata University Anime Intermediate Material Database (AIMDB) MATSUMOTO Atsushi1) 1)Keiwa College/Journalist ## 【発表概要】 新潟大学アニメ・アーカイブ研究センター(ACASiN)は 2016 年から、アニメ演出家渡部英雄氏から管理・保存を任されたことを契機に、1980 年代の作品を中心としたアニメーション原画、絵コンテなどのデジタル化、アーカイブ化を進め、「アニメ中間素材オンライン・データベ ース(AIMDB)」として閲覧者を限定したオンラインアクセスを提供している。筆者はこのデー タベースを用いて進められている科学研究費助成事業基盤研究 (B)『「アニメ中間素材」の分析・保存・活用モデルケースの学際的研究』に参加しており、2022 年 2 月に Production I.Gでアーカイブを推進する山川道子氏と、東映アニメーションでシニアプロデューサーを務める野口光一氏に、本データベースを試用頂いた上で、実務家としての所感を伺った。本稿ではアニメにおけるアーカイブの意義と、ヒアリングから抽出された可能性や課題について述べる。 ## 1. はじめに マンガ・アニメに象徴される日本発のポップカルチャーコンテンツが、文化面のみならず経済面においても重要であることは議論の余地はない。2021 年のアニメ産業市場(広義のアニメ市場/エンドユーザー市場)は 2 兆 7,422 億円となり、コロナ禍による世界的な巣ごもり特需を経て、過去最高値を更新し続けている[1]。 これらのコンテンツは「クールジャパン」 を象徴するものとして喧伝される一方で、それらが生み出される過程では膨大な中間成果物が生み出されていること、そしてその多くが適切にアーカイブされず散逸するリスクに晒されていることは一般的にはあまり知られていない。 マンガにおけるネームや原画、アニメにおける設定、絵コンテ、レイアウト、タイムシ一ト、原画、動画、背景原図などの中間成果物は、本来いわば工業製品における設計図や金型にも匹敵する意義や価値があるはずだが、適切なアーカイブのためには権利処理や保管コストの負担、アーカイブのための技術の確立、専門知識を持つアーキビストの育成など解決すべき課題は山積している。 近年のマンガ・アニメをテーマとした展示会の盛況を受けて、中間成果物アーカイブの経済的価値の認識は高まっているが、将来にわたって優れたコンテンツを生み出し続けるために、創作や研究など様々な観点から、誰でも/いつでも参照可能とすることこそが、 その本質ではないかと筆者は考えている。 アニメの中間成果物がアーカイブされ、オンラインで参照可能な「アニメ中間素材オンライン・データベース (AIMDB)」は、そのモデルケースであると捉え、制作スタジオでアニメ・アーカイブの先駆的取り組みを行う山川氏、CG アニメと作画アニメの融合にも 取り組んできた野口氏の 2 人の実務家にデー タベースの試用を依頼し、制作への活用という観点から得られたフィードバックの整理を行っていく。 ## 2. 実制作におけるアーカイブ参照 アニメーションとは「絵や人形などを少しずつ位置・形をずらして一コマずつ撮影し、映写すると動いているように見える映画」と定義される[2]。秒間 24 コマのフィルムに対して、原理上全てのコマに画像が必要となるが、2コマ打ち(秒間 12 コマ)に加立、3コマ打ち(秒間 8 コマ)と呼ばれる省略(リミテッド)手法が日本で発達し、作業工数の削減という利点のみならず、限られたコマを用いて魅力的な表現を生み出す日本にアニメならではの技法[3]が確立されていった。 例えば図 1 のようなタイムシートはカット毎に動きのキーとなる絵(原画)の配置や、 そこから動きを付けていく動画をこの 24 コマに演出意図に応じてどんなタイミングで配置していくかの指示書となるが、カット袋に収められた原画、動画、色指定、監督や作画監督の修正用紙などとつきあわせていくことで、完成映像がどのように生み出されていったの 図 1.AIMDB 収録のタイムシートの一例 (※透かし文字は自動的に挿入される) か、その過程を追うことで、優れた技法の検証も可能となる。 集団分業作業であるが故に、アニメのアー カイブはマンガなどの他のメディアアートに比較しても、中間成果物が膨大に生まれ、その修正過程も含めた検証が可能な貴重な資料が蓄積されている。山川氏は、これらの資料の収集・整理・選別・保管を行い、その利活用を推進している。氏によれば社内外からの問い合わせは多いときには月 200 件にも及び、以下のような内容となるという [4]。 1. 新作や続編の制作に用いるための過去作品の設定画や色指定データの取り出し 2. アニメーターや演出家への発注時の過去作品確認 3. アニメーター自身の勉強用や新人教育用の原画の貸出依頼 4. 展示会や商品開発の相談と監修作業 5. DVD 発売した作品を Blu-ray で発売するケース 6. 原画集や設定集のような書籍の作成 上記のうち 1 ~ 3 についてはここまで述べてきたような過去の中間成果物の制作過程からの技法の検証によって、直接的なコミュニケー ションを伴わずとも技術が継承され、そこから新たなクリエイティブが生み出されるというアニメ・アーカイブの重要な機能であると言える。 ## 3. データベースに対するフィードバッ ク 山川氏は資料のデジタル化を行った上で、 クラウド在庫管理アプリ「ZAICO」を用いて管理を行っている(図 2)。中間成果物を保管したダンボールや、カット袋にバーコードを貼り、データベースに保管状態の画像を添付することで、山川氏以外のスタッフによる突合を可能とし、倉庫からの搬出を効率化することが目的だ。また、社外の編集プロダクションにも閲覧範囲を限定したアカウントを発行して、問い合わせの回数頻度を下げる試み も行ったという [5]。 AIMDB では物理的にアーカイブ資料を移動させることは想定されていないが、関係者に限定してオンラインアクセスを提供している Production I.Gにおける ZAICO を用いたデータベースの用途には共通点は多い。 AIMDB の試用を経て、山川氏から得られたフィードバックは主に以下のようなものであった。 1. スタジオ内であれば現物が保管されていれば過去の中間成果物を確認はできた。 いまは YouTube 動画を参考にするクリエイターも。しかし本当に確認したいのは 24 コマでの演出意図を記したタイムシー 卜。 2. 鉛筆のタッチまで把握するためには TIFF 無圧縮 600dpi くらいは欲しい。ただ、スキャン作業が大変になるので、まずはカタログ閲覧に適した軽量なデータを網羅した上で、ニーズに応じて高解像度データを用意してはどうか? 3. 香盤表のテキスト情報や、資料へのタグ付けにより探索可能性を高めることは可能だが、目的に応じた中間成果物を検索するにはリファレンス能力を持ったアー キビストの育成が不可欠。 1.については、日本初の 30 分枠テレビアニメ『鉄腕アトム』の制作時より、バンクシステムと呼ばれる動画のストックの再利用が行われていた[6]。しかし、山川氏が指摘するようにスタジオ内に蓄積される限られた中間成果物に限定されるうえに、デジタル化が進む制作現場において原画や動画などの画像素材をそのまま活用できるケースは限定的となってきている。しかしデジタル制作においても 「絵を少しずつ動かす」というアニメーションの本質的な技法は共通であるので、「どのタイミングでどのように動かすか」を指示するタイムシートは、オンライン・データベースにおいても後述する香盤表と共にリファレンスの起点となる重要な資料となる。 2.のデジタル化の際の解像度については、作業効率とニーズとのバランスが重要となる。全ての中間成果物をデータの欠損が生じにくい無圧縮方式かつ高解像度でスキャンするのが理想的ではあるが、作業時間が増加する上に、ファイルサイズが大きくなり、データベ一スの容量を圧迫することになる [7]。デジタル化を行った後も中間成果物を適切に保管することが前提となるが、AIMDB で行われているようにまずブラウザでの閲覧に適した JPEG データでのデジタル化を進め、ニーズに応じて改めて無圧縮・高解像度でのスキャン作業を行うのが現実的な運用となる。 3.で挙げられている香盤表とは、絵コンテの前に朝昼晚といった時間帯や登場するキャラクターや小物など、各シーンの概要が一覧まとめられたもので、設定制作の担当者はこれを参照しながら、必要な資料を揃えるということが行われているが、AIMDB に収録されている渡部コレクションには該当する資料の存在は確認されていない。これは作画の段階に進むと絵コンテ以前の資料は制作現場に共有されることはほとんどなく、仮に提供されていても早い段階で破棄されてしまうためではないかと山川氏は述べる。 山川氏はこの香盤表がデータベース参照の際にタイムシートと同様に重要な資料であるとし、データベースに収録されていないのであれば、逆に絵コンテからキーワードを抽出して生成してはどうかとも提案する。これは AIMDB が機能として備えるデータベース参照者による資料へのタグ付けと共に、中間成果物の探索可能性を高めることにつながると考えられる。 このようにアニメ・アーカイブの実務家としての山川氏のフィードバックを得ることができたが、氏が強調するのはデータベースの充実と同時に専門知識を備えたアーキビスト育成の重要性だ。 1 作品でダンボール 100 箱 [8]にもなる中間成果物などの資料の評価選別を行い、適切な方法でデジタル化・データベ一ス化し、ニーズに応じてデータもしくは元資料を提供するといった一連の作業を的確に 行なえる人材が、アニメ・アーカイブの利活用、引いては技術継承を伴った優れたコンテンツの創出には欠かせない。 ## 4. CG アニメとデータベース 本研究では『楽園追放-Expelled from Paradise-』。などでプロデューサーを務めた野口光一氏[9]からも主に CG アニメーション制作の観点から、AIMDB についてのヒアリングを行い、以下のようなフィードバックを得た。 1. セルルック CGアニメ制作においては「作画に寄せる」ため作画アニメのエフェクトや背景などをトレースしたいというニ ーズがある。 2. タイムシートは用いられない場合が多い。 3. 東映アニメーションにはアニメ作品の素材ライブラリとして MMDB が存在しており、過去作品の素材を再利用できるようにはなっている。 4. データのバックアップは取っているが、 アーカイブではない。フォルダ階層が深く、ソフトウェアのバージョンやプラグインの有無にも依存するため、将来にわたる再現可能性が確保されているとはいえない。 本ヒアリングを通じて作画アニメの中間成果物のアーカイブについては、方法論は確立の途上にあることが確認できたが、一方で CG アニメについては、あくまで制作のためのライブラリとバックアップに留まっており、 アーカイブのあり方や実現に向けての方法についてはまだ模索の段階にある様子が野口氏のフィードバックから分かった。 ## 5. おわりに 本研究は JSPS 科研費 $20 \mathrm{H} 01218$ の助成を受けて実施したものです。AIMDB の試用ならびにヒアリングにご協力いただいた山川氏・野口氏に感謝致します。 ## 参考文献 [1] 日本動画協会「アニメ産業レポート 2022」 2022.6p. [2] 小学館「デジタル大辞林」 [3] かみのたね第 2 回アニメの「コマ打ち」 とは何か一一井上俊之が語る「コマ打ち」の特性 http://www.kaminotane.com/2019/03/0 5/4984/ (参照 2023-09-23). [4] アニメーションアーカイブの現状 201 7 : デジタルアーカイブスタディ artscape htt ps://artscape.jp/study/digital-achive/10142147_195 8.html (参照 2023-09-23). [5] 資料のアーカイブに zaico を活用アニメ会社の「ピンチをチャンスに」変えた導入 htt ps://www.zaico.co.jp/smart-zaico/testimonials/ig_t estimonial/ (参照 2023-09-23). [6] 津堅信之「アニメーション作家としての手塚治虫」NTT 出版, $2007,134 \mathrm{p}$ [7] JPEG と TIFF:どちらが最適か | Adob e https://www.adobe.com/jp/creativecloud/fil e-types/image/comparison/jpeg-vs-tiff.html (参照 2023-09-23). [8] アニメ聖地 88 に認定の鴨川市「輪廻のラグランジェ」2032 年への挑戦(河嶌太郎)h ttps://news.yahoo.co.jp/expert/articles/d91ef 84faf75ffdbc1ad4795d20455a611a2bd68 (参照 2023-09-23). [9] 野口光一 “日本市場における CG アニメ ーションの現状ーー『楽園追放 Expelled fro m Paradise』を中心にーー”アニメーション研究 Vol.18, No.1, pp33-47, 2016.
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# [33] 第三者意見募集制度の著作権法への導入 ○城所岩生 ${ ^{11}$ 1) 国際大学グローバルコミュニケーションセンター 〒106-0032 東京都港区六本木 6-15-21 ハークス六本木ビル $2 \mathrm{~F}$ E-mail: iwao.kidokoro@gmail ## Introduction of Amicus Brief into Copyright Law KIDOKORO Iwao1) 1) Center for Global Communications, International University of Japan Harks Roppongi bldg, 2nd Floor, 6-25-21 Roppongi, Minato-ku, Tokyo 106-0032 ## 【発表概要】 2021 年の特許法改正で第三者意見募集制度が導入された。係争中の事件に対して当事者以外の第三者でも裁判所に意見を提出できる制度である。改正を提案した経産省の小委員会報告書は、「AI・IoT 技術の時代においては、特許権侵害訴訟は、これまで以上に高度化・複雑化することが想定され、裁判官が必要に応じてより幅広い意見を参考にして判断を行えるようにするための環境を整備することが益々重要となっている」とした。こうした指摘は著作権法もあてはまるので、この制度を著作権法にも導入する提案をしたい。 ## 1. はじめに 米最高裁は 2021 年、Google と Oracle のソフトウェアの著作権を巡る 10 年越しの訴訟で、Google を著作権侵害で訴えた Oracle の主張を退けた。90 億ドル(当時のレートで 1 兆円)の損害賠償よりもイノベーションを優先する判決を可能にしたのが、米国に古くからある二つの法制度。 一つは公正(フェア)な利用であれば著作権者の許諾なしに著作物を利用できる著作権法のフェアユース規定。もう一つが係争中の事件に対して、訴訟当事者以外の第三者が裁判所の友(アミカスキュリィ)となって法廷意見書(アミカスブリーフ)を提出できる制度。今回、判決に大きなインパクトを与えたのが、学者や IT 企業の提出した Google 支持のアメカスブリーフだった。 日本の最高裁は 2021 年、他人の写真を無断で掲載した人のツイートをリツイートした人の著作権侵害が争われ事件で、リツイート時に写真の改変が行われることから Twitter 社の著作侵害を認めた。改変は Twitter 社の仕様で、リッイート者に改変の意図はなく、転載可能かどうかをリツイート者に確認させるのも現実的ではない。 本稿では、このように対照的な日米の判決を紹介しつつ、特許法には 2022 年の改正で導入された第三者意見募集制度 (日本版アミカスブリーフ制度)の著作権法への導入を提言 する。 ## 2. 1 兆円の損害賠償よりもイノベーショ ンを優先させた米最高裁 ## 2.1 米国のアミカスブリーフ制度 金原恭子千葉大大学院教授は「裁判所が一般の市民から遠く離れた存在と受けとめられることの多い日本から眺めると、米国の裁判所は、米国の政治や社会のダイナミックな動きの中で、しっかりと自らを米国の人々にアピールし続けてきた存在のように見受けられる」と指摘。 その要因として、弁護士として実社会の経験を積み重ねてきた法律家が裁判官に任命される法曹一元制などに加光、裁判所が世論と適度な緊張関係を保ちつつ、常にその動向を把握できるようにするための制度が米国には存在している」とし、具体例としてアミカスブリーフ制度を挙げる[1]。 ## 2.2 米最高裁 Google v. Oracle 事件判決 2005 年、Google はスマートフォン向け OS (基本ソフト)「アンドロイド」を開発する際、 Oracle の所有するアプリケーション・プログラム・インターフェイス(API)である Java $\mathrm{SE}$ のコードの一部(全体の $0.4 \%$ )を複製した。Oracleは著作権侵害で訴えたが、Google はフェアユースであると主張した。 長引いた訴訟で下級審は、(1)Java SE の所有者は API からのコードの複製を著作権で保 護できるのか (2)できるとしたら、Google の複製行為はフェアユースに該当するのかの 2 点について検討した。控訴審は、(1)について複製された行には著作権があることを認めたが、(2)については Google のフェアユースを認めた地裁判決を覆した。 最高裁も Oracle の主張を認めるのではないかと見られていた。最高裁の求めに応じて訟務長官が Google の著作権侵害を認めるアミカスブリーフを提出したが、最高裁はこれまで商務長官の意見を 7〜8割方尊重してきたからである。 ところが、最高裁は Google のフェアユースを認める判決を下した。最高裁が大方の予想に反して、控訴審を覆すのにインパクトを与えたのがアミカスブリーフ。数では Google 支持、Oracle支持が均衡したが、学者は 9 割方 Google を支持、判決でも 9 件の Google の支持のアミカスブリーフが引用されている[2]。 ## 3. 対照的な日本の最高裁判決 ## 3.1 リツイート事件最高裁判決 対照的に日本の最高裁は 2020 年に Twitter 社に対して、著作権侵害を認める判決を下した。 写真家 X は Twitter 社 Yに対し、Twitter のシステム上生じるトリミングによって氏名表示権を侵害されたとして、プロバイダー責任制限法にもとづき発信者情報の開示を求めた。 プロバイダー責任制限法は、投稿をした人 (発信者)の情報開示を求めるには「侵害情報の流通によって権利が侵害されたことが明らかであるとき」などの要件を課している(4 条 1 項)。このため、 $\mathrm{X}$ は氏名表示権の侵害を主張した。 Y は、ウェブページを閲覧するユーザーは、 リッイート記事中の表示画像をクリックすれば、氏名表示部分がある元画像を見ることができることから、リッイート者は、リツイー 卜写真につき「すでに著作者が表示しているところに従って著作者名を表示」(同条 2 項) しているといえると主張した。最高裁は Y の(2)の主張に対して以下のよう に判示した。 リッイート記事中の表示画像をクリックすれば、氏名表示部分がある元画像を見ることができるとしても、表示画像が表示されているウェブページとは別個のウェブページに本件氏名表示部分があるというにとどまり、ウエブページを閲覧するユーザーは、表示画像をクリックしない限り、著作者名の表示を目にすることはない。 また、ユーザーが表示画像を通常クリックするといえるような事情もうかがわれない。 そうすると、各リツイート記事中の各表示画像をクリックすれば、氏名表示部分がある元画像を見ることができるということをもって、各リツイート者が著作者名を表示したことになるものではないというべきである。 リッイート者は、各リツイートによりXの氏名表示権を侵害したものというべきである。 ## 3.2 林景一裁判官の反対意見 本件においては、元少イート画像自体は、通常人には、これを拡散することが不適切であるとはみえないものであるから、一般の Twitter 利用者の観点からは、わいせつ画像等とは趣を異にする問題であるといえる。 そのようなものであっても、ツイートの主題とは無緑の付随的な画像を含め、あらゆるツイート画像について、これをリッイートしようとする者は、その出所や著作者の同意等について逐一調査、確認しなければならないことになる。これはTwitter利用者に大きな負担を強いるものであるといわざるを得ず、権利侵害の判断を直ちにすることが困難な場合にはリツイート自体を差し控えるほかないことになるなどの事態をもたらしかねない。 ## 3.3 田村善之東大教授の見解 田村善之東大教授はこの判決に対して、興味深いコメントをしている[3]。 本件はインターネット上で広く許容されており、リッイートに不可視的に随伴するものであって、これまで特に問題視されることもなかった「寛容的利用」が、たまたま不幸な経緯が重なって、訴訟の対象に選ばれてしまつた事件であるといえるかもしれない。 筆者補足 : 宽容的利用はフェアユースにも該当しない違法な利用であるが、プローモーシヨン効果などの観点から黙認される利用である。 この見立てが正しいのだとすると、本件のリッイート関連の訴訟は、もしかすると誰も真剣には違法視することを求めていないにもかかわらず訴訟の対象に選ばれてしまっている。そのような状況下で仮に侵害を肯定する結論をとらざるを得ないのであれば、不必要に違法であることを明らかにして寛容的利用を萎縮させることを防ぐために、やはり上告を受理することなく、発信者情報開示請求に関する解釈論を研ぎ澄ましたり、立法による対応を進展したりすることによって、この種の訴訟が雲散霧消するのを待つべきであったように思われる。 (中略) そして、まさにこうした宽容的利用に対処するために権利を制限する一般条項が存在する。フェアユースに相当する条項を欠く著作財座権と異なり、同一性保持権侵害や氏名表示権侵害に対してはこれを制限する一般条項 (20 条 2 項 4 号、19 条 3 項)があるのであるから、これらの情報を活用して寛容的利用に関して通用している一般の規範を吸い上げることが本来望ましい解決であったのだろう。 筆者補足 : 著作権は、お金に関係する「著作権 (財産権)」と名誉に関係する「著作者人格権」に大別される。著作権を制限する一般条項の代表例は、公正な利用であれば著作権者の許可なしの利用を認めるフェアユースだが、日本の著作権法にはこの規定はない。 ただし、著作者人格権については、たとえば、氏名表示権について定めた 19 条は 3 項に 「著作者名の表示は、著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められるときは、公正な慣行に反しない限り、省略することができる」という権利制限の一般条項を置いている。田村教授はこうした規定を活用して寛容的利用を救うべきだったと主張する。 著作権法を厳格に解釈すれば、最高裁判決のとおりだが、田村教授の指摘する一般に通用している規範を吸い上げれば、林裁判官の反対意見の方が現実解といえる。 ## 4. 表現の自由保護の観点からも必要 第三者意見募集制度の著作権法への導入を提案するもう一つの理由は、著作権法は憲法で保障された「表現の自由」を保護する重要な役割も担っているからである。 1998 年、米議会は著作権保護期間を著作権者の死後 50 年から 70 年に延長した。これに対して、憲法学者らが表現の自由を侵害するなどと主張して違憲訴訟を提起、最高裁は合憲判決を下したが、 5 人のノーベル賞受賞者を含む経済学者らがアミカスブリーフを提出した[4]。 日本でも、憲法学者の長谷部恭男早稲田大大学院教授が「表現の自由と著作権の保護との衝突の可能性」について論じている[5]。 パロディも米国では 1994 年の最高裁判決でフェアユースが認められたが、日本では 1980 年の最高裁判決で著作権侵害とされて以来、未だに合法化されていない。表現の自由保護の観点からも第三者意見募集制度の著作権法への導入を提案したい。 ## 5. おわりに 文化庁は $\mathrm{AI}$ ・o T の時代に対応するため、 2018 年の著作権法改正で第 30 条の 4 を新設。著作物は, 当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には,その必要と認められる限度において,利用することができることとした[6]。 $\mathrm{AI}$ が情報を収集して解析できるようにした条文だが、 $\mathrm{AI}$ が生み出す情報の成果物の法的位置づけについては答えてない。最近、脚光を浴びつつある生成系 $\mathrm{AI}$ まで想定してなかったからである。このように技術革新によって生じる新たな問題に時間のかかる立法が追いつかない場合でも訴訟が提起されれば、裁判所は対応を迫られる。 裁判所が IT 音痴の判決を下すことなく、広い視野に立って適正な判断をするために、衆知を集めることができる第三者意見募集制度の著作権法への導入を提言したい。 ## 参考文献 [1] 金原恭子、世論と裁判所をつなぐもの一米国におけるアミカス・キュリィとロー・クラーク. 比較法学の課題と展望 : 大木雅夫先生古稀記念. 信山社出版. 2002, p243-254. [2]城所岩生、国破孔て著作権法あり〜誰が Winny と日本の未来を葬ったのか(みらい新書)みらいパブリッシング、2023, p126-135. [3] 田村善之、寛容的利用が違法とされた不幸な経緯に関する一考察、法律時報、2020 年 10 月号、p4-6. [4] 林紘一郎編著、著作権の法と経済学、第 5 章、城所岩生、権利保護期間延長の経済分析 : エルドレッド判決を素材として、勁草書房、2004, p107-122. [5] 長谷部恭男、表現の自由と著作権:むすび一表現の自由と著作権保護の衝突の可能性、一歩手前のバッファとしての fair use 条項の意義、コピライト、2012 年 8 月号、p1011. [6] 城所岩生、2018 年改正著作権法は AI $\cdot$ IoT 時代に対応できるのか? 月刊 IM, 2019 年 6 月号、p29-31, 2019 年 7-8 月号、p23-24. この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [32] 米国での日本のアニメ・特撮作品を通じた産業振興と文化紹介の歴史: アニメ・特撮ツーリズム研究の視点から 二重作昌満 1 ) 1) 東海大学大学院文学研究科文明研究専攻, $\bar{T$ 259-1292 神奈川県平塚市北金目 4-1-1 E-mail: [email protected] ## History of industrial promotion and cultural introduction through Japanese anime and tokusatsu films in the U.S.: From the Perspective of Anime and Tokusatsu Tourism Research FUTAESAKU Masamitsu1) 1) Tokai University Graduate School of Letters, 4-1-1 Kitakaname Hiratsuka, Kanagawa, 259-1292 Japan ## 【発表概要】 本研究では、これまで数多くのアニメ・特撮映像作品が輸出された米国に焦点を当て、同国で日本製のアニメ・特撮映像作品を放送した際に生じた問題点やその対応策について、観光歴史学的な観点による調査研究を実施した。その結果、日本から米国へアニメ・特撮映像作品を輸出してきた歴史は約 70 年に及んでいた。本研究では、この歴史を 3 つの時代に分けて概説した。 1950〜1960 年代は外貨獲得のための産業振興策として日本のアニメ・特撮映像作品が輸出され、1970 年代にはハワイ州において特撮ヒーロー番組が社会現象化したことに伴い、催事が開催されるようになった他、1990 年代にはアニメ・特撮両映像作品が米国全体で爆発的なヒットを巻き起こした。しかし、その人気の裏には米国の社会事情を踏まえた作品内容の変更等の「口一カライズ」が実施されており、単に作品を輸出するだけでなく、米国の放送環境や社会事情を踏まえる形で作品を輸出させてきたことに特徴があった。 ## 1. はじめに 我が国では、これまで各映像製作会社によって多数のアニメ・特撮映像作品が発信されてきた。これらの作品は国内にて商業的な成功を収めただけに留まらず、海外市場へも輸出されており、日本の産業振興策の一躍を担ってきた[1]。また、諸外国における日本のアニメ作品に対する理解を深めると共に、様々な日本文化を紹介する役割を担ってきた[2]。 筆者はこれまで、映像作品を誘致資源化したコンテンツツーリズム研究の一環として、 アニメや特撮映像作品を誘致資源化した観光である、アニメツーリズムや特撮ツーリズムを対象に包括的な研究を実施してきた。その上で、アニメツーリズムを「舞台となった場所を訪れる聖地巡礼、ライブや展覧会等のイベントをはじめ、アニメに関わる催事場所に人が移動する観光現象」と定義した [3]。また、 「特撮 (特殊撮影)」を誘致資源化した観光現象を「特撮ツーリズム」と定義し、その歴史的変遷[4]についても明らかにしてきた。 このように、我が国で製作されたアニメや特撮映像作品は、国内での放送や商品販売等での活用に留まらず、海外市場での産業振興や外交においても活用されてきた。しかしながら、これらの作品を諸外国で放送する上で、各国特有の放送事情に伴う番組内容の変更や商業的失敗といった問題もまた抱えてきた。 そこで本研究では、これまで日本から数多くのアニメ・特撮映像作品が輸出されてきた米国に焦点を当て、米国で日本製のアニメ・特撮映像作品を放送した際に生じた問題点やその対応策について、観光歴史学的な観点から、その歴史を検証する調査研究を実施した。 ## 2. 研究の目的 - 対象 - 方法 本研究の目的は、これまで我が国で製作された日本製のアニメ・特撮映像作品が海外市場へと輸出されてきたこと、さらに今後も諸外国にて日本文化を紹介するバイブルとして 機能していくことを踏まえ、これらの作品を現地にて発信した際に生じた問題点やその対応策を記録することにある。そこで本研究では米国に焦点を当て、いかにこれらの作品が浸透し、また浸透する際の問題点と日本側が実施した対応策について、コンテンツツーリズム研究の一環として、観光歴史学的な観点からアーカイブ化を視野とした歴史研究を実施した。 具体的には、資料調査を中心に検証を行なった。資料調査では、NDL ONLINE 国立国会図書館オンライン[5]を活用して資料の収集を実施した。本研究で収集した資料は「1.文献」「2.Web サイト」「3.映像ソフト」の 3 種類に大別できる。 はじめに「1.文献」では下記 3 つの基準を設けて、1 つでも該当した資料を調査資料として活用した。基準とは、「(1)現在まで開催されてきたアニメ・特撮イベントの様子が、写真や文章を通じて記録されている文献」「(2) アニメ・特撮イベントの制作者や、出演俳優等へのインタビューを掲載した文献」「(3)今後開催予定のアニメ・特撮イベントを、写真や文章で告知した文献」の基準を設けた。 続いて「2. Web サイト」でも下記 3 つの基準を設け、 1 つでも該当する資料を活用した。基準とは「(1)アニメ・特撮映像作品を制作している、各映像制作会社の公式サイト」、「(2) アニメ・特撮ツーリズムを開催している各イベント・施設の公式サイト」、「(3)アニメ・特撮ツーリズムを開催している市町村、あるいは地方自治体が運営する公式サイト」である。最後に、「3.映像ソフト」を収集する際は、下記 4 つの基準を設けた。 4 つの基準とは、「(1)アニメ・特撮映像作品のイベント開催の模様(キャラクターショー等)が映像ソフトの本編や特典映像に収録されているもの」、 「(2)アニメ・特撮ツーリズムのイベント開催地が特撮映像作品のロケ地として使用されているもの」、「(3)アニメ・特撮映像作品に登場するキャラクターが、特定の観光対象地を紹介しているもの」、「(4)海外で開催されたアニメ・特撮イベントに参加した制作者・出演者 のインタビューを収録したもの」という基準を設けた。 ## 3. 結果 上記の調查方法による歴史検証を実施した結果、日本のアニメ・特撮映像作品が米国へ輸出されてきた歴史は約 70 年に及んでいた。本研究では、この 70 年に至る歴史を 3 つの時代に分けて後述する。 ## 3. 1 米国への輸出による産業振興策 (1950 1960 年代) 米国で我が国のアニメや特撮映像作品が浸透するようになった背景には、単に日本から自国産のコンテンツを米国市場に向けて輸出するだけでなく、様々な背景が存在した。例えば、日本政府による産業振興策の一環として、自国から米国への映像作品の輸出に攻勢になったことや、米国からテレビ番組や映画の製作を要請されたことが挙げられる。 我が国初の特撮怪獣映画として、東宝株式会社により製作された『ゴジラ』は、1954 年 11 月の国内公開後、1956年にブロードウェイのロウズステイト劇場で『Godzilla:King Of Monsters!』として公開され、4 日間で 1 万 7 千ドルの興行収入を獲得した[6]。 上述した『ゴジラ(1954)』の米国市場での成功に続き、大映も自社が製作した怪獣映画『ガメラ(1965)』、『大魔神(1966)』を米国のテレビ局 AIP テレビの要請に応じて、輸出を視野としたシリーズ化を開始した。この背景には、当時の日本政府が外貨獲得手段の一環として、邦画の輸出奨励を実施していたことが挙げられる。そのため財政投融資 20 億円という政治的な背景が存在した[6]。日本政府が打ち出した産業振興策の中には、財政投融資を活用した映画制作支援も含まれており、輸出が好調な映画産業を支援することで外資を獲得するのが目的であった[7]。 ## 3. 2 ハワイ州での特撮ヒーロー番組の 社会現象化(1970 年代) 1970 年代に入ると、これまで米国内では確認出来なかった日本製の特撮映像作品の催事がアメリカでも頻繁に確認できるようになった。本章ではハワイ州で発生した特撮ヒーロ 一番組のブームについて後述する。 ハワイ州では 1967 年に海外で初の日本語テレビ局である KIKU-TV での放送が開始された。当局で放送されたのは、株式会社東映 (以降、東映)制作の特撮ヒーロー番組『人造人間キカイダー』であった。1973 年に当番組が放送されると、視聴率は KIKU-TV 史上最高の視聴率 $24 \%$ を記録し、 1974 年夏にシヨッピングセンターで開催された出演者のサイン会には 1 万人が押しかける事態となり、中止される状況にまで至った[8]。KIKU-TV 開局以前は、ハワイの日系人にとって最も人気のある娛楽は、1960 年代までは日本映画であったが、この KIKU-TV が台頭したことにより映画館の来場者は減少する等[8]、映像娛楽の推移はハワイ州でも発生することとなった。 ## 3. 3 米国本土での日本のアニメ・特撮映像作品の爆発的ブーム(1990 年代) 上述してきたように、日本製の特撮映像作品がアメリカに流入してきた一方で、アニメ作品もアメリカに輸出されたものの、そのほとんどが浸透しない状況にあった [8]。しかしながら、1990 年代に入るとその潮流は大きく変わり、米国市場を舞台に、日本製のアニメ・特撮作品による爆発的なブームが発生していくこととなった。しかし、その定着の裏では異国である故の文化的な䶞䶣も発生しており、日本側もその対応に追われることとなった。 まず 1993 年にスーパー戦隊シリーズ第 16 作『恐竜戦隊ジュウレンジャー(1992)』をベースとした特撮ヒーロー番組『Mighty Morphin Power Rangers (1993)』の放送が開始されると、ロサンゼルス地区のテレビ局では最高 $9.1 \%$ の視聴率をたたき出した上[9]、全米各地でイベントの集客にも成功し、会場までのハイウェイで大渋滞をつくる状況[10] にまで社会現象化した。その反面、本番組中の暴力描写への懸念、さらに現地の映画人による労働組合への加入等、文化的な摩擦や労働環境の整備[10]が課題となっていた。 また 1998年 9 月以降には、全米にて株式会社テレビ東京製作のアニメ作品『ポケットモンスター』の放送が開始され、大ヒットとなった。本作がアメリカ市場にて放送されるにあたり、実践された方法は文化的な中立を視野とした作品内容の一部変更であった。番組名の改題(現地タイトル『Pokémon』)やキヤラクター名の変更、日本語の看板や道路標識は英語に修正する等、日本をはじめ特定の文化に傾倒しないよう工夫が試みられていたことが特徵であった $[8]$ 。 ## 4. 考察 ここまで、日本のアニメ・特撮映像作品が米国へと輸入され、同国へと浸透していく歴史を概要的にまとめてきた。これらの歴史を概観すると、単に作品を他国に持ち込むだけでなく、米国での放送環境や州内住民の嗜好に合わせ、作品を地域化する「ローカライズ (localize)」が行なわれていたことに特徴があった。しかしながら、米国内で開催されてきた日本のアニメ・特撮作品を通じた観光現象は、日本とは異なる性質を有しており、この背景には国土の違いや、米国から見て日本の映像作品はあくまで外国産の作品である点等、様々な地域的・社会的事情を考察することができた。つまり、米国で日本のアニメ・特撮ツーリズムのような観光現象の量産には様々な地理・社会背景上の障壁が存在しており、今後米国にてアニメ・特撮映像作品の観光現象の量産をより推進させていくためには、各地域が内包する社会事情についての理解と共に、交通インフラを筆頭とする地理的検証を実施していくことが重要であると考えた。 ## 5. おわりに 本研究は、国外で日本製のアニメ・特撮映像作品を輸出する際に生じた事象のアーカイブ化を視野とした歴史研究であるが、未だ本研究は発展途上にあり、概要的な歴史分析に留まっているのが現状である。今後もより詳細な歴史分析を行なっていくと共に、米国以外の他の国々にも焦点を当てた研究を実践していくことも課題である。 ## 参考文献 [1] “アニメや映画等コンテンツを活用した地域の観光振興を支援! アニメ等コンテンツを活用した誘客促進事業”. 東京都. https://www.s angyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/tourism/kakus yu/anime/ (参照 2023-04-17). [2] “アニメ文化大使”.外務省. https://www.m ofa.go.jp/mofaj/gaiko/culture/koryu/pop/ani me/index.html [3] 二重作昌満, 田中伸彦.アニメツーリズムに対する定義の広域化についての調査検証:東映アニメーション製作『ヒーリングっどのプリキュア(2020)』を事例に.レジャー・レクリエ ーション研究.2021,vol.95,p.96-99. [4] 二重作昌満,田中伸彦.「特撮ツーリズム」 の発展と多様化に関する歴史的研究.レジャ一・レクリエーション研究.2017,vol.82,p.2130. [5] “NDL ONLINE 国立国会図書館オンライン”.国立国会図書館. https://ndlonline.ndl. go.jp/\#!/ (参照 2023-03-26). [6] 菅野正美.GODZILLA 60 : COMPLETE GUIDE.株式会社マガジンハウス.2014,p.12124. [7] 山崎准(株グレイル),酒井寿子.別冊宝島ガメラ最強読本 GAMERA.株式会社宝島社. 2 003,p. 34 . [8] 大場吾郎.テレビ番組海外展開 60 年史文化交流とコンテンツビジネスの狭間で. 人文書院.2017,p.104-308. [9] 大下英治.仮面ライダーから牙狼へ渡邊亮徳・日本のキャラクタービジネスを築き上げた男.株式会社竹書房.2014,p.210-319. [10]鈴木武幸.夢(スーパーヒーロー)を追い続ける男.株式会社講談社.2018,p.365-387.
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# [31] 自治体映像アーカイブによる経済波及効果推計モ デルの検討: ## デジタルアーカイブに関連して生じる経済活動の整理を中心に 宮田悠史 1 1) 1) 立命館大学大学院文学研究科,〒603-8577 京都市北区等持院北町 56-1 E-mail: [email protected] ## Examination of a model for estimating the economic ripple effects of municipal video archives: Focus on organizing economic activities arising in connection with digital archiving MIYATA Yuji 1) 1) RITSUMEIKAN UNIVERSITY Graduate School of Letters, 56-1 Tojiinkita-machi Kitaku Kyoto-city, 603-8577 Japan ## 【発表概要】 我が国の「デジタルアーカイブ」草創期において、文化資産のデジタル記録とアドバタイジングで「地域振興」を図る動きが自治体において政策的に進められた。筆者は、これまでに「自治体による映像を対象としたデジタルアーカイブ」に関する「地域の経済振興」に注目した研究を行ってきた。そこでは、草創期の事例を中心として経済波及効果の推計を行ってきたが、その精度を向上させる余地が残るなど課題も多い。そこで、本発表では、これまでの推計において確認もしくは想定された当該デジタルアーカイブに関連して生じる最終需要増加額について整理するとともに、それらの具体的な金額を算定するモデル(方法)について仮説的に示したい。 ## 1. はじめに〜研究の立場 我が国における「デジタルアーカイブ」(以下、DA)の草創期には、「文化資産のデジタル記録とアピールによって『地域振興』を」図る動きが地方公共団体(以下、自治体)で政策的に進められた $[1]$ 。ここでは、地域によって地域振興の方向性に異なりが見られるが、当時から現在に至るまで「自治体による映像を対象とした DA」(以下、自治体映像ア一カイブ)が数多く構築・運用されてきた $[2]$ 。 DA は、地域において様々な効果が期待されているが、筆者は地域の経済振興を念頭において、まずは経済面から量的な効果を明らかにすることで、DA に関する政策的な評価における新たな視座の提供を目指している。 これまでに、自治体映像アーカイブによる 「経済波及効果」の推計等を行っており、本発表ではそこでの推計よりも広く経済波及効果を推計するためのモデル(方法)を仮説的に示したい。 ## 2. 背景と目的 ## 2.1 背景 研究の対象として DA の設置者を自治体に限定しなければ、「地域映像アーカイブ」については、これまでに様々な研究者が幅広い視点から研究を進めてきた。宮本は、沖縄県の地域映像アーカイブに関する事例調査において、沖縄の戦争に関する特異な歴史が背景となって、映像の収集や公開、利活用の取り組みが進んでいることを示している[3]。また、水島は地域映像アーカイブの構築を実践する中で「人的・資金的コスト問題」を示すなど、地域映像アーカイブの構築と持続に関する重要課題を指摘した研究も存在する[4]。ほかにも、関連する研究分野において広く援用する可能性を持つ先行研究も多く存在する。 しかし、現状において自治体映像アーカイブを含んだ地域映像アーカイブに関する経済的な効果を直接的な対象とする研究は、極めて限られていると言わざるを得ない。筆者は、 これまでに自治体が構築した草創期の DA に関する経済波及効果を推計したが、「DA に関 する経済活動によって生じる効果推計の起点となる費用」(以下、最終需要増加額) は自治体が支出した費用に限定されており、この中では自治体 DA による経済波及効果の一端を推計したに過ぎない[5]。そのため、ここでは自治体映像アーカイブによる関する経済波及効果を包括的に推計できておらず、その実態は明らかとなっていない。そこで、より実態に則した経済波及効果を推計する上では、当該 DA によって生じる費用をより幅広く一定の精度の下で算定する必要がある。 ## 2. 2 目的 本発表は、これまでに行った推計で用いた最終需要増加額とともに、推計では最終需要増加額としては設定できなかったが「調査において浮上した自治体映像アーカイブに関連して生じていることが想定される費用」(以下、想定費用)を整理する。その上で、想定費用の算定方法を検討し、今後自治体映像アーカイブによる経済波及効果を包括的に推計する際における最終需要増加額の設定方法 (モデル)について仮説的に示したい。 ## 3. 対象と方法 ## 3. 1 対象の選定 本稿は、これまでの推計における最終需要増加額と想定費用を考察の対象としているため、ここでは過去に筆者が推計を行った事例を対象とする。そこで、これまでに推計した事例は、「上田市デジタルアーカイブ(長野県上田市)」、「石川新情報書府(石川県)」、 「Wonder 沖縄 (沖縄県)」であるが、紙面の都合により、今回は上田市デジタルアーカイブと石川新情報書府を対象として検討したい。 ## 3.2 方法の検討 経済波及効果は、産業連関分析における均衡産出高モデルによって推計された「直接効果と間接 1 次効果」及び「間接 2 次効果」を合算した額を指す。筆者が、研究全体で用いている推計のモデルを以下に示す[6]。 1) $\mathrm{Xa} 1=\left[\mathrm{I}-\left(\mathrm{I}-\mathrm{M}^{\wedge}\right) \mathrm{A}\right]-1\left(\mathrm{I}-\mathrm{M}^{\wedge}\right) \mathrm{Fa}$ 2) $\mathrm{Xb} 1=\left[\mathrm{I}-\left(\mathrm{I}-\mathrm{M}^{\wedge}\right) \mathrm{A}\right]-1\left(\mathrm{I}-\mathrm{M}^{\wedge}\right) \mathrm{abcXa} 1$ 3) $\mathrm{X}=\mathrm{Xa} 1+\mathrm{Xa} 2$ 均衡産出高モデルは、一定期間の経済活動 により「増加した最終需要」(最終需要増加額) を産業連関表の諸係数に乗じて経済波及効果を求めるため、最終需要増加額こそが経済波及効果の推計において重要な要素となる。 そこで、まずはこれまでの推計における最終需要増加額とその算定方法を整理するとともにそこでの課題を考察したい。また、これまで推計にまで至っていないものの、最終需要増加額として設定する可能性を持つ想定費用について、現状における算定に関する課題と、その克服に向けた方法について検討したい。これらをとおして、自治体映像アーカイブに関する経済活動を整理するとともに、現時点で考えられる最終需要増加額の範囲とその算定のモデルについて仮説的に示したい。 ## 4. 最終需要増加額の整理と検討 ## 4. 1 上田市デジタルアーカイブ 上田市デジタルアーカイブ(以下、上田市 DA)は、1995 年に長野県上田市によって設置された自治体映像アーカイブであり、同市の博物館等が所蔵する文化資産などを収録している。その中でも、地域の映像を重視しており、それらは Web 上で視聴することができる。ここでの映像は、既存のものにとどまらず、設立以来、県内の事業者とともに映像コンテンツの製作にも取り組んでいる。 表 1.これまでの最終需要増加額 (上田市) & \\ 表 1 は、上田市 DA に関する経済波及効果の推計において用いた最終需要増加額を整理したものである[5]。運用に関する経常的な経費(人件費等)と、映像を新規に製作する際のコンテンツ制作費については、上田市 DA の運営を受託している一般財団法人上田市地域振興事業団及び上田市から情報提供をいた だくことにより確認することができた。確かに、それらの中で古い年度の資料には限界があったため推計では一定の仮定に基づく按分を行ったが、近年の数値については極めて精度の高い資料から確認することができている。 表 2 は、上田市 DA による経済波及効果の推計に関連した調査において、その存在が十分に想定されながらも、表に記載した理由等により最終需要増加額を算定するに至らなかった費用である。構築時における費用は、資料が十分でないことが主な要因であるため、資料の調査を継続する以外に算定する方法がない。また、上田市 DA に含まれる上田電鉄別所線の映像は、当該路線を含んだ観光において一定の効果を上げているものと想定されたが、推計時点では何らかの根拠に基づく金額を算定することはかなわなかった。 表 2. 想定費用(上田市) & 盗料調査 \\ ## 4. 2 石川新情報書府 石川新情報書府(以下、書府)は、1996 年に石川県によって設置された自治体映像ア一カイブであり、同県における有形無形の文化資産に関するデジタルコンテンツが Web 上で公開されていた。書府に収録されていたコンテンツは、テキストや写真など多岐にわたるが、映像も重要なコンテンツのひとつとして位置付けられている。書府事業では、県内においてコンテンツ産業を育成することがその背景に存在するため、第 1 期から第 5 期と期間を区切ることで事業形態や実施主体を変化させながらも多くの県内事業者によって様久な収録用コンテンツが製作された。 表 3 は、書府に関する経済波及効果の推計において用いた最終需要増加額を整理したものである[5]。これらの費用は、石川県より情報の提供をいただくことで確認している。ただし、古い年度の資料が十分でないことから、推計においては一定の仮定に基づく按分等を行っており、推計結果の精度には課題が残っている。また、当該事業は第 1 期〜第 3 期までは、石川県が直接的にコンテンツ製作の支援と DA 構築を並行して行っているのに対し、第 4.5 期は産業振興に重点を置いたため関連事業者への補助金として支出される形に変わっている。この違いが経済波及効果においてどの程度の違いを生むのかなどは、十分に考察の意味を持つものと考えられるが、資料の制限もあって進められていない。 表 3.これまでの最終需要増加額(石川県) & \\ 表 4 は、書府による経済波及効果の推計に関する調査において、その存在が十分に想定されながらも、表に記載した理由等によって最終需要増加額を算定するまでに至らなかった費用である。書府は、その事業の中で製作したコンテンツを CD-R などの光ディスク媒体に収録して販売した実績があるが、制作された媒体の量や価格、その種類に不透明な点が多く調査を継続的に行っている段階である。 表 4. 想定費用(石川県) & & \\ また、石川県には九谷焼や加賀友禅などの全国的な知名度を持つ地場産業製品が多様に存在しており、それらに関する映像等のコンテンツも多く制作されている。同様に、石川県における多様な観光資源もコンテンツ化がなされている。ここからは、こ机書府に収録されたコンテンツをきっかけとした購買行動あるいは観光消費行動をある程度想定することができる。しかし、これらは書府の稼働時に生じていたものと考えることが自然であり、すでに閉鎖されている現在においては、当時の数値を基準にした仮定的な算定を行う以外には困難な状況である。 もうひとつ、書府事業が地域においてコンテンツ産業の振興を意図していたことにも視線を向けたい。書府事業の実施時期において石川県内における情報サービス産業の売上高は増加傾向にあるが、このすべてとは言えないまでも、当該事業のになった役割も一定程度想定することができる[7]。しかし、現時点では増加分に占める書府事業の影響割合等を算定することは容易ではなく、最終需要増加額として設定するまでには至っていない。 ## 5. おわりに〜考察と展望 これまでの推計と本稿の考察をとおして、資料によって確認できる自治体等が支出した金額は、資料が保存されていることを条件としながらも、最終需要増加額として一定の精度の下に設定が可能と考えられる。しかし、資料に明記していない想定費用等は、最終需要増加額として設定するにあたりなんらかの調査等に基づく推定が必要であり、より詳細な調査結果を前提として推定の精度を一定の水準に到達させることが現状における大きな課題といえよう。そのため、過去における想定費用を現時点で算定することは極めて難しいといわざるを得ない。一方、現在稼働して いる DA については、実際の利用者を対象とした調査が可能であるため、恣意性を留意した調査を適切に行うことで、最終需要増加額の算定に必要な数値等を、実態に近い水準で確認することも可能であると考えられる。 そのため、自治体映像アーカイブによる経済波及効果は広大な範囲に及ぶことが想定されるものの、現時点では(1)「資料によって明らかな費用」と、(2)「現在稼働している DA の適切な調査によって算定された想定費用」 を最終需要増加額として推計することが現実的な方向であると考えている。 ## 参考文献 [1] 笠羽晴夫. デジタルアーカイブ基点・手法・課題. 水曜社, 2010. [2] 宮田悠史. 地方自治体における映像アーカイブの現状と課題-アーカイブの公開と活用による地域振興に向けて. 立命館映像学 : 立命館大学映像学会. 2021, 13/14, p7-30. [3] 宮本聖二. 沖縄の映像アーカイブの公開と活用. デジタルアーカイブ学会誌. デジタルア一カイブ学会. 2019, vol3, pp.9-14. [4] 水島久光. 地域映像アーカイブの構築と活用に関する課題 : 北海道 - 夕張市の事例から. デジタルアーカイブ学会誌. デジタルアーカイブ学会. 2017, vol1(Pre), pp.96-98. [5] 宮田悠史. 地域におけるデジタルアーカイブによる経済波及効果の推計一地方自治体が草創期に構築したデジタルアーカイブを事例として.アート・リサーチ. アート・リサーチセンター. 2022, 23(1), pp.19-31. [6] Xa1 : 直接効果 + 間接 1 次効果、 $I$ : 単位行列、 $\mathrm{M}^{\wedge}$ : 移輸入係数、 $\mathrm{A}$ : 投入係数、 $\mathrm{Fa}$ : 最終需要増加額、Xb1:間接 2 次効果、a:民間消費支出構成比、 $\mathrm{b}$ : 消費転換係数、 $\mathrm{c}$ : 雇用者所得率、 $\mathrm{X}$ : 経済波及効果 [7]石川県商工労働部産業政策課. 石川県 I T 産業戦略. 石川県. 2008, pp.6-11. この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [23] 写真資料の収集を目的とした登録アプリケーショ ンの開発: ## 香川・時空間デジタルアーカイブ事業を利用したプロトタイプシステム の紹介 ○木子慎太郎 1),吉川直希 1),國枝孝之 1)2) 1) 香川大学大学院創発科学研究科, 〒760-8521 香川県高松市幸町 $1-1$ E-mail: [email protected] 2) 香川大学イノベーションデザイン研究所 E-mail: [email protected] ## Development of a Registration Application for Collecting Photographic Materials: Introduction of a Prototype System Using the Kagawa Spatiotemporal Digital Archive Project \\ KIKO Shintaro ${ ^{1)}$, KIKKAWA Naoki1) , KUNIEDA Takayuki1)2) \\ 1) Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho Takamatsu-shi Kagawa 760-8521 Japan \\ ${ }^{2)}$ Kagawa University Innovation Design Laboratories} ## 【発表概要】 香川大学では、香川・時空間デジタルアーカイブ事業のもと、香川の偉人「中野武営」にまつわる写真資料を地域住民から収集し、デジタル化、メタデータの付与、検索方法の開発などを行っている。過去の写真資料の所有者は一般家庭や高齢者家庭であることが多いため、扱いやすい登録アプリケーションを開発することで、ユーザ自らデータ登録をすることが可能となると考えた。 本発表で紹介するアプリケーションでは一般家庭を対象とし、スマートフォンを用いた登録を想定している。メタデータの登録は、テキストではなく音声を採用することで、登録が容易となっている。このサービスを実現することで、より多くの資料収集が可能となり、アーカイブを構築する上で役立つと考えている。今回はプロトタイプとして開発したアプリケーションを用いて、実際の登録の様子を紹介する。 ## 1. はじめに 香川大学では、2021 年度からデジタルアー カイブ推進事業を開始し、香川県に関する資料(写真や文献等)を地域住民から収集し、資料のデジタル化、メタデータの付与、検索方法の開発などを行っている。 この研究の発端は、「中野武営[1](18481918)」の知名度を向上したいという顕彰会からの声である。中野武営は「香川県独立の父」とも呼ばれ、香川県の独立に奔走したほか、地元の基盤整備や、渋沢栄一らとともに明治神宮設立に尽力した偉人であるが、知名度は低く、地元の人々の間でもほとんど知られていない。この状況を打開するため、知名度向上を目的としたデジタルアーカイブの開発がスタートした。 デジタルアーカイブ事業では主に「資料の収集」「資料の撮影」「メタデータの付与」の 3 つの活動に取り組んでいる。 本論文では、中でも「資料の収集」に焦点を当てた取り組みを紹介する。中野武営に関連する資料を収集するにあたって、地域住民に協力を募った結果、資料所有者の多くが高齢者であることが判明した。そこで、地域住民自らデータ登録をすることができる、扱いやすい登録アプリケーションの開発に取り組んだ。 本論では、デジタルアーカイブ事業について概要を紹介し、2 章では、収集した資料の撮影方法および登録方法について説明する。 また、3 章では、現在開発している住民自らが資料を撮影し、メタデータを付与できるサ一ビスの概要についても説明する。 4 章では今後の展開について述べる。 本論文では、デジタルアーカイブ事業の背景や目的、具体的な取り組みについて詳しく説明し、学術的な観点から分析を行う。 ## 2. 資料の撮影・登録方法 ## 2. 1 撮影方法 香川・時空間デジタルアーカイブでは、借用した様々な資料をデジタル化し、保管することを主な目的としており、その活動の 1 つとして資料の撮影に取り組んでいる。本論では、撮影に使用される機材や方法について説明する。 撮影には、高精細一眼レフカメラ (FUJIFILM GFX 100)、コピースタンド、 ストロボライト、カラーチェッカー、水準器の 5 点を使用しており、図 1 にてその撮影環境を示している。 撮影形式は JEPG、RAW の 2 種類を採用し、 コピースタンドを使用することで、最短撮影距離からの撮影が可能となっている。 さらに、光の均一化と露出、色味の統一のために外部からの光を遮断し、ストロボライトのみでの撮影を行っている。撮影資料の横にカラーチェッカーを配置することで、色調補正を容易にすることができる。 また、水準器をカメラ上部に取り付けることで、撮影時に生じる歪みの軽減を図っている。 図 1. 撮影環境 ## 2. 2 登録方法 撮影されたデータは、時空間デジタルアー カイブ上のデータベースに格納される。 今回撮影した資料の例を図 2 に示す。ただし、これらのデータはサイズが大きく、不要な部分も含まれているため、必要な部分を卜リミングし、縦横の比率や歪みを補正した以下の画像データを新たに作成した。これにより、データベース内での検索や閲覧がより効率的となった。 - 修正画像(Photoshop など修正に利用ソフトの生成画像) - 修正 JPEG 画像 1 (画質 : $85 \%$ 以上) - 修正 JPEG 画像 2 (修正 JPEG 画像 1 を 50\%縮小し JPEG 形式で保存したもの) - 修正 PNG 画像(修正 JPEG 画像 1 を短辺画素数 1080pixel に縮小しPNG 形式で保存したもの) デジタルアーカイブ上では、図 4 のような 修正 PNG 画像をサムネイルとして登録している。 図 2. 撮影した資料 図 3. 修正 PNG 画像 また、画像データには、同時に以下のメタデータを付与している。これらのメタデータにより、空間、時間、およびキーワードでの検索が可能となる。 - NAME 写真・図の名前 - GPS_LOCATION 資料の示す場所の GPS 情報 - WHERE 資料の示す場所の名前 - WHEN 資料が撮影された時間、年代 - CLASS 人物、景観、書物、その他から選択 -DATE_AND_TIME_DURATION 資料を撮影した時間 - REGISTRATION_NUMBER 登録番号 - TYPE IMAGE など - THREAD_LIST 関連のある人物、出来事のスレッド - OWNER 資料の所有者 - DISCRIPTION タグ(人物名、行事名など) ## 3. データ登録アプリの活用 今回は、借用した資料を私たちが撮影し、 データを登録したが、将来的には、所有者自らが容易にデータ登録できる仕組みが望まれる。特に、歴史的な資料の所有者の多くは高齢者であるため、高齢者でも扱いやすいシステムである必要がある。 このような課題に対し、香川大学では、スマートフォンで資料を撮影し、メタデータを付与できるアプリケーションの開発を進めている。 このアプリケーションでは、スマートフォンのカメラを使用して資料の撮影ができるほか、登録されたデータは、時空間デジタルア一カイブを通して閲覧することが可能である。 ## 3. 1 撮影方法 資料の撮影は、スマートフォン上で専用のアプリケーションを使用することにより行う。通常のカメラ機能と同様に、画角を調整し画面をタップすることでシャッターが切ることができる。再撮影が必要な場合には、次画面の「戻る」ボタンを押すことで撮影のやり直しができる。 図 4 は撮影画面のスクリーンショットである。 ## 3. 2 登録方法 撮影後、資料に関するメタデータを登録する。メタデータの付与は、登録が容易であることから、テキストではなく、音声での登録 を採用している。音声は、資料に関すること 図 4. 撮影画面 であれば自由に登録できる。図 5 は音声入力時の画面である。 音声入力後、クラス選択画面に移行する。 クラスは以下の 5 種類からなり、資料に応じたクラスを選択する。図 6 はクラス選択時の画面である。 - 人物 ・景観 -図絵・古地図 - 古文書 -その他 図 5. 音声登録画面 図 6. クラス選択画面 登録されたデータは、現在開発中の香川・時空間デジタルアーカイブを通して閲覧が可能である。また、登録された音声データも視聴することができる。 ## 4. おわりに 2022 年度は、中野武営に関する資料の収集および撮影、企業との連携による一般家庭向けデータ登録アプリケーションの開発が中心的な活動となった。現状における課題を踏ま亢、2023 年は以下の活動を計画している。 1. 撮影データ補正マニュアルの作成 2. データ登録アプリケーションの開発継続および実証実験 3.時空間デジタルアーカイブを活用した 新情報サービスの創出 また、データ登録アプリケーションにおいては、登録データの修正や文字によるメタデ一夕付与が不足しているため、検索において課題が存在する。さらに時空間デジタルアー カイブにおいては、時間・空間による検索に加え、スレッド検索の開発を進め、より関連性の高いデータの抽出を可能にすることを目指す。これらの取り組みにより、より使いやすく正確なデジタルアーカイブを実現することが期待される。 ## 参考文献 [1] 中野武営. https://ja.wikipedia.org/wiki/中野武営 (参照 2023-05-01). [2] 國枝孝之. 香川・時空間デジタルアーカイブ:時空間を基軸とした MPEG-7 準拠メタデータを活用したデジタルアーカイブ. 2022 , p.1-4. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsda/6/s2/6_s58/ _article/-char/ja (参照 2023-05-01).
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# [22] デジタルアーカイブにおけるメタデータとユーザ ープリファレンスを用いた視聴コンテンツの自動生成:香川・時空間デジタルアーカイブに登録されたコンテンツを用いたシミ ュレーション方法の紹介 ○吉川直希 1 ),木子慎太郎 1),國枝孝之 2) 1) 香川大学大学院創発科学研究科 2) 香川大学創造工学部創造工学科造形・メディアデザインコース E-mail: [email protected] ## Automatic generation of viewing content using metadata and user preferences in digital archives: Introduction of simulation methods using contents registered in the Kagawa Temporal and Spatial Digital Archive \\ KIKKAWA Naoki ${ ^{1}$, KIKO Shintaro ${ }^{1)}$, KUNIEDA Takayuki ${ }^{2)}$ \\ 1) Kagawa University Graduate School of Creative Research \\ 2) Kagawa University Faculty of Engineering Design} ## 【発表概要】 デジタルアーカイブ内でメタデータ、ユーザープリファレンスを活用して視聴コンテンツを自動で生成するシステムを構築する。今回は、例として香川・時空間デジタルアーカイブ事業で作成したデジタルアーカイブに登録されたコンテンツ(人物、風景、図絵、古地図等)に対して、 ユーザープリファレンス「年代」「位置情報」「ジャンル」「視聴時間」等を設定し、自動的に視聴コンテンツを生成するシミュレーション方法を紹介する。このシステムを実現することで、万人に同じものを見せるのではなく、膨大なデータの中からユーザーの嗜好にあった情報だけを見たい形で取り出すことができる。また、様々なユーザープリファレンスを適用することで、1つのコンテンツからそれぞれのユーザーに適した複数の自動コンテンツの自動生成が期待できる。 ## 1. はじめに デジタルアーカイブというコンテンツはアナログ媒体の資料を原物のまま保存、管理し続けることと比べ、資料の劣化や消失を防ぐことに長けており、ネット上で管理するためどこにいる人に対しても資料の共有をすることができる。さらに、メタデータというコンテンツに付随する情報を付与することで、資料の再利用性、検索性を高めることができる。 しかし、デジタルアーカイブを閲覧する側の視点に立つとどう検索すると格納された莫大な数のデータの中から自分の見たいと思う資料にたどり着くことができるのか、自分が見たい資料だけをまとめてくれないのか、といったユーザービリティに対しては検討の余地があると考えた。今回はその課題に対してメタデータとユーザープリファレンスを用いて、資料の閲覧者の嗜好や条件に合わせてデジタルアーカイブ内で視聴コンテンツを自動生成するシステムについて提案する。尚、対象は我々が現在取り組んでいる「香川・時空間デジタルアーカイブ事業」とし、そのシミュレ ーション方法の例を紹介する。 2. シミュレーション 2. 1 香川・時空間デジタルアーカイブ事業について 香川大学では、郷土香川県に係る文献、地図、写真などの貴重な一次資料をデジタル化し、再利用可能な形でアーカイブすることを目的とした活動を 2021 年度から開始した。 1 章で記載したように資料の再利用性や検索性を高めるためにメタデータを付与し、デジタルアーカイブを行う。さらに、本アーカイブ では時間と空間の広がりの中で個人や事柄を位置づける仕組みを構築し、様々な視点から管理される情報を可視化できることを特長としている。 本デジタルアーカイブを開始する起点は、香川県の中野武営顕彰会から香川県独立の父と言われ、渋沢栄一の盟友である「中野武営 [1](1848-1918)」に関しての知名度の向上につながる施策はないかといった相談から始まった。政治家として香川県を独立に導き、実業家として多くの企業を設立した中野武営の業績や活動を当時の香川県の様子とともに追体験できるような仕組みの構築が望まれた。 相談を受けた香川大学イノベーションデザイン研究所[2]では、単に中野武営本人に関わるデジタルアーカイブを構築するのではなく、中野武営の情報を皮切りにさまざまな情報を収集し管理できる仕組みを有するアーカイブの構想が開始された。その結果として提案したのが時空間情報を基軸とした香川・時空間デジタルアーカイブである。さらに、そのデジタルアーカイブの利活用により新たな情報サービスを創出していく計画である。 現在、このデジタルアーカイブのプロトタイプの開発を進めており、図 1 に示すように、 Microsoft 365 内の SharePoint を用いて中野武営及び香川県に係る地図、写真、音声デー 夕等を格納している。 図 1.デジタルアーカイブのプロトタイプ さらにその資料がいつの時代のものなのか、 どこで撮影されたものなのか、が分かっている場合はメタデータとしてデジタルアーカイブに格納する際に付与する。それらのデータ は図 2 で示すように開発したアプリ内の地上に自動で格納されるようになっている。 図 2. 地図アプリのプロトタイプ このアプリにより、いつの時代のどこの資料化ということが一目で視認することが可能となる。さらに、アプリ内での時代や資料の種類(被写体:人物、景観、図絵、古地図等) による資料の絞り込みも可能となっている。今回はこれらのシステムを対象として次節でシミュレーション方法の例を紹介する。 ## 2.2 シミュレーション方法の例 前節で紹介した香川・時空間デジタルアー カイブ事業で開発したプロトタイプの例を参考に今回提案するメタデータとユーザープリファレンスを用いた視聴コンテンツの自動生成について、シミュレーション方法の例を示す。 まず、ユーザープリファレンスに関わる項目として、仮に「年代」「位置情報」「ジャンル」「視聴時間」「形式」「キーワード」といった項目を用意する。「年代」はいつの時代の資料なのか。「位置情報」はどこで撮影された、 または発見された資料なのか。「ジャンル」は資料にはなにが映っているか、何に関しての資料(人物、食べ物、建築物、景観等)なのか。「視聴時間」は視聴コンテンツをどの程度の時間にまとめてほしいか。「形式」は視聴コンテンツの形式(動画、PDF、音声等)は何が良いか。「キーワード」はユーザーが設定し、 より視聴コンテンツの内容を絞り込むための項目である。 では、実際にこの提案が実現した際にどういったことができるかの例を紹介する。我々が取り組んでいる香川・時空間デジタルアー カイブ事業の起点になっている人物、中野武営の一生について 5 分程度で手短に視聴したい場合、これらの項目に「年代:1848-1918 (中野武営が生誕し、亡くなるまで)」「位置情報:香川県」「ジャンル:人物」「視聴時間:5 分」「形式:動画(mp4)」「キーワード:中野武営」 という風な設定を行うと、プロトタイプ内で資料に付与されたメタデータを基に中野武営の一生に関する 5 分の動画を出力してくれるのだ。 ## 3. おわりに デジタルアーカイブにおけるメタデータとユーザープリファレンスを用いた視聴コンテンツの自動生成と題して、香川大学で行われている香川・時空間デジタルアーカイブ事業の活動を対象に新しいサービスの例を示した。現在は構想段階であり、形としてお見せすることはかなわなかったが、この提案が実現することで大きなメリットが見込める。既存のデジタルアーカイブはユーザー各々に同じコンテンツを提供し、簡単な絞り込みが可能な程度だがこの提案はユーザーが 100 人いれば同一のデジタルアーカイブ内でも 100 個のコンテンツが生まれる可能性を持っている。デジタルアーカイブ制作側の意図に依存せず、 ユーザーが見たい情報を選択し、コンテンツを生成する新たな形のデジタルアーカイブになることが期待できる。 ## 参考文献 [1] 中野武営.https://ja.wikipedia.org/wiki/中野武営 (参照 2023-05-01). [2] 香川大学イノベーションデザイン研究所. https://www.kagawa-u.ac.jp/faculty/centers/ kidi/ (参照 2022-05-01). この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [D24] Europeana との連携を進展するための digital cultural heritage の共創的な教育活用 :国際版 S $\times$ UKILAM(スキラム)連携ワークショップの実践から 大井将生 1) 2) 1) 人間文化研究機構(国立歴史民俗博物館)285-8502 千葉県佐倉市城内町 117 2) 東京大学 E-mail: [email protected] ## Co-creative educational utilization of digital cultural heritage to advance collaboration with Europeana: From the practice of the international version of the SxUKILAM collaboration workshop \\ OI Masaoi) ${ ^{12}$ \\ 1) National Institutes for the Humanities (National Museum of Japanese History), \\ 2) The University of Tokyo} ## 【発表概要】 本研究の目的は、Europeana との連携を進展するための cultural heritage の共創的な教育活用のあり方を提示することである。そのために、オランダの Europeana 本部において、日本と欧州双方のデジタル文化資源を活用した教材化ワークショップを実践し、その過程で日本と欧州のデジタルアーカイブ連携について議論を行う。その結果、S×UKILAM(スキラム)連携のスキーマを用いることで日欧の資料を組み合わせた教材が共創できることが明らかになり、ボトムアップな実践が連携の進展に重要であることが示唆された。今後は、Europeana の理念や力点を置いている活動に注視し、連携に向けたポリティカルな課題をスモールステップな実践で乗り越え、世界中の多様な cultural heritage が日常の学習場面で活用できる基盤形成が望まれる。 ## 1. はじめに グローバル化の進展や技術革新を背景とした教育改革の課題は、パンデミックによって世界的な共通認識として顕在化し、ICT を用いた学習環境のイノベーションが希求のものとなった。こうした背景に対し、国内では GIGA スクール構想による 1 人 1 台端末の整備が推進され、新学習指導要領で掲げられた多様な資料を用いた探究的な学びの実現が求められている。 また、世界と日本を相互的な視野から捉え、資料を活用しながら考察する「歴史総合」が新しく必修科目として設定された。これは、歴史教育において地域横断的に事象を捉えるグローバル・ヒストリーの視座が重要視されていることを示唆しており、限定的な国や地域の資料しか活用できない環境からの脱却が必要である。このように、国内外の多様な資料を活用した教材開発の需要が高まり、「問い」 に駆動された学習者が、資料をもとに多面的・多角的に考察する力を育成するための方法論や仕組及作りの検討が求められている。 一方で、日本では様々な資料と学習内容とを関連づける体系的な方法が未確立であることが指摘されてきた $[1]$ 。とりわけデジタル化された cultural heritage を活用した実践の遅れは、欧米と比較して未だ著しい。さらに、諸外国の資料活用に関しては、国内の資料やカリキュラムとの接続・連携のあり方が検討されておらず、活用方法の蓄積もないため、 その活用が困難な状況にある。そこで本研究は、様々な国や地域の cultural heritage の横断的な公開及び活用の先駆者である Europeana との連携を目指し、その方法論の一例として cultural heritage の共創的な教育活用のあり方を提示することを目的とする。 ## 2. 先行研究 ・関連動向 ## 2.1 欧米における cultural heritage の活用 欧米では cultural heritage のデジタル化だけでなく、その教育活用についても先駆的な取り組みが行われてきた。米国の DPLA は、資料と教材・指導案を取りまとめて公開し、欧州の Europeana は、EU 各国のデジタルコンテンツを集約し、テーマ毎のビューや学習にフォーカスしたページを構築してきた $[2]$ 。 こうした活動は一過性のものではなく、 EuroClio との連携で運営する Historiana の “Teacher Training Guide”が第 4 版まで公開されるなど、継続的な活動が行われている[3]。 また、そうした cultural heritage を活用した学習効果に関しても、出典を引用した資料作成力・他者の作品を尊敬すること・創造性など、今後の時代を生きるために必要なコンピテンシー育成への寄与も示されている[4]。 ## 2. 2 Europeana の教育活用に関する展開 Europeana の教育活用に関する注目すべき展開の一つに、コンぺの開催が挙げられる[5]。 コンペでは各国から選出される受賞者にワー クショップへの参加権やメンバーシップ権を与えるなど、参加意欲向上とユーザ拡大に向けた工夫もなされている。応募作は STEAM やPBL などの学習カテゴリに分類されており、 cultural heritage が歴史学習に限らず学際的・教科横断的に活用できることが示唆されている。また、シティズンシップやエンパシ一など、平等・多様性・持続可能性に関わるコンピテンシー育成を目指した作品が高い評価を受けている点に特徴がある [6]。 Europeana の教育活用はパンデミック下の組織的な取り組みによって新たな進展も見られた。例えば、MOOC プログラムや学習シナリオ共有ブログ、パンデミック下の学習方法をまとめたハンドブックなどが公開され、 cultural heritage の活用促進に貢献した [6]。 こうした欧州における cultural heritage の教材化及びその共有を様々な地域の多様なアクターを繋ぎながら拡張していくという共創的な枠組みは、日本においても参照意義があり、援用可能であると考える。 ## 2. 3 国内の共創的な資料活用の実践と課題 ABBOTT ら(2015)は、有効的に cultural heritage を活用するためには、教育目的に特化した資料のキュレーションとアウトリーチ活動に加え、「教育関係機関との連携」が重要であることを指摘している[7]。古賀 (2018) は、欧州の取り組みからは教材や指導案作成等の実践以上に、EuroClio の「高い質を伴う歴史教育のための基本的考元方」のような、歴史資料となり得るものを教育活用するための考元方や思想に学ぶ面が多いはずであると述べている[2]。これらのことをふまえると、 cultural heritage の教育活用を進展させるためには、資料公開者と活用者が協働し、表面的な教材作成を越えた対話や議論を重ねられる場の形成が肝要となる。 国内において Europeana の取り組みや議論を参考にしつつボトムアップな実践を行っている事例としては、S×UKILAM(スキラム)連携がある。このスキーマでは小中高の教員や資料公開機関が共創的にデジタル資料を教材化し、教育現場の目線でメタデータを付与した上で IIIF を用いて公開している[8]。教材が多様な教科・観点で制作されていることや、 S×UKILAM 連携を起点として自治単位での教育活用コンテスト [9]や防災教材・学習コンクール[10]が開催されるなど、各地で多様な方向性の展開を遂げている点に特徵がある。 一方で、世界的な視座で学習を行うための国外資料の活用は十分になされていない。そのことは、Europeana のようなコンテンツ群が「そこにある」ことや、2.1・2.2で述べたような取り組みが「そこで行われている」ことが、日本における国外資料の活用進展に必ずしも繋がらないことを示唆している。 「ジャパンサーチ・アクションプラン 2021-2025」[11]においても海外機関との交流促進や欧米との連携拡大が揭げられているものの、その実践は十分に展開されていない。 したがって、cultural heritage の活用を国際的な視点で進展するためには、関係者の協働や対話・議論の場を拡張し、国境を越えて具体的な実践に繋がるアクションが必要である。 ## 3. 手法と実践 ## 3. 1 Europeana との連携に向けた実践 ここまでの議論をふまえ、本研究では S×UKILAM 連携のスキーマを応用し、 Europeana の関係者との対話や議論を通して日本と欧州双方のデジタル文化資源を活用した教材活用のあり方を検討する。また、その過程で日本と欧州の連携について議論を行う。 以下、オランダの Europeana 本部において実践した国際版 S×UKILAM 連携について述べる。 ## 3.2 オランダにおける S $\times$ UKILAM 連携 オランダでの $S \times$ UKILAM 連携は、ハーグ の Europeana Foundation と EuroClio において展開した。実践に際しては Europeana Education community[12]のキーパーソンである Isabel Crespo に全面的な協力を仰ぎ、各種場面でモデレーターとしてサポートを受けた。これにより、後述する Europeanaを支える様々な専門のアクターと交流・意見交換や教材化の実践を行うことができた。本実践において議論を行った主な Europeana 関係者及びアジェンダは以下の通りである。 - Isabel Crespo : Education and Collaboration - Julie Van Oyen : UX - Małgorzata Szynkielewska : Participatory campaigns - Jolan Wuyts : API utilization - Alice Modena : Education and Coordination ## 3. 3 国際版「教材化」ワークショップ オランダでの「教材化」ワークショップは、前述の Isabel Crespo に加立、Europeana の 教育活用において最大のパートナーである EuroClio の副ディレクター兼ディベロップメ ント・コーディネーターである Alice Modena の協力を得て開催した[13]。彼女は EuroClio のプロジェクトマネージャーも務めており、欧州の歴史教育者コミュニティにおける eLearning Activity など、Historiana の発展に 寄与してきた人物である。 ワークショップは S×UKILAM 連携のスキ一マを援用し、共有フォルダ上で日欧の資料を組み合わせて活用しながら協働的な教材制作を行った。テーマは各自の関心や意向に即して自由に設定することとし、Europeana とジャパンサーチ双方の資料を活用して国際的な視座で学びを展開する学習シナリオを創ることを緩やかな共通目標とした。その結果として制作された教材の例を図 1 に示す。 Europeana と EuroClio のメンバーが制作した学習シナリオは、ジャパンサーチの資料を起点として砂糖・源氏物語・建築など多様なテーマ、教科を越えた枠組みで構想されている点に特徴がある。図 1 で示した例では、 「日本の菓子産業は初期のグローバリゼーシヨンと商業について何を教えてくれるのか?」 という問いに基づいて展開されており、 Step1 から Step5 までの学習を通して段階的に核心に迫る探究を支援できるようにデザインされている。例えば Step2 では、ジャパンサーチの複数の画像資料を提示し、以下のように発問レベルを徐々に上げていく形で「足場かけ」が設定されている点は参照性が高い。 1.What can you see? 2.What do you think this represents? 3.What questions does this image raise? 同教材では学習者が学んだことについて画像資料を用いて他者にプレゼンテーションを行う活動や K-W-L チャートを用いたまとめ活動も設定されており、対話的で深い学びに導く工夫がなされている点も注目に値する。 図 1. 国際版 S $\times$ UKILAM で制作された教材の例 他の教材では、学習者がオープン・ライセンス資料を検索する活動や、アクセシビリティの観点からフィルターのあり方について議 論する場面も設定されていた。このことから、 オープンな二次利用条件表示が活用の前提になっていることや、国語や社会系分野の学習においても情報リテラシーの育成が重視されていることが示唆された。 なお、上記教材は $\mathrm{S} \times$ UKILAM 連携の教材アーカイブにおいて IIIF で閲覧可能にすると共に、RDFデータを作成し、SPARQLエンドポイントで検索可能な形で公開した[8]。 ## 4. 議論 上記実践を通して、今後の日欧におけるデジタルアーカイブの連携についても議論を行った。その中で、国レベルでの大規模な連携はポリティカルなイシューのハードルが高く、互いに進行中の各種プロジェクトとの兼ね合いを調整することの困難性が指摘された。 そうした観点からも、S×UKILAM 連携のようなボトムアップな実践をスモールステップで蓄積していくことが連携を進展する上で重要であることが示唆された。そのほか、以下のアジェンダについても議論を行ったが、詳細は誌面を改めて述べることとする。 - Europeana の認知度や普及率/利用頻度 ・及びそれを向上させるための戦略、予算 - 学校教育以外での Europeana の活用事例 - 翻刻や多言語対応、クラウドソーシング - プラットフォーム間のシームレスな接続 - オープン・ライセンスへの理解促進 ## 5. おわりに 本研究の結果、S×UKILAM 連携のスキー マを用いることで日欧の資料を組み合わせた教材が共創できることが明らかになり、ボトムアップな実践が連携の進展に重要であることが示唆された。今後は、Europeana の理念や力点を置いている活動に注視し、連携に向けたポリティカルな課題をスモールステップな実践で乗り越元、世界中の多様な cultural heritage が日常の学習場面で活用できる基盤形成に貢献することを目指す。 ## 参考文献 [1] 小森一輝. 学校教育におけるデジタルアー カイブ利活用のために. デジタルアーカイブ学会誌, 2019, Vol.3, No. 2, p.211-212. [2] 古賀崇. デジタルアーカイブコンテンツの児童・生徒向け教育への活用をめぐって:米国・欧州の動向を中心に. カレントアウェアネス, 2018, CA1943, No. 338. [3] Historiana Teacher Training Guide. 2021. https://pro.europeana.eu/post/teacher-trainingguide (参照 2023-09-18). [4] Anagnostou, G.; Chatziefstratiou, A.; Peristeri, P.; Theofanellis, T. Suggestions on how to use Europeana for pedagogical purposes in order to promote Europe's cultural heritage. 2nd International Conference on Cultural Informatics, Communication\&Media Studies, 2020, 1(1), p.1-12. [5]Europeana Education Competition (2023). https://teachwitheuropeana.eun.org/updates/compe tition-winners-2023/ (参照 2023-09-18). [6] 大井将生. パンデミック下の Europeana の教育活用事例から惟う日本の課題. カレントアウェアネス-E, 2021, No.426, E2452. [7] Franky Abbott, Dan Cohen. Using Large Digital Collections in Education: Meeting the Needs of Teachers and Students. Digital Public Library of America. 2015, p.1-28. [8] S×UKILAM 連携: 教材アーカイブ. https://adeac.jp/adeac-lab/top/SxUKILAM/ index.html, (参照 2023-09-18). [9]港区教育委員会. 港区デジタルアーカイブ教育活用コンテスト. 2022. https://www.city. minato.tokyo.jp/kyouikuhensantan/kyouikukatuyo ukontesuto.html, (参照 2023-09-18). [10]デジタル資料を活用した防災教材・学習コンクール. https://wtmla-adeac-r.com/news-1-11-3/qewY3PYe (参照 2023-09-18). [11]ジャパンサーチ・アクションプラン 20212025. 2022. https://jpsearch.go.jp/about/actionplan 2021-2025, (参照 2023-09-18). [12] EUROPEANA EDUCATION COMMUNITY. https://pro.europeana.eu/page/europeana-education (参照 2023-09-18). [13] EuroClio Secretariat staff. https://euroclio.eu/ association/people/staff/ (参照 2023-09-18). ## Acknowledgment 本研究は 2022 年度国立情報学研究所公募型共同研究(22FC03)の助成を受けたものである。
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# [D23] デジタルアーカイブを用いた主体的学習方法の提案: 『平家物語』と絵画資料を例として ○小森一輝 1), 城阪早紀 2), 八木智生 ${ }^{3)}$ 1) 大阪府立吹田高等学校, $=564-0004$ 大阪府吹田市原町 4 丁目 24-14 2) 同志社大学人文科学研究所 3) 同志社大学研究開発推進機構及び文学部 E-mail: [email protected] ## Proposal for active learning models using digital archive: ## "The Tale of the Heike" and its paintings OKOMORI Kazuki1), KISAKA Souki2), YAGI Tomoki ${ }^{3}$ ) 1) Suita High School, Suita-si, Osaka, 564-0004 Japan 2) Doshisha University Institute for Study of Humanities and Social Sciences 3) Doshisha University Organization for Research Initiative and Development and Faculty of Letters. ## 【発表概要】 本発表は古典教育において、古典本文と絵画資料の比較検討という、デジタルアーカイブコンテンツの活用モデルを提案するものである。従来、デジタルアーカイブの教育活用においては、教育内容とコンテンツとの紐づけが課題となっていたが、発表者らが実践した古典の授業モデルでは、コンテンツと教育内容との紐づけが比較的容易で汎用性があることを示す。さらに、この数年で ICT 環境が急速に整備されたことにより、学習者が自身の端末でコンテンツを操作したり編集したりと、コンテンツを教材として活用しやすくなった。このようなコンテンツの積極的活用は、学習者のデジタルメディアリテラシーを向上させるだけでなく、学習者が古典に関するコンテンツを享受し、それを発展させていく継承者としての態度や技能を育成するためにも有効であると考える。 ## 1. はじめに 2020 年以降、オンライン授業実施のための社会的要請から、全国の学校で個人用 ICT 端末やインターネット環境が急速に整備され、指導者・学習者が一人一台のデバイスを持ち、学習管理システム(LMS)を使用することは普通の光景となった。それに伴い、学校教育におけるデジタルアーカイブ活用のチャンスが拡大している。本発表では『平家物語』を例として、デジタルアーカイブコンテンツを活用した主体的学習モデルを提案する。デジタルコンテンツは歴史的資料が多いという性質上、古典教育との親和性が高く、コンテンツそのものを教材として開発・活用することも容易である。このような教材開発および授業モデルは、デジタルアーカイブおよび古典に対する学習者の興味関心を高め、それらを積極的に享受・継承させていく態度や技能を涵養するために有効であると考える。 ## 2. 古典籍デジタルアーカイブと教育 2. 1 古典教育におけるデジタルコンテンツの活用状況 最近、古典教育にデジタルアーカイブを活用することが文学研究者から提言される[1]など、デジタルアーカイブの有用性は古典教育関係者にも認知されつつある。 しかし、学習者が積極的にコンテンツを利活用するような実践報告は、発表者の知る限り見当たらない。 その理由は、古典教育では本文の読解を重視するゆえに、多様なメディアを利活用した指導や、アクティブな学習機会の設定が等閑視されがちであることに求められよう [2][3]。 また、学習要素リストの実証実験では、国語科における「読むこと」「書くこと」といった抽象的な学習活動とコンテンツとの関連付けが難しいことが指摘されているように[4]、 コンテンツと教材とをどのように紐づけるべ きか、方法論が未確立であることも一因と言える[5]。このことから、汎用性のある古典コンテンツの活用モデルをデザインすることで、教育現場に対するインパクトが見込まれる。 ## 2. 2 デジタルアーカイブを古典教育に使用 する意義 古典教育においてデジタルアーカイブを積極的に利活用することには、以下のような学習効果が見込まれる。 (1) コンテンツについて、授業者が教材理解のための補助的役割として利用するのではなく、学習者が主体的に操作できる教材そのものとして位置付けられること。 (2) 古典に関するメディアを学習者が活用することで、学習者が古典の享受史の中に自らを位置づけ、それを継承していく意欲や技能を育成できること。 たとえば、デジタルアーカイブの高精細画像は学習者が自身の端末で自由に操作することができる。このような学習者と古典籍コンテンツとの「関係性」が構築されることは、今(学習者)との関わりの中で昔(古典)を捉えられるという意味で、学習意欲を喚起する効果は高いと期待される[6]。 ## 3. 古典教育におけるデジタルコンテン ツ活用モデル 本文と絵画資料との相違点を比較 図1. 学習モデル:本文と絵画資料の比較による本文理解の深化 本発表における実践では、教材本文とそれに基づく絵画資料(コンテンツ)との比較に よる、本文読解の深化という学習モデルを用いた(図 1)。この学習モデルは、古典本文を読み、その本文と関係が深い絵画コンテンツとを読み比べ/見比べ、様々な主体的学習活動を展開しながら教材への理解を深化させていくというものである。 古典教育に使用される教材は、一般的に定番化しやすい傾向にある。また、定番教材には、享受史があつく、関連するデジタルコンテンツが豊富な作品が多い。特に、中学校・高等学校の定番教材は、ほとんどすべての出版社の教科書に同一の作品・章段が長年にわたって採択されていることが多く、定番とされる教材ベースでコンテンツを利用することは汎用性があると言える。たとえば、ジャパンサーチなどの検索ポータルを用いて教材名を検索すれば、それに関連する絵画コンテンツは多くヒットする。つまり、このモデルでは、学習要素リストなどを用いることなく、古典教材に対応するコンテンツを発見・教材化することが容易であるというメリットがある。 国語科教育では様々なメディアを活用・併用する実践が報告されているように[7]、本モデルは他の教材にも応用しやすい。 ## 4. 授業実践 同志社大学、および同志社女子大学において行った。前者はすべての学部学生を対象とした教養教育科目であり、様々な学部の学生が受講することから、特に同志社大学での実践を報告する。 ## 4. 1. 教材本文 覚一本『平家物語』「灌頂巻」 「灌頂巻」は、覚一本『平家物語』巻 12 の後、物語の末尾に位置しており、物語構想上、特に重要な巻とされてきた。その内容は、壇浦から帰洛した建礼門院 (平清盛の娘・安徳天皇の母)の吉田入り・出家・大原入り、後白河法皇の大原御幸・往生を語る、5つの章段からなる。このうち、「大原御幸」は明治時代には教育利用されており、戦後にも高等学校の古典教材にもなるなど、その享受史・ 教材史は長い。 ## 4. 2. コンテンツ 東京富士美術館所蔵「平家物語図屏風 (大原御幸・小督)」[8]、それを超高画質画像として公開している Google Arts \& Culture[9] 『平家物語』は、数々の場面が様々な形式 (屏風絵・扇絵・版本の挿絵・浮世絵など) で絵画化され、またそれらがデジタル化されている作品であるが、今回は灌頂巻の「大原御幸」の章段を描いた屏風絵を教材として用いた。(図2) 図2.「平家物語図屏風(大原御幸・小督)」右隻東京富士美術館ホームページより 「大原御幸」の屏風絵は、後白河法皇が、大原で仏道修行を営む建礼門院を訪孔た場面を描いている。一見、庵室で後白河法皇と対話をしているのは建礼門院に見えるが、実は、建礼門院ではなく、その女房の阿波の内侍である。このことは『平家物語』本文を精読し、 かつ屏風絵を細部まで観察しないと見取れない。つまり学習者は、この屏風絵を俯瞰するだけでなく、コンテンツを細部まで観察するために、自身の注目する部分を拡大するなど、主体的にデバイスを操作して本文理解に基づいて、どこに着目すればよいのかを考えなければいけない。 ## 4. 3. 学習モデルに基づく学習活動 この実践までに、受講生は講義形式で「灌頂 巻」を通読しており、本学習モデルの実践は、 そのまとめという位置づけである。 本実践にあたって、まず受講生は各自のデバイスから Google Arts \& Culture の「平家物語図屏風」にアクセスする。 受講生はワークシートに従って、屏風絵が灌頂巻本文のどの場面と対応しているかを考える。学習した本文内容と対照させながら、屏風絵をスクロール・拡大し、『平家物語』本文にはない場面、注目する場面を 1 つずつ選んでスクリーンショットを撮り、本文と異なる理由や、文字と絵画、それぞれのメディアによる表現の相違について考察する。 そもそも、こうした学習活動を実物で行うことは、資料保存などの観点から困難であった。ところが、高精細なデジタルアーカイブ画像を用いることで、受講生が主体的にコンテンツを操作し、物語本文との対応関係を考えるという学習活動を可能にできる。学習者がそれぞれに興味を持った部分を個別に拡大し、注目するという学習活動は、デジタルを使用するがゆえに可能になるデジタルアーカイブの積極的活用である。 ## 5. おわりに 古典は、必ずしも文章ばかりが享受されてきたわけではない。それは、たとえば歌舞伎やドラマ、アニメといったメディアミックスコンテンツの存在や、絵を含む古典のデジタルコンテンツが豊富に存在していることからも説明できるであろう。その一方で、古典教育においては教材本文の読解が重視されるために、多様なメディアは本文理解のための補助的役割とされがちであった。今回の実践で示した本文読解を踏まえた学絵画資料の活用という授業モデルは、学習者が主体的にコンテンツを操作することで、学習者と古典籍との関係性を再構築し、かつ本文の読みを深化させることに有効であると考える。今回の実践において受講生からは、教材本文と絵画を併用して古典を読むことへの好意的なリアクションが得られた。 以上の実践において確認された成果と課題とを示し、古典籍デジタルアーカイブの教育活用の一助としたい。 ## 参考文献 [1] 三宅宏幸。“古典籍のデジタルアーカイブ利用の一例”. 同志社大学古典教材開発研究セ ンターほか編.未来を切り拓く古典教材: 和本・くずし字でこんな授業ができる. 文学通信, 2023, p.104-107. [2] 宇治橋祐之, 小平さち子. アクティブ・ラ一ニング時代のメディア利用の可能性 : 2017 年度「高校教師のメディア利用と意識に関する調査」から (1). 放送研究と調查. 2018, 68(6), p. 54 . [3] 文部科学省. “幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)(中教審第 197 号) ”. https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chuk yo/chukyo0/toushin/1380731.htm (参照 2023/8/27). [4] 日本教育情報化振興会. ICT を活用した学習成果の把握・評価に向けた学習要素の分類等に関する調査研究事業. 2018, http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouh ou/detail/1410959.htm (参照 2023-08-27). [5] 小森一輝.学校教育におけるデジタルアー カイブ利活用のために。デジタルアーカイブ学会誌. 2019, 3(2), p.211-212. [6] 坂東智子.「古典を勉強する意義の自覚」 と「古典の授業が好き」の相関関係. 2013, 研究論叢: 第 1 部・第 2 部,人文科学・社会科学・自然科学. 63 , p.153-163. [7] 羽田潤. “メディア・リテラシー, マルチモーダル・リテラシー, デジタル・リテラシ一の教材化・学習指導方法に関する研究の成果と展望”. 国語科教育学研究の成果と展望III.全国大会国語教育学会編. 渓水社, 2022 , p.409-416. [8] 東京富士美術館. “平家物語図屏風(大原御幸・小督)". https://www.fujibi.or.jp/ourcollection/profile-of- works.html?work_id=658 (参照 2023-09-04). [9] “平家物語図屏風(大原御幸 - 小督)”. Google Arts \& Culture. https://g.co/arts/fsfoWGfczsH8A7hf7, (参照 2023-09-04). この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [21] ゲームアーカイブの図書館ルート:私立ゲーム図書館の現状、課題、迷い 松田真 1) 1) 一般社団法人ゲーム寄贈協会,〒203-0012 東京都東久留米市浅間町 3-25-3 E-mail: [email protected] ## Library route for game archive: ## Issues for Japanese private game library MATSUDA Shin ${ }^{1)}$ ${ }^{1)}$ Game Gift Society, 25-3-3, Sengen-cho, Higashi-kurume-shi, Tokyo, 203-0012 Japan ## 【発表概要】 一般社団法人ゲーム寄贈協会(以下、「当協会」)は、「現代のゲームを 150 年後の子孫がたまたまプレイし、面白いと思う」というイベントを、150 年後に発生させることを目的として活動する非営利団体であり、ゲームアーカイブの図書館ルートを、実際に私立図書館を設置して研究しようとしている。活動中に、著作権法に限られない多くの課題や迷いが生じている。そのうちの一部を参考情報として紹介する。 ## 1. はじめに ゲームアーカイブには多くのルートがある。最も効果的と考えられるのは、権利者であるゲーム会社が自らアーカイブすることである。 国主導で行うゲームアーカイブも考えられる。例えばメディア芸術ナショナルセンター が設置されれば、ゲームに限られない日本のメディア芸術を効果的に集約できるだろう。 また、10 年以上前からゲームを収集し保存するアーカイブ機関がいくつか存在する。立命館大学ゲーム研究センター(RCGS) や特定非営利活動法人ゲーム保存協会などであり、数多くの実績がある。民間のコレクターも多数のゲームを収集している。 上記のようにゲームアーカイブには多くのルートが存在し、ゲームを愛する多くの先達が、ゲームを後世まで遺そうと、それぞれの立ち位置で奮闘なさっておられる。当協会は、 そのような多くの先達に学びながら、ゲームアーカイブを図書館で行うルートを、実際に図書館を設置して研究しょうとしている。 ## 2. 図書館ルート ## 2.1 図書館資料としてのゲーム ゲームを図書館で図書館資料として収集し、図書館サービスを提供しつつ、マイグレーションも含めた後世継承を目指すのが、本稿に おける「ゲームアーカイブの図書館ルート」 である。図書館がゲームを図書館資料として扱うのは突飛なことではない。例えばアメリカ、フィンランド、スウェーデンなどの外国事例が報告されている[1]。フランス国立図書館 (BnF)では、実機だけでなくエミュレータでの提供も行われている。国内では、国立国会図書館(以下、NDL)が約 6500 本のゲー ムを図書館資料として所蔵している。NDL はさらに、所蔵するプレイステーション 1〜3のゲームソフトを研究目的で館内プレイする図書館サービスを試験提供している。 図書館は、図書に限られない「情報」を収集・組織化し公共に提供する機能を果たし得る。実際、図書館法第 2 条第 1 項には、『この法律において「図書館」とは、図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、 レクリエーション等に資することを目的とする施設で、地方公共団体、日本赤十字社又は一般社団法人若しくは一般財団法人が設置するもの(学校に附属する図書館又は図書室を除く。)をいう。』と記載されている。 ## 2. 2 図書館等が行い得る保存目的複製 図書館等においては、図書館資料の保存のため必要がある場合には、その営利を目的と しない事業として、図書館等の図書、記録その他の資料(図書館資料)を用いて著作物を複製することができる(著作権法第 31 条第 1 項第 2 号。以下、法律名の明記無き場合は著作権法を意味する)。 法上の「図書館等」に該当する主体は、著作権法施行令第 1 条の 3 に規定されており、要件としては大きく下記(1)(2)がある。 (1)1 号から 6 号のうちいずれかの施設であること (2)司書等が置かれていること 上記の要件(1)について、既存のゲームアー カイブ機関が具備しやすそうなものとして、図書館法第 2 条第 1 項の図書館( 1 号)、大学図書館(2 号)、文化庁長官の指定を受けた非営利の法人 $(6$ 号)などがある。 ## 2.3 博物館および博物館相当施設 文化庁長官は、博物館法第 2 条第 1 項に規定する博物館又は同法第 29 条の規定により博物館に相当する施設として指定された施設で一般社団法人等が設置するものを、著作権法施行令第 1 条の 3 第 1 項第 6 号に規定する施設として指定している[2]。すなわち、登録博物館および博物館相当施設も上記の要件(1)を具備しているため、要件(2)に沿って司書等を置けば、「図書館等」に該当する。 博物館は博物館資料すなわち「物」を収集、保管、展示、調査研究する施設でもあるため、 パッケージ系電子出版物であるゲームの永続的な後世継承には博物館も適している。超党派であるマンガ・アニメ・ゲームに関する議員連盟(MANGA 議連)が建設を目指すメディア芸術ナショナルセンターは、計画がペンデイングとなっていたところ、2 段階方式へと方針を転換し、5 年後の完成を目指して再始動している[3]。古谷議員作成の新スキーム案には独立行政法人国立美術館が関与している。 なお、博物館法の改正 [4]により、会社立の博物館等も博物館として登録を受ける事ができるようになった。しかし、著作権法第 31 条第 1 項には「その営利を目的としない事業として」との要件があるため、会社立の博物館 が同条同項の権利制限の規定の適用を受ける事は、実はできない。この点は、2 段階方式における 2 段階目において検討が必要ではないだろうか。 ## 3. 当協会の進捗報告 ## 3. 1 非営利一般社団法人立のゲーム図書館当協会は、東京都にゲーム図書館(以下、「当館」)を準備中である。一般社団法人立の 図書館は、図書館法第 2 条第 1 項に規定の図書館に該当するので、上記(1)の要件を具備す る。ゲームの滅失防止を望む皆さまへの参考情報として、当館を試験設置する際の種々の 事項について紹介する。 ## 3. 2 非営利一般社団法人の設立と維持に必要な人・物・金 「人」については、一般社団法人の設立時に最低 2 名の人員が必要である。設立後は 1 名となっても存続すること自体は可能である。 「物」については事業内容によるだろう。当協会の場合、自ら図書館を設置することはそもそも考えていなかったため、当初はノ一ト PC のみで良かった。当協会が自ら法上の図書館を設置し得ると気づいた後の 2023 年 3 月に、図書館の部屋を事業用として借りた。 その結果、什器が増加した。図書館資料を配架するためのラック、モニタ、元々は私物であった 100 本以上のゲーム、ゲーム機、関連書籍、事務机および椅子などである。 「金」については、一般社団法人の設立・維持費用と、図書館の設立・運営費用とを合わせて、半年で約 60 万円弱である。図書館司書(および学芸員)の資格取得のために通信大学に支払った金額と、NDLへの寄贈のための新品未開封ゲーム購入代金等とを合わせると、半年で 100 万円弱というところである。 ## 3. 3 非営利性が徹底された法人 当協会および当館の費用は、現時点では筆者のポケットマネーを原資としている。持続可能性の観点から今後、事業として成立させていく必要もあるが、ゲームアーカイブの本来の目的である「後世継承」に費用を可能な 限り割り当てたい。そのため、「非営利性が徹底された法人」とした。 「非営利性が徹底された法人」となるためには、定款に「剩余金の分配を行わないこと」「解散時には、残余財産を国、地方公共団体、 または公益団体等に贈与すること」を定める必要がある。また、親族等ではない理事が最低 3 名必要となる。発起時の最低人数 ( 2 名)では足りない点に留意が必要である。 「非営利性が徹底された法人」の場合、収益事業から生じた所得のみが課税対象になる。 ## 3. 4 図書館資料の扱いに係る課題と迷い ゲームは、アナログゲームとビデオゲームとを含む。アナログゲームはオセロや双六などの電気を使わないゲームである。ビデオゲ一ムは表示装置に画像を映し出す、電気を使用するゲームである。アナログゲームについてはアナログゲームミュージアムが既に存在するため、本稿では割愛する。 当館では主にビデオゲームを図書館資料として扱うことになる。例兄ば、カセット、CD、 DVD などの「物」に化体したゲーム(パッケ ージ系電子出版物)である。パッケージ系電子出版物は、2000 年から納本制度による法定納本の対象となっており[5]、2000年以降のものは NDL が多く所蔵している。一方、1999 年以前のパッケージ系電子出版物であるゲー ム(以下、前世紀ゲーム)については、NDL でも所蔵が少ないのが現状である。 NDL は、ウィルス混入回避等のため、ゲー ムの寄贈受付を新品未開封のものに限定している。しかし、前世紀ゲームにはレア化しているものがあり、20 万円以上のプレミアがついていることもある。新品未開封で市場から収集するのは現実的ではない。そのため当館は、ゲーム会社に前世紀ゲームの「NDLへの」寄贈を随時お願いしている。また、当館では中古ゲームを主に収集する。まずはポケットマネーでの収集を開始した結果、新品未開封品の場合には生じづらい問題が中古品にはあることがわかってきた。例えばカビの問題である。新品未開封品であっても、長年経過す ると開封時に既にカビが発生している場合もあるようだ。しかし中古品の場合はその確率はより高くなるだろう。どのように手当てをすればよいか。 当館では現在、現物に手入れを行った上で、中性紙封筒で一つずつ個包装して保存しょうと考えているが、これが正しい保存方法とは限らない。保存方法につき、他の先達のアー カイブ機関に相談した方がよいだろう。また、可能な限り、「保管」より「寄贈」を選択する予定である。 次に、図書館資料の分類についての課題がある。図書館資料が図書であれば、NDC や NDLC などの分類が既に確立しているため、 これに準拠すればよい。一方、ゲームの場合の分類をどうすればよいか。 書誌情報について、先行例としてメディア芸術データベースが既に存在し、その利用規約はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスの表示 4.0 国際と互換性がある。そのため、出典を明記の上、利用させて頂くのがよいだろう。FRBR で言えば、体現形まではメディア芸術データベースの情報をありがたく利用させていただき、個別資料のレベルで情報を独自付加するといった方策が考えられる。まずは当館での識別 ID を付与し、識別 ID と他の情報の紐付けとを段階的に行っていく。 なお、個別資料である $\mathrm{CD}$ 等に、識別 IDを記載したラベルシールを貼るか否かについても迷った。円盤にシールを貼ると、回転の重心が狂うので再生時に問題があるのではないかと懸念した為である。先行例であるNDLでは、シールを円盤に貼るのは、剥がれた場合に再生機器の破壊にも繋がり得るので危険であるとご認識なさっており、「円盤内側のプラスチック部分に、ペンで請求記号を書く」という運用をなさっておられた。この運用を当館でも踏襲し、個別資料にラベルシールは貼らずに運用することとした。 上記に限らず、運用上の迷いが山積であるが、一つ一つ解決していきたい。 ## 3. 5 現時点で認識している壁 図書館を自作してみて感じた事であるが、 ゲームアーカイブの図書館ルートの場合の困難性は、「マイグレーションの難しさ」にその原因があるように思う。例えばアーカイブ対象が紙資料である場合、紙資料をスキャンすることにより複製することが技術的に可能である。しかしビデオゲームは同じようにはいかない。もちろん実行環境問題もあるのだが、 それ以前に、利用規約の論点も、コピープロテクトの論点も残っている。また、スマホゲ一ムやネットワークゲームについてのアーカイブの困難性も、未解決の壁として残っている。多くの壁が残ったままであることは承知しているが、少なくとも現時点で後世継承を諦めるという選択肢は、当協会にはない。 例えば、当館で成立する朹組みではないが、「権利者自身が参画する非営利図書館」といった新たな枠組みそのものを作ることができれば、上記の壁の幾つかは一気に低くなる。 なお、古いネットワークゲームをインター ネットに繋ぐ場合に、セキュリティが担保できないという壁も存在する。この壁については、当館の初期の設置作業が落ち着いたタイミングで、対応案を試してみる予定である。 ## 4. おわりに 大学で学んだばかりの事項であるが、図書館業界には「図書館協力」という概念がある。例えば分業での収集、書誌作業の分担、相互貸借などである。ゲームを図書館資料として扱う図書館が増えれば、この図書館協力もより行いやすくなるだろう。 例えば既存の公共図書館などであっても、 ゲームを図書館資料として所蔵することは可能である。実際、アナログゲームを図書館資料として所蔵している図書館は存在する。ビデオゲームも、同様に所蔵をご検討頂けると、後世継承の成功確率が上がるのでありがたい。 また、著作権法第 31 条第 1 項の「図書館等」 に該当する草の根私立図書館を設立することも、発意と、半年で 100 万円ほどのポケットマネーとがあれば実現できることが既にわかった。つまり、当館に限らない複数の「小さなゲーム図書館」で、ゲームアーカイブ機関の数そのものを増やすこともできる。 なお、国の予算に基づき、権利者が関与するメディア芸術ナショナルセンターが 5 年後を目途に設置されれば、最も効率的にゲームアーカイブが進むと考元られる。まずは 6 月頃の『骨太の方針』に期待を膨らませつつ、当館は図書館サービスを少しずつ積むこととする。引き続き、ご指導ご鞭撻を頂けると大変有難い。 ## 参考文献 [1]日向良和. 図書館情報資源としての「ゲー 么」. 情報の科学と技術. 71 巻 8 号, 2021 , p.344-349. [2] "著作権法第 31 条の図書館資料の複製が認められる施設一覧"。 https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuke n/seidokaisetsu/toshokanshiryo/pdf/9378510 1_01.pdf (参照 2023-05-04). [3] 鴫原盛之. "マンガ・アニメ・ゲームの国際拠点作りの新方針とは? 「MANGA 議連」 に聞いてみた(後編)". https://news.yahoo.co.jp/byline/shigiharamo rihiro/20230403-00342733 (参照 2023-05-04). [4] 文化庁. "令和 4 年度博物館法改正の背景". https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashin gikai/hakubutsukan/hakubutsukan04/02/pd f/93734001_06.pdf (参照 2023-05-04). [5] "国会図書館におけるパッケージ系電子出版物の法定納本". カレントアウェアネスポー タル. https://current.ndl.go.jp/book/14721 (参照 2023-05-04). この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [D22] 東日本大震災に関する災害デジタルアーカイブの 利活用における成果と課題 大西昂 1 ) 1) 東北大学情報科学研究科, $\overline{9 980-0845$ 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉 6 番 3 号 09 ## Achievements and Challenges in Utilizing Disaster Digital Archives Related to the Great East Japan Earthquake OHNISHI Subaru ${ }^{1}$ 1) Tohoku University, Azaaoba6-309, Aramaki, Sendai Aobaku, Miyagi, 980-0845 Japan ## 【発表概要】 東日本大震災後、その記録や教訓を残し後世へ継承していくことを目的として数多くの災害デジタルアーカイブが構築された。これらの利活用として、小中学校における防災教育などが見受けられるが十分に利用されているとは言い難く、包括的な利活用に関する研究も限られている。 そのため、本研究では東日本大震災に関する災害デジタルアーカイブの利活用の実態の把握を目指し、アンケート調査とインタビュー調査を実施した。アンケート調査では、災害デジタルア一カイブが震災に関する展示や資料の作成、学校や地域での防災教育や防災イベント等で利活用されていることが明らかとなった。またインタビュー調査を通し、利活用の促進のためにはアー カイブを使いやすくする機能や仕掛けなどが求められることが明らかとなった。 本稿ではこれらの調査結果に基づき、災害デジタルアーカイブが果たす役割と利活用の促進において必要とされる要素や課題を考察する。 ## 1. はじめに 2011 年 3 月 11 日に発生した東日本大震災は我が国に甚大な被害を与えた未曾有の大災害であった。この災害の記憶や教訓を後世にまで残し今後の防災・減災に繋げていくため、震災直後より自治体や教育機関、民間団体などの様々な主体によって災害デジタルアーカイブが構築された。政府諮問機関である東日本大震災復興構想会議においても災害デジタルアーカイブの目的が「大震災の記録を永遠に残し、広く学術関係者により科学的に分析し、その教訓を次世代に伝承し、国内外に発信すること」とされたこともこの動きを加速させた。 現在では連携するアーカイブの資料を横断断的に検索・閲覧出来る国立国会図書館の 「ひなぎく」や県内自治体の震災関連資料を集め公開している「東日本大震災アーカイブ宮城」など運営主体や機能、資料の種類などに違いを持つ多彩な災害デジタルアーカイブが公開され、利用可能となっている。 このようにして構築、運営されている災害デジタルアーカイブは、岩手県(2015)が策定した『震災津波関連資料の収集・活用等に係 るガイドライン』等にもあるように防災・減災計画や教育、交流人口などの様々な観点からの利活用が考えられ、現在では学校での防災教育や震災津波伝承施設等での活用が知られている。 しかし、災害デジタルアーカイブの利活用に関する研究は未だ十分とは言えず、具体的な利活用の実態や課題について言及した論文は極めて少ない。池田(2020)ではこのことを指摘した上で、デジタルアーカイブに限らない「震災アーカイブ」の利活用に関する実態調査を被災地三県の自治体、教育委員会、社会福祉協議会を対象に行い、組織アーカイブを含む震災アーカイブが活用されている一方で、災害デジタルアーカイブは十分に利活用されていないことを明らかにした。 本研究ではこれを踏まえた上で、東日本大震災に関する災害デジタルアーカイブの利活用の実態をアーカイブの運営主体に対する網羅的なアンケート調査によって明らかにする。 また、積極的な利活用と考えられる事例についてインタビュー調査を行いその背景を明らかにする。これにより、災害デジタルアーカイブが果たす役割や、利活用を促進し防災意 識の向上に繋げるための手立てについて考察することを目的とする。 ## 2. 研究方法 2023 年現在、官民問わず様々な主体により災害デジタルアーカイブが運営されている。本研究における調査では、国立国会図書館東日本大震災アーカイブ(ひなぎく)との連携が行われているもの、もしくはみちのく震録伝の災害デジタルアーカイブリンク集に掲載されているもののうち、問い合わせが可能なものを調査対象とした。 調査はメールや電話、問い合わせフォームを通し、アーカイブの運営主体である組織に対して利活用に関する表 1 に示した 6 点の質問項目について問う形で行った。問 2 では利活用の大まかな目的について展示・資料作成、学校教育、社会教育、観光、その他の 5 つの選択肢より選ぶ形で、他の問については任意の回答を求めた。 表 1. アンケート質問項目 自治体が運営するアーカイブを中心に、表 2 で示した 21 件のアーカイブより回答を得た。 また、この回答のうち特徴的な利活用が含まれるものに対しては追加で、利活用事例の詳細や利活用を促進にあたっての取り組みについて問う調査をオンラインもしくは対面でのインタビュー形式で実施した。表 2 .調査対象災害デジタルアーカイブ一覧 \\ デジルアーカイブ \\ 東日本大震災の記録 ## 3. アンケート調査の結果 問 2 で災害デジタルアーカイブの利活用目的について問うたところ、のべ 14 のアーカイブ組織が図 1 の通りいずれかの目的での活用があったと回答し、展示・資料作成のための利活用が 14 件と最も多かった。具体的な利活用方法としては、組織内での研修用スライドや図書館・資料館などの施設内での展示作成のための利用がある。 図 1 利活用目的と件数 次いで、防災教育の副読本作成(たがじょう見聞憶など)やアーカイブを用いた調べ学習 (いわて震災津波アーカイブ)などの学校教育での利活用がある。市民向けの防災イベントでの利用(浦安震災アーカイブ) や市民が主体となった記録・発信活動を軸としたアーカイブの構築や利活用(3がつ 11 にちをわすれないためにセンター)などの社会教育の場における利活用、被災地観光における利活用(ICT 地域の絆保存プロジェクト)、災害や防災に関する研究活動での利活用(津波被害 - 津波石碑情報アーカイブ)なども存在する。 一方で、規約の範囲内においては申請なしで資料の利用が可能としているアーカイブ組織では、個別の利活用事例を把握していないという事例も 8 件存在した。 また、資料利用において申請が必要なアー カイブの申請内容より、アーカイブされた資料が行政組織内での資料作成やテレビ・新聞等のメディアにおける震災関連報道の作成、書籍執筆などの震災に関する創作活動などに利用されていることが明らかになった。 ## 4. 利活用に関する追加調査の結果 アンケート調査の結果のうち、県内の学校において防災教育の教材としてアーカイブを積極的に利活用している「いわて震災津波ア一カイブ」と、市民が主体となった資料を活用し、対話を生むイベント等を実施している 「3 がつ 11 にちをわすれないためにセンター に着目し、利活用の成果と課題、利活用を促進するために行っている取り組み等を問うインタビュー調査を行った。 ## 4. 1 いわて震災津波アーカイブ 本アーカイブは、岩手県が 2017 年より運用・公開しているものであり、20 万点超の震災や津波に関する資料を検索・閲覧可能である。利活用の事例としては防災教育の観点において県内の小中学校を中心とした調べ学習等のバリエーション豊かな防災教育を実現することに貢献している。 本アーカイブにおける利活用を促進するための取り組みとして、構築時より「防災、教育、交流人口」の 3 つの活用目的を設定し、 それに沿う形の 6 つのテーマに関する資料を時系列で閲覧出来るぺージや、教育利用のための資料や事例集を掲載した特設ぺージを作成し、利用を誘導していることが挙げられる。 これらの仕掛けによって資料が探しやすくなり活用事例を参考にすることも可能となるため、利活用の際のハードルが軽減されている。 また県教育委員会とも連携し、学校教育における活用についての周知促進が行われていることも利活用の促進に貢献している。 今後の課題や展望として、時間の経過と共に震災に関する記憶の風化が懸念され、アー カイブの重要性が増す中で、活動を維持することや学校教育等における活用促進の働きかけを継続することが挙げられる。 ## 4. 23 がつ 11 にちをわすれないためにセン ター 本アーカイブは市民のメディア実践の場として、2011 年 5 月よりせんだいメディアテー クを中心とした市民の自発的な震災に関する記録・製作活動とその保存や利活用を行っている。資料の種類や市民の関わり方からコミユニティアーカイブとも定義づけられ、網羅的な記録こそ少ないものの、市民の自発的な活動による映像作品や定点観測写真、震災に関する語りの録音記録など多様な資料が製作、保存され、WEB サイトや DVD、紙など複数の媒体にて公開されている。 主な利活用事例として映像作品の上映会や、避難生活時の食事に関する資料に対し来場者が感想を書き込み共有する参加型の展示(「3 月 12 日はじまりのごはん」)などが挙げられる。これらは利用を通して、記憶の想起や語 りを誘発するという特徴を持ち、アーカイブの資料や利活用の過程で生まれた二次資料を用いた震災や防災に関する展示やイベントも学校や地域社会において実施されている。 これらの特徴的な利活用が促進された要因として、元々市民のメディア実践の場として様々な市民活動が行われていたこと、製作や発信活動を支援する「場」としてせんだいメディアテークが存在していたこと、アーカイブの資料を様々な媒体で利用者が参加可能としたことなどが挙げられる。 一方、更なる利活用を促進するにあたっては資料の性質に起因する権利処理の問題や、 メタデータの不足、資料の検索性などが課題として残されており、今後はこれらを改善しながら継続的に様々な形でのアーカイブの利活用を行うことが求められる。 ## 5. おわりに 本研究では、既存の東日本大震災に関する災害デジタルアーカイブの利活用の実態について複数の調査を経て明らかにした。 アンケート調査からは、多くの災害デジタルアーカイブが収集・公開した震災関連資料が、組織内外に向けた展示や資料作成、メデイア掲載などを通して防災意識の向上に貢献していることが明らかになった。また、学校 での防災教育や市民向けの防災イベントでは、災害の記録や教訓について災害デジタルアー カイブを使って学ぶことで防災意識の向上に貢献している。 またインタビュー調査の結果、利活用の促進には災害デジタルアーカイブの位置づけや具体的な利活用の目的を定めておくこと、目的意識に沿ったぺージや機能を持たせること、利活用の中心となる場の存在、アーカイブ資料を様々な媒体や展示方法にて利用可能とすることなどが求められることが明らかとなった。 今後、これらの事例から得られた利活用についてのノウハウが様々な災害デジタルアー カイブの構築・運営・改修に活かされること、 そして利活用の促進により防災意識の向上に繋がることが望まれる。 ## 参考文献 [1]岩手県.“震災津波関連資料の収集・活用等に係るガイドライン”.2016. https://www.pref.i wate.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/0 02/617/guideline.pdf(参照 2023-09-20). [2] 池田真幸ほか東日本大震災アーカイブの活用実態に関する調査分析地域安全学会論文集 No.37. 2020, p.219-226. この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [D21] 歴史情報としての法令データベースの構築 ○佐野智也 1), 外山勝彦 2), 駒水孝裕 ${ }^{3}$ ), 増田知子 1) 1) 名古屋大学大学院法学研究科, $\bar{\top} 464-8601$ 名古屋市千種区不老町 2) 名古屋大学大学院情報学研究科 3) 名古屋大学数理・データ科学教育研究センター E-mail: [email protected] ## Construction of Law Database for History Information SANO Tomoya ${ }^{1)}$, TOYAMA Katsuhikon, ${ }^{2}$, KOMAMIZU Takahiro ${ }^{3}$, MASUDA Tomoko ${ }^{1)}$ ${ }^{1)}$ Graduate School of Law, Nagoya University, Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya, 464-8601, Japan ${ }^{2}$ Graduate School of Informatics, Nagoya University 3) Mathematical and Data Science Center, Nagoya University ## 【発表概要】 国家・社会制度に関する政策は、法令を通して制度化されるため、日本社会の動きは、法令情報を介して捉えることができる。本研究は、制定・改正などを通じた法令の連続的変遷を把握し、日本の国家・社会運営の長期的変化を調査するための研究基盤の確立を目指すものである。 その最初の目標として、明治以降の全法令を検索可能なオープンデータベースシステムの構築を進めているが、現在、明治 19(1886)年から平成 29(2017)年までに公布された法律と勅令の XML 文書化を完了し、それらの全文検索が可能なデータベースの構築を終えた。本報告では、既存のデータベースの問題点について述べた上で、構築したデータベースを説明する。 ## 1. はじめに 日本は明治以来 150 年にわたり、法により国家・社会運営を行ってきた。国家・社会制度に関する政策は、法令を通して制度化されるため、日本社会の動きは、法令情報を介して捉えることができる。国家・社会運営の長期的変化を把握するためには、過去の法令を調査することが必要である。しかし、明治から現在に至るまでの法令本文を検索できるデ ータベースは存在しない。 本研究は、制定・改正などを通じた法令の連続的変遷を把握し、日本の国家・社会運営の長期的変化を調査するための研究基盤の確立を目指している。その最初の目標として、明治以降の全法令を検索可能なオープンデー タベースシステムの構築を進めている。 現在、明治 19(1886)年から平成 29 (2017)年までに公布された法律と勅令の XML 文書化を完了し、それらの全文検索が可能なデータベースの構築を終えた。本報告では、既存の法令データベースの問題点について述べた後、構築したデータベースを説明する。 ## 2. 既存の法令データベースの問題点 本報告では、既存のデータベースとして、 $\lceil\mathrm{e}-\mathrm{Gov}$ 法令検索」[1]、「日本法令索引」[2]、「衆議院制定法律」[3]を取り上げる。この他に、有料のデータベースも存在する。紙幅の都合上、詳細は省略するが、過去の法令を含めた全法令の本文をキーワード検索できるようなデータベースは存在していない。 ## 2. 1 e-Gov 法令検索 日本政府は、ウェブ上のデータベースシステム「e-Gov 法令検索」を通じて、法律・政令・府省令・規則の法令データを提供している。提供しているデータは、現在有効な法令と未施行の法令のデータであり、過去の法令のデータは提供していない。 ## 2.2 日本法令索引 過去の法令を探す手がかりとなるデータべ一スとして、国立国会図書館(以下、NDL) の「日本法令索引」がある。法令ごとに公布日や改正、廃止といった法令の沿革を把握することができる。また、NDL デジタルコレクションの『官報』や衆議院の「制定法律」などへのリンクから、法令本文を閲覧できる。 しかし、このデータベースは法令本文のテキストデータを持っていないため、キーワー ド検索の対象は法令名が基本となる。そのため、法令名の全部または一部がわかっていたり、キーワードが法令名に含まれていたりしない限り、目的の法令を見つけることは容易ではない。 また、このデータベースに掲載されている法律・勅令の公布日には誤りが見られる[4]。日本法令索引は、冊子体の国立国会図書館編『日本法令索引』をべースにしていると考元られるが、確認した限りでは、冊子体の情報は正しかった。データベース化の際に誤りが生じたものと推測される。 ## 2.3 衆議院制定法律 日本国憲法(以下、単に憲法)施行以降に公布された法律は、衆議院の Web サイト内の 「制定法律」で閲覧できる。衆議院の Web サイトには、サイト内検索機能がついており、制定法律のみに絞り込むことにより、キーワ一ド検索も可能である。しかし、この検索では、検索結果が時系列で並ばず、並べか元機能もないため、検索結果を利用しにくい。 しかも、テキストデータが正確ではない場合が少なからず存在する。紙幅が限られているため、2 例だけ指摘する。 例1. 戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律(平成 4 年法律第 60 号): 記載されている第 2 条 (国際電信電話株式会社法の一部改正)は、日本電信電話株式会社法等の一部を改正する法律 (平成 4 年法律第 61 号)の内容である。 例2. 会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成 17 年法律第 87 号): 第 193 条(信用金庫法の一部改正)の途中から、条見出し「(清算結了の登記の申請 $)\rfloor$ が繰り返し出現する。 このような誤りの発生は、XML 文書化を行うことで避けられる場合がある。例えば、例 2 では、条見出し「(清算結了の登記の申請 $)\rfloor$ が本来出現しない位置に出現していることになるため、構文チェック(バリデーション) の実行により、誤りが発見できる。 また、表の扱いが適切でない場合がある。例えば、中小企業の資産再評価の特例に関す る法律(昭和 32 年法律第 138 号)には、別表甲として、横 44 列の大きな表がある。衆議院制定法律では、この表を横 12 列のところで分割して掲載している。その結果、表全体を見渡すことが容易でなくなり、表という構造の特性が失われている。 なお、表の途中分割は、「e-Gov 法令検索」 においても確認できる[5]。 ## 3. XML 文書化とスキーマの拡張 「日本研究のための歴史情報」プロジェクト[6]では、憲法施行以前の法律と勅令を対象として、テキストデータ化を数年に渡って進め、2023 年 8 月に完了した。憲法施行以降の法律は、「制定法律」からテキストデータを取得することができる。 さらに、単なるテキストデータではなく、 XML 文書として整備することにより、テキストに付与されたタグを手がかりとし、文書の論理的構造を機械処理できる。前述のように、 データの正確性にも寄与する。 XML 文書化にあたっては、「e-Gov 法令検索」へのシームレスな接続を実現する観点から、同システムが採用する法令標準XMLスキ一マ(以下、標準法令スキーマ)に準拠する方針である。しかし、標準法令スキーマは、 その策定時(2017 年)において有効な法令の文書構造を記述できるように設計されたため、 それ以前に改正・廃止された法令に適合することは担保されていない。そのため、標準法令スキーマの拡張が必要である。前回の報告 [7]では、上諭の構造の追加が必要であること、追加が必要となる構造が 6 種あること、変更が必要となる構造が 5 件あることを示した。 その後、次に示す点に関して、さらに拡張が必要であることが明らかとなった。なお、 このほかに、表に関しても拡張が必要であるが、憲法施行前の法令中の表は、ほとんどデ一タ化しておらず、十分に検討できていないため、本報告では扱わない。 前文ラベル:前文とは、本則の前に置かれ、法令の趣旨や目的を表明する文章である。前文であることを示すための「前文」という標 題は通常、記載されない。しかし、海上衝突予防法(昭和 28 年法律 151 号)の第三章中の前文には、それが置かれている。これは標準法令スキーマが想定していない構造であるため、それに追加する必要がある。 章中の前文 : 前文は、本則の前に置かれる構造であるが、上述の通り、海上衝突予防法では第三章中に置かれている。そのため、章の下位構造として前文を置けるように、標準法令スキーマを拡張する必要がある。 目次章の下位構造としての目次条 : 現在の目次では、編や章などの区分構造のみが列挙されるが、昭和 $23 \sim 37$ 年頃に新規制定された法律の一部では、条が目次に列挙されていた。 これらの法律の一部は、標準法令スキーマの策定時においても有効であったため、目次条という構造が定義されている。しかし、目次条が目次章の下位構造になることは想定していない。公職選挙法(昭和 25 年法律 100 号) など 5 件の法律では、目次章の下位構造として目次条が使われており、標準法令スキーマを拡張する必要がある。 新規定関係:新規定とは、「第 $\mathrm{N}$ 条を次のように改める。」で始まる一部改正規定において、 それに続いて示される新たな規定のことをいう。標準法令スキーマでは、新規定として法令構造の大部分を使用できる。しかし、目次編、目次章、目次節、附則、条見出し、欄をさらに加える必要がある。 また、「第五條ノ末尾ニ左ノ如ク加フ」のような記述で項が追加される場合は、新規定内の項が何番目の項になるのか不明である。項の順序を示す num 属性が項に必須でないように、標準法令スキーマを修正する必要がある。項中の列記:標準法令スキーマでは、項の下位構造として直下に列記を置くことはできない。しかし、項の直下に、事物の名称等が順序番号を付さないで列挙されていることは多い。これらを列記と考えれば、項の直下の列記を定義する必要がある。 ところが、「e-Gov 法令検索」の XML デー タでは項中で列記構造を使用している[8]。すなわち、「e-Gov 法令検索」では標準法令スキ 図 1. 法令データベースの検索結果の表示 一マで定義していない構造を使用していることになり、データを利用する上で問題である。 ## 4. 法令データベースの構築 拡張した標準法令スキーマに従って、法令データのXML文書化を完了した(以下、作業完了後のデータを法令 XML データという)。 「制定法律」から取得したデータについては、 XML 文書化に伴って発見した誤りを修正し、分割された表の結合を行った。 しかし、多くの人にとってXML文書を直接利用することは容易でない。そこで、全文検索が可能で、法令の文書構造に従った表示ができる法令データベースを構築した(図 1)。 このデータベースに収録した法令XMLデー 夕は、近代法体系が定められた明治 19 (1886)年から、「e-Gov 法令検索」の運用が開始された平成 29(2017)年までに公布された法律と勅令である。ただし、憲法施行前の法律・勅令中の図表の多くはデータ作成作業の対象外としたため、図表がその位置に存在することを示す文字列の記載に留めている。 漢字の字体は、法令 XMLデータ上は官報に従った字体としているが、検索では、新字体・旧字体など異体字を区別しないため、いずれを入力してもヒットする。また、法令本文の表示では、旧字体を新字体に切り替えて表示できるようにしている。 また、法令の題名を厳密に扱う点は、他のデータベースと異なる特徴である。現在は、 すべての法律に題名が必ず付される。これは、 昭和 23 年 4 月の内閣法制局の決定によるものであり[9]、それ以前は、すべての法律に題名が付されるわけではなかった。特に、法令の一部を改正するために公布される法令に、題名が付されることはほとんどなかった(現在は、この種の法令にも、「民法の一部を改正する法律」のような題名が付される)。 題名がない法令は、公布年と法令番号で同定することになるが、これでは法令の内容に関する手がかりが全くない。そこで、題名がない法令には、便宜上の名称を付して扱うことが慣例となっている。このような名称を件名という。題名は、法令に明記され、法令の一部を構成する要素であるが、件名は、法令文としては記載されていない。すなわち、デ一タとしては両者を区別する必要がある。 なお、「e-Gov 法令検索」では、題名以外のものを題名として記載している場合がある。例えば、明治 22 年法律第 34 号は、題名がない法律であるにもかかわらず、「明治二十二年法律第三十四号(決闘罪ニ関スル件)」という法令番号と件名を組み合わせたものが題名として付されている。「日本法令索引」でも、題名と件名の区別はなく、掲載されている名称が題名と件名のどちらであるかはわからない。 しかし、検索結果の表示において、題名がないから何も表示しないとすると、利用上不便である。そこで、本データベースでは、題名がない場合には件名を表示するが、件名の場合は半角括弧で囲むことで区別した。件名は法令XMLデータに対するメタデータとして記述していて、法令XMLデータ中に件名は含まれないので、法令本文には表示されない。 ## 5. おわりに 法令の連続的変遷を把握するための研究基盤の作成を目指し、法律と勅令のXML文書化と全文検索可能な法令データベースの構築に ついて述べた。 整備を完了した法令 XMLデータは、本研究全体から見ると、最初の基礎データに過ぎない。整備した法令XMLデータは、官報に揭載された制定時の状態のデータであり、一部改正された法令については、改正後の法令本文を得られるわけではない。今後は、改正を適用した法令 XMLデータを整備する予定である。 ## 参考文献 [1] e-Gov 法令検索. https://elaws.e-gov.go.jp/ (参照 2023-09-19). [2] 日本法令索引. https://hourei.ndl.go.jp/ (参照 2023-09-19). [3] 制定法律の一覧. https://www.shugiin.go. jp/Internet/itdb_housei.nsf/html/housei/men u.htm (参照 2023-09-19). [4] 調査時点(2023-06-28) において、昭和 27 年法律第 19 号など計 80 件の誤りを確認した。 [5] 例えば、在外公館の名称及び位置並びに在外公館に勤務する外務公務員の給与に関する法律 https://elaws.e-gov.go.jp/document?la wid=327AC0000000093_20230401_505AC0 000000005 (参照 2023-09-19)の附則(昭和三七年三月二○日法律第一三号) 3 項の表。 [6] 日本研究のための歴史情報. https://jahis. law.nagoya-u.ac.jp/ (参照 2023-09-19). [7] 佐野智也 ・外山勝彦 ・増田知子. 近代日本の法律・勅令を踏まえた法令標準XMLスキー マの提案. デジタルアーカイブ学会第 7 回研究大会, 2022, DOI: 10.24506/jsda.6.s3_s226 [8] 例えば、原子力規制委員会設置法 https:// elaws.e-gov.go.jp/document?lawid $=424 \mathrm{AC} 10$ 00000047_20220617_504AC0000000068 (参照 2023-09-19)13 条 1 項の「原子炉安全専門審査会」と「核燃料安全専門審査会」。 [9] 内閣法制局百年史編集委員会編. 内閣法制局百年史. 内閣法制局, 1985, 146p. この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [C23] 空中結像ホログラムを用いたデジタルアーカイブ 閲覧環境の試作: 直感的なインタラクションの実現を目指して ○柊和佑 ${ ^{1)}$, 石橋豊之 1 ), 王昊凡 1), 柳谷啓子 1) 1) 中部大学人文学部コミュニケーション学科, 〒487-8501 愛知県春日井市松本町 1200 E-mail: [email protected] ## Prototype of a Digital Archive Viewing Environment Using Aerial Imaging Holograms: ## Aiming for the Realization of Intuitive Interaction HIIRAGI Wasuke ${ }^{11}$, ISHIBASHI Toyoyuki'), WANG Haofan ${ }^{11}$, (YANAGIYA Keiko ${ }^{1)}$ ${ }^{1)}$ Chubu University, 1200 Matsumoto-cho, Kasugai-shi, Aichi 487-8501, JAPAN ## 【発表概要】 本研究は、空中結像ホログラムを活用して現実世界の空間における $3 \mathrm{D}$ デジタルアーカイブコンテンツ向けの閲覧環境の試作を行った。空中結像ホログラムによる表示は、3つの新しい可能性を持っている。第一に、物理的にそこに存在するように見えるコンテンツに、実際に手を挿入することで直接場所を指定することが可能となる。第二に、現実世界の空間とコンテンツとをシ一ムレスに統合し、従来は感じ取りにくかった質感などを感じることが可能となる。第三に、 $3 \mathrm{D}$ を直接手に取ることにより、従来の $2 \mathrm{D}$ 表示では不可能だった多角的な閲覧や観察が可能になる。本研究は、光学的なホログラム技術を利用することにより、そこに見えながらも触ることがないデータ提示方法を提案するものである。本発表では詳細とともに、実際の試作品と制作時の課題、それらの解決策などについて解説する。 ## 1. はじめに 1980 年代のゲームセンター用 3D コンテンツの出現により、我々はコンピュータが計算で生み出した立体を視聴することに慣れ親しんできた。3Dコンテンツの表現力は、閲覧者にとって情報を得る手法として有用である。 本研究では、空中結像ホログラムを用いた、 $3 \mathrm{D}$ デジタルアーカイブコンテンツ向けの新しい閲覧環境の試作を行った。本研究の目的は、空中結像ホログラムを用いて、 $3 \mathrm{D}$ データの視覚化とインタラクションを実現し、閲覧者の実世界とデジタルコンテンツをシームレスに統合することである。 本発表では、試作したシステムの概要と特性、そして実際の製作プロセスにおける課題や解決策について詳述する。また、本研究が提示する新しい閲覧環境が、どのようにデジタルアーカイブの閲覧環境に影響するか検討を行う。 ## 2. $3 \mathrm{D$ データの視覚化課題} ## 2. 1 3D データの制約 デジタルアーカイブ内の物体を詳細に観察 しようとする際には、多くの物理的制約が存在する。例えば、密閉された物体の内部を覗き込み、実物の詳細な構造や内部の構成を理解することは物理制約に沿ったままでは困難である。その場合、アニメーションなどの編集を行うことで、閲覧者が理解しやすいコンテンツを作成することが一般的である。しかし、コンテンツの作成は実物の物体を直接見る以上に時間と労力がかかる。 この課題を解決するための一手法として、 $3 \mathrm{D}$ 空間上にプロットした点を使った、3 次元透視可視化技術の開発が進められている[1]。点群データと強調された輪郭線を利用することで、密閉された物体であっても、3Dクリスタルのように物体の内部構造を透視することができる。3Dクリスタルとは、ガラスの中にレーザーで小さなヒビを作ることで、白い点を空中に 3 次元空間上に描画した製品である。 3 次元透視可視化コンテンツの閲覧には、立体視が可能なディスプレイ技術の開発が不可欠であり、裸眼立体視ディスプレイの利用が有効であることが報告されている $[2]$ 。デジタルアーカイブシステム利活用するには、デ 一タの特性を考慮し、一般の $3 \mathrm{D}$ コンテンツ閲覧とは異なる、裸眼、複数視点への対応、近距離閲覧時の不自然さへの対応、メガネ不要、簡易なコンテンツの入れ替え、が満たされる装置の構築が必要となる。 本研究では閲覧者がリアルタイムで 3D 映像を自由に閲覧できる、上記の要件を満たす新しいデジタルアーカイブ閲覧システムの開発に取り組んでいる。デジタルアーカイブに記録されているすべての物体の表面だけでなく、内部構造まで詳細に観察することができ、従来困難であった多角的な視点からの分析が可能になれば、デジタルアーカイブの利用の幅を大きく広げ、新しい学術的・教育的価値をもたらすと考えている。 ## $2.23 \mathrm{D$ コンテンツを視聴する技術} $3 \mathrm{D}$ コンテンツを視聴するための装置やテクノロジーは多種多様であり、それぞれが特徴をもっている。以下、いくつかの主要な立体ホログラム技術を示す。 ## メガネ装着型立体視 アナグリフ:左右の目に赤と青のフィルムを貼ったメガネ。現在は色も再現できるが違和感が強く、使用者は疲れやすい。 偏光メガネ:左右の目に異なる変更フィルムを貼ったメガネ。複数の人々が同時に利用できる利点がある。結像した映像は、視聴者それぞれの位置に表示される。 液晶シャッター:左右に液晶を貼ったメガネ。同期信号に合わせて交互に光が通過する。メガネ自体が高価で、電源が必要。 ヘッドマウントディスプレイ(HMD): 左右の目用のディスプレイを備えた専用の機械を頭に装着する方式。 ## 裸眼立体視: 半透過膜: 半透明膜やスモークにプロジェクタなどで画像を投影し、空中で結像させる方式。複数の製品やサービスが存在する。視聴距離に制約はないが、ホログラムは投影用の物体に表示されているため、物理的な接触は不可能。 視差障壁ディスプレイ: 任天堂 3DS などのゲーム機に実装実績もある方式。複数人で の閲覧が可能だが、結像した映像は、視聴者それぞれの位置に表示される。 光線再生ディスプレイ:「波面再生型立体デイスプレイ」とも呼ばれ、複数の観察者に対して同時に立体画像を提示できる。研究段階の技術。 視線追跡型ディスプレイ:視聴者の視線に合わせて左右の目用の画像を作り、表示する方式。端末ごとに固定サイズで提供され、閲覧距離、視聴者数も決められている。 体積型 3D ホログラム : $3 \mathrm{D}$ ファン(ホログラムファンとも):3D フアンは、LED ライトが取り付けられた扇のような構造を持ち、高速回転しながら、連続的な光の列を形成ことによって、視覚的には固定された $3 \mathrm{D}$ 映像が浮かび上がる仕組み。この方式による製品は、低コストで市場に出回っており、商業広告やイベントでよく用いられている。 プラズマ発光型:プラズマ発光型の 3D ホログラムは、レーザーを使用して空気中の特定の点をプラズマ化し、その点を発光させる方式。現在は単純な図形を表示するにとどまっている。研究・開発が進められており、今後の表現手段として期待されている。 これらのテクノロジーはすべて、3D コンテンツの閲覧体験をよりリアルにするためのものだが、HMDを除いて $3 \mathrm{D}$ コンテンツに物理的に近づく・触れることは困難である。しかし、デジタルアーカイブにおいて、利用者は物体の質感を直感的に比較したり、センサー を介して手で $3 \mathrm{D}$ コンテンツを直感的に掴み、回転させることが望ましい。 ## 3. 空間結像を用いた 3D 閲覧 3.1 空中結像技術の利点 現在、一般的に購入できる空中結像パネルは数社存在する。方式としては、再帰反射による空中結像 (AIRR: Aerial Imaging by Retro-Reflection)、2 面コーナーリフレクタ ーアレイ(DCRA)などが知られている。今回は、パネル一枚のみで完結する DCRA 方式の空中結像パネルを用いた[3]。このパネルは、 ミクロサイズの鏡を組み合わせたものであり、 パネル下部の光源から上部へ 2 枚のミクロな鏡を用いて結像させる機能を持っている。また、AIRR よりも仕組みが単純で小型化が可能であり、立体物の空中結像を行う空間を確保しやすい。また、強度が有るため、学生によるコンテンツ製作や実験も容易である。 なお、本学は現在建築中の新校舎において、学生作品用の空中結像パネル展示台およびギヤラリースペースを製作中である。 空中結像方式を採用することで、デジタルアーカイブの閲覧者は以下の利点を得ることができる。 ## 直接的なインタラクション: DCRA 方式を用いることで、コンテンツは物理的に存在するかのように見える。実際に触感はないが、これにより、閲覧者は実際に手をコンテンツの中に挿入し、直接的に特定の場所を指定することができる。この利点により、従来の間接的なインタフェースよりも、閲覧者がより直接的にコンテンツを理解できるようになる。 ## 現実世界とのシームレスな統合 : 大きさはパネルのサイズに依存するが、実際の物と並べて見比べることが可能であるため、現実世界の空間とデジタルコンテンツがシームレスに統合される。これにより、閲覧者は従来感じることが困難だった質感やディテールを、より繊細に感じることができる。現実の物理環境とデジタルコンテンツが一体化することで、閲覧者は情報把握が容易になる。 ## 多角的な閲覧や観察の実現: パネルを除く、装置の構造が単純であるため、センサーなどの設置が簡便であるため、空間内の閲覧者の手の位置を取得しゃすく、あたかも $3 \mathrm{D}$ オブジェクトを直接手に取るような処理が可能となる。これは、従来の $2 \mathrm{D}$ 表示では実現不可能だった多角的な視点からの閲覧や観察を可能にする。閲覧者は物体を様々な角度から見ることができ、従来の方法では得られなかった新たな情報や知識を得ることができる。 また、結像させるデータはコンピュータで表示できる形式であればよく、画面 1 枚分の映像で空中結像を作ることが可能である。この簡便性は $3 \mathrm{D}$ デジタルアーカイブを閲覧させるうえでのコストを下げることができ、動画などでわかりやすい説明映像などを制作することも最低限で済ませることが可能となる。 デジタルアーカイブに蓄積されている大量のデータを、閲覧者主導で利活用できる点も大きな特徴である。 ## 3. 2 試作システムの構築 Unity とリープモーションを利用して、指し示している場所に応じて情報を提示するコンテンツを試作した。空中結像を利用することで、ユーザーは実際に奥行きを感じ、更に直感的な体験が可能となった(図 1)。 図 1. 接触可能な $3 \mathrm{D}$ コンテンツ また、構造上黒部分が透明として描画されるため、下側に配置されるディスプレイは黒を描画した際に明るくならない有機 EL 方式が必須である。また、ゴーストを発生させないようにするため、ディスプレイに閲覧角度を制限するフィルタを貼ることで閲覧体験が向上する。その上で、パースで強調された奥行きを使って表示することで、擬似的に立体映像を感じることができる。 視差による奥行きをより感じるために、複数台の液晶パネルを設置することで奥行きを出すことができる。しかし、手前の結像に干渉して不自然な画像になってしまうため、奥に配置するディスプレイは背後からの光を透過する必要がある。有機 EL など自発光するディスプレイを使った透過ディスプレイは存 在するが、入手する方法が見つからなかったため、今回は試すことができていない。 そこで、前述の体積型 3D ホログラムを用いることで、簡易的に立体を結像させることが可能となる。今回は、参考文献 [1] [2]で作成された動画[4]を本空中結像装置で表示し、提示手法が有効であることを確かめた(図 2)。 図 2. 点群データの空中結像 また、体積型 $3 \mathrm{D}$ ホログラムとして 3D ファンを用いて提示手法が有効であることを確かめたほか、3D クリスタルを用いて体積型 3D コンテンツが有効であることを確認した(図 3)。 図3. 平面型展示台 なお、配置方法は数種類存在が存在するため、図 3、図 4 のように実際に展示台を作成して見え方を検討した。筆者らの体感では体積型 $3 \mathrm{D}$ ホログラムを使う場合、図 3 が優れていた。 図 4. 斜面型展示台 ## 4. おわりに 空中結像を実現した DCRA パネルを用いることで、立体構造を触ることが可能な空間に表せることが確かめられた。今後、より条件に合致した体積形 $3 \mathrm{D}$ ホログラムを用いることで、描画素材の物理的特性を無視して、触ることが可能であることがわかった。3D ホ口グラム技術は数多くあるが、今後、体積形 $3 \mathrm{D}$ ホログラムの新技術に注目し続けることでより直感的な提示方法を構築できるだろう。 ## 参考文献 [1] Tanaka, S., K. Hasegawa, N. Okamoto, R. Umegaki, S. Wang, M. Uemura, A. Okamoto, and K. Koyamada. "See-through Imaging of Laser-scanned 3D Cultural Heritage Objects Based on Stochastic Rendering of Large-scale Point Clouds." 2016. https://isprsannals.copernicus.org/articles/III-5/73/2016/ (参照 2023-09-25). [2] 青井大門. “ 3 次元計測点群の半透明立体視における視覚ガイドとしてのエッジ強調”。 2023. https://www.ritsumei.ac.jp/file.jsp?id= 591418 (参照 2023-09-25). [3]株式会社パリティ・イノベーションズ. https://www.piq.co.jp/ (参照 2023-09-25). [4] 立命館広報課 shiRUto.“八幡山の組立てプロセスを可視化(1)”. 2019. https://youtu.be/tG2XjUln_Cw?si=EraHuHX TuUWP8g4J (参照 2023-09-25). この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [C22] 現代美術作家の周辺資料の保存と 3D デジタルデ 一夕活用: 日比野克彦アトリエ資料を事例として ○倪雪 ${ }^{1)}$, 飯岡稚佳子 1), 渡邊尚恵 ${ }^{1)}$, 淺田なつみ 2), 白石明香 2), 長尾玩磨 ${ }^{2}$, 前川佳文 2),安倍雅史 ${ }^{2}$, 田口 智子 1) 1) 東京藝術大学,〒110-8714 東京都台東区上野公園 12-8 2) 東京文化財研究所 E-mail:[email protected] ## Archives and utilization of 3D digital data on a contemporary artist's production materials: A Case Study of Katsuhiko Hibino's Atelier NI Xue ${ }^{1)}$, IIOKA Chikako 1), WATANABE Hisae 1), ASADA Natsumi 2), SHIRAISHI Sayaka 2), NAGAO Takuma ${ }^{2)}$, MAEKAWA Yoshifumi ${ }^{2)}$, ABE Masashi2), TAGUCHI Satoko ${ }^{1}$ ) 1) Tokyo University of the Arts, 12-8 Ueno Park, Taito-ku, Tokyo 110-8714 Japan 2) Tokyo National Research Institute for Cultural Properties. ## 【発表概要】 現代美術作品および作家を理解し、評価するためには、作品だけでなく、制作道具や作家活動から生み出された記録といった周辺資料が不可欠である。しかし、博物館における周辺資料の保存に関しては、長期保存が難しい材料が素材として使用されているケースや、年々増え続ける収蔵品の収蔵場所の限界など、様々な問題がある。 本発表では、博物館における収蔵品の周辺資料を保存するための提案として、発表者らが関わる現代美術作家・日比野克彦のアトリエ保存プロジェクトの事例を紹介する。具体的には、周辺資料の $3 \mathrm{D}$ デジタルデータの取得と活用や、クラウドファンディングの支援者とともに実施した資料の分散保存などの取り組みについて報告する。 ## 1. はじめに 近年、博物館におけるコレクションと資料の購入や寄贈が年々増える中で、多くの館の収蔵庫が満杯状態になっていることが問題視されている。令和元年に公益財団法人日本博物館協会が実施した収蔵庫の状況調査において、「9 割以上 (ほぼ、満杯の状態)」または「収蔵庫に入りきらない資料がある」と回答をした博物館は、全体の $57.2 \%$ に及゙[1]。このように、収蔵庫の容量不足に関する問題 (「収蔵庫問題」) は看過できない状況となっている。収蔵庫の容量が不足している場合、博物館では新規の寄贈資料を受け入れることができなくなることや、収蔵品を処分する必要性も出てくるため、博物館の持つ収集や保存といった機能に支障が生じると考えられる。 特に現代美術作品の収集においては、従来の絵画や彫刻とは異なり、作品のサイズの問題に加元、新たな材料や表現技法を用いた作品が多く、収蔵スペースの確保と保存方法の確立は喫緊の課題である。 さらに、常に変化し続ける生物や生命を素材として使ったバイオアートのような長期保存に向かない作品や、地域社会や人々のつながりに焦点を当てたアートプロジェクトのような形のない作品の研究と評価のためには、写真、映像、制作道具や作家による記録などといった周辺資料のアーカイブが不可欠である。しかし、周辺資料に関しても、前述の収蔵場所の限界に加光、資料自体は作品と捉えられず、博物館等では積極的な収集が行われないといった問題がある。 本発表では、博物館における現代美術作品の周辺資料のアーカイブ化を目的に、そのケーススタディとして発表者が参加する現代美術作家・日比野克彦のアトリエを保存するプロジェクト「日比野克彦を保存する」[2]における、周辺資料の保存と $3 \mathrm{D}$ デジタルデータ活用事例を報告する。 ## 2. アトリェ保存プロジェクト 日比野克彦(1958-)は、段ボールを素材とした作品から地域性を活かしたアートプロジェクトまで、多彩な芸術活動を展開する現代美術作家である。日比野の作品が生み出されたアトリエが、マンションの老朽化による建て替えのため 2021 年 8 月中旬に失われるという情報を入手し、2020 年 6 月に東京藝術大学文化財保存修復センター準備室 (現・未来創造継承センター)はその保存を急務と考え、日比野のアトリエを保存するプロジェクトを発足した。 プロジェクトでは作品やその関連資料のみならず、生活用品、内装、マンションそのもの、 さらにはアトリエが存在する渋谷の街までをも保存の対象とし、アトリエの包括的な保存を試みた。保存手法についても、文化財保存分野の手法による作品の状態調査や科学調査、保存・修復に加え、資料のデジタル化やアーカイブ作成、オーラルヒストリーの収集など、あらゆる保存手法を併用し、アトリエの「まるごと保存」、ひいては「作家」の保存を目指した。 2021 年夏にはクラウドファンディング (CF) による研究資金調達を行い、【文化財保存の課題に挑戦 ! 現代美術作家のアトリエを「まるごと保存」】プロジェクトを実施した[3]。 ## 3. アトリエの周辺資料の保存 3. 1 周辺資料の目録作成 アトリエ内には、作品のほかに画材や制作の記録、生活に必要な家具など、作家が作品を制作するためには欠かせない道具が多数存在しており、これらは制作過程や痕跡を示す重要な周辺資料と考えられた。そこで、プロジェクトではこれらの周辺資料について調査・記録を行った。はじめに実測図に基づきアトリエ空間を区分けし、各区域に存在する家具や書類といった資料を把握し、資料の位置関係を記録するために目録を作成した。目録には、資料番号や資料名、数量等の項目を設定し、それぞれの資料について必要な要素を入力した。 ## 3. 2 周辺資料(アトリェ及びアトリェグッズ) の 3D データ取得 マンションからの退去後、アトリエ内に存在している資料については、(1)プロジェクトの新規拠点、(2)日比野氏の自宅、(3)日比野氏所有の倉庫の 3 箇所にそれぞれ移動することが決定していた。しかし、各収蔵場所の限界があり、アトリエに存在する周辺資料を移動し、今後、保存を行っていくということは困難であった。 そこで本プロジェクトでは、収蔵庫問題解決のためのケーススタディとして、アトリエに存在した制作道具や生活用品といった周辺資料について 3D デジタルデータの取得を試みた。 また、アトリエ自体についても作品や作家を理解するための周辺資料として捉元、退去前のアトリエの最終的な状態を残すことを目的に、部屋の実測と 3D 撮影を行った。アトリエは 1964 年に東京都渋谷区に建設されたマンションの 1 室に存在し、日比野は 1980 年代後半に入居し、制作の場、事務所、打ち合わせの場、倉庫、生活の場などに利用してきた。図 1 に、退去前の 2020 年時点でのアトリエの様子を示す。 $3 \mathrm{D}$ データ取得を行ったアトリエで使用・保管されていた制作道具及び生活用品 (以下、アトリエグッズと呼ぶ)は、制作用の青い机、日比野が制作した棚、ボード型温度計、ピアノ、 スーツケースなど合計 13 点である。 アトリエグッズは、3D スキャナ (Artec Spider、Artec Leo、ソフトウェアは Artec Studio を使用)及び Agisoft Metashape を用いたフォトグラメトリにより $3 \mathrm{D}$ モデルを生成した。アトリエ全体については、フォトグラメトリに加充、 360 度カメラ (RICOH THEATA) により $3 \mathrm{D}$ モデルを生成した。 図1.アトリエの様子 ## 4. 3D デジタルデータの取得と活用 ## 4. 1 アトリエ及びアトリェグッズの $3 \mathrm{D$ デジ タルデータ} 図 2 に取得したアトリエの $3 \mathrm{D}$ モデル、また図 3 にアトリエグッズの内、制作用の机の $3 \mathrm{D}$ モデルを示す。 図2.アトリエ空間の $3 \mathrm{D}$ モデル 日比野は入居後に壁面や天井について大規模な改築を行っており、アトリエの間取りはマンションが販売された当時ものとは大きく異なっていた。今回、アトリエの $3 \mathrm{D}$ データを取得したことにより、マンション建設当時の図面には記録されない作家の貴重な制作活動汇関わる記録をアーカイブすることができた。 図 3. 制作用の机の $3 \mathrm{D}$ モデル 図 3 に示す机の天板下部の円形の部分のような入り組んだ構造を持ったアトリエグッズや、温度計の上うに薄い形状のものは、取得した $3 \mathrm{D}$ モデルに久損が生じるなどの問題が生じたため、複数回撮影を行ったり、異なる手法でデータ取得を試みる必要があった。 アトリエグッズの一部の資料については、ク ラウドファンディングの返礼品として、支援者に譲渡を行った。プロジェクトの一環として、日比野から支援者へと周辺資料を引き継ぐことで、周辺資料の分散保存を試みた。譲渡前に各資料の計測、写真撮影、目録作成、所蔵者である日比野へのインタビューを実施し情報取得を行った。加えて、3Dデータの取得により、譲渡や処分によって失われるおそ机のあった周辺資料の情報が詳細に記録することができた。さらに目録や写真などの情報では不十分であった資料の構造や色彩などについてもアー カイブすることが可能となった。 ## 4. 2 展覧会での $3 \mathrm{D$ デジタルデータの活用} 2023 年 1 月には、プロジェクトの成果を報告する「日比野克彦を保存する・クラウドファンディング成果報告展」を東京藝術大学アー ツ・アンド・サイエンスラボにて開催した[4]。 その際に周辺資料の展示紹介の一環として、取得した $3 \mathrm{D}$ デジタルデータの活用を行った。 会場では、アトリエ保存プロジェクトの取り組みを紹介したパネルや、アトリエから切り出して保存処置を行った玄関タイルや床板とともにアトリエグッズ及びアトリエ自体の $3 \mathrm{D}$ モデルを展示した。 $3 \mathrm{D}$ モデルは、3Dデータを共有できるプラットフォームである Sketchfab と iPad mini を使用して展示し、閲覧するだけではなく来場者に実際に画面に触扟てもらった(図 $4 、 5$ )。 支援者に譲渡した資料を再び展覧会会場に集約して展示するためには、時間と予算がかかるが、3D データを共有できる Sketchfab のようなプラットフォームを利用することにより各地で分散保存されたアトリエグッズを簡易的に展示することが可能となった。 図 4. Sketchfabを活用したアトリェグッズ(日比野の制作した棚)の閲覧 図 5. Sketchfab とiPad mini を活用したアトリェグッズの展示 また、展覧会の会場についても、 MatterportCapture と 360 度カメラを使って撮影を行った。MatterportCapture は、空間を $3 \mathrm{D}$ スキャンすることにより $3 \mathrm{D}$ モデルとバー チャルツアーを作成するアプリである。作成した $3 \mathrm{D}$ バーチャル展示は、会場と会期の制約を受けず長く展示を行うことができるというメリットがある。 図 6. Matterport で作成したバーチャル展示 本展覧会は、プロジェクト自体の歩みを記録したアーカイブと捉えることができるが、さらに今回作成したバーチャル展示は「アーカイブのアーカイブ」であり、3D デジタルデータ活用における一例と位置づけることができる。 Matterport では図 6 に示すようにバーチャル展示上に、詳細な情報を挿入することも可能で あり、Sketchfab のリンクを張ることで展覧会終了後も各自の所有するデバイス上で 3D モデルを閲覧することができる。 ## 5. おわりに 本発表では、現代美術家・日比野克彦のアトリエ保存プロジェクトを例として、3D デジタルデータの取得による周辺資料の保存と活用について報告した。近年の 3D デジタル技術は急速に進化しており、これまでには物理的に収蔵することが困難であった周辺資料をデジタルアーカイブ化することが可能になった。現代美術作品および作家の理解や評価のためには周辺資料に着目する必要があり、アトリエ保存プロジェクトを継続することで、周辺資料の可能性をさらに発展的に探索していく予定である。今後、従来の保存・アーカイブ手法と多様なデジタル技術を組み合わせることで、博物館の収蔵庫問題の解決に貢献できると考えられる。 ## 参考文献 [1] 日本博物館協会. 令和元年度日本の博物館総合調査報告書. 2020, p.57-58. [2] 東京藝術大学文化財保存修復センター準備室. 展覧会「日比野克彦を保存する」。 https://hibino-hozon.geidai.ac.jp/ (参照 20239-15). [3] 東京藝術大学芸術資源保存修復センター. クラウドファンディング【文化財保存の課題に挑戦!現代美術作家のアトリエを「まるごと保存」】. https://readyfor.jp/projects/hibinohozon (参照 2023-09-15). [4] 東京藝術大学未来創造継承センター. 日比野克彦を保存する・C F 成果報告展. https://future.geidai.ac.jp/exh_hibino_cf/ (参照 2023-09-15).
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# [C21]メモリーグラフ: 同一構図撮影を支援するカメラアプリによるフィールドワークの展開 ○北本朝展 1) 2), 高橋彰 3)、矢野桂司 4) 、佐藤弘隆 5)、河角直美 4)、西村陽子 6) 1) ROIS-DS 人文学オープンデータ共同利用センター, 〒101-8430 東京都千代田区一ツ橋 2-1-2 2) 国立情報学研究所, 3) 大阪大学, 4) 立命館大学, 5) 愛知大学, 6) 東洋大学 E-mail: [email protected] ## Memorygraph: \\ Deployment of Fieldwork by a Camera App that Supports Same-Composition Photography Naomi ${ }^{4)}$, NISHIMURA Yoko 6) 1) ROIS-DS Center for Open Data in the Humanities, 2-1-2, Hitotsubashi, Chiyoda-ku, Tokyo, 101-8430 Japan 2) National Institute of Informatics, ${ }^{3)}$ Osaka University, ${ }^{4)}$ Ritsumeikan University, ${ }^{5)}$ Aichi University, 6) Tokyo University ## 【発表概要】 メモリーグラフは、同一構図撮影を支援するカメラアプリである。同一構図撮影は、今昔写真、ビフォーアフター写真、定点観測写真、聖地巡礼写真、位置証明写真、撮影シミュレーションなど、写真を用いた様々なフィールドワークの基本となる作業である。この作業を支援するため、アプリは以下の機能を備える。第一に、カメラのファインダー上に基準とする写真を半透明で表示し、実世界の景観を写真に合わせて撮影することで、撮影位置と景観変化の両者を同時に記録できる。第二に、写真を参加者で共有できる「共有プロジェクト」を用いてフィールドワー クを進めることで、参加者がフィールドワークを振り返りながら議論し考察を深めることができる。本論文ではフィールドワークの例として、京都でのまちづくり活動とシルクロードでの遺跡調査を取り上げ、それらのフィールドワークにおけるメモリーグラフの利用と成果を紹介する。 ## 1. はじめに メモリーグラフ (https://mp.ex.nii.ac.jp/) は同一構図撮影を支援するカメラアプリである[1]。同一構図撮影とは、基準とする写真と同じ構図で別の写真を撮影することで、空間座標が同一かつ時間座標のみが異なる写真群を作成する行為である。ここで問題となるのが、どうやって空間座標が同一の写真を撮影するかという点である。基準となる写真の空間座標が未知の場合、カメラの位置として 3 次元、回転も 3 次元、焦点距離などのカメラパラメータも含めると、 7 次元以上の自由度をもつパラメータを合わせなければならない。 そこでメモリーグラフ(メモグラ)では、カメラのファインダー上に基準とする写真を半透明で表示し、基準とする画像とファインダ一から見える景観との誤差を目視で確認しながら減少させる方法を提案する。そして、撮影者自身が現地で動き回るというフィールドワークにより、この問題に対応する。 アプリの初期バージョンの開発は 2013 年に始まった。その後、長らく部分的な公開にとどまっていたが、2023 年 3 月には Flutter で開発したiOS 版と Android 版を正式に公開。 そして 2023 年 9 月にはメモグラ・マネージャを試験的に公開し、共有プロジェクトの作成を簡単にした。今後、メモグラ・ビューアという画像公開機能を構築することで、2023 年中にはメモリーグラフのプラットフォームが運用可能となる見通しである。そこで本論文では、現在の機能の概要とこれまでのフィー ルドワークへの活用について紹介する。 ## 2. 同一構図撮影の展開 2. 1 アプリの基本的な仕組み メモリーグラフは、シーン単位で写真群を 撮影し、プロジェクト単位でシーンを管理するという仕組みとなっている。 まずシーンとは、同一の場所において異なる時間に撮影された写真群をまとめたものである。そして、シーンの中で基準とする画像をシーン画像、シーン画像に合わせて撮影された写真をフォトと呼ぶ。 一方プロジェクトとは、プロジェクトシー ンの順序つき集合である。ここでプロジェクトシーンとは、シーンにプロジェクト特有の情報を付け足したデータ構造である。プロジエクトには、マイプロジェクトと共有プロジエクトがある。マイプロジェクトは端末内でシーンを管理するプロジェクト、共有プロジエクトはサーバ側でシーンを管理し、アクセスコードを入力すれば複数人で共有できるプロジェクトである。このように、個人的な活動(趣味等)でも集団的な活動(ワークショップ等)でも、アプリを活用できる。 シーンとプロジェクトを作成すると、次はアプリでの撮影である。撮影時はプロジェクトからシーンを選択し、シーン画像をスマー トフォンカメラのファインダーに半透明で表示することで、同一構図撮影を行う。シーン画像の選び方しだいで、様々なフィールドワ一クに同一構図撮影を展開できる。以下に活用例として、今昔写真、ビフォーアフター写真、定点観測写真、聖地巡礼写真、位置証明写真、撮影シミュレーションを取り上げる。 ## 2.2 今昔写真 シーン画像には、昔に撮影された写真を選ぶ。古写真を基準に現代の景観を同一構図撮影することで、長い時間の経過とともに生じた変化を把握できる。ぺア写真を詳細に比較することで、過去から現代まで残された小さな痕跡などの発見につながる。また、撮影場所が未知の場合は、同一構図撮影が撮影場所を特定する重要な証拠にもなる。 ## 2.3 ビフォーアフター写真 シーン画像には、災害等で生じた非連続的な変化の前後を撮影した写真を選ぶ。災害前に撮影した写真をシーン画像に選べば、災害で生じた被害の大きさを可視化できる。また災害直後に撮影した写真をシーン画像に選べば、災害からの復旧/復興を可視化できる。 ## 2. 4 定点観測写真 シーン画像には、ある時点の写真を選ぶ。 そして同一地点から同一構図撮影を継続し、自然物や人工物の連続的な変化 (植物の開花や成長、季節による風景の変化、建設工事等) をタイムラプス画像として記録する。 ## 2. 5 聖地巡礼写真 シーン画像には、マンガ、アニメ、映画など、自分の好きなコンテンツの画像を選ぶ。 そして、その舞台となった場所を訪問することで、メディアを横断した同一構図撮影を行う。作成者や出演者の視線を疑似体験することで、より没入感の高い聖地巡礼(コンテンツツーリズム) 体験が可能となる。 ## 2.6 位置証明写真 シーン画像には、運営者が指定する画像を選ぶ。そして参加者は、同一構図写真を撮影することで、画像を撮影可能な位置を通過したことを証明する。これは同一構図撮影というタスクの難しさをゲームに活用したものであり、フォトオリエンテーリングやフォトロゲイニングなどの例がある。 ## 2. 7 撮影シミュレーション シーン画像には、撮影行為を分析したい画像を選ぶ。この場合、同一構図撮影の目的は、過去の撮影行為の再現(シミュレーション) にある。撮影者はどこに立ち、どの構図を選び、どのようなカメラやレンズを使って撮影したのか? 撮影行為の再体験を通して、撮影者の意図に関する理解を深める。 ## 2.8 同一構図撮影の 3 要素 同一構図で複数の写真を撮影する目的としては、写真撮影で得られる写真が重要な場合、写真撮影と共に得られる位置情報が重要な場合、そして写真撮影のプロセスが重要な場合に分けることができる。 まず写真と位置情報の関係について、今昔写真の場合は、シーン画像の位置情報が既知の場合は写真が重要だが、位置情報が未知の場合は位置情報も重要な情報となる。また、定点観測写真では位置情報は通常は既知のた 左 : 1969 年 (京都市撮影) 右 : 2022 年 (筆者撮影) 図 1. 祇園新橋の今昔写真 め写真が重要となるが、位置証明写真では写真は単なる証明目的のため位置情報が重要となる。このように、写真と位置情報のどちらが重要かは、目的によって異なる。 一方プロセスについて、聖地巡礼写真では撮影場所を訪れるというプロセスが重要であり、写真や位置情報など撮影行為から得られる情報は重要度が下がる。一方撮影シミュレ ーションでは、過去の撮影行為を再現するプロセスこそが重要であり、撮影行為から得られる情報は考察の素材である。また、元の写真の撮影者が「切り取った」外側の部分など、元の写真にはない情報も考察対象となる。 このように同一構図撮影は、写真・位置情報・プロセスの 3 要素の重みづけが異なる様々な目的に利用できる点が特徴である。 ## 3. システム メモリーグラフのアプリは iOS 版と Android 版を無料で公開している。Google が提供するマルチプラットフォームの開発環境 Flutter を活用することで、iOS 版と Android 版を 1 つのソースコードで開発できるようになった。さらに、利用者のためのプロジェク卜作成機能 (マネージャ)、アプリで撮影した写真の公開機能(ビューア)というウェブアプリも Flutterで開発を進めている。モバイルからウェブまで、クライアントアプリを一体的に開発できる Flutterの価值は大きい。マネ ージャは現在試験公開中、ビューアは開発中であるが 2023 年中には本格運用に入る。 一方、上記のクライアントから呼び出すウェブサービスは Omeka で構築している。 Omekaを利用したのはメモリーグラフで用いる各種のメタデータを扱いやすいことが最大の理由である。ただし Omeka はへッドレス CMS としてのみ使っており、Omeka が提供するユーザインタフェースは利用していない。 ## 4. フィールドワークへの展開 ## 4. 1 京都でのまちづくり活動 京都でのまちづくり活動というフィールドワークへの展開は、CODH と大阪大学、立命館大学などとの共同研究として進めている [2]。最初の試みは 2015 年 2 月に開催した「京都古写真ハンティング」である。国立国会図書館の「写真の中の明治・大正(関西編)」および立命館大学アート・リサーチセンターの「近藤豊写真資料」 ( https://www.dhjac.net/db1/photodb/search_kondo.php )を対象に古写真の撮影地を探し、景観変化を記録するまちあるきイベントとして企画した。 2017 2018年にかけては、「京都の鉄道・バス写真データベース」(https://www.dhjac.net/db1/photodb/search_shiden.php )の撮影地を探すイベントを開催し、まち歩きワ ークショップとしての運営方法を確立した。 その方法は、まち歩きのルートをあらかじめ設定して、道中で古写真の撮影地を探し、撮影地で写真を撮影しながら、場所の持つ歴史的な説明をガイドが行うというものである (図 1)。2021年以降は、三条通の町並み写真や、鴨川運河の橋梁群写真、祇園新橋の伝統的建造物群保存地区の町並み調査写真など、 より特定地域のまちづくりに焦点をあて、フイールドワークを行いながらまちづくりに関するコミュニケーションを引き出す活動に発展している。例えば、図 2 は祇園新橋の通りを撮影した今昔写真であるが、道路の舗装がアスファルトから石畳に変化していることがわかる。これは、地域住民によるまちづくりの 1 つの成果を示しており、この当時の苦労や思い出を呼び起こす契機となる。 この活動は、コミュニティアーカイブの視点からも捉えることができる。過去の景観を撮影した写真は、コミュニティの歴史的環境を記録したものであり、歴史的環境の価値を探る手掛かりとなる。貴重な景観を記録した写真には、行政が調査のために撮影した写真もあれば、市民が自分の視点で撮影を続けた 写真もある。このような歴史的町並み写真は全国に残っている可能性が高いが、それらは散在しており系統的に保存されていないため、所在情報を集約することも困難である。 ゆえに、そうした過去の写真を重要な地域資料と捉え、それを掘り起こして共有し、継承していくデジタルアーカイブの構築が重要な課題となる。また継承から利活用へと価値を高めるには、特に若い世代を中心に、自分が知らない過去と自分が見ている現在のギャップを埋める方法が必要となる。ビジュアルな資料である過去の写真は、世代間ギャップを埋めるコミュニケーションツールとして有望である。そこにメモリーグラフのようなアプリを導入することで、景観リテラシーのギヤップを縮めることができる。 ## 4. 2 シルクロードでの遺跡調査 我々はデジタル・シルクロード・プロジェクトにて、シルクロード地域の遺跡の同定を進めている[3]。基本的資料は 100 年前に出版されたシルクロード探検隊調査報告書や、近年再発見された当時のガラス乾板写真である。 シルクロード探検隊がかつて調査した遺跡は多くが所在不明になっているため、残された写真がどこで撮影されたものかがわかれば、被写体である遺跡の所在地もわかり、芋づる式に様々な情報が写真から引き出せるようになる。そして今昔写真は、写真の撮影地を特定するための重要なツールとなる。メモリー グラフにより過去の写真と現在の景観が重なる地点を見つけられれば、そこが撮影地であることの強力なエビデンスとなるからである。 我々はこの方法で、シルクロード遺跡に関する過去の写真の撮影地を特定し、探検隊が記録した遺跡と現在の遺跡とを同定する作業を進めてきた。その成果は「シルクロード遺跡データベース」(http://dsr.nii.ac.jp/ruin/) にて、画像照合の成果として公開している。今昔写真の 2 枚の画像の重ね合わせには画像比較ツール vdiff.js を活用し、左右表示や透明表示、並列表示を使い分けて写真を比較できるようにした。その結果、100 年間に景観が大きく変化した地点もあれば、現地では大きく変化したと認識していても実際には変化がほぼない地点もあった。このように、現地に残る痕跡をフィールドワークで発見できれば、 シルクロード遺跡でも今昔写真は可能であり、 メモリーグラフが海外の考古学的調査にも有効性を持つことが明らかになりつつある。 ## 5. おわりに メモリーグラフは、写真というメディアをフィールドワークで活用する際に重要なタスクとなる同一構図撮影を、スマートフォンカメラで実現するための様々な機能を備えている。このアプリは研究者だけでなく市民にも有用である。メモリーグラフのプラットフォ一ム化の完了を待って、市民による活用への展開も本格化させていく計画である。 ## 参考文献 [1] 北本朝展, "メモリーグラフ:景観の時間変化をアーカイブする新しい写真術", デジタルアーカイブ学会第 4 回研究大会, Vol. 4, No. 2, pp. 124-127, doi:10.24506/jsda.4.2_124, 2020 . [2] 高橋彰, 北本朝展, 矢野桂司, 佐藤弘隆, 河角直美, "景観写真のデジタルアーカイブと活用方法", 日本画像学会誌, Vol. 62 , No. 1 , pp. 23-34, doi:10.11370/isj.62.23, 2023. [3] 西村陽子, 北本朝展, "カード単位の照合エビデンスを共有するシルクロード考古遺跡情報の統合データベース", 人文科学とコンピユータシンポジウムじんもんこん 2021 論文集, pp. 146-153, 2021.
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# [B24] 長崎の原爆を前後にして米軍が記録した航空写真 の画像処理 (その 2) 全炳徳 1) 1) 長崎大学情報データ科学部, $\mathbf{\top} 852-8521$ 長崎市文教町 1-14 E-mail: [email protected] ## Image processing of aerial photographs taken by the U.S. military before and after the atomic bombing of Nagasaki (Part 2) JUN Byungdug1) ${ }^{1)}$ Nagasaki University, 1-14 Bunkyo-machi, Nagasaki, 852-8521 Japan ## 【発表概要】 1945 年 8 月,米軍は広島と長崎に人類史上初の原子爆弾を落とした。原子爆弾が投下される前後, 米軍の写真偵察部隊は広島及び長崎の上空をネガフィルム上に記録し残している。本論では今までその全容が報告されてない,1945 年 8 月 10 日(長崎に原爆が落とされた翌日)に撮影され保管されているネガフィルム上の航空写真の様子と, その写真の画像処理等について詳述する。ネガフィルムを保管するために作られた特殊フィルム缶(ICE CUBE,以下「アイスキュー ブ」と記述)に収められた航空写真の画像データはフィルム自体がかなり劣化しているものの,原爆が投下された次の日の長崎の生々しい様子を鮮明に残している。更に, 同じアイスキューブの中には今まで一般に公表されてないと推察される広島の被爆地の航空写真 (1945 年 8 月 11 日)も保管されている。本論では新たに確認した広島の被爆地の航空写真の様子を紹介するとともに,長崎や広島の原爆直後の様子を収めた 8 月 10 日と 8 月 11 日の原爆画像データ処理について,また,デジタルアーカイブとして公開を予定しているシステム全般について報告する。 ## 1. はじめに 米軍の写真偵察部隊により原子爆弾が投下された前後の長崎や広島の様子を撮影し残した航空写真については既に数多く報告されている[1][2]。長崎と広島が原子爆弾のターゲットになったことや, 写真偵察部隊による航空写真の撮影記録等, 特に, 長崎の原爆前後の写真画像処理等については前回の報告を参照されたい[3]。本論では前回の報告に引き続き,長崎と広島における米軍の写真偵察部隊の飛行機 B-29 から撮影された航空写真の, デジタルアーカイブ化のための写真画像処理及びシステム構築について論じている。 今回の報告内容は, (1)長崎に原子爆弾が落されて次の日の 1945 年 8 月 10 日の 12 時 53 分から 12 時 55 分の間(フィルムの記録から読み取る)に長崎の野母崎半島から爆心地周辺までを, 特殊カメラ $\mathrm{K}-18$ により撮影し, 特殊フィルム缶のアイスキューブに保管されている航空写真について,(2)上記の長崎の航空写真が保管されたアイスキューブの中で発見された, 同じフィルムの続きとして人為的に繋ぎ合わせた広島の航空写真(撮影日:1945 年8月 11 日)について,である。 ## 2. アイスキューブ中の航空写真 2. 1 航空写真の保管状況 No.B5271(左) No.B5327(右)写真 1 航空写真保管用のアイスキューブ 表 1 長崎の航空写真が保管されたアイスキューブ中の保管状況 本論で紹介する 1945 年 8 月 10 日の航空写真はその一部が既に公表されている [1]。しかし, 公表された長崎上空の航空写真は全部で 94 枚あるうちごく一部であり,米軍が記録した航空写真の全体像を把握するにはやや情報が足りない。そこで, 本論では 94 枚ある全部のデータをアイスキューブ上に保管された状態の様子をそのまま紹介することにする。 長崎に原爆が落とされた翌日, 長崎の被爆様子を捉えようと米軍の写真偵察部隊が長崎上空を撮影している。そのようにして残した米軍の航空写真は現在, 二つのアイスキュー ブの中に保管されている (写真 1)。アイスキユーブの蓋に付いている整理番号は B5271 と B5327 であり, 其々の撮影場所としては長崎や宮崎,都城,佐世保の一部が含まれている。更に,B5327 のアイスキューブの中には長崎の上空を撮影した全部で 94 枚の航空写真のうち, 精度よく撮影できた長崎上空の航空写真のみ(No.8-No. 84 の 77 枚)を選別して移動保管している。中には 1945 年 8 月 11 日に撮影された広島の写真 25 枚も含まれている。 ## B5271 図 1 アイスキューブ B5271 と B5327 の中身 その保管様子を図 1 に纏めている。図 1 からもわかるように, 長崎の被災状況を綿密に撮影した重要な空中写真は特別に B5271 のネガフィルムから切り離して区別し, 改めてアイスキューブ B5327 の中に広島の空中写真とともに大事に保管している。 写真の内訳を見ると, 二つのアイスキュー ブ(B5271,B5327)の中には長崎・佐世保の一部を含む 94 枚もの空中写真が, 長崎の南部から原爆の被災地の様子を捉え保管されている。その他には宮崎が 14 枚, 都城が 21 枚含まれている。また, 写真撮影手法はいずれも米軍の偵察写真のための特殊カメラ K-18による中心投影写真となっているが, 都城の写真の一部には $\mathrm{K}-18$ ではなく, 焦点距離が 12 インチの K-19B と推測されるカメラを使用しており, やや傾斜を持つ中心投影写真となっている。前述のように, 8 月 11 日に K-18 カメラにより広島の原爆被災様子を詳細に捉えた航空写真 25 枚も B5327 のアイスキューブの中に収められている。 表 1 に示された撮影の高度 ( $\mathrm{ft}$ : フィート ) を見ると, 宮崎や都城の写真の撮影高度が一番低く( $2,000 \mathrm{ft}-3,500 \mathrm{ft})$, 次が長崎上空の撮影高度 $(16,400 \mathrm{ft}-18,000 \mathrm{ft})$ であり, 一番高いところから撮影されたのが広島地域の航空写真 $(24,600 \mathrm{ft}-25,200 \mathrm{ft})$ となっている。撮影したカメラの焦点距離に差があるため, 宮崎や都城とは詳細を比較できないが, 同じ K-18カメラで撮影した長崎の被災状況写真は上空 $5,500 \mathrm{~m}$ を超えない範囲で撮影をしており, 広島の場合は $7,500 \mathrm{~m}$ を超えての撮影となっている。 表 2 ネガフィルム上に手書きで記述されているへッダー情報とその意味 ## 2. 2 航空写真のヘッダー情報 図1からもわかるように, 1945 年 8 月 10 日に撮影されアイスキューブの中に保管されている長崎の航空写真は, ロール状のネガフィルムとなっている。そのネガフィルム上には偵察飛行に関する重要な情報が含まれており,写真と写真の間にある細長いスペース空間(以下,ヘッダーとする)を利用して手書きで記録されている。記録内容は決められたフォーマットがないため, 正確な情報の読み取りが難しいが,偵察任務のための飛行ミッション番号などを除くと, 概ね記録内容は分かり易い情報となっている。その記録の一例を表 2 に示している。 このへッダー情報はアイスキューブ B5327 に含まれているもので, 長崎の上空を撮影した航空写真の最初の画像へッダーに記録されている。その内容は 8 番目の写真であり, 1 st 厳密垂直撮影手法で撮影されたことを説明する。1st とは 8 番目から 62 番目の写真まで続き, 63 番目の写真ヘッダーには $2 \mathrm{VV}$ と記録され, $2^{\text {nd }}$ 厳密垂直撮影手法で撮影されたことを説明している。1st 及び 2nd の違いは撮影場所を, 複数回撮影していることを意味し, 63 番目の航空写真から再度, 前に撮影した場所を複数回撮影していることを暗示する。写真画像のヘッダーを調べてみると, 63 番目の次は 72 番目の航空写真から同場所を 3 回目,撮影に取り掛かるのだが,その場合も同じくヘッダー情報は 2nd の VV となっている。また, 次のへッダー情報の, $25 \mathrm{PS}, \mathrm{R} 222 \mathrm{Z}-2$, $6 \mathrm{P} 6$ などが続くが偵察任務のミッション等を示すものと推察されるが詳細は不明である。 その後のへッダー情報は, 撮影日, 撮影時刻, カメラの焦点距離, 撮影高度, 撮影地点の緯度と経度, 撮影地名, カメラ向き及び同じへッダー情報が適用される航空写真の番号が示されている。最後に,極秘の文言がついているが廃棄されたことを意味するのか黒塗りになっている。 ## 2. 3 航空写真の撮影場所の特定 本論では写真と地図とのジオレファレンスを実施,8月 10 日に長崎上空を撮影した航空写真の撮影場所を特定した。特定した写真は全部で 94 枚である。さらに,B5327の同じアイスキューブに入っている広島の写真も同様にジオレファレンス作業を行い, 撮影場所を特定した。その結果を図 2 と図 3 に示す。 図 2 アイスキューブに保管された長崎の写真 図 3 アイスキューブに保管された広島の写真 図 4 本研究で採用されている画像処理手法 ## 3. 画像処理 ## 3. 1 データのジオレファレンス作業 図 2 と図 3 で使用した航空写真データは著者がアメリカの国立公文書館でデジタルカメラにより撮影したもので画質が悪い。そこで,日本地図センターから高画質のデータを購入し(8月 10 日の, 全部で 58 枚)デジタルデ一タとして使用した。前回と同様, 画像処理には Photoshop の Photomerge 機能を活用し, 2 枚の写真を 1 枚にするマージ作業後, 対象地域の地図に対する傾きを補正するジオレフアレンス作業等を ArcGIS Proより実施した。 ## 3. 2 データのマージ作業とアースシステム一般的に,ジオレファレンス作業を終えた 合計 29 枚の写真をマージする場合, 写真と写真の間に濃淡の違いが生じ, つなぎ目が不自然な状態でマージされる。Photoshop の Photomerge 機能を使うことで繋ぎ目の不自然さを軽減させた。また, ジオレファレンス 作業後の Photomerge 機能を採用することで,航空写真と地図との整合性が取れた。最後に, Re:earth システムを活用したアースシステム を構築・公開することができた。 ## 4. おわりに 前回の報告[3]の作業手順を踏襲しつつ,まだ公開されてない航空写真の保管状態やネガフィルム上のへッダー情報等について詳述することができた。公開資料の活用に期待する。 ## 参考文献 [1] 工藤洋三. 米軍の写真偵察と日本空襲写真偵察機が記録した日本本土と空襲被害-,自費出版,2011 [2] 1945・昭和 20 年米軍に撮影された日本一苦東写真に遺された戦争と空襲の証言一,般社団法人日本地図センター, 2018 [3] 全炳徳. 長崎の原爆を前後にして米軍が記録した航空写真の画像処理(その1), 2022,第 6 巻 s3 号 p. s238-s241. この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [B23] 箱根におけるオーラルヒストリーの記録とデジタ ルアーカイブ化: 『平成の箱根人』と、小田急エージェンシー担当者によるウェブサイト ## 展開 ○原田悦志 ${ }^{11}$ 1)関東学院大学国際日本学部客員教授, 慶應義塾大学アート・センター訪問所員・非常勤講師、明治大学国際日本学部兼任講師 〒236-8501 神奈川県横浜市金沢区六浦東 1-50-1 E-mail: [email protected] ## An oral history recording and digital archiving in Hakone: Heisei Hakone people and a website development of by a person in charge of Odakyu Agency HARADA Nobuyuki ${ }^{1}$ 1) Kanto Gakuin Univ., Keio Univ., Meiji Univ., 1-50-1 Mutsuura-higashi, Kanazawa-ku, Yokohama (c/o Kanto Gakuin Univ.) ## 【発表概要】 神奈川県西部に位置する箱根町は、富士箱根国立公園の中心的位置の 1 つの座を占め、人口 13000 人あまりながら、コロナ禍以前の 2017 年には、2000万人以上が国内外から来訪した、日本を代表する都市近郊型の温泉リゾートである。執筆家であった杉山洋美(1944-2020)は、 そこに住む「人」こそが、世界的観光地の魅力の根源ではないかという意図で、亡くなる年に 『平成の箱根人-その道からこぼれる煌めきの一片』を著した。また、ビジネスパートナーだった(株小田急エージェンシーの部長である内田博は、2019 年、私費で、『箱根のヒトビトストーリ一 Hakone oral history』というウエブサイトを立ち上げ、箱根の人々の言葉をデジタルアー カイブ化した。本発表では、個人が残した記録の著籍化、ならびにデジタルアーカイブ化を通し、「人々の記憶と記録を残す」という地域デジタルアーカイブの一例について、考察していきたい。 ## 1. はじめに 本発表では、まず、杉山が、なぜ箱根に魅せられ、この書籍を上梓したかという、動機の解明を行う。続いて、『平成の箱根人』にどのような方々が取り上げられたのか、いくつかの例を挙げる。そして、テキストをウエブサイト化し、デジタルアーカイブ化した経緯を説明する。 さらに、杉山が立ち上げ、学生たちが現在でも自主的にイベントを継続している「はこね学生音楽祭」について、新しい聖地の創造例として、特に言及したい。 2020 年 10 月 29 日に逝去した杉山にとって、同年 4 月に上梓されたこの単編著は、人生最後の作品だった。 28 人と 1 団体に対して行われたインタビューと、そのアーカイブ化 を通し、 1 人の思いと記述が、後世に残る記録としてアーカイブ化される過程と、そこから波及する現象を考察していくことを、本稿の目的としたい。 ## 2.『平成の箱根人』と、その展開 ## 2.1 杉山と箱根 杉山が最初に箱根を訪れたのは、小学校の修学旅行の際である。その後、大学生になり、友人と共に訪孔た際に、「夏の陽光を浴びて輝く湖水」に感動した。それが、箱根に魅せられた瞬間だという。その後、(株小田急エージエンシーの業務委託を受け、ウエブサイトである『箱根ナビ』(2004-公開中)を請け負うようになった。人生の末尾に、『平成の箱根人』 を著した理由について、杉山は、こう述べた。 多くの箱根人を取材していくなかで、彼らの活動や想いが箱根の新しい歴史を創っていくことも知った。そこで、いま、私の心に残る平成の“あの人、この人”を紹介していこう。 このような動機で、名所や名産物、観光ポットではなく、その地で暮らしを営む「人」 に焦点を当てた書籍が刊行された。 ## 2.2 『平成の箱根人』の登場人物 表 1 取り上げられた方々(筆者による分類) 原著は、15 の「話」で構成されており、32 名(一団体を含む)が取り上げられ、第 6 話と第 10 話を除き、同じテーマで複数者へのインタビュー記事が掲載されている。 特徴的なことは、古くから箱根と関係を持ち、伝統を継承することと、かつての杉山のように、箱根に魅せられ、その魅力を伝えよう、あるいは箱根を舞台に新しいことを行おうという、 2 つの潮流を取り上げていることである。そして、その 2 つの潮流が、 1 人のひとの中に併存することも描いている。 例えば、「第 1 話観光客も訪孔る名刹として境内を整備してきたご住職」には、 2 人の住職が登場する。阿育王山阿弥陀寺の水野賢世は、神奈川県平塚市の出身であるが、箱根の古刹を「あじさい寺」として再生した。一方、龍虎院長安寺の第 26 代住職である鈴木太源は、14 世紀に創建した実家の寺院を再整備し、地域と密着した箱根ならではの寺院としてのありようを考え続けている。 「第 2 話江戸時代から続く老舗旅館のご主人」と、「第 3 話新しい感覚の宿のご主人」 では、老舗と新興の双方を取り上げている。 第 2 話で取り上げられたうちの 1 人である、 1625 年創業の萬翠楼福住 16 代当主である福住治彦は、代々引き継ぐ旅館という形態につ いて、率直に語った。 「私どもの商売は『企業』ではなく、『家業』なので結局、旅館の運営などについては、僕の器量を超えられないわけなんです」 第 3 話で登場した 1 人である、「金の竹仙石原」など、 4 つの旅館を経営する、松坂屋本店代表取締役の窪沢圭は「箱根がイヤで仕方なかった」と述べつつ、「本当にお客様が喜んでくれるような静かなイベント」を企画していきたいと、一旦、離れたからこそ得られた視座で、新たな旅館像を構築していた。 この他の登場人物も、箱根の特性を活かし、伝統を守りながら、新しい要素を特産品製造や宿泊業などに採り入れている、保存とイノベーションを同時進行で行っている方々が主として取り上げられている。このように、現在進行形で仕事や行事等に取り組む、幅広い地域人材へのインタビューを冊子化したものが、『平成の箱根人』なのである。 ## 2. 3 デジタルアーカイブ化の実現 杉山の取材記事は、内田により、『箱根のヒトビトヒストリー Hakone Oral History』というタイトルで、ウエブサイトで公開されている。内田は、サイトを構築した理由について、下記のように巻頭で記している。 「箱根がずっと魅力的なのは、なぜ?」振り返ると、私が仕事で伝えてきた箱根の魅力とは、四季折々の自然や風景、観光スポット、イベント祭事、交通・宿泊・飲食店など、目に映る箱根の魅力を伝えていただけで、それを生み出している“根源が何か”もわからずにいたことに気づいたような感じになった。 そこで、その謎解きをすべく、箱根で生業をしている人たちが持つ人生観・サ一ビス精神が箱根の魅力を生み出しているのでは?と仮説を立て、それを確かめるべく、箱根人の一人一人にお話を聞き、活字にまとめることをしたいと本サイトを立ち上げた。 内容は、杉山の編著に加え、内田自らも編著に加わった、『趣深い箱根人 〜箱根の趣ある風景に、箱根人の想い〜』からの掲載となっている。杉山の著書は、自主出版であり、限定的な読者しか手に取ることができない。 しかしながら、遺志を継いだ内田がデジタルアーカイブ化し、ウエブサイトで公開することにより、多くの人々が箱根の人々の言葉を、目にすることができるようになったのだ。 ## 3. はこね学生音楽祭 杉山は、箱根の人々を取材するだけでなく、箱根を舞台にしたイベントを運営することもあった。その代表的な存在が、「第 13 話未来を拓く若い力」で言及した、「はこね学生音楽祭」である。2001 年に杉山が企画し、実現したこの音楽祭は、東大、京大、早大など、全国の大学の有力な合唱団が箱根に集い、課題曲である『箱根八里』(アレンジは自由)と、自由曲の 2 曲を歌唱し、大賞を決めるという規定である。また、観光促進という観点から、参加者は、最低 1 泊は、箱根町内に宿泊することが求められた。審査委員長には作曲家の服部克久が就き、その他にも、著名な作編曲家が審査員に名を連ねた。 この音楽祭は、当初、箱根町が全面的に支援し、2003 年に「毎日・地方自治体賞」を受賞した。しかし、時勢の変化により、2011 年に一旦廃止されそうになった。だが、「終わるのはとても残念」「何とか箱根で歌いたい」と、多くの学生たちが声を上げ、現在では彼らによる自主運営になっている。「夏休みに箱根で歌う」という新しい伝統が、参加した者の間で新たに築かれ、後輩たちに引き継がれていったのだ。2023年も、9月 10 日に実施され、現役の学生だけでなく、多くの OB、OGが会場に詰めかけた。箱根は、学生合唱者にとって、いわば、1つの聖地となったのだ。 この試みは、インバウンドを海外などからの観光客の一時的な滞在に留まらせず、若者たちの反復的な訪問を生み出したという点において、特筆すべきものだと考える。 ## 4. おわりに 本発表では、杉山の編著書を基に、箱根における地域デジタルアーカイブについて考察した。基底にあるのは、その地に対する愛情である。そして、その感情を醸成しているのは、そこに暮らす人々の魅力だ。杉山をはじめとする箱根以外から訪れた者が、人々と風土に魅せられていくさまが、編著書からは浮き彫りになっている。さらに、紙媒体のままなら失われていたかもしれない記述が、内田によってデジタルアーカイブ化されたことにより、多くの人々が共有する記録となった。他地域においても、同様の試みがなされ、そのままだと失われざるをえない「市井の人々の声」が、デジタルアーカイブとして保存されるための一例となることを祈念する。 ## 参考文献 [1] 杉山洋美『平成の箱根人-その道からこぼれる煌めきの一片』箱根小田原物語, 2020 [2] 「箱根のヒトビトヒストリー Hakone Oral History $\rfloor$. https://www.hakone-oralhistory.com/blank-1 (参照 2023-09-03). [3]「はこね学生音楽祭 2023」. https://www.hakone-music-festival.org/ (参照 2023-09-03).
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# [14] 東京都練馬区における地域サークル主体の「光が 丘デジタルアーカイブ」: サイト開設とグラントハイツ返還 50 年に向けて ○菅原みじり 1) 1) 立教大学大学院 21 世紀社会デザイン研究科 博士前期課程 3 年, 光が丘歴史博物研究会 E-mail: [email protected], [email protected] ## Hikarigaoka Digital Archive, a community circle initiative in Tokyo's Nerima Ward: Site opening and $\mathbf{5 0$ years of land restitution} SUGAHARA Midori1) ${ }^{1)}$ Rikkyo University Graduate School of Social Design Studies ## 【発表概要】 東京都練馬区光が丘は、戦時中に帝都防衛目的のため「成増飛行場」が建設され、戦後は米軍家族宿舎(グラントハイツ)として利用された土地である。現在は約 27,000 人が住む巨大な住宅団地群と公園のまちへと開発されているが、住民のほとんどは地域外からの移住者であるため、地域の土地利用の変遷やまちづくりの歴史を知る機会が少なく、また、開発前から同地域の周辺地区で生活し地域の歴史を知る住民も、時の経過により年々減少しつつある。 そうした背景の中で、地域の有志が 2021 年より光が丘地域の歴史資料をアーカイブするサー クル「光が丘歴史博物研究会」をつくり、歴史資料や地域住民へのオーラルヒストリーの収集を始めたことから、さまざまなつながりがうまれ、多くの協力を得て、2023 年 1 月 28 日に「光が丘デジタルアーカイブ」を開設するに至った。本報告では開設の経緯とグラントハイツ返還 50 年に向けた地域活動、今後の構想について報告する。 ## 1. はじめに 第 1 回、第 2 回 DA フォーラムにて報告した内容[1][2]と一部重複するが、東京都練馬区光が丘はこの 100 年で大きく三度の変化を経験した特異な地域である。 戦前までは稲作・畑作を行なう農地であった当地は、1942(昭和 17)年 4 月に日本がアメリカ軍によって初の本土空襲を受けたことから、首都防衛目的のため飛行場を建設するべく日本陸軍に接収され、1943 年 12 月に成増飛行場が完成した。この農地から成増飛行場への変化が一度目の変化である。 戦後、GHQ 占領軍が成増飛行場を接収し、 1948 年に米軍家族宿舎グラントハイツ(Grant Heights)が完成、日本国内にありながら米国として扱われる治外法権の区域グラントハイツが、当地の二度目の変化である。 1959 年より逐次始まった基地縮小化により、 グラントハイツ内の施設は次第に遊休化し、土地返還運動を経て 1973 年に全面返還された。 その後、都市計画によって、1980 年代より広大な公園「東京都立光が丘公園」と、総戸数 12,000 戸、人口おおむね 42,000 人を目標とした 23 区最大規模の団地群「光が丘パークタウン」で成るまちがつくられた。これが三度目の変化であり、現在の光が丘の姿である。団地の入居開始より約 35 年が経過した今、第一次入居から世代交代も行なわれ、光が丘の歴史を知る者は減少し、知る機会も多くはない。地域サークル「光が丘歴史博物研究会」はこのような光が丘地域史を戦前〜戦時中・戦後復興期における貴重な資料であると考元、地域資料の利活用、教育やまちづくり、地域一の愛着・連帯感の再強化、新たな価値の発見につなげるという目的のもと、地域の方々と協力しながら、光が丘地域の画像や映像、 オーラルヒストリーを収集し編集、「光が丘デジタルアーカイブ」を制作するべく活動してきた。 ## 2.「光が丘デジタルアーカイブ」開設 2. 1 開設までの経緯 2021 年 5 月より光が丘歴史博物研究会は活動を開始し、当初は SNS(Facebook, Twitter) を通じた活動、インタビューやオーラルヒストリー収集、練馬区のイベントに動画で参加するなど、広報的活動と資料収集を主に行なってきた。また一方で筆者が第 1 回および第 2 回 DA フォーラムにて、「光が丘デジタルア一カイブ」の構想や取り組みを報告し、デジタルアーカイブ学会研究大会や地域アーカイブ部会での庶務を行なったことから、多くの助言や地域内外の新しいつながりを得られた。 DA フォーラムのような場がなければ、全国各地で地域資料のアーカイブを扱う方々と意見交換をする機会はなかった。 実際にデジタルアーカイブサイトを制作するため、相談や見積りもしたが、活動主体が地域サークルであるため、外部組織にデジタルアーカイブサイトの構築や運営を任せることで、資金面や技術面で自分たち地域の手に負えない領域をつくりたくなかったという考えがあり、なかなか実現は難しかった。 2022 年 12 月から 2023 年 2 月にかけて、長野大学企業情報学部教授である前川道博先生による「藤本虫業歴史館で学ぶデジタルアー キビスト養成リスキル/リカレント講座(実践講座 $1 , 2$ )」を受講したことをきっかけに、地域資料のデジタル化、地域活動・地域学習の支援を目的とした分散型地域デジタルコモンズクラウドサービス d-commons.net を使った「光が丘デジタルアーカイブ」(https://dcommons.net/hikarigaoka)を、講座の実践という形で 2023 年 1 月 28 日に開設することができた。これにより、蓄積・保存していた光が丘地域の資料について公開、利活用が可能となった。 ## 2.2 開設後の運用、課題 開設から 2 週間後、光が丘地域在住の 60 代男女 2 名にスマートフォンを使用した「光が丘デジタルアーカイブ」への投稿を試してもらい、使用感や疑問点、不明点などをインタビューした。d-commons.net は基本的にブログのように記事や画像を投稿するシステムとな つているため、比較的容易にコンテンツを増やすことが可能であるが、「中高年層の市民に対しては、個人の地域に対する知識差、探求力の差、メディアリテラシーの差が両極端」 [3]という傾向はここでも見られた。「スマホ画面に対応して、見やすく操作が簡単だと良い」、「写真の年代についてプルダウン機能など選択肢がほしい」といった声が上がったほか、サークル内でも「サイト内に光が丘地域に関する年表があると良い」、「Exif を利用するなど、メタデータ管理が簡単になると良い」、「トップ画面のレイアウトを調整し注意書きやお知らせなどを掲載したい」などの意見が出た。こうした意見を取り入れつつ、 まずは「光が丘デジタルアーカイブ」が広く知られること、コンテンツの充実に取り組みつつ、投稿者を限定的にしないために投稿のハードルを下げる工夫を行なっていきたい。具体的にはマニュアルや年表といった資料の作成から始める。 ## 2.3 開設報告会 「光が丘デジタルアーカイブ」の開設に際し、2023 年 3 月 26 日に、コミュニティカフエチャイハナ光が丘(東京都練馬区田柄 5 丁目 14-19)にて、開設報告会を行なった。これまでインタビューやオーラルヒストリー収集に協力いただいた地域内外の方々、「光が丘学」研究者である文京学院大学の加藤竜吾先生、筆者の主指導である宮本聖二特任教授など、 オンライン、オンデマンドを含め約 20 名の参加となった。今回は参加者の大半がすでに光が丘地域の歴史について学んでいたため、地域の歴史については省略し、まず光が丘歴史博物研究会の活動経緯や、「デジタルアーカイブ」とは何か、他のデジタルアーカイブの事例等について紹介したのち、「光が丘デジタルアーカイブ」の内容を見て、感想や今後に期待することなど、意見交換をする場とした。 意見交換の場では質疑応答よりも、参加者がそれぞれに光が丘について知っている知識・情報を発表、共有する場となった。この盛り上がりや、事後アンケートで参加者の約 6 割が「収集・保存した資料を使ったイベント・勉強会・交流会の開催」を期待する結果が出たように、光が丘歴史博物研究会として デジタルコンテンツの充実のみに尽力するのではなく、今後も勉強会や交流会といったイベントを開催することが、地域資料の利活用、地域一の愛着・連帯感の再強化、新たな価値の発見につながるという手ごたえがあった。 本年(2023 年) 9 月 30 日がグラントハイツ返還 50 年を迎える節目であるため、光が丘地域の歴史を振り返るイベントを開催し、その振り返りに「光が丘デジタルアーカイブ」が利活用できるようにし、また、定期的に地域の歴史を振り返り、語り合うイベントを行なうこととなった。 5 月 7 日には同会場で「グラントハイツ返還 50 周年を前に」をテーマとした光が丘地域の歴史を学ぶ講座を開催し、講座の後半では実際に「光が丘デジタルアーカイブ」を使った。 ## 3. 今後の課題 先述の通り、当面の課題は(1)「光が丘デジタルアーカイブ」の運営(コンテンツの充実、投稿マニュアルの作成、検索補助資料として年表の作成等)、(2)地域での勉強会、ワークシヨップの継続(グラントハイツ返還 50 年イベント等)である。 開設報告会でのアンケートからは、光が丘デジタルアーカイブについて、「学校や公民館、個人、地域コミュニティ等のデジタル化されていない資料の保存・公開」 $(66.7 \%)$ 、「光が丘に関するオーラルヒストリーの保存・公開」 (58.3\%)を期待する結果も出た。自由回答では 「他地域にも汎用性のある継続可能な記録保存モデルの構築」、「光が丘の歴史や文化のル ーツと変遷を記録する住民視点の資産となること」など大きな期待の声もあった。こうした課題を解決するためには、いずれ人の手も時間も資金も必要になるが、現状としてはあくまで市民活動として活動を継続していくこととしている。 ## 4. おわりに 第 1 回および第 2 回 DA フォーラムにて、構想段階より「光が丘デジタルアーカイブ」 の取り組みについて逐次報告できたことをきっかけに、デジタルアーカイブ学会内外のさまざまな場で多くの関心、協力をいただいたことで、「光が丘デジタルアーカイブ」を開設するに至りました。前川道博先生をはじめ、 ご協力いただいた皆様へ厚くお礼を申し上げます。また、これまでの約 2 年間、インタビュー等で協力いただいた地域住民をはじめとする多くの方へ向けて開設報告会を行なうことで、「光が丘デジタルアーカイブ」のひとまずの目標達成と、今後の課題についてあらためて話す機会が得られたことを非常に嬉しく、 また心強く思っています。 この試みは光が丘という特異な地域を対象としたものでありますが、他の多様な地域にも貢献し得るものであり、地域への愛着や地域住民の連帯感の再強化、新たな価値の発見につなげられると考えています。地域アーカイブは「継続」が重要です。今後ともよろしくお願い申し上げます。 ## 参考文献 [1] 菅原みどり. 東京都練馬区光が丘における地域資料のデジタルアーカイブ:現状の取り組みと今後の構想. デジタルアーカイブ学会誌 5 巻 s2 号. 2021, s150-s152. [2]菅原みどり。東京都練馬区光が丘における地域サークル主体のデジタルアーカイブ:現状の取り組みと今後の構想. デジタルアーカイブ学会誌 6 巻 s2 号. 2022, s53-s55. [3] 前川道博. デジタルコモンズクラウドサー ビス d-commons.net による地域学習の包摂的支援. デジタルアーカイブ学会誌 6 巻 s2 号. 2022, s66-s69.
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# [B22] 博物館におけるデジタルアーカイブのリニューア ルの課題: ## リトアニア共和国 LIMIS の事例 ## ○木村文 1 ) 1) 帯広畜産大学人間科学研究部門人文社会学・言語科学分野, $\bar{\top} 080-8555$ 帯広市稲田町西 2 線 11 番地 ## Challenges of Renewing Digital Archives in Museums: ## Case of LIMIS in the Republic of Lithuania KIMURA Aya ${ }^{1)}$ 1) Obihiro University of Agriculture and Veterinary Medicine, Inada-cho, Obihiro, Hokkaido 080-8555, JAPAN ## 【発表概要】 博物館におけるデジタルアーカイブのポータルサイトは、その開設時には耳目を集めるが、開設後に維持をしていくことについては、学術研究においても注目されにくい。しかし、持続的にデータを公開し続けるためには、その維持における課題を理解する必要がある。そこで本発表は、維持の上でも特に負荷のかかるリニューアルに着目する。リトアニア共和国の博物館のデジタルアーカイブの統合システムである LIMIS (Lietuvos integrali muziejų informacinè sistema、リトアニア博物館情報統合システムの略)のポータルサイトのリニューアルの事例を対象とする。2023 年 6 月に、LIMIS の運営主体であるリトアニア国立美術館リトアニア博物館情報・デジタル化・LIMIS センターでヒアリングを行った。その内容から課題を整理した。アップデートの財源確保のための二重になっている財政上の構造的な課題があった。その中において、国内の各博物館の要望に応えつつ、一般の利用者に使いやすくすることが、リニューアルの要点となっていた。 ## 1. はじめに 博物館におけるデジタルアーカイブのポー タルサイトは、その建物や現物資料と同じく、適切に維持管理をしていく必要がある。資料の電子データ化やデジタルアーカイブの構築そのものに比較すると、維持管理やそのために一定期間ごとに必要なりニューアルは、研究対象としての焦点とはなりにくい。しかし、 デジタルアーカイブを持続的に公開するためには、その課題についての知見を得ることも重要である。 本発表は、維持の上でも特に負荷のかかるリニューアルに着目する。リトアニア共和国の博物館において広く用いられている 「LIMIS (Lietuvos integrali muziejų informacinè sistema、リトアニア博物館情報統合システムの略)」[1]のリニューアルの事例に着目する。 LIMIS は、その運用開始から 10 年以上を経て、 2023 年 4 月 17 日に初めてリニューアル版が公開された[2]。 図 1. LIMIS ポータルのトップページ [1] (リニューアル前、2022 年 10 月スクリーンショット) このリニューアルにおける課題にはどのようなものがあったのかを把握するため、 LIMIS を維持管理している運営主体の担当者に対してヒアリング調査を行った。本発表で は、調査の背景として LIMIS とそのリニュー アルの概要をまとめ、調査結果によりデジタルアーカイブの課題を整理する。 ## 2. 2023 年 4 月のリニュアール前後にお ける LIMIS ポータルの変化 LIMIS はリトアニア共和国内の全ての博物館が共同で使うことができるデジタルアーカイブのプラットフォームである。2009 年の政令「リトアニアの文化財デジタル化、デジタルコンテンツの保存、及び、アクセスの戦略 (Lietuvos kultūros paveldo skaitmeninimo, skaitmeninio turinio saugojimo ir prieigos strategija)」[3]により、開発のための予算措置がなされた。国立博物館のみが参加する開発期間を経て、2012 年に国内全ての博物館向けに導入が開始された。 LIMIS は 3 つのサブシステムによって構成されている。各館がデータを入力して管理するサブシステム LIMIS-M、全体のデータを集約して管理するサブシステム LIMIS-C、そして、一般向けに公開するサブシステム LIMIS-Kである。LIMIS-K は、「LIMIS ポー タル」とも呼ばれ、ウェブサイトの形式で公開されている[4]。この「LIMIS ポータル」が、本発表の対象事例である。 2012 年の公開当初、LIMIS ポータルは登録されている博物館の収蔵資料のデータの検索機能を中心としポータルサイトであった。 トップページ(図 1)には、簡易検索の検索空があり、その他の様々な付属的な機能へのリンクが示されていた。 LIMIS ポータルの公開以降、2023 年 4 月 17 日に初めてリニューアル版が公開された[2]。 リニューアル版のトップページ(図 2)には、 リニューアル前と同じく簡易検索の検索窓があるものの、デザインは大幅に変更された。 また、付属的な機能の種類も大幅に増加した。 このリニューアルでは、LIMIS の機能を強化したのみならず、既存の別のウェブサイトとの統合もなされた。その一つが、2000 年から国内の博物館の開館情報等をまとめる役割を担っていた「リトアニアの博物館 図 2. LIMIS ポータルのトップページ [1] (リニューアル後、2023 年 9 月スクリーンショット) 図 3.「リトアニアの博物館(Lietuvos muziejai)」のトップページ (LIMIS ポータルへの統合前、2022 年 10 月スクリーンショット)[5] 図 4.「リトアニアの博物館(Lietuvos muziejai)」のトップページ(LIMIS ポータルへの統合後、2022 年 10 月スクリーンショット) [6] (Lietuvos muziejai)」である(図 3)[5]。このウェブサイトは、リトアニアの博物館によるインターネット上の情報発信草分けとして長年貢献してきたが、大幅なデザイン変更を伴いながら、LIMIS の一機能に統合された (図 4)。 以上に述べた様に、LIMIS は 2023 年の大規模リニューアルによって、機能が大幅に増え、まさに生まれ変わったとも言える変化を経た。このようなリニューアルをした経緯とその課題について、次項では述べる ## 3. リニューアルにおける課題 ## 3. 1 ヒアリングの概要 デジタルアーカイブのポータルサイトのリニューアルにおける課題は、どのようなものであろらか。前項の通り、LIMIS は機能面及びデザイン面の双方における改修がなされた。 しかし、リニューアルの結果のみを観察しても、そこに至る過程の課題を伺い知ることはできない。そこで、次の実施内容の通り、 LIMIS の運営主体であるリトアニア国立美術館リトアニア博物館情報・デジタル化・ LIMIS センターにて、ヒアリングを行った。 - 日時: 2023 年 6 月 15 日 (木) 午後 3 時〜午後 4 時 - 場所:リトアニア国立美術館リトアニア博物館情報・デジタル化・LIMIS センター - 対象者:ドナータス・スナルスキス氏 (リトアニア博物館情報・デジタル化・LIMIS センター長) ヒアリングにおいては、LIMIS のポータルサイトのリニューアルの課題について、主に回答を得た。まず、リニューアルにあたっては、国内の各博物館の要望に応えつつ、一般の利用者に使いやすくすることを目指したとのことであった。その上で、 2 点の財政上の課題についての言及があった。 ## 3. 2 小規模改善についての課題 ヒアリングにおいて言及された財政的な構造の課題の一つ目は、ポータルサイトの小規模な改善のための財源確保の困難さについてであった。 LIMIS は前述したようにリトアニア国立美術館の一部署内において管理・運営されている。したがって、LIMIS の維持管理やアップデートにかかる費用は、リトアニア国立美術館の予算内から支出されている。 通常業務のための予算の範囲内で小規模な改善をするアップデートができないのであれば、助成金の獲得によってその財源を確保するという方法がある。リトアニアの博物館には、国内の文化関係の助成金のほかに、欧州連合の助成金に応募することができる。しかし、助成金獲得のためには、その目的は、市民に提供する新しいサービスを創出する必要がある。しかし、小規模な改善のためのアップデートは現状維持の一環と見做される傾向にあり、助成金を得にくい。 したがって、LIMIS をアップデートする際の選択肢は、大きく分けて次の二つであった。通常業務の予算の範囲内で行える維持管理と、助成金の獲得による大規模な改修である。前述の 2023 年 4 月のリニューアルは後者に該当するものである。 ## 3.3 助成金獲得にかかる期間の課題 デジタルアーカイブのポータルサイトの日常の維持管理の範囲を超えるアップデートをするには、助成金を獲得し、大規模な改修を試みる必要があったことは、前述した通りである。しかし、助成金の獲得そのものにも、構造的な問題があることが指摘されていた。 2023 年 4 月の LIMIS の大規模改修の際に利用したのは、リトアニア国立美術館が応募した、欧州連合の文化関連の助成金である。 この大型の助成金は、応募が国内で認められてから実際に事業を実施するまで数年単位の時間がかかる。時間がかかるのみならず、採択された事業は、応募時の計画に沿う必要がある。したがって、数年前に立てた計画を遂行するのである。 このタイムラグは、情報通信技術に関連する分野では、不利に働く。デジタルアーカイブのポータルサイトのリニューアルの計画を 立ててから、実際に事業が行われるまでの間、時間が経過するのみならず、デジタルアーカイブに関わる分野においても技術は進歩する。 また、一般利用者のニーズも変化する可能性がある。結果として、計画自体が陳腐化する恐れがあるのだ。 今回の LIMIS のポータルサイトのアップデ一トにおいても、助成事業の範囲内で作業を進めながら、新たに必要だと判明した事項については次の助成金応募に向けてリストアップしていく、ということが行われていた。すなわち、このタイムラグは、助成金を利用する上では避けられないものとして、念頭に置いたまま、次の助成金獲得のための計画に盛り込んでいくことを考えていくしかない、とのことであった。尚、LIMIS そのものを助成金等に頼らずに財政的に独立させて運営する見込みについては、ヒアリング時点においては、考えていない、とのことだった。維持管理のための資金を利用者から得るとしても、 リトアニア国内では博物館のデジタルアーカイブに関心を持つ人の層が薄いことを指摘していた。 ## 4. おわりに 本稿では、リトアニア共和国における博物館の共通のデジタルアーカイブのシステムである LIMIS に着目し、そのポータルサイトのリニューアルの課題について考察した。2023 年 4 月、最初の公開から 10 年以上を経てリニユーアルされた LIMIS のポータルサイトは、 デザインと機能の両方に大幅な変更が加えら れていた。そのための課題を、LIMIS の運営主体の担当者からヒアリングしたところ、財政上の二重の課題があることが明らかになった。小規模改善についての課題と助成金獲得にかかる期間の課題である。LIMIS の運営主体では、こ机課題に対処しつつ、維持管理とアップデートを続けていく様子が、ヒアリングから明らかになった。 ## 参考文献 [1] Lietuvos nacionalinis dailès muziejus. LIMIS | Lietuvos muzieju kolekcijos. htt ps://www.limis.lt (参照 2023-09-23). [2] Lietuvos nacionalinis dailès muziejus. ATSINAUJINO LIMIS PORTALAS. http:// www.ekultura.lt/13747-2/ (参照 2023-09-2 3). [3] Lietuvos Respublikos Vyriausybè. Dèl Lietuvos kultūros paveldo skaitmeninimo, skaitmeninio turinio saugojimo ir prieigos strategijos patvirtinimo. https://e-seimas.l rs.lt/portal/legalAct/lt/TAD/TAIS.345065/asr (参照 2023-09-23). [4] Lietuvos nacionalinis dailès muziejus. LIETUVOS INTEGRALI MUZIEJŲ INFO RMACINE SISTEMA (LIMIS). http://www. ekultura.lt/lietuvos-integrali-muzieju-infor macine-sistema-limis/ (参照 2023-09-23). [5] Lietuvos nacionalinis dailès muziejus. Lietuvos muziejai. https://www.muziejai.lt/ (参照 2022-10-01). [6] Lietuvos nacionalinis dailès muziejus LIMIS | LIETUVOS MUZIEJAI. https:// www.limis.lt/e-guide (参照 2016-03-15). この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [B21] オーケストラ・アンサンブル金沢の定期演奏会の 演奏記録データに関する報告 ○山口恭正 ${ ^{1)}$ ,坂部裕美子 ${ }^{2)}$ 1) 仙台大学 2) 公益財団法人統計情報研究開発センター E-mail: [email protected] ## A Brief Report Regarding Regular Concert Program Data of Orchestra Ensemble Kanazawa YAMAGUCHI Yasumasa'), SAKABE Yumikon ${ }^{2)}$ 1) Sendai University 2) Statistical Information Institute for Consulting and Analysis Laboratories ## 【発表概要】 本発表では、オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期演奏会の公演記録に関して、 データの収集と検討を行う。オーケストラの演奏記録に関する量的な研究は、近年世界中で行われており、日本でも楽団が独自にホームページ上で過去の定期演奏会記録を楽団の軌跡として公開している場合もある。筆者はこれまで、仙台市の楽団と協力してデータベースを作成し、そのレパートリーの多様性を量的に測定するという試みを行ってきた。本研究では、OEKの定期公演に着目し、その傾向やレパートリーの多様性について探索的に検討した。算出したハーフィンダール・ハーシュマン指数から、楽団創設から 2000 年までの OEK のレパートリーが同時期の地方プロ・オーケストラよりも多様であったことが明らかになった。また、演奏記録のデータ収集に際して民音音楽博物館で行わった資料収集および撮影作業に関して報告する。 ## 1. はじめに 我が国のオーケストラ文化とりわけ、プロフェッショナルオーケストラ(以降プロオケ) を取り巻く状況は、コロナ禍以前から厳しい状況が続いている。2012 年の劇場・音楽堂等の活性化に関する法律や、2017 年の文化芸術推進基本法の改正に伴い、市町村の文化施設を本拠地とする地方プロオケはオーケストラ文化の担い手として地域文化の活性化の一助となることが期待されている[1]。また、ユビキタスという単語に代表されるような情報通信社会の発達により音楽鑑賞のあり方も多様で流動的になった。こうした状況において、音楽批評や作品論が幅を利かせていたクラシック音楽業界でも、文化論的な批評研究よりも実証研究が求められるようになった。 オーケストラに関する実証研究の中で代表的なものの一つがレパートリ一研究、すなわち、「どんな作品がいつ、どれだけ演奏されていたか?」に着目した研究である。オーケストラ発祥の地であるヨーロッパにおいては、西洋市民社会の成立とオーケストラ文化およ びコンサート文化の発達とを絡めた研究として、レパートリー研究は非常にポピュラーである。レパートリ一研究を内包した音楽史的な研究からは、現在「クラシック」と呼ばれる音楽が成立した経緯と Musical Canon 即ち西洋音楽文化における「正典性」が見えてくる[2]。また、アメリカにおいては、プロオケのレパートリーに関して、歴史文化論や経済学的な側面からの研究が盛んにおこなわれている。こうした研究が勃興した背景の一つとして、New York Philharmonic による大規模なデジタルアーカイブの構築が大きな役割を果たしている[3]。日本におけるオーケストラのレパートリ一研究は、文化事業に関する研究として展開されている。例えば、戦前の大学オーケストラの演目に関して論じた研究が挙げられる[4]。 以上のようなレパートリー研究の大きな障壁となるのがデータの収集である。日本のプロオケに関しては、公式 Web サイト上にこれまでの演奏会として情報が掲載されていることもある。しかしながら、上記のような調査 研究をする上で都合の良い形のデータベースとして構築されたものではない。そして、何よりも、そもそも電子データとして演奏記録を公開しているプロオケは非常に少なく、多くのプロオケは紙媒体によって演奏記録を保管しており、分析にはこうした資料を電子デ一タとして扱えるようにする必要がある。 本発表では、こうした背景のもと筆者らがこれまで行ってきたレパートリ一研究の中で、 オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期演奏会記録のデータ収集に関して報告する。 OEK は、1988 年に岩城宏之を創設音楽監督として日本最初のプロの室内オーケストラとして石川県と金沢市によって設立されてた。中でも、東京・名古屋における「モーツァル卜全交響曲公演」や「ベートーヴェン全交響曲連続演奏会」が良く知られている。2001 年に開館した石川県立音楽堂を本拠地として、年 17 回の定期公演や石川県以外での定期公演など、年間約 100 公演を行っている[5]。 ## 2.これまでの取り組み まず、本発表に関する研究に先立って行われた、仙台フィルハーモニ一管弦楽団(以下仙台フィル)定期演奏会演奏記録アーカイブに関して紹介する。この取り組みは既に音楽芸術マネジメント学会の学会誌において現場レポートとして掲載されている[6]。筆者はこのアーカイブ構築に際して、仙台市市民文化事業団による「多様なメディアを活用した文化芸術創造支援事業」の助成金を受けて、定期演奏会の演目をデータベースとして構築した。このデータベースでは、仙台フィルから協力を得て提供された「仙台フィルハーモニ一管弦楽団第 300 回定期演奏会記念プログラム」を用いてデータを入力していった。このプログラムは、第 1 回定期演奏会から第 300 回定期演奏会までの日付、開催場所、指揮者・ソリスト、演目そして曲順がまとめられている。 データベースには、、年代、Season(年)、 Date(日付)、\#(曲順)、Composer(作曲家)、Work(作品)、WP/DP(初演)を主軸として、資料から読み取れた場合は Conductor(指揮者)、Place(開催場所) といった項目に加えて、Notes(その他)という項目を追加してある。作成されたデータはクラウドコンピューティングサービスである Amazon Web Services のシステムと React のフレームワークを用いて処理と可視化を行っている。詳細は実際のデータベースをご覧いただきたい[6]。 ## 3. オーケストラ・アンサンブル金沢の 定期演奏会の演奏記録データ収集 オーケストラ・アンサンブル金沢の演奏記録に関しては、筆者らのこれまでの研究活動により 2000 年まではその内実が明らかになっていた。前述の通り、日本のプロオケの多くは電子データとしての講演記録を有していない。しかし、『新編日本の交響楽団 : 定期演奏会記録』[7-9]には、1927 年から 2000 年までの、日本のプロオケの定期公演記録が書籍としてまとめられており、それを基に各プロオケのデータベースは作成してある。2008 年以降は『日本プロフェッショナル・オーケストラ年鑑』に当該データが記載されているが、 2000 年から 2008 年まではまとまったデータが無いという現状があった。そこで、筆者らは民音音楽博物館での資料収集を行った。 ## 3. 1 民音音楽博物館への資料閲覧依頼 データベース作成に向けて動き始めた時期が、民音音楽博物館の改築時期と重なったため、2022 年 12 月の再開館を待って、改めて連絡をした。書式自由の「利用依頼書」を要望されたので、閲覧を希望する資料、具体的な作業内容、利用予定者 (研究統括: 山口、実際の資料撮影:坂部)、利用目的などを記入した依頼書をメール送付したところ、特段の問題もなく利用が認められた。 実際に閲覧交渉に入ってからは、作業はスムーズに進んだ。最初の資料閲覧の際は、館長自ら閲覧室と資料庫を案内してくださるなど、館側の応対は非常に紳士的であり、また、 コロナ対応の一環なのかもしれないが、広め の閲覧室は毎回ほぼ貸し切り状態で、今回のような作業には大変好都合であった。 ## 3.2 資料の保管状況 民音音楽博物館では、公演プログラムの保管に関しては「各オーケストラから送付された公演プログラムのうち『定期公演』のもののみを保管し、集まった資料は基本的に暦年 1 年単位で製本する」というポリシーとのことで、書庫は図 1 のような状況になっていた。 図 1.書庫の様子 オーケストラごとに大まかな保管場所は決まっていて、未製本のプログラムや、例外的に毎回の定期公演とは異なる版型で作成されたプログラム(OEKでは「ファンタスティックプログラム」が該当)などは、製本済の冊子の隣に保管されている。 今回の作業の目的は、あくまでも「記載内容(の一部)についてのデジタルデータ作成」 であり、個々の撮影データの精緻性よりも撮影効率が求められるため、高機能な撮影機材は使用せず、これらの資料を少しずつ閲覧室一運び、坂部が個人所有するコンパクトデジタルカメラを使って撮影を行った。ちなみに、今回撮影した OEK の公演プログラムはある程度の大きさがあったので、片側のぺージを軽く押さえれば一人でも撮影が可能であったが、 プログラムの大きさはオーケストラによってまちまちで、中にはハンディタイプの小さなものも存在する。これは、実際の公演中に参照したり、バッグに入れて持ち運んだりする のには適しているかも知れないが、製本して分厚くなった冊子の記載内容を撮影するのは、一人では難しい作業であった(図 2 を参照)。 図 2. 版型の小さいプログラムの実例 ## 4. レパートリーの多様性の分析 本研究では、筆者らの先行研究[6]に倣い、 ハーフィンダール・ハーシュマン指数 $(\mathrm{HHI})$ を用いて 1989 年から 2000 年までの 97 公演を分析した。HHI は経済学で使われる指数で本来は市場の寡占の度合いを示すものである。 レパートリー研究においては、HHI はレパー トリ一集中度、すなわち、その数値が高いほど特定の作曲家の作品が多く、低いほど様々な作曲家の作品を演奏していることを示す。分析の結果、HHI は 606 という値を示した。先行研究[6]で示されている仙台フィルのデー タは、1980 年代は 1273、1990 年代は 773 となっている。この数値から、OEK のレパートリ一集中度は低く、演目の多様性は同時期の仙台フィルの値と比較して高いということが明らかになった。これには、定期公演の中でも現代的な作品や邦人の作品を定期的に演奏していたことが要因として挙げられ、わずか 10 年ほどの間に 28 人もの邦人作曲家の作品を取り上げており、これは OEK の特筆すべき傾向であると考えられる。 ## 5. さいごに 本研究では、OEK の定期演奏会の公演記録 に関して、そのデータ収集活動の報告と HHI を用いた分析を行った。日本のプロオケの全体的なデータベースの構築は、先の長い作業ではある。しかし、定期演奏会の公演記録は、楽団の歴史そのものであり、個々のオーケストラのデータベース作成からは、その楽団の特色や変遷が見て取れる。演奏会のパンフレットには演目以外にも多くの情報が掲載される。今回の民音音楽博物館でのデータ収集からは、OEK の定期公演の特色や歴史を垣間見ることができた。今後は、例えば新型コロナウィルス感染症の影響の中で各楽団が演奏会の中止と再開にむけて、いつ、どのように舵を切ったのか?という点も比較研究できるだろう。レパートリ一研究の礎となるデータべ一スの構築の過程において、今後は、各楽団のプログラムやパンフレットを活用した事例的な研究も取り入れて、広くかつ深い研究へと展開していければ幸いである。 ## 謝辞 本研究の推進にあたり、一般財団法人民主音楽協会及び民音音楽資料館の皆様に多大なるご協力をいただきました。ありがとうございました。 ## 参考文献 [1] 根木昭. 佐藤良子. 公共ホールと劇場・音楽堂法 : 文化政策の法的基盤 II. 春秋社, 2013 . [2] Weber, W., The history of musical canon', in N. Cook, \& M. Everist (Eds.), "Rethinking music", New York, Oxford: Oxford University Press, 1999. [3] New York Philharmonic, The New York Philharmonic Shelby White \& Leon Levy Digital Archives, https://archives.nyphil.org/, 2011 (参照 2023-09-20). [4] 井上登喜子. 戦前日本における学生オーケストラの曲目選択に関する実証研究. 音楽学.2010, 55(2), p.53-67. [5] 日本オーケストラ連盟. 日本のプロフェッショナル・オーケストラ年鑑,日本オーケス卜ラ連盟, 2022. [6] 山口恭正. 三田昌輝. 山下裕太郎. プロ ・ オーケストラ定期演奏会演奏記録データベー ス作成の試み:仙台フィルのデータベース作成を例として。音楽芸術マネジメント,14, 2022. [7] 小川昴. 新編日本の交響楽団 : 定期演奏会記録(1927 1981). 民主音楽協会音楽資料館, 1983. [8] 小川昂. 新編日本の交響楽団 : 定期演奏会記録(1982 1991). 民主音楽協会音楽資料館, 1992. [9] 小川昂. 新編日本の交響楽団 : 定期演奏会記録(1992 2000). 民主音楽協会音楽資料館, 2002 . この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [A23] オープンサイエンスの潮流とデジタルアーカイブ の再構成に向けた一考察 ○林 和弘 1),生貝直人 2),北本朝展 3) 4),西岡千文 4),西川開 5) 1) 文部科学省科学技術・学術政策研究所, $\mathbf{\top} 100-0013$ 東京都千代田区霞が関 3-2-2 2) 一橋大学, ${ }^{3)}$ ROIS-DS 人文学オープンデータ共同利用センター, ${ }^{4)}$ 国立情報学研究所, 5) 筑波大学 E-mail:[email protected] ## A Consideration for the Reconstruction of Digital Archives based on the trend of Open Science HAYASHI Kazuhiro1), IKEGAI Naoto2), KITAMOTO Asanobu3) ${ }^{\text {4) }}$, NISHIOKA Chifumi4), NISHIKAWA Kai ${ }^{5}$ 1) National Institute of Science and Technology, 3-2-2, Kasumigaseki, Chiyoda, Tokyo 1000013, Japan 2) Hitotsubashi University, ${ }^{3)}$ ROIS-DS Center for Open Data in the Humanities, ${ }^{4)}$ National Institute of Informatics, 5) University of Tsukuba. ## 【発表概要】 デジタルアーカイブは、主に歴史的な資料や文化的な遺産をデジタル形式で保存して公開することを目的とし、主に人文学・社会科学の発展と知識形成にも非常に重要な役割を果たしてきた。その一方、オープンサイエンスの潮流は、論文の公開や研究データの共有にとどまらず、デ一夕駆動型科学に象徵されるような、新しい研究スタイルと、新たな知識形成、および保存の在り方を生みだし、科学と社会そのものを変容しつつある。オープンサイエンスの潮流を踏まえてデジタルアーカイブを再考する上では、これまでのデジタルアーカイブに関わる研究と実践を加速、効率化することに加え、デジタルネイティブな研究スタイルに基づく、あるいは、新しい文化資本形成やインフラ作りを踏まえた知識形成およびデジタルアーカイブの在り方の模索が求められる。 ## 1. はじめに デジタルアーカイブは、主に歴史的な資料や文化的な遺産をデジタル形式で保存して公開することを目的とし、様々な情報資産を保存し、次世代に伝えるための重要な手段[1]であり、これまで、主に人文学・社会科学の発展と知識形成の基盤としての役割を果たしてきた。その一方、オープンサイエンスの潮流は、論文の公開や研究データの共有にとどまらず、あるいは、今ある研究活動をデジタル技術の利用で効率化するだけでなく、データ駆動型科学に象徴されるような、新しい研究スタイルと、新たな知識形成、および保存の在り方を生みだし、科学と社会そのものを変容しつつある。このことは、デジタルアーカイブが前提としてきた知識生産を支えるシステムや議論のフレームの変容を意味する。本報告では、オープンサイエンスの潮流を踏まえた、将来のデジタルアーカイブの再構成に向けて、短期、中期、長期の視点から、また、社会制度、セクター、公共財の観点から議論する。 ## 2. オープンサイエンスの潮流とデジタ ルアーカイブ 2. 1 オープンサイエンスが見通す科学と社会の変容 オープンサイエンスは、知識をよりオープンにすることで、科学と社会を変容させるものである。政策的には論文のオープンアクセス推進と研究データ流通基盤の整備が中心となっているが、UNESCO においては、知識の南北格差を解消することや、市民による科学研究や知識生産への参加・関与拡大などに役立つものとしても位置付けられている。[2] 2. 2 オープンサイエンスとデジタルアーカイブのギャップ デジタルアーカイブとオープンサイエンス は、情報や知識の共有という点において目標を共有できる面が大きいと思えるにも関わらず、両者の類似点や相違点について、具体的な議論や接点の模索はあまり行われてこなかった。その理由は何かを考えることが、デジタルアーカイブの再構成に向けた重要な検討となる。 日本におけるデジタルアーカイブは、貴重な文化財のデジタル化とデジタルデータの公開から始まった。その後、デジタルアーカイブの対象は拡大を続け、災害など社会のできごとのアーカイブや、コミュニティの記録としてのアーカイブなど、より広義のデジタル記録と継承へと概念が拡大してきた。つまり、何をどのようにアーカイブするかという問いが、デジタルアーカイブの中心的課題として考えられてきたと言える。 一方、オープンサイエンスは、サイエンスをオープンにするという旗印のもとに集まってきたいくつかの活動を含むものであり、そこには研究データのアーカイブなどデジタルアーカイブと類似した活動が含まれている。例えば、データにどのようなメタデータを付与するとファインダビリティが向上するかなどは、両者に共通した課題と言える。 しかし、何をどのようにアーカイブするかという課題は、オープンサイエンスでは変容する全体の研究活動の中の一部として捉えられている。また、オープンサイエンスで中心的な課題はアーカイブの前の工程にあるとも言える「現在行われている研究」のプロセスを支えるインフラをどう持続的に維持していくかである。研究で生まれたデータはアーカイブすべきだし、データの価値は研究の再現性という概念で担保されていることが多い。 その意味で、オープンサイエンスの方がより包括的な概念として捉えられているといえる。 一方、従来のデジタルアーカイブの目的は、主に実体物としての歴史的資料や文化的なア一ティファクトの継承など、固定化された資料が前提となってきた。また、ある種の使い方を想定しつつも、そこにとどまらない利活用を包摄するため、その目的がより多義的に なる場合がある。研究者だけでなく広く市民を利用者に想定することから、効率性にとどまらない見せ方の工夫が行われることもある。 この議論自体もまだ明快なものではなく、オ ープンサイエンスとデジタルアーカイブはどのような異なる目的を持つのか、その方向性の違いを議論していくことが重要である。 ## 3. オープンサイエンス時代のデジタル アーカイブに向けた方向性 ## 3. 1 これまでのデジタルアーカイブ研究と実践を加速、効率化する動きへの対応 オープンサイエンスの潮流は短期的には、今のデジタルアーカイブに関わる研究と実践を加速、効率化する。例えば、以下のトピックが挙げられる。 ・人が労働集約的につけるメタデータの在り方とメタデータをつける動機づけの変化 ・(デジタルアーカイブ研究の成果としての) モノグラフのオープンアクセス これらは、現在のデジタルアーカイブの延長線上にあるものを指す場合が多い。 ## 3. 2 これまでのデジタルアーカイブ研究の 先にある新しい動きへの対応とその学術的価値づけおよび新たな知識形成の可能性の 模索 オープンサイエンスの潮流は中期的には、 データや AI が駆動する形を中心に科学と社会を変えていく。例えば、以下のトピックが挙げられる。 ・ $3 \mathrm{D}$ モデルの活用 ・データ出版 ・AI によるメタデータ生成 ・NII 研究データ基盤(NII RDC)[3]などのデータ基盤を用いたデータの管理と共有 (論文の共有からデータの共有へ) ・変容するシチズンサイエンス[4]への展開 これらもすでに現在のデジタルアーカイブに関する研究と実践で取り組まれているものもあるが、まだ、活動の端緒についたものが多く、少なくとも事業として安定しているものは少ない。また、これまでのデジタルアー カイブ論では、捉えきれないフレームや、想定していなかった前提が含まれる場合がある。 ## 3. 3 デジタルネイティブな新たな研究スタ イルに基づく、あるいは、新しい文化資本形成やインフラ作りを踏まえた知識形成お よびデジタルアーカイブの在り方の模索 より長期的には、社会制度や情報基盤のあり方が大きく変わることが前提の、非連続な変化を踏まえた知識形成の在り方とデジタルアーカイブ論を模索することになる。あるいは、デジタルネイティブな研究活動におけるデジタルアーカイブの役割を議論することにもなろう。例えば、下記の検討が必要となりうる。 ・研究の最初から最後までの成果共有・公開等デジタルネイティブな活用 ・データ駆動型科学、ロボットクラウドサイエンスーの対応 ・ブロックチェーンを活用した分散型科学への対応 ## 3. 4 制度、インフラやセクターの変容に関 する議論と実践 これまでのデジタルアーカイブ論では、法制度や社会制度の大枠は変わらず、あるいは漸次的な変容が前提となっている。また、事業運営やビジネスモデルについては、事業継続性の観点から固定化された中での最適化が図られ、事業を支えるセクターも大きく変わらないことを前提としている場合が多い。オ ープンサイエンスはこれらの制度やセクター の変容を織り込んでおり、図書館、企業等関連するセクターにおける(情報)専門家の在り方がどう変わるかもトピックの一つとなる。 例えば、オープンサイエンスの潮流の中、研究者やMLA(博物館、図書館、文書館)職員といった専門家だけではなく、市民を含めた多様なステークホルダーがデジタルアーカイブでの情報発信、知識構築に役割をもっており、デジタルアーカイブをより豊かなものにしている。米国国立公文書館では、Citizen Archivist というプログラムを提供しており、市民が誰でも史料の翻刻、写真のタグ付け等を行い、資料のアクセスや発見可能性の向上に貢献することができる[5]。このような中、情報専門家には、信頼性などの観点からの情報評価、キュレーションによる情報の利用可能性の向上、多様なステークホルダーのコミユニティへのエンゲージメントといった能力が一層求められる。 他にも、知識資源の共同的なガバナンスを支える制度設計に関する研究領域である知識コモンズ研究の知見が、Europeana や、学術書のオープンアクセス化を目的とするコミュニティである Open Book Collective といった事例に取り入れられつつある $[6,7]$ 。こうした理論的な動向を追うことは、デジタルアーカイブとオープンサイエンスを結びっけて考えるための示唆を与えるものとなろう。 ## 4. おわりに オープンサイエンスの潮流が変える科学と社会の変容がどのようなものかについては、今現在は具体的には固まっておらず、むしろそのビジョンの具体化に向けた事例を積み重ねている状況である。あるいは、その積み重ねから慣習が生まれ、新しいセクターや社会制度のあり方をより明らかにしていくことになる。従って、現実的にはこれまでのデジタルアーカイブ研究や実践のフレームが徒に毀損されることはなく、この新しい取り組みが付加される状況が続いて変化を促していくことになる。この過渡的状況を踏まえて、デジタルアーカイブ学会では、本発表者を中心に SIG「デジタルアーカイブとオープンサイエンス研究会 (DAOS)」を 2023 年 7 月に立ち上げた。この場を活用して上記の議論を深めていく予定である。 ## 謝辞 本稿の議論にあたり、国立情報学研究所長黒橋禎夫先生と、東京大学柳与志夫先生に貴重なご助言をいただいた。ここに謝意を表する。 ## 参考文献 [1] デジタルアーカイブ憲章. https://digitalarchivejapan.org/wpcontent/uploads/2023/06/DA-Charter-ver20230606.pdf (参照 2023-09-21). [2]UNESCO Open Science. https://en.unesco.org/science-sustainablefuture/open-science (参照 2023-09-21). [3] NII 研究データ基盤(NII Research Data Cloud : NII RDC) の概要. https://rcos.nii.ac.jp/service/ (参照 2023-0921). [4] 林和弘. “オープンサイエンスの進展とシチズンサイエンスから共創型研究への発展”,学術の動向, Vol.23, No.11, pp.12-29, 2018. https://doi.org/10.5363/tits.23.11_12 (参照 202309-21). [5] National Archives. Citizen Archivist. https://www.archives.gov/citizen-archivist (参照 2023-09-21). [6] Edwards, L., \& Escande, A. MS21: White paper European cultural commons. 2015. https://pro.europeana.eu/files/Europeana_Professio nal/Projects/Project_list/Europeana_Version3/Mile stones/Ev3\%20MS20\%20Cultural\%20Commons $\%$ 20White\%20Paper.pdf (参照 2023-09-21). [7] Joy, E. A. F., \& Adema, J. Open Book Collective: Our organisational model. 2022. https://doi.org/https://doi.org/10.21428/785a6451.1 $3890 \mathrm{eb} 3$ この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [A22] Archivematica を活用したデジタルデータの長期保存を支援する簡易操作アプリケーションの開発 中村覚 1),金甫榮 ${ ^{2}$ ,南山泰之 3 ) 1) 東京大学史料編纂所, $\overline{1}$ 113-0033 東京都文京区本郷 7 丁目 3 番 1 号 2) 公益財団法人渋沢栄一記念財団 3)国立情報学研究所 E-mail:[email protected] ## Development of a User-friendly Application to Support Long-term Digital Preservation Using Archivematica NAKAMURA Satoru'), KIM Boyoung2), MINAMIYAMA Yasuyuki ${ }^{3}$ ) 1) The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo, 113-0033 Japan 2) Shibusawa Eiichi Memorial Foundation 3) National Institute of Informatics ## 【発表概要】 本研究では、デジタルデータの長期保存に関する課題に焦点を当て、Archivematicaを基盤とする簡易操作アプリケーションの開発を行った。Archivematica はデジタルデータの長期保存に特化したオープンソースソフトウェアであるが、専門的な知識の必要性、複雑な設定とカスタマイズといった利用障壁がある。この課題に対して、本研究では Archivematica の複雑な設定やカスタマイズの部分を自動的に補完するアプリケーションを開発した。さらに利用者からのフィ ードバックを通じて、本アプリケーションが長期保存に必要な作業の迅速化と作業者の負担軽減に寄与することを確認した。長期保存に関する活動の裾野が広がることが期待される。 ## 1. はじめに ## 1. 1 背景 今日、数多くのデジタルアーカイブが公開されており、公開の障壁も年々下がりつつある。その理由はいくつか考えられるが、主な要因として、Drupal や Omeka、静的サイトジェネレータ[1][2]といった OSS を含むツー ルの普及が挙げられる。また、国立国会図書館が開発・運用するジャパンサーチでは、各アーカイブ機関が画像を公開するランディングページのみを用意することができれば、検索などの高度な機能はジャパンサーチのカスタマイズ機能を用いることができる。これにより、各アーカイブ機関は高度なシステムを持つことが必須ではなくなりつつある。この仕組みを活用した例として、江草らによる取組みが挙げられる[3]。その他、デジタルアー カイブ構築に対応可能な企業の増加なども障壁を下げる一因と言えるだろう。 ## 1. 2 デジタルデータの長期保存 各アーカイブ機関のデジタルアーカイブ公開の障壁が下がる中、デジタルアーカイブを長期にわたって利用可能な状態に保つことが喫緊の課題となりつつある。デジタルアーカイブは一般的なウェブサイトと同様、様々な理由により消滅しうる。柴山によれば、デジタルアーカイブが消滅する理由は大きく組織的な課題、システム的な課題の 2 つに区分できる、とされる $[4]$ 。 国内外におけるデジタルデータの長期保存に関する取組みとして、デジタル保存連合がデジタル保存のためのハンドブックである Digital Preservation Handbook を公開している[5]。また国内においては、国立国会図書館が電子情報の長期利用保証に関する調査研究に関する調査報告書を公開している[6]。これらの取組みはいずれも実践的な解説が含まれているが、アーカイブ機関自体の多様性が増す中、これらの機関に適用可能かどうかは明らかになっていない。また、そもそも日本ではデジタルデータの長期保存に関する取組みが少ない、というより根本的な課題も存在する。今後各アーカイブ機関に求められる役割として、これまで以上にデジタルデータの長期保存の実践が求められていると言える。 ## 1. 3 OAIS 参照モデルと Archivematica デジタルデータの長期保存を検討する上で、 OAIS 参照モデル $[7]$ が有力なモデルとして挙げられる。OAIS 参照モデル (Open Archival Information System Reference Model)は、 デジタル情報の長期保存を目的としたシステ么に求められる概念的な構造と動作を定義している。特に重要な概念として、以下の情報パッケージを定義している。 - SIP ( Submission Information Package):データの作成側が保存対象のデータを管理側に提出する際の形式 - AIP (Archival Information Package):管理側が提出されたデータを長期的に保存する際の形式 - DIP ( Dissemination Information Package):管理側が利用側にデータを提供する際の形式 これらの情報パッケージを作成するッールの一つとして、Archivematica[8]がある。 Archivematica は、デジタルデータの長期保存に特化したオープンソースのソフトウェアである。図 1 に示すように、OAIS 参照モデルで定義されている要素に対応した各種機能を提供する。 図 1 OAIS 参照モデルと Archivematica ## 1. 4 Archivematica の課題 Archivematica は、OAIS 参照モデルに準拠した情報パッケージを自動作成する利点がある一方で、以下の課題が挙げられる。 ## 1.4.1 セットアップの難しさ LAMP 環境で動作する他のソフトウェアと比較して、Archivematica はサーバやソフトウェアのセットアップが難しい、といった課題がある。Archivematica では機能検証のた めのデモサイトが公開されているが、データのアップロード機能は提供されていない。そのため、利用者が手持ちのデータで情報パッケージを生成することはできない。 ## 1.4.2 複雑な設定 Archivematica は豊富な機能を提供しているが故に、使いこなすには専門的な知識や経験が必要となる。特にデータの入力や出力に関するユーザインタフェースが複雑である点が課題として挙げられる。 1.4.3 カスタマイズの困難さ 今日、様々なシステムが API (Application Programming Interface)を介して連携している。各組織の既存のワークフローに対して、 Archivematica を用いたデジタルデータの長期保存に関する取組みの導入を考えた際、ユ一ザインタフェースを用いた人手による操作だけでなく、既存のシステム等から API を介して Archivematica をカスタマイズして使用することが想定される。この時、特に国内では Archivematica や API に関する実例や情報が不足している点が課題として挙げられ、デジタルデータの長期保存の導入における障壁の一つになっていると考えられる。 ## 1. 5 研究目的 本研究では、上述した背景を踏まえて、 Archivematica の複雑な設定やカスタマイズの部分を自動的に補完するアプリケーションを開発する。これにより、Archivematica 導入における専門的な知識の必要性、複雑な設定とカスタマイズといった障壁を軽減する。 また上記の開発を通じて、API に関する実践例や使い方に関する情報共有を行う。これにより、長期保存に関する活動の裾野の拡大に貢献する。 ## 2. 簡易操作アプリケーションの開発 ## 2. 1 Archivematica の基本的な使用方法 まず、Archivematica の基本的な使用方法について説明する。詳細については、金[9]や藤本[10] らが詳細をまとめているが、以下に示すような手順が必要となる。 Archivematicaをインストールしたサー バにデータをアップロードする - GUI を介して、情報パッケージ(AIP など)の作成・変換を行う -\cjkstart情報パッケージをダウンロードする 情報パッケージの作成・変換は、図 2 に示すような GUI を介して行う。Archivematica は、複数の処理(マイクロサービス)を組み合わせた構成となっている。例えば、真正性の確保を目的としたファイルのハッシュ值の算出や、JPG 形式の画像データを TIFF 形式に変換する正規化処理などが実行される。図 2 に示すグレーの行が 1 つの処理に該当する。 図 2 Archivematica の GUI の例 ## 2.2 開発したアプリケーション 開発したアプリケーションの画面例を図 3 に示す。本アプリケーションでは、ファイルのアップロードを行うと、SIP の作成から AIP への変換が進捗状況の表示ともに自動的に行われ、変換後の AIP が圧縮ファイルとしてダウンロードされる。 図 3 開発したアプリケーションの画面例 システム構成を図 4 に示す。フロントエンドは Next.jsを使用し、Archivematicaとフロントエンドを仲介する API サーバを django の REST frameworkを用いて開発した。これに より、Archivematica が提供する各種 API を利用した情報パッケージの作成プロセスをユ一ザは意識せずに利用できるようになった。 図 4 システム構成 ## 2. 3 情報共有 また、本研究目的の 2 点目として掲げた Archivematica や API に関する実践例や使い方に関する情報共有に向けて、API を利用するチュートリアル資料を作成・公開した[11]。 Google Colaboratory のノートブックとして公開することで、利用者はノートブック内のセルの再生ボタンを押すだけで、各種 API の挙動を確認することができる。 ## 2. 4 評価 渋沢栄一記念財団が管理する文書データを対象として、開発したアプリケーションを用いた情報パッケージの生成を試みた。実験当初は画像などの 1 ファイルのみのアップロー ドに対応していたが、資料群階層などを含むフォルダを 1 つの情報パッケージとして格納する必要性が明らかになったため、そのようなフォルダを zip にまとめたファイルのアップロード機能の追加なども行った。 本アプリケーションを使用した利点として、手元のデータに対して、簡単に AIP の作成を試みることができる点が挙げられた。このような仕組みを用意しておくことで、 Archivemaitca やデジタルデータの長期保存に関する試行が容易になると考えられる。 一方の課題としては、ダウンロード結果として得られる AIP の理解が難しい点が挙げられた。情報パッケージの作成プロセスを隠蔽化したことも原因の一つであるが、AIP の内容の理解には引き続き専門知識が求められる。今後、AIP や DIP などの情報パッケージの理 解を支援する可視化などにも取組みたい。また、今回は情報パッケージの作成方法を 1 つに固定したが、資料群ごとにそのルールを変更したい、といったニーズが生じることが考えられる。今後、このような設定を行うための機能追加を行う。 ## 3. 結論 本研究では、デジタルデータの長期保存に関する課題に焦点を当て、Archivematicaを基盤とする簡易操作アプリケーションの開発を行った。Archivematica はデジタルデータの長期保存に特化したオープンソースソフトウェアであるが、専門的な知識の必要性、複雑な設定とカスタマイズといった利用障壁がある。この課題に対して、本研究では Archivematica の複雑な設定やカスタマイズの部分を自動的に補完するアプリケーションを開発した。さらに利用者からのフィードバックを通じて、本アプリケーションが長期保存に必要な作業の迅速化と作業者の負担軽減に寄与することを確認した。これにより、長期保存に関する活動の裾野が広がることが期待される。今後は文書データに限らず、画像や数値データを含む研究データ管理への Archivematica の適用を検討する。 ## 参考文献 [1] Wax - Minicomp Wiki, https://minicomp.github.io/wiki/wax/ (参照 2023-09-22). [2] 阿達藍留, 山田俊幸, 大向一輝, DAKit:低コストなデータ共有のための静的デジタルアーカイブジェネレータの提案, 情報知識学会誌, Vol.32, No.4, p. 406-409, 2022. [3] 江草由佳, ジャパンサーチ連携事例・活用事例報告国立教育政策研究所,デジタルアーカイブフェス 2022ージャパンサ一チ・ディ, https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/ forum/2022/2_07.pdf (参照 2023-09-22). [4] 柴山明寛, 総論:デジタルアーカイブの消滅と救済, デジタルアーカイブ学会誌, Vol.6, No.4, pp.151-154, 2022. [5] デジタル保存連合, Digital Preservation Handbook, https://www.dpconline.org/handbook (参照 2023-09-22). [6] 国立国会図書館. 電子情報の長期利用保証に関する調査研究, https://www.ndl.go.jp/jp/preservation/dli b/research.html (参照 2023-09-22). [7] ISO 14721:2012 Space data and information transfer systems - Open archival information system (OAIS) Reference model, https://www.iso.org/standard/57284.ht $\mathrm{ml}$ (参照 2023-09-22). [8] Archivematica, https://www.archivematica.org/en/ (参照 2023-09-22). [9] 金甫榮, 渡邊英徳. 組織アーカイブズにおける真正なデジタル記録の長期保存の要件 : Archivematica を用いた検討,ア ーカイブズ学研究, No.38, pp.4-35, 2023. [10] 藤本貴子, 橋本陽. 文化庁国立近現代建築資料館における資料デジタル化の取り組みと Archivematica によるデジタル・ データ保存について, 日本写真学会誌, Vol.82, No.1, pp. 31-36, 2020. [11] Archivematica の API を試す, https://zenn.dev/nakamura196/articles/ 5f2256b5c35ce7 (参照 2023-09-22). この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [A21] IIIF と TEI に準拠したサンスクリット写本データ ベースの構築 ○永崎研宣 ${ }^{1)}$, 苫米地等流 1), 加藤隆宏 ${ }^{21}$, 下田正弘 $\left.{ }^{3}})$ 1) 一般財団法人人文情報学研究所, $\overline{1} 113-0033$ 東京都文京区本郷 5-26-4-11F 2) 東京大学大学院人文社会系研究科 3) 武蔵野大学 E-mail: [email protected] ## Building a Database for Sanskrit Manuscript Compliant with IIIF and TEI NAGASAKI Kiyonori1), TOMABECHI Toru ${ }^{1)}$, KATO Takahiro ${ }^{2}$, SHIMODA Masahiro ${ }^{3}$ 1) International Institute for Digital Humanities, 5-26-4, Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033 Japan 2) The University of Tokyo 3) Musashino University ## 【発表概要】 本発表では、東京大学総合図書館に所蔵されているサンスクリット写本コレクションの画像デ一タベースの構築に際して実際に行われた作業を報告する。世界的にも極めて貴重な学術資料であるこのコレクションは、既存のモノクロ画像データベースでは十分に用をなさなくなっており、高精細カラー画像と詳細なメタデータに基づく新たなデータベースへと再構成された。これにあたり、作業中及び公開時には IIIF(International Image Interoperability Framework)を活用することで効率化と利活用性の向上を実現し、メタデータ構築に際しては TEI(Text Encoding Initiative)ガイドラインに準拠した形式で構築することにより、古典籍資料としてのメタデータレベルでの国際的な利活用性に配慮する形での作業が行われた。 ## 1. はじめに 本発表は、東京大学総合図書館に所蔵されているサンスクリット写本コレクションの画像データベースの構築に関する報告である。 このコレクションは、ネパール及びチベットで収集された、主に仏教関係のサンスクリット写本である。東京帝国大学教授をつとめ、大正新脩大蔵経編纂を担った仏教学者、高楠順次郎がネパールで蒐集した写本と、仏教学者の河口慧海がネパールやチベットを探検して蒐集した写本、合わせて 525 点からなる。 その貴重さゆえに目録が比較的良く整備され、 マイクロフィルム撮影が行われ、さらにそれを元にしたモノクロのデジタル画像データベ ース「南アジア・サンスクリット語写本デー タベース」(http://utlsktms.ioc.u-tokyo.ac.jp/) も比較的早い段階で構築されていた。しかしながら、画素がそれほど細かくない上にモノクロの画像では、崩れかけた貝葉に書かれた赤い文字等、判読が容易でないケースが少なくなく、より高画素でカラーの画像が希求さ れ、一方で、現物閲覧の要請も絶えなかったようである。そして、すでにかなり脆くなっている貝葉写本の現物閲覧は資料にとって大きな負担であった。このようなことから、研究者にとっての利便性を高めつつ資料の破損を可能な限り避けるために、高精細カラー画像による再撮影が企画されたのである。 ## 2. デジタル撮影 撮影が開始されたのは 2017 年度であった。撮影仕様と予算のバランスを検討した上で専門企業に依頼し、当初は 8000 万画素対応の中判デジタルカメラ PhaseOne による撮影が行われた。その後、 1 億画素対応の PhaseOne が普及し、撮影単価も低下したため、途中からは 1 億画素に切り替えての撮影となった。撮影にかかる費用は、当初は科学研究費補助金により行われ、2020 年度以降は東京大学デジタルアーカイブズ構築事業の助成によって実施された。 撮影に際して生じた課題としては、まず、 撮影者にとっては読むことが難しい文字であるために、上下がわからずに逆さに撮影してしまうことや、付与された頁番号がわからないために期せずして乱丁が発生してしまうという問題があった。しかし、文字を読める人が撮影中につきっきりになることは難しかったため、これは時々確認するとともに、納品直後の検収の段階で確認し、必要に応じて再撮影を依頼するという形になった。当初は若干の再撮影が生じていたものの、撮影者が徐々に固定されていくなかで、撮影者が習熟していき、最終的にはこの種の再撮影はほぼ発生しなくなった。 また、写本には紙のものと貝葉のものがあり、紙のものは比較的丈夫であったものの、上述のように、貝葉写本は非常に壊れやすく、撮影に際しての出納にも撮影のための位置合わせや頁めくりに際しても慎重を要した。これは結果として撮影費用と撮影時間に反映されることとなった。 ## 3. 撮影した画像の確認 撮影した画像の確認は、当初は一人の大学院生が担当したため、ハードディスクに入った画像を渡してそ扎を戻してもらうだけで済んだ。しかしながら、この作業にはある程度の専門知識が必要となることから一人で担当するには難しい分量になっていったため、分業を行うことになった。分業に際しては、作業の進捗を作業者同士、あるいは作業管理者から把握できるようにするために、Google Spreadsheet を用いて共同でチェックの記録を記載していくようにした。また、確認作業のための画像の閲覧については、 1 億画素のデジタル画像を通常の PC で開いてチェックしていくことは、作業担当者のパソコン環境によってはかなり負担になってしまう場合もある。そこで、メタデータを記載せずにただ高精細画像を分割配信するのみというコンセプトで、かつ、知っている人からしか見えないように URL を公表しない形で画像を IIIF (International Image Interoperability Framework)として閲覧できるようにした。 そして、その URLを Google Spreadsheet の作業表に貼り付けることで、作業表の中の URLをクリックすると IIIF ビューワで写本画像を閲覧できるようにした。 このときの画像の IIIF 限定公開は、すでに筆者らが運用していた IIIF 対応画像サーバ (IIP Image Server)に画像を搭載するために、画像を Pyramid TIFF 形式に変換した。 これにはフリーソフトウェアとして高速な画像変換を実現している VIPS というソフトウエアを採用し、VIPSを用いて指定したフォルダ内の画像を一括変換するプログラムを Python で作成することで、コマンド一回ですべての画像の変換作業が完了するようにした。 また、IIIF ビューワで画像を表示するためには IIIF manifest の作成も必要になるが、これについても画像の入ったフォルダの単位で自動的に IIIF manifest を生成するプログラムを Python で作成した。これによって作成された IIIF manifest の URL を、Mirador から画像を開ける形式の URL とした上で Google Spreadsheet に記載した。これにより、撮影画像は IIIF 対応で閲覧できるようになった。 つまり、通常は小さな画像として作業者のパソコンに配信され、必要な時には必要な箇所の拡大画像だけが配信されるようになった。 つまり、撮影画像の確認作業はある程度の回線速度のあるインターネットに接続されていればどこからでもできるようになり、複数人での作業も効率的に行えるようになったのである。 ## 4.メタデータの作成 メタデータ、すなわち、各資料についての情報は、TEI (Text Encoding Initiative)ガイドライン[1]の書誌情報記述のためのタグセットを用いて作成された。この内容は、松濤誠廉が作成・刊行した「A catalogue of the Sanskrit manuscripts in the Tokyo University Library, comp. by Seiren Matunami(東京大学図書館所蔵梵文写本目録)」[2]に多くを拠っている。ここでは詳細は省くが、これにより、個々の写本に関する かなり詳細な情報が構造的に記述され、検索に際しても役立てられるようになった。 ## 5. 検索・表示システムの作成 いわゆるデジタルアーカイブの場合、検索システムには様々なものが利用可能だが、今回は TEI ガイドラインに準拠したメタデータを作成したため、これをなるべく活かせるような仕組みとすべく、フリーの全文検索ソフトウェアである Apache Solr を用いた。すなわち、TEI 形式のファイルから Apache Solr で検索可能な形式のデータを自動生成するプログラムを作成してデータを変換し、それを Apache Solr に登録して検索機能として提供したのである。そして、検索結果からは、近年よく用いられる 4 種類の IIIF ビューワへのリンクアイコンを用意し、任意のアイコンをクリックすると対応するビューワで画像を閲覧できるようにした(図 1)。 図 1 検索結果画面 表示システムに関しては、トップページや検索結果ページで各巻のサムネイルを 3 行・ 3 列で表示するようにした上で、各サムネイルにページ送りボタンを用意し、サムネイルの状態でページの概要をぺージ送りしながら確認できるようにした(図 2)。さらに、ここで確認した頁をそのまま開きたい場合は、その巻の箇所でカタログ番号のリンクをクリックすると Mirador でそのページが開くようにした。これにより、開くのにやや時間のかかる IIIF ビューワを用いずとも非常に簡便に内容 の確認や閲覧したい頁への到達ができるよう 図 2. サムネイル画像の頁送りの例 になった。 IIIF ビューワにメタデータを表示するためには、IIIF manifest にメタデータを記載する必要がある。そこで、撮影確認用の IIIF manifest とは別に、TEI ガイドラインに準拠して作成されたメタデータファイルと Pyramid TIFF 化された画像を用いて自動的に IIIF manifest を生成するプログラムを作成した。これにより、TEI ガイドラインに沿って作成された詳細な書誌情報を IIIF ビューワ上でも閲覧できるようになった(図 3)。また、 この TEI 準拠ファイル自体も、IIIF manifest からリンクされ、閲覧やダウンロードが可能となっている。 図 3 貝葉写本でのメタデータと拡大画像の表示例 図 4 構築作業の流れ ## 6. おわりに 以上のようにして、東京大学総合図書館所蔵サンスクリット写本データベースは構築された。この作業の流れを図にしたものが図 4 である。2021年 9 月には貝葉写本のみ先行公開 し、その後、2022 年度には全点の撮影が終了し、2023 年 7 月にすべての写本画像が公開された。 1 億画素のカラー画像は世界中の関連研究者から好評を博している。今後は、OCR 等を用いたテキストデータ化と全文検索などについても検討していきたい。 ## 謝辞 本研究は、JSPS 科研費 JP24520060, JP15H05725, JP23H00002, JP23H03696 の助成を受けたものである。また、2020 年度から 2022 年度にかけての撮影関連作業は東京大学デジタルアーカイブズ構築事業の支援を受けたものである。 ## 参考文献 [1] TEI Consortium, eds. TEI P5: Guidelines for Electronic Text Encoding and Interchange. Version 4.6.0. Last updated on 4th April 2023. TEI Consortium. http://www.tei-c.org/Guidelines/P5/ (2023 年 10 月 1 日参照). [2] A catalogue of the Sanskrit manuscripts in the Tokyo University Library, compiled by Seiren Matsunami, Suzuki Research Foundation, 1965. この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [11] ミュージアム・アーカイブズのベストプラクティス: ## 新刊 Museum Archives: Practice, Issues, Advocacy の紹介 ○筒井弥生 ${ }^{1)}$ 1) 筑波大学アーカイブズ ## Best Practices in Museum Archives: Introduction of the new book, Museum Archives: Practice, Issues, Advocacy TSUTSUI Yayoi ${ }^{1)}$ 1) University of Tsukuba Archives ## 【発表概要】 アメリカ・アーキビスト協会が 2022 年 12 月に刊行した Museum Archives: Practice, Issues, Advocacyについて紹介する。 同書は、アメリカ・アーキビスト協会ミュージアム・アーカイブズ・セクションの標準とベストプラクティス作業グループが、ミュージアム・アーカイブズ・ガイドライン改訂と並行して編集を進めてきたものである。 「ミュージアム・アーキビストが何をするのか、その仕事の影響力、そしてアーカイブズをミュージアム内の知識と行為の必要不可欠なハブとしてどのように位置付けるか、を明確にする。 27 人のミュージアム・アーキビストが、アーカイブズの日々のマネジメントについて実践的ガイダンスを提供し、ミュージアム・アーカイブズの仕事を効果的に遂行するための方策を探求する。」と案内されている。本報告は、本書の概要を紹介し、刊行までの道のりを考察する。 ## 1. はじめに 報告者は、第 6 回研究大会で「アメリカ・ アーキビスト協会ミュージアム・アーカイブズ・セクションの新ガイドライン案について」、第 2 回 DA フォーラムで「アメリカ・アーキビスト協会ミュージアム・アーカイブズ・ガイドラインについて」を報告し、最新情報を提供した。その際、本書 Museum Archives: Practice, Issues, Advocacy [註 1]『ミュージアム・アーカイブズ: 実践、課題、提唱(仮訳)』の刊行も予告した。本報告では、 2022 年 12 月についに出版されたミュージアム・ア一カイブズで働くすべての人々のために書かれた同書の概観を目次に沿って紹介し、刊行までの道のりを考察する。 ## 2. 本書の構成 ## 2.1 序論(第 1 章) 第 1 章ミュージアム・アーカイブズを擁護する (著者の所属機関編集者であるイェール英国芸術センター、クリーブランド美術館、一バード美術館群アーカイブズに加えてジョ ージア歴史協会) この章の著者は作業グループのリーダーたちである。「擁護する」と訳したのは、 advocating for 〜で、アドボカシーの動詞の動名詞になるのか、日本語になりにくいことばである。便宜的に擁護する、とする。ここ数年とくにアドボカシーの重要性が叫ばれていて、アメリカ・アーキビスト協会全体の重点方針でもある。 第 1 章は、ミュージアムの使命を述べたあと、次のように著されている。ミュージアムが社会に占める重要な地位は記録されるべきで、その記録が研究者と一般市民両方が利用可能とする、この大切な仕事の大半が、ミュ ージアム・アーカイブズに帰す。ミュージアム・アーカイブズとそれを管理するミュージアム・アーキビストは、ミュージアムの機関記録とミュージアムが収集保存している文化遺産の記録を確実に保存する責任がある。さらに、ミュージアムの使命や所蔵資料を支えるマニュスクリプト(組織共有記録だったアー カイブズに対して、そうではない個人などの記録がアーカイブズの保管になったもの)や特殊コレクションを取得し、手入れする。 なお、ここでいうミュージアムが、美術館、殿堂、軍事博物館、動物園、水族館、植物園、歴史協会も含み、非営利組織で、私設もあれば政府や学術団体に付属することもある多様性がそのコレクションにも及ぶことを注記する。 本書の目的、内容に続いて、ミュージアム・アーカイブズ分野の出現として、ミュー ジアム・アーカイブズの歴史を振り返る。セクションにとっての重要な時機を表にまとめている。こ扎よると、作業グループが正式に発足したのは 2010 年のことになる。 次に、以下の重要文献を挙げる。 - Deborah Wythe ed., Museum Archives: An Introduction, $2^{\text {nd }}$ ed., (2004) - Charlotte Brunskill and Sarah Demb, Records Management for Museums and Galleries (2012) - Judy Dyki and Sidney E. Berger, eds., Proceedings of the Art Museum Libraries Symposium, The Phillips Library, Peabody Essex Museum, Salem, MA, September 2021, 2012, https://web.archive.org/web/2014020911494 6/http://pem.org/aux/pdf/library/AMLS2012. pdf. - Samantha Norling, "Management and Leadership in a Non-Profit Archives: A Lone Arranger, New Professional Perspective," in Leading and Managing Archives and Manuscript Programs, Archival Fundamentals Series III, vol. 1, ed. Peter Gottlieb and David W. Carmichael (2019)編集者たちは、本書が、あらゆるタイプ、 あらゆる規模のミュージアムのアーキビスト達のために役立つことを願っている。とくに、親機関で作成されたアーカイブズ資料を管理する、”機関の“ミュージアム・アーカイブズで働くアーキビストの関心を引くだろう。本書には、アーカイブズ関連の文献やミュージ アム特有の課題を議論するために文脈を提供する基礎的な理論や実践の要約がある。それは、より広範囲の専門的言説(たいていはミュ ージアム・アーカイブズやアーキビストは不在になるのだが)に展開する。各章は追加の情報源のリストで締めくくられる。 各部各章を概観し、結論として、次のように述べる。ミュージアム・アーカイブズの特色ある役割はミュージアムの管理者や同僚、一般市民、別の現場で働く仲間のアーキビス卜らと共に積極的に推進していかなければならない役割である。ミュージアム・アーカイブズ・プログラムは、その価値が認識され、運営が支援されてこそ成功する。ミュージアムが、革新的なやり方で、新たな観覧者を引き込み、その世界を検証するよう努めるならば、ミュージアム・アーカイブズが担当するのはミュージアムの来し方ばかりでなく、ミユージアムがどこへいくのか、想像し他の人々も想像できるよう記録することである。 ミュージアム・アーカイブズが、親機関の中で、効果的に支援し、導く可能性は無限大である。 ## 2.2 第 1 部 第 1 部では、アーカイブズの理論、機能、整理を概説し、ミュージアムの文脈に応用するので、とくにその専門職に有用である。専門的な訓練を受けたアーキビストにも復習となり、そのアーキビストが、アーカイブズやミュージアムに疎いミュージアムの同僚に対して、アーカイブズの方法論を明確にするたすけになる。第一部では、また、ミュージアム・アーキビストが効果的なプログラムを遂行するために維持しなければならない方針や関係性を概観し、ミュージアム・アーカイブズがレコードマネジメントプログラムなしには不可能であることを議論し、アプレイザル (評価選別)、アクセス、プリザベーション(保存)といったアーカイブズの話題をひろく述べ、 ミュージアムの外にある資料の取得と管理を 論じ、ミュージアム内外の構成員によるミュ ージアム・アーカイブズの利用に言及する。各章は以下のとおりである。 第 2 章アーカイブズの中核とその先(ナショナル・ギャラリー・オブ・アート) 第 3 章ミュージアム・アーカイブズ: マネジメントと機関の支援 (ゲティ研究所、ロサンゼルス・カウンティ美術館) 第 4 章情報ガバナンス: アーキビストレコードマネジャーであることの重要性 (ハ ーバード大学アーカイブズ) 第 5 章アーカイブズの基礎をミュージアムの文脈に適用する(クリーブランド美術館) 第 6 章マニュスクリプト・コレクションの取得と管理 (ニューヨーク大学アブダビ校、 ロック\&ロールの殿堂) 第 7 章ミュージアム・アーカイブズにおけるアクセスの提供と利用促進(シェーカー 博物館、インディアナポリス美術館) ## 2.3 第 2 部 第 2 部では、ミュージアム・アーカイブズがしばしば遭遇する次のような種類の記録に目を向ける;視聴覚記録、オーラル・ヒストリー、写真、建築記録、アーティストの記録、 フィールドノート。以下の章は、どのようにミュージアム・アーキビストが適切にこのような記録を管理することができるかに焦点をあてる。その管理は、記録作成者やミュージアムの他の部門と積極的に協力することによる。 第 8 章古いものを新しいものに置き換元る:視聴覚資産と記録のためのアーカイブズの整理(イェール大学図書館、AVP 社コンサルタント) 第 9 章オーラル・ヒストリー:作成、アウトリーチ、アドボカシーの入門書 (オーラル・ヒストリー・プロデューサー、ハーバー ド美術館群アーカイブズ)第 10 章写真: ミュージアム・アーカイブズの中心 (野生動物保護協会) 第 11 章建造された環境を収集し管理すること(イェール英国芸術センター、インディアナポリス美術館) 第 12 章ミュージアム・アーカイブズの中でアーティストをドキュメントする(イェ一ル英国芸術センター、イェール大学ロバー ト・B・ハース・ファミリー美術図書館) 第 13 章境界線上の資料を交渉すること: ミュージアムにおけるフィールドノート(カリフォルニア州立大学バークレー校バンクロフ卜図書館、アメリカ自然史博物館、ジョー ジ・ワシントンのマウント・バーノン図書館) ## 2. 4 第 3 部 第 3 部はいくつかの課題ごとの章によって構成される。具体的には、資金調達、倫理と価値、伝来調査、文化財の返却、返還、復帰である。最終章は積極的共有によって収蔵施設とコレクションのために提唱している。 第 14 章全体的な資金調達:マネジメント、 アウトリーチ、アドボカシーの論理的拡張 (アメリカ哲学協会) 第 15 章ミュージアムにおけるアーカイブズの価値(ヒューストン・コミュニティ・カレッジ、ハワイ大学マノア図書館、クリーブランド美術館) 第 16 章ミュージアム・アーカイブズにおける来歴調査: 文化財の返却、返還、復帰 (セント・ジョンズ・カレッジグリーンフィ一ルド図書館、スミソニアン協会国立アメリカ・インディアン博物館) 第 17 章私たちは共有する職業、ミュージアム・アーカイブズのために主張する(ナショナル・ギャラリー・オブ・アート) ## 3. デジタルに関して 2015 年頃、出版局長と打ち合わせていたとき、ちょうどフィラデルフィア美術館のアー キビストが居合わせて、ミュージアム・アー カイブズの第 3 版を準備している、という話 をした。これまでのマニュアルとは全く異なる、デジタルとくにボーンデジタル資料の保存が中心になる、という話だった。あれから数年経つが、ガイドラインにおいても、本書の目次においても、デジタル資料について、大きな章立てはない。しかし、執筆者をみてみると多くがデジタル・アーカイブズ・スペシャリストであったり、デジタル・アセット・マネジメント・システムのコンサルタントであったりする。索引から、デジタル関連を以下に挙げる。 digital assets management system (DAM) digital Curation Sustainability Model digital negatives (DNG) digital photographs digital preservation digital technologies digitization digitization strategies データについては data migration data protection laws databases personal data structured data メタデータについては metadata audiovisual materials, digital materials field notes, implicit bias in oral histories, photographs metadata standards さらに online giving open access ## 4. おわりに 本書のまえがきは、次のようにはじまる。印刷にかかろうとしているこのとき、私たちは、ミュージアム史上そしてミュージアム・ アーカイブズ史上、重要な局面にいる。世界的な COVID-19 のパンデミックがミュージアム機関を、来館者そしてスタッフに対して一時的にその扉を閉ざすという事態に追い込んだ。この期間、私たちのミュージアムの過去そして現在にもある人種差別、ジェンダー・ バイアス、植民地主義のレガシー、社会的経済的不平等を露わにした。同時に気候変動とその結果生じる環境問題はもはや無視することはできない。国中のミュージアムが、一般市民や従業員から、その行為に挙証説明責任があることと変革と返還を成すよう求められている。 まえがきは、さらに本書の誕生経緯について述べ、原稿は 2020 年より前に書かれたものであるが、ミュージアム・アーカイブズの重要性を語るものであると信じている、という。編者たちや著者たちは 10 年近くボランティアで、標準とベストプラクティス・リソースの整備、年次大会毎のシンポジウム運営、ガイドライン改訂といった仕事と同時に本書の刊行を完遂した。ミュージアム・アーキビストたちの声を、仲間としてしっかり受け止めるようでありたい。 ## 参考文献 [1] Rachel Chatalbash, Susan Hernandez, and Megan Schwenke ed., Museum Archives: Practice, Issues, Advocacy. The Society of American Archivists. 2022. http://files.archivists.org/store/SAAMuseumArchives-Preview.pdf (参照 202305-07). などがある。 この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# モチーフ語の共起ネットワークを用いた 展覧会キュレーションの比較分析 Comparative Analysis of Exhibition Curation Based on Co-occurrence Network of Motif Words 原 翔子' HARA Shoko 1 東京大学大学院学際情報学府 2 一般財団法人人文情報学研究所 3 東京大学大学院情報学環 4 東京大学大学院人文社会系研究科 } 永崎 研宣 ${ }^{2}$ NAGASAKI Kiyonori ${ }^{2}$ 高木 聡一郎 ${ }^{3}$ TAKAGI Soichiro ${ }^{3}$ } 1 Graduate School of Interdisciplinary Information Studies, The University of Tokyo 2 International Institute for Digital Humanities 3 Interfaculty Initiative in Information Studies, The University of Tokyo 4 Graduate School of Humanities and Sociology, The University of Tokyo (受付日:2023年3月23日、採録日:2023年9月28日、電子公開日:2023年11月1日) (Received: March 23, 2023, Accepted: September 28, 2023, Published electronically: November 1, 2023) \begin{abstract} 抄録 : 本稿では、同一テーマの下で企画された複数の展覧会の構成を共起ネットワークによって可視化し、その比較によって、キュ レーションが鑑賞者に異なる視点を与えることを明らかにした。具体的には、河鍋暁斎をテーマとする 3 つの展覧会を対象とした。分析対象となった日本画や浮世絵は、描かれているモチーフが作品名に反映されているため、計量テキスト分析が可能である。実地での鑑賞を検討する際の情報収集や、鑑賞後に展覧会を振り返る際に、本稿の手法は有用である。また、全体像として共起図を 提示しておくことで、さらに多角的な鑑賞視点が期待できる。本稿の成果はキュレーション機能を持つデジタルコレクションに対 して大いに有用であると期待される。 Abstract: In this paper, the structure of multiple exhibitions organized under the same theme were visualized by means of a co-occurrence network. And by comparing them, it is revealed that curation gives viewers different perspectives. Specifically, three exhibitions on the theme of Kawanabe Kyosai were selected. The motifs of the Japanese paintings and ukiyo-e works analyzed were reflected in the names of the works, which made quantitative textual analysis possible. The analysis examined that the viewpoints assigned to the motifs varied from exhibition to exhibition or from chapter to chapter. The results of this paper are expected to be very useful for digital collections with curatorial functions. \end{abstract} キーワード:展覧会、キュレーション、共起ネットワーク、日本画、浮世絵 Keywords: Exhibition, curation, co-occurrence network, Japanese painting, Ukiyo-e ## 1. はじめに 本稿は、美術展覧会における企画展の作品群と、その構成を対象とした分析を打こなう。一般的に企画展とは、回顧展やコレクション展のように、特定の作家やテーマに基づいた作品が展示されるものとされる。鑑賞者の関心も高く注目を浴びやすいため、常設展と並んで重要な展示形態である。企画展で鑑賞者が実際に体験するのは、キュレーターによって選定され配置されたあとの作品群になる。したがって、いくつかの企画展がたとえ同一のテーマに基づいているとしても、展示される作品群とその構成が一様になるとは考え難い。すなわち、キュレーションによって鑑賞者が与えられる視点も異なるということが見达まれる。そこで本稿ではキュレーションを「企画者の視点に基づいて選定された作品群の配列であり、鑑賞者が体験するもの」と定義する。そして、キュレーションの可視化、分析、相互比較を行うことができるような枠組みを示す。これにより、作品に描かれているモチーフの解釈にあたって、キュレーションが鑑賞者に異なる視 ## 点を与えていることを検証する。 本稿では、実地で開催される企画展のキュレーションを、作品群をグループ分けした図録の章立ての情報と個々の作品の情報とを組み合わせることで把握することを試みる。すなわち、キュレーションの特徴を作品の章立てそのものと、章を横断した作品の内容の分布によって視覚的に把握できるようにする。そのためには、それぞれの展覧会にどのような作品が展示され、 それらがどのような章に配置されているかを可視化する必要があるが、分析に際しては、各作品のタイトルと章番号を対象として扱う。本稿ではまず、関連研究を参照しながら本稿の位置づけを議論する。次に、分析対象として同一テーマの異なる 3 つ展覧会を挙げ、 その概要を示す。続いて各展覧会を可視化するために、計量テキスト分析のアプローチを用いる。相互比較にあたっては共起ネットワークを用いる。その後、各共起ネットワークの比較検討を通して、キュレーションが一様ではないことを示す。最後に、本稿の意義ならびに限界と今後の展望について記す。なお本稿は、原 の研究 ${ }^{[1]}$ 基づき、詳細な分析と考察を進めたものである。 ## 2. 関連研究 これまで、雑誌記事や文献のみならず社会調査デー タや会議録など、多様な種類のデータに計量テキスト分析が適用されてきた[2]。本稿と同様に、テキスト分析と共起ネットワークの比較から分析を試みた研究は、次のとおりである。西村ら ${ }^{[3]}$ は講義後のアンケー トの自由記述データを対象とした共起ネットワーク分析から、「理解できたこと」と「理解できなかったこと」に関する抽出語を比較した。それぞれの抽出語の中に共通の語が含まれており、それを図上で比較しながら共起関係の解釈を行っている。 木曽 ${ }^{[4]}$ は、都市空間全体の様相を把握する際に、自動車を運転する主体とそうでない主体の視点に差があることを明らかにした。手法としては、自動車を運転する被検者と運転しない被検者のそれぞれにスケッチマップを描画させ、その内容を言語化したうえで、共起ネットワークで比較した。データセット規模だけでなく、視点の違いを共起分析によって可視化し、明らかにしているという点が、本稿と共通している。展覧会を比較するという観点では、春画展というテーマが共通した3つの企画展を比較しながら論じた展評 ${ }^{[5]}$ がある。複数の展覧会を比較するという点では本稿と共通しているが、定性的な分析にとどまっている。 ## 3. キュレーションの可視化手法 計量テキスト分析でキュレーションを可視化するにあたって、対象となる作品から得られる要素と語の抽出方法、ならびに共起ネットワーク図の作成手順を示す。 ## 3.1 モチーフ語の抽出 本稿では図録掲載作品名に対して計量テキスト分析をおこなう。作者によって作品名が命名されていない場合、管理者が他の作品との区別あるいは識別のために作品の内容や主題、モチーフに沿って命名することが多い[6]。浮世絵や日本画の場合、作品名の抽象度は低く、主題やモチーフが作品名として明確に表現される傾向がある。したがって、作品名に含まれる語を抽出することで、個々の作品に描かれた内容の特徴を把握することができるほか、内容から作品同士の関係性も理解することができると考えられる。図録には作品媒体や製作年などメタデータも記載されているが、本稿では作品に描かれているモチーフとその関連性から展覧会全体を把握するために、作品名のみに着目する。 モチーフは基本的には名詞や固有名詞で表現される。したがって、展覧会ごとに作品名から形態素解析ツール(KH Coder)が判定した 7 品詞(名詞、サ変名詞、固有名詞、組織名、人名、地名、未知語)と、複合語からなる固有名詞を含めて設定した辞書を対象として、語の抽出を行う。抽出に際して、内容を損なうことなく適用できるよう、旧字体は新字体に統一する。以下では抽出された語をモチーフ語と呼ぶ。 ## 3.2 共起ネットワークの作成 共起ネットワークでは、絵画作品においてどのようなモチーフが同じ作品の中に描かれやすいのかが、モチーフ語間の共起関係として表現される。図録の章との共起を分析に含めることで、企画者が展覧会におけるどの章に何が描かれた作品を多く配置したのかが表現される。共起関係が同一の作品名の中で発生している様子を加味したうえで、各章にどのようなモチーフの描かれた作品が配置されているかを観察するために、各展覧会についてそれぞれ 2 段階の分析を行う。 モチーフ語を用いて共起ネットワークを作成するにあたって、可視化される要素は次のとおりである。まず、モチーフ語の出現回数である。これは各ノードを示す円の大きさとして表現される。次に、モチーフ語の出現回数と共起回数をもとに計算された Jaccard 係数[7] である。Jaccard 係数は語同士の共起関係を表し、値が大きいほど関係が強いことを示す。共起が起こる語の種類が多いと分母が大きくなるため、個別の共起関係が相対的に弱くなる。従って、共起の組み合わせとして起こり得るパターンが多いと係数の值が低くなる。逆に、共起の組み合わせパターンが少なければ係数の値が高くなる。Jaccard 係数はネットワークにおいて数值として記述されると同時に、ノードとノードを結ぶ紐帯の線の太さとして表現される。強い共起関係ほど太い線で描写される。なお、本稿では 2 回以上の出現したモチーフ語を用いる。 ## 3.2.1 モチーフ語同士の共起ネットワーク 第 1 段階の分析として、作品内において描かれやすいモチーフの組み合わせをモチーフ語同士の共起関係として表現したネットワークを作成する。ネットワー クを解釈するにあたっては、しばしば、サブグラフ検出によって共通の属性をもつグループに分割する方法が用いられる[ ${ }^{[8]}$ 。本稿ではモジュラリティに基づくサブグラフ検出 $[9]$ をおこなう。モジュラリティは、コミュニティ内にエッジが多く、コミュニティ間にエッ ジが少なくなるようなネットワークの分割を目指す際に用いられる指標であり、いくつかあるサブグラフ検出の手法の中でも一般的な手法である。章を関連づけないモチーフ語の共起分析によって、作品内共起関係が図示される。これにより、どのような要素が単一の作品内に出現しやすいかがわかる。作図にあたって、共起関係の Jaccard 係数を最小の 0.01 以上に設定し、係数による共起関係の絞り达みを防ぐ。 ## 3.2.2 章とモチーフ語の共起ネットワーク 作品に描かれているモチーフの全体像を章とともに一覧するために、第 2 段階の分析として、モチーフ語と章番号の共起関係を表現したネットワークを作成する。ここでの共起関係は、モチーフ語が含まれる作品がどの章に配置されているかを表現している。作図にあたって、描画される紐帯の数が最大になるよう設定する。 ## 4. 河鍋暁斎の展覧会の分析 本稿では、同一テーマの複数展覧会のキュレーションを比較するために、具体例として河鍋暁斎をテーマとする 3 つの展覧会を対象とした分析を行う。河鍋暁斎(1831-1889)は、幕末から明治初期にかけて活躍した浮世絵師、日本画家であり、現代でも愛される数多くの多様な作品を遺した。その結果、彼をテーマとした展覧会はしばしば各所で開催されている。本稿では、そのうち 3 つの企画展覧会の公式図録に記載されている作品を分析対象とする。展示期間内での展示替えや、巡回展であれば会場によって展示作品が異なる場合がある。しかし、図録に掲載されたすべての作品が展覧会のために用意され、章の構成要素として不可久であると判断し、本稿では図録揭載の全点を分析の対象とし、章立ても揭載順に従う。以下では各展覧会の概要およびデータの構成を示す。 ## 4.1 各展覧会の概要 各展覧会について、展覧会の題、会場、展覧会を構成している章の題を記述する。 ## 4.1.1 2015 年の展覧会 2015 年に三菱一号館美術館で開催された「画鬼・暁斎-KYOSAI 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル」展では、同美術館の設計者であるイギリス人建築家のジョサイア・コンドル(1852-1920)が河鍋暁斎の弟子だったことにちなんで両者の作品が展示された[10] (以下「三菱一号館美術館展」と呼ぶ)。同展の章立て を表 1 に示す。分析に際しては 1 章から 4 章に加えて 5.1 章から 5.9 章として扱う。 表1三菱一号館美術館展の章立て & 作品数 \\ ## 4.1 .22017 年の展覧会 2017 年に Bunkamura ザ・ミュージアムで開催された「これぞ暁斎!ゴールドマンコレクション」展は、所蔵家のイスラエル・ゴールドマン氏に協力を得て開催された[11](以下「Bunkamura ザ・ミュージアム展」 と呼ぶ)。同展の章立てを表 2 に示す。「笑う一人間と性」は展覧会場において第 4 章と第 5 章の間に配置されたが、本稿では図録の掲載順に従い第 7 章として考える。そして分析に際しては 0 章から 7 章として扱う。 表2 Bunkamura ザ・ミュージアム展の章立て & 作品数 \\ ぎわい ## 4.1.3 2019 年の展覧会 2019 年にサントリー美術館で開催された「河鍋暁斎その手に描けぬものなし」展では、2017 年の展覧会と同様にゴールドマンコレクションと河鍋暁斎記念館から出品された作品を主として展示された ${ }^{[12]}$ (以下「サントリー美術館展」と呼ぶ)。同展の章立てを表 3 に示す。分析に際しては 1 章から 7 章として扱う。 表3 サントリー美術館展の章立て & 作品数 \\ ## 4.2 データの作成 本稿では、展示されたすべての作品について章と関連づけたデータを構築した。具体的には展覧会ごとに CSVファイルを作成し、同じ列のセルの一つ一つに個々の作品名を手動で入力した。別の列には作品が含まれている章の番号を入力した。三菱一号館美術館展図録では 135 作品、Bunkamura ザ・ミュージアム展図録では 184 作品、サントリー美術館展図録では 126 作品が確認された。 ## 4.3 モチーフ語の抽出 三菱一号館美術館展作品名 135 点からは異なる 287 語が抽出され、うち 60 語が 2 回以上出現した。 Bunkamura ザ・ミュージアム展作品名 184 点からは異なる 325 語が抽出され、うち 75 語が 2 回以上出現した。 サントリー美術館展作品名 126 点からは異なる 255 語が抽出され、うち 45 語が 2 回以上出現した。共起分析に際して、抽出語の中でも、「画貼」や「屏風」など、媒体を意味する語はモチーフを表現しないとし、ストップワードとして設定するほか、固有名詞や複合語を強制抽出語として設定した。 ## 5. 分析結果と考察 各展覧会について作成された各作品名間のモチーフ語同士の共起のネットワークと、章とモチーフ語の共起のネットワークを示す。各展覧会に頻出するモチー フ語について、展覧会によって鑑賞の視点が異なるこ とを検証する。本ネットワークは KH Coder (ver.3.0.0.0) の共起ネットワーク機能によって作成した。ノードの大きさは各語の出現頻度、ノード巻の数字は Jaccard 係数、をそれぞれ示す。 ## 5.1 作品内容の傾向比較 図 1、図 2、図 3 はそれぞれ三菱一号館美術館展、 Bunkamura ザ・ミュージアム展、サントリー美術館展を対象として、展示作品名の中での代表的な共起関係を可視化したものである。河鍋暁斎をテーマとした展覧会としての傾向を把握するために、共通して出現するモチーフ語の共起関係を確認する。 図1 三菱一号館美術館展作品名から抽出したモチーフ語の共起関係 図2 Bunkamura ザ・ミュージアム展作品名から抽出したモチーフ語の共起関係 (伎展 자장 (4) (घ旺 (a) 用詣 ) 図3サントリー美術館展作品名から抽出したモチーフ語の共起関係 モチーフ語として3つの展覧会に共通する「蛙」、「猿」、「猫」、「合戦」を含むサブグラフの特徴は次のとおりである。まずは、図1(三菱一号館美術館展) と図2 (Bunkamura ザ・ミュージアム展) において「蛙」 と「合戦」は直接の共起関係を持ちながら同一のサブグラフ内に出現しており、別のサブグラフで出現する図 3 (サントリー美術館展)でも直接の共起関係を持つ近しい関係にある。このことから、蛙について合戦で描かれているものは作品として3つの展覧会に共通するものの、サブグラフに含まれる他のモチーフ語の観点から蛙を解釈することができる可能性が示唆される。続いて、「猫」が含まれるサブグラフについて、「猫」が最も強い共起関係を持っているのは、図 1 (三菱一号館美術館展) では「美人」と、図 2 (Bunkamura ザ・ミュージアム展)と図 3(2019年)では「鯰」ということがうかがえる。前者では人間とのかかわりにおいて捉えられた存在としての側面が、後者では動物とのかかわりから捉えられた側面が強調されていると考えられる。 そのほか、全体的なモチーフ語の傾向として、「猿」、「虎」、「鴉」など、動物にまつわるものは、河鍋暁斎をテーマとする展覧会で展示される作品の特徴として捉えられる。また、「閻魔」あるいは「観音」といった宗教関連の題材も図 2 (Bunkamura ザ・ミュージア么展)と図 3 (サントリー美術館展)でサブグラフとして検出されている。ここで、「猿」というモチーフ語について、図1(2015年)で「鷺」と共起関係をもつサブグラフ内に出現している。一方で、図 2 (Bunkamura ザ・ミュージアム展) と図3(2019年) において、「猿」は「瀧」を介して「観音」と関連した宗教的な観点からも解釈されるサブグラフ内に出現している。このように、共起図上のモチーフ語に着目しながら、相互比較によって共通点と差異を分析することで、各展覧会におけるモチーフ語のどのような側面が協調されるかに表れる、企画者の意図の違いを示すことができた。 ## 5.2 章構成と配置作品内容の比較 図 4、図 5、図 6 はそれぞれ三菱一号館美術館展、 Bunkamura ザ・ミュージアム展、サントリー美術館展を対象として、展示作品名から抽出した要素と章番号の共起関係を可視化したものである。図中の円形のノードがモチーフ語を示し、矩形のノードが章番号を示す。ノードの色は各ノードの共起の程度を示し、青色が増すほど共起が強い。各図共通して出現しているモチーフ語のうち「蛙」「合戦」「猿」について、章 図4 三菱一号館美術館展作品名から抽出した要素と図録章の共起関係 図5 Bunkamura ザ・ミュージアム展作品名から抽出した要素と図録章の共起関係 図6 サントリー美術館展作品名から抽出した要素と図録章の共起関係 との共起関係から示唆されることは次のとおりである。 まずは、「蛙」について、図 4 (三菱一号館美術館展) では 5.1 章、 5.7 章、 5.9 章と共起関係がある。このうち、Jaccard 係数が最も高いのが 5.7 章だが、この章は 「合戦」とも共起関係がある。図 5 (Bunkamura ザ. ミュージアム展) では 0 章、 2 章、 3 章と共起関係がある。このうち 3 章は「合戦」とも共起関係がある。図 6 (サントリー美術館展) では 3 章、 4 章と共起関係があり、どちらも「合戦」とも共起関係にある。「蛙」が「合戦」とともに共起関係を持っている章について、図4(三菱一号館美術館展)では「風流」、図 5 (Bunkamura ザ・ミュージアム展) では「戯」、図 6 (サントリー美術館展)では「風俗」とも共起関係を持っていることから、どの展覧会でも共通して、風俗や戯画という、人々の暮らしに焦点を当てたにぎやかな側面が強調されていることがうかがえる。一方で、とりわけ図 5 (Bunkamura ザ・ミュージアム展) で「蛙」は 2 章に打いて「虎」「象」、「獅子」など動物に関係するモチーフとともに出現していることから、動物とのかかわりにおける存在としての側面も強調されている。図 4 (三菱一号館美術館展) でも「猿」 や「䉆」とともに 5.1 章と共起関係があるが、この章は「英国人が愛した暁斎作品-初公開メトロポリ夕ン美術館所蔵作品」という題で編成されている。このように、章題からはモチーフがどのような観点でキュレーションされているか伝わりづらいなかでも、章で共起している他のモチーフとの関係から、各章の意図を俯瞰して推察することができる。題の内容を章の特徵として紐づけるのではなく、共起関係から浮かび上がる各章の意図を鑑賞者が解釈した際には、企画者の意図しなかった鑑賞視点が見出されることもありえな くはないだろう。」。 続いて「猿」について、4 章および 5.5 章は図 5 (Bunkamura ザ・ミュージアム展) でも「象」、「猫」、「虎」とともに 2 章と共起関係があることから、「猿」 というモチーフ語は動物としての側面に焦点が当てられやすいことがうかがえる。2 章の題を確認すると 「躍動するいのちー動物たちの世界」であることから、 キュレーションの意図がモチーフの組み合わせにも反映されていることが確認された。一方で、「猿」は図 4 (三菱一号館美術館展)と図 6 (サントリー美術館展)に打いて「蛙」とは異なる共起パターンが見られる。このように、モチーフごとの視点の違いが、章とモチーフ語の共起関係から明らかになった。 章とモチーフ語の共起関係では、1つの展覧会の中でも、複数の章と共起関係にあるモチーフが各章で異なる文脈のもとに展示されていることが可視化されている。ここに、共起図を用いて展覧会を分析するうえで大きな意義がある。なぜならば、同じモチーフ語であっても共起する各章には異なる意味づけが企画者によってなされており、これが可視化されることで各章の特徴が浮き上がってくるからである。これはすなわち、1つのモチーフ語に対して鑑賞者は複数の視点を与えられているということを意味している。具体的に図 5 (Bunkamura ザ・ミュージアム展) において最も次数中心性の高いモチーフ語である「鬼」に着目してみると、 3 章では「風俗」や「鳥獣 (戯画)」とともににぎやかな生活感のある一面が、4章では「鍾道」 とともに生き物としての一面が、5 章では「閻魔」などとともに地獄にいるものとしての一面が、6 章では 「観音」などとともに、聖なるものと対比した形での一面がわかるような構成になっていると考えられる。 ## 6. おわりに 本稿では、同一テーマの下で企画された複数の展覧会の構成を共起ネットワークによって可視化し、その比較によって、企画者がキュレーションにより鑑賞者に異なる視点を与えようとしていることを明らかにした。具体的には、河鍋暁斎をテーマとする 3 の展覧会を対象とした。しかし、ほかの展覧会でも本稿と同様に共起図を用いて可視化することはできる。昨今では大規模な特別展の場合、特設ホームページに作品の目録が公開されていることが多いので、実地での鑑賞を検討する際の情報収集や、鑑賞後に展覧会を振り返る際に、本稿の手法は有用だ。また、たとえばカルチュラル・ジャパンの展覧会アーカイブのように、デジタルコレクションを用いた展示情報が公開されてい る場面でも有用だ。画面上では実地での鑑賞よりも大幅に章同士の横断性が高まるので、全体像として共起図を提示しておくことで、さらに多角的な鑑賞視点が期待できる。共起語として関連の深いモチーフ同士が、章立てによって異なる意味が付与されていることを念頭に置きながらの鑑賞を促すことで、画面上の 1 つの作品をほかの作品との関連から解釈することも可能になる。加えてデジタルコレクションにおいて、着目したモチーフ語がその展覧会の各章だけでなく、他の展覧会とも比較しながら、どのようにキュレーションされうるかを観察することもできるようになる。 このように、本稿の手法を用いて、モチーフ語同士の関係性から作品を理解する視点を持つことは、デジタルコレクションにおける個人の鑑賞体験の向上やキュレーション実践にも寄与しうる。たとえば、デジタルコレクションで特定の語を検索した際に、その語に関連が深い別の語が示す観点に応じてカテゴリ別に検索結果を表示することが期待される。あるいは、 キュレーション機能を持つデジタルコレクションに対して、ユーザーがおこなった作業結果の特徴を即座に分析し、フィードバックするといったインタラクションが可能になる。なお作品名に含まれていない内容が描かれている場合に本手法を適用する方法については、今後の課題としたい。 ## 参考文献 [1] 原翔子. 作品名の共起分析による展覧会構成認識. じんもんこん 2020 論文集. 2020, 223-228. [2] 樋口耕一. 計量テキスト分析および KH Coder の利用状況と展望, 社会学評論. 2017, 68(3), 334-350. [3] 西村奏咲, 清水忠. テキストマイニングを用いたアンケート解析. 薬学教育. 2021, 5, 1-5. [4] 木曽久美子. 自動車の利用に着目したスケッチマップにおける建築記号の共起性の分析建築記号群の解釈としての認知地図の分析に基づく建築・都市空間のデザインに関する研究 (その4).日本建築学会計画系論文集. 2020, 85(775), 1865-1875. [5] 石上阿希. 展評春画展三つ. 浮世絵芸術. 2016, 171, 74-75. [6] 村田千尋. 題名の社会史 : 芸術作品と題名の機能. 北海道教育大学紀要 (人文科学・社会科学編). 2006, 56(2), 103-117. [7] 榊剛史, 松尾豊, 内山幸樹, 石塚満. Web 上の情報を用いた関連語のシソーラス構築について. 自然言語処理. 2007, 14(2), 3-31. [8] 福井美弥, 阿部浩和. 異なる文体における共起ネットワーク図の図的解釈. 図学研究. 2013, 47(4), 3-9. [9] Newman, Mark EJ. Modularity and community structure in networks. Proceedings of the national academy of sciences. 2006, 103(23), 8577-8582. [10] 河鍋楠美 (監修).画鬼・暁斎 KYOSAI 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル. 三菱一号館美術館. 2015.217ページ. [11] 及川茂(監修)。これぞ暁斎!ゴールドマンコレクション.東京新聞. 2017.285ページ. [12] 河鍋楠美 (監修). 河鍋暁斎その手に描けぬものなし. サントリー美術館. 2019. 262ページ.
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# 公立図書館におけるデジタルアーカイブの事例報告:静岡県立中央図書館の事例をもとに Case study analyses of digital archives in public libraries: Based on the case of Shizuoka Prefectural Central Library 山㟝 康平 YAMAZAKI Kohei 静岡県立中央図書館 Shizuoka Prefectural Central Library (受付日:2022年12月20日、採択日:2023年4月4日、電子公開日:2023年7月18日) (Received: December 20, 2022, Accepted: April 4, 2023, Published electronically: July 18, 2023) } 抄録:近年、公立図書館ではサービスの多様化に伴い、デジタルアーカイブへの取組みが加速している。公立図書館では、既に体系的に整理されたコレクションをデジタル化することが一般的である。筆者が所属する静岡県立中央図書館では 1998 年にデジタ ル化資料を初めてウェブサイトで公開し、2010 年からデジタルアーカイブを提供した。当該デジタルアーカイブの変遷を振り返り、事例報告を行う。また当該事例をもとに、静岡県立中央図書館がデジタルアーカイブを継続した理由を検討する。 Abstract: In recent years, public libraries have accelerated their efforts toward digital archiving as they diversify their services. It is common for public libraries to digitize materials in their collections that have already been systematically organized. The Shizuoka Prefectural Central Library, to which the author belongs, first made its digitized materials available on its website in 1998, and began offering a full-fledged digital archive in 2010. The author will review the transition of the digital archive and report on a case study. Based on the case study, the author will discuss digital archiving in public libraries, and analyze the current status and issues from both service and system perspectives. キーワード:デジタルアーカイブ、地域アーカイブ、地域資料、デジタル化、公立図書館 Keywords: Digital archives, Regional archives, Regional materials, Digitization, Public library ## 1. はじめに 近年、公立図書館はデジタルアーカイブを積極的に構築し、多くの事例が報告されている。他方、長期的な取組みを対象にした調査は十分ではない。管見によると福島幸宏が歴史やシステム等、様々な背景を踏まえて論じた「デジタルアーカイブと図書館サービスの新段階 $]^{[1]}$ や、池田美千絵による「公立図書館における地域資料とデジタルアーカイブ $]^{[2]}$ の文献調査等に限られる。本稿では後述する先行研究で示されたデジタルアーカイブの課題を整理しつつ、静岡県立中央図書館(以下、当館)におけるデジタルアーカイブ構築の変遷を網羅的に調査する。これにより当館がデジタルアーカイブの構築を実現し、取組みを継続できた要因を示す。 ## 2. 先行研究 公立図書館のデジタルアーカイブに関する統計調査は、2018年にデジタルアーカイブ推進コンソーシアム(以下、DAPCON)が調査報告[3]を公開している。当該調査はデジタルアーカイブの公開館数、対象の資料種類、提供形態とファイル形式を明らかにしている。当該調査から公立図書館のデジタルアーカイブ構築について、現況を把握できる。 また、課題については、田山が「公共図書館の現状 と課題」[4] の中で「デジタルアーカイブの普及を阻む要因」と考える以下の 5 点を挙げている。 1 予算がない。 2 対象となる資料(貴重な)がない。 3 著作権があるのでデジタル化できない。 4 本来の仕事が忙しく手が回らない。 5 自治体の合意が得られない。 これらの要因を整理すると 1、4、5 の要因(以下、要因 A 群) と 2、3の要因(以下、要因 B 群) に大別して考えることが可能である。 要因 $\mathrm{A}$ 群に含まれる 1 と 4 の要因は 5 の「自治体の合意が得られない」点が深く関係する。公立図書館がデジタルアーカイブを継続するためには、自治体の合意を得た上で、予算、人的資源の安定的な確保が求められる。この課題に対しては、大阪市立図書館が 「大阪市 ICT 戦略」に沿ったオープンデータ化 ${ }^{[5]}$ を達成する中で、解決の糸口となる事例を示した。 また、要因 B 群はコレクションが関係する。公立図書館は各施設によって資料の収集基準が異なる。一般的に、都道府県立図書館と比較すると、区市町村立図書館は利用者にとって身近なコレクションになる傾向がある。利用者にとって身近な資料は、著作権の関 係上、デジタルアーカイブでの公開が容易でないケー スが多く、デジタル化の対象外と判断されやすい。そのため、2 と 3 の要因はコレクションの特徴を背景に、比較的小規模な区市町村立図書館が抱えやすい課題と捉えられる。しかし、田原市図書館がこの課題を解決する方向性を示した。市民と協働した「市民提案型委託事業」[6] の中で、本質的な意味での地域アーカイブの在り方、小規模な図書館ならではのデジタルアーカイブの在り方を示した。当該事業は地域の歴史や文化を題材に、対象資料の作成からオープンデータ化まで網羅的で一貫した取組みを実践した。 先述した DAPCON の調査報告によると、都道府県立図書館は 1 館あたり平均で 7,704 点、市町村立図書館は 844 点を公開する。公開点数が 1 万点を超えるのは計 5 館であり、うち 1 館が当館であった。市町村立図書館で公開点数が 1 万点を超えるのは 1 館のみであり、約 85.3 パーセントが 1 千点未満の公開であった。全体では調查対象館の約 75.4 パーセントが 1 千点未満の公開に留まった。以上の点から、公立図書館のデジタルアーカイブは館種を問わず、公開点数に開きがあり、一部の図書館が著しく多数の資料を公開する現況が明らかとなった。 公開資料の種類と点数に目を向けると、全体の約 50.1 パーセントを「写真」が占める。次点に「絵葉書」 が約 11.1 パーセント、「貴重書」が約 10.0 パーセントと続く。公立図書館のコレクションにおいて主要な資料種別である「書籍」は全体の約 2.7 パーセントに留まる。 ## 3. 本稿の目的と調査方法 田山が指摘した 5 点の要因のうち、一部を解消した先行事例は確認できた。他方、全ての要因を解消した事例の通時的な調査が求められるが、管見の限り確認できない。DAPCON の調查報告に基づくと、当館のデジタルアーカイブは調査対象として妥当な資料数を公開しており、田山が示した要因の全てを解消した事例であると考えられる。本稿の目的は当館がデジタルアーカイブを構築し、現在まで取組みを継続できた要因を明らかにすることを以て、公立図書館におけるデジタルアーカイブの発展に寄与することである。 本稿の調查方法は文献調查を用いる。当館で「図書館業務のシステム化」の検討が開始された、1985 年以降の文献及び当館の内部資料を調査対象とする。 ## 4. 静岡県立中央図書館とデジタルアーカイブ の概要 本章では、本稿の調查対象である当館及び当館のデジタルアーカイブの概要を示す。 ## 4.1 静岡県立中央図書館の概要 当館は「調べる、考える、解決する」をスローガンに、県民の生涯学習と課題解決を支援する公立図書館である。1925 年に静岡県立葵文庫として駿府城跡の傍に開館した。移転を経て、1970 年より現在の名称でサービス提供を行っている。直接サービスの他、市町立図書館の運営支援を行い、県内図書館ネットワー クの主軸としての機能を果たしている。収集資料は原則として永年保存しており、資料情報センターとして県内全域を支えている。コレクションの基本である一般資料は、調査研究用の図書及び雑誌を中心に収集している。地域資料を積極的に収集しており、静岡県に関する全分野の資料及び静岡県出身者・在住者の著作物を網羅的に収集している。88万9,700冊のコレクションのうち、14万 9,355 冊が地域資料であり、全体の約 16.8 パーセントを占めている(2021 年 3 月時点) ${ }^{[7]}$ 。 ## 4.2 静岡県立中央図書館のデジタルアーカイブの概要 当館は 1998 年にデジタル化資料をWeb サイトで初めて公開し、2010 年よりデジタルアーカイブ(以下、当館デジタルアーカイブ)の提供を開始した。2015 年に大規模改修と名称変更を行い、静岡県内共同デジタルライブラリー「ふじのくにアーカイブ」としてリニューアルした。その際、当館はデジタル化資料の公開を希望する県内市町立図書館を募り、4 館(2022 年 3 月現在は 5 館)のデジタル化資料を公開した。 当館デジタルアーカイブの公開資料は特殊コレクションを含む貴重書、地域資料、県内市町立図書館のコレクションの 3 つの資料群に分類される。当館デジタルアーカイブで公開中の資料総数は 15,666 レコー ドで、そのうち貴重書は 4,423 レコードで約 28.2 パー セント、地域資料は 10,593 レコードで約 67.6 パーセントを占めている(2022 年 3 月現在)。提供する主なファイル形式は JPEG と PDFで、揭載や放映等で高解像度デー夕を希望する利用者には申込みに応じて、 TIFF を提供している。 ## 5. デジタルアーカイブの対象資料 本章では当館デジタルアーカイブの公開資料について概要を示す。尚、県内市町立図書館のコレクションは各館でデジタル化を実施しているため割愛する。 ## 5.1 特殊コレクションの概要 当館デジタルアーカイブは貴重書を含む特殊コレクションを、3つの資料群に分類している(表 1)。特殊コレクションは軸や状等、大型で特徴的な形態の資料を多く含み、保存状態に差があるため、委託業者によるデジタル化の対象としている。また、デジタル化やマイクロフィルムへの複製が完了した資料は資料保存の観点から原本の閲覧を制限している。 表1特殊コレクションの概要 \\ ## 5.2 地域資料の概要 当館デジタルアーカイブは地域資料を種別や特性に応じて、以下のカテゴリに分類している(表 2)。地域資料のデジタル化は、著作権保護期間が満了していることを原則に、資料価値や利用者ニーズが高いと考えられる資料を優先的に対象としている。具体的には古地図、写真帖、地誌、観光案内、教育関係資料や災害関係資料等の掲載、放映、展示等の利用が見込まれる資料である。 当館の地域資料は近現代以降の発行物が多く、保存状態が比較的良好である。また、特殊コレクションに対して地域資料は小型で定型的な資料が多い。状態や大きさ等の制約が少ないことから、地域資料は館内デジタル化の対象としている。また、行政資料の電子データ化の加速に伴い、県内自治体等が配布する PDF 資料を収集し公開している ${ }^{[8]}$ 。 表2地域資料カテゴリの概要 ## 6. デジタルアーカイブ構築の変遷 本章では当館デジタルアーカイブの構築について、 1985 年から現在までの変遷を示す。 ## 6.1 デジタルアーカイブの起源 当館における「図書館業務のシステム化」の起源は 1985 年まで遡る。1985 年に静岡県立中央図書館協議会は、答申「今後の静岡県立中央図書館の在り方」[9] で図書館業務へのシステム導入の必要性を示した。具体的には、当館の業務全体をシステム整備し、効率化を図ること、県内の公共図書館、大学図書館、国立国会図書館との間でデータベースを利用したネットワークを構築し、相互的な資料利用を実現することを求めた。 その後、当館は 1991 年にシステム導入事業を開始し、1994 年から図書館業務システム(以下、業務システム)の稼働を開始した。そして、1998 年に公開した当館 Web サイトで、オンライン蔵書目録(英訳は Online Public Access Catalog、以下OPAC) 等とともに、公開したのが貴重書、浮世絵のデジタル画像の一部であった[10]。これが当館デジタルアーカイブの起源となったコンテンッである。次節で OPAC 等と併せてこれらのコンテンツを公開するに至った経緯を説明する。 ## 6.2 デジタル化の開始 業務システムが稼働を開始し、館内のシステム整備が進む 1997 年から 1999 年にかけて、当館が実施した文部省委嘱「社会教育施設情報化・活性化推進事業」[11][12]は、後のデジタルアーカイブ構築に向けて、大きな成果を挙げる事業となった。当該事業では「葵文庫」、「浮世絵」等、一部の貴重書のデジタル化を実施した。一部資料は表紙、標題紙のみを対象としたが、撮影総数は約 1 万コマに上った。当該事業では貴重書のデジタル化のほか、貴重書目録のデジタル化、「富士山」関連資料のデータベース化、東京大学史料編纂所と連携、協力して「浮世絵」データベースを構築した。 また、続く 2000 年に当館が実施した国庫事業「学習資源デジタル化・ネットワーク化推進事業」では貴重書の解説を内容とした、CD-ROM 版「デジタル葵文庫」を作成した。「インターネットを利用したサー ビス提供」として同様のコンテンツをWeb サイトで公開し、貴重書目録の検索を可能にした。 このように、当館のデジタル化はデジタルアーカイブの草創期に、複数の国庫事業を活用して、著しい進渉を挙げた。また、同時期に加速した「図書館業務のシステム化」に伴い、当館で「インターネットを利用したサービス提供」の必要性が認知された。 ## 6.3 デジタルアーカイブの公開 当館は前述したデジタル化資料のインターネット公開を基盤とし、2010 年の図書館システム更新と同時にデジタルアーカイブの提供を開始した[13]。Web サイト内で公開中の貴重書コンテンツをリニューアルし、「電子図書館」と「電子展示会」で構成する「デジタルライブラリー」を提供した。「電子図書館」は貴重書目録のメタデータからデータベースを構築して一部を公開した。「電子展示会」はデジタル画像を活用した貴重書の紹介を主な機能とし、古地図や幕末関係資料を公開した。 当館ではデジタルアーカイブ公開の前後に、デジタル化の取組みが一段と加速した。2011 年には年度予算によるデジタル化を開始した。2011 年までの 3 年間に実施した「緊急雇用創出臨時交付金」事業は「葵文庫」活用事業[14-16] と称し、当該コレクションの全点デジタル化に取り組んだ。1997 年に開始した「葵文庫」のデジタル化は当該事業を以て全925夕イトル、 2,708 冊の全ページを対象に達成した。当館の代表的なコレクションである「葵文庫」の網羅的なデジタル化は、当館デジタルアーカイブが充実に向かう要因となった。当該コレクションの公開はデジタル化の進渉と共に進み、2013 年に全て完了した。 ## 6.4 デジタルアーカイブのアップデート 静岡県図書館協会は 2015 年に予定する当館の大規模な図書館システム更新を控えて「静岡県内協同電子図書館」の調査研究を実施した。この成果を 2013 年の静岡県図書館大会で「静岡の電子図書館を考える 〜魅力いっぱい! 地域資料の可能性〜」と題して発表し、「静岡県内公共図書館協同での電子図書館運営に関する検討報告書」[17](以下、報告書)にまとめた。報告書によると、商用コンテンツを中心とした電子図書館の構築を検討した結果、出版業界の動向を踏まえて導入は時期尚早と判断した。そのうえで「公共図書館の役割」を果たすために地域資料を中心とする方針に決定した。この方針決定により、当館デジタルアー カイブが目指す方向性が明確になった。その結果、既に一定の成果を挙げる特殊コレクションのデジタル化に加えて、地域資料のデジタル化を積極的に取組むことになった。 県内共同デジタルライブラリー構築に向けて機運が高まる 2014 年には館内デジタル化を開始した。機材整備にあたっては、デジタル画像の高精細化と対象資料の多様化、撮影時の資料保護を目的に A3 サイズまで撮影可能な大型のオーバーヘッドスキャナを導入した。 2015 年には静岡県内共同デジタルライブラリーのサービス開始に向けて準備を開始した。館内にデジタル化推進ワーキンググループを設置し、参加館の募集や運用ルールの策定、データ収集を行った。そして、 2016 年に静岡県内共同デジタルライブラリー「ふじのくにアーカイブ」[18] の提供を開始した。以降、施設の主要施策の一つに地域資料のデジタル化を掲げ、現在までデジタルアーカイブの更新を継続している。 ## 6.5 変遷の総括 当館のデジタルアーカイブ構築は国庫事業を活用して始まった。その際、中心となった対象資料が「特殊コレクション」であった。資料価値や利用者ニーズが高く、当館の代表的なコレクションは、デジタル化の対象に最も適していた。当館のデジタルアーカイブが一定の成果を挙げた第一の要因は当該コレクションの存在にあった。 また、当館デジタルアーカイブの構築後に実施した調査研究が、当館デジタルアーカイブの発展に大きな影響を及ぼした。報告書によって方向性が明確化し、資料選択やデジタル化等、多方面で計画的な遂行を可能にした。当館デジタルアーカイブが一定の成果を挙げた第二の要因は、調査研究を実施したことにあった。 続いて、当館がデジタルアーカイブ構築に至った要因を、システムとサービスの観点から整理する。「図書館業務のシステム化」によって、「インターネットを利用したサービス提供」が可能な環境が整備された。当館は「インターネットを利用したサービス提供」の一環で、Webサイトを利用したデジタル画像の掲載に取組んだ後、デジタルアーカイブシステムの導入に至った。当館がデジタルアーカイブ構築に至った要因は、 システム整備に伴うサービス提供の多様化があった。 ## 7. 考察 本章では先行研究で田山が指摘した「デジタルアー カイブの普及を阻む要因」を当館がどのように解消したかを検討する。 ## 7.1 要因 A 群に対する検討 要因 A 群から具体的な課題を導くと「デジタルアー カイブの構築に対して自治体の合意を得られず、予算と人的資源を確保できない」という「リソース」に関する課題を示す。 当館が「リソース」の課題をどのように解消したかを総括すると以下のとおりであった。 当館はデジタルアーカイブ構築の当初、国庫事業を 活用してデジタル化を進めた。他方、国庫事業は不定期であり、デジタル化の成果を継続して挙げるためには、予算確保の観点で安定した手段と言えなかった。 しかし、国庫事業で築いた基盤をもとに取組みを継続した結果、デジタルアーカイブ構築の事業化に至った。 また、当館は 2011 年より年度予算でのデジタル化を開始したが、その後も当館デジタルアーカイブの調査研究を実施する等、事業拡大に向けて積極的な活動を行った。また、デジタル化に際しては委託業者による作業に加えて、比較的低予算で実施可能な館内でのデジタル化を採用した。その結果、現在までデジタルアーカイブの更新を安定的に継続できた。 従って、当館は「デジタル化の継続によって成果を重ねた結果、自治体の合意を獲得しデジタルアーカイブ構築を事業化できた」ことにより、田山が指摘した要因 A 群を解消したと考えられる。 ## 7.2 要因 $B$ 群に対する検討 要因 B 群から具体的な課題を導くと「貴重資料を所蔵していないことに加えて、コレクションの多くが著作権保護期間内であるためデジタル化する資料がない」というデジタル化の「対象資料」に関する課題を示す。 当館がデジタル化の「対象資料」の課題をどのように解消したかを総括すると以下のとおりであった。当館は貴重資料である「特殊コレクション」を所蔵していた。そのためデジタル化の「対象資料」に対する課題がなかった。他方、デジタル化の「対象資料」 を「貴重な」資料に限定せず、地域資料を積極的にデジタル化したことが、当館デジタルアーカイブの拡大に繋がった。尚、当館は収集資料を永年保存するため、著作権保護期間が満了した地域資料を多数所蔵していた点が、デジタル化の「対象資料」の課題を回避できた背景にあった。 従って、当館では田山が指摘した要因 B 群は課題とならなかった。また、加えて「デジタル化の対象資料を幅広く設定する」ことによって、当館デジタルアーカイブを拡大できたと考えられる。 ## 8. おわりに 本稿では当館におけるデジタルアーカイブ構築の変遷を網羅的に調査することにより、デジタルアーカイブを構築し、現在まで取組みを継続できた要因を明らかにした。また、考察に際しては田山が指摘した「デジタルアーカイブの普及を阻む要因」を当館がどのように解消したかを検討した。公立図書館の内外でデジタルアーカイブの必要性が議論される現在、デジタルアーカイブの提供が館種を問わず公立図書館に求められるサービスであることは疑いない。しかし、デジタルアーカイブ構築は対象資料の修繕、デジタル化、デジタルアーカイブシステムの導入等、多方面で予算が必要である。そのため、デジタルアーカイブ構築の際は手法や規模の大小を問わず、各公立図書館が継続可能な形態で取組みが求められるだろう。 他方、現在当館デジタルアーカイブは複数の課題を抱えている。課題の一つが資料の「再デジタル化」に取組むべき時期が来ていることである。当初のデジタル化から 20 年以上が経過し、多くのデジタル化資料は品質の観点で利用者ニーズを満たさないと考えられる。また、当館はデジタル化の対象資料をコレクションに限定している。そのため、当館の収集基準に該当せず、県内市町立図書館がデジタル化の対象としない資料はデジタル化が停滞する可能性がある。これらは当館デジタルアーカイブが抱える課題のごく一部である。当館は課題の解決とサービス向上に向けて不断の議論と取組みが求められる。 ## 註・参考文献 [1] 福島幸宏.“デジタルアーカイブサービスと図書館サービスの新段階”.福岡県立図書館. 2021. https://www.lib.pref.fukuoka.jp/hp/works/2021/kityokoen.pdf (参照 2022-10-01). [2] 池田美千絵. “公立図書館における地域資料とデジタルアー カイブを巡って”. 学苑. 2022, no. 969, pp.62-72. [3] デジタルアーカイブ推進コンソーシアム.“デジタルアーカイブ関連資料デジタルアーカイブ推進コンソーシアム (DAPCON)調查報告の抜粋”. デジタルアーカイブ学会誌. 2019, vol. 3, no. 1, pp.49-62. [4] 田山健二. 第 6 回デジタルアーカイブ学会研究大会企画セッション:公共図書館の現状と課題. 2021-10-16. J-STAGE DATA. https://doi.org/10.34450/data.jsda.19225326.v1 (参照 2022-06-01). [5] 澤谷晃子. “[A11]大阪市立図書館デジタルアーカイブのオープンデータの利活用促進に向けた取り組み”.デジタルアーカイブ学会誌. 2019, vol. 3, no. 2, pp.87-90. [6] 是住久美子. “解説HOT TOPICS テーマ 1 地域資料とデジタルアーカイブ NO. 2 図書館を拠点とした地域資料の編集とデジタルアーカイブの発信”. 図書館界. 2020, vol. 72, no. 4, pp.184-188. [7] 静岡県立中央図書館. “図書館資料充実状況”. 葵. 2021, no. 55, p. 24. [8] 静岡県立中央図書館. “静岡県行政資料デジタルライブラリ一公開”. 静岡県立中央図書館. 2015. https://www.tosyokan.pref.shizuoka.jp/contents/info/2015/ gyousei_1.html (参照 2022-04-01). [9] 静岡県立中央図書館協議会. 今後の静岡県立中央図書館の在り方. 静岡県立中央図書館協議会, 1985, p. 7 . [10] 静岡県立中央図書館. “事業報告”. 葵. 1999, no. 33, p. 19. [11] 静岡県立中央図書館. “断特集文部省委嘱「社会教育施設情報化・活性化推進事業」終了”. 葵. 2000, no. 34, pp.19-35. [12] 静岡県教育委員会. 静岡県社会教育施設情報化 - 活性化推進事業研究報告書, 静岡, 静岡県教育委員会, 2000, pp.19-26. [13] 静岡県立中央図書館. “特別取扱資料等の保存と公開”. 葵. 2011, no. 45, pp.27-28. [14] 静岡県立中央図書館. “特別取扱資料等の保存と公開”. 葵. 2012, no. 46, pp.29-30. [15] 静岡県立中央図書館. “特別取扱資料等の保存と公開”. 葵. 2013, no. 47, p. 29 . [16] 静岡県立中央図書館.“静岡県立中央図書館「葵文庫」活用事業について”.葵. 2018, no. 50, pp.33-36. [17] 静岡県図書館協会資料専門委員会. “静岡県内公共図書館共同での電子図書館運営に関する検討報告書”, 静岡, 静岡県図書館協会資料専門委員会, 2014, p. 48. [18] 木村知美. “静岡県立中央図書館デジタルライブラリー「ふじのくにアーカイブ」のご紹介”. 図書館雑誌. 2013, vol. 112, no. 9, pp.626-627.
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# 上演演目データの整理・分類における諸課題: 18〜20世紀のオペラ公演を例に ## Issues with Structuring and Classifying Performance Data: Focus on Opera Productions from the 18th to the 20th Century \author{ 岡本佳子' \\ 坂部裕美子 ${ }^{2}$ \\ OKAMOTO Yoshiko ${ }^{1}$ \\ SAKABE Yumiko ${ }^{2}$ \\ 神竹喜重子3 \\ 荒又雄介4 \\ 辻昌宏 ${ }^{5}$ \\ 大河内文惠 ${ }^{6}$ \\ 平野恵美子7 \\ KAMITAKE Kieko ${ }^{3}$ \\ ARAMATA Yusuke ${ }^{4}$ \\ TSUJI Masahiro ${ }^{5}$ \\ OKOUCHI Fumie ${ }^{6}$ \\ HIRANO Emiko ${ }^{7}$ \\ 小石かつら 8 \\ 1 神戸大学 \\ 2 公益財団法人統計情報研究開発センター Email: [email protected] \\ 3 東京藝術大学 \\ 4 大東文化大学 \\ 5 明治大学 \\ 6 東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校 \\ 7 中京大学 \\ 8 関西学院大学 \\ 1 Kobe University \\ 2 Statistical Information Institute for Consulting and Analysis \\ 3 Tokyo University of the Arts \\ 4 Daito Bunka University \\ 5 Meiji University \\ 6 The Music High School Attached to the Faculty of Music, Tokyo University of the Arts \\ 7 Chukyo University \\ 8 Kwansei Gakuin University } (受付日:2022年12月20日、採録日:2023年6月1日、電子公開日:2023年9月25日) (Received: December 20, 2022, Accepted: June 1, 2023, Published electronically: September 25, 2023) 抄録:本稿は 18 20 世紀ヨーロッパ歌劇場における上演傾向研究の一環として、フィールドワークと文献による興行情報の調査結果をデータ化・蓄積するにあたっての諸問題を提示する。具体的には、ポスターや年鑑からデータを抽出・統合する際、資料の選択、視覚的側面の配慮、項目や備考欄情報の取捨選択、上演言語の特定、作品の改変による紐付けが困難な場合がある。とりわけ、各資料の掲載項目自体が、地域や時代固有の価値観を色濃く反映していることから、それらの価値観の保持は統一的なフォーム作成の意図と相反することがある。様々な資料の比較から得られたこれらの知見を共有することは、データベース作成への新たな視座を提供するものであろう。 Abstract: This paper aims to highlight issues with database construction for opera productions' performance data. The research project has used literature research and fieldwork to collect performance data from several theater performances to analyze changes in and expansion of music theater performances from the 18th to the 20th century in Europe. Various resources were used, such as posters and playbills from different regions and periods. Since these items reflect the values in each period, elements such as data items, type, and layout, show what was significant for the viewers. These differing elements occasionally compete against the purpose of constructing a unified database. The findings drawn from resource comparison have provided new possibilities for database construction. キーワード:歌劇場、劇場、オペラ、上演演目、レパートリー、データベース Keywords: music theater, theater, opera, performance data, repertoire, database ## 1. はじめに 演劇や音楽は、美術等の造形芸術と比較して作品自体が「残らない」ため、その上演の実態を知る手がかりは限られる。古代ギリシア劇の復興を目的に 16 世紀末のフィレンツェで誕生し、こんにちなお世界各地で上演されているオぺラもその一つである。その誕生から、いつ・どこで・どのような形態で上演されたのか。上演に際して台本作家、作曲家、興行師、演出家、指揮者、美術家、演奏者、ダンサー、技術者等の大人数が関わっているゆえに、上演形態を決定づける諸条件や要素は無数にある。特に近年のオぺラ研究におい ては、作曲家による有機的な単体の作品として扱うよ りは、劇場内での興行や上演も含めた一連のイベントとしてみなし、これら諸要素を様々な研究分野からアプローチすることが主流となっている[1]。 これらの要素を整理し、上演傾向における言語・地域間の影響関係や、歌手や指揮者の移動の実態、そして同時期に台頭した近代メディアや民族主義との関連、さらにはそれらの結節点としての劇場の役割を明らかにできないだろうか——このような課題意識のもとに、本研究チーム[ [註1] では 18~ 20 世紀初頭のヨー ロッパの主要音楽劇の興行データの蓄積と分析を行っ ている。 具体的には、(1)世界各地の歌劇場/歌劇団の上演データベースの公開状況の調査、(2)フィールドワークと文献調査によるヨーロッパ主要歌劇場の資料調査と上演演目調査、(3)上演演目を含む、収集した興行デー 夕を整理する分類方法の案出に取り組んでいる。最終的には、個別の調査データを作品分析や成立史の単なる補助的手段としてではなく、能動的ツールとして使用する音楽劇研究の方法論を提示することで、広く文化の言語間・地域間の影響関係を可視化するのが本研究のねらいである。本稿は、(2)と (3)で得られた、 データ化と蓄積にあたっての諸問題を提示することで、データベース作成の実践論文とするものである。 ## 2. データ化する対象 上演作品の記録は、主に各国の図書館、劇場資料館や文書館などに保管されている。年代や地域によって失われた資料も数多くあるものの(例えばキエフのオペラ上演史については、1896 年の市立歌劇場の大火災によってそれ以前の上演記録の大半が焼失してしまった。2019年11月16日にウクライナ国立歌劇場文芸資料館長のラリーサ・タラセンコ氏に神竹喜重子が取材している[2])、2000 年頃からはそれら資料群を収録した上演データベースが CD-ROM 形式やウェブサイト上で急速に公開されるようになった。例えば、 スタンフォード大学図書館が公開している Opening Night! Opera and Oratorio Premieres [3] は、オペラとオラトリオの初演データを集めたデータベースであるが、この原型は From Don to Giovanni: opera database; oratorio database ${ }^{[4]}$ という CD-ROM版として刊行されたデータベースである。その後、改訂版刊行ののち(2010 年)、スタンフォード大学図書館に引き継がれて 2013 年からインターネット上で公開された。以降も更なる移行(2019 年)や改訂を重ねて現在のような形になっており、上演データベースの発展がよくわかる例だ言えよう。他にも主要な公演データベースとしては、1996年からプロジェクトが開始され2000-2001年に公開された、 ブロードウェイの公演データベース Internet Broadway Database $(I B D B)^{[5]}$ や、2012 年からの Spielplanarchiv der Wiener Staatsoper [ウィーン国立歌劇場上演演目アー カイブ][6] などがある(なお大矢未来「近年の音楽劇データベースの公開状況」[7] は2016 年時点での主要データベースについて詳しい)。これらにより、それまで各地に分散していた資料を統合し、包括的な比較研究を行う土壤が整いつつあるのが現在の状況である。 これら上演記録の資料形態は複数あり、大きく分け ると下記のような 5 種類に分けられるだう。 (1) 劇場の内部資料としての上演記録 (2) 公演ごとに発行された当時のポスターやチラシ (3) 当時の新聞や雑誌に掲載された告知や批評 (4) (1)(2)をとに劇場が周期的に発行する年鑑や年報等 (5) (1)(2)(3)(4)をもとに後代の研究者がまとめた資料集これらのうち(1)(2)(3)については主に各劇場や文書館、図書館等で保管されていることが多い。(4)は現代でも「劇場開場 200 年記念」などの記念年に発行されることがあるため、一部は(5)と重複する。さらに、(1)〜(5)を利用した研究書において、付録や表の形で上演データを掲載しているものもある。 ## 3. データ化にあたつての課題と検討すべき事項 本章では、前章の資料種類の(2)、(3)、(4)、(5)を用いた、筆者らの調査によって現れた検討課題を提示する。 これらは実際にオぺラの興行情報をデータベース化していく際に出た課題や、留意して今後検討していく必要のある事項である。 ## 3.1 どの資料を選択するか 前章で示した通り資料の種類は複数あり、一つの公演情報をデータ化する際にどの資料をもとにデータベースを作成するかは第一の検討課題となる。資料によらず同じ情報が掲載されていれば理想的だ゙、資料によって事実誤認が含まれていたり、公演が何らかの事情により予告通りに上演されないこともある。以下で例を見てみよう。 例えば、レヴァシェワ編の『ロシア音楽史』全 10 巻 (2011 年)の第 10 巻第 2 分冊は、19 世紀ロシアにおける地方都市の上演データ集である(資料種類(5)。ここでは 1892 年のムソルグスキー (Modest Mussorgsky, 1839-1881)《ホヴァーンシチナ》キエフ公演の興行師はプリヤニーシニコフ (Ippolit Pryanishnikov, 18471921)との記載があるが[2][8]、当時の新聞『キエフの言葉』(資料種類 (3))を確認するとセートフ(Josif Setov, 1835-1894)の興行であることがわかる[2][9]。作曲家や作品上演研究の場合、これらの情報の正誤は研究の根幹を左右する場合もある。 さらに、公演が何らかの事情により予告通りに上演されないこともある。オーストリア国立図書館デジタルアーカイブに収録されているウィーン宮廷歌劇場 (現ウイーン国立歌劇場)の公演ポスター(資料種類 (2) [10] では、予定されていた公演に急きょ変更が発生した際に差し替え用のポスターが刷られている。 図1、図 2 はその例である[11]。図 1 は 1898 年 8 月 1 日の公演ポスターで、ヴァーグナー(Richard Wagner, 1813-1883)による《ローエングリン》が予定されていることがわかる。図 2 が変更後の差し替えポスター であり、ポスター上部には「シュメーデス氏の突然の声のかすれにより、《ローエングリン》に代わって《さまよえるオランダ人》(Wegen plötzlich eingetretener Heiserkeit des Herrn Schmedes statt "Lohengrin": Der fliegende Holländer)」という変更理由も書かれている。 このように差し替えポスターが出ている場合は明白であるものの、変更後の情報が事前には刷られていない場合もある。その場合は裏付け調査として、資料種類(3)である新聞や雑誌に掲載される、後日発表された 図1《ローエングリン》ポスター $(1898 \text { 年8月1日 })^{[11]}$ 図2 《さまよえるオランダ人》ポスター $\left(\right.$ 差し替え版 ${ }^{[12]}$情報を辿る必要があるだろう。 ## 3.2 ポスターやチラシの視覚的側面 (1)の公演ポスターや、チラシ等をもとにデータ化する際、それらの資料には単なる上演情報だけではなく、文字の大きさや配置等の視覚的な要素が含まれており、それが当時の価値観や世相を反映していることがある。 例えば、図3はシエナ(イタリア)のアカデーミア・デッリ・イントロナーティ(「アカデーミア」とはイタリアの各都市で 16 世紀頃から複数結成されていた知識人グループで、一部はオぺラ復興上演の担い手にもなっていた)の劇場(現テアトロ・リノヴァー ティ)における、1790 年夏の上演告知である[13]。資料はシエナ市立図書館が所蔵する、同時代の蒐集家バンディーニ (Antonio Francesco Bandini, 1759-1839) によるコレクション「シエナ日記」(1785-1838 年)の膨大な資料の一片である。 ここでは、一段目に “Primo Soprano”(第一ソプラノ、 ここではカストラート歌手)と“Prima Donna”(第一女性歌手、ここではソプラノ歌手) が歌手名とともに記され、一段下がったところに“Primo Tenore”(第一テノール歌手)が記されている。つまり、主役級の歌手らは上段にまず書かれ、テノール歌手は第一歌手でもそのやや下に置かれており(図4)、ソプラノ歌手と比較してテノール歌手が「二番手」であること、つまり声域による歌手の「格付け」を示している。当時、声域が作品内の役の重要度に直結していたためである。文字情報のみでデータベース化するとこのような視覚的情報は失われることとなり、単なる公演記録として 図3 アカデーミア・デッリ・イントロナーティの新劇場(シエナ)の 1790年夏の上演告知[13] だけではすくいきれない情報が存在する例であろう。 図4 図3の拡大図(出演歌手の欄) ## 3.3 時代の変遷による項目の出現や消失 公演ポスター等には、現代では自明のように記録されている項目が、時代や地域においては記録されない、 あるいは名称自体が異なっている場合もある。例えば、作曲者や指揮者、台本作家等がそれにあたる。 先ほどの図 3 においては、作曲家であるアンドレオッジ(Gaetano Andreozzi, 1755-1826)の記載はあるものの、台本作家がメタスタージオ (Pietro Metastasio, 1698-1782)であることは記されていない。さらに歌手は “Attori”(俳優、演者)とされており、歌手や音楽家というよりも「劇を演じる者」であるという意識が透けて見える。 別の例として、ドイツのライプツィヒ・ゲヴァント八ウス管弦楽団における「オぺラの抜粋上演」の例を見てみたい。ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏会プログラムに関する本記述については、下記の論考にも揭載している ${ }^{14]}$ 。ゲヴァントハウス管弦楽団は 1781 年から年間 20 回程度の予約演奏会(定期演奏会)を現在まで継続している団体である。ライプツィヒ市資料館に所蔵されているポスターを調査すると、 1825 年頃まではほぼすべての演奏会で、それ以降 19 世紀末頃までは約半数の演奏会で、オぺラ作品の抜粋がプログラムに組み込まれている。 その際、作曲者名、オペラ名、演奏者名と歌詞全文がプログラムに記載されたが、個別の作品名は記載されなかった。歌詞全文の記載があるので、作品特定は可能である。データ作成上の問題は、演奏者名の記載が無い場合の対応である。独唱の場合は、ほとんどの例で記載があるが (9 割程度)、二重唱以上の人数になると、記載の有無に幅が出る。記載が無くとも演奏者が明らかな場合、記載自体を尊重する在り方と、事実を尊重する在り方の判断が、データベース作成者に問われるだろう ${ }^{[14]}$ 。 2 つの事例では、長いスパンで記録をデー夕化する際、これらの項目の有無や見出しも一つの情報としてデータベースに含むのか、それともそのデータの不在 を「データ久損」としてみなし、研究者が補うべきなのか検討が求められる。 ## 3.4 備考欄の情報の取捨選択 先ほど 3.1 において歌手の変更理由について述べたところであるが、資料には様々な「備考」が書かれており、それらも当時の価値観を反映していると考えられる。ハンガリー王立歌劇場(現ハンガリー国立歌劇場)を例に取ると、開場 25 周年記念資料集(資料種類(4))の上演演目一覧には、日付・会員券種・作品名・客演・備考が記載されている。そして備考欄には、 チケットの価格設定のランク・王や王妃の臨席・王や王妃の聖名祝日・特別公演情報などが記されているほか、「国民劇場年金機構のため」といった文言が見られる $[15]$ 。年金基金のための公演だったことが推察されるが、これらがどの程度重要性を持っていたのかも含め、データ化する際にどの範囲まで網羅するべきか検討が必要だろう。実際、ハンガリー国立歌劇場によるデジタルアーカイブ[16] にはチケットの価格設定の情報は収録されていない。 ## 3.5 上演言語 オペラの上演言語は様々であり、どの言語で上演されたか(歌唱されたか)が作品受容の文脈において非常に重要な意味を持っている。例えば、オーストリアでは18世紀から、マリア=テレジアの劇場政策やヨー ゼフ 2 世の劇場改革以降、上演言語が政治によって左右された。宮廷文化としてのイタリア語やフランス語に対して、さらに国家言語としてのドイツ語という様々な言語が併存、時に拮抗しながら音楽劇上演が行われてきた歴史がある ${ }^{[17]}$ 上演言語はポスター等に記載されている場合もあるが、逆にポスターのみではわからない場合ももち万んある。具体的に見てみよう。ウィーン宮廷歌劇場でのモーツァルト (Wolfgang Amadeus Mozart, 1756-1791)《ドン・ファン》(《ドン・ジョヴァンニ》)(1897 年 8 月 22 日)には、台本が原語でないことを示す一行が入っている。演目名である “Don Juan”の下に「ドイツ語上演のためのマックス・カルベック(Max Kalbeck, 1850-1921)による自由翻案」とあり、イタリア語の原語上演でないことを示しているのだ[18]。 一方で、ビゼー (Georges Bizet, 1838-1875)《カルメン》 (1897 年 10 月 8 日)の上演ポスターには、翻訳・翻案の記載がない[19]。他のポスターと比較するとこれは極めて例外的であることから、記載がないことだけでドイツ語上演ではなかったと判断することはできな い。ポスター「のみ」を通した分析の限界を示しているだろう。 ## 3.6 作品の改変 先ほどの《ドン・ファン》のように「翻案」という記載がある場合、どの程度の改変がなされていたのか一つまり名前のみを現地化した程度だったのか、ストーリー等も変わっているのか—を考えると、上演演目を翻案前の作品と同一視して良いかどうかという問題も浮上する。 例えばロシア帝室劇場には厳しい検閲があったことから、宗教的制約(神、悪魔を描くことを忌避)や、革命や共和政を肯定するような事件を扱うことが制限された。そのためオぺラの内容(タイトル、時代や場所、登場人物の名前等)も大幅に変えられることがあった。フランスのグランド・オぺラの例を見ると、 オベール (François Auber, 1782-1871)《ポルティチのおし娘》(1828年世界初演) は《パレルモのならずもの》 (1857 年)、アレヴィ (Jacques Halévy, 1799-1862)《ユダヤの女》(1835 年世界初演)は《枢機卿の娘》(1837 年)、マイアーベーア (Giacomo Meyerbeer, 1791-1864)《預言者》(1849 年世界初演) は《ヤン・ファン・ライデン》(1869 年) 等に変えられている ${ }^{[20]}$ 。これらの場合、演目名だけでなく、内容も鑑みて判断する必要が求められるだろう。 ## 4. おわりに 本稿では、上演演目デー夕の整理・分類における諸課題を提示してきた。オぺラ公演については、演奏会と比較してレパートリー研究がそれほど進展していないことが指摘されており[21]、近年研究の数は増えてきているものの、その数は多くはない。そのような状況下で興行デー夕を蓄積していくことは、社会史や経済史などの文脈で劇場を取り巻く環境を考察したり、 さらに芸術史においても作品の正典化を解明する上で不可欠な作業である。 本研究チームは当初、さまざまな劇場のすべてのデータを網羅した「統合」作業を目指していた。しかし本論で見てきたように、時代や地域によってそれぞれの資料自体に特性や価値観が反映されているため、全部を統合しょうとするには 2 通りのデータベース構築が考えられる。すなわち、資料にある項目すべてを網羅して項目立てした、最小公倍数的なデータベースの構築か、日付と演目名だけいった共通の項目立てのみを行う最大公約数的なデータべースの構築である。前者については、項目数が無限でもデータベース化 できるというデジタルアーカイブの長所を生かすことができる。時代・地域による項目立て時代の変遷等、 さまざまな変化が可視化される可能性があり、利用者の便宜を考えれば将来的に実現が目指されるべきものであろう。その一方で、注記も含めたデー夕量が膨大になる、また各レコードで使われていない項目が無数に存在し無駄が多くなる、地域・時代によって意味内容の異なる同一項目内を検索する際に混乱が起こりうる、さらに 3.2 で述べたような視覚情報までを網羅するのが困難なことなど、現時点で実現するには限界があるように思われる。 後者については、抒そらくそれ自体は価値あるものではあるだろうが、そもそも日付と演目名のデータすらも判然としないものも多く、比較研究でそのデータベースを利用しても発見の少ないものになる可能性がある。項目の見出しにすら変遷が見られるように、興行データに打ける「発見」は、どの切り口から見るかという抽出の仕方、変数に負うところが大きい。そのため、研究の目的に沿った形でデータベースを作成しようとすると、データを削ぎ落とせざるをえず、汎用性とのジレンマに陥ることとなる。 「公演データベース」と聞くと、上演劇場、主催者、公演日、演目および作者、演奏者、入場料、配役、そしていくばくかの「備考」といった情報を記載順にデータ入力すればよいような印象を持つが、実際の記録は単なるテキスト情報以外にこれほどに豊かな周辺情報を有しており、記載内容を無機的にデジタル化するだけでは、これらを十分に活用しきれない。 以上を踏まえて、研究に活用できるデータベースはどのような形がふさわしいだろうか。周辺情報を含めすべてを網羅したものを一度に作万うとするよりは、多くの研究者の興味を惹きつけることが見达める個別のテーマ(例えば共通に上演されている演目、有名な歌手に特化するなど)を設定した上で、多少の周辺情報を盛り込みながら統合するのが現実的だろう。すでにそのような試みは作品研究や作曲家研究においていくつか存在しているため(例えば、ヘルベルト・フォン・カラヤンの録音や出演コンサート情報を網羅したデータベースなど ${ }^{[22]}$ )、例えば今後は一劇場・一団体ではなく都市全体や、同じ原作を持つ作品群、リブレッティストを中心としたデータベースなどが考えられる。 上記の提案はそのまま本研究の方針の再検討の必要性や今後の課題に直結する一方で、これまで述べてきた知見は、横断比較用のために集まったデータのバラエティの広さがあってこそ得られたものである。各時 代・各地域の資料を横並びにすることによって初めて、どのデータ(項目)を大事にするのかという地域や時代の価値観が可視化されたとも言える。その点で本稿は新たな視座を提供しており、今後の歌劇場デー タベース作成に資する一つの成果であろう。 ## 註 [註1] 本稿は、日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究 (C)「ヨーロッパ音楽劇上演の変遷と伝播:言語と地域の横断的研究」(課題番号:19K00150)の成果である。 ## 参考文献 [1] Nicholas Till, "The operatic event: opera houses and opera audiences," The Cambridge Companion to Opera Studies, ed. Nicholas Till (Cambridge UP, 2012), 70. [2] 神竹喜重子「《ホヴァーンシチナ》が日の目を見るまで: 1892年のキエフにおける舞台初演」佐藤英、大西由紀、岡本佳子編『オペラ/音楽劇研究の現在:創造と伝播のダイナミズム』(水声社、2021年), 63-87. [3] Opening Night! Opera and Oratorio Premieres. https://exhibits.stanford.edu/operadata (参照 2023-06-24). [4] Richard Parrillo, From Don to Giovanni: opera database; oratorio database (Bellevue, Wash.: Sibylline Books, 1997). [5] Internet Broadway Database (IBDB). https://www.ibdb.com/ (参照 2023-06-24). [6] Spielplanarchiv der Wiener Staatsoper [ウィーン国立歌劇場上演演目アーカイブ]. https://db-staatsoper.die-antwort.eu/ (参照 2023-06-24). [7] 大矢未来「近年の音楽劇データベースの公開状況」早稲田大学オペラ/音楽劇研究所発行『早稲田大学オペラ/音楽劇研究所主催公開シンポジウム歌劇場のプログラム分析から見えるもの一音楽劇データベースの構築と利用法一報告書』(2016年) 31-35. [8] История русской музыки. Т. 10B: 1890-1917. [ロシア音楽史第10巻 1890-1917] Хронограф. Кн. II. Под ред. Е. М. Левашева. М.: Языки славянских культур, 2011, 15. [9] Киевское слово [『キエフの言葉』] no. 1718, 26 October 1892, 2. [10] オーストリア国立図書館デジタルアーカイブ (AustriaN Newspapers Online, ANNO). https://anno.onb.ac.at (参照 2022-11-02). [11] ANNO, Theaterzettel der beiden k.k. Hoftheater und des k.k. priv. Theaters an der Wien und ihrer Nachfolgerinstitutionen (tit. fict.), 1898-08-01, Seite 1. [オーストリア国立図書館デジタルアー カイブ、両宮廷劇場、テアター・アン・デア・ウィーンおよび後続組織の公演ポスター、1898年 8 月 1 日、1ページ]. https://anno.onb.ac.at/cgi-content/anno?aid=wtz\&datum=189808 01\&seite=1\&zoom=33 (参照 2022-11-02). オーストリア国立図書館蔵。 [12] ANNO, Theaterzettel der beiden k.k. Hoftheater und des k.k. priv. Theaters an der Wien und ihrer Nachfolgerinstitutionen (tit. fict.), 1898-08-01, Seite 2 (onb.ac.at). [オーストリア国立図書館デジタルアーカイブ、両宮廷劇場、テアター・アン・デア・ ウィーンおよび後続組織の公演ポスター、1898年 8 月 1 日、 2 ページ]. https://anno.onb.ac.at/cgi-content/anno?aid=wtz\& datum=18980801\&seite=2\&zoom=33 (参照 2022-11-02). オー ストリア国立図書館蔵。 [13] In Siena nel nuovo teatro della nobilissima accademia degl' Intronati. L'estate dell' anno MDCCLXXXX. Antonio Francesco Bandini, Diario sanese (1785-1838). Biblioteca Comunale degli Intronati, Istituzione del Comune di Siena. [シエナ、アカデーミア・デッリ・イントロナーティの新劇場 1790 年夏の上演告知. アントニオ・フランチェスコ・バンディーニ、シエナ日記 1785-1838年. イタリア、シエナ市立図書館所蔵コレクション] [14] 小石かつら「「書かれていないこと」は何を意味するのか一ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のプログラムをさぐる一」『美学論究』(関西学院大学美学芸術学会) 36 (2020): 67-71. [15] A M. Kir. Operaház Igazgatósága, A Magy. Kir. Operaház 18841909: adatok a szinház huszonötéves történetéhez [ハンガリー王立歌劇場統括部『ハンガリー王立歌劇場 1884-1909年:劇場25年史の記録』]. (Budapest: Markovits és Garai, 1909), 35など多数。 [16] ハンガリー国立歌劇場オペラ・デジタルアーカイブOpera Digitár. http://digitar.opera.hu (参照 2022-11-02). [17] 大河内文恵「1760年代から1830年までのヴィーンにおけるオペラ上演についての試論—ドレスデン・ベルリンとの比較から一」『東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校研究紀要』17(2022): 51-57. [18] ANNO, Theaterzettel der beiden k.k. Hoftheater und des k.k. priv. Theaters an der Wien und ihrer Nachfolgerinstitutionen (tit. fict.), 1897-8-22, Seite 1 (onb.ac.at). [オーストリア国立図書館デジタルアーカイブ、両宮廷劇場、テアター・アン・デア・ ウィーンおよび後続組織の公演ポスター、1897年 8 月22日、 1 ページ]. https://anno.onb.ac.at/cgi-content/anno?aid=wtz\& datum=18970822\&seite=1\&zoom=33 (参照 2023-06-25). オー ストリア国立図書館蔵。 [19] ANNO, Theaterzettel der beiden k.k. Hoftheater und des k.k. priv. Theaters an der Wien und ihrer Nachfolgerinstitutionen (tit. fict.), 1897-10-08, Seite 1 (onb.ac.at). [オーストリア国立図書館デジタルアーカイブ、両宮廷劇場、テアター・アン・デア・ ウィーンおよび後続組織の公演ポスター、1897年10月 8 日、 1 ページ]. https://anno.onb.ac.at/cgi-content/anno?aid=wtz\& datum=18971008\&seite=1\&zoom=33 (参照 2023-06-25). オー ストリア国立図書館蔵。 [20] Ежегодник императорских театров [『帝室劇場年鑑』] (СПб., 1890-1915), Marina Frolova-Walker. "Grand opera in Russia: fragments of an unwritten history," Charlton, David, ed. The Cambridge Companion to Grand Opera (Cambridge UP, 2003). 平野恵美子「ロシアのグランド・オペラとバレエ」『パリ・オペラ座とグランド・オぺラ』丸本隆ほか編(森話社、 2022), 420-424. [21] Nicholas Till, "The operatic work: texts, performances, receptions and repertories," The Cambridge Companion to Opera Studies, ed. Nicholas Till (Cambridge UP, 2012), 236. William Weber, "Art, Business, Canon and Opera: Two New Studies," The Opera Quarterly, 25/1-2(2009), 157-64. [22] Discover Karajan: Recording \& Concert Catalog. https://discoverkarajan.com/ (参照 2023-06-24).
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# デジタルアーカイブ資料の活用を促進する二次利用条件 のあり方 How to indicate secondary use conditions to encourage the utilization of digital archive resources 大井 将生 ${ }^{1,2}$ OI Masao 渡邊 英徳 ${ }^{2}$ WATANAVE Hidenori 1 東京大学 大学院 学際情報学府/TRC-ADEAC Email: [email protected] 2 東京大学 大学院 情報学環 1 The University of Tokyo Graduate School of Interdisciplinary Information Studies/TRC-ADEAC 2 The University of Tokyo Interfaculty Initiative in Information Studies } (受付日:2022年10月17日、採録日:2023年4月15日、電子公開日:2023年7月3日) (Received: October 17, 2022, Accepted: April 15, 2023, Published electronically: July 3, 2023) \begin{abstract} 抄録:本稿ではデジタルアーカイブ資料の活用を促進する二次利用条件のあり方を提示する。まず、ジャパンサーチと ADEAC 対象として資料の二次利用条件を調査する。その結果、それぞれ $38.9 \% 、 57.9 \%$ のアーカイブで活用の阻害要因となる条件が設定 されていることが確認された。この課題をふまえ、資料公開機関と教員による教材化ワークショップを実践する。その結果、酒田市の事例では、学校利用が制限なく可能な条件に変更された。以上より、1. 多くのアーカイブで活用の阻害要因となる二次利用条件が設定されていること、2. 資料公開機関とユーザが活用を基盤とした連携を行うことで資料のオープン化を推進できる可能性が 示唆された。 Abstract: This paper proposes secondary use conditions that promote the utilization of digital archive resources. For this purpose, we surveyed the secondary use conditions of the archives of Japan Search and ADEAC. The results showed that 38.9\% and 57.9\% of archives set conditions that inhibit utilization. Considering this issue, workshops on the conversion of resources into learning materials by institutions and teachers are practiced. As a result, in the case of Sakata City, the conditions were changed to permit school use without restrictions. From the above, the study suggests the following; (1) Many institutions have set secondary use conditions that are a disincentive to utilization, and (2) It was suggested that institutions and users can potentially promote the openness of resources through utilization-based collaboration. \end{abstract} キーワード : デジタルアーカイブ、二次利用条件、CCライセンス、Rights Statements、教育活用、ジャパンサーチ、情報リテラシー Keywords: Digital Archive, Secondary Use Condition Statement, CC Licenses, Rights Statements, Educational utilization, Japan Search, Information literacy ## 1. はじめに 2022 年 4 月の博物館法改正において、デジタルアー カイブ化が業務として明文化され、博物館の登録対象の拡大方針が示された ${ }^{[1]}$ 。これにより、今後は施設の規模・有無を問わず各地でデジタルアーカイブ化の加速が予測される。また、個別のデジタルアーカイブのメタデータを横断検索可能なジャパンサーチは、公開後 2 年を経て、連携データベースの拡充が進んでい了[註1][2]。 このようなデジタルアーカイブの構築と連携が進展している状況にも関わらず、デジタルアーカイブ資料の権利処理・表記については、資料の活用場面における課題が残されている。とりわけ、「二次利用条件」 は、学校教育での活用場面など、資料の権利・利用条件についての専門知識を持たないユーザにとって、重要な役割を果たしている。 しかしながら、現状においては資料活用の阻害要因となり得る二次利用条件も散見され、改善のための議論も十分に行われているとはいえない。その要因としては、各地のデジタルアーカイブにおいてどのような二次利用条件が設定されているのかという実態が明らかでないこと、資料提供機関と活用者を架橋する二次利用条件のあり方が検討されてこなかったことが挙げられる。 したがって、各アーカイブにおける二次利用条件の実態を明らかにした上で、資料の活用を促進する二次利用条件のあり方について、資料提供機関と活用者による対話に基づいた検討を行う必要があるといえる。 そこで本稿では、「デジタルアーカイブにおける資料の活用を促進する二次利用条件のあり方を提示すること」を目的とする。そのために、まず、2 章において二次利用条件をめぐる関連動向と先行研究を整理 L、次いで 3 章では統合的なデジタルアーカイブの二次利用条件について調査し、その実態を明らかにする。 さらに 4 章では、教育活用の実践を通して資料の学校利用が制限なく可能な条件に変更された事例を取り上げる。5 章・6 章では、上記の調査と実践の結果をふまえ、デジタルアーカイブにおける今後の二次利用条件のあり方を提示する。 ## 2. 関連動向と先行研究 ## 2.1 著作権に関する法制度改正に伴う動向 2020 年 4 月に改正著作権法第 35 条が施行され、 2021 年 4 月には授業目的公衆送信補償金制度が本格的に開始された。また、国立国会図書館は、これまで行ってきた著作権の保護期間満了資料の Web 公開に加立、2022 年 5 月からは絶版等資料を Web 経由で個人に送信するサービスを開始した[3]。さらに、放送アーカイブのうち権利処理が難しく一般市場で入手困難なものを絶版として再定義し、授業目的で制限利用を可能とする提言もなされている[4]。 このように、これまで自由な活用が難しかった著作権のある資料や絶版資料の教育目的での活用を支援する法制度の整備や議論が進展している。 しかしながら、現場の教員にとっては、改正著作権法第 35 条の規定内容に該当するかどうかの判断や利用報告の手続きを授業・教材ごとに行なうことは負担が大きい。また、例えば教員が作成した教材のWeb 上での公開・共有は、教材準備の負担軽減や初任者の授業支援などに寄与する知の基盤となるものの、そうした利用は上記規定に該当しないといった制限面での課題もある。 ## 2.2 著作権保護期間外の資料に対する二次利用制限 一方で、著作権の保護期間が満了している資料については、難しい判断や複雑な手続きを要することなく自由に活用できることが期待できる。 しかしながら、時実 (2017) が指摘しているように、国内では慣例的に不明瞭な利用条件を表示する機関や、積極的に著作権を主張することで厳しく利用を制限する機関もみられる[5]。その影響に関して、清水 (2019)は、著作権の保護期間外資料の画像活用についても、許可申請や使用目的の明示が必要となること、使用料が求められることや活用が許可されないケースもあることを指摘している[6]。 清水は、こうした背景には、資料の維持管理費用を貸出料で賄いたいという経済的な事情と、用途を把握して望まない文脈での使用を避けたいという心情的な事情があるとしている。 ## 2.3 標準化された二次利用条件 このような慣例的な資料の利用制限をめぐる課題を解決するために重要なのが、二次利用条件である。デジタルアーカイブ資料の活用を促進するためには、二次利用条件が以下の要素を満たすことが望まれる[註2][7]。 1)可能な限りオープンであること 2)制限がある場合はその範囲が明確であること 3)国際的に標準化された表示であること 4)機械可読であること 5)子どもたちにも分かりやすいものであること 現在、各国で主に用いられている二次利用条件のフレームとしては、Creative Commons (以下 CC と呼ぶ) と Rights Statements(以下 RS と呼ぶ)がある。両者は機械可読に対応している点では共通しているが、作られた趣旨が異なり、日本では CC の方が広く普及している[7]。 $\mathrm{CC}$ には利用許諾の範囲や条件にバリエーションを持たせた 6 種類のライセンスがあり、作者は著作権を保持したまま作品を自由に流通させることができ、受け手はライセンス条件の範囲内で再配布やリミックスなどを行なうことができる ${ }^{[8][9] 。 R S}$ は Europeana と DPLA が共同開発したもので[10]、Creative Commons も支援している。RSの目的は各国ごとに異なる著作権法制度や二次利用に関する仕組みの違いを乗り越えて統一的な情報を提供することにあり、CCは著作者が利用条件を表明するものであるのに対し、RSはコンテンツ提供者が確認できた権利や利用条件の状態を表明するものであるという違いがある [7][11]。 ## 2.4 オープンデータ化に向けた国内の動向 2014 年 6 月、内閣官房 IT 総合戦略室は「政府標準利用規約」第 1.0 版を作成し、各省庁ウェブサイトの利用規約を標準化し、広く二次利用を認める原則を示した ${ }^{[12]}$ 。この転換は、オープンデータ推進の観点からは大きな進歩であったと評価される一方で、当時の世界的な潮流からするとオープン化が完全とはいえない点も課題とされた ${ }^{[13]}$ 。政府標準利用規約は 2015 年には各省庁から寄せられた意見もふまえた改定がなされ、データの利活用が進む環境作りに向けて国際的にオープンなライセンスと認められることが目指され、 Creative Commons の CC BY4.0 と互換性がある第 2.0 版が示された ${ }^{[12]}$ 。国立文化財機構の所蔵品統合検索システム(略称:ColBase ${ }^{[14]}$ )はそうした国際基準での互換性をふまえて博物館の所蔵品情報が世界的に利用されることを想定し、公開当初の 2017 年から政府標準利用規約の第 2.0 版に準拠した再利用が可能と定めた[15]。 国内における CC の付与を媒介とした文化資源の活用促進については、福島(2014)による国宝・東寺百合文書の CC BYでの Web 公開[16] の貢献も大きい。 また、市民参加型でボトムアップな実践を行ってきた 大阪市立図書館デジタルアーカイブも、2018 年 4 月時点で約 7000 点の資料を CC BY で提供している[17]。澤谷(2018)は、オープンデータ化によって、利用許諾に関する処理件数が減少し、事務負担が軽減されるという利点を明らかにしている。 ## 2.5 オープンライセンスに関する留意点 一方で、数藤(2020)は、本来 CC は著作者自身がライセンスすることを想定したものであるため、著作者以外が用いる場合は効力を生じない場合も考えられること、平面的な作品を単純に正面から撮影したケー スなど新たな創作性がなく著作権が認められにくい場合には、CCが適切でないと考えられることを指摘している ${ }^{[7]}$ 。 コンテンツ提供者が権利状態を表明するツールとしては RSがあり、時実(2019)は日本でもRS の早期採用を進めることを提唱している[11]。しかしながら、RS については、表明内容に法的な保証があるわけではないことや、「教育目的の利用」の範囲などを各機関で検討する必要があることも考慮しなければならない[7][11]。 ## 2.6 国が示す「望ましい二次利用条件の在り方」 このように、二次利用条件の標準規格をめぐる議論が進む中で、内閣府に事務局を置くデジタルアーカイブジャパン実務者検討委員会(2019)は、「デジタルアーカイブにおける望ましい二次利用条件表示の在り方について」(以下「望ましい二次利用条件表示」と呼ぶ)を提示した。ここでは、「公的機関が権利を保有するもの又は公的助成により作成されたデータであり第三者の権利に影響を与えないものに関しては、できる限り広く活用可能な形で共有・発信していくことが求められる」という考え方のもと、推奖する二次利用条件表示が示された[18]。 ## 2.7 ジャパンサーチにおける二次利用条件の運用 国の分野横断型検索プラットフォームであるジャパンサーチは、コンテンツの二次利用を促進するための分かりやすい二次利用条件表示に取り組んできた[19]。具体的には、「望ましい二次利用条件表示」のガイドラインをもとに、連携機関がコンテンツに付与している権利区分を「教育利用」「非商用利用」「商用利用」 の三観点で $\bigcirc \bigcirc$ 利用可」、「 $\triangle=$ 条件付き利用可」、 $\lceil x=$ 無断利用不可 (要許諾) 」、「-= 該当なし」という形に対応させて表示させている ${ }^{[20]}$ (表 1)。 こうしたジャパンサーチの取り組みは、利用条件についてシンプルな形式で統一化を図っている点や、ラ イセンスごとに絞り込み検索ができる点に新規性・有用性がある。 表1ジャパンサーチにおける権利区分の対応表 ## 2.8 本稿のアプローチ ここまで概観したように、国のオープンデータ化の方針に即した二次利用条件表示の整備が進んでいる。一方で、実際の活用場面では、オープンでない/あるいは不明瞭な二次利用条件によって、資料の活用ができない/活用できるのか判断できないという事例が確認されている ${ }^{[21]}$ 。したがって、資料活用の阻害要因になっていると考えられる二次利用条件の実態を明らかにした上で、資料活用を促進する二次利用条件のあり方について検討を行なうことが必要である。 そこで本稿では、統合的なデジタルアーカイブを対象として、各機関が表示している二次利用条件の種別を調査する。まず、ジャパンサーチを対象として、 PDM、CC BY、著作権あり、教育利用 (可)、該当なしなどの 18 種の利用条件の種別ごとにソートして資料数をカウントする。ついで、各機関のオリジナル利用条件を確認するために、ADEACを対象として、利用条件が記載されているぺージの内容を特徴ごとに分類する。また、教育活用の実践を通して二次利用条件が変更された事例について述べる。 以上を通して、デジタルアーカイブにおける資料の活用を促進する二次利用条件のあり方について検討する。 ## 3. 二次利用条件に関する調査 ## 3.1 ジャパンサーチにおける二次利用条件別の資料数 まず、ジャパンサーチに打ける二次利用条件別にみた資料数について調べる。ジャパンサーチの横断検索機能[22] を活用し、(表 1)に示した 15 種の権利区分にジャパンサーチが設定している 3 種の簡易項目を加えた計 18 種の二次利用条件ごとにソートして資料数を確認する。調査の結果を(表 2)に示す。なお、調査結果は 2022 年 5 月 28 日時点のものである。 表2 JPSの利用条件別資料数. 公開データを基に筆者作成 ## 3.1.1 「該当なし」「著作権あり」の二次利用条件資料 約 2590 万件の全資料中、最も多かったのは「該当なし」の約 1009 万件で、全体の約 $38.9 \%$ であった。 こうした二次利用条件表示の資料を活用する際には、各サイトの規約項目を探して利用条件を別途確認する必要が生じ、異なるぺージを調べる手間が生じることで資料活用の阻害要因となり得る。 また、「該当なし」資料の中には、提供機関サイトの利用条件ページでは引用表記を行えば自由に活用できる旨が記載されているにも関わらず、ジャパンサー チ上では(図1)のように、許諾申請なしでは活用ができないと解釈し得る二次利用条件表示も認められる。次にジャパンサーチ上で多い二次利用条件は、「著作権あり」で、311 万件であった。しかしながら、この二次条件が表示されている資料の中には、江戸時代に制作された作品を正面から撮影したものなど、著作権保護期間の対象外と考えられ得る資料も認められる。 ## 3.1.2「教育利用」可能な二次利用条件資料 「教育利用」可能な資料は 167 万件と三番目に多く、 その内訳をみると、先駆的な取り組みでデジタルアー カイブの構築と活用を牽引している以下のような機関がみられる。 ## 回 著作権あり 図1機関のオリジナル二次利用条件とJPS上の表示に䶦が認められる事例 ・国立国会図書館デジタルコレクション ・にいがた地域映像アーカイブデータベース - ColBase ・ARC 古典籍/浮世絵ポータルデータベース ・デジタルアーカイブ福井 一方で、ジャパンサーチにおける全資料中に占める 「教育利用」可能な資料の割合は、正式版公開直後の 2020 年 9 月時点 ${ }^{[23]}$ 及び 2022 年 5 月時点 ${ }^{[22]}$ において、 ともに 6.4\%であり、大きな変化が認められない。 ## 3.2 ジャパンサーチの二次利用条件と教育活用 二次利用条件は、教育活用の場面で資料の選択要因となる。筆者が行っている小中高でのキュレーション学習実践 $[21][24]$ や、 $S \times$ UKILAM(スキラム)連携によるワークショップ[25] . 同教材アーカイブ[26] においても、「教育利用」可能とする条件の資料が、児童生徒や小中高の教員らに積極的に活用されている。一方で、それ以外の二次利用条件が表示されている資料は、活用できないと判断され、学習対象から除外される傾向にある。 しかしながら、(図1)で示した例のように、二次利用を制限する表示を行っている機関が、必ずしも自館資料の活用を望んでいないわけではない。このことを考慮すると、現状のジャパンサーチにおける二次利用条件表示の変換方法は、各機関の意図を適切に反映できていないことで資料活用の阻害要因となるケースもあると考えられる。 したがって、ジャパンサーチの簡易的な表示では把握しづらい各機関オリジナルの二次利用条件の実態を明らかにした上で、活用促進のための議論を進める必要がある。 そこで次節では、ジャパンサーチに連携する機関が、各アーカイブ上で表示しているオリジナルの二次利用 条件の実態を明らかにする。 ## 3.3 ADEAC の二次利用条件に関する調査 ## 3.3.1 調査の概要と結果 前節をふまえ、各地のデジタルアーカイブにおける二次利用条件について調査する。本稿では、より多様な地域の実態を明らかにするため、ADEAC ${ }^{[27]}$ のデジタルアーカイブを対象とする。ADEAC は、全国 39 都道府県のデジタルアーカイブの構築・公開を行なう統合的なデジタルアーカイブであり、各機関とジャパンサーチとの連携も担っている[28]。 調查においては、ADEAC の統一フォーマット上で二次利用条件を表示している「利用規定」ページの「1. ご利用にあたって」項目の文言を調べ、その特徴ごとに分類・整理する。なお、2022 年 5 月時点で ADEAC 上に搭載のあった 135 機関について、本調査では ADEAC 上で一つのアーカイブとして示されているものも、複数機関の資料を統合して公開しており、かつ機関ごとに異なる利用条件を表示している場合は、別アー カイブとしてカウントする。その方針に基づいて今回の調査対象としたADEACのアーカイブ数は145である。 2022 年 5 月 13 日から 5 月 27 日の期間に行った調査の結果を(表 3)(図 2)に示す。 ## 3.3.2 ADEAC の二次利用条件に関する考察 (表 3)のA・(図 2)で示した通り、ADEAC の二次利用条件で最も多かったのは、「コンテンツの印刷およびダウンロードは制限あり」という旨の表示で、全体の約 $57.9 \%$ を占めていた。こうした二次利用条件によって、例えば教育活用の場面では、教員の教材制作や児童生徒の探究学習におけるキュレーション活動などができず、資料の活用場面が制約されるという課題がある。 ただし、このような「印刷・ダウンロード制限」タイプの二次利用条件を表示している機関の中には、デジタルアーカイブの教育活用に熱心に取り組んでいる機関も見受けられる。そのため、オープンな利活用を進展するためには、教育活用への理解を訴えることとは異なる視点も必要である。例えば、ADEAC の二次利用条件の特徴をデジタルアーカイブの構築時期別にみると、クローズな条件を表示している機関ほど古い時期に作られている傾向が認められた。また、近隣地域の機関で同様の表示がなされている傾向も認められた。 したがって、構築時に他機関に倣って慣例的に厳しい二次利用条件を付与した機関に対しては、国のオープンデータ化の方針や、オープンな利用条件によって活 ADEACの二次利用条件の特徵別にみたアーカイブ数と条件表示の例. 公開データを基に筆者作成 印刷・ダウンロードは制限あり 研究や学校教育での利用は許諾など不要 不明瞭もしくは二次利用条件の記載なし $\square 9$ 図2 ADEACの二次利用条件の特徵別にみたアーカイブ数. 公開データを基に筆者作成 用が促進した事例などを共有し、構築当時に設定した二次利用条件からの変更を図ることが望まれる。 ## 4. 実践を通しての二次利用条件の改善 ## 4.1 オープンライセンス化における資料提供機関の課題 第 3 章では、統合的なデジタルアーカイブにおける二次利用条件の実態調查をもとに、資料活用の阻害要因となり得る二次利用条件が多いことを確認した。また、こうした二次利用条件は、資料の活用促進のために変更の必要性があるとの筆者の見解を述べた。 オープンライセンス化を現実的に進めるためには、資料提供機関において、自由な二次利用を認めることに関係者の理解を得られないケースや、二次利用条件の変更作業に伴う人員や予算の確保が難しい場合もあるという課題を考慮しなければならない。 そうした課題を解決するためには、資料提供機関と活用者の意思疎通によって両者のニーズを把握し、現場の目線に即した議論を行なうことが望まれる。したがって、資料の提供者と活用者による実践に基づいた対話の機会を創出することが肝要である。 ## 4.2 資料提供者と活用者をつなぐ $S \times$ UKILAM 連携 資料提供者と活用者をつなぎ、両者の対話を創出する実践としては、筆者が行っている $S \times$ UKILAM 連携がある。 $S \times$ UKILAM 連携では、小中高の教員や図書館・博物館・文書館・大学・企業などの関係者が一堂に会し、デジタルアーカイブ資料を学校で活用可能な形に教材化し、二次利用可能なライセンスで公開している ${ }^{[25][26]}$ 。このプロセスを通して、資料提供機関と活用者が互いのニーズを把握することで、資料を教材化するための学習デザインに加えて、資料の教育活用を促進するための二次利用条件についても議論が行われている。 たとえば、東京学芸大学附属図書館は、学校現場にデジタルアーカイブを教材として提供する上での学校教員の関心や考え方などを把握するために継続的に S $\times$ UKILAM 連携に参画し、同機関の資料を活用した教材を二次利用可能な形で公開している ${ }^{[29]}$ 。また、公的機関だけでなく企業からも参画があり、著作権のある資料についても、教育活用を促進するための二次利用条件について検討が行われている。 ## 4.3 実践を通して二次利用条件が変更された事例 本節では、ADEACの中で多数を占めていた「印刷・ ダウンロードは制限あり」という二次利用条件を表示していた機関のうち、資料の教育活用の実践を通して、条件がオープンな方向へ変更された事例について述べる。 2018 年に公開された山形県の酒田市立図書館/光丘文庫デジタルアーカイブ[30] は、他機関に倣って 「印刷・ダウンロードは制限あり」と二次利用条件を表示し、資料の活用に際しては問い合わせ及び書面での手続きを要していた(図 3)。一方で、資料の教育活用については積極的に推進したいとの意向を有しており、公開後には CC など機械可読性や相互運用性の高い仕組みを導入するための予算計上も行っていたが、予算獲得が実現せず資料の活用促進に対して課題を抱えていた。 そうした中で、 $S \times$ UKILAM 連携における教材化ワークショップへの参画を通して利用者側の実態を把握することで、改めて二次利用条件の見直しを行なう必要性があるとの問題意識が持たれるとともに、現状で資料提供機関にできる範囲で実践可能なことを検討する重要性が認識された。そこで、学校での活用を念頭におくならば、「印刷・ダウンロードは制限あり」 という二次利用条件では教材化やその共有ができないこと、活用の度に許諾申請を行なうことは授業準備の負担が大きく資料活用の阻害要因となることをふまえ、二次利用条件の内容に関する変更が検討された。 その結果、「印刷・ダウンロードは制限あり」箇所が削除され、「営利目的としない教育利用については、許諾の必要なく授業などで打使いいただくことができます」という文言が追加される形で修正された(図 4、表 3-B)。 本実践の特徴は、上記のプロセスが、メールやオンライン会議での対話によって、労力や費用を要せずに行われた点にある。また、資料の活用可能な対象や範囲を細分化して明示することで段階的な二次利用条件のオープン化を進めた点は参照性が高いと考える。 本事例は、元々表示されていた二次利用条件の表現自体が適切でなかったということではないものの、その内容が及ぼす影響や障壁に注目し、資料提供者側が利用者側の意見を把握する機会を得たことで資料の活用促進に繋がる変更がなされた点が重要であると考える。本稿では上述した酒田市の事例をふまえ、以後の議論を整理する。 1. ご利用にあたって 酒田市立図書館/光丘文庫デジタルアーカイブ(以下当We bサイトと言う)で公開しているコンテンツ (文書・画像・意匠等のデジタルデータ) の諸権利は、酒田市または酒田市の関係者が有しております。ご利用に際しては、次の条件に従ってください。 図3酒田市立図書館/光丘文庫デジタルアーカイブの二次利用条件:変更前 ## 酒田市立図館/光丘文庫デジタルアーカイブ 利用規定 1. ご利用にあたって 酒田市立図書館/光丘文庫デジタルアーカイブ(以下当We bサイトと言う)で公開しているコンテンツ (文書・画像・意匠等のデジタルデータ) の諸権利は、酒田市または酒田市の関係者が有しております。で利用に際しては、次の条件に従ってください。 二次利用を希望される場合は、下記お問い合わせ先までご連絡ください。但し、営利目的としない教育利用については、許諾の必要なく授業などでお使いいただくことができます。 図4酒田市立図書館/光丘文庫デジタルアーカイブの二次利用条件:変更後 ## 5. 議論 ## 5.1 調査結果の検討 調査を通して、統合的なデジタルアーカイブにおいて、資料活用の阻害要因となり得る二次利用条件が表示されている実態が明らかになった。また、その中でも、教育活用の実践を通して、資料の学校利用が制限なく可能な二次利用条件に変更された酒田市の事例を示した。もち万ん、酒田市の事例は学校教育での活用のみに焦点が当てられた部分的な改善であり、資料のオープン化においてべストな解であるとは言えない。 また、このような独自の条件は、(図 5、図6)で示すように、現状のジャパンサーチでは活用可能かどうかの判断が難しい表示に変換されてしまうという課題もある。したがって、こうした事例を契機として、「望ましい二次利用条件表示」で示されたオープンな二次利用条件への更なる理解促進を図ることが求められる。 一方で、仮に「望ましい二次利用条件表示」への理解が進んたとしても、CCやRSなどの機械可読なライセンス・メタデータを資料や目録ごとに付与するためには、専門的な知識・技術及び時間といった人的リソースと、そのための予算の確保が必要になる。それゆ宇、即時的なオープンライセンスの付与が難しいという課題が残る。したがって、過大な労力・費用を必要とせずに各館が対応可能な形で資料の活用を促進する二次利用条件を検討することが重要である。 ## 5.2 出典表記の課題 また、本稿における ADEAC を対象とした調査では、 RSを付与している機関が認められなかった点も注目に值する。RS はライセンスマークに利用条件の内容が自然言語で明示されているため分かりやすく、著作権者でない機関が利用条件を明示することができるという利点があるにも関わらず、日本では普及率が低い。 その要因の一つとして、RSが「BY」表記、すなわち活用・引用時の出典表記を前提としていないことが関係していると考えられる。すなわち、RS の付与によって自館資料のトレーザビリティが担保できなくな ることへの懸念が、普及率の低さに繋がっている可能性がある。 このことをふまえ、トレーザビリティを技術的に支援する仕組みを検討することや、資料の活用時には二次利用条件の種別に関わらず出典表記を行なうことを社会的に涵養することも検討を進める必要がある。 ## 5.3 ボトムアップなオープンデータ化 各館が現実的に抱える課題をふまえ、ボトムアップに段階的なオープンデー夕化を進めることも重要である。例えば、「現状では様々な事情で無条件の二次利用は許可しかねるが、教育活用は積極的に推進したい」 といった思いを適切に反映できる二次利用条件が「望ましい二次利用条件表示」やジャパンサーチの変換基準にはないというジレンマへの考慮が必要である。また、一部の担当者が資料のオープン化を推進したいと考えていても、自由な二次利用条件に周囲の理解をすぐには得られないという課題に配慮した、スモールステップな取り組みも求められる。 したがって、様々なジレンマや課題を抱えながらもオープンデータ化に向けて社会が変わる過渡期においては、資料提供機関と活用者の意思疎通を通してボトムアップな資料の活用促進を図ることが肝要である。 このような観点からも、酒田市の事例は、現場の目線に基づいた段階的なオープンデータ化の手法として各地で参照可能であると考える。実際に酒田市が新たに示した二次利用条件は、ADEAC の他機関でも緩やかに広がりを見せていることからも、各機関で害行しやすい手法であることがうかがえる。 ## 国 著作権なし-契約による制限あり 図5 独自の二次利用条件を付与した場合のJPS上でのライセンスの表示例 1 ## (2) どうやったらこの資料のデジタルコンテンツを使えるの? 資料固有の条件 ADEAC利用規定 図6 独自の二次利用条件を付与した場合のJPS上でのライセンスの表示例 2 ## 6. おわりに \\ 6.1 結論 本稿の目的は、デジタルアーカイブ資料の活用を促進する二次利用条件のあり方を提示することであった。 そのためにまず、各アーカイブにおける二次利用条件の実態を明らかにするために統合的なデジタルアー カイブを対象として各機関の二次利用条件の調查を行った。はじめに、ジャパンサーチを対象として、二次利用条件の種別ごとにソートして資料数をカウントした。ついで、ADEACを対象として、利用条件が記載されているぺージの内容を特徴ごとに分類した。 調査の結果、ジャパンサーチでは「該当なし」の資料が全体の約 $38.9 \%$ を、ADEACでは「印刷・ダウンロードを制限」する機関が全体の $57.9 \%$ を占めていることが明らかになった。このような二次利用条件は、資料活用の阻害要因となり得る。その改善のためには、即時的なオープンライセンス化が困難な場合もあることをふまえ、現場の目線に即した議論を行なうことが望まれる。 この改善策の有効性が認められた事例として、酒田市の実践を取り上げた。酒田市の事例では、小中高の教員と資料を公開する機関の関係者による協創的な資料の教材化を通して、資料の学校利用が制限なく可能な二次利用条件に変更された。この事例は、資料の提供者と活用者による実践に基づいた対話の機会を創出することで提供者が活用者のニーズを把握するとともに、過大な労力や費用を要せずに資料の二次利用条件が改善された点に特徴がある。 以上のことから、デジタルアーカイブ資料の活用を促進する二次利用条件のあり方について、次のことが示唆された。 1. 多くのアーカイブで活用の阻害要因となり得る二次利用条件が設定されている 2.この課題に対する改善策として、資料公開機関とユーザが活用を基盤とした連携を行うことで資料のオープン化を推進できる可能性がある これらをふまえ、今後は資料の提供者と活用者が連携し、技術的な側面と教育的な側面からデジタルアー カイブ資料の活用を促進する二次利用条件の浸透を図ることが必要である。 ## 6.2 今後の展望 本稿の議論より、今後の二次利用条件をめぐる議論は、トレーサビリティの観点とあわせて進める必要が あると考える。さらに、トレーサビリティの議論は、技術革新と活用者の情報リテラシー育成という両面から醕成を図ることが肝要である。 具体的には、第一に、DOI の付与 [31] ゃ NFT の導入といった機械可読なデータを資料に接続させて公開することによる効果の検証を進めることが望まれる。 第二に、初等中等教育における授業や高等教育における教員・司書・学芸員の養成課程、企業・公務員研修などの場面において、情報リテラシーの涵養を図ることも重要である。その中で、デジタルアーカイブの活用においては、作品や作者への敬意を示すとともに、 データの信頼性を担保し、資料提供機関の貢献に対する社会的な認知を広げるために、CC0 や PDM の資料に対しても、出典を明記することの重要性を伝えていくことが必要である ${ }^{[32]}$ こうした実践は、吉見(2017)が主張した「集合知と記録知を統合させる知識循環」[33]を実現させるためにも重要である。なぜなら、活用者の情報リテラシーの向上によって資料への出典明記が普及することで、活用を通して生まれる知や文脈が多様な資料に接続され、資料が新たな価値を伴って社会に還元され、未来に継承されることに繋がるからである。 今後も実践と対話に基づいた二次利用条件のオープン化を図ることで、ストックされた文化資産の価値を高め、多様な資料の「フロー化」[34]による知識循環の構築を目指す。 ## 註 [註1] 2019年 2 月の試験版公開時には36連携データベース・10 連携機関・メタデータ数が約1700万件であったが、2022 年 7 月現在では 175 連携データベース・84連携機関・メ夕データ数が約2590万件まで拡充が進んでいる[2]。 [註2] 数藤 (2020) は、デジタルアーカイブにおける望ましい権利表記の視点として、少なくとも次の三点が必要だと述べている。 1 権利の実態を正しく反映すること 2 機械可読であること 3一般人にわかりやすい表記であること[7] ## 参考文献 [1] 文化庁. 博物館法の一部を改正する法律(令和 4 年法律第24 号) について. 2022. https://www.bunka.go.jp/seisaku/bijutsukan_ hakubutsukan/shinko/kankei_horei/93697301.html (参照 2022-06-09). [2] JAPAN SEARCH. 統計のページ, 現在のデータ. https://jpsearch.go.jp/stats (参照 2022-07-02). [3] 国立国会図書館.「個人向けデジタル化資料送信サービス」 の開始について. 2022. https://www.ndl.go.jp/jp/news/fy2021/ 220201_01.html (参照 2022-06-09). [4] 大高崇.「絶版」状態の放送アーカイブ教育目的での著作権 法改正の私案. 放送研究と調査. 2022, Vol. 72, No. 6, p.34-51. [5] 時実象一.デジタルアーカイブの公開に関わる問題点:権利の表記. デジタルアーカイブ学会誌. 2017, Vol. 1, No. Pre, p.76-79. [6] 清水芳郎. 美術全集のデジタルアーカイブ構築の実務と問題点. 福井健策監修, 数藤雅彦責任編集, デジタルアーカイブ・ベーシックス 1 権利処理と法の実務, 第 8 章. p.154171, 2019. 勉誠出版. [7] 数藤雅彦. Rights Statementsと日本における権利表記の動向. カレントアウェアネス. 2020, No. 343, CA1973. https://current.ndl.go.jp/ca1973 (参照 2022-06-12). [8] クリエイティブ・コモンズ・ジャパン (CCJP). クリエイティブ・コモンズ・ライセンスとは. https://creativecommons.jp/licenses/ (参照 2023-03-01). [9] 渡辺智暁, 小林心. クリエイティブ・コモンズ:オープンソース, パブリックドメインとの関係からの考察. パテント.2019, Vol. 72, No. 9, p.34-47. 註 : 渡辺・小林 (2019) では、CCの概要に加え、運営組織の動向からライセンスごとの留意点、利用上の課題に至るまでが詳細にまとめられている。 [10] "Rightsstatements.org launches at DPLAfest 2016 in Washington DC”. europeana pro. 2016-04-14. http://pro.europeana.eu/blogpost/rightsstatements-org-launches-atdpla-fest-in-washington-dc (参照 2023-03-01). [11] 時実象一.デジタルアーカイブのライセンス表示についての動向. 福井健策監修, 数藤雅彦責任編集, デジタルアーカイブ・ベーシックス 1 権利処理と法の実務, 第9章. p.178191, 2019. 勉誠出版. [12] 内閣官房IT総合戦略室.「政府標準利用規約(第2.0版)」の解説. 2015. https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_ page/field_ref_resources/f7fde41d-ffca-4b2a-9b25-94b8a701a037/ a0f187e6/20220706_resources_data_betten_01.pdf (参照 2023-03-01). [13] 庄司昌彦. オープンデータの動向とこれから. 情報の科学と技術, 2015, Vol. 65, No. 12, p.496-502. [14] 国立文化財機構. 所蔵品統合検索システム:ColBase. http://colbase.nich.go.jp (参照 2023-03-01). [15] 田良島哲. 博物館における画像情報の蓄積と活用一東京国立博物館の事例から一.コンピュータ\&エデュケーション, 2018, Vol. 44, p.12-16. [16] 福島幸宏. 京都府立総合資料館による東寺百合文書のWEB 公開とその反響. カレントアウェアネス-E. 2014, No. 259, E1561. https://current.ndl.go.jp/e1561 (参照 2022-06-12). [17] 澤谷晃子. 大阪市立図書館デジタルアーカイブのオープンデータの利活用促進に向けた取り組み. カレントアウェアネス. 2018, No. 336, CA1925. https://current.ndl.go.jp/ca1925 (参照 2022-06-12). [18] デジタルアーカイブジャパン実務者検討委員会. デジタルアーカイブにおける望ましい二次利用条件表示の在り方について (2019年版).内閣府知的財産戦略本部. 2019. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_ suisiniinkai/jitumusya/2018/nijiriyou2019.pdf (参照 2022-06-12). [19] 高橋良平, 中川紗央里, 徳原直子. ジャパンサーチにおける二次利用条件整備の取組. デジタルアーカイブ学会誌. 2021, Vol. 5, No. s1, p.s40-s43. [20] JAPAN SEARCH. デジタルコンテンツの二次利用条件表示について. https://jpsearch.go.jp/policy/available-rights-statements (参照 2022-06-12). [21] 大井将生, 渡邊英徳. ジャパンサーチを活用した小中高でのキュレーション授業デザイン:デジタルアーカイブの教育活用意義と可能性. デジタルアーカイブ学会誌. 2020, Vol. 4, No. 4, p.352-359. [22] JAPAN SEARCH. 横断検索. https://jpsearch.go.jp/csearch/jpscross?csid=jps-cross\&from=0 (参照2022-05-28). [23] JAPAN SEARCH. アーカイブのページ.デジタルアーカイブ学会第 5 回研究大会, 製品・サービス紹介, ジャパンサーチについて. 2020. https://jpsearch.go.jp/static/pdf/archive/20201018. pdf (参照 2022-07-02). [24] 大井将生, 渡邊英德. ジャパンサーチのワークスペース機能を活用した協働キュレーション授業:「問い」と資料を接続するデジタルアーカイブの活用法. デジタルアーカイブ学会誌. 2021, Vol. 5, No. S1, p.S67-S70. [25] 大井将生. $S \times$ UKILAM(スキラム連携):多様な資料の教材化ワークショップ. https://wtmla-adeac-r.com/ (参照 2022-07-02). [26] 大井将生, TRC-ADEAC. $S \times$ UKILAM(スキラム)連携:多様な資料を活用した教材アーカイブ. https://adeac.jp/adeaclab/top/SxUKILAM/index.html (参照 2023-03-01). [27] ADEAC. https://trc-adeac.trc.co.jp/ (参照 2022-05-27).註:システム移行に伴いADEACのTOPページは以下に変更となっている. https://adeac.jp/ (参照 2023-03-01). [28] 田山健二. ADEACの取り組み. デジタルアーカイブ学会誌. 2018, Vol. 2, No. 4, p.324-329. [29] 瀬川結美, 木越みち, 高井力, 竹村寛子, 横山美咲, 高橋菜奈子. デジタルアーカイブの教育利活用を目指して:東京学芸大学附属図書館における「みんなで翻刻」連携と「学校教材発掘プロジェクト」の試み. 大学図書館研究, 2022, Vol. 121, p.2136-1-10. [30] 酒田市立図書館/光丘文庫デジタルアーカイブ. https://adeac.jp/kokyubunko/top/ (参照2023-03-01). [31] 時実象一.デジタルアーカイブにおけるDOIなどの永続的識別子の利用. デジタルアーカイブ学会誌, 2020, Vol. 4, No. 2, p.237-240. [32] デジタルアーカイブジャパン推進委員会・実務者検討委員会. ジャパンサーチ・アクションプラン2021-2025. 挑むー 13. 取組: (5). https://jpsearch.go.jp/about/actionplan2021-2025 (参照 2022-07-07). [33] 吉見俊哉. なぜ、デジタルアーカイブなのか? 一知識循環型社会の歴史意識. デジタルアーカイブ学会誌. 2017, Vol. 1, No. 1, p.11-20. [34] Anju Niwata, Hidenori Watanave. Rebooting Memories: Creating "Flow" and Inheriting Memories from Colorized Photographs; Proc. of SIGGRAPH ASIA 2019 Art Gallery/Art Papers. 2019, no. 4, p.1-12.
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# 阪神・淡路大震災映像への肖像権ガイドライン適用の実践;神戸大学震災文庫での公開にむけて Practical Application of Portrait Rights Guidelines to the Sun TV Images of the Great Hanshin-Awaji Earthquake; Toward Publication in the Kobe University Earthquake Disaster Materials Collection 佐々木 和子 SASAKI Kazuko } 神戸大学 神戸大学大学院人文学研究科地域連携センター Community Outreach Center, Graduate School of Humanities, Kobe University (受付日:2022年12月17日、採録日:2023年3月3日、電子公開日:2023年6月12日) (Received: December 17, 2022, Accepted: March 3, 2023, Published electronically: June 12, 2023) 抄録:神戸大学附属図書館震災文庫では、阪神・淡路大震災直後のサンテレビ震災関連映像を、2021 年 1 月から 4 回にわたって、公開用動画 1 件、素材映像 189 件を公開している。公開の障壁となってきた肖像権について、デジタルアーカイブ学会「肖像権ガ イドライン」を参考に判別をおこなった。作業は、人文学研究科教員たちが一コマずつ映像を確認し、その後サンテレビ、震災文庫、神戸大学人文学研究科の三者での検討会で協議を経て公開にいたった。阪神・淡路大震災から 28 年経た。今回の検討の結果、ガ イドラインを利用して丁寧にポイント計算していけば、ほとんどの映像の肖像権による壁は越えうることがわかった。今後は、阪神・淡路大震災被災地共通のポイントのあり方を考え、災害アーカイブに適したガイドラインの作成が課題である。 Abstract: Kobe Univesity Great Hanshin-Awaji Earthquake Disaster Materials Collection has released one video and 189 material images for release to the public on three occasions since January 2021. These are earthquake-related images filmed by Sun TV immediately after the Kobe Earthquake. Portrait rights, which had been an obstacle to the release of the image, were determined using the "Portrait Rights Guidelines" of the Society of Digital Archivists of Japan. As a result of this study, it was found that if the guidelines are used and points are carefully calculated, the barrier due to portrait rights for most images can be overcome. キーワード : 阪神・淡路大震災、神戸大学震災文庫、サンテレビ震災映像、肖像権ガイドライン、災害アーカイブ Keywords: Kobe University Great Hanshin-Awaji Earthquake Disaster Materials Collection, Sun TV earthquake footage, Portrait Rights Guidelines ## 1. はじめに 神戸大学附属図書館震災文庫 (以下震災文庫) では、阪神・淡路大震災直後から生み出された資料・図書類を網羅的に収集・公開している[註1][1]。この震災文庫デジタルアーカイブで、2021 年 1 月 14 日から、株式会社サンテレビジョン (以下サンテレビ) ${ }^{\left[\text {註2] }^{2} \text { が撮 }\right.}$影・制作した阪神・淡路大震災関連映像、「阪神・淡路大震災」(1995 年 6 月 29 日制作、) が公開された[2]。 この公開にあたっては、デジタルアーカイブ学会 (以下学会)による「肖像権ガイドライン〜自主的な公開判断の基準」(以下ガイドライン) [3] を参考に、 サンテレビ、震災文庫、神戸大学大学院人文学研究科の関係者が定期的に会議をおこない、震災映像の公開の判別をおこなった。 その判別に基づき、2021 年 1 月、 2022 年 1 月、同年 6 月、 2023 年 1 月の 4 回、震災文庫デジタルアー カイブで公開されている。 なお、筆者は、以前、2021 年 1 月までの活動について概要の報告をおこなった $[4]$ 。本稿はその後の活動も踏まえ、公開判別作業の詳細について報告する。 ## 2. 肖像権ガイドライン デジタルアーカイブ学会の肖像権ガイドラインによると、肖像権は、法律上で明文化された著作権と異なり、裁判例を積み重ね、認められてきたもの。権利の対象や保護の射程はすべて解釈に委ねられる。最高裁判所はその判例で、写真撮影およびその公表により、本人の「人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超える」ものかどうか検討して、(1)被撮影者の社会的地位、(2)被撮影者の活動内容、(3)撮影の場所、(4)撮影の目的、(5)撮影の態様、(6)撮影の必要性の6要素を「総合考慮」して適法性を判断している。 ところが、大量のコンテンツを抱えるアーカイブの現場では、そもそも「総合考慮」が必要との考え方そのものに行きつくことから難しい。その結果、諦めて公開の検討もおこなわれない状況にあるところも多い。そこで、学会法制度部会が中心となって、「デジタルアーカイブ機関の現場担当者が肖像権処理を行うための拠りどころとなるようなガイドライン」の提案にむけて検討を進め、2021 年 4 月、「肖像権ガイドライン〜自主的な公開判断の指針〜」が、クリエイティ ブ・コモンズ表示 4.0 国際ライセンス (CC BY 4.0) の下に公式公開された[5]。 ## 3. 背景 2020 年 9 月、サンテレビから神戸大学都市安全研究センターを通じて、阪神・淡路大震災時の震災映像を震災文庫で公開し、教育・研究に役立てたいとの相談があった。サンテレビ・震災文庫・人文学研究科、都市安全研究センターで協議し、震災文庫での受け入れが決まった。 公開にあたって、最も懸念材料にあげられたのが、肖像権である。映像はサンテレビ撮影のもので、著作権はクリアできるが、映像内の肖像権をどう考えるかが問題となった。 当時デジタルアーカイブ学会では、第 3 回「肖像権ガイドライン」円卓会議資料として、ガイドライン (案)第3版が公開されていた[6]。筆者は、2019年 9 月開催の第 1 回、翌年 4 月開催の第 3 回「肖像権ガイドライン」円卓会議に参加し、その有効性について注視していた。案とはいえ、具体的な作業方法の提示に、 サンテレビの公開判断に試すことが可能と考えた。 ガイドラインの特徴は、フローチャートを作成し、 まず(1)テップ 1「知人が見れば誰なのか判別できるか」どうかを判別し、可能なものは、(2)ステップ2「公開について同意があるか」を判別、(2)で同意がないものについては、ポイント計算によって、公開レベルを判別と、段階をおって公開判別にいたる過程を提示している点にある。さらに(3)ステップ3の中で、「公開によって一般に予想される本人への精神的な影響をポイント計算」を適用した。ポイント計算では、最高裁の示す「総合考慮」6要素に基づいて項目ごとに 0 点以上は公開可、以下マイナス点については、公開範囲の限定やマスキングによって対応するものとした。 ## 4. サンテレビ映像の受け入れと公開 2020 年 11 月、震災文庫での受け入れが決まり、サンテレビ、震災文庫、人文学研究科の関係者が、震災映像の公開についての方法の検討をはじめた。まず、 サンテレビ、震災文庫、人文学研究科の関係者による 「サンテレビ震災映像公開検討会」を設け、この会議での協議を経て公開可否を判断することとなった。附属図書館は、人文学研究科教員を含めた「震災関係資料小委員会」を設置した。公開にあたって、映像の情報はファイルごとに、タイトル、撮影場所、撮影日付、収録時間、内容 $($ 概要・抄録) 等がサンテレビから提供された。これを震災文庫でメタデータとして入力した。 サンテレビ震災映像は、肖像権ガイドラインが主として対象とした「写真」ではなく「動画」であった。映像を見ながら、人物がでてきたところで一旦映像をとめる。以降は、写真と同様に扱った。その間ガイドラインは、第 4 版、公開版と改訂されていた。第 2 回公開(2022 年 1 月)では第 4 版を、第 3 回公開(同年 6 月)では公開版が使われた(表 1)。 表1 ポイント計算リストから作成(第 3 版、2020年 4 月) 太字下線は、第 4 版・公開版から付加 しかし、各版のポイント計算リストの変更点は多くはなかったので、特に問題はないと考えられた。 震災文庫で公開されているサンテレビ震災映像は、大きく2種に分けられる。これまでに公開した動画は、 190(館内閲覧含む)、そのうち一つは公開動画「阪神・淡路大震災」、外その素材映像 189 点である。最初に判別の対象としたのは、公開動画であった。この動画は、「直下型地震の猛威と被害を教訓として広く防災意識の高揚を図るため」、1995 年 6 月に 19 分 06 秒に編集されたものである。多様な素材映像からより、 まとまった公開用に編集された動画から判別作業をはじめた。その結果として動画「阪神・淡路大震災」が震災文庫にて2021 年 1 月 14 日に公開された[7]。続いて、素材映像資料を対象に、同様の作業が続けられた。 表2 ポイント計算例 *当初、撮影の時期を「撮影後 20 年経過 $(+10)$ 」で計算 映像は、震災当日撮影し、震災報道の素材となった映像である。サンテレビは地元テレビ局として、発災後いち早く神戸の街なかに飛びだした。大阪からクルー が入らない午前中から、倒壊した街を撮影した。また、震源地に近い淡路島の様子は、駐在カメラマンが当日朝から車で移動しながら、壊れた家から救出の様子などを撮影した。詳細なメタデータは、サンテレビ側から提供された。これらは、2022 年 1 月、同年 6 月に震災文庫において公開された[7]。 ## 5. 判別作業方法と検討事項 判別作業は、前述したように、人文学研究科教員と筆者が、各映像を見ながら、人物がでてきたところで一旦止め、その静止画に対して、肖像権ガイドラインに示された各要素に従って点数を入力していくことからはじめた(表 2)。 静止画にでてきた人物について、肖像権ガイドラインポイント計算リストを参考に、各要素について点数化し、その合計によって公開度を採点した。これらの結果を、検討会で報告し、判断に迷うものなどは映像をみながら意見交換をおこなった。検討会は、次の通り実施した。な扮、参加者は、基本サンテレビ 2 名、人文学研究科 3 名、震災文庫 3 名であった。サンテレビからは担当者とともに、報道部長も参加しており、 テレビ局側ともその場で協議を重ねた。 (1)2020年 11 月 26 日・ 12 月 17 日 対象:「阪神淡路大震災」(1995 年 6 月 29 日制作) 公開:2021 年 1 月 14 日 論点:自宅内と公共の場(道路)との境目、子どもの扱い、 10 年刻みになっている経年の取り扱い、一般人の救出活動は業務か、公的活動か (2)2021年 4 月 20 日 対象:素材テープ 1701、1702 論点:ガイドライン案第 4 版を使用。素材テープは、(1)の制作物と異なり、公開度は-10とした。ガイドラインでは、業務か業務外かしか選択肢がないが、ボランテイアの扱いをどうするか。 (3)2021年 6 月 24 日対象:素材テープ 1701〜1703 論点:サンテレビ社員、医師、看護師は公人扱いとする。代替性があるかないかなどは、全体をみて再度議論する。 また、館内閲覧や研究利用の方法についても、検討をはじめた。 (4) 2021 年 10 月 8 日 対象:素材テープ $\quad 1704 \sim 1708$ 論点:撮影場所で葬儀場はすべて (-15) が妥当か。 スーパーマーケット内は公共の場とするが、外から撮影の場合はどうするか。企業オフィスの扱いはどうするか。 (5) 2021 年 11 月 26 日 対象:素材テープ $1704 \sim 1708$ 論点:前回議論になったことについて、一定の基準が示される(表 3 参照)。 (6)2021年 12 月 17 日 対象:素材テープ $1709 \sim 1713$ 論点:災害アーカイブ、特に阪神・淡路大震災の場合の公益性をどう考えるか。これらの議論をふまえて、今後の検討につなげる。 公開:2022 年 1 月 14 日 (7)2022年 3 月 18 日 対象:素材テープ 1714〜1716 論点: 多くのポイントは、前回までの議論をふまえる。車内に流れる他局ラジオの音声については問題はないとの意見が出される。 公開方法についての議論をおこなう。 (8) 2022 年 5 月 27 日 対象:素材テープ $1714 \sim 1716$ 論点:6月3日の公開にむけて、確認作業。 公開:2022 年 6 月 3 日 (9)2022年 12 月 6 日 対象:素材テープ $1717 \sim 1720$ 論点:これまでの議論で対応。 公開:2023年 1 月 12 日公開 主な検討結果について、表 3 に記した。各項目で議論した点をまとめた。 表3 ポイント計算検討事項 ## [1. 社会的地位 $]$ 16 歳未満への減点は、配慮の本質を、「その年齢の子どもを保護」にあると考え、公益性を加味、さらに現在は成人しているとの理由で減点しないことが妥当とした。 ## [2-2. 被撮影者の立場 $]$ 救助している市民は、業務外なのか私生活なのか。市民レベルの自律的対応、共助をどうとらえるかが今後の課題である。のちに、救助している市民は( $\pm 0)$ とすることになった。市民は、撮影の推定的承諾をおこなっていないと考えられることとしたためである。 ## [3. 撮影場所] 「スーパー等の中」は施設の外から中が見える構造かどうかで判断。庁舎内の災害対策本部など市民が立ち入れない場所での撮影は、その他(撮影許可を得た場所+5)と扱う。また、倒壊家屋での救助は「自宅内」かどうか、内外の区別がつきにくい場合、家財が見えるかどうか。葬儀場については、合同葬儀など公的な場合もあることから個別に判断することが必要。 ## [4-2. 撮影状況] インタビュー・取材に応じている人は、ガイドラインの「撮影承諾」より積極的に加点。 [5. 写真の出典] 「代替性のない写真」をどうとらえるか。ある意味すべてが該当するから、個別に理由を付して考察する必要がある。災害アーカイブの場合、ある意味、すべてが「代替性のない写真」であると意見が出た。 [6. 撮影時期] ガイドラインでは 10 年刻みになっているが、 5 年刻みに変更した。 その他、映像ならではの問題もある。例えば、救出者の名前を呼ぶ声が入っている。場合によっては聞き取れないこともあるが、フルネームだと問題ありとした。公開の方法についても検討し、次のようにする。イ ンターネット公開では、モザイクはかけない。公開が難しい部分は映像カットをおこなうが、その場合該当映像を再度検討する。マイナス点の多いものも同様に扱う。 館内閲覧では、震災文庫内のデータコピー不可の措置をした館内専用 PC を利用する。その場合原則編集はおこなわない。 特別利用・二次利用については、サンテレビが個別に判断する事になった。 ## 6. おわりに 本稿は、肖像権ガイドラインを使って、サンテレビ震災映像の公開に向けての判別活動についての報告である。2021 年 1 月に、編集済「公開動画」を扱った時から、素材映像を含めさらに検討を重ねてきたことによって、一定のポイント基準が明らかになってきた。 ガイドラインの「デジタルアーカイブ機関における自主的なガイドライン作りの参考・下敷き」との記述に従って、配点の変更もおこなった。 実際に判別をおこなった結果、ほとんどの映像が公開可能になった。これは、震災は歴史的事件であること $(+20) 、 28$ 年を経ていることで、もともと公開への点数が高かったことが大きい。 歴史的に大きな阪神・淡路大震災を題材とした災害アーカイブ。先行事例として、木戸崇之による朝日放送所蔵映像の公開の取り組みがあげられる $[8]$ 。サンテレビ映像の事例と合わせて考えると、大量にある阪神・淡路大震災の映像(動画、静止画を含む)は、適切な作業によって肖像権の壁を越え、公開が可能ということがわかった。ただ、生き埋めからの救出者のような映像は、顔が写っていないので、肖像権では問題はないが、やはり本人あるいはご家族の同意が必要と判断し、とりあえずインターネット公開はしないことになった。 検討を経て、「代替性のない写真」(写真の出典)のポイント例の様に、誰が判断するか、問題が出てきた場合、検討委員会等で検討するような仕組みを作っておくことの必要性が認識された。これは、災害アーカイブの公益性をどのように考えるかにもつながっていく問題である。阪神・淡路大震災の場合どうするか、被災地で共通のポイントを探ることも必要であろう。今回大部分の公開が可能となった理由に、著作権保持者であるサンテレビの検討会へ積極的参加があげられる。当時かかわったカメラマンへの確認も可能だった。 なお、懸念された肖像権者からのオプトアウトを求める申し出は、2022 年 11 月現在で全く寄せられていないことも付記しておく。 ## 註・参考文献 [註1] 1995年10月、神戸大学附属社会科学系図書館内に開室。 [註2] 兵庫県内を主な放送対象エリアとしたテレビ局。1969年 5 月に開局。震災当時本社は、神戸市中央区港島中町ポー トアイランド内にあった。 [1] 震災文庫. https://lib.kobe-u.ac.jp/da/shinsai/ (参照 2023-03-30). [2] 株式会社サンテレビジョン. 阪神・淡路大震災. 1995-06-29.震災文庫デジタルアーカイブ. https://da.lib.kobe-u.ac.jp/da/ eqb/0100475652/ (参照 2023-04-03). [3] デジタルアーカイブ学会. 肖像権ガイドライン. https://digitalarchivejapan.org/bukai/legal/shozoken-guideline/ (参照 2022-12-05). [4] 佐々木和子. サンテレビ震災報道映像の公開(活動報告). Link: 地域. 大学・文化: 神戸大学大学院人文学研究科地域連携センター年報. 13, (2021-12), 149-150. [5]「第 1 本ガイドラインの目的」『肖像権ガイドライン〜自主的な公開判断の基準2021年 4 月19日』, p.1. http://digitalarchivejapan.org/wp-content/uploads/2021/04/ Shozokenguideline-20210419.pdf (参照 2022-11-15). [6] デジタルアーカイブ学会. 肖像権ガイドライン第 3 版. https://digitalarchivejapan.org/wp-content/uploads/2020/05/ ShozokenGuideline-2020-03.pdf (参照 2022-11-15). [7] サンテレビNEWS. サンテレビ震災映像神戸大学震災文庫で公開. 2022-06-03. https://sun-tv.co.jp/suntvnews/news/ 2022/06/03/53775/ (参照 2023-03-30). [8] 木戸崇之.「阪神淡路大震災取材映像アーカイブ」の取り組み: 四半世紀を経てのアーカイブ公開その目的と課題. デジタルアーカイブ学会誌. 2020. 4 (2), 181-184.
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# 大学の授業で試みた電子教科書のバンドル型ライセンス モデル:大学と出版社のエコシステムを目指して Bundled license model for e-textbooks tried in university classes: Aiming for an ecosystem of universities and publishers ## 井関 貴博 ISEKI Takahiro 東京大学大学院情報学環 Email: [email protected] The University of Tokyo Interfaculty Initiative in Information Studies (受付日:2022年9月14日、採録日:2022年12月21日、電子公開日:2023年3月23日) (Received: September 14, 2022, Accepted: December 21, 2022, Published electronically: March 23, 2023) 抄録 : 本稿は、大学の授業で電子教科書をバンドル型ライセンスモデルで利用した実験の報告である。近年、大学の授業は専門書などの教科書に代わり、書籍の一部複製や教員自作スライドを教材とする傾向にある。その場合、著作権法に抵触する懸念と教科書離れによる出版社の収益悪化から、ひいては大学が不利益を被る可能性がある。この問題の対策として、教員希望の複数の電子教科書を利活用できるバンドル型ライセンスモデルを試みた。延べ 8 つの授業で実験の結果 2 授業は本採用に至り、利用モデルの可能性が確認できた。 Abstract: This paper is a report of an experiment using e-textbooks with a bundled license model in university classes. In recent years, there has been a tendency to replace textbooks, such as academic / specialized books, with teaching materials such as partial copies of books and teacher-made slides. In that case, there is a possibility that universities will be disadvantaged due to concerns over copyright law infringement and deteriorating profits for publishers due to a shift away from textbooks. As a countermeasure for this problem, we tried a bundle type license model that allows the use of multiple e-textbooks requested by teachers. As a result of the experiment, two out of the eight classes in total were successfully adopted, confirming the possibility of usage. キーワード : 大学の授業、電子教科書、出版社、ライセンス、サブスクリプション Keywords: university class, e-textbook, publisher, license, subscription ## 1. 研究の背景と目的 ## 1.1 背景 近年、大学の授業では専門書などの教科書に代わり、書籍の一部複製や、図版等の 2 次利用による教員自作スライドを教材とする傾向が強まっている[1]。その場合、必ずしも適切な著作権処理が行われていないおそれもあり、コンプライアンスの問題が懸念される[2]。 また、教科書離れは、専門書などの商業出版社(以下、出版社)の収益基盤悪化を招くことは間違いない[註1]。本来、大学と出版社は健全なる共存共栄、すなわちエコシステムが望まれるが(図 1)、徐々に崩れ始めている現状は憂慮すべき事態である。学術論文など 「研究用」コンテンツの潮流はオープンアクセスだが、専門書など「教育用」図書は、教育の質の維持・向上に出版社の優れたエディターシップは必要不可欠である。学術知を噛み砕いて体系化し、概念的事柄を平易に視覚化し、後世に伝えられるかたちに仕立てるエディターシップの役割の価值は大きい。デジタルアー カイブにおいても、効果的な利活用が求められる教育用途では、出版社の知恵と技量が活かせるに違いない。 また、特に人文社会系研究者にとって専門書は研究成果発表の場でもある。 昨今の授業教材に見られる著作権に対するコンプラ イアンスの懸念と、教科書離れが招く出版社の質の低下や規模の縮小は、ひいては大学が不利益を被る結果となることは想像に難くない。 図1大学と出版社の共存共栄(エコシステム)イメージ ## 1.2 目的 本稿は、図 1 に示したエコシステムをいかに維持するかという課題に対して、教員希望の複数書籍を授業で利活用できる「電子教科書のバンドル型ライセンスモデル」を提案する。本モデルの有用性の確認が目的である。 ## 2. 現状の問題点 まず、教科書利用が減少の要因を整理する $[2-4]$ 。筆 おもな問題点も含めて以下に示す。 ## 2.1 教員における問題点 教員が望む授業の構成や内容に合致した “1 冊” が見つからない点が挙げられる。また、高額な教科書を敬遠する受講者の声が、授業アンケート等で寄せられることも影響している。 ## 2.2 受講者における問題点 受講者にとって、履修科目ごとに数千円規模の教科書代は少なからず抵抗がある。さらに、4学期制授業の増加に伴い期間内に 1 冊を使い切れないケースが増え、これも不満要因となっている。また、重くかさ張る冊子ではなく、スマホ等による電子書籍閲覧も望まれている。 ## 2.3 出版社の問題点 専門書の市場は大学の教科書向けが多くを占める [註3] ことから発行部数は限られ、一般書に比べ 1 冊単価は高くなる。これが受講者の購入敬遠を招き、販売部数が減るため、結果値上げに至る悪循環に陥つている。電子書籍も図書館向けは進むも、教科書用となると収益確保やセキュリティ面の危惧等から、なかなか踏み切れない状況である。 ## 3. 課題対策の考え方 第 2 章の各者問題点を俯瞰し、教員・受講者における「想定される利活用形態」と、出版社・書店の「想定される提供方式」のマトリックスで課題対策を考える(表 $\mathbf{1}$ )。 大学の授業向け教科書においても、教員・受講者 表1教科書の「利活用形態」と「提供方式」のマトリックス ※販売(売り切り)型は、冊子版/電子版は問わない ※サブスクリプション:デジタルコンテンツの定額読み放題サービス ニーズに応えた新しい提供形態が始まりつつある。現状実施されている方式を 3.1 と 3.2 に示す。 ## 3.1 販売型(表 1 の(1) (4) (1)と(2は言うまでもなく旧来からの方式である。教科書は大半が(1)のタイプである。(3)は 1 冊内を「章」単位に分けた販売である。医学書で事例[5]があるが、同分野は 1 冊 1 万円以上の書籍も多く、部分販売で需給バランスが取れていると考えられる。(4)はおもに教員の個別注文に応じて製作するケースである。複数書籍から必要な「章」を抜粋して組み合わせ、電子版やオンデマンド印刷で仕上げる「コースパック」[G][7] と呼ばれる形態である。(4)の既製の販売型は、洋書専門の教科書販社が国内向けに提供例 ${ }^{[8]}{ }^{[9]}$ はあるが、日本の出版社の事例はない。 ## 3.2 サブスクリプション型(表 1 の(5)、(6) (5) 1 冊単位のサブスクリプションであり、薬学分野でサービスが開始された[10]。(6)のセット型のサブスクリプションは、欧米では実施例 ${ }^{[11]}$ があるが日本ではまだない。 ## 3.3 本稿のアプローチ(表 1 の(1)+(6)+(7)) 本稿は、電子書籍ベースでバンドル型ライセンスモデルを提案し、試みる(図2)。 図2 電子教科書のバンドル型ライセンスモデル 表 1 では (1)+(6)+(7) に相当し、教員・受講者と、出版社・書店両者の課題を踏まえたタイプである。具体的な内容を以下に示す。 (教員・受講者) まず、教員はメインテキストにあたる指定教科書を選定し、受講者は原則「購入」する(表 1 の(1))。 次に、授業に関連する良書群(シラバスにおける参考書に該当)を、電子教科書として利活用可能とする。 その場合、受講者の「購入」による費用負担は極めて困難なため、サブスクリプションによる「利用」とする (表 1 の(6)。またサブスクリプションの形態も工夫する。音楽やコミック等のネット配信に代表されるサブスクリプションサービスは、通常事業者がパッケー ジ化したレディメイド型コンテンツである。本稿では、教員が選書可能なカスタムメイド型を採り入れる。 さらに、選書した良書群掲載の図版等について、教員自作のスライドに 2 次利用も可能とする (表1の(7)。 (出版社・書店) 出版社・書店は、表 1 の(1)が担保されることで教科書ビジネスが守られる。さらに、少額ながら(6)のサブスクリプション利用料が収益となる。シラバスにおける「教科書」・「参考書」の分類で表すと、出版社にとって商売の柱である「教科書」市場を確保しつつ、従来収益が期待できなかった「参考書」も新たな事業領域とする考え方である(表 2)。 表2 出版社・書店から見たビジネス領域の変化 ## 4. 実験内容 ## 4.1 実験の目的 実験の目的は、 3.3 で提案した電子教科書バンドル型ライセンスモデルの有用性確認である。すなわち、本モデルについて教員・受講者・出版社・書店・システム運営事業者のコンセンサスが得られるかの調査である。 第 2 章の最大の問題が「高額な教科書」と仮定すると、教科書購入前提の本モデルは解決策にならないこともあり得る。しかし、教員・受講者の満足度向上が図れれば可能性があるとの仮説のもと、それを実証するための実験を行った。 ## 4.2 調査項目と手法 (1) 教育・学習効果 $\cdot$ 定量的調査 : 定期試験成績を従来と比較 $\cdot$ 定性的調查:教員聞き取り調査 (2)サブスクリプション利用料の費用感 $\cdot$教員:聞き取り調査 $\cdot$受講者:アンケート調査 (3) 事業化の可能性 $\cdot$出版社/書店ノシステム運営事業者:聞き取り調査 ## 4.3 実験参加者 筆者が実験主催者となり下記各者の協力を得て実施した。 - 教員 : 名古屋大学所属の5 名 (表 3の授業 $\mathrm{A} \sim \mathrm{E}$ ) $\cdot$出版社 : 表 3 の「サブスクリプション教科書」 12 社 $\cdot$ 書店 : 名古屋大学生協 ・システム運営事業者: 大学生協事業連合 ## 4.4 実験授業の概要 $\cdot$ 実施時期:2020 2021 年度 表3 実験授業一覧 } & \multirow{2}{*}{ 科目名 } & \multirow{2}{*}{ 等年 } & \multirow{2}{*}{} & \multirow{2}{*}{} & \multirow{2}{*}{} & \multicolumn{3}{|c|}{} \\ ・実験協力出版社 (「サブスクリプション教科書」部分) $* 1$ : 南雲堂、 $* 2$ : 弘文堂/ナカニシヤ出版/ミネルヴァ書房/有斐閣、 $* 3$ : 講談社/マイナビ出版/森北出版 * 4 :コロナ社/翔泳社/日経 $\mathrm{BP} /$ 丸善出版 ・「指定教科書」は通常の商取引であり実験扱いではないため、出版社は匿名(a 社~e 社)とした。 ・電子書籍フォーマット:基本は PDF、一部 EPUB リフロー・FIX 型あり $\cdot$対象授業 : 表 3(2 年間で延べ 8 授業) - 実験方法 : 複数の電子教科書利活用による教育 $\cdot$学習 (利活用方法は教員一任) ## 4.5 実験準備 下記(1)~6)の手順にて準備した([]内は担当)。初年度のサブスクリプション利用料は、授業ごとに受講者一人あたり税込み 550 円に設定、開講期間中は利用できる条件とした。 (1)教員希望書籍を複数選書[教員] (2)該当出版社に実験協力要請[筆者] (3)承諾書籍名をシラバス登録[教員] (4)承諾書籍のサブスクリプション環境準備[大学生協事業連合] (5)受講者に「指定教科書 + 利用権」購入指示 [教員] (6)受講者に「指定教科書 + 利用権」販売 [名古屋大学生協] ## 5. 実験結果 ## 5.1 教育 - 学習効果 ## (1)定量的調査結果(定期試験成績比較) 授業Cのみ例年通り定期試験が実施できたため、当授業について比較した。2015 年から 2021 年まで 6カ年(2018 年は未集計)のクラス成績平均値のグラフを示す(図 3)。最上位(S)から最下位(F)までの 5 段階評価であり、各ランクとも右 2 本が実験該当年 ・年度によりクラス人数が異なるためタテ軸は割合とした。 図3授業Cのクラスの年度別成績比較 である。これを見る限り、実験 2 年分の人数割合の順位について見ると、最上位(S)と最下位(F)は4位か5位のいずれかであり、これは実験前と変わらない。 また、人数割合の值について実験前と比較すると、ランク A は実験前のどの年度よりも大きく、ランク C は実験前のどの年度よりも小さいと言える。 ## (2)定性的調査結果(教員聞き取り) 全教員(5人)のおもな回答を以下(1)~(6)示す。 (全体的なコメントまとめ) (1)授業で課す演習問題やレポートにおいて、「論考の深さ」や「回答の充実度」、「視点の独自性」等が総じて高まった。 (個別コメント) (2)メモ・マーカー等が利用者間で随時共有でき議論が焦点化し易い。 (3)当モデルは成績評価が $\mathrm{A} \sim \mathrm{C}$ のボリユーム層に教育効果が大きい。 (4)複数書籍の良い部分の組み合わせ可能な効果は大きい。 (5)難易度の異なる選書により、受講者レベルに合わせた出題や独習が可能。 6選書した書籍の内容は相互に繋がっており、電子版で随時往来可能な点は理解度が高まる。 一方、特段の問題点指摘はなかったが、電子教科書フォーマットとして EPUB リフロー型は使い難いとの意見があった。教員・受講者間における教科書参照指示が「ページ指定」で行われるからである。 ## 5.2 サブスクリプション利用料の費用感 ## (1)教員聞き取り調査結果 実験で設定した 550 円については、全教員より問題無しとの回答を得た。それ以上の許容範囲としては、分野や利用目的、授業環境等の違いで多少の差はあるが「1,000 円前後 1,500 円」であった。 また、授業 Aの教員より「端数価格効果」 ${ }^{[12]}$ の重要性が指摘された。当授業は【20年度:実験(550円)】、【21 年度 : 本採用 $(990$ 円)】と推移したが、22 年度は、書店による 1,100 円への価格改定に対して教員は不採用とした。価格桁数の増加による消費者心理への影響、 ひいては授業への影響は大きいとの判断からである。 ## (2) 受講者アンケート調査結果 アンケート調査は以下の内容で実施した。 - 調査対象:各授業の受講者 . 実施期間:各授業終了後 1~2 週間 - 回答方法: 所定サイトに記名式 (学籍番号)で任意 - 調査内容: サブスクリプション利用料の費用感他回答の集計結果を表 4 に示す。質問は(税別) 500 円きざみで7 段階の選択式で尋ねた。結果、半数以上の $55 \%$ が 500 円まで、続いて 1,000 円までが $24 \%$ であり、合わせて約 8 割がこの範囲であった。この割合は5つの授業各々においてもほぼ同一であった。 表4 利用料に関わる受講者アンケート調査結果 & & 割合 \\ ※アンケート回答は任意、人数は 2 力年分合計 ※回答率 : $42 \%$ (回答者 216 人/全受講者 509 人) 回答者の 172 人が 1,000 円以下を選んだおもな理由 (選択式・複数回答可)は以下 3 点であった。 ・開講期間しか利用できない:108人 $\cdot$自分の所有物にならない:95人 $\cdot$ 支払いできる限界:27人 また自由記述回答では、追加料金にて買い取りに移行や、授業終了後も継続利用の希望が回答者 216 人の 1 割弱あった。電子教科書に付けたメモやマーカー、付箋などが手元に残らないことが惜しまれるとの理由からである。 ## 5.3 事業化の可能性 ## (1)出版社聞き取り調査結果 教員選書の書籍を出版している 16 社に実験協力の要請を行ったところ、12社の了承が得られた。しかし、 いずれも実験前提との条件付きであった。本番移行にはおもに下記 4 点の課題が指摘された。特に(1)は事業化を左右する最も重要な部分である。 (1)著者の利用許諾や印税支払い等の業務における費用対効果 (2)サブスクリプション利用料の複数出版社間における収益適正分配方法 (3)選書点数・クラス人数差異とサブスクリプション利用料の整合性 (4)図版等 2 次利用のルール ## (2)書店聞き取り調査結果 来店受講者に対して教科書とサブスクリプション利用権(アクセス用 ID/PW)の販売であり、通常の商品販売とほぼ同様との回答であった。販売後は、電子教科書配信システムに利用許可設定を行うが、これも大きな負荷ではないとのことである。 ## (3)システム運営事業者聞き取り調査結果 電子教科書ビューワの機能や操作について、受講者向け説明の重要性が挙げられた。授業のガイダンス時など、説明機会の有無によりその後の利用率に大きな差が出たからである。 ## 6. 考察 本章では、第 5 章の実験結果項目それぞれについて考察する。 ## 6.1 教育・学習効果 ## (1)定量的調査(定期試験成績比較) 図 3 の $\mathrm{A} \sim \mathrm{C}$ のボリューム層では下位(C)から上位(A)への移動が読み取れ、バンドル型ライセンスモデルの効果と言えそうである。ただし教員によると、従来の対面授業と異なり、今回は全面遠隔授業による下記影響の可能性が指摘された。 $\cdot$ 出席確認に代えた小テストを毎回実施 $\cdot$予習・復習用のスライド教材も別途配布 . 受講者の独習時間増加 (通学やアルバイト時間減少) 上記理由から、一概に当方式の効果と断定するのは難しい。今後、従来の対面授業と同一条件下で調査する必要がある。また、レポート課題や小論文等を成績評価対象とする人文系の授業についても、同様な定量確認の意味はあると考える。 ## (2)定性的調査(教員聞き取り調査) 教員は総じて好反応であり、授業 A と D が本採用となった点は注目に値する。筆者はバンドル型ライセンスモデルを利用した5つの授業(表 3 参照)をすべて聴講したが、各教員とも受講者目線の講義・指導が感じ取れた。すなわち、選書した電子教科書の利活用目的が明確であり、教員のモチベーション向上に寄与していると考えられる。 またこの効果は、大学が全科目を対象として受講者に課す授業評価アンケートにも表れている。例えば、授業 A(英語基礎課程・必修、60 クラス編成)は、受講者の評価点が全 60 クラス中 1 位であった。教員の見解では、授業開始にあたり受講者に対して、「電子教科書を利用する実験的なクラスであり、皆さんはそれに選ばれた」と通知したことが少なからず高揚感 を与え、良い評価に繋がったのではないかとのことである。教員のこのアナウンスが、受講者の学習意欲向上の動機付けになった可能性は十分考えられる。 一方、電子教科書フォーマットについては、授業で利用する以上「ページによる指定」と「本文の単語検索」機能は必須であり、現状では PDF 型式がべストと言える。 ## 6.2 サブスクリプション利用料の費用感 ## (1)教員聞き取り調査 教員は 1,000 円以内の価格設定であれば問題がないことがわかった。協力出版社の拡大には、1,000 円以上の料金設定が望まれるが、授業 A の教員より指摘のあった「端数価格効果」は注視すべきである。小売業では消費者の購買意欲を高める策として、1,980 円など俗に「イチキュッパ」と呼ばれる価格設定は日常的に行われている。教育の場においてこのような売り方を疑問視する教員の声もあるが、慎重に検討の上、同様の工夫の必要性はあると考える。 ## (2) 受講者アンケート調査 買い取りや継続利用希望が 1 割程度あった点は見過ごせない。また受講者たち Z 世代は消費行動が慎重で賢いとも言われており、授業の満足度が高ければ 1,000 円以上の価格設定でも十分可能性はある。しかし、まずは当バンドル型ライセンスモデルの早期リリースを目指すのであれば、回答の 8 割を占める 1,000 円以内を重視すべきである。買い取りや継続利用などのニーズに対しては、柔軟に対応可能なオプションメニューと課金システムを整えるのが適切である。 ## 6.3 事業化の可能性 ## (1)出版社聞き取り調査 今回の実験は指定教科書購入がセットのモデルであるが、各社とも最大の課題としてサブスクリプション部分の収支を挙げた。自社書籍が「指定教科書」に選ばれれば問題ないが、「サブスクリプション書籍群の一部」の場合は不採算との見解が多数を占める。そのような中、授業 A と D が本採用となったのは(表 3 参照)、「指定教科書」と「サブスクリプション書籍群」 が同一出版社であったからに他ならない。 しかしながら、2 年間の実験成果を一部の出版社に提示したところ、ポジティブな回答が散見されつつある。なかでも、「他大学含め採用授業が拡大すれば、収支課題も克服できる」との意見は注目される。したがって、今後出版社に対しては、本モデルの意義をあ らためて訴求・啓蒙する必要がある。 ## (2)書店聞き取り調査 書店については、サブスクリプションの料金設定の にて出版社が決めた価格が店頭まで維持されるが、電子書籍は対象外である [註5]。電子書籍は書店が売価を自由に決められる反面、価格次第では授業 Aのように 2022 年度に不採用となる可能性もある (表 3 参照)。今回のバンドル型ライセンスモデルは、購入者側が電子書籍の組み合わせを決め、かつサブスクリプションによる「利用」という特殊な販売形態となるため、事業化にあたっては書店も含めた関係各者と十分な検討が必要である。 ## (3)システム運営事業者聞き取り調査 各授業とも利用システムの操作説明書は受講者に配布したが、それだけでは不十分であることがわかった。教員選書の良書を多数揃えたところで利用されなくては意味がなく、丁寧な説明の機会は必須と言える。 ## 6.4 まとめ 本稿の目的は、電子教科書バンドル型ライセンスモデルの有用性確認である。そこで、提案したモデルについて、教員・受講者・出版社・書店・システム運営事業者のコンセンサスが得られるか実験にて調査した。その結果、教員・受講者は好反応であり、当方式のリリースが望まれている。一方、書店とシステム運営事業者に大きな問題はないが、出版社は、サブスクリプション部分の収益化の課題が明らかになった。ただし、先々利用者の増加によりこの解決も可能と思われる。したがって、今後多分野の授業で試行を重ね、 より多くのデータを収集・分析し、意味のある取り組み次第で十分有効な手段になり得ると言える。 一方、採用教員拡大を図る上で、サブスクリプション利用の許諾手続きの問題がある。当サブスクリプションはカスタムメイド型のため、教員から要請の都度、該当出版社(およびその先の著者)の許諾が必要となる。この仲介は書店が担うことになるであろうが、手続きに要する時間と労力は多大である。この解決策としてマッチングシステムによる自動化も考えられる (図 4)。今後本格的に事業化を目指す上での検討課題としたい。 ## 7. おわりに 2 年間の実験は、COVID-19 禍により当初計画通り 図4 マッチングプラットフォームのイメージ にできない側面が多々あったが、おおよその効果検証と課題・ニーズ発掘はできたと考える。 今回のバンドル型ライセンスモデルは、図 1 のエコシステムを目指した一案だ゙、事業化には高いハードルが待ち受けている。しかしながら、可能性がある限り、 まずはしっかりと足場を固めて第一歩を踏み出したい。 本稿は 2021 年 4 月 24 日開催のデジタルアーカイブ学会第 6 回研究大会における口頭発表内容 ${ }^{133}$ を基礎とし、その後の研究成果を踏まえて加筆・修正したものである。 ## 謝辞 実験にご協力いただいた名古屋大学の山里敬也教授、上原早苗教授、中島英博准教授、米澤拓郎准教授、古泉隆講師に感謝する (所属・職名は2021年3月当時)。 また、実験用に電子教科書をご提供いたたいた出版社 12 社((50 音順)講談社、弘文堂、コロナ社、翔泳社、ナカニシヤ出版、南雲堂、日経 BP、マイナビ出版、丸善出版、ミネルヴァ書房、森北出版、有斐閣)、 および実験システム環境を構築いただいた名古屋大学生協と大学生協事業連合の関係者にも感謝する。 なお、本稿は東京大学大学院情報学環 DNP 学術電子コンテンツ研究寄付講座における「デジタル教材活用制度プロジェクト」の活動の一環として行ったものである。 ## 註・参考文献 [註1] 教科書市場の縮小は、大学生協(中国・四国事業連合) の販売統計データ(2002年~2017年)他を参考にした。 [註2] 教員、出版社、書店等を以下の内容にて取材した。 (期間)2014年 6 月〜2021年 9 月 (取材先)国公私立大の教員約 60 名、東大の学生 2 名、出版社約30社、書店 4 社((順不同)丸善雄松堂、東京大学生協、名古屋大学生協、大学生協事業連合) [註3] 橋元博樹によれば ${ }^{[1]} 、 「$ 関東甲信越の大学生協では, 書籍販売金額の占有率は教科書 $25 \%$ ,(教科書をのぞく) 専門書 $35 \%$ であり,」、また「全国大学生活協同組合連合会専務理事の福島裕記は, 大学生協の基本的規模は 300 億円であり,そのうち教科書教材の供給は150億円である」 [註4] 再販制度は、正式には「再販売価格維持制度」と称し、出版社が書籍・雑誌の定価を決定し、小売書店等で定価販壳ができる制度である。独占禁止法は再販売価格の拘束を禁止しているが、1953年の独占禁止法改正により著作物再販制度が認められている。(日本書籍出版協会のホームページ(https://www.jbpa.or.jp/resale/\#q1)より、筆者が加筆・改編した。) [註5] 公正取引委員会は、「電子書籍は再賏制度の対象外」との見解を示している。(日本出版者協議会のプレスリリースより。http://shuppankyo.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/posted1c.html. 2014年 8 月29日)。 [1] 橋元博樹. 学術書市場の変化と電子書籍. 情報の科学と技術. 2015, vol. 65, no. 6, p.244-250. [2] 井関貴博. 大学に浐けデジタル教材の構造的問題一主に著作権を巡る現状と対応に向けた考え方一. 名古屋高等教育研究. 2020, vol. 20, p.61-76. [3] 橋元博樹. 学術書のデジタル化を阻むものはなにか〜大学出版に㧈ける電子書籍の現実と課題〜. 情報の科学と技術. 2012, vol. 62, no. 6, p.242-247. [4] 出口大輔ほか. 高等教育におけるデジタル教科書の利活用についてのアンケート調查. 大学ICT推進協議会2016年度年次大会論文集. 2016年12月14日。 https://axies.jp/_files/report/publications/papers/papers2016/ TP14.pdf (参照 2022-04-21). [5] 大学生協専門書店『VarsityWave eBooks』. https://coop-ebook.jp/asp/ShowSeriesDetail.do?seriesId= MBJS-345986 (参照 2022-04-15). [6] 三角太郎. 大学学習資源コンソーシアム学習・教育のための利用環境整備. 情報管理. 2015, vol. 57, no. 10, p.725-733. [7] 関刺紀子. 大学教育における教科書の電子化の技術動向. 日本大学生産工学部研究報告A. 2017, vol. 50, no. 1, p.77-84. [8] 名古屋商科大学ビジネススクール(日本ケースセンター). コースパック. https://casecenter.jp/coursepack/ (参照 2022-06-08). [9] センゲージラーニング(株).コースブック. http://cengagejapan.com/elt/CoreProgram/ (参照 2022-07-12). [10] 医書ジェーピー(株).サブスクリプション型商品・今日の治療薬アプリ一解説と便覧 - . https://store.isho.jp/search/ detailinfo/382 (参照2022-06-03). [11] Perlego. Online Library. https://www.perlego.com/ (参照 2022-05-16). [12] 奥瀬喜之. 端数価格が消費者行動に及ぼす効果に関する研究. 科学研究費助成事業.研究成果報告書. 2019年 6 月22日. https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-15K03732/ 15K03732seika.pdf (参照2022-08-03). [13] 井関貴博. 大学の授業における電子教科書サブスクリプションモデルの試み.デジタルアーカイブ学会誌. 2021, vol. 5, no. s1, p.s94-s97.
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# デジタルアーカイブを活用したキュレーション学習モデル:探究学習における「問い」と「資料」の接続 Curation learning model utilizing digital archives: Connecting "Questions" and "Resources" in inquiry learning 大井 将生 ${ }^{1}$ 宮田 諭志 $^{2}$ OI Masao ${ }^{1}$ MIYATA Satoshi ${ }^{2}$ 大野 健人 ONO Kento $^{3}$ 渡邊 英徳 ${ }^{5}$ WATANAVE Hidenori ${ }^{5}$ } 1 東京大学大学院 学際情報学府 Email: [email protected] 2 成城学園初等学校 3 東京都立大泉高等学校附属中学校 4 東京大学大学院 人文社会系研究科 5 東京大学大学院情報学環 1 The University of Tokyo Graduate School of Interdisciplinary Information Studies 2 Seijogakuen Elementary School 3 Tokyo Metropolitan Oizumi Junior High School 4 The University of Tokyo Graduate School of Humanities and Sociology 5 The University of Tokyo Interfaculty Initiative in Information Studies (受付日:2022年4月18日、採録日:2022年9月18日、電子公開日:2022年11月25日) (Received: April 18, 2022, Accepted: September 18, 2022, Published electronically: November 25, 2022) 抄録: 本研究の目的は、探究学習における生徒の「問い」と「資料」の接続を支援する学習モデルを開発することである。その手法として、生徒自身の「問い」を起点とした「キュレーション学習」を提案する。また、分野横断型検索プラットフォーム「ジャ パンサーチ」の検索機能と協働キュレーション機能を「キュレーション学習」における協働的な資料収集と「問い」の構造化を支援する空間として活用する。この手法を用いて、中学校において継続的な授業実践を行ない、生徒のリテラシー変容を分析する。 その結果、学習成果物に対する評価点が有意に上昇し、生徒の「問い」に基ついて「資料」を収集する力や「資料」をもとに考察 する力が向上したことが示唆された。このことから、提案手法の効果が確認され、探究学習における生徒の「問い」と「資料」の 接続を支援する学習モデルを開発することができたと考える。 Abstract: The purpose of this research is to develop a learning model that supports the connection between students' 'questions' and 'resources' in inquiry learning. To this end, we develop a 'Curation Learning', in which the students' own 'questions' as a point of departure. Supporting collaborative curation of 'resources' and structuring of 'questions', 'Japan Search' and 'Workspace' are expanded and utilized as a space for connecting 'questions' and 'resources'. In order to verify the validity of the method, continuous classroom practice is implemented in junior high school. In the process, criteria for assessing students' literacy development is analysed. The results showed that the students' ability to collect 'resources' based on their 'questions' and to reflect on these 'resources' are improved. The results of this research suggest a learning model that supports the connection between the 'question' and 'resources'. キーワード : デジタルアーカイブ、キュレーション、ジャパンサーチ、探究学習、「問い」、一次資料 Keywords: Digital archives, Curation, Japan Search, inquiry learning, "Questions", primary source ## 1. はじめに ## 1.1 本研究の概要 本研究の目的は、探究学習における生徒の「問い」 と「資料」の接続を支援する学習モデルを開発するこ とである。その手法として、生徒の「問い」を起点とした「キュレーション学習」を提案する。また、分野横断型検索プラットフォーム「ジャパンサーチ」の検索機能と協働キュレーション機能を「キュレーション学習」における協働的な資料収集と「問い」の構造化を支援する空間として活用する。この手法を用いて、中学校において継続的な授業実践を行ない、生徒のリテラシーの変容を分析する。その結果、学習成果物に対する評価点が有意に上昇し、生徒の「問い」に基づいて「資料」を収集する力や「資料」をもとに考察する力が向上したことが示唆された。このことから、提案手法の効果が確認され、探究学習における生徒の 「問い」と「資料」の接続を支援する学習モデルを開発することができたと考える。 ## 1.2 研究背景 デジタルアーカイブ[註1] の構築進展に伴い、アー カイブされた資料の教育活用に向けた期待が高まっている[1][2]。デジタルアーカイブ資料(以下「資料」と呼ぶ)の活用にあたっては、ストックされた「資料」 をフロー化し、コミュニケーションを創発することによって情報の価値を高め $[3]$ 、「知の循環」へと還元することが求められている $[4]$ 。 また、国内外における調査から、日本の览童生徒について、多様な情報を収集・活用する力に課題があることが指摘されており[5][6]、学習指導要領においても 図書館や博物館等を活用し、資料を探究的に収集・活用する力の育成が必要とされている [7]。デジタルアー カイブは、そのための重要な基盤となりえる。しかしながら、わが国では文化資源を利活用に供する仕組みや教育カリキュラムが整っていない ${ }^{[8]}$ 。それゆ光、学校現場での利活用も十分に進展しておらず、学校教育における学びと「資料」を接続するための体系的な方法が未確立であることが指摘されている[9]。 そこで本研究では、とりわけ資料の活用が重視される探究学習に注目し、その起点となる「問い」と「資料」の接続を支援する学習モデルを検討する。なお、本研究では「問い」を教員が設定する「発問」と区別し、「学習者自身が興味関心に基づいて立てる探究の手がかり」と定義する。 本稿では、筆者らの学習モデル開発のプロセスにおけるプレ実践[10][11]、新型コロナウイルスの感染拡大による臨時休校時の遠隔実践 ${ }^{[12]}$ 、休校明けの本実践の概要報告 [13][14] を総括するとともに、具体的な学習モデルの提示、実践結果のデータ及びその分析に基づき述べる。 ## 2. 関連研究 ## 2.1 問い」と資料の接続・構造化における課題 渡部 ${ }^{[15]}$ は、「問い」を並列的に並べるだけでは質的な深まりは生じないとして「問い」の構造化の重要性を提示している。また、岩田 ${ }^{[16]}$ は、「問いの構造モデル」を示し、下位の「問い」と上位の「問い」の関係に留意する重要性を述べている。 しかしながら、先行研究では教師の「発問」に主眼が置かれており、生徒自身の「問い」については議論されないことも多く、「問い」の設定と構造化が教師に委ねられている点に課題がある。 また、渡部 ${ }^{[15]}$ は、従来の探究学習では資料が教師から一方向的に提供され、恣意的な誘導を孕んだ「準備されたもの」であったことを批判し、生徒自身に資料を探させることの重要性を主張している。大島 ${ }^{[17]}$ は、生徒自身が立てた「問い」に着目し、その構造化に際しては、「どのような資料が必要か」について生徒に考えさせることが重要であると提唱している。 一方で、先行研究では「問い」と資料の接続の重要性を主張するに留まり、実際には主体的な資料収集活動を伴っていない実践が多い点に課題がある。この課題を解決するためには、学習における資料収集をめぐる障壁について検討を加えなければならない。主体的な資料収集については、アクセシビリティに難点があることが指摘されている。井手口 ${ }^{[18]}$ は、教科書や資料集には、情報量に限界があることに加え、「雄弁すぎる」ことでその使用が逆効果になると指摘している。また、登本ら ${ }^{[19]}$ は、探究学習において参考とする資料が少なく不便を感じている生徒が多いことを指摘している。 生徒の多様な「問い」に対応するためには、 Kirschner ${ }^{[20]}$ が主張するように、資料へのアクセシビリティを高める必要がある。多様な「問い」に対応し得る、多様な資料へのアクセスを担保するためには、 Web の活用が有効であると考えられる。ただし、 教育活用に際しては、資料の信頼性にも配慮することが重要である。その際、学習者自身が多様な資料の活用を通して情報を吟味し、信頼性の高い資料をもとに整理・分析を行うことが求められている[22-24]。 ## 2.2 デジタルアーカイブの教育活用における課題 資料の信頼性に関して、学習において一次資料を活用することの有効性が示されている。Reisman ${ }^{[25]}$ は、一次資料に基づいた学習の重要性を主張し、従来の教科書主導の指導からの根本的な脱却を図った。また、 Stripling ${ }^{[26]}$ は、探究学習で一次資料を扱うことで、学習者を自然に探究に従事させることができると主張した。 オンラインでの一次資料の活用にあたっては、国や自治体、図書館や博物館などの組織が構築するデジ夕ルアーカイブに期待が寄せられており、地域学習やテーマ学習の場面で活用されている。たとえば、前川[27]による「わたしたちの信州」アーカイブの活用、 の活用など、学習者の主体性を促す優れた教育実践が展開されている。 一方で特定の地域やテーマのアーカイブは、扱う資料の場所性や特殊性が強いため、カリキュラムに則した日常の授業では活用場面が限定されるという課題がある。したがって、より広い学習場面における「問い」 と「資料」の接続を支援する学習モデルについて検討を進めなければならない。 日々の授業の中で生徒から創発する多様な「問い」 に対応するためには、様々な資料を包含したデジタルアーカイブが必要となる。その際には、大向 ${ }^{[29]}$ が指摘するように、作者・出典・時代・画像 - 位置情報解説・権利表示といった、多様なメタデータが付加されていることが望まれる。また、学校教育に打ける探究学習では、クラスメイトとの協働的な学びを行うことも重要である ${ }^{30]}$ 。さらに、実効性のある授業実践には、学習指導要領に基づいた授業・評価設計も求め られる。しかしながら、そうした観点に基づいたデジタルアーカイブ資料の活用モデルは、十分に検討されていない。 ## 2.3 本研究の目的とアプローチ ここまでの先行研究の整理を通して、学習者自身の 「問い」に接続する資料を主体的に収集することや、 そうした学習を日常の学習の中で協働的に行うことに課題があることを確認した。 そこで、本研究では、「探究学習における生徒の「問い」と「資料」の接続を支援する学習モデルの開発」 を目的とする。そのために、統合的なデジタルアーカイブと協働キュレーション機能を用いて学習者の「問い」を起点とした「資料」の収集と考察を行う探究学習モデルを提案する。 ## 3. 提案手法 ## 3.1 提案する探究学習モデル ここまでの議論をふまえ、先行研究の課題を解決するための探究学習モデルの要件を以下のように設定する。 (1): 学習者が自ら立てた「問い」に接続する多様な 「資料」を収集し、考察を行う学習 (2): (1)を行うための、多様な「資料」及びメタデータを包括的に検索・収集可能な環境 (3) : (2)で収集した「資料」に基づいて、協働的な「問い」の構造化や考察が可能な環境 本研究では、上記の要件を実現するための手法とし て、以下に示す三点を探究学習モデルとして提案する (図 1)。 (1):「キュレーション学習」 (2) : 分野横断型検索プラットフォームの活用 (3): 協働キュレーション機能の活用 図1本研究が提案する探究学習モデル ## 3.1.1 「キュレーション学習」の提案 探究学習モデルの要件として設定した上記(1)を実現するための手法として、「キュレーション学習」を提案する。 ローゼンバウム ${ }^{[31]}$ は、かつて美術領域の専門家による特権的な行為であったキュレーションは、現代に おいて「民主化された」と主張した。情報学の文脈で鈴木 ${ }^{[32]}$ は、横断的なキュレーションを可能にするためのメタデータのあり方に関して、キュレーションで生まれたナレッジが再び横断的に共有可能となることの重要性を指摘している。教育学においても、メディアリテラシー育成の文脈において、Web 上のソーシャルメディアなどの情報を収集する “Digital Curation”が提案されている。その中で Mills ${ }^{[33]}$ や Mihailidis ら [34] は、一つの情報に解釈を加えるだけでなく、複数の情報を接続させることで新たな意味を見出すことの重要性を主張している。 このように、各分野におけるキュレーションは、作品や情報を収集するだけでなく、新たな価値や意味の付加までを含意すると位置付けられている。こうした特長は、探究学習において「問い」と複数の「資料」 を接続させて考察を行い、自身の意見を形成するプロセスでも有用となる。そこで本研究では、キュレー ション概念を探究学習に応用し、提案する学習モデルの中核に位置付ける。本稿に打ける「キュレーション学習」の定義を以下に示す。 “学習者が自ら立てた「問い」に接続する多様な「資料」を収集し、考察を行う学習” ## 3.1.2 分野横断型検索プラットフォームの活用 探究学習モデルの要件として設定した上記(2)を実現するためには、以下に示す機能が必要である。 —多様な「資料」を横断的に検索・収集可能な機能 -「資料」の出典・作者・時代・画像・位置情報などのメタデータを収集可能な機能 そこで本研究では、これらの要件を満たす情報検索・収集ツールとして、「ジャパンサーチ」を用いる。 ジャパンサーチは、書籍・文化財・芸術分野など、国内の様々な分野のデジタルアーカイブと連携し、「資料」のメタデータをまとめて検索できる国の分野横断型検索プラットフォームである。2022 年 8 月時点で、 185 のデータベースから、約 2,597 万件のメタデータを検索可能である ${ }^{[35]}$ 。そのため、生徒がそれぞれの 「問い」に紐づく多様な資料を収集するツールとして適している。 ## 3.1.3 協働キュレーション機能の活用 探究学習モデルの要件として設定した上記(3)を実現するためには、以下に示す機能が必要である。 -複数人での「資料」収集及び編集が可能な機能 ・メタデータのリストや画像データを要素として、任意の構造を協働的に構築・表現可能な機能 試験版公開時のジャパンサーチには、検索した「資料」をユーザの端末に保存できる「マイノート」機能が備わっていた。しかしながら、協働作業はできない仕様で、学校での協働的な学びに活用しづらかった[註2]。 そこで、「複数人での資料収集が可能」という要件を開発者に提案した結果、協働キュレーションを実現する「ノートボード」機能が仮実装された。さらに仮機能での実践 ${ }^{[11]}$ や先行研究 ${ }^{[16]}$ ふまえた意見交換を進め、任意の構造を協働的に構築し、表現可能な機能の実現を目指した。 最終的に、ジャパンサーチの正式公開版には「資料」 をメタデータと紐付けた状態で収集し、複数ユーザによる協働編集、考察した内容の記述などが可能な 「ワークスペース」機能が実装された ${ }^{[13]}$ 。同機能は連携機関のイベントやキュレーション実習など幅広い場面での活用を期待されて実装されたものだか、上記のような機能拡充により、本研究が目指す探究学習モデルの要件を満たすツールとなった。 したがって、本研究では協働的な「資料」収集及び 「問い」の構造化や考察を行うツールとして、ジャパンサーチのワークスペース機能を用いる。 ## 3.2 協働キュレーション機能の具体的な活用法 本研究における学習モデルでは、ワークスペースを次に示す方法で活用することで、「問い」と「資料」 の接続を支援する。 (1)ワークスペースに、任意のテーマに即して「資料」収集が可能な空間 (以下「ギャラリー」と呼ぶ) を、学習過程における学習活動の一連のまとまり (以下「単元」と呼ぶ) ごとに制作し、これをキュレーション作品として評価対象とする。この際、「ギャラリー」ごとにクラスや単元名などのタグをつけて管理することで、生徒間のキュレーション作品の共有や教員の評価を行いやすくする(図2)。 図2 ワークスペースのトップ画面。複数の「ギャラリー」を作成し、クラスや単元名のタグで管理する 図3「問い」の構造化と「問い」と「資料」の接続を支援するワークスペー ス機能の活用イメージ 図4「問い」の構造化と「問い」と「資料」の接続を支援するワークスペー ス機能の活用例 (2)「ギャラリー」を構成する9 種類のパーツのうち、複数のパーツをまとめて1つの要素として構成できるパーツ(以下「セクション」と呼ぶ)を用いて、協働的な「問い」の構造化を支援する。まず、各自が立てた「問い」に基づき議論を行い、各自の「問い」を架橋する上位の「問い」を「セクション」の一番外側のレイヤーに設け、班ごとの探究テーマとする(図 3)。 (3)(2)で設定した「セクション」の中のレイヤーに 「セクション」を複数追加し、2人 1 組のペアごとに探究する中位の「問い」を設定する(図3)。 (4)(3)で設定したセクションの中のレイヤーに、「資料」のメタデータをまとめて収集・ソートできるパーツ(以下「リスト」と呼ぶ)を複数追加し、個人で探究する下位の「問い」に接続する「資料」 を「リスト」内に収集する(図3、図 4)。 (5)テキスト機能を活用し、収集した「資料」から考察したことや自身の主張の根拠となる引用箇所を記載することで、「問い」に対する考察を「資料」 と紐付けながら行う。 ## 3.3 カリキュラムに則した提案手法の実践の流れ 日本の学校において実効性のある学習を行うためには、学習指導要領や教科書などのカリキュラムに則していることが求められる。そこで本研究では、 図5提案する探究学習モデルのカリキュラムに則した実践の流れ Stripling ${ }^{[26]}$ の探究学習モデルを発展させ、以下に示す流れの中で提案手法を展開する(図 5)。 (i )講義授業を受講し、基礎的な知識を習得する。 (ii) 講義と教科書をもとに、単元ごとに「問い」を立てる。 (iii)「問い」に接続する「資料」の収集を行う。 (iv) 収集した「資料」をもとに、「問い」の構造化や考察を行う。 (v)発表活動を行い、探究成果を他者に伝える。 (vi)振り返り学習による自己評価を行う。 以上のサイクルを単元ごとに繰り返す形で、探究学習を継続的に行う。この学習の流れにより、講義形式での授業や教科書で学んた知識を発展・深化させる形で、「問い」に則したキュレーションを行い、多様な 「資料」を日常の授業の中で用いて学習を展開する。 ## 4. ケーススタディ ## 4.1 中学校での授業実践の概要 提案手法を検証するために、継続的な授業実践を行う。本稿では、公立中学校 2 学年を対象として行ったケーススタディについて述べる。実践対象の概要を表 1 に示す。 実践は、指導要領・教科書のカリキュラムに則して図5で示した流れで行う。なお、授業を担当する教員は実践対象の3クラスとも同一教諭で行い、どの単元も授業の内容及び学習の進度にクラス間の差異がない状態で行う。実践対象の単元毎の時間配分を以下に 表1本稿で述べるケーススタディの対象 \\ 示す。 (i ) 講義授業:2 時間 (ii、iii)「問い」を立て、資料を収集: 1 時間 (iii、iv)資料収集と「問い」の構造化や考察:2時間 (v、vi)発表及び振り返り学習:1 時間 ## 4.2 キュレーション成果への評価基準 生徒の「問い」と「資料」を接続するリテラシー変化を検証するために、学習成果物に対する評価基準を作成した。以下に基準作成に関する概要を示す。 —目的:生徒の「問い」と「資料」を接続し、考察する力を評価する —評価対象:生徒がワークスペース上に制作するキュレーション作品 —作成者 : 実践校の教諭を含む教員免許を有する教職経験者 3 名 —参考にした先行研究: $\cdot$ 大島 ${ }^{[17]}$ の評価手法;探究学習における振り返り場面において、どのような資料が「問い」を解決するために必要かを評価基準とした点を参照。 $\cdot$ 三宅 ${ }^{[36]}$ の評価手法:異なる資料を活用し、「問い」に答えを出す協働的な学習を通して生徒の変容を分析する点を参照。 評価対象の収集資料については、Anagnostou ${ }^{[21]} の$研究をふまえ、ジャパンサーチの他にも広く Web 検索した資料を引用し、組み合わせて活用して良いこととした。その上で、文科省 ${ }^{[22][23]}$ や東京都立高等学校学校司書会 $[24]$ が示した視点をふまえ、引用した資料の信頼性についても評価基準における「適切な資料であるか」の指標とした。なお本基準は、ジャパンサーチの「資料」が一概に信頼性が高く、歴史学的な正しさを保証していることを規定するものではない。 あくまで、公開元不明の Web 情報をコピーして提示しているのか、それとも図書館・博物館などが公開する「資料」を比較・分析して自身の意見を形成しているのか、といった違いを評価するための指標である。 以上をふまえ、表 2 に示す評価基準を設定し、「問い」の解決や「問い」に基づいた探究を深めるために適切な「資料」を収集し、その考察を通して自身の意見や考えを形成することができているかどうかを基準として、4 段階評価を行うこととした。 ## 4.3 キュレーション成果への評価結果 ## 4.3.1 評価対象の選定と評価の手続き 評価の対象は、科目間の特性の差異に配慮し、以下に示すキュレーション作品とした。 表2 生徒のキュレーション作品を評価する基準 \\ - 初期作品:実践期間中の最初の歴史単元(大航海時代)で制作した作品 - 最終作品:実践期間中の最後の歴史単元(江戸時代中期)で制作した作品 また、本研究の提案手法は、活用するデジタルアー カイブにおける「資料」の充実度に影響を受けることが予想される。そこで、対象単元における教科書に記載のあるキーワードを各 20 件ずつジャパンサーチで検索した。その結果を以下に示す。 -大航海時代に関するキーワード(キリシタン、ルネサンス、コロンブスなど):40,363件 —江戸時代中期に関するキーワード(往来物、人形浄瑠璃、新井白石など):40,761 件 このことから、「資料」の数に大幅な違いは認められず、両単元の比較に一定の意味があると判断した。 評価の手続きとしては、まず実践校教諭を含む教員免許所有者 2 名が独立して表 2 の基準に則り評価を行い、次いで両者が付した得点の平均点を評価点とした。なお、評洒者 2 名は評価指標の作成者 3 名のうち、実際に中学校で実践を行った 2 名である。 採点に際しては、ワークスペースにおける構造や記述だけでなく、そこに収集された全ての資料の内容及びメタデータを確認した。 なお、実践対象生徒 120 名の内、6名は欠席により初期作品もしくは最終作品を提出していないため、分析対象から除外し、 $\mathrm{n}=114$ とした。 ## 4.3.2 評価の結果 評価の結果を表 3、図 6 に示す。初期作品への評価の平均点は 2.06 であり、中央値、最頻值ともに 2 であった。 一方で、最終作品への評価の平均点は 3.33 であり、中央値が 3.5、最頻値が 4 であった。 ついで、初期作品と最終作品の評価に差異があるかどうかを確かめるため、検定を行った。この際、両作品群への評価点は評価者による順序尺度であり、母集表3キュレーション成果の初期作品と最終作品に対する評価の結果 $(n=114)$ & 16 & 11 & 58 & 8 & 18 & 0 & 3 & & 2.06 & 2 & 2 \\ 図6初期作品と最終作品に対する評価点の分布 団分布に対して特定の分布に従うことを仮定しないため、ノンパラメトリック検定を採用し、対応のあるウィルコクソンの符号順位検定を行った。 検定の結果、「問い」と資料の接続を測る評価基準にもとづいて採点された初期作品への評価点と最終作品に評価点には、図 7 に示すように $5 \%$ 水準で有意差が認められた $(\mathrm{p}<0.05)$ 。 最後に、本研究における評価の順序尺度における評価者 2 名の評価の信頼性を確かめるために、重み付け kappa 係数を算出した。その結果は $0.72 ( 95 \%$ 信頼区間:0.66-0.79)であり、高い一致度を示した。 ## 4.4 質問紙調査の結果 事後の質問紙における「ワークスペース機能を使ったことは探究学習を深める上で役に立ちましたか?」 に対する回答 $(\mathrm{n}=120)$ では、60.8\%が「役に立った」、 $29.2 \%$ どちらかと言えば役に立った」と回答した。 一方で、「ワークスペースの利便性」に関しては、 $20.0 \%$ が「どちらかと言えば使いにくかった」、2.5\% が「使いにくかった」と回答した。 $\square$ 初期作品評価平均点 $\square$ 最終作品評価平均点 図7 初期作品と最終作品に対する評価点の差 ## 5. 考察 ## 5.1 キュレーション作品の評価結果 4.3.2 より、初期作品に対して最終作品への評価点が有意に上昇したことが明らかになった。評価において初期作品と最終作品に認められた特徴を以下に示す。 - 初期作品: ・図8に見られるように、「問い」に接続する「資料」がなく論拠を示せていない。 ・出典不明で信頼性に欠ける資料を引用している。 ・自身の意見を形成できていない。 - 最終作品 図 9・図 10【A】に認められる特徴 ・「問い」を解決したり深めるために適切な「資料」が複数引用されている。 ・資料を「問い」の視点ごとに構造化してまとめている。 ・自身の主張の論拠を引用文献から明示している。 図 9$\cdot$図10【B】に認められる特徴 $\cdot$「問い」の構造化や「資料」をもとにした自身の考察がなされている。 $\cdot$ 探究成果を現代の問題に接続させて自分ごとと して結論を出している。 ・新たな「問い」の創出により探究が連続的に更新されている。 これらのことから、表 3、図6で示したように、初期作品では評価基準の 2 点に相当する評価を受ける作品が多く、最終作品では評価基準の 3 点、 4 点に相当する評価を受ける作品が増加したことが確認された。 以上より、実践の初期では、生徒の「問い」と「資料」の接続や「資料」に基づいた考察が十分に行われていなかったと考えられる。一方で、実践の終盤にかけて、「問い」に接続する「資料」を複数収集し、その考察を通して自身の意見を形成する力が向上した生徒が増加したことが示唆された。 図8初期作品に多く認められた、「資料」の引用や自分自身の考えの記述がない事例 図9最終作品に多く認められた、収集した複数の「資料」をもとに自身の考察が記述されている事例 1 図10最終作品に多く認められた、収集した複数の「資料」をもとに自身の考察が記述されている事例 2 ## 5.2 提案手法の貢献と汎用性 このような生徒のリテラシーの変化には、提案手法の特長によって、次に示す作用があったと考える。 (1)自身の「問い」に基づいて主体的に「資料」を収集し、考察を行う学習を継続的に行うことで、「問い」 を解決したり深めるために適切な「資料」を収集する力や、「資料」をもとに意見を形成する力の向上に繋がった。 (2)「資料」の内容を閲覧でき、「資料」に関するメタデータを包括的に収集可能な分野横断型検索プラットフォームを継続的に活用したことで、複数の「資料」の比較・検討を通して自らの考えを導き出す力や、「資料」の信頼性に配慮して考察する力の育成に繋がった。 (3)「問い」の構造化及び「問い」と「資料」の接続を通した考察を同じシステム上で協働的に行うことができるキュレーション機能を継続的に活用することで、他者の「問い」及びその構造化や、収集された 「資料」とそれに対する考察の良いところを吸収し、自身の学びを向上させることに繋がった。また、収集した「資料」を任意の構造で編集し、構造ごとに考察を記述できる機能により、「問い」の構造化を 「資料」が接続された状態で進めることができ、自身の意見を形成することに繋がった。 本研究の提案する学習モデルは、要件を満たすことで他のデータベース・デジタルアーカイブに応用できると考える。ただとの効果や評価指標については、別途対象に応じた検証が必要であると考える。 ## 5.3 本研究の課題と限界 ## 5.3.1 提案手法の利便性と効果の即時性 質問紙の結果より、ワークスペースが探究学習に 「役立った」もしくは「どちらかと言えば役に立った」 と回答した生徒が約 9 割であった。一方で、2 割以上の生徒が利便性には難があったと回答した。授業観察からも、とりわけ学習初期に打いて提案手法に難しさを感じる生徒が存在することが確認された。このことより、提案手法の効果が即時的でないことや、活用ツールへの慣れが評洒結果にも影響を及ぼしていることが示唆された。 ## 5.3.2 手法と結果の限定性 提案手法及び評価基準は、活用する単元に関するアーカイブ上の「資料」の充実度に影響を受けると考えられる。また、検証では、学校教育を対象とした実践の特性上、結果に影響を与える要因を排除することは不可能であるとの前提で評価を行っている。したがって、手法の汎用性については、他の単元でのケー ススタディを行い、評価手法の見直しを含めた検討を重ねることが必要である。 ## 5.3.3 「問い」を立てる段階での課題 探究学習の起点場面において、「問い」を立てることに難しさを感じる、あるいは「問い」を立てることに時間がかかる生徒も認められた。このことは、本稿における提案手法の前段階で生じている課題である。 そのため、探究の導入段階における「問い」の創発を支援する学習環境についても今後検討を行うことが望まれる。 ## 6. おわりに ## 6.1 結論 本研究の目的は、探究学習における生徒の「問い」 と「資料」の接続を支援する学習モデルを開発することであった。その手法として、生徒の「問い」を起点とした「キュレーション学習」を提案した。また、分野横断型検索プラットフォーム「ジャパンサーチ」の検索機能と協働キュレーション機能を「キュレーション学習」における協働的な資料収集と「問い」の構造化を支援する空間として活用した。この手法を用いて、中学校において継続的な授業実践を行ない、生徒のリテラシーの変容を分析した。その結果、学習成果物に対する評価点が有意に上昇し、生徒の「問い」に基づいて「資料」を収集する力や「資料」をもとに考察する力が向上したことが示唆された。このことから、提案手法の効果が確認され、探究学習における生徒の 「問い」と「資料」の接続を支援する学習モデルを開発することができたと考える。 ## 6.2 今後の展望 本研究の課題として、提案手法に難しさを感じる生徒がいること、習得に一定の時間がかかるということを確認した。今後は学習者の負担となる要素を割り出し、手法を改善する。また、本研究の提案手法や評価指標は、単元内容やアーカイブ上の「資料」の充実度に影響を受ける可能性もある。そのため、本稿で対象とした近世の歴史単元以外における手法の効果検証も行う必要がある。な扮、本研究では小学校及び高等学校でも実践を行った。今後詳細な分析を行い、発達段階における提案手法の有効性の差異を検討する。 さらに、「問い」に紐づく「資料」を発見した際に、二次利用条件によって利活用できない事例も認められた。これはデジタルアーカイブ側の課題であり、「資料」の二次利用条件のあり方について、アーカイブ機関側も巻き迄んだ検討が必要である。 今後はこれらの検討を進め、校種や学年ごとに「問い」と「資料」の接続を創発・支援する学習モデルを協創的に開発・蓄積する仕組みを構築する。 ## 註・参考文献 [註1] 日本では「デジタルアーカイブ」が何をさすかについては様々な議論や定義がなされている。本研究ではジャパンサーチ上に示されている定義に従い、「デジタルアーカイブ」を「さまざまなデジタル情報資源を収集・保存・提供する仕組みの総体」として用いる。それゆえ、本研究では資料そのものだけでなく、資料の内容や所在に関する情報を記述したメタデータなどもその対象として扱う。 https://jpsearch.go.jp/about/terms\#ckkmsmrow1ux (参照 2022-08-15). [註2] 2022年 8 月現在のジャパンサーチでは、マイノート機能が「マイギャラリー」と名称変更され、全てのユーザが各自の端末で「ワークスペース」と同様に要素の構造化など複雑な編集可能になっている。また、24時間限定ではあるものの、他者との共有・協働作業も可能となっている。 [1] UNESCO (UNITED NATIONS EDUCATIONAL, SCIENTIFIC AND CULTURAL ORGANIZATION). Recommendation concerning the Protection and Promotion of Museums and Collections, their Diversity and their Role in Society. 2015. https://www.j-muse.or.jp/02program/pdf/UNESCO_ RECOMMENDATION_ENG.pdf (参照 2022-08-15). [2] 内閣府知的財産戦略推進事務局. 我が国におけるデジタルアーカイブ推進の方向性. 2017. https://www.kantei.go.jp/jp/ singi/titeki2/digitalarchive_kyougikai/houkokusho.pdf (参照 2022-08-15). [3] Anju Niwata, Hidenori Watanave. Rebooting Memories: Creating "Flow" and Inheriting Memories from Colorized Photographs; Proc. of SIGGRAPH ASIA 2019 Art Gallery/Art Papers. 2019, no. 4, p.1-12. [4] 吉見俊哉. なぜ、デジタルアーカイブなのか?-知識循環型社会の歴史意識. デジタルアーカイブ学会誌. 2017, 1(1), p.11-20. [5] 国立教育政策研究所. 特定の課題に関する調査(社会)結果のポイント. 2008. https://www.nier.go.jp/kaihatsu/tokutei_shakai/ 06002020000007001.pdf (参照 2022-08-15). [6] 国立教育政策研究所. OECD生徒の学習到達度調査2018年調査(PISA2018)のポイント. 2019. https://www.nier.go.jp/ kokusai/pisa/pdf/2018/01_point.pdf (参照 2022-08-15). [7] 文部科学省. 平成 $29 \cdot 30$ 年改訂学習指導要領、解説等. 2018. https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1384661.htm (参照 2022-08-15). [8] 吉見俊哉. 知識循環型社会とアーカイブ知のデジタルター ンとは何か. 社会学評論. 2015, 65(4), p.557-573. [9] 小森一輝. 学校教育におけるデジタルアーカイブ利活用のために. デジタルアーカイブ学会誌. 2019, 3(2), p.211-212. [10] 大井将生, 渡邊英德. 多面的・多角的な視座を育むデジタルアーカイブ活用授業の提案:ジャパンサーチの教育活用. デジタルアーカイブ学会誌. 2020, 4(2), p.207-210. [11] 大井将生, 渡邊英徳. ジャパンサーチを活用した小中高でのキュレーション授業デザイン:デジタルアーカイブの教育活用意義と可能性. デジタルアーカイブ学会誌. 2020, 4(4), p.352-359. [12] 大井将生, 渡邊英徳. ジャパンサーチを活用したハイブリッド型キュレーション授業:遠隔教育の課題を解決するデジタルアーカイブの活用. デジタルアーカイブ学会誌. 2020, 4(s1), p.s69-s72. [13] 大井将生, 渡邊英徳. ジャパンサーチのワークスペース機能を活用した協働キュレーション授業:「問い」と資料を接続するデジタルアーカイブの活用法. デジタルアーカイブ学会誌. 2021, 5(s1), p.s67-s70. [14] 大井将生, 渡邊英徳. VUCA時代の探究学習を支援するデジタルアーカイブと学校図書館. 学校図書館. 2021,6月号, No. 848, p.39-43. [15] 渡部竜也, 井手口泰典. 社会科授業づくりの理論と方法. 2020. 明治図書. [16] 岩田一彦. 社会科固有の授業理論. 2001. 明治図書. 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[23] 文部科学省. 中学校学習指導要領 (平成29年告示) 解説, 社会編. 2017-09. p.177. https://www.mext.go.jp/component/a_menu/ education/micro_detail/_icsFiles/afieldfile/2019/03/18/ 1387018_003.pdf (参照 2022-08-15). [24] 東京都立高等学校学校司書会ラーニングスキルガイドプロジェクト. 都立高校の生徒のためのラーニングスキルガイド〜レポート作成編. 東京都立高等学校学校司書会. 2018. [25] Avishag Reisman. Reading Like a Historian: A Document-Based History Curriculum Intervention in Urban High Schools. Cognition and Instruction. 2012, 30(1), p.86-112. [26] Barbara Stripling. Teaching Inquiry with Primary Sources. Teaching with Primary Sources Quarterly. 2009, 2(3), p.2-4. [27] 前川道博. 地域学習を遍く支援する分散型デジタルコモンズの概念:信州デジタルコモンズ『わたしたちの信州』創成モデル. デジタルアーカイブ学会誌. 2018, 2(2), p.107-110. [28] ゴードンアンドルー, 森本涼. 日本災害DIGITALアーカイブの展開と展望. デジタルアーカイブ学会誌. 2018, 2(4), p.347-352. [29] 大向一輝.デジタル学術空間の未来に向けて. デジタル学術空間の作り方.下田正弘・永㠃研宣編. 2019. 文学通信. [30] 藤村宣之, 橘春菜, 名古屋大学教育学部附属中 - 高等学校 (編著). 協同的探究学習で育む「わかる学力」-豊かな学びと育ちを支えるために一. 2018, p.40, 73. ミネルヴア書房. [31] スティーブン・ローゼンバウム.キュレーション.田中洋監訳, 野田牧人訳. 2011.プレジデント社. 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Japan Society for Digital Archive
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# シンポジウム「デジタルアーカイブが 拓く日本の社会・文化芸術の未来」 The future of Japanese society, culture and art opened up by digital archives 共同通信社編集局メディアセンター予定チーム ## [会議概要 $]$ 主催 : デジタルアーカイブ学会法制度部会 日時:2022 年 12 月 5 日(月) 場所:参議院議員会館内講堂 参加者数:約 50~60 名(関係者のみ) 登壇者: 草刈民代氏(俳優、元バレリーナ) 大島新氏(映画監督・プロデューサー、元テレビディレクター) 吉見俊哉(東京大学大学院教授・デジタルアーカイブ学会会長) 福井健策(弁護士・デジタルアーカイブ学会法制度部会部会長) (進行)内田朋子(共同通信社) ## 1. シンポジウムの概要一開催の狙いと目的 2022 年 12 月 5 日、デジタルアーカイブ学会 法制度部会が主催するシンポジウム「デジタルアーカイブ が拓く日本の社会・文化芸術の未来」が開催された。 デジタルアーカイブを通して過去の記憶・記録をたどることの重要性への理解を深めようと、デジタルアーカイブ学会会長の吉見俊哉・東京大学教授と、同法制度部会部会長で骨董通り法律事務所代表パートナーの福井健策并護士が、俳優で元バレリーナの草刈民代氏と映画監督・プロデューサー、元テレビディレクターの大島新氏をゲストに迎え参議院議員会館の講堂に参集。共同通信社の内田朋子(筆者)の進行で、社会として歴史的資料の記録を保存・整備することの意義を伝え、特に文化芸術、エンタテインメント政策 左から、内田朋子、福井健策、草刈民代、大島新、吉見俊哉の各氏(撮影:佐藤竜一郎) を巡るデジタルアーカイブの今後の在り方に関する討議が行われた。 アーカイブ発展と関連性が深い分野の一つが、文化・芸術、エンタテイメントである。しかし、芸術教育をはじめとした文化政策面でもアーカイブの活用は、日本は諸外国から立ち遅れている。本シンポジウムでは、デジタルアーカイブ推進の社会的必要性と、文化芸術分野での活用と課題について、登壇者たちそれぞれが自身の専門分野から具体的に提言。2 時間以上にわたり繰り広げられた舌戦は示唆に富み、刺激に溢れるものとなった。 同年 10 月、「少年 $\mathrm{A}\rfloor$ 事件の記録廃棄が報道された。 1997 年、小学生 5 人が襲われ、 2 人が殺害された連続児童殺傷事件で、14 歳で逮捕され、少年審判を受けた「少年 $\mathrm{A}\rfloor$ の全ての事件記録一少年審判の処分決定書や捜査書類、精神鑑定書など、非公開の審議過程を検証できる文書一式を神戸家裁が廃棄していたことが分かったからだ。政府の知的財産推進計画には、文化的資産の保存と活用による「デジタルアーカイブ社会の実現」が重要な取り組みとして明記されている。しかしながら、その提言とはほど遠い現状を、この裁判記録破棄の事実から認識せざるを得ない。この問題に対する危機感を登壇者全員が共有していた点でも、日本社会におけるアーカイブの必要性をいっそう深く考察することのできた、意義あるイベントとなった。 ## 2.「少年 A」事件裁判記録の破棄の事例から考 える 吉見氏がまず、裁判記録の破棄問題の深刻さを伝え、「アーカイブ」の公的な役割について問いを投げかけた。「1997 年の神戸連続児童殺傷事件というのは、当時 14 歳の少年 A が 11 歳の児童を殺害し、被害者の頭部を切断し、通っていた中学校の正門に置くという痛ましい事件だった。注目されたのは、この少年の家庭環境が病んでいたわけではなく、神戸・六甲山のニュータウンのごく平均的なサラリーマン家庭だったという点。1960 年代の連続射殺事件の犯人だった永山則夫とは全く違う環境で育っている。永山は青森から上京し東京で疎外され、孤独の中で人を殺したが、少年 Aの中にはそもそも他者が存在していない。 10 代から 20 代にかけての若者の感受性はその時代を反映する。この事件が 1980 年代から 90 年代の私たちの社会の絶望的な状況を表していることが分かる。この点だけ考慮しても、この事件の記録の資料性が高くないとは言えない。その時代を集約するような問いが、記録の中に含まれているということの確率がとても高 い。こういう事件の記録はどうするのか? アーカイブをどうするのか?」。 これに対して福井氏は、「公文書というのは行政文書のことを指すため、裁判記録というのは公文書ではない。公文書管理法の対象ではないはずだ。最高裁、裁判所の内規によって保存期間が定められている。それも刑事、民事で 3 年から 5 年というぐらいの期間でしかない。この状況にあって、少年 Aのものも廃棄されているといえる。唯一の例外が、特別保存。歴史的に重要な価値があるとされたものは、永久保存されることになっている。しかし、ほとんどの裁判記録はこれに指定されていない」と述べた。さらに「日本では、一般に裁判というのはやや私的な紛争であって、 なぜ見たがるのか分からないという、あるいは隠してあげたほうがいいという感覚を持っている人がいるのではないかと思う。一方、欧米では、統治のシステムの最も根幹的なものとして、裁判やその記録から社会のために教訓を得ることができるのかというのは、公共の関心事項。裁判を公的なもの、または私的なものと考えるかの意識の違いあるのかもしれない」と言及。公共性の概念を巡る日本と欧米の違いについて指摘し、そこから生じる記録保存への認識の差を示唆した。大島氏は「少年 Aの記録を残すというのは、有意義なことしかないのに、なぜ捨ててしまったのか。“公的に残すべきであるという意識の低さ、の問題であると思った。特別保存の指定も、裁判所の内規による資料的価值の高さが基準というが、価値というのは一体誰が決めるのか?この事件に限らず、ほかの事件でも、価値の高低はどのように決めるのか。もしそこに恣意的な何があるのだとすれば、それはルールですらないと言えると思う」と述べ、裁判所が記録を保存しないことへの疑問を改めて提示した。 ## 3. 欧州のアーカイブから見える日本の文化・芸術政策 裁判記録の破棄を巡る討議の流れから、シンポジウムのテーマである文化・芸術とアーカイブの問題に、海外の芸術事情に詳しい草刈氏が踏み込んた。「欧州と日本アーカイブの発展の差を考えるとき、大きな違いの一つが『公共性』への意識だと思う。西洋音楽の五線譜は世界共通語みたいなものだが、バレエでも、 17 世紀、踊り手でもあったフランス国王のルイ 14 世がステップやポジションなどを紙面に残すように命じて体系化され、その後のオぺラ座やバレエ学校の発展につながっている。西洋的な合理性が土台となり、時代や国を超えて共有できる楽譜などが存在する。一方、 日本の古典芸能を見ると、琴や三味線では流派によって譜面の書き方が多少違うと聞いた。また、口伝のようなことも基本にあるようで、縦につながるものが大事にされ、公共性というのと少し違うところにある気がする。欧州の劇場は、実演家、スタッフにとっても、 ハウス、メゾンという感覚だが、日本では箱と呼ぶ。 そんな意識の違いも、アーカイブの重要性に対する認識の差として出ているのではないか」と述べた。さらに「東京のアーティゾン美術館で開催されている『パリ・オぺラ座展』を紹介するテレビ番組のナビゲー ターを務め、フランスでは、アーカイブするということが、本当に“全部を保存しておく、ということだと知った。オぺラ座の資料に関しても、残っているもの全てがオぺラ座と国立図書館で保存されており、その澎大な資料を全員が共有でき、新しい作品が生まれていく。それだけのアーカイブの量があるおかげで、オペラ座のバレエダンサーたちがその歴史を理解しながらレッスンできるというのは、大変な違いだというのが分かる。裁判の記録、あるいは公文書の保存についても、それらにどれだけの資料的価値があるか、自分たちの先祖がどんなことをやってきたかということを、まず理解した上で始めないと、日本ではなかなか地に足がついたものにならないのではないか?」と、日仏の記録保存に対する考え方の違いを指摘した。福井氏は草刈氏の発言を受けて、「記録の公共性、資産性ということを感じた。資料の全量を保存する。 それは人間が過去から学げなければ何もないから。過去から学び、そこに新たな何かを付け加えて、次の世代に受け継いでいく。これしか人間にはできないのでは? デジタルアーカイブということの根本に触れている。欧州で有名なのはヨーロピアーナ一全欧横断の巨大デジタルアーカイブセンターで、5千以上の全欧の電子図書館や博物館、美術館などをネットワークでつないだバーチャル博物館。書誌情報、メタデータはなく、映像や画像そのもの、デジタルテキストそのものが現時点で5千万点以上集まっている。それほど “残して伝える、ということに対する強い思いがある」 と応えた。また、「日本にも、ボランティアが支える電子図書館の青空文庫、昭和音楽大のバレエアーカイブなど価値ある試みをしている人はたくさんいるが、壁にぶつかり苦闘している。政府のデジタルアーカイブジャパン推進委員会が、この壁について『人手と予算が慢性的に足りず、権利処理の問題がある。技術的にも追いつかない。しかし、何より、“なぜ残すのだという人々の理解が、追いついてこない』という主旨を、 2 年前の報告書で述べている」と付け加えた。日本の文化・芸術政策について、吉見氏は「゙カルチャー、の日本語訳が “文化、というのは誤訳だと思う。カルチャーは、農業=アグリカルチャーと同語源。土を耕し作物は生まれる。カルチャーも、基本的には人間と社会を耕すことで、循環という概念が含まれる。循環する中で土壤が豊かになるプロセスが文化だ。日本では、この根本的概念が欠落している」と指摘。その上で、「アーカイブに関しても、歴史の中に自分を位置づけられないため成長しない。文化も芸術も成熟しない。草刈氏が言うように、作品をつくるということは循環する歴史の中に自分を位置づけていく、また位置づけ直していくという作業だと思う。それが本来の文化、カルチャーで、それを促進させ政策的に展開するのが、文化・芸術政策であるはず。その点を私たちは考えるべき。そのとき、アーカイブ構築の推進というのは必須ということが、論理必然的に出てくるはず」と提言した。 ## 4. 文化芸術、エンタテイメントを巡るデジタル アーカイブ ドキュメンタリー映画監督として活躍する一方、父である故大島渚監督の映画の権利、継承者としての立場から、大島氏も文化芸術、エンタメ界におけるデジタルアーカイブの問題を提示した。「日本の映像エンタメ界と文化行政は、短期でお金になるコンテンツには力を注ぐ印象を持っている。短期ですぐに結果が出るものに関しては、投資する。しかし、長期にわたって残していくということに関しての意識は、非常に薄いのではないか」と述べ、「(長期にわたって残すことの大切さの)一つの例として、セルゲイ・ロズニツァ監督というウクライナの映画監督が数年前に、膨大なアーカイブフィルムを基にスターリンの葬儀を描いた 「国葬」という映画がある。リトアニアで発見された、約 200 人のカメラマンが 1953 年のスターリンの国葬を記録した「偉大なる別れ」という未公開の映像を使っているが、2019年にそれを見ると「偉大なる別れ」 ではなく「恐ろしい別れ」に映る。“独裁者、の国葬というのが圧倒的に伝わってくる。スターリンの死後 60 年以上たった時に見る意味というのが非常に大きい。残ったものを新たな解釈で見ることができる重要さが、アーカイブ映像にはある」と説明した。続けて、「大島渚が生涯に撮った 20 数本の映画作品の権利は、 ロダクションである大島渚プロダクションにあり、その権利の継承を自分が受けた。驚いたのは、フィルムや資料を管理するお金が意外とかかる。また、フィル ムからデジタル化するための予算がなく、(興業収益が高い) 『戦場のメリークリスマス』以外の作品のデジタル化ができていない。音楽家の坂本龍一さんは、 ATG 時代という少し難解な 1960 70 年代の大島作品を残すことの大切さを理解してくれデジタル化を勧めるが、予算がない。そのため、国立映画アーカイブに全ての作品と資料を寄贈することを決めたが、それもすぐにデジタル化できるかは分からない。正直、大島渚の作品でもこういう状況なのだと思ってしまう」と、予算の問題によりデジタルアーカイブ化が難しい局面にあることを指摘した。 福井氏は、長期的な保存と収益の関係について「長期的にはデジタルアーカイブというのは、時に大きな経済的価値を生む。映画では、バズ・ラーマン監督の今年(2022 年)の新作『エルヴィス』で、過去の映像資料を大量に使って、全世界で既に 300 億円以上の興行収入を上げた。舞台芸術では、ブロードウェイが 15 年に全世界に向けて映像を公開するようになった。 デジタル配信で客足が遠のくという危機もあったが、逆に打客と増えるということが分かった。日本でも文化庁の支援事業として、大規模な舞台公演映像のデジタルアーカイブ化と商用配信を行う「緊急舞台芸術アーカイブ+デジタルシアター化支援事業 (EPAD) が成果を上げている。2 時間の長尺の舞台映像で 1 万回ほど再生されており、海外の視聴者も多く、確実に新しいお客を生み出している。公的な補助以外にも、利益を生み出すための利活用のルールや仕組みを考えることが必要」と説明した。続けて草刈氏が「カルチャーの本当の意味が、文化という言葉に反映されていないという吉見氏の意見が腑に落ちた。その文化というものに対しての理解がないと、アーカイブの利用方法も生み出せない。過去のものをどう利用するか、過去のものを見て何を楽しみ、何を得るのかというのがカルチャーの中に組み込まれているから、欧米ではきちんと形になっていると思う。創造活動でもビジネスでも根本はそこだと思う」と付け加えた。 ## 5. 著作権処理を巡る実務と変わる法制度 アーカイブの構築の推進のために、これからどういう著作権処理の問題、実務の課題が出てくるかについて、現在の動きを交えて福井氏から解説がなされた。「権利処理の壁が高過ぎるということで、デジタルアーカイブに保存をするというだけであれば、権利者の許可なく保存し、未来に残すことが可能であるという法改正が進んでいる。18 年の法改正により、権利処理なしでデジタルアーカイブできるようになった。多くのアーカイブも保存だけであれば行える。現在の潮流は、こうして許可なしに社会公共的な理由でできる利用と、一方で、権利者の許可をもらい対価を還元しながら行っていくという、この二つをいかにうまく組み合わせて作品を流通させていくかという方向で、政府は議論を進めている」と説明。「権利者を見つけて許諾をとるのは大変。過去の映像では権利者は何十人といる。そのため、権利情報データベースというものを横断的に整備して、権利者を見つけやすくしょうということを政府は今進めている。また、集中管理といって、日本音楽著作権協会のように権利の集中処理というものを進める、一元的な利用をサポートするための支援センターのような空口を公的に整備したらどうかという議論も進めている。 10 年に 1 回か、それ以上の著作権の大リフォームの議論が数年かけて進行中だ」続けた。 さらに、「国を横断したデジタルアーカイブの推進計画が存在しない。ばらばらに孤立している状態。これを横で情報を持ち合い、推進計画をつくるという提言がある。そもそもデジタルアーカイブの根本法、基本法がないため、デジタルアーカイブ振興法をつくるべきという話をしている」と話し、「データはさまざまあるが、フェイクの問題もある。データの信頼性が今ほど問われている時代はない。検証が必要だ」と提言した。海外に向けて発信し、海外から日本に来た人に楽しんでもらうために、多言語の字幕をつけるなどの工夫、また、視㯖が困難な人々のために音声を読み上げるようなユニバーサル化の技術を政府支援で進めてくなどの、議論があることも説明。「アーカイブ化が特に進んでいないジャンルがある。漫画、アニメ、 ゲームはどんどん消えている。脚本、放送番組、放送ライブ、また音楽の本格的なデジタルアーカイブの事業も進んでいない。ドキュメンタリーなどのアーカイブ化も推進する仕組み、横につないでいく仕組みについて議論をしているところた」と話した。 ## 6. 社会にとっての「記憶する権利」 討論の締めくくりに、吉見氏は、日本の社会が 1990 年代以降に停滞し、失われた 30 年と呼ばれる理由の一つとして、グローバリゼーションの中で日本の社会が縦割りのままであることを指摘した。「全世界が縦割りから、水平統合という横軸社会にデジタル化を通して変わった。縦割りを変えるというのが、日本の社会や組織にとって一番難しいこと。しかし、デジタル化は水平統合で行わなければならない」と説明。続けて、「今デジタルアーカイブ学会では、デジタル アーカイブ憲章というものを提案する議論を進めている。デジタルアーカイブの必要性を訴える憲章を制定して世に訴えていく。労働者の権利を守るため、女性のため、環境のためなどの憲章を揭げることで、その恒常性を示していくという運動が世界にはたくさんある。我々もそれを行い、その中で揭げるものが『記憶する権利』。インターネット社会では『忘れられる権利』が必要だが、それだけではなくて、公共の名において『記憶する権利』というものを守っていく意識を持つ必要がある」と語った。 草刚氏は「コロナ禍、ウクライナ侵攻があり、これまで想像できなかったことを経験し、いろい万なことが変わっている。一人一人がさまざまなことをちゃんと判断でき、選択ができないといけないと思う。そのためにも、デジタルアーカイブをさらに推進してもらいたい」と述べた。大島氏は「日本は、老舗企業や組織を残すのは得意なのに、なぜコンテンツは残らないのだ万うという疑問があった。吉見氏から『縦割り』 という話しがあった。草刈氏の欧米の『楽譜』舞踊譜』 と日本の伝統芸能での『口伝』という違いについての発言も、なるほどと思った。日本は、資料をパブリックなものとして残していく意識がやはり低いと改めて感じた」と語った。 最後に福井氏が、「今日は公共権の議論に始まり、公共権の議論に終わったように思う。確かにパブリックという意味において、日本のデジタルアーカイブが抱える課題は多いと思う。しかしそれは、日本の社会が劣っているからではないはず。一つ一つのアーカイブには本当に関係者の思いがこもっているし、先人たちの生きた証が詰まっている。それを残し、伝え、生かすにはどうすればいいのか。一緒に考え続けたい」 と話した。 ## 7. 筆者まとめ 日本でデジタルアーカイブというと、一般的には 「保存の専門家」のための狭義な分野のテーマであると思われがちである。しかし、大手メディア各社のデータベースや倉庫には膨大な記事やフィルム、映像の資料が残っている。これらを歴史的な財産として検証し、今後のメディアや社会の発展のために、また教育のためにどのように活用していくかを模索する必要があるのではないか。メディアのみならず社会全体がデジタルアーカイブの問題を共通の課題として考える意識が広がらない限り、文化・芸術を含む全ての分野のコンテンツを横軸で共有できる「ヨーロピアーナ」 のようなアーカイブの実現は、難しいのではないだろうか? また吉見氏が本シンポジウムで指摘していたように、日本社会と組織の縦割りの弊害を我々は真剣に見直さなければならないと思う。水平統合という横軸社会の創生が契緊の課題であることは間違いない。それは、真の民主主義が機能する世界を指すとも言える。 デジタルやネット社会にさまざまな弊害があることは明らかであるが、一方で、「非常に民主的で平等な世界」であることを指摘する識者や関係者、そして利用者は多い。 コロナ禍を経験し、ウクライナ侵攻が起こり、世界はまた大きく変わっている。アーカイブは人類の歴史を刻み、同時に現在と未来の社会を生きるために、日々の生活の中で、全ての人々にとって欠かせない身近なツールとなり得る。日本社会を縦割りから水平へと変え、真の民主的な環境を獲得するためにも、国、社会、そして人々を、バラバラで孤立しないように横軸でつなぐ「デジタルアーカイブ」の推進を強く望みたい。
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# デジタルアーカイブとコンテジリの活用 Digital Archives and Content Utilization 株式会社NTTデータ ソーシャルイノベーション事業部 } 長谷部 旭陽 HASEBE Asahi ソーシャルイノベーション事業部 } 抄録:株式会社 NTT データは、デジタルアーカイブ事業を通じて様々なプラットフォームを構築してきた。貴重なコンテンツを 保存し公開する、これまでの「蓄積」することの取り組みに加えて、それらをどのように「活用」し、持続可能なプラットフォー ムとしていくか、という点において、ASEAN (Association of South-East Asian Nations:東南アジア諸国連合)各国やバチカン市国など、海外の事例を中心に報告する。 Abstract: NTT DATA Corporation has been implementing various platforms through its digital archiving business. This report focuses on overseas case studies, including those of the ASEAN countries and the Vatican City, in terms of how to "utilize" the contents. キーワード : デジタルアーカイブ、二次利用、Web3.0、ASEAN、バチカン Keywords: Digital Archive, Secondary Use, Web3.0, ASEAN, Vatican ## 1. はじめに 株式会社 NTT データは、ASEAN 各国やバチカン教皇庁図書館など、日本国内外を問わず様々なデジタルアーカイブプラットフォームを構築してきた。歴史ある多種多様な資料をデジタル化し公開するデジタルアーカイブ事業を主軸とし、これらのコンテンツを有効活用する仕組み (e-exhibition 機能) も ASEAN 各国との取り組みの中で構築した。また、最新技術を用いて歴史的建造物を $3 \mathrm{D}$ デジタル化し、建物内部を自由に周遊、鑑賞することの出来る環境を構築している (バチカン市国の Gregorian Tower)。画像・動画・音声・建造物など、媒体を問わずにこれらのデジタル化されたコンテンツを一般に広く普及させ、有効活用するための取り組みや、その事例を紹介する。 ## 2. コンテンツの二次利用 2.1 ACHDA プロジェクト 本プロジェクトは、ASEAN (Association of South-East Asian Nations:東南アジア諸国連合)域内の文化遺産の保全や相互理解、域外への文化的豊かさの発信を実現するため、2018 年 6 月に開始された。2020 年 2 月にはデジタルアーカイブ基盤の提供サービス (ASEAN Cultural Heritage Digital Archive : ACHDA)がウェブに公開され、電子化された文化遺産の閲覧が可能となった。本プロジェクトは 2023 年 3 月現在、一時的に休止されているが、最終的には 280 点のコンテンツが登録されていた。 2021 年 12 月、これらの貴重な文化遺産をより広く、深く発信していくため、ACHDAに「e-exhibition(才ンライン企画展)」の機能を実装した。このオンライン企画展では、ASEAN 諸国の歴史や文化に精通したキュレーターが、ACHDA に登録されているコンテンツの中からテーマを決めて選定、紹介するという内容となっている。第 1 回目の e-exhibition では、「Forging History: Metals in the Crucible of ASEAN's Transformation :歴史を築き上げる:ASEAN の変革を支えた金属」をテーマとして、ASEAN 加盟国の協力を得て 22 点の文化遺産を展示、紹介した。各コンテンツの歴史的背景や魅力を、テーマに沿ってストーリーテリング形式で伝えることにより、新たなオンライン上でのユーザ体験の実現を可能としている。 図1 ACHDA e-exhibitionページ ## 2.2 DigiVatLib のコンテンツ活用 2014 年から現在に至るまで、バチカン教皇庁図書館が保有する貴重な手書き文献の長期保存・公開を目的とした事業に取り組んできた。これらの資料は、バチカン教皇庁図書館の公式デジタルライブラリーサイトの DigiVatLib ${ }^{[1]}$ 上で公開されている。 DigiVatLib 内の膨大なコレクションの中には、日本由来のコンテンツも多く含まれている。その中の一つが、伊達政宗が支倉常長に託し、ローマ教皇パウロ 5 世宛てに送ったラテン語書状 ${ }^{[2]}$ で、これが 2022 年 8 月、「ミュージカル『刀剣乱舞』鶴丸国永大俱利伽羅双騎出陣〜春風桃李巵〜」の舞台演出の一部で活用された。DigiVatLib のコンテンツがエンターテインメントの領域で二次利用されたことは初めてであり、 デジタルアーカイブを広く一般に普及させるという目的において好事例である。コンテンツホルダのバチカン教皇庁図書館にとっても、研究者以外のユーザ層に DigiVatLibを認知してもらうことは有意義であり、エンターテインメント業界との連携はその一助になると考えられる。 図2 DigiVatLib内伊達政宗のラテン語書状 ## 2.3 Gregorian Tower 3D 2021 年 7 月、2D デジタル化・公開に加えて、バチカン市国の歴史的建造物である「Gregorian Tower(または Tower of the Winds)」を3D デジタル化した。Gregorian Towerは16世紀に建造された天文台で、建物内部の天井や壁には豪華なフレスコ画の装飾が施されている。これらを細部まで精緻にデジタル化し、自由に周遊、閲覧することを可能にした[3]。この3D Gregorian Towerは、ドバイ国際博覧会 2020(2021 年 10月〜 2022 年 3 月)で展示されたが、COVID-19の影響で訪問者は身に着けるタイプの装置(VR ゴーグルなど) を使用することが出来なかったため、センサーを用いて手の動きだけで $3 \mathrm{D}$ モデルを動かす方式とした。災害等による損傷のリスクにさらされる文化遺産の情報を確実に保全し、修復や研究に活用することに加え、 XR 技術と組み合わせた新たな鑑賞体験を実現した。 また、NTTデータは、この3D 空間を用いて、まるで実際に建物内部で話しているかのように対話やプレゼンテーションを行ったり、ASEAN のデジタル化されたコンテンツをその空間に表示させたりといった、新たな取り組みも行っている[4]。 図3 バーチャル空間内でのコンテンツ表 ## 3. ASEAN 各国の取り組み ASEAN 各国は COVID-19の感染拡大をうけ、オンラインでの展示に注力している。ASEAN加盟10ヶ国のうち、インドネシア、タイ、マレーシア、カンボジアにヒアリングした、各国の取り組みや工夫点、課題を以下に記す。 ## 3.1 インドネシア共和国の主な取り組み バーチャルツアーとしては、Museum Nasional Indonesia (インドネシア国立博物館) ${ }^{[5]}$ や、Muarajambi(ジャンビ州にあるムアラジャンビ寺院・遺跡群) [6] が無料公開を開始した。その他の取り組みとしては、インドネシアの国単位でのオンライン展示 Exhibition on Bronze Collections ${ }^{[7]}$, Exhibition on Indonesian Jewellery ${ }^{[8]}$ 、 Exhibition on Indonesian Songket Cloth $^{[9]}$ や、国を跨ぎオー ストラリアと連携するオンライン展示 Tetangga Exhibition Australia-Indonesia ${ }^{[10]}$ がある。また、これらの視覚的なツアーだけでなく、Spotify、Google Podcast、Apple Podcastを活用し、音声によるッアー体験も提供している。 工夫している点としては、技術や経験を持った人材を、専門分野を問わず巻き达み、他国や国際的な組織との連携を推進すること。また、オンライン展示のサービスを、様々なプラットフォームで展開し若年層を取り达むことなどがある。 課題は、上述のような活動を継続するためには、膨大かつ持続的な資金投入が必要であるという点で、かつ、デジタルコンテンツの質と量を向上させるためには、継続的な研究が必要であるとインドネシア国立博物館は述べている。 図4 Museum Nasional Indonesiaバーチャルツアー ## 3.2 タイ王国の主な取り組み タイ王国は、Ministry of Culture(政府機関)主導で国内の 40 を超える国立博物館/美術館のオンライン展示を進めている。プラットフォームは Smart Museum ${ }^{[11]}$ と Virtual Museum ${ }^{[12]}$ の 2つがあり、前者は Android やiOSを搭載したスマートフォン等の端末からのアクセス、後者はデスクトップ PC 等からのアクセスを想定している。 国の COVID-19への対策として、国立博物館/美術館のオンライン展示が推進されていること、スマー トフォン等のデバイス向けにアプリを開発し、ユーザを取り达んでいることが工夫点として挙げられる。 一方で、一定数のオンライン展示サイトへのアクセスはあるものの、実際に博物館/美術館に足を運びたいという意見が多いため、オンライン展示サイトをいかに維持するかが課題であるとタイ国の Ministry of Cultureは述べている。 図5 Smart Museumプラットフォームのトップページ ## 3.3 フィリピン共和国の主な取り組み National Museum of the Philippines(フィリピン国立美術館)は、COVID-19の感染拡大を受けて迅速な才ンライン展示に向けての対応を余儀なくされた。ユー ザとのエンゲージメント戦略の一つとして、フィリピンはロックダウン期間中に YouTube や Facebook を利用し、美術館のコンテンツを配信しユーザとの接点を図った。ウェブサイトも新設し、バーチャルツアーに加えて美術館の出版物の無料公開も開始。また、フィリピン国立美術館主導で、フィリピン国内で注目されているコンテンツクリエイターを集め、こういったデ ジタル空間が教育面でどういった影響を及ぼすのか、 という議論を行った。 このような取り組みを通じ、新たなユーザ体験を提供するための知見を得たものの、急速に進むデジタル化社会に追いつけない機関や国が出てくるのではないか危惧している、とフィリピン国立美術館は述べている。 ## 3.4 カンボジア王国の主な取り組み 上述の通りインドネシア、タイ、マレーシアがオンライン展示のための対応を進めてきた一方で、カンボジアはデジタル化への取り組みが出来ておらず、また、計画も立てられていない。かつては Angkor Panorama Museum(アンコールパノラマ美術館)が開館されていたが、COVID-19の感染拡大前に閉館となった。 しかしながら、他の ASEAN 加盟国から、デジタル化に必要なスキルやノウハウを学びたいと考えている。 ## 4. デジタルアーカイブのその先へ〜 Web3 技術 による発展 株式会社 NTT データは、2023 年 2 月、バチカン教皇庁図書館と協力し、デジタルコンテンツとNFTを組み合わせた文化活動支援「バチカン図書館 $\times$ Web3 支援プロジェクト」の実証実験を開始した[13]。本実証実験では、オンライン上でバチカン教皇庁図書館への支援者を募集し、その支援活動に対する返礼品を NFT・ブロックチェーン技術を用いて提供する。支援者はウェブサイト上から支援の申し达みを行い、本プロジェクトの情報をSNS でシェアすることでバチカン図書館への支援を証明するNFTを得ることが出来る。また、支援者はこの NFT を保有することにより、 バチカン図書館が本プロジェクトのために厳選した世界のコンテンツ 15 点の超高精細データを、特別に用意された解説文とともに閲覧出来る。 当該プロジェクトを通じて特定の支援者がバチカン図書館を 2023 年 2 月に支援したという事実は、NFT によって、永続的にかつ改ざんできない形で証明され続けることになる。さらに、NFT の公共性は、各支援者一人ひとりが容易にかつ自由にこの証明を他者に提示することを可能にする。例えば「バチカン図書館の支援者にのみ特別なサービスを提供したい」と考える第三者に対して、支援者は気軽にNFTを提示しサー ビスを受けることができるようになる。 従来のデジタル証明書に比べ、はるかに自由にこうした証明を行うことができるNFTには、これからのオンラインコミュニティにおける人と人、人と機関のつながりを革新していく可能性があると NTT デー夕 は考える。さらに、こうして生まれる新たなオンラインコミュニティでは、これまで世界各地で構築されてきたデジタルアーカイブの活用の道も多く生まれてくるものと期待される。本実証実験は、Web3 時代におけるデジタルアーカイブの第一歩である ${ }^{[14]}$ 。 図6 Vatican Library Web3 Support Project ## 謝辞 ACHDA プロジェクトのパートナーである ASEAN 事務局、インドネシア共和国、タイ王国、フィリピン共和国、カンボジア王国の関係者の皆様、およびバチカン市国の関係者の皆様に深く御礼申し上げます。 ## 註・参考文献 [1] DigiVatLib. https://digi.vatlib.it/ (参照 2023-03-02). [2]伊達政宗が支倉常長に託し、ローマ教皇パウロ 5 世宛てに送ったラテン語書状. https://digi.vatlib.it/view/MSS_Borgh.363.pt.B (参照 2023-03-02). [3] Gregorian Tower 3D. https://www.youtube.com/watch?v=SAAFv5UWZpQ (参照 2023-03-02). [4] 3D空間でのプレゼンテーション. https://www.youtube.com/watch?v=GNNUgG9L0zc (参照 2023-03-02). [5] Museum Nasional Indonesiaバーチャルッアー. https://www.museumnasional.or.id/virtual-tour (参照 2023-03-02). [6] Muarajambiバーチャルツアー. https://muarajambimicrosite.iheritage-virtual.id/ (参照 2023-03-02). [7] Exhibition on Bronze Collections. https://www.museumnasional.or.id/pameran-daring-konservasikoleksi-perunggu-3914 (参照 2023-03-02). [8] Exhibition on Indonesian Jewellery. https://www.museumnasional.or.id/pameran-virtual-perhiasanadunan-nan-selia-3996 (参照 2023-03-02). [9] Exhibition on Indonesian Songket Cloth. https://itjen.kemdikbud.go.id/web/turvirtual-museum-indonesiasongketindonesia-connecting-the-universe/ (参照 2023-03-02). [10] Tetangga Exhibition Australia-Indonesia. http://tetanggaexhibition.com/en (参照 2023-03-02). [11] Smart Museum. https://smartmuseum.finearts.go.th/en/ (参照 2023-03-02). [12] Virtual Museum. http://www.virtualmuseum.finearts.go.th/index.php/en/ (参照 2023-03-02). [13] オンラインコミュニティー形成の実証実験. https://www.nttdata.com/jp/ja/news/services_info/2023/022001/ (参照 2023-03-02). [14] Web3 Community Platform〜NFTを用いたオンラインコミュニティの拡大に向けたバチカン図書館との取り組み〜. https://www.youtube.com/watch?v=9FO2j3P8988 (参照 2023-04-04).
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# 江戸東京博物館公式アプリ「ハイパー 江戸博」の開発: ゲームアプリに擬態 したデジタルアーカイプの意義 Development of Hyper Edohaku, an Official App of the Edo-Tokyo Museum: Significance of Digital Archives Mimicked as Game Apps 抄録:江戸東京博物館公式アプリ「ハイパー江戸博」は、江戸東京博物館の展示や所蔵品を楽しめるモバイル端末向けアプリであ る。本アプリの開発にあたっては、従来の博物館提供のコンテンツとは一線を画し、デジタルアーカイブ活用の新たな事例を提示 するアプローチを模索した。本稿では、アプリの概要と制作の背景、経緯を報告したうえで、デジタルアーカイブの利活用促進と いう観点から本アプリの意義を考える。デジタル技術を専門とする企業との協働から見えてきたのは、他の分野や業種を巻き込む ことで、利活用が活性化する可能性である。 Abstract: "Hyper Edohaku", the official app of the Edo-Tokyo Museum, is an app for mobile devices that allows users to enjoy the museum's exhibits and collections online. The development of this application is an example of digital archive utilization, but we sought a new approach that is distinct from conventional museum-provided content and presents a new example of utilization. In this report, we provide an overview of the app and the background and process of its creation, and then consider the significance of this app from the perspective of promoting the utilization of digital archives. What became apparent through collaboration with a company specializing in digital technology is the possibility of revitalizing the utilization of digital archives by involving other fields and industries. キーワード : DX、インターネット、デジタル、オンライン、スマートフォンアプリ Keywords: DX, Internet, Digital, Online, Smartphone App ## 1. はじめに 江戸東京博物館公式アプリ「ハイパー江戸博」の開発を報告する。「ハイパー江戸博」は、スマートフォンやタブレット端末に無料でダウンロードできるアプリケーションソフトウェア(以下、アプリ)である。江戸東京博物館と株式会社ライノスタジオが共同して制作し、2022 年4月 22 日に iOS 版、6月30日に Android 版でリリースした(図1)。 本アプリの開発にあたっては、従来の博物館提供のコンテンツとは一線を画す、新たな試みを模索した。 デジタルアーカイブ活用の新たな事例であることから、本誌での報告の機会を得た。本稿では、アプリの概要と制作の背景、経緯を報告したうえで、デジタルアーカイブの利活用促進という観点から本アプリの意義を考える。なお報告者はアプリの開発に博物館側から携わつた学芸員である。 図1アプリ「ハイパー江戸博」端末表示イメージ 2.「ハイパー江戸博」の概要 アプリ「ハイパー江戸博」は、3DCG で作成した江戸時代後期の両国橋付近を歩き回り、江戸東京博物館 の収蔵資料 100 点を集めるというものだ。ユーザーは江戸に住む少年「えどはくん」となって、収蔵品を集めるごとに、彼が暮らす長屋から、両国橋周辺、隅田川へとエリアを拡張し、ストーリーを展開していく (図 2)。 日常生活 㛱楽$\cdot$直 火事・職業 相撲隅田川 川遊び・信仰図2 アプリ「ハイパー江戸博」シーン展開イメージ 表示されるヒントをもとに、仮想空間に登場する特定の人物や道具などにタッチすると、収蔵資料の画像と情報が表示され、資料を手に入れることができる。画像はタッチ操作で任意に拡大して詳細に見ることができる(図3)。 また、特別に $3 \mathrm{D}$ 撮影を行った資料 5 点は、 $3 \mathrm{D}$ 画像を拡大、回転させて見ることができる(図 4)。AR (Augmented Reality/据張現実)機能を組み达んでから (2022年 6 月 30 日に実装)は、端末に映した現実の景色と $3 \mathrm{D}$ 画像を組み合わせることが可能となった (図 5)。 図3 資料あつめ画面 資料を一定数集めると、「えどはくん」には新たなヒントや課題が与えられ、どのような資料を集めるべきかが示される。資料を集めることで課題をクリアすると、両国橋西詰に見世物の象があらわれる、火事が起こる、花火が起こる、相撲興行を見物するなど、集めた資料に関連したイベントが発生する。 資料を集める、イベントが発生する、エリアが拡張する。このサイクルを繰り返すことで、プレイを楽しみながら収蔵資料を通して江戸の歴史文化を学べる、 という目論見である。 ゲームエンジンを本格的に搭載した博物館提供のデジタルコンテンツは前例がないもので、多方面からの注目を集めている。2023 年 2 月 28 日時点で、iOS 版 (2022/4/22リリース)が 45,570 件、Android 版(2022/ 6/30リリース)が 1,554 件ダウンロードされている。 ## 3. 制作背景一コンテンツ制作の背景となる三 つの事情一 2019 年度より、東京都は都政のデジタルトランス フォーメーション(DX)を推進し、「誰もが、いつで も、どこでも芸術文化を楽しめる環境を整備」し、「最先端技術を活用した新たな芸術文化の鑑賞体験を提供」することを目標に掲げた[1]。 東京都ならびに東京都歴史文化財団が推進するこのプロジェクトの一環で、同財団に属する江戸東京博物館は、「江戸東京博物館デジタルアーカイブス」ならびに新たなオンラインコンテンツの制作に取り組むこととなった。前者は 2021 年 3 月 21 日にリリースされ、約 37 万点の収蔵資料のうち約 2 万点の収蔵資料の画像と情報を公開した。 他方で、2020 年 1 月 15 日に国内で最初の感染者が確認された新型コロナウイルス感染症の拡大防止対策の一環で、国内の美術館・博物館によるオンラインでのコンテンツやサービスが目覚ましい展開を見せていた ${ }^{[2]}$ 江戸東京博物館の場合はさらにそこへ、大規模改修工事による長期休館(2022 年 4 月 1 日から 2025 年度までを予定)が加わる。本事業には、休館によるサー ビス低下を埋め合わせる役目を果たすことも、もとめられた。 ## 4. 制作経緯 ## 4.1 江戸東京博物館内での構想 翌 2021 年度に「最先端技術による新しい鑑賞体験の創出」を実現するため、プロジェクトは 2020 年 11 月に始動した。先行事例の調查とともに江戸東京博物館内の関係部署の職員で意見交換を重ね、次の方針を定めた。 新コンテンツは、これまでにない取り組みによって、新たなユーザーに江戸東京博物館の魅力を発信するものとする。すなわち、デジタルコンテンツには親しんでいるものの、江戸東京博物館には馴染みがないという層を、ターゲットと定めた。内容は常設展示室の展示を踏まえたもので、利用者のアクションで展開する 「双方向性」「ドラマ性」を備えたものとする[3]。 複数年度にわたって開発・リリースする可能性があり、第一弾は江戸の盛り場の賑わいを伝える展示テー マ「江戸の四季と盛り場」とする。とりわけその中心となる展示物である「両国橋西詰模型」を基盤に仮想 空間を構築し、関連する展示資料の画像や情報にアクセスできるようにする。 この時点で、「VR 展覧会」の類にはしないと明確に決定したことが、独自のアプリ開発へと舵を切る契機となった。撮影データを組み合わせて $3 \mathrm{D}$ で疑似的に展示室を再現し、来館せずとも端末上で、展覧会に足を運んたかのような鑑賞体験を提供するオンラインサービスが、VR展覧会などと称され、2020 年度以降、美術館・博物館のあいだで急速に広まっていた。 これに対し、江戸東京博物館では 2018 年にすでに、同様のサービスである「360度パノラマビュー」を公開していた。操作性や画質こそ劣るものの、内容は新型コロナウイルス感染症の流行とともに世に広まった VR 展覧会と遜色ないものであった。新たなプロジェクトでその焼き直しをするのは有益ではないという結論となった。 ## 4.2 ライノスタジオとの共同制作 以上の方針を掲げて、企画コンペティション(以下、 コンペ)を実施した。採択したのは、株式会社ライノスタジオの企画提案である。同社は、第 24 回文化庁メディア芸術祭アート部門大賞作品「縛られたプロメテウス」(小泉明郎) のリアルタイム CGをはじめ、 CG を用いたコンテンッやアート作品の実績を有する企業である。 3DCG で制作した両国橋近辺をユーザーが歩き回り収蔵資料を集めるという内容、ゲームエンジン Unity の利用、登場するキャラクターの動作へのモーションキャプチャーの使用、その体験をモバイル端末で行えるようアプリケーションソフトウェアーとしてリリースすることなどが、ライノスタジオからの提案であった。 コンペでの提案を検討するところから、具体的な制作がスタートした。ライノスタジオからは、アプリの制作・開発を手がける谷口勝也、ストーリー構成やユーザー体験をプロデュースするタグチヒトシ、江戸東京博物館からは、収蔵資料の選定や解説、時代考証を行う学芸員の春木晶子と沓沢博行、計 4 人が核となって検討をすすめた。 コンペでの提案のとおり、ゲームエンジン Unityを採用した。これは米国 Unity Technologies が提供するゲーム開発ツールで、モバイル端末向けのアプリケー ションのみならず、Mac や Windows などのデスクトップ、PlayStation や Nintendo Switch などのゲーム機器にも、対応可能な汎用性を備えており、将来的な拡張可能性を見据えて適切たと判断した。 やはり提案を受け、本プロジェクトでは、モバイル端末向けのアプリをリリースすることとした。利用者数が多く、日常的に使用されるモバイル端末が、江戸東京博物館を身近に感じてもらうという目的に、適切なデバイスたと判断したためだ。 端末の特性を活かして、コンテンツの内容も、通勤時などの一駅分でもプレイできるような、気軽で手短なプレイを繰り返すものとした。 舞台となる両国橋エリアの作成にあたっては、常設展示の両国橋西詰模型の写真や図面、復元年代頃の周辺地図や風景画などをもとに、CG が制作された。 方針が固まると、アプリ内で集められる収蔵資料の選定にすすんた。江戸東京博物館からは盛り場・両国を表現する展示資料や関連資料を提案し、ライノスタジオからは、ユーザーが期待するであろう江戸の歴史文化のトピックについて提案があつた。 具体的な資料を踏まえて、長屋を舞台に暮らしや日常生活に関わる資料を集めたのち、両国橋西詰で種々の見世物興行や江戸の食を集め、火事や花火、東詰での相撲を経て、最後に隅田川を周遊する、という大まかなストーリーを作成していった。 このストーリーを軸にさらに収蔵品を選定し、ユー ザーがその収蔵品を手に入れるシチユエーションを、資料ごとに検討した。ライノスタジオから、登場させたいトピックや資料が提示され、こちらで関連する資料を探す場合もあった。資料に基づき、ユーザーの関心を惹くキャラクターを造形し、関心を惹くポイントをつくっていった(図6、7)。 図6資料に基づくキャラクター(1) 図7 資料に基づくキャラクター(2) ライノスタジオは、錦絵などからCGに起こした 120 種ものキャラクターに、モーションキャプチャー で多彩な動きを付与した。着物姿の当時の人々の動きは、日本舞踊家の藤間涼太朗によるモーションを付与している。課題クリア時に発生するイベントも、見応 えのあるアニメーションで制作された。 また、サウンドデザイナーの畑中正人による BGM によって、既存の江戸イメージにとらわれない世界観が構築された。先端技術を駆使すると同時に芸術作品の制作にも携わるライノスタジオだからこその提案であり、斬新なコンテンツの実現に結びついた。 アプリで集める資料の解説も協議を重ね、平易な文章で、30 文字以内の見出しと 100-110 文字の解説という形式を定め、正式なタイトルや作者、制作年は、画像の下に小さく表示するレイアウトとなった。 結果的にできあがったのは、ゲームアプリに擬態した、デジタルアーカイブだと言えよう。常設展示と収蔵品デジタルアーカイブスを組み合わせた内容を、 ゲーム感覚で享受できるコンテンツとなり、新たな鑑賞体験の創出を実現できたと考える。 ## 5.「ハイパー江戸博」から考えるデジタルアー カイブの利活用 デジタルアーカイブジャパン推進委員会・実務者検討委員会は、「デジタルアーカイブ社会」の実現のために、デジタルアーカイブの利活用が不可欠であると説く。加えて、「よりユーザーに身近でかつ意外性のある見せ方を工夫すること」、「クリエイター等の利活用者とコミュニケーションをとることにより、アイデアとデジタルアーカイブを結びっけ」「利活用事例を SNS 等のコミュニケーションツールにより広めてもらうこと」が重要だと提言する[ $[4]$ 。 図らずも、「ハイパー江戸博」は上記の提言に合致する事例となった。アプリのダウンロードサイトのレビューやSNS での反応では、公共博物館とゲームアプリという「意外な」組み合わせに、好意的な評価が与えられている。 SNS では、アプリ画面のスクリーンショットを掲載する投稿が数多くなされ、江戸東京博物館や歴史文化に関心の高いユーザーのみならず、イラストレーター やゲーム制作者などのクリエイターから注目されている様子がうかがえる。取材記事がゲームやデジタル技術の専門誌、注目アプリというトピックで紹介されるなど、これまでは接点を持ちにくかった分野に、博物館の魅力を発信できていると実感している。 異分野・異業種の企業との協働により、博物館の魅力が発掘されたこと、それがデジタル技術によって効果的に発信されたことで、上記のような反響が生み出されたと考える。まさに、「クリエイター等の利活用者とコミュニケーションをとることにより、アイデアとデジタルアーカイブを結びつけ」た、利活用事例であると言える。 しかしもちろん、実現に至らなかったアイディアも多々ある。例えば、費用や労力のコストが多大となることから見送りとなったものの、ユーザー登録機能によって、利用者が仮想空間内で交流する仕組みである。 より多様な他者を巻き込み、さまざまな価値を創造する場へと発展させていくことが、今後の課題と言えよう。 ## おわりに 今日、多くのデジタルアーカイブは、検索システムによって目的の資料へのアクセスを容易にすることを、主たるサービスとしている。このサービスは、前提となる知識や明確な目的を持つ人には便利である一方、そうでない人にとっては利用する動機が見出しにくいものである。 既存の枠組みにとらわれない新たな利活用事例を模索することは、多様な動機づけを生み、利用者の間口を広げる糸口になるだ万う。そのために、デジタルアーカイブの発信者が、これまで接触することのなかった分野・業種と協働することは、有効である。本プロジェクトが、そうした協働を通した価值創造の活性化の一助となれば、幸いである。 ## 註・参考文献 [1] 東京都.「未来の東京」戦略ビジョン. 令和元 (2019)年12月. https://www.seisakukikaku.metro.tokyo.lg.jp/basic-plan/ author53762/pdf/vision.pdf (参照 2023-01-31). [2] 博物館のデジタル化、オンライン化に関する国内外の概況は、小森真樹. コロナ禍で変容する「展示の現場」一第四のミュージアムのデジタル化. 博物館研究. 2021, vol. 56, no. 9 (no. 640), p.19-23を参照した。 [3] 検討内容の詳細は、春木晶子. 江戸東京博物館公式アプリ 「ハイパー江戸博」の開発—ミュージアムのDX/デジタル技術の活用/オンライン展開の新たな事例一. 江戸東京博物館紀要. 2023,13, p.51-60で報告した。 [4] デジタルアーカイブジャパン実務者検討委員会. 3 か年総括報告書我が国が目指すデジタルアーカイブ社会の実現に向けて. 令和 2 (2020)年 8 月19日. https://www.kantei.go.jp/ jp/singi/titeki2/digitalarchive_suisiniinkai/pdf/r0208_3kanen_ houkoku_honbun.pdf (参照 2023-01-31).
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# 『かはくVR』の開発の経緯とさまざ まな活用、3DVR技術で展示をアー カイブすることの意味 How "Kahaku VR" has been developed, its various uses as a case study, and the significance of archiving the exhibition in 3DVR technology 抄録:『かはくVR』は、国立科学博物館の常設展の 3DVR 技術で開発されたデジタルツインである。緊急事態宣言によって外出が 制限された時期に、当初は、子どもたちがバーチャルに見学できるようにと、広報活動に位置付けて開発された。公開後は、活用 の範囲をさまざまに広げ、内容の追加や更新を行った。本稿ではこれらを事例として報告する。博物館の展示活動が、3DVR 技術 によりアーカイブ化されることは重要であると考えている。 Abstract: "Kahaku VR" is a Digital twin that records the Permanent Exhibitions of the National Museum of Nature and Science using 3DVR technology., it was developed as a public relations activity so that children could visit virtually during the period when going out was restricted due to the declaration of a state of emergency. After the release, the scope of use has been expanded in various ways, and content has been added and updated. In this paper, I report on these as examples. I think it is important that museum exhibition activities be archived using 3DVR technology. キーワード :『かはくVR』、デジタルツイン、コトのアーカイブ化、3DVR技術 Keywords: "Kahaku VR", Digital twin, Archiving of events, 3DVR Technology ## 1. はじめに 国立科学博物館では、2019 年度に科学系博物館イノベーションセンターを開設し、博物館活動のデジタル化に取り組んでいる。本稿では、『おうちで体験! かはくVR』(以下、『かはくVR』と略す) の開発から公開に至る経緯、公開内容の追加や更新がどのように行われてきたのか、さまざまな活用事例について報告する。そして、3DVR 技術を用いて博物館の活動をデジタルアーカイブとして公開することの意味について考えてみる。 2. 博物館活動をデジタルアーカイブ化すること 2.1 モノのアーカイブとコトのアーカイブ 国立科学博物館は、2019 年 6 月 27 日に科学系博物館イノベーションセンターの設立報道発表を行い、デジタルアーカイブの開発と活用に本格的に取り組んでいくことを発表した。そして、館内各部署からメンバーを選出して、デジタルアーカイブ開発のための検討を開始した。 国立科学博物館の役割の一つは、科学技術を含む日本の文化の根拠となる資料を保全・研究し、その情報を発信することにあると考えている。ICT 技術が高度化した現代においては、保全された情報を管理・発信・活用する上で、デジタル化は重要であり、そのことによって他の情報との互換性が高まり、これまで想定されていなかった形での活用が可能となることが期待される。 この検討の中では、標本情報のデジタル化、いわゆるモノのアーカイブ以外に、博物館の研究や展示・学習支援活動、つまりコトのアーカイブについても、どのように取り組んでいくかということについて検討した。 一般の方が、博物館のデジタルアーカイブと聞いて連想するのは、標本資料の高精細なデジタル画像や 3D モデル、いわゆるモノのアーカイブであろう。 モノのアーカイブについては、収蔵する標本資料を、 その特性に応じて必要十分な精度を見極めて、利用可 能な適切な手法を用いて、デジタル化していくことが期待される。 一方で、博物館の活動 (資料収集、調査研究、展示.学習支援等の活動) の記録をデジタル化してアーカイブすること、つまりコトのアーカイブについては、活動のどの時点を切り取り、どのように記録して、どのような手法で公開するかという文脈も重要な情報と考えられる。 モノ、コトいずれの場合も、開発したデジタルデー 夕をどのように保管し、継続的に公開していくためのリソースとコストを確保して維持していくことが、事業として取り組んでいくための最大の課題であることは言うまでもない。 ## 3.『かはくVR』による展示のアーカイブ化 3.1『かはくVR』の開発 『かはくVR』は、シリコンバレーのベンチャー企業である Matterport 社のデジタルツイン生成技術(以下、総称して Matterport と略す) を利用して開発された国立科学博物館の展示のデジタルアーカイブの一つである。 図1 国立科学博物館.『かはくVR』日本館の表示画面 ${ }^{[1]}$ Matterport は、同社が販売する Matterport Pro2、Pro3 と呼ばれる専用カメラや、iPhone 等 Lidarを搭載した $3 \mathrm{D}$ カメラ等を用いて撮影と同時に空間計測した大量の撮影画像を、同社のクラウドサーバに送信して AI プログラムで処理することにより、短時間で高精度な $3 \mathrm{D}$ モデルデータを生成し、Web ブラウザや VR ゴー グルで表示可能な 360 度ウォークスルー画像を、メニューとなる $3 \mathrm{D}$ ドールハウス画像や各階層の $2 \mathrm{D}$ フロアマップを含め、撮影したポイント毎に移動可能なインターフェイスを備えた Web サイトとして公開する統合サービスを提供している。不動産物件の仮想ショールーム等に用いられて急速に市場を拡大してきた3DVR 技術であり、比較的安価なカメラを利用し て簡便に撮影が行えること、3D モデルの生成から公開までが短時間に行えることに特徵がある。2020 年の時点では、博物館等における導入事例は限られていたが、デジタルツインの開発手法として注目され始めていた。 『かはくVR』の開発は、新型コロナウイルス対策の特別措置として 2020 年 4 月 7 日に発令された最初の緊急事態宣言の時期に、一般社団法人 VR 革新機構からのボランティア撮影の申し出に応える形で、緊急事態宣言下の子どもたちに対するサービス提供と位置付け、広報活動の一環として受け入れて極めて短期間のうちに実施された。 国立科学博物館上野本館の常設展示は、「日本館」 と「地球館」を合わせると展示室だけでも 11 フロアの巨大な空間であり、撮影箇所の想定も約 1500 か所に及ぶ。 平時であれば、入館者がいない空間を撮影するには休館日毎に少しずつ行うことが必要となるが、休館中であるため、一気に撮影を行った。広報担当職員の立会いのもと、約一週間という短期間で撮影を完了して、 GW 前の4月24日に公開することができた。 『かはくVR』は、公開直後から大きく報道されて話題となり、公開から 1 か月で 100 万ビューを越えるアクセスを集めた。緊急事態制限によって外出を制限された子どもたちに、博物館をバーチャル見学する機会を届けたいという当初の目的を達成することができたと考えている。 ## 3.2 企画展の 3DVR 映像を追加 『かはくVR』の公開後も、各地の博物館や文化施設が、Matterport を用いて3DVR 映像を公開する事例が増え、多くの施設がバーチャル見学できるようになった。 国立科学博物館も 2020 年 8 月 25 日 11 月 29 日に開催した企画展「国立公園展一その自然には、物語がある一」について 2 度目のボランティア撮影を受け入れて、会期中の 10 月 30 日に3DVR 映像を公開して、『かはくVR』のコンテンツとしてリンクを追加した。 (この3DVR 映像は、2022 年 3 月 31 日をもって『かはくVR』ページにおけるリンク公開を終了した。) 2021 年 1 月 26 日 4月 4 日に開催された企画展「メタセコイア一生きている化石は語る」以降は、当館が費用を支出して撮影を委託し、会期終了後の 5 月 21 日より公開し、『かはくVR』のコンテンツとしてリンクを追加することとした。 Matterport は、比較的安価で短期間に撮影を行って 公開することができるため、企画展や特別展のような期間を区切った展示は、広報活動の手法として利用できるだけでなく、権利処理等の条件が許せば3DVR 映像を閉会後にアーカイブを公開し続けることができる。 その後も 2022 年 3 月 29 日に企画展「発見! 日本の生物多様性〜標本から読み解く、未来への光〜」、 2022 年 12 月 22 日に企画展「WHO ARE WE 観察と発見の生物学」の3DVR 映像を追加して、終了した過去の企画展のデジタルアーカイブとしての充実を図っている。 図2 『かはくVR」のトップペーシシ[2] ## 3.3 巡回展の 3DVR 映像公開と広報展開 2021 年 7 月 4 日に北海道三笠市立博物館から開始した巡回展『ポケモン化石博物館』は、株式会社ポケモンの協力のもと、国立科学博物館と地域の複数の博物館と協働して開発した巡回展である。 三笠市立博物館における会期が、新型コロナウイルスの感染拡大によって、終了前に休館することを余儀なくされたこともあり、Matterport の 3DVR 映像で展示をアーカイブ公開した。商業的なキャラクターを活用した企画展示をアーカイブとして公開することについては、協力する企業の理解と賛同が必要である。 この巡回展では、2022 年 3 月 15 日からの国立科学博物館、2022 年 7 月 16 日からの豊橋市自然史博物館の3DVR 映像も公開されており、開催が終了した博物館の展示として巡回展のホームページからバーチャル見学することができる。 各会場における展示の違いを比較してみることができて興味深いが、次の巡回先における展示の工夫に期待を抱かせる広報効果もあるのではないかと考えられる。 ## 3.4 常設展示の更新と学習支援活動への活用 国立科学博物館は『かはくVR』以前にも、常設展の 360 度映像をインターネット上で公開している。 2014 年に Google Arts \& Culture のパートナープログラムに参加してストリートビューの画像と見学コースの説明を公開しており、現在もGoogle のサイト上では、2014年当時の展示のアーカイブを見ることができる。『かはくVR』の最新の $3 \mathrm{DVR} を$ 見比べると、改修された部分を確認することができる。 博物館の常設展示は、一部の展示を不定期に更新することがあるため、3DVR 映像は撮影した時点の状態を切り取ったスナップショットとなる。つまり、時間の経過とともに実際の展示と異なる部分が生まれることは避けられない。 アーカイブとしての公開を続けることの意味は大きいが、来館広報の観点からは、公開されている3DVR 映像を見て期待して来館しても、実際にはその標本資料を見ることができないことになる。 学習支援の観点での活用からも、ある程度の規模で更新した部分は撮影し直して、最新の状態に更新し維持していくことが望まれる。 『かはくVR』も公開から約 2 年を経過し、実際の常設展示とは異なる部分が目立つようになった。 そこで、公開後に更新された地球館 $1 \mathrm{~F}$ の「マッコウクジラ半身模型付全身骨格標本」や地球館 $2 \mathrm{~F}$ の企画展「日本の海洋調查への挑戦とあゆみ一JAMSTEC 創立 50 周年記念一」等の更新を反映し、前回は撮影しなかった日本館 $2 \mathrm{~F}$ 講堂や地下 $1 \mathrm{~F}$ のシアター $36 \mathrm{O}$ (サンロクマル)等を含む常設展示全域の再撮影を実施して、2022 年 4 月 1 日に全面的にリニューアル公開した。 Matterport には画像を部分的に更新する機能がなく、更新のたびに $3 \mathrm{D}$ モデルを生成し直すことになる。そのため、部分的な更新を効率的に行うには、全ての撮影素材の所有権を取得して保管しておき、更新部分のみを撮影して部分的に差し替える等の工夫が必要となる。 Matterport では、権利許諾が得られなかった画像等の閲覧を制限するためのモザイク機能や、簡単なキャプションや動画等を追加するエディタ機能がクラウドサーバ上で提供されている。 『かはくVR』も、最初に公開した後に、展示キャプションや解説動画へのリンクを加えるなどの充実を図った。 さらに、現在は高等学校についてのみであるが、学習指導要領と展示の関連を示す PDF 資料をホームページで公開している。 図3 学習指導要領と関連する展示箇所を示すPDF資料の例 ${ }^{[3]}$ この PDF 資料は、「展示物」のリンクをクリックすると該当する『かはくVR』展示にダイレクトにジャンプして確認することができるようになっている。学習指導要領に関連する展示内容を直接確認できることで、校外学習の事前計画を立てる等に活用してもらうことを期待している。 2023 年 1 月に国立科学博物館で開催した「教員のための博物館の日 2022 in 上野」では、来館またはオンラインで参加した全国の学校教員に、紹介して活用を呼び掛けた。 ## 3.5 施設貸与事業における活用 Matterport は、不動産の仮想ショールームとして活用されていると述べた。科学系博物館イノベーションセンターは、自己収入増を目的として、施設貸与事業の促進に取り組んでいるが、展示室内も利用可能であることから、標本資料を背景として撮影したいという要望も多い。 施設貸与に際しては、事前に担当職員の立ち会いのもと、綿密な下見を行って貸与する範囲や料金を決定する。『かはくVR』を利用して、あらかじめバーチャル見学してから訪問してもらうことで、利用者にとっても、担当職員にとっても、下見の労力を大幅に軽減することができ、施設貸与事業の効率化に役立っている。 ## 4. おわりに 本稿では、国立科学博物館の『かはくVR』について、 その開発の経緯とさまざまな活用について紹介した。『かはくVR』は、来館広報、学習支援、施設貸与事業の効率化のほか、展示活動のデジタルアーカイブとしての役割も期待されており、今後もその内容の充実を図っていく計画である。 博物館活動の公式記録には、年報等の文書記録があるが、これらは終了時点で集計編纂された記録である。 近年、展示の様子を撮影した記録映像は、数多く撮影されて公開されている。以前は、取材映像として撮影された作品が主であったが、博物館自身がライブ配信したり、オンラインで公開したりすることも増えている。また、一般の方がスマホ等で撮影した画像や動画も数多く公開されるようになった。 こうした映像記録は、博物館の活動を具体的に伝えるコトのアーカイブとして重要であると考えられるが、いずれも撮影者の視点で切り取られ、編集された何らかの意図を持つ作品であると言える。 筆者は、それらに加えて、実際の展示の「生の記録」 としての3DVR 映像が、コトのアーカイブとして残されていくことも重要であると考えている。 ## 註・参考文献 [1] 国立科学博物館.『かはくVR』日本館の表示画面. https:// my.matterport.com/show/?m=ZNnsAbjk471 (参照2023-01-28). [2] 国立科学博物館. [図2]『かはくVR』のトップページ. https://www.kahaku.go.jp/VR/ (参照2023-01-27). [3] 学習指導要領と関連する展示箇所を示すPDF資料の例. https://www.kahaku.go.jp/learning/learningtool/relation/ (参照2023-01-27).
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# 休日、デジタルアーカイブへのまなざし A Weekend Gaze at Digital Archives 原翔子 HARA Shoko 東京大学大学院学際情報学府 } \begin{abstract} 抄録:展覧会の鑑賞体験はデジタルコレクションの利活用に結びついていない。アンケート調査からは、展覧会鑑賞者のリモート での鑑賞に対する関心の低さが明らかになっている。本稿では、美術展の鑑賞者を利用者として想定し、デジタルコレクションに 対するまなざしを考察した。そして、音楽のストリーミングサービスの例から、キュレーション結果を大量に提示することが有効 なのではないかという示唆を得た。展覧会からデジタルコレクションへの動線が見えやすくすることで、経験の全体像およびプロ セスそのものに対するイメージがしやすくなると期待される。 Abstract: The exhibition viewing experience is not linked to the use of digital collections. Questionnaire surveys reveal that viewers enjoy exhibitions with an attitude of taking their time to view artworks alone, while at the same time showing a lack of interest in viewing artworks remotely. In this paper, we assume the art exhibition viewer as a user and examine his/her gaze toward digital collections. The example of music streaming services then suggested that it may be effective to present a large number of curation results. By making the flow line to the digital collection more visible, it is expected to make it easier to visualize the experience process itself. \end{abstract} キーワード:デジタルコレクション、キュレーション、美術展、共創 Keywords: digital collections, curation, art exhibitions, co-creation ## 1. はじめに 美術館に人が戻ってきた。美術館や博物館における SNS の利活用が促進され、展覧会が開催される際にも話題性のようなものが加わった。企画展では作品のみならず、ミュージアムショップで人気を博した商品が SNS を中心に注目され、ネットニュースにもなることがある。また時には、人気キャラクターとのコラボレーション商品も販売される。ここで購入した商品は展覧会を思い出す一助となり得よう。コロナ禍以降、 オンラインでチケットを購入してから鑑賞するというケースも増えたため、SNS の他にも、直接ホームぺー ジで展覧会の情報を入手してから来場する鑑賞者も増えただろう。検索すれば、一部の展示作品はホームページでも紹介されている。 常設展であれば、館の所蔵コレクションがデジタル化されたものを利用して、鑑賞後に追体験することが可能である。同時に、デジタルコレクションの拡充も進んでいるということについて、美術館で実物の作品を目の前にしながらでは直接実感しづらいのが現状だ。ここから、展覧会の鑑賞体験はデジタルコレクションの利活用に結びついていないことがうかがえる。休日に展覧会へ足を運ぶのと同様に作品を検索するというというような実態は、可視化されていない。 その要因の 1 つとして、コレクションに対してどのように向き合えばいいのか、具体的な活用方法が、一般的な美術展覧会の鑑賞者層に共有されていないことが考えられる。本稿では、美術展の鑑賞者を利用者として想定し、デジタルコレクションに対するまなざしを考察し、キュレーションの観点から今後のアーカイブ利活用の可能性を論じる。 ## 2. 利用者の意識 美術展の鑑賞者は、展覧会場以外の場で作品にアクセスすることに対して、どのような意識を抱いているのだ万うか。クロス・マーケティングが 2021 年に実施した美術館の楽しみ方に関する調査 ${ }^{[1]}$ から明らかとなった実態は次のと打りである。この調査はインターネット上のアンケートで全国 20 歳から 69 歳の男女( $\mathrm{n}=1100 )$ を対象としておこなわれた。図 1 は、「ふだん、美術館やアート展に行きますか?」という問いに対する回答である。「よく行く」、「気になる展示があるときは、ときどき行く」、「以前はよく行っていたが、いまは自肃している(また行きたい)」「誘われれば行く程度」が全体の約 6 割を占める ( $\mathrm{n}=684)$ 。このうち、「美術館やアート展に行ったときの、あなたの見方・楽しみ方を教えてください。という質問(複数選択可)に対してもっとも多かった回答は「一人で好きなように鑑賞する (n=314)」であり、次点で「気に入った作品は、時間をかけてじっくり見る $(\mathrm{n}=258)\rfloor$ であった。 図1「ふだん、美術館やアート展に行きますか?」という問いに対する回答 また、図2は「美術館に直接行けなくても、リモー トで、作品や美術館の様子がみられるとしたら、見てみたいですか。」という質問に対する回答であるが、「海外でも国内でも、ぜひ見たい」、「海外の作品や美術館なら、ぜひ見たい」という回答は全体の 2 割にも満たず、「無料なら見るが、有料ならたぶん見ない」 という回答を含めても全体の半数に届かない $(\mathrm{n}=469)$ 。 図2「美術館に直接行けなくても、リモートで、作品や美術館の様子がみられるとしたら、見てみたいですか。」という質問に対する回答 リモートでの鑑賞環境は、一人で好きなように、気に入った作品に対して時間をかけてじっくり見ることができる。そのため、展覧会の楽しみ方と親和性がありつつも、リモートでの鑑賞に対する関心には繋がっていないようだ。このことから、リモートでの鑑賞という意味でのデジタルコレクションの利用に対して、美術館と同様に「楽しむ」ものとは別のものとして捉えられている現状がうかがえる。 ## 3. 利活用の促進に関する取組み デジタルコレクションの積極的な利活用に繋げるには、利用者個人が内発的な動機としての興味や関心を抱く必要がある。展覧会と同様、作品鑑賞時に「楽しさ」を感じられるものであれげなお望ましい。いずれにせよ、デジタルコレクションは資料の保存のために存在しているだけでなく、積極的に利活用されること が望ましい。展覧会に関連付ければ、個人の鑑賞体験を補完するものとしての使い道もある。例えば舞台芸術における $\mathrm{EPAD}^{[2]}$ は、デジタルアーカイブを記憶と感覚の再生装置にみたてるサイトとしての在り方を前面に押し出している。美術作品のコレクションが同様の目的のもとで構築されたわけではないとしても、美術に興味があって展覧会に足を運ぶような人たちも潜在的な利用者として既に存在している。彼らが利活用しやすいようなデジタルアーカイブの在り方を考える際、誰にどのように利用されたいという主張の提示が、間口を広げる試みとして挙げられる。 利活用促進の取組みの具体例として、ジャパンサー チの「マイノート」や「マイギャラリー」の機能がある。ジャパンサーチは利活用の柱としてキュレーション機能を掲げており、これは学校教育やイベントの場で、キュレーション体験として提供されている[3]。教育現場における利活用に重点がおかれていることが、利活用事例の一覧からもうかがえる。また、キュレー ション機能だけでなく、クリックするだけで楽しめる 「ギャラリー」機能も提供されており、オンラインで疑似的に展覧会を楽しむことができるようになっている。一般的な展覧会鑑賞者にとっては、キュレーションを自らおこなうというより、キュレーションされたコレクションを鑑賞する方が、利活用への入り口として馴染みやすいことが想定される。したがって、ギャラリー機能の充実が、展覧会鑑賞者層の需要にも近いことが推察される。 たしかに、ジャパンサーチが提示するようなデジ夕ルアーカイブの教育目的の利活用は意義があり、利用方法をレクチャーされる機会があると、利用者のすそ野は広がりやすい。しかし、継続的に個人的に機能を利活用しているケースが可視化されていないため、利活用の実態として教育的要素が前面に押し出された結果、休日に展覧会に行くような気軽さとは乘離した、利用者の意識の実態があるのではないだろうか。 ## 4. キュレーションに対する考え方 先に挙げたようなジャパンサーチの「ギャラリー」機能に準ずる、デジタルコレクションをキュレーションが施された状態で提示する朹組みは、鑑賞の楽しみをアーカイブ利活用に取り达㤂際に有効だと見込まれる。オンラインにおける作品鑑賞の場面でも、作品がキュレーションされた状態で提示されているということが重要である。そこで、キュレーションされたものを享受する際に、現象として何が起こっているのかということと、個人の中にどのような気づきが生じてい るのかを、具体例とともに確認する。 ## 4.1 デジタルキュレーションによって生じている現象個別最適化とデジタルキュレーションは密接な関係 にある。昨今、キュレーションは本来の博物館的な由来から離れて、IT用語として扱われている。たとえば、 サブスクリプションを前提とした音楽のストリーミン グサービスでは、膨大な数の曲とともに、テーマに基 づいて作成されたプレイリストが提供されているケー スが多い。自分で聞きたい曲を選択し、並べて、プレ イリストを構成する行為はキュレーション行為に近し い。しかしサービスの利用実態としては、お気に入り のプレイリストを保存し、並べることの方が、一般的 である。提示されたプレイリストの中でお気に入りの 曲があれば、それが含まれた別のプレイリストから、 また別の好みの曲に出会うことができる。プレイリス トを渡り歩いていって、履歴を更新することで、個人 の嗜好に即したオススメも提示されるようになる。 個別最適化を目指したデジタルキュレーションが施される際に課題となるのが、提案内容が履歴の幅を大きく飛び越えづらいということだ。そこで、他の利用者にどのような情報が提供されているのか、「トレンド」として速報性を伴って情報が提供される場合がある。個人の嗜好が集合した結果、利用者全体の需要が形成されている様子がうかがえる。 ## 4.2 美術展覧会で起きている現象 美術展覧会では、音楽のストリーミングサービスにおけるプレイリストのように、個別最適に近づくような更新は発生しないものの、展覧会というパッケージで提供されていて、かつ、事前の専門知識なしに楽しめるものが多い。特定の曲を含む複数のプレイリストが提示される状況に似て、展覧会鑑賞経験が積み重なってくると、同様の作品が異なる文脈で展示されている場面に遭遇することがある。キュレーション次第で作品から受け取る印象も異なる。他の鑑賞者の様子から、フロアの「トレンド」のようなものも自然と見えてくるため、たとえ一人で自身のぺースで鑑賞体験を満契していたとしても、どの作品が注目されているのかが、無意識のうちに把握されうる。 ## 5. デジタルコレクションへの応用 美術館を人と作品が出会う「場」として捉えた際、 そこには「共創」が生じるとする考え方がある ${ }^{[4]}$ 。美術館は鑑賞者に充実した鑑賞体験のプロセスを提供するために、デジタル技術を活用しながら与えたい経験を設計する。鑑賞者も、それを利用して経験値を持ち帰る。そこに直接のコミュニケーションは存在せずとも、他者の視点を意識しながら自身の鑑賞体験がより充実したものとなるよう自発的に工夫することができる。 デジタルコレクションを利活用する場面においても、イベント開催のような直接のコミュニケーションがない状態で、「共創」が生じる経験デザインの設計が重要である。そのためには、可能な限り数多くのキュレーション結果を高頻度でアーカイブ上に提示することを提案したい。コレクションがどのような視点でキュレーションされうるものなのかが複数の結果として可視化されると、比較検討が可能になるため、特定の作品に対する解釈の幅が広がる。加えて、利用者自身がどのような関心を抱いてコレクションを探索しているのかを把握することは、利用者の価値観をアーカイブのデザインに反映する、すなわち「協創」に繋がる。 ## 6. おわりに 本稿のこれまでの考察から、継続的な利活用に向けた好循環の出発点は、展覧会からデジタルコレクションへ誘導する動線に見出される。美術館の「場」はデジタル空間へ広がっている[5]一方で、鑑賞者にとっては両者に対して意識の隔たりがあるのが現状だ。そこで、展覧会で気に入った作品が別の視点からどのようにキュレーションされうるのかといった問題意識に基づいて、展覧会からコレクションに関心を移させることが有効だと示唆される。デジタルコレクションへの動線が見えやすくすることで、双方で得られる経験の全体像とプロセスそのものに対するイメージがしやすくなると期待される。 ## 註・参考文献 [1] クロス・マーケティング. 美術館の楽しみ方に関する調査 (2021年). https://www.cross-m.co.jp/report/life/20210929museum/ (参照 2023-01-30). [2] EPAD. https://epad.terrada.co.jp/ (参照 2023-01-30). [3] 徳原直子. ジャパンサーチ「アクションプラン2021-2025」. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/forum/pdf/2_01.pdf (参照 2023-01-30). [4] Marini, C., \& Agostino, D. Humanized museums? How digital technologies become relational tools. Museum Management and Curatorship. 2022, vol. 37, no. 6, pp.598-615. [5] 小林仁. コロナ禍、コレクションとデジタル変革が拓く美術館の可能性. https://icomjapan.org/journal/2022/02/04/p-2797/ (参照 2023-01-30).
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# これからのデジタルミュージアム に求められること Social Roles of Digital Museum 抄録:高精細画像情報による実物資料の展示の代替という意味で始まった「デジタルミュージアム」は、次第に「デジタル技術に よるミュージアム的体験・理解の拡張」という概念のもとに、さまざまな実装の試みがなされるようになった。小論では、実空間 の再現や展示のゲーム化など、特にコロナ禍以降に増えてきたネット上の実践の手法を概観するとともに、デジタルミュージアム には、リアルミュージアムでは包摂しきれない受容層に対応できる可能性があることを論じる。 Abstract: "Digital Museum" began as an alternative to display in an exhibition room, using high-resolution image data. The concept of it has gradually changed to an expansion of museum experience and comprehension by digital technology and many technical trials have been carried out to date. This essay introduces some types of digital museums on the Internet during the COVID-19 pandemic and discusses that digital museums have possibilities to help social inclusion that real museums couldn't have done. キーワード : デジタルミュージアム、バーチャルリアリティ、ゲーム化、社会的包摂 Keywords: digital museum, virtual reality, gamification, social inclusion ## 1. はじめに 「デジタルミュージアム」という語を、最近のリニューアルで全文検索の範囲が大きく広がった「国立国会図書館デジタルコレクション」で検索してみると、 1990 年代前半に初めて雑誌に現れ、1995 年には西野嘉章が、『博物館研究』誌上で、デジタル画像情報の学術的な利用形態の一つとして「電視博物館、デジタルミュージアム」という表現を用いている[1]。「デジタルアーカイブ」という語の登場が 1994 年末であるから、動向としては、「デジタルアーカイブ」の普及と軌を一にしていると言ってよい。初期のインターネット上では同じようなコンテンツを、あるところでは「デジタルアーカイブ」と呼び、別のところでは「デジタルミュージアム」と呼んでいたこともあり、社会的にはっきりと両者の区別が意識されていたわけではない。 「デジタルミュージアム」について、一般的に共有されている概念はまだ確立していないが、あえてこれを「デジタルアーカイブ」と区別する要素は何だろうか。それは実社会におけるミュージアムとアーカイブの差異と同じく、発信者側による情報の取捨選択とその論理的な構成、いわゆる「キュレーション」の有無である。デジタルアーカイブは多数のコンテンツが組織化され、一定の手続きによって検索可能であれば、 その役目を果たすが、デジタルミュージアムは、公開されるコンテンツについて、それを享受する人々の理解を深めたり、何らかの情動を生じさせたりすることが求められる。そのためには当然、アーカイブの構築や運用とは、別種の発想や方法が必要であり、製作者・開発者が備えるべき資質も自ずから異なってくる。 2020 年の新型コロナ感染症の流行 (以下「コロナ禍」という)以降、ミュージアムの持つ文化的資産を公開する上で情報通信技術が果たす役割については、 あらためてその可能性が強調されている。その反面、何をもってデジタルミュージアムとみるか、どのようにすれば持続可能かという点についての議論は、まだ蓄積にそしい。筆者は、コロナ禍が続いていた時期、 ネット上でデジタルミュージアムについて多少の考察を行ったが[2]、小論ではそれを受けて、デジタルミュージアムに関する過去の議論と事例を紹介するとともに、今後の実践に関する提起を行いたい。 ## 2. デジタルミュージアムのとらえ方 ## 2.12006 年の「デジタルミュージアムに関する研究会」 デジタルミュージアムの開発を考える上で、重要な里程標の一つが、2006 年度に、当時の小坂憲次文部科学大臣の発案で組織された「デジタルミュージアム に関する研究会」である[3]。開催要領の中で、その趣旨は次のように述べられている。 我が国保有の世界に誇る文化財等を時間と空間の制約を受けずに鑑賞体験することを可能とするため、実物を直接視覚で捉えたのとほぼ同じ映像を実現する次世代型デジタル映像技術を活用したアーカイブ化を行い、これを公開するデジタルミュージアムに関する研究開発構想について検討する。(下線筆者) また、第 1 回会合の議事録要旨に、次のような小坂大臣の携帯電話経由の挨拶が記録されている。 将来的に子どもも大人もそれぞれの地域の図書館や博物館で、デジタルアーカイブ化された世界の美術品や日本の国宝・重要文化財などを細部まで見られるようになれば、それによって本物に触れたいという気持ちも高まると思う。(下線筆者) ここで注意していただきたいのは、「デジタル映像技術を活用したアーカイブ化」「デジタルアーカイブ化された…というように、デジタルミュージアム実現の前提として文化的な素材のデジタルアーカイブが含意されている点である。そして同時に「実物を直接視覚で捉えたのとほぼ同じ映像」という文言や、これに続く会合で続いてNHKから「スーパーハイビジョン」、つまり8K映像の開発状況が紹介されているところからも、最初の発想が高精細データのデジタルアーカイブによる実物の代替を、博物館や図書館などの施設で見せる、という形での「デジタルミュージアム」であったことがわかる。 ## 2.2 「ミュージアムのデジタル化」と「デジタルによ るミュージアムの拡張」 しかし、その後の研究会での議論は必ずしも当初主催者が意図した方向には収束しなかった。中間的なまとめに当たっての意見交換の中では「デジタルミュー ジアム」を、現存するミュージアムのデジタル化と捉えるのか、物理的な館に限定されないのではないか、 という指摘があり、また施設にとらわれず幅広い仕掛けや道具立てが必要なのではないかといった議論もあった。その結果、デジタルミュージアムは、当初想定されていたよりも間口が広い概念として提起されることとなり、最終報告書「新しいデジタル文化の創造と発信」[4]として、まとめられている。 これを受けて翌 2007 年度には、文部科学省の委託調査「デジタルミュージアム実現に関する調查・検討」 で、想定される要素技術や波及効果、海外の類似事例などが、かなり細かく整理された ${ }^{[5]}$ 。さらに、要素技術を組み合わせたデジタルミュージアムのパイロット プロジェクトとして次の4つを提言している。 ・オーダーメイド鑑賞(デジタル化した文化遺産を好みの方法で鑑賞) - 現地における屋外拡張現実感(AR)体験 - 時空間表現(事象を時間方向で体験) ・体感による追体験(無形の文化、技などを体感で追体験) 2023 年の現在、報告書を読み直してみると、進展に遅速はあるものの、とりあげられた要素技術はおおむね社会的な実装が実現あるいは試行されている。予測しきれなかった最大の要素は、iPhone、iPadに始まる高機能な個人用携帯端末の爆発的普及であろう。たとえば「オーダーメード鑑賞」という課題では、鑑賞体験の個別化を見通しながら、鑑賞の機会は何らかの施設内のみが想定されていて、個々人の持つデバイスにコンテンツを届けるという考え方は出ていないのである。この点で言うと、2011 年に東京国立博物館の研究職員であった佐藤祐介氏がほぼ独力で開発した iPhone版「e 国宝」アプリは、作品鑑賞の個別化という点で先駆的な事例と言える ${ }^{[6]}$ 。それはともかく、ここで「オーダーメイド鑑賞」以外の 3 つのプロジェクトの目指すところは、既存の「展示」概念から大きく拡張されている。「デジタルミュージアム」が、単なる「展示のデジタル技術による再現」ではなく、「デジタル技術によるミュージアム的体験・理解の拡張」 であることが明らかであろう。 ## 3. これからのデジタルミュージアム 3.1 実空間の再現 以来、しげらくの間、正面切って「デジタルミュー ジアム」を標榜したり、論じたりする例は少なかったかと思われる。状況を大きく変えたのは、やはりコロナ禍がミュージアムの活動に課した大きな制約である。2020 年中は、世界中のミュージアムにおいて、展示室で来観者が作品や資料を鑑賞、閲覧するという基本的な公開方法ができない状況が続いたため、あらためて、情報通信技術の活用が、既存のミュージアム運営への添え物ではない形で、求められるようになったのである。 特に借用品を主体とした特別展・企画展に依存した運営構造への反省から、自館のコレクション情報を効果的に公開するにはどうしたらよいかという課題が再認識されると、選択肢の一つとして、デジタル技術による公開方法の工夫に関心が向けられた。同時に、日本国内の多くの館では、活用するに足るだけの作品や資料のデジタル情報の蓄積=デジタルアーカイブが大 きく不足していることが強く認識されるようになった。 ネットを通じた展示の代替手段として、コロナ禍の初期に多く試みられたのが、作品や資料を展示した状態の展示室を多数の画像の「貼り合わせ」で再現するウォークスルー型のVRである。これは、すでに Google が Google Art Project (現 Google Art \& Culture) の一環として展開した、世界各地の美術館・博物館の展示室内の画像データを取得してブラウザ上で鑑賞するシステムが、先駆的な例として知られる。日本での最初の事例として東博でデー夕取得が実施された際、筆者は受け入れ担当者の一人として現場に立ち会った。当時の機材のものものしさと関与するスタッフの多さに驚いたが、その後ハードウェア、ソフトウェア両面での高機能化と低価格化によって、3D 空間の再現表示自体が比較的手軽な技術で実現するようになってきたところにコロナ禍となり、一挙に多くの館で採用されるようになったのである。本特集で紹介される国立科学博物館の「かはく VR $]^{[7]}$ は、同館の二つの展示館といくつの企画展示の全展示室空間を網羅する、国内で最大規模の事例である。 ここで課題となるのは、ネット上に、いかに高品質にリアルな展示を再現した環境を作ったとしても、それだけでは、リアルな展示の写しとしか受け止められないという点である。当然のことながら「かはくVR」 をはじめとする実空間再現型の VRは、その点を意識しており、実空間内の鑑賞では実現しないさまざまな仕掛けを組み达んでいる。 類似した新たな形態として、メタバースへの展開がある。たとえば東京国立博物館はコロナ禍の最中に、 メタバースの代表的なプラットフォームである Cluster を利用したオンライン展覧会を公開し、最近も同様のメタバース上の展覧会を開催している ${ }^{[8]}$ 。こちらも、 メタバース空間が実空間(たとえば展示室)をモデルとするかぎり、観覧者は実空間を意識してしまうので、実空間上で得られる感興や理解を上回る体験を提供するためには、相当の工夫が必要となる。 ## 3.2 ゲームへの展開とゲーミフィケーション ネットを利用した「展示」を実装しようとする際に、 よく議論にあがるのが「展示の個別化」である。先に見たデジタルミュージアムの研究においても「オー ダーメイド鑑賞」という手法が検討されたように、 ネット上のアーカイブにある豊富なコンテンツを組み合わせることによって、自分の好みの展示空間を作るというのは、ネットならではの手法ではないか...という発想は、一見魅力的である。 しかし、原 ${ }^{[9]}$ は先行研究によりながら、これまで試みられてきたデジタル空間における展示のパーソナライズ環境が、必ずしも専門家でない一般利用者の関心をひかないとして、提供者側からの一定の提案が必要であることを指摘している。デジタル空間での鑑賞、閲覧環境を整備したとしても、デジタルアーカイブのコンテンツを、そのまま利用者に投げるだけでは、膨大な情報量の前にたじろいでしまうのである。 この点で、最近の動向として注目されるのが、文化的コンテンツのゲーム環境への展開である。コロナ禍初期に、Getty Museum が、任天堂のゲーム「あつまれどうぶつの森」のプレイヤーに、同館の所蔵品画像を加工してゲーム内で自由に使える環境を提供したことは、大きな話題を呼んだ[10]。作品の画像を、その利用される空間に適した形 (この場合は $32 \times 32$ ピクセルのいわゆる「ドット絵」) に加工することによって、ミュージアムのコレクション全体がゲームのアイテムとなる可能性を作り出したのである。 また、ゲームプレイの過程を記録し映像として公開する「ゲーム実況」から発想された「○○といくゲームさんぽ」というネット配信動画のシリーズがある。この動画の一つとして、和風の戦闘ゲームに現れる仏像を見ながら、東京国立博物館の研究員がその典拠や表現の意味付けを読み解いて解説してゆく「文化財を素材にしたゲーム内でのギャラリートーク」とも言える企画 ${ }^{[11]}$ があり、YouTube では好意的なコメントが多い。 これらの例では、文化財や博物館資料が本来ある場所を飛び出して、新たな意味づけを与えられ、ゲームの中でそれぞれの役割を果たしている。このような使われ方には否定的な立場をとる向きもあるだ万うが、筆者は資料の本来の存在形態に関する情報をたどれる一すなわち信頼できるデジタルアーカイブを典拠とした利用が行われているかぎり、許容されてよいものと考える。ミュージアム資料の用途を決定することは、管理者=館に独占されるべきではなく、社会の中で広く行われるのが望ましいからである。 逆に展示自体をゲーム的に構築する一ゲーミフィケーションも今後試みられてよいだろう。東京都江戸東京博物館(江戸博)が、施設改修のために展示をしばらく閉じるタイミングで公開されたスマートフォンアプリ「ハイパー江戸博 $\rfloor^{[12]}$ は、先駆的な事例と言える。江戸博は、プロトタイプとも言うべき台東区立下町風俗資料館や江東区立染川江戸資料館以来、博物館資料を歴史的な環境の中に置いて見せるという手法を積極的に活用してきたが、ある意味、これをデジタル世界に展開したものと見ることもできる。 ## 3.3 デジタルミュージアムを必要とするのは誰か デジタルアーカイブにせよ、デジタルミュージアムにせよ、これまでは情報通信分野の技術的なシーズの応用先と受け止められ、特にミュージアムの現場は、実物の作品、資料を抱えている優越的な地位から、その必要性に対する認識に乏しかったきらいがある。コロナ禍によって、この点はある程度変わりつつあるが、「展示室を経由しない公開」を付随的な業務、二次的な手法と考える傾向は、なお強い。 一般にミュージアムは「本物を見ることの大事さ」 を説くことが多い。それはそれで正しい認識だが、一方で、この言説は作品、資料を展示室の中に囲い込み、技術の活用によって拡大が予想される受容層を見えづらくする役割を果たしてきたようにも思われる。近年、社会的包摂(ソーシャル・インクルージョン)の視点から考えても、今後のミュージアムの公開が「展示室で本物を見せること」に留まってはならないことは明らかであろう。 誰がデジタルミュージアムを必要とするかという問題は、作り手側(ミュージアム)と受け手側(観覧者) の両方から、考えてみる必要がある。筆者は東京の中心部で博物館の仕事をしているが、日本国内だけで考えてみても、大都市のミュージアムを日常的に訪れることができるのは、国内在住者の一部にすぎない。逆に、交通の便に恵まれない地域のミュージアムは、その立地ゆえに来館者の受け入れという点で、不利である。デジタルミュージアムは、この双方に利益となるものでなければならない。 WEB であれ、メタバースであれ、ネットワークをめぐるさまざまな道具立てを、リアルなミュージアムへの誘客手段として見ているかぎり、そのミュージアムの享受者はある水準を超えない。ネットワーク上で完結した楽しみを得る人々が一定数存在してこそ、その中からリアルミュージアムに足を運ぶようになるのである。 また、世界のどこにでも、日本のように稠密に博物館が立地しているわけではない。地域によっては、道路が引かれるより先に携帯電話が普及したように、リアルなミュージアムの建設より、デジタルミュージアムのサービスが先行するという場合も想定されるだろう。また、日本の寺院や神社のように、豊富な文化遺産を擁してはいるが、その社会的な性格からミュージアムという形での公開が難しい場合もありうる。この点で日本におけるこの 20 年あまりの経験、得失は、 これからデジタルアーカイブ、デジタルミュージアム に取り組む他国、他地域に一定の参考となる可能性もある。本特集においても、株式会社 NTT データによる国際的な実践の一端が紹介されている。 ## 4. おわりに 2007 年に東京国立博物館でミュージアムシアター を始めた時、 $4 \mathrm{~K}$ 映像を表示、上映できる環境はきわめて限られていたが、2020 年代の現在は、一般家庭でも購入可能である。デジタルミュージアムを考える上で、技術の選択は重要な要素だが、物理的な高品質、高機能は利用者の選好に関する決定的な要因ではない。デジタル技術は経費や人手を投入すれば、さまざまなことが可能になるが、普及を図るのであれば、費用対効果を考えなければならない。 ここ数年来で「キュレーション」という言葉は、 ミュージアムの中からネットの世界へ広がったが、それに伴ってミュージアム自身のキュレーションも、どのような受容層に対して、どのような技術を利用して訴えかけるかという課題に対応することが必要となってきた。特にミュージアム関係者が、この課題に積極的に取り組むことを期待したい。 ## 註・参考文献 [1] シンポジウム「今博物館に求められているもの-博物館マーケティング、利用者サービス、展示技術の変化への対応 -」. 博物館研究. 1995, 30(12), 31-40. [2] 田良島哲. 持続可能なデジタルミュージアムとは. 2020, https://note.com/nijo_gawara/m/me5cfcc5b8f49 (参照 2023-01-20). [3] デジタルミュージアムに関する研究会(文部科学省ウェブサイト) https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/sonota/ 002/old_index.htm (参照 2023-01-20). [4] 新しいデジタル文化の創造と発信(デジタルミュージアムに関する研究会報告書) https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/ chousa/sonota/002/toushin/07062707.htm (参照 2023-01-20). [5] 株式会社三菱総合研究所. 平成19年度文部科学省委託調查:デジタルミュージアム実現に関する調査・検討. 2008. [6] 「国立博物館公式アプリ《e国宝》開発者・佐藤祐介氏に訊く一一人でアプリを開発して見えてきたもの」https:// careerhack.en-japan.com/report/detail/138 (参照 2023-01-20). [7] かはくVR https://www.kahaku.go.jp/VR/ (参照 2023-01-20). [8] バーチャル展示「エウレカトーハク! ○89」https://chttps:// cluster.mu/u/Virtual_TNMmu/u/Virtual_TNM (参照 2023-01-20). [9] 原翔子. デフレーミング戦略による展覧会デザインの提案. デジタルアーカイブ学会誌. 2020, Vol. 4, S33-36. [10] Animal Crossing Art Generator https://experiments.getty.edu/ ac-art-generator/ (参照 2023-01-20). [11]【ゲームさんぽ/SEKIRO仏像編】 https://youtu.be/0BzVZnvavfo (参照 2023-01-31). [12] ハイパー江戸博 https://hyper.edohaku.jp (参照 2023-01-20).
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# エクスカーション報告 実施日:2022年11月26日(日) ## 1. 北コース 沖縄の米軍基地の存在をその歴史も含めて感じようと、那覇を離れて中部から北部を巡りました。参加は 14 人。まず、宜野湾市の嘉数高台公園へ。ここの展望台からは普天間基地が見下ろせます。住宅密集地の真ん中の滑走路にずらりとオスプレイが並んでいました。ここは沖縄戦最大の激戦地に一つでもあります。次に嘉手納町の道の駅かでな屋上で東アジア最大かつ最も運用される嘉手納空軍基地を一望しました。 キャンプハンセン (海兵隊) のある金武町で昼食を取りました。べトナム戦争以前から米軍兵士相手の商売で生きてきた「社交街」は、今もカラフルで英語の看板が溢れて、でも煤けていて不思議な街並みで、その歴史を空気で感じられます。 名護市辺野古に移動しましたが、日曜日ということで抗議活動もなく静か。しかし、海岸を割くような基地のフェンス、反対派を寄せ付けないように設置されたブイは、国家意思による分断が現在進行形であることを感じます。最後に沖縄市のゲート通りにある「沖縄市戦後文化資料展示館」でコザ暴動などの資料を見学しました。 駆け足ですが、沖縄の基地負担、米軍と共に生きてきた歴史を体感することができました。(研究大会実行委員宮本聖二) 宜野湾市嘉数高台公園展望台から嘉手納基地滑走路一望(宮本聖二氏撮影) ## 2. 南コース 南コースは 27 日 9:15に、ゆいれーる赤嶺駅を出発。 メンバーはコーディネーターの水島を含め 8 名。「沖縄戦終盤の撤退状況を(疑似)体験する」をテーマに、「ひめゆり平和祈念資料館」「平和祈念公園・資料館」「陸軍病院南風原壕」「海軍司令部壕」をマイクロバスで回った。おそらく沖縄で戦跡を巡る旅をした人なら、このいくつかを既に訪ねたことがあるだ万う。そういう方にも、新たな経験になるようにコースを設定した。 それぞれの施設には、特徴的なナラティブが横たわっている。それをつなぐためにはもう一歩、対象世界に踏み达むことが必要だ。資料展示は空間体験と対になると、そのリアルな次元に近づいてくる。そこで今回のエクスカーションでは「沖縄の土の下を感じる」 ことを提案した。ひめゆり平和資料館にも壕が大きく口を開けている。平和祈念公園にも第 32 軍司令部壕が残っている。そしてさらに私たちは、陸軍病院南風原壕、海軍司令部壕で実際にその内部を歩いた。 地下はで独特の湿度や匂いを感じた。そして出口で眩しい光を浴び、目を瞋ると地上の「鉄の暴風」音が聞こえてきた。16:00 に空港で解散するまで、少々詰め达み過ぎの行程だったが、胸に迫るタイムトラベルだった。(研究大会実行委員水島久光) ひめゆり平和祈念資料館 (ゲルスタ・ユリア氏撮影) ## 3. 首里コース エクスカーション首里ルートは、「まちの記憶」を想起させるポイントを巡るというコンセプトで、首里のまちづくりの変遷といった情報を織り交ぜながらのまち歩きとなりました。戦禍をくぐり抜けた十字架のレプリカを揭げた教会や、琉球大学のあった頃の首里の名残り、風水を活用し三叉路を多用している中国文化とのゆかりの深い街並み等、ガイドがいることで気づくまちに残されたアーカイブを紡いでいきました。今回の目玉は 1950 年に建築され、 72 年間生きながらえてきた首里劇場という芝居小屋と映画館を兼ねた建物の見学。首里劇場は、地域の私設公民館的な役割も担いながら、戦後一時的に隆盛した沖縄芝居や芸能の発信地にもなりました。時代の変化に対応しながら、 80 年代以降はポルノ映画館としてサバイバルしてきたのですが、2021 年、名画座としての再出発を始めた矢先の館長の死去とともに今まさに朽ち果てようと 首里劇場(平良斗星氏撮影) しています。我々沖縄デジタルアーカイブ協議会でも、建物とその記憶のアーカイブというテーマを地域に問いかけ議論を積み上げている「現場」を共有した企画となりました。(研究大会実行委員平良斗星)
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# サテライト企画セッション(7)「分散型の 情報基盤技術を用いたDAの活用と展望」 \author{ 嘉村 哲郎 \\ KAMURA Tetsuro \\ 東京藝術大学芸術情報センター } ここ数年、分散型の情報基盤技術を用いた実験的試 みやサービスの研究開発が著しい。本企画では、デジ タルコンテンツの流通と活用の点から、関連技術を用 いた事例報告と可能性について議論した。 セッション 2 は、寻屋氏より NFT アートのプラッ トフォームの現状として5つの類型とそれら特徴の報告を頂いた。プラットフォームの5つの類型は次の通 り。1. 出品者と作品に対して厳格な審査があり、投機目的に適したギャラリー型、2. 出品者が自由に NFT を発行できる一般大衆型、3.一時販売を BtoC に限定 した独自経済圈型、4. 二次販売が中心の決済特化型、 5. ユーザー自身が収集した NFT を展示する展示特化型。セッション 3 は、加藤氏より三重県明和町「竹神社」の御朱印 NFT の取組報告があった。神社という 環境でNFT を展開するに際しては、デジタルが苦手 な利用者へのフォローを確実に行うことでNFTを意識せずにデジタル御朱印を楽しめる活動がなされてい た。加藤氏からは、NFTに関連する取組は地域の高付加価値を推進、地域の経済・社会・環境波及効果の拡大が見込まれ、さらにブロックチェーン上に情報を 保存することで地域に根付く歴史や文化を後世に継承、そして地域の中長期的な開発や発展のための金融・人的資本の機能強化等を図る機会が得られる効果 が考えられると報告があった。 セッション4は、小学館メタバース関連事業より、同社が得意とする漫画等の作品コンテンツを「本」た けではなくデジタル空間に配置することで、メディア を超えた作品の世界をつなげることにより、新たな ユーザー体験や価値を総体的に楽しめる「場」の構築 を行っている報告があった。同事業は、一般的に解釈 される NFT 等技術を活用したコンテンツ展開をデジ タルピースと称し、従来の本の枠を超えた多様なプ ラットフォームと作品がつながるコンテンツ活用を試 みている。そして、セッション5はこれらを体現する 方法の一つとして開発を進めているメタバース空間「S-PACE」の紹介があった。ここでは、メディアを「見 る」から「入る」感覚を提供し、コンテンツの消費か らコミュニティの育成を促すことでコンテンツを核に したコミュニティのエコシステム構築をめざしている。本企画では、分散型の情報基盤技術を用いたコンテ ンツ流通や活用例を中心に報告と議論を行った。一連 の技術や仕組みは、商業利用が先行するが、地方創生 や歴史・文化の文脈でも各々の課題解決方法の一つに 用いられている場面が多数見られた。そして、セッ ション4・5では、これからのコンテンツ提供者と利用者の関わり方を深く考えさせられる内容であった。 データの価値と利用、利用者の関係は、公共的な要素 を多く含む DAにおいても、デジタル社会における データ活用と利用のあり方を考えていく必要があるた ろう。
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# サテライト企画セッション(6)「ビョンド ブック・プロジェクト:新しいフェイズへ」 柳 与志夫 YANAGI Yoshio 東京大学大学院情報学環特任教授 } 開催日:2022 年 11 月 28 日(月)(オンライン) 内容 : 1. 趣旨説明(柳 与志夫) 2. 報告(1)第 1 次プロトタイプ制作の意義と課題(美馬秀樹) 3. 報告(2)バックキャスティングで考える「新しい本」(渡邊英徳) 学生発表「『新しい本』と私たちの未来」(東京大学 1 年生:冨田萌衣)を含む。 4. パネルディスカッション パネリスト: 植村 八潮 (専修大学教授) 小林エリカ (作家・漫画家) 美馬 秀樹(九州大学特任教授兼京都大学特定教授) 柳 与志夫 (東京大学特任教授) : 司会 渡邊 英徳 (東京大学教授) Ref.「特集:ビヨンドブックの可能性」『デジタル アーカイブ学会誌』第 6 巻第 3 号、2022 年 8 月 ## 【開催趣旨】 2021 年の仙台研究大会サテライトセッションにおいて発表したビヨンドブック(BB)の第 1 次プロトタイプに続いて、改めて多方面からの検討を加えた第 2 次プロトタイプ制作・実践に向けての検討課題を提示し、「新しい本」を探求する社会的な意義についても考察し、以下の論点が明らかになった。 $<$ A. 読者 $>$ (1) 読者層の設定は変更必要か、あるいはすべての世代・社会階層を対象にすべきか、子供は? (2) 教養・婃楽のための読書イメージではなく、教育・研修目的を考えた方がいいのではないか。 (3) $\mathrm{BB}$ にって読者は何を得られるのか:知識獲得型、問題発見型、考える力、... (4) 得られた知識、体験 etc. のパーソナライズ化と構造化をどう支援するのか。 $<$ B. $\mathrm{BB}>$ (5) 知識構成体ではなく、「知識形成の場」を提供するという方向性はあるか:cf. 京大 100 人論文、コミュニティ・プラットフォームサービスその場合でも最終的には知識をパーソナライズ化・体系化する必要がある。 (6) 深層学習による星座コンテンツの自動生成や概念マップ形成の意義(星座イメージのままでいいのか) (7) $\mathrm{BB} の$ 信頼性の保証を誰がするのか。 (8) エディターやキュレーターの役割をどう位置づけるか、必要ないのか。 (9)コアとなるコンテンツは何か。 $<$ C. A-B 関係> (10) 身体性を含めた新しい「読書形態」イメージ提示が重要な意味を持つ、リニアな読書のままか?「終わり」の提示は必要か。 (11) スマホ・PC 等既存のデバイス前提でいいのか。 (12) 音声メディアの取り込みは重要 最後に植村氏が指摘した「BB は、戯曲を読むイメー ジではなく、戯曲を演出する・演じるイメージ」ではないかという言葉が印象的であった。
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# サテライト企画セッション(5)「多様な担 い手たちによる地域資料継承セッション:急変する社会における地域資料継承の“こ れから”を考える」 開催日:2022 年 11 月 24 日(木)(オンライン:琉球大学博物 館風樹館より中継) 登壇者: 後藤\cjkstart真(国立歴史民俗博物館) 堀井洋(合同会社 AMANE) 山下 俊介(北海道大学) 佐藤琴(山形大学附属博物館) 佐々木健志(琉球大学博物館 風樹館) 島袋美由紀(琉球大学大学院/NPO 法人沖縄ある記) 堀井 美里(合同会社 AMANE) 高田 良宏(金沢大学) 司会:小川 歩美(合同会社 AMANE) 本イベントは、学術野営スピンオフセミナー(主催:国立歴史民俗博物館 - 合同会社 AMANE)として 現地開催された。 急速に進む地方都市の過疎化・高齢化および地震や 台風などの大規模自然贸害の影響により、地域に現存 する学術資料 (地域資料) の保存・継承に関する状況 は厳しさを増している。以上のことから地域資料継承 に関する新たな概念・手法の創出および担い手・実施体制の確立など、様々な分野や立場において新しい取 り組みが求められている。 本セッションでは各事例の報告を通じて、調査・整理~公開・活用に至る各段階での専門家や市民との連携、コミュニティ・機関・個人で継承されてきたアー カイブ資料 (記録資料) の継承など、急変する社会に おける地域資料継承の “これから”について議論をす ることを目的とした。さらに、地域資料継承は地域を 問わず社会全体で共有すべき課題として捉え、学術研究者を含む多様な立場・役割の人材が関わる継承事業 の意義・あり方や、デジタルアーカイブを基盤とした 資料情報の公開・共有についても、会場全体で議論を 行った。本稿では、紙面の都合上、全ての報告の詳細につい て記さない。自治体を中心とした“地域”と研究者の 関係については、山下氏が自治体史編纂事業を題材と して担い手や研究者の位置づけなどを報告した。佐藤氏は、山形大学附属博物館における学術資料収集およ び三浦新七関連資料のデジタルアーカイブを、高田氏 は、新しい資料情報公開の概念である「逐次公開」に ついて、奥州市の地域資料を例にその特徴や課題を紹介した。これらの報告は、学術機関に所属する研究者 の立場から、学術研究を主な動機として地域にアプ ローチし、地域資料や関連する活動をどのように記録・継承・デジタルアーカイブ化するのかについて、研究的視点から問題提起するものである。 一方、佐々木氏は、沖縄県の伝統文化である結縄 (葈算)を事例に、祭祀の継承や博物館での教育活動 におけるデジタルアーカイブの活用を、島袋氏は、地域においてデジタルミュージアムを構築する NPOの 立場から“つくる・つかう・つなぐ”ことを目指した 6 段階の活動モデルについて紹介した。さらに、堀井美里氏は、産学官連携における地域資料継承について、事業の現状を報告するとともに、地域資料のデジタル アーカイブ構築における課題を述べた。これらの報告 により、地域内部において住民や自治体と密に連携し た地域アーカイブ・資料情報継承の具体的な事例につ いて、その背景や現状および課題が明らかになった。今回の現地会場およびオンラインでの議論において、単純な技術的話題に留まらず、地域の歴史・文化の記録など普遍的かつ重要な課題について、立場や専門分野が異なる多様な参加者の間で、率直かつ積極的な意見交換ができたことは大きな成果である。今後も学術野営など、地域資料継承に関する議論の場を設けてい く所存である。
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# サテライト企画セッション(4)「琉球文化のテキストアーカイビング」 永崎 研宣 NAGASAKI Kiyonori 一般財団法人人文情報学研究所 } 開催日 : 2022 年 11 月 23 日(水)(オンライン) 登壇者 岡田 一祐 (北海学園大学) 中村 覚 (東京大学史料編纂所) 永崎 研宣 (一般財団法人人文情報学研究所) 中川奈津子(国立国語研究所) 冨田 千夏 (名桜大学環太平洋地域文化研究所共同研究員) ここでは、筆者らが企画したオンラインのサテライ トセッション、「琉球文化のテキストアーカイビング」 について報告する。2022 年 11 月 23 日(水)の 13 時か ら 15 時にかけて開催されたこのセッションでは、人文学のためのテキストデータ構築の国際的なガイドラ インを策定する TEI協会の東アジア/日本語分科会 による活動の一環として、琉球文化のテキストアーカ イビングを採りあげ、その専門の方々にご登壇をいた だいた。 まず、この会の趣旨について述べておこう。琉球文化のテキストには豊かな多様性があり、それを適切に デジタル媒体としてアーカイブする手法を確立するこ とは契緊の課題であると考えられる。そこで、個々の 言語を記述するための言語コード(ISO639 や BCP-47 等)、固有の音を適切に表現するための文字コード、 それをテキストとして組み立てた際に効率的に利活用 するための構造化するための記述ルールとしての TEI ガイドライン、書かれたテキストを見えるままに共有 するための画像共有の枠組み IIIF ど、琉球の貴重 なテキストを適切にデジタルアーカイビングするため に必要な手法やツールの現状と課題を参加者と共有 し、テキストアーカイビングを通じた琉球文化の過去・未来・現在を検討することが目的とされた。 セッションの進行としては、最初にこの分科会の運営委員である岡田一祐 (北海学園大学)、中村覚 (東京大学史料編纂所)、永崎研宣 (一般財団法人人文情報学研究所)による「テキストアーカイビングの技術」 という共同発表が行われた。これは、これまでの分科会の活動を踏まえた、テキストデータの構造化や活用手法についての全般的な報告であった。 これに続いて、中川奈津子(国立国語研究所)によ る「琉球諸語の言語調査データのアーカイビング」が 言語学の立場から、冨田千夏 (名桜大学環太平洋地域文化研究所共同研究員)による「琉球歴史文書のテキ ストアーカイビング」が、歴史学の立場から、それぞ れ発表された。いずれも、琉球文化の固有性を踏まえ つつ、その国際的な共通性を見出すことで、デジタル データとしての琉球文化の表現可能性をより広く目指 していく取組みについての報告がなされた。デジタル アーカイブはデジタルという共通基盤の上に地域や個人の持つかけがえのない固有性が適切に記述・記録・表現されるべきものであり、そのための貴重な手がか りが確認されたセッションとなった。 このような場が提供されたことを、デジタルアーカ イブ学会及び大会実行委員会の皆様に感謝したい。 ## 参考文献 一般財団法人人文情報学研究所監修『人文学のためのテキストデータ構築入門TEIガイドラインに準拠した取り組みにむけて』(文学通信, 2022年).
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# サテライト企画セッション(3)「デジタル アーキビストの在り方:デジタルアーカ イブを企画・開発・運用する人材に求め られるもの」 \author{ 井上透 \\ INOUE Toru \\ 岐阜女子大学 } 開催日:2021 年 11 月 20 日(日)(オンライン) 企画:デジタルアーカイブ学会人材養成・活用検討委員会登壇者 細矢剛(国立科学博物館) 徳原 直子(国立国会図書館) 福島 幸宏(慶應義塾大学) コーディネーター: 井上透(岐阜女子大学) デジタルアーカイブ学会第 7 回研究大会における企画セッションは、人材養成・活用検討委員会が「デジ タルアーキビストの在り方」を企画し、オンラインで 実施した。登壇者は細矢剛(国立科学博物館)、徳原直子(国立国会図書館)、福島幸宏(慶應義塾大学) であり、コーディネーターを井上透(岐阜女子大学) が努めた。 冒頭にコーディネーターより趣旨説明と、人材養成・活用検討委員会で積み重ねた議論を取りまとめた 「デジタルアーキビストの在り方」骨子案を報告した。 その後、細矢剛氏より、骨子案についてデジタルアー キビストに求められる資質などを中心に、具体的に解説を行った。ついで、徳原直子氏よりデジタルアーキ ビストのターゲットについて、デジタルを扱うにあ たって専門的な情報とスキルが必要である一方、分野横断による共通課題に取り組めることを挙げ、司書や 学芸員の資格の中でもデジタルに対応する必要性と、司書や学芸員が不在の行政機関、企業・団体における デジタルアーキビストの必要性について言及があつ た。最後に福島幸宏氏よりデジタルアーキビストの養成課程について、国家資格化の必要性、専門職養成課程の課題が報告された。 セッションの後半では、国家資格のイメージや現時点でのデジタルアーカイブの阻害要因、デジタルアー カイブ整備推進法など法制度上の資格のポジショニン グなどについて、パネラーとオンライン参加者の間で ディスカッションが行われた。 社会全体のDX 化の動きのなかで、デジタルアーカ イブにあらためて期待が集まっている。これから各組織や団体、地域に必須の人材としてのデジタルアーキ ビストについて、現段階での議論をまとめ、今後の国家資格化への展開を見据えるための企画セッションで あった。
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# サテライト企画セッション(2) \\ 「知識インフラの再設計に向けて」 \author{ 数藤 雅彦 \\ SUDO Masahiko } 弁護士 開催日:2022 年 11 月 14 日(月)(オンライン) 登壇者: 小山 紘一(弁護士、政策秘書) 後藤 和子 (摂南大学教授) 高野 明彦 (国立情報学研究所名誉教授) 田村 俊作 (石川県立図書館長、慶應義塾大学名誉教授) 西川開 (科学技術・学術政策研究所研究員) 数藤 雅彦 (弁護士、『デジタルアーカイブ・ベーシックス』編集委員):司会 本セッションでは、石川県立図書館という知識イン フラの再設計を主導した田村俊作氏にその取り組みを 伺い、論集『デジタルアーカイブ・ベーシックス 知識インフラの再設計』(以下『再設計』と略す) の執筆者 3 名と高野明彦教授とともに、デジタルアーカイ ブ(以下「DA」と略す)をめぐる諸制度の現状と課題について議論した。数藤が司会を務め、川野と逢坂 が事務局を担当した。 まずは田村氏から、石川県立図書館の取り組みにつ いて基調講演があった。石川県立図書館は今年(2022 年)、新たな立地で開館して話題となった。開館にあ たっては、従来の県立図書館のあり方に対する問題意識が反映されたという。斬新な建築、見映えのいい空間、テーマ別の排架、県庁各部局と提携してのイベン 卜実施、会話・撮影自由のスタンスなど、田村氏の言葉を借りれば「来たことのない人に来てもらう」、「目的もなく行きたくなる」図書館の姿が提示された。他方でDAについては、システムがいまだ十分でなく、職員の養成の問題や、検索機能と他のサービスとの連携の問題、新図書館のコンセプトの一つである「人々 との出会い」をどう実現するかといった問題が語られた。続いて、『再設計』の執筆者 3 名から、執筆内容を 圧縮した報告がなされた。小山紘一氏は、国会議員の 政策担当秘書として、国立国会図書館資料のデジタル 化に関する予算措置等に関与したことを報告した。西川開氏は、知識コモンズ研究の展開、Europeana と知識コモンズ研究の関わり、日本の DA の制度設計への 応用可能性について報告した。後藤和子氏は、DAが 経済学における混合財であること、デジタル経済の特徵、DAにおける資金循環のあり方について報告した。 パネルディスカッションでは高野氏も参加し、図書館というアーカイブ施設の話と、DAに関する話を横断しつつ、予算、ガバナンス、事業評価のあり方など について議論が交わされた。本セッションは、論点ご とに議論を深めることを目的としており、必ずしも一定の結論を目指したものではなかったが、最後に田村氏が述べた「石川県立図書館をバーチャルやデジタル の混じった空間にしたい」とのコメントは、本セッ ションをひとつの側面から総括したものになっていた。 月曜の午後という時間帯にもかかわらず、約 50 名 の視聴者に恵まれた。終了後のアンケートでは、石川県立図書館の建築・書架・排架など裏側の話が沢山聞 けてとても参考になった、『再設計』は図書館・DA の評価、予算確保など現場レベルの悩みの解決・見直 しの手法の参考になりそうだと感じた等の意見が寄せ られた。 $\mathrm{DA}$ 機関と一口に言っても、現実の資料提供を伴わ ずに、デジタルの配信だけに絞った施設はまだ少ない。 その意味では、石川県立図書館というアーカイブ施設 と、DAの議論の交接を図った本セッションからは、 DA 機関への示唆となる手応えが得られた。なお石川県立図書館については、公文書館機能・生涯学習施設機能を一体的に備えている点でも注目されており、議論は尽きない。今後も、アーカイブ施設と DAをとも に見すえて、知識インフラの再設計に向けた検討を続 けたい。
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# サテライト企画セッション(1)「デジタル時代のアーカイブの系譜学」 \author{ 加藤 諭 \\ KATO Satoshi } 東北大学史料館 \author{ 開催日:2022 年 11 月 13 日(日)(オンライン) \\ 登壇者: [司会] 加藤諭、宮本隆 \\ 報告 1 「デジタル時代のアーカイブの諸系譜をたどるために」 \\ 加藤 諭 (東北大学) ・宮本 隆史 (大阪大学) \\ 報告 2 「デジタルアーカイブの技術史」 \\ 大向 一輝 (東京大学) \\ 報告 3 「アーカイブの側面を持つ草の根活動」 \\ 鈴木 親彦 (群馬県立女子大学) \\ 報告 4「アーカイブをメディアとして読み解く」 \\ 阿部 卓也 (愛知淑徳大学) \\ コメント:西川開(科学技術・学術政策研究所) } 本企画セッションは、2019 年 4 月から活動してい るデジタルアーカイブ学会理論研究会 (SIG) の成果 の一端として、2022 年 12 月に発刊された『デジタル 時代のアーカイブ系譜学』(みすず書房) に執筆頂い た若手・中堅の研究者に登壇頂き、デジタルアーカイ ブなるものの概念が如何に形成されてきたのか、その 諸側面を系譜とともに位置づけ報告し、議論する場と して企画された。「アーカイブ」に関わるプレイヤー と概念理解の多様化デジタル技術が社会基盤となった 現代において、「アーカイブ」と呼ばれる制度や営み が生活に浸透し、現代人の生活のさまざまな局面で、「アーカイブ」が語られるようになってきている。し かし、この「アーカイブ」なるものは、自明の実体な どでは決してなく、歴史的・社会的に構築されてきた ものである。こうした認識にたって、各報告者からは デジタル時代の今日において「アーカイブ」と呼ばれ るものに合流してきた諸系譜について歴史的な考察が なされ、今後のデジタルアーカイブのありかたについ て議論がなされた。 はじめに加藤、宮本から「デジタル時代のアーカイ ブの諸系譜をたどるために」として、「アーカイブ」 に関わるプレイヤーと概念理解の多様化が進んできた背景、その中でアーカイブなるものの概念の定義を整理する試みとその手法、デジタルアーカイブの定義を 哲学的・思想的に読み解いていく手がかりや、日本に おけるデジタルアーカイブ政策の位置づけなど、論点 の整理がなされた。 次いで大向報告「デジタルアーカイブの技術史」で は、デジタルアーカイブに固有の技術はあるのか、デ ジタルアーカイブに固有のジョブはあるのか、という 技術論から立脚する議論を提起し、情報技術として可能であることだけが実現されている、という規定と制約があるとすれば、今可能ではないが目指すべきデジ タルアーカイブとは何なのか、という問いがなされた。鈴木報告「アーカイブの側面を持つ草の根活動」か らは制度の外側に置かれ、勝手連的に情報が蓄積され てきたアーカイブについて問題提起がなされた。公的 なデジタルアーカイブではなく、未整理ではあるもの の限定的ジャンルに特化した高度な情報の集積が現に 存在する中で、それらをデジタルアーカイブの概念か らどう位置づけていくべきか、その理論的枠組みが提示された。 阿部報告「アーカイブをメディアとして読み解く」 では、デジタル化以前の状況も含めたアーカイブ概念 の変容をめぐるケーススタディについて、複製技術、 デジタルテキスト、コミュニティをキーワードとして、利用する人々の歴史意識によって、アーカイブの「目的」や「メッセージ」が変化・方向付けられ、変質し ていく点が指摘された。 これらの報告について西川コメントからは本企画の 意義と論点の補足がなされ、今回のセッションを踏ま え、デジタルアーカイブ学会における、理論研究の重要性が再確認された。
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# 現地企画セッション(8)「沖縄からのメッ セージ:沖縄におけるデジタルアーカイブ の状況」 \author{ 島袋 幸司 \\ SHIMABUKURO Koji } 沖縄国際大学 南島文化研究所 特別研究員 今回のデジタルアーカイブ学会冲縄研究大会におい て、企画セッションの2つで発表した。電子化作業が 中心で公開が道半ばでありながら、豊見城市に発表の 機会を賜わった事、関係者の皆様に記してお礼申し上 げる。今回は「セッション 2. (沖縄発) 形あるもの、沖縄の歴史の DA 化」と「セッション 8. (沖縄発) 自治体のアーカイブ活用」にて発表した。発表時間の関係で別セッションの参加は叶わなかったが、他の発表者や会場との意見交換によって個人的に得るものが多 い研究大会となった。その中で思案した事や沖縄県の 状況について記しておきたい。 沖縄県では、56 施設の博物館や 37 機関の地域史編集、県市町村の文化財保護担当や図書館等の機関にお いて、調査・研究・収集・保存・公開を行っている。多様で膨大な資料について、各機関で収蔵と公開活動 に取り組んでおり、近年ではデジタルアーカイブ(以下、DA)を活用した取り組みが年々増加している。 また、沖縄デジタルアーカイブ協議会の結成や沖縄 アーカイブ研究所等の民間による DAコンテンツ制作 もみられ、沖縄県における DA 作成の状況は、黎明期 から過渡期に移行したと言ってよい。今後、各 DAが 安定的に稼働し、教育・観光等の多様な利活用が進め られ、発展期、成熟期への進展を望みたい。 その中で、デジタルアーカイブ学会の研究大会が沖縄で開催された事は、大変重要な事だと受けとめてい る。各企画セッションでは、官民問わず沖縄県側から でも多様な取り組みが発表されたが、全国の機関から は、沖縄県内で未知であった多様な視点、多様なアク ターによる DA 作成、検討が発表された。「過渡期」 である沖縄県側としては今後の構築や改善に活かす重要な機会になったと思われる。 これまでの学会の活動は DA 構築にむけて多くの場面で参考にしており、特に「肖像権ガイドライン」は、当市のDA においても、写真公開の前準備に活用させ ていただいた。DAを作成するには様々な課題が存在 し、それらは学問の専門分野ごとだけでは解決が困難 なものも多い。学会として解決に向けた活動は、恩恵 を受ける機関も多く、社会的な貢献も高い。今後も 様々な課題に対して積極的な活動を期待したい。 沖縄県および奄美地域は、独自の歴史背景から特有 の文化・歴史・自然を有しており、それらのメタデータ について検討が必要である。今回の発表で文化圏の近 い奄美・沖縄のDAのメタデータについて議論しつつ 構築を目指す「奄美・沖縄版ヨーロピアーナ」の必要性を提起した。ジャパンサーチで対応可能との意見も 会場から頂いたが、ジャパンサーチも「つなぎ役」と 呼ばれる分野・地域等のメタデータ集約と提供を行う 機関を推奨しており、その役割を担う必要があると考 える。奄美・沖縄文化圈が日本全国のアーカイブと分離することでなく、地域の特徵や多様性を担保しつつ、日本文化と比較可能な形を模索する必要がある。そこ で発見される項目や分類についての知見は他地域にお いても、捉えられなかったテーマを発見しうる可能性 が出てくるのではないか。さらに世界に開かれ、東ア ジアと比較する際には効果を発揮する可能性が高い。 沖縄県立博物館・美術館等の県立施設、もしくは沖縄デジタルアーカイブ協議会等、沖縄県および奄美地方も含めて取りまとめるリーダーシップを発揮してい ただきたい。その際は、個人としても所属機関として も実務的な作業に尽力し貢献したいと考えている。
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# 現地企画セッション(8)「自治体のアーカイブ活用」 ## 平良 斗星 \\ TAIRA Tohsei 沖縄デジタルアーカイブ協議会 開催日:2022 年 11 月 26 日(土)(琉球大学 50 周年記念館)登壇者 パネラー 新垣瑛士(南城市教育委員会文化課(現在沖縄県市町村課出向)) 島袋幸司 (豊見城市教育委員会文化課) 進行: 平良斗星 (沖縄県デジタルアーカイブ協議会運営委員) 全国の様々な自治体では、教育委員会の文化財担当等が地域資料のデジタルアーカイブを進めている。自治体によっては専用のサイトを開発し、その成果発信をはじめた。たた、その活用に関してはまた担当部局からの発信にとどまる場合が多く、自治体内外への波及効果が出にくい状態にあるのではないか。今回はこの問いに対して、沖縄県内でチャレンジを続ける自治体のアーキビストの方々のインタビューを聞きながら今後のデジタルアーカイブの蓄積とその活用の展開を考えていく分科会であった。 前半は南城市・豊見城市両自治体の 2 人からの事例提供から後半は会場からの質問を含めたディスカッションという構成で進行した。 ○南城市 「なんデジ」というプロジェクトで進行中の市で保有している資料のデジタル化と現在も並行して進んでいる市民保有の資料の収集とデジタル化について発表、ジャパンサーチへの対応や肖像権ガイドラインの策定、アーカイブツーリズムというアーカイブを現地で体験する観光音声ガイドといった活用まで含め、市民と協働しながらの資料収集と活用に対して様々な取り組みを示した。 - 進行からの評価南城市は市を代表する資料館等がないが、それがかえって先進的なデジタルアー カイブ活用の事例になったと考えられる。 ○豊見城市 各字で収集した写真をあえて紙の写真集で出版する という取り組みを発表しながらその膨大な収集量を示す。同時に行っている住民への聞き取り作業を元に、当時の集落の地図も復元するというプロジェクトを発表。この地図データは今後ウェブにも展開予定でメ夕バースへの展開も視野に入れているとのこと。 ・進行からの評価当事業は担当の島袋氏のアイデアと熱意によって組み上げられている企画、全庁的な巻き込みや他分野展開に期待したい。 両市ともデジタル化している物量やデータベースの先進性・活用アイデアも含め会場からは感嘆の声が出る反応で、アーカイブ担当のハードワークに対し称賛の雾囲気の中ディスカッションに入った。 ディスカッションパートは、各自治体のアーカイブ担当者の参加が多く、両市への評価とともに自自治体のアーカイブ事業に対する評価の低さ、認識の低さが、予算の低さと連動しているという現実の厳しさを示す意見が複数あった。そこで、この先進事例を全県的に理解してもらうために、今後各市町村のアーキビストを集めた事例共有の集まりをもち、各自治体の意識向上を狙いたいとまとめた。 他に、デジタルアーカイブは文化課の事業だけでなく、観光や教育への展開が期待されているといった意見や、その波及効果をどうカウントしていくかといった評価の視点の重要性も議論された。 $\cdot$進行からの評価自治体のアーカイブ担当は、まずは自治体の保有する資料の適切なアーカイブと市民の持つ資料のアーカイブをしっかり行い、そのアーカイブを自治体内の他分野のパートナーと活用企画を練ることが重要。かつ県内のアーキビストの連帯を呼びかけながら横断的な活用企画を仕掛けることでデジタルアーカイブに対する意識の低い自治体の底上げを行っていくことでより活発な地域作りに寄与するのではとまとめた。
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# 現地企画セッション(7)「DX化する社会 とデジタル公共文書」 \author{ 福島 幸宏 \\ FUKUSIMA Yukihiro \\ 慶應義塾大学 文学部 } 開催日:2022 年 11 月 26 日(土)(沖縄県公文書館)登壇者 古賀 崇 (天理大学) 福島 幸宏(慶應義塾大学 文学部) この「デジタル公共文書」の議論は、2019 年 6 月 11 日に開催されたアーカイブサミットでの第 2 分科会としてはじめておこない、その後、2021 年 1 月 12 日に行われた東京大学大学院情報学環 DNP 学術電子 コンテンツ研究寄附講座によるラウンドテーブル「デ ジタル公共文書を考える一公文書・団体文書を真に公共財にするために一」の議論を継承したものである。 本セッションの趣旨の要点は、民間のものも含めた 公共的に利活用可能な形で蓄積されるべき情報源を 「デジタル公共文書」とし、それを新しい知識や社会生活、産業を生み出す源泉とするための方策を考える。 というものであった。 この趣旨にもとづいて、セッション前半では、古賀崇(天理大学)「デジタル公共文書をめぐる論点」、福島幸宏(慶應義塾大学)「デジタル公共文書をめぐる 議論」の 2 本の報告を行い、休㗍のあと、40 分ほど のディスカッションを行った。なお、資料共有を QR コードで行い、意見や感想も共有ドキュメントに参加者各自が書き込む形式とした。これによって、会場で の発言とドキュメント上のやりとりがパラレルに進行 された。 ディスカッションでは、まず、アーカイブズや公文書管理法が対象としている「公文書」との差違がどの ようなものか、という議論があった。「公文書」と「デ ジタル公共文書」は位相の異なる概念であることは、 2019 年以来の前提が共有されていれば了解されると ころであるが、前提の共有に課題を残した。なお、そ の上で「文書」というワーディングではなく「情報」 と整理することで、この議論は回避されるという意見 があったことを付け加えておきたい。そのほかには、 アジャイルガバナンスの基盤としてのデジタル公共文書という提起や、個人コンテンツも含めて情報が現状 よりも広範に集積される場合、忘れられる権利との関係を整理することが重要ではないか、「“公共性が認め られる”とは何か?」という議論が必要なのでは、「公開性(Open)」が「公共性」に先行するケースもある、 など「デジタル公共文書」概念を鍛えて行く上で、そ の組立の根幹にふれるような、貴重な示唆が多く得ら れた。この点は前段の「公文書」との関係をどのよう に説明するか、という点も含め、今後の大きな宿題と なった。 個別の分野での進展、個々の研究や社会活動での成果はあがっている。しかし、博物館・図書館・公文書館、そして文化政策や文化資源をめぐる全体状況は閉塞している。そしてこれらの課題は大きすぎて、議論 する適切なフィールドを設定しきれていない。つまり 誰もボールを拾えていない状況にある。この現状を打破する試みとして、「デジタル公共文書」という提起 を継続して行っている。もちろんこれも試案のひとつ に過ぎない。今回の課題を踏まえ、今後も議論を深め て行きたい。
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# 現地企画セッション(6)「沖縄からのメッ セージ:琉球古典音楽とデジタルアーカ イブについて」 私は沖縄がかつて「琉球王国」の頃に誕生した「琉球古典音楽」の演奏家として活動させてもらっている が、今回はその立場からデジタルアーカイブ学会の研究大会にはじめて参加させていただいた。デジタル アーカイブに関しては浅学な私であるが、私なりに琉球古典音楽に関するデジタルアーカイブの課題と現状 について話させていただいたのでここに記述する。 琉球古典音楽のアーカイブについて「楽譜」「音源」 の二つに大別されると考えるが、その中でも「音源」 に注目してみた。琉球古典音楽の音源は 1915 年に録音された SP 盤が最も古いと言われているが、現在そ の音源が残されているかは不明である。しかしその時 の音源と思われるものが「SP 盤復元による沖縄音楽 (うた)の精髄(上)」(CD)の中に数曲収録され発売 されているので、ご興味があればお聴きいたたききたい。 その他、戦前(1945 年以前)には、コロンビア等か ら多数、琉球古典音楽に関する SP 盤が発売された。 しかし、1945 年の「沖縄戦」によって沖縄では多く の文化財が破壊され、この時に音源や楽譜資料も殆ど が然え尽きてしまった。そのような影響から、日本本土や海外などに逃れていた資料が戦後になって沖縄に 戻ってきたものが殆どである。 しかし、本土・海外に残されていた資料の全てが沖縄において視聴・閲覧ができるかと言えば、まだ課題 は多い。例えば国立国会図書館のホームページにある 「歴史的音源(れきおん)」では、サイト内で「琉球」 というワードで検索すると、琉球古典音楽が数十曲 ヒットする。ここに収録された音源の殆どが戦前に活躍した音楽家のもので、録音媒体は SP 盤であること から今や入手することも困難である。そのことから ホームページ上でこれら音源を視聴できることはとて も有難い。しかしながら、全てが視聴できるわけでは なく、中には「国立国会図書館の館内 PC で利用でき ます」「歴史的音源の配信提供に参加している参加館 で閲覧できます」と表示され聴くことができず、沖縄県には歴史的音源の配信提供に参加している施設がな いため視聴するためには、わざわざ国立国会図書館に 行かなければならないという現状である。琉球古典音楽を学ぶものとしてはこの音楽の原点である沖縄の地 でこれら音源が利活用できるようになることを心から お願いしたい。 最後に今回の大会に参加して感じたことを述べた い。私が参加したセッションには、私の他、沖縄芝居、歴史、映像など各専門家が登壇されたが、中でも早稲田大学演劇博物館のデジタルアーカイブへの取り組み は今回はじめて知ることができた。当施設のホーム ページ内に作られた検索サイト「JDTA」では日本各地で上演された数々の舞台映像が収められているが、 なんとここでも琉球古典音楽に関する映像を視聴する ことができた。映像は全体ではなく抜粋ではあったが、一端に触れることができるだけでも、目的の映像を見 つけるうえでは大きなヒントとなる。この検索サイト は琉球古典音楽に携わるものにとっては大変有意義な 情報が収められていると感じ、私にとっても大きな収穫となった。今回の大会に参加し、琉球古典音楽およ び琉球芸能全般においてもデジタルアーカイブが果た す役割はとても大きいと感じた。今後は県内の教育機関や文化施設でもデジタルアーカイブへの取り組みが 広まり、伝統文化に対する学びがより深まっていくこ とに期待したい。
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# 現地企画セッション(6)「残りにくい文化を どうするか:沖縄芝居を中心に(沖縄県立美術館・博物館)」 ## 開催日:2022 年 11 月 26 日(土)(沖縄県立美術館・博物館)登壇者 \\ 岡室美奈子 (早稲田大学坪内博士記念演劇博物館館長 - 早稲田大学文学学術院教授) \\ 大宜見しょう子 (大伸座座長) \\ 鈴木 悠 (那覇市歴史博物館学芸員) \\ 又吉 恭平(野村流伝統音楽協会師範 歌三線・胡弓) \\ 真喜屋 力 (沖縄アーカイブ研究所) このセッションでは、「沖縄芝居」を中心に据えて、形のない文化の保存の現状や、対応策を話し合った。最初に沖縄芝居の世界から、沖縄芝居の大伸座の三代目座長であり、名優大宜見小太郎氏の娘の大宜見しょう子氏より、沖縄芝居の歴史と課題が報告された。沖縄芝居は琉球処分以降に、大衆に開かれた王朝の芸能と、もともとの大衆芸能、さらには本土の演劇文化を取り込みながら、時代の空気を取り达み形作られた文化である。しかし、テレビ放送など娛楽の多様化の中で廃れつつある文化でもある。方言で演じられる演目も、若者には取っつきにくいところがある。しかし逆転の発想として、沖縄芝居を観ることで方言を学ぶことができるのではないかとも考えていた。 那覇市歴史博物館の鈴木悠氏からは、那覇市歴史博物館の成り立ちを語ったあとに「沖縄芝居」関連の資料が、那覇市歴史博物館には多くないという報告がされた。おそらく芸能関係者は積極的な収集対象ではなかったことが理由の一つで、特に映像に関してはあまり寄贈を受けたことがないようだ。しかし、沖縄芝居が沖縄の近現代を知る上で非常に重要と言う認識はある。たた現状、フィルムなどを寄贈されたとしても、保管設備や専門的な知識を持った職員もいないという課題も抱えている。 又吉恭平氏は、三線、胡弓など伝統楽器の実演者で、研究のために過去に行われた演奏の音源を探している。より古い音楽を学ぶため、国立国会図書館サイトの「歴史的音源」というぺージなどを利用しているが、 インターネットから聞くことができる音源が限られているとして、他の県外の博物館などには、著作権の問題のない古い音源のネットでの公開を希望している。県内だと国立劇場おきなわのリファレンスルームや、南風原文化センター、沖縄市音楽資料館音楽村など、音源を聞くことができる場所はあり、それぞれの特徴を語った。また音楽以外にも獅子舞などの伝統芸能を復元などに、那覇市歴史博物館の資料が役立っているという。 早稲田大学演劇博物館の岡室美奈子氏は、演劇博物館、通称エンパクのジャパン・デジタル・シアター・ アーカイブス(JDTA)と、【ドーナツ】というモデル化によって舞台芸術の保存に取り組んでいることを報告した。 舞台芸術は幕が下りた途端に消え去り、保存できないと言う特徴がある。そこで中心となる公演自体は不在だが、その周辺の記録を厚くすることで、不在の中心を豊に想像できるようにしていく。また人材育成事業としてアーカイブを自力で作れる人を育成するための講座も行っている。 また沖縄アーカイブ研究所の真喜屋力からは、沖縄最古の木造劇場の調查報告を行った。 セッションでは、岡室氏からは著作権処理を、上演時に製作者自信が行うことで、スムーズにアーカイブ化することができ、後進の育成にも役立つと希望が出され。大宜見氏からは、舞台はもち万ん、写真資料も大量にあるが、やはりデジタル技術のプロと組んでいかないと難しいことが語られた。
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# 現地企画セッション(5)「沖縄からのメッ セージ:沖縄テレビとアーカイブ映像」 \author{ 山里 孫存 \\ YAMAZATO Magoari \\ OTV沖縄テレビ } 2022 年 11 月、デジタルアーカイブ学会研究大会が 沖縄で開催され、私もローカルテレビ局の立場から実践例を発表させていただいた。その内容の一部を報告 させていただこうと思う。 沖縄テレビは 1959 年 11 月に開局した沖縄最初のテ レビ局。なので、沖縄地区においては最も豊富なアー カイブ映像を保有している放送局だと言ってよいはず だ。昨年、2022 年は、沖縄復帰 50 年という節目をむ かえた年だったので、沖縄テレビが記録して保存して きたアーカイブ映像が大量に掘り起こされ、あらため てスポットライトが当たることとなった。今を生きる 記者・デイレクターたちが、先輩たちが撮影した数十年分の記録映像と向き合い新たな物語を見出していく 作業は、保管庫に眠っていた映像たちを次々と「お宝映像」へと昇華させていった。 私がアーカイブ映像に強く惹きつけられた最初の体験は、今から 18 年前の事。沖縄戦終結から 60 年とい うタイミングの 2005 年、報道記者として取材に走り 回っていた時代のことだ。一番熱心に取り組んでいた のが、アメリカ軍が撮影した沖縄戦記録フィルムの映像を検証する作業たっった。米軍が撮影した映像には 「悲惨な戦場」以外にも様々な「沖縄の姿」が記録さ れていたのだ。そして驚くほど多くの「笑顔」も残さ れていたことがわかった。沖縄住民たちの命が助かっ た瞬間の笑顔だった。次第に私は、映像に残る「笑顔 の主」を探す調査に没頭するようになっていった。そ して、フィルムに残されていた“井戸” の映像につい ての取材で忘れられない感動的な体験をした。小さな 井戸の底から、子供や若い女性、そして、おじいさん、 おばあさん…なんと数十人もの人々が助け出される様子が、米軍が撮影した記録フィルムに残されてされて いた。「私と妹がその映像に映っているかもしれませ ん」調査を続けていたある日、初江さんという女性か ら連絡が入った。「井戸からの救出」が記録されてい る映像を持って、彼女の自宅を訪ねることになった。玄関で僕らを迎え、何度も頭を下げた初江さん。応接間では、妹のキヨさんも待っていた。「ドキドキす る…映像が流れ始めると、姉妹は食い入るようにテ レビ画面を見つめた。「そう、こんなだった。横穴が あってね、大きなガマにつながっていた。」猛烈な勢 いで解説をしてくれる初江さん。そして歓喜の瞬間が やって来た。彼女達は、60年前の自分と対面したのだ。「間違いない! あれが私、これがアンタ。モノクロの 映像の中に、井戸から引き上げられる 4 歳のキヨさん と、彼女を笑顔で迎える 6 歳の初江さんがいた。映像 の中の彼女は、助け出された妹の頭を無造作に撫でた。 60 年の時を超えた感動․しかし、想像を超えたさ らなる驚きが待っていたのだ。涙をぬぐう姉妹が、口 をそろえてこう言った。「この着物まだ持ってますよ」。 なんと、映像の中で初江さんが身につけている縦縞の 着物がまだ残っていたのだった! 私は時空を超えて、 ツギ八ギだらけの着物を手にした。沖縄戦と私が、リ アルにつながった瞬間だった。 あの感動的な体験以来、沖縄テレビでは積極的に アーカイブ映像を活用するニュース企画や番組に取り 組んできた。2017 年にスタートさせたミニ番組「沖縄アーカイブ」は、視聴者から寄せられた 8 ミリフィ ルムの映像や、沖縄テレビに保管されている「懷かし 映像」を紹介して大きな反響をよんでいる。度々、「亡 くなった母が映っていた」とか、「あれは子供の頃の 自分た」とか連絡が入って、眠っていた映像に「物語」 が刻まれ命が吹き込まれていく。アーカイブ映像は公開して利活用することで初めて「お宝映像」になるの だと、強く実感する日々である。
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# 現地企画セッション(5)「沖縄のマスメディア のアーカイブコンテンツの価値と可能性」 \author{ 宮本 聖二 MIYAMOTO Seiji } 立教大学 開催日:2022 年 11 月 26 日(土)(沖縄県立図書館ホール) 登壇者 山里 孫存(沖縄テレビ 報道制作局次長) 米倉 外昭 (琉球新報 論説委員) 與那覇聡子 (沖縄タイムス 記者) 大高 崇 (NHK 放送文化研究所 主任研究員)進行 吉見 俊哉(デジタルアーカイブ学会会長) 沖縄のマスメディア、新聞と放送局は、そのアーカ イブ(記事や紙面、番組やニュース映像)をどう活用 しているのか、またその営みは何をもたらすのであろ うか。 沖縄は、本土とは異なる近現代を歩み、各メディア はその特性に合わせて記録を刻んできた。沖縄戦を起点に 27 年間のアメリカ支配が続き、行政から文化に まで影響を大きく受けた。復帰後は、莫大な公共投資 が行われる一方で基地は残され、米軍由来の事件・事故が絶えることなく続き、普天間飛行場返還の条件と された名護市辺野古沖の新基地建設は、県民の度重な る拒否の意思表明を踏みにじる形で強行され、沖縄の 自己決定権が顧みられない状況が続いてきた。 セッションでは、沖縄テレビ、琉球新報、沖縄夕イ ムスからの報告を受け、進行にあたる吉見会長と NHK 放送文化研究所の大高研究員にコメントをして いただくことにした。 沖縄テレビは、テレビ局として最も早く 1959 年に 開局、60 年に及ぶニュース映像や番組を積み上げて きた。山里氏からは、各地で沖縄戦のフィルムを上映 し、見た人々がその映像に登場する人物を特定するな どで映像の持つ価值が高まったこと、さらに過去の ニュース映像を積極的に展開することで視聴者によっ て映っている出来事や人物の情報が寄せられてそこか ら新たなコンテンツを生むことができることを報告し た。また、アーカイブを使ってアメリカ占領下の出来事を映画化する取り組みを紹介した。沖縄タイムスの與那覇氏は、新聞の取材力とデジタ ルの融合で制作した「沖縄戦デジタルアーカイブ〜戦世からの伝言」について発表、戦場体験者の言葉を時間軸と空間で確認し、激戦がどのように人々を追いつ め、命を奪ったのか、それぞれの場で生き残った人が 何を見たのかを立体的に捉えられるようになったとす る。さらに、保有する過去の写真をデジタル技術でカ ラー化、そのことで戦前が今に連なるものとして読者 に受け止められ、大きな反響があったという。加えて、取材者がその時々の事象にどのように向き合ったのか というアーカイブも必要だとも述べた。 戦前の沖縄の新聞も、県民を戦争に動員する役割を 担ったが、戦後、琉球新報と沖縄タイムスの二紙が生 まれ、戦前の反省から県民の命と暮らしを守ることを 主眼にした報道に徹してきている。 琉球新報の米倉氏は、積み上げた記事や取材を堰き 止めて、書籍をはじめとするコンテンツを積極的に送 り出し続けていること、特に現在の視点で「沖縄戦」 を紙面化した「沖縄戦新聞」、戦後の米軍支配時の出来事を同様に紙面化した「戦後史新聞」を揭げ、アー カイブによって、視点を変えて事象を捉え直すことが できることを示した。 NHK の大高氏は、テレビ局の保有するアーカイブ の外部利用の可能性を語った。特にアーカイブ映像は 地域に大きく貢献しうるもので、例として MLAへの 提供、上映など地域を主体に活用されることで、放送 アーカイブが社会の共有資産となる可能性を展開した。 登壇者の発表と議論を受け止めて、「メディアのアー カイブは、その取材者や制作者が思いもよらぬ動きを する。作り手を超えるとも言える。特に沖縄の復览前 と復帰後は重層的で複雑な問題があったが、メディア のアーカイブが繋がることで明示的になるはずで、新聞、テレビ、あるいは映画まで、アーカイブにおいて 縦割りを取っ払ってもいいのではないか。」と吉見会長がまとめ、活発な議論を終えた。
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# 現地企画セッション(4)「デジタルアーカ イブ憲章をみんなで創る円卓会議」 開催日:2022 年 11 月 26 日(土)(琉球大学 50 周年記念館、才 ンライン配信あり) ## 企画趣旨 デジタルアーカイブ学会は、現場の“羅針盤”としての「デジタルアーカイブ憲章」の策定に向けて、シンポジウム「デジタルアーカイブ憲章をみんなで創る円卓会議」を、第 1 回 (2022 年 8 月)、第 2 回 (2022 年 10 月)と、オンラインで開催。憲章案に明記した、社会にとっての“記憶する権利”という新たな概念をめぐる議論をはじめ、デジタルアーカイブ機関や企業の担当者、研究者、クリエイター、政府関係者などの登壇者から、それぞれの現場での取組みと問題意識が伝えられ、デジタルアーカイブ利活用促進の重要性を共有できた。同時に、メ夕データ整備や人材育成といった「足腰」の問題、海外とのさらなる連携の必要性、民間企業・団体だけで取り組むことの限界など、今後も検討すべき課題、論点も数多く抽出された。 第 3 回の円卓会議は、初めてリアルに登壇者が集って議論を行うこととなった。憲章案の柱の一つに、地域・分野ごとの取組みを横断的につなげる「ネットワークの構築」があるが、地域の記憶を、次の世代にしっかりと継承するために何が求められるのか、開催地・沖縄でデジタルアーカイブに関わる方々をはじめ、様々な分野の専門家らを交えた討論を実施。 プログラム 挨拶:吉見俊哉 (東京大学大学院教授、デジタルアーカイブ学会会長) 本会議の趣旨と進行:福井健策 デジタルアーカイブ憲章(案)の概要:徳原直子 ラウンドテーブル 参加者からの質問・意見 ラウンドテーブル登壇者(五十音順): 太下義之(文化政策研究者、同志社大学教授) 加藤諭 (東北大学学術資源研究公開センター准教授) 呉屋美奈子(恩納村文化情報センター係長、沖縄国際大学非常勤講師) 平良斗星(公益財団法人みらいファンド沖縄副代表理事、沖縄デジタルアーカイブ協議会運営委員)田村卓也 (南城市教育委員会デジタルアーカイブ専門員) 徳原直子(国立国会図書館、デジタルアーカイブ学会員) 平田大一(沖縄文化芸術振興アドバイザー、演出家、脚本家、南島詩人) 福井健策(弁護士、デジタルアーカイブ学会法制度部会長):司会 三好佐智子(EPAD2022 事務局長、有限会社 quinada 代表取締役社長) 柳与志夫 (東京大学大学院特任教授) 八巻真哉 (沖縄アーツカウンシル((公財)沖縄県文化振興会)プログラムオフィサー) ラウンドテーブルでは、次のような議論があつた。 デジタルアーカイブ憲章は、地域で活動している方の力になる。政治状況や担当者によって継続性が左右されないためにも必要。市民からの資料・情報の収集には、デジタル化やインターネット公開の目的を丁寧に説明し、信頼を得ることが重要。まだ社会に浸透していないデジタルアーカイブの意義をどう伝えるかが鍵。デジタルアーカイブは、デジタライズドアーカイブではない。モノに付随した知識情報に限らず、広い分野を扱う公共的知識基盤である。憲章は作って終わりではなく、現実に反映させることが重要。理論的なものと実践的なものが両輪として必要。不断の努力でアーカイブし続けることが大切。ネットワークによつてつながるデジタルアーカイブにおいては、個々のアーカイブが偏っていたとしても、総体として多様になり得る。多様性は、目的にするものではなく、結果として出てくるものではないか。
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# \title{現地企画セッション(3)「沖縄からのメッ セージ:沖縄県公文書館とデジタルアー カイブ」 \\ 公益財団法人沖縄県文化振興会/沖縄県公文書館 我々公文書館は、もともと英語で「Archives」と呼 ばれています。それに対して「デジタルアーカイブ」 という言葉が国内で使われるようになったのは 2000 年ごろです。今回、デジタルアーカイブ学会の大会が 開かれるにあたり、その頃のことを少し振り返ってみ ました。というのも、その概念は 1996 年に設立され た「デジタルアーカイブ推進協議会 (JDAA)」が提案 し、広報誌の中で公表されたのが最初とされています が、その JDAA が 2002 年、今から 20 年前に沖縄で大会を開いているからです。私も、この大会で報告をす る機会を得、米国から入手した写真のネガをデジタル 処理することで、非常に精度の高い情報が得られると いう事例を紹介したのですが、当時はあまり「そもそ もデジタルアーカイブとは何か」といったことは考え ていませんでした。 公文書管理法には、「歴史公文書等の適切な保存及 び利用等を図り、行政の諸活動を現在及び将来の国民 に説明する責務を全うする」という目的が記されてい ます。デジタルアーカイブは、その目的に奉仕する 「仕組み」である、と今では考えています。そこに至 る過程で重要な経験を与えてくれたのが、2016 年度 に公開運用を開始した『琉球政府の時代』という、サ イトの構築という仕事でした。米国統治をテーマとし た文書保存と公開事業の重要性は、先の戦争でほとん どの公的記録を失った沖縄にとって、「記録に裏付け られた歴史」の再スタートを意味します。特に、沖縄戦、その後の他国統治という特殊な経験の記録は、今 の沖縄を理解するのに欠かせないものであり、その意味で、上記目的の「責務」に深く関わるものだからです。実際に、どのような経緯で今の沖縄があるかを、次 の世代に問うためには、例えば「なぜ沖縄に基地が集中しているのか」「なぜ国が責務として沖縄振興に取 り組むのか」などの起点になっている「歴史的事情」 を避けることはできません。『琉球政府の時代』の記録には、現代の沖縄が抱える課題の発端が記されてお り、「この時代は決して過ぎ去った過去ではない」こ とを実感させてくれるものばかりです。統治する米政府の方針はあくまで「軍事的必要の許す範囲において 住民の経済的、社会的福祉の増進を図る」というもの でした。例えば、軍用地接収が実際どのような手続き の上で行われていたか、そのやり取りが記録された 個々の文書を見ると、個別の当事者の判断や行動は決 して「銃剣とブルドーザー」といった一言で単純化で きるものではありません。そのあたりの事情にも目を 向けていく必要があります。 沖縄県では、これまでに「琉球文化アーカイブ」や 「沖縄平和学習アーカイブ」など、沖縄に関する知的資産を共有するデジタルアーカイブサイトを構築して きました。今後もこのような重要なサイトが次々と構築されることを期待する一方で、この二サイトが一時閉鎖を余儀なくされたように、持続可能性への懸念が あります。とりわけ歴史公文書は、民主主義の根幹を 支える知的資源であることを考えると、一過性の取組 みではなく、ハード事業と同様に継続に必要な経費や 体制を含む数十年先を見据えた計画が不可欠です。私 たちは『琉球政府の時代』の事業とともに、それを「維持し続ける覚悟と責任」を、時を超えて発信しつづけ ていかねばと考えています。ぜひ今後も、注目してい ただきたいと思います。
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# EmergencyからEternalへ : EPAD事業の取り組みと展望 From Emergency to Eternal - EPAD Business Initiatives and Prospects 三好 佐智子 MIYOSHI Sachiko EPAD事務局/有限会社quinada } (photo by Toru Hiraiwa) 抄録:コロナ禍における経済支援を目的に 2020 年にスタートした EPAD(Emergency Performing Arts Archive and Digital Theatre)。3 年 が経過し、アフターコロナを迎え、事業の取り組みと展望を述べる。舞台芸術のインフラ整備事業として、舞台芸術映像をデジタ ル化し、専門家が配信可能化の権利処理をサポートすることで、上演団体の収益力向上に寄与すること、そして、舞台芸術を文化遺産として可能な限り残し社会全体で享受できること、結果的に次のクリエイションにつなげられるようなエコシステムを目指し ている。 Abstract: EPAD (Emergency Performing Arts Archive and Digital Theatre) was launched in 2020 to provide financial support in the Covid-19 Disaster. 3 years have passed, and as we welcome so-called After Corona, we describe the initiatives and prospects of the project. As an infrastructure development project for the performing arts, EPAD aims to contribute to the profitability of performing arts organizations by digitizing performing arts videos and having experts support the processing of rights to make them available for distribution, and to preserve the performing arts as much as possible as cultural heritage so that society as a whole can enjoy them, resulting in an ecosystem that will lead to the further creation activities. キーワード : 舞台芸術、8K収録、ドルビーアトモス Keywords: performing arts, $8 \mathrm{~K}$ recording, Dolby Atmos ## 1. はじめに $\mathrm{EPAD}^{[1]}$ は文化庁令和 2 年度戦略的芸術文化創造推進事業「芸術文化収益力強化事業」として寺田倉庫株式会社と緊急事態舞台芸術ネットワークとの共催で、 コロナ禍における経済支援を目的にスタートした。3 年が経過し、アフターコロナを迎えた今、Emergency から Eternal へと役割変換が求められている。EPAD 事業の概要と今後のビジョンについて説明する。 ## 2. 日本の舞台芸術映像配信に立ちはだかった 「壁」 EPAD とは舞台芸術のインフラ整備事業である。舞台芸術映像をデジタル化し、専門家が配信可能化の権利処理をサポートすることで、上演団体の収益力向上に寄与すること、そして、舞台芸術を文化遺産として可能な限り残し社会全体で享受できること、結果的に次のクリエイションにつなげられるようなエコシステムを目指している。デジタル化することでしか叶わないことのなかに、音声ガイダンスや字幕を施したユニ バーサル視聴と、海外での視聴がある。2022 年に BTS のライブ視聴者数が 3 日間で 246 万人を超えた事例をいうまでもなく、世界中のファンと繋がることができ、ライブイベントの収益源としても見逃すことができない。 ところが、コロナ禍が始まって間も無く、欧米の劇場などがオぺラ・ダンス・ミュージカル・演劇などの配信を続々始めたにも関わらず、日本の舞台芸術の配信は遅れた。理由は収録技術と権利の「壁」にあった。 ## 2.1 求められる権利処理と収録の標準化 一つには、映像はあっても、音声や映像のクオリティが配信に耐えないという事例がある。もう一つの重要な事例として、上演のみの場合には必須ではない原盤権許諾を取得せずに既存楽曲を使用しており、配信可能化の段になって海外の会社や連絡先のわからない版元が出てきて楽曲の使用許諾が得られないということがある。権利者情報が整理されていないケースも多い。詳細は、本号の福井建策氏・田島佑規氏の記事 を参照されたい。 EPAD では過去の舞台芸術映像を収集することで、上演団体に対価を支払うというコロナ禍に対応した経済支援の形をとりながら、このような日本の舞台芸術映像の利活用を推進するためのインフラ整備を始めた。 ## 2.2 早稲田大学演劇博物館、著作権団体、配信プラッ トフォームとの協力体制 緊急事態舞台芸術ネットワークには大型・小型・独立系の舞台芸術団体が集っている。そこで、横断的に業界団体が協力し、1283 本の映像作品を収集した。演劇、舞踊、伝統芸能の 3 分野で 1960 年代から 2020 年までの作品が集まった。合わせて、舞台美術資料と戯曲の収集、技術スタッフによる Eラーニング動画の作成も行なった。 重樍费の $72 \%$ を現期入逼元 図1EPAD2020年度事業実績 収集したデジタルデータについては 1989 年から舞台芸術映像のデジタルアーカイブを進めていた早稲田大学演劇博物館がパートナーとして、日英表記の検索サイト Japan Digital Theatre Archivesをオープンさせた ${ }^{[2]}$ 。配信可能化の権利処理にあたっては日本レコード協会、MPA、NexTone 社の全面協力を得ることができた。 図2 EPAD2020年度事業実施体制 293 作品がU-NEXT、観劇三昧、シアターコンプレックスなどの配信プラットフォームで配信された。 結果的に映像提供団体へ支払った権利対価は 5.4 億円、事業費の $72 \%$ 現場へ還元したことになる。 2020 年 9 月から 2021 年 3 月までの 7 カ月で実施された本事業に対し、デジタルアーカイブ推進コンソーシアムより奨励賞が授与された。 ## 3. 刻一刻と変化していく配信のニーズ:国際交流基金との協働事業「STAGE BEYOND BORDERS」 コロナ禍で、劇団やアーティストの海外からの招聘と海外への派遣が難しい中、国際交流基金は 2020 年から YouTube で多言語字幕付き映像を配信する事業: STAGE BEYOND BORDERS ${ }^{[3]}$ を始めた。既に配信可能化の処理がされていて、作品のバラエティに富んでいるという利点を持つ EPAD 作品の中から 50 作品を協働して配信する事業が 2021 年に始まった。結果、 チャンネルはトータルで 1000 万回以上再生され、 113 力国で視聴された。反響は大きく、中でも 2.5 次元ミュージカル「刀剣乱舞〜ミュージカル『刀剣乱舞』髭切膝丸双騎出陣 $2020 \sim$ SOGA〜」の配信は話題を呼んだ。 ## 3.1 有料配信か無料配信か? STAGE BEYOND BORDERS $の$ 事業成果は EPAD 実行委員会に衝撃を与えた。初年度の時点では収益につなげるために有料配信を前提としていたが、1000万回以上の再生数であれば広告収入でも優に収益化が望める。かつ、無料でなければその再生数は達成できなかった。何より、ままごと『わが星』や贅沢貧乏『わか万うとは思っているけど』のように、実際の海外招聘につながる事例が発生した。つまり無料配信はプロモーションとしてかなり有益であり、有料配信よりも結果的に収益につながる可能性があると知るきっかけとなった。 無料で高水準の映像に日常的に視聴者が触れている中で有料配信へのハードルは年々高くなり、「推し」 のために課金するお金はとっておきたい視聴者が増えた。生配信であれば「時間を共有できる」魅力があるが、舞台芸術のアーカイブ配信は、しっかりとプロモーションをしないと簡単には収益につながらないという結果が出ている。EPAD 実行委員会では 2022 年事業より無料配信を含めて、配信可能化を推進している。 ## 3.22022 年の EPAD 事業 2022 年は令和 3 年度補正予算文化芸術費振興費補助金統括団体によるアートキャラバン事業(コロナ禍からの文化芸術活動の再興支援事業)」の採択を受け、 図32022年豊岡演劇祭特別上映会の様子 (撮影:Igaki photo studio_豊岡演劇祭特別上映会2022) 図42022年豊岡演劇祭特別上映会の様子 (撮影:Igaki photo studio_豊岡演劇祭特別上映会2022) 新たな実行委員会を作った。集めた作品を芸術映像見本市で広め、収集対価と配信効果による経済支援を次なる創作につなぐ循環を目指して、演劇・舞踊・伝統芸能・バレエ分野から 400 本程度の作品を収集する。 そのうち 150 本程度に配信可能化の権利処理を施す予定である。また、オンライン・オフラインで複数の上映会やトークイベントを実施する。 重点的に作品を収集するパートナーとしてこまつ座、NODAMAP、マームとジプシー、能楽協会などと連携する。こまつ座井上麻矢氏は「創業者であり、座付き作家でもあった井上ひさしが私たちに託した夢 …それは各セクションの歴史と労働と知恵と技術が集結して作り上げられたこまつ座の作品が未来へ継続して届けられること、そして世界の人たちに観て頂ける可能性を多大に秘めていること、その二つの夢が同時に叶った」とコメントしている。 ## 3.3 インフラ整備 インフラ整備という点では、各作品のデータだけではなく、簡素で一元的な権利処理をするための情報 図5 2022年8K+Dolby Atmos上映会の様子 (撮影:菊池友理) データベースを構築している。 収録技術については、EPAD では 2021 年から $8 \mathrm{~K}$ カメラ(アストロデザイン)と立体音響 [Dolby Atmos (クープ)]の技術を用いた舞台芸術の収録を始めている。直近での放送や商用配信を視野に入れた作品は $4 \mathrm{~K}$ カット割り+立体音響、アーカイブが主目的の作品は $8 \mathrm{~K}$ 定点カメラ+立体音響など、ニーズと将来性を見込みながら、検証と収録を進めている。将来的には高水準の収録映像に、多言語字幕をつけて海外発信することなどが考えられる。 ## 3.4 アーカイブの利活用 2022 年には教育機関や芸術団体が横断的に集う「舞台芸術デジタルアーカイブ連携会議」が発足した。早稲田大学演劇博物館、多摩美術大学、慶應大学アートセンター、昭和音楽大学バレエ研究所、新国立劇場、国立劇場などの有識者がナレッジを共有し、デジタルアーカイブの利活用について意見交換を行う場である。 アーカイブ事業では人材と資金とのせめぎ合いがつきない。研究・教育においていかに連携すれば互いに相乗効果を見迄めるか、また、デジタルアーカイブの価値をいかに社会に位置付けていけるかを前向きに提唱していきたい。 ## 4. おわりに 「コロナ禍における舞台芸術界で唯一明るい兆し」 と称された EPADだが、日本の舞台芸術映像の収集と利活用において、果たしていかなければならない役割はまだ終わっていない。 3 年かけて EPAD が収集してきた映像の中には思わず「おっ」と吟るようなお宝映像も多く紛れている。夢の遊眠社『小指の思い出』、先日他界された宮沢章夫氏の遊園地再生事業団、阿佐ヶ谷スパイダース初期作品、白石加代子の傑作一人芝居『百物語』‥ 2025 年のマグネティック・テープ・アラートが来る前に急がなければならない。データとして埋もれてしまう前に、人の記憶として消えてしまう前に、次の誰かのために繋がなければならないという想いで収集している。同時に新しい世代のスターの映像をなるべく高品質で残し、可能であれば上演団体の収益につながるお手伝いをしたい。限られた予算の中でどの作品を収集していくのか、有識者の選考会議において、慎重に検討して決定している。 愛好者、研究者のためのアーカイブにとどまらず、舞踊譜のように次の作り手のために遺すべき舞台芸術アーカイブがある。また全ての人が芸術に触れる権利があるのだから、舞台芸術のデジタル映像は創り手のものではなく、享受すべき現在、未来の誰かのためにあるのである。権利者を整備し、きちんと収益配分できるインフラが整うことでつくる・のこす・利活用する、というエコシステムを確立し、業界全体の環境を向上していきたい。 そのような希望と理想を諦めずに、次の世代のためにつないでいくことも一つの役割として、EPADはこれからも歩んでいく。 ## 註・参考文献 [1] EPAD-アーカイブを記憶/感覚再生装置に見立てる。 https://epad.terrada.co.jp/ (参照 2022-10-24). [2] Japan Digital Theatre Archives https://enpaku-jdta.jp/ (参照 2022-10-24). [3] STAGE BEYOND BORDERS : 国際交流基金の映像配信事業。 https://stagebb.jpf.go.jp/ (参照 2022-10-24).
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# 現地企画セッション(3)「戦後文書資料と 展示: 一次資料保存とDA化の連動〜公文書館と民間資料施設の“復帰50年”〜」 仲本 和彦 (沖縄県公文書館 - (公財) 沖縄県文化振興会)司会・問題提起 : 水島 久光 (東海大学) 2022 年、「沖縄県公文書館」では復帰 50 年企画展「Part. 1 :民主主義のショーウインドー—アメリカ統治 の光と影 $(2021 / 7 / 30 \sim 12 / 28) 」 「$ Part. 2 : 軍用地政策の 変遷一基地のない島から基地の島へ 沖縄の変貌を紐解く (2022/2/1 4/24)」「Part.3:日本復帰と沖縄展 (2022/5/13~12/28)」をシリーズ開催した。この展示 は、2013年から同館が取り組んできた『琉球政府文書』 のデジタルアーカイブ化事業の成果をもとに企画され たものである。本セッションではまずこの事業の報告 をべースに、公文書館の資料のデジタル化に関する考 え方と様々な活動への広がりと展望についてプレゼン テーションしていただいた。 沖縄における公文書管理事業は、複雑な同地の戦中・戦後史を考えるうえで、極めて重要な意味をもつ。 と同時に公的な記録に残された事実の背景を、そこか らどう掘り下げていくかという問題に突き当たる。平成 29 年(2017年)3月に行われた国立公文書館にお ける「歴史資料等の積極収集に関する検討会議」では、「国の意思決定に関わる組織や集団の多元化」という 点について「公文書の「行間」を読むことができるよ うな情報、資料によって公文書を「補強」しなければ、国の意思決定に係る実態を把握、理解することが難し くなってきている」という課題が指摘されている ${ }^{[1]}$ 。殊にアメリカ統治下の沖縄の状況に関しては、これ は切実な問題といえる。本セッションでは、この公文書の「行間」に光を当てる報告が重ねられた。まず大城氏は、公文書管理法に記載された使命である歴史公文書の「永久保存」と「利用」の両立を図る鍵として 「デジタル化」が位置づけられていることを踏まえた うえで、その長期保存に向けた技術的課題と、公文書館が担うべき役割を力強く語った。特に「分散管理」 のリスクを考えると「一元管理」そして「地域の情報 は地域で守る」べきという主張は、「仕組み」として のデジタルアーカイブ時代の課題を的確に指摘するも のであった。 ゲストプレゼンテーターの内村氏は、瀬長亀次郎と いう『琉球政府の時代』に生きた政治家が残した記録 を核とした「不屈館」の設立の経緯と(内村氏は瀬長 の次女)、「民衆資料」を保存・公開する活動について 紹介した。特に龟次郎の長女の手紙を巡るエピソード や、企画展における資料の借り入れの実績などから、公文書と私文書の近さが感じられた。また現在進行形 で続く市民運動の記録の保全にも力を入れており、大城氏が訴えた「今の沖縄を理解するための記録」とい う考え方が、機関を超えて共有されていることを知った。 二人のプレゼンテーション後、水島から二つの問題提起を——公文書一私文書」の“読み”の相互性をと、展示やサイトなど様々な公開の方法と資料からの“深堀り”の可能性について一を行い、残りの限られた時間を、仲本氏のガイドにより展示室で実資料を確認し た。十分な質疑の時間をとることはできなかったが、参加者には「行間」の在処を示唆することができたの ではないかと考えている。 ## 註・参考文献 [1]「歴史資料等の積極収集に関する検討会議」は2016年10月 2219年 1 月まで計 7 回開催。引用は第 4 回配布資料より。 https://www.archives.go.jp/about/report/collect.html by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# 現地企画セッション(2)「沖縄からのメッ セージ:沖縄県立博物館・美術館とデジ タルアーカイブ」 外間 一先 HOKAMA Kazuyuki 沖縄県立博物館・美術館 博物館班長 ## 1. 沖縄陳列館 沖縄県立博物館・美術館のはじまりは戦後の「沖縄陳列館」からである。沖縄戦は多くの一般住民を巻き达み 20 万人余の生命を奪った。また琉球王国時代の古都首里は壊滅的な打撃を受け、その歴史的文化遺産は苛烈な戦火にさらされた。そのような悲劇の中で、米軍の沖縄戦終結宣言前の 1945(昭和 20)年 8 月に文化復興の拠点として「沖縄陳列館」が開館した。 最初のコレクションは破壊された琉球王国文化の“かけら”であった。赤瓦屋根の民家を活用して旧首里城正殿鐘(通称:万国津梁之鐘)や円覚寺前鐘、仏像、祭壇類、嘉瓶、厨子甕など収蔵資料367点を展示公開した。 1953 年に「沖縄陳列館」は首里博物館と合併し、復帰後に沖縄県立博物館となった。2007 年に米軍基地返還跡地に沖縄県立博物館・美術館として誕生したのである。 ## 2. 沖縄県立博物館 ・美術館 当館は、総合博物館として沖縄の自然史、考古、歴史、民俗及び美術工芸などの調査研究、収集、保存、展示を行っている。年間の入館者数は旧館時代の約 4 万 5 千人から 10 倍以上の 50 万人を超え、2020 年は過去最高の約 58 万人が来館した。収蔵資料は 10 万件を超える。今後は国際化時代に対応し、沖縄の自然、歴史、文化に深い関わりのあるアジア・太平洋地域の資料も含め調査研究、収集、保存、展示するとともに文化交流の場及び研究機関の役割を果たすことを宣言した。 ## 3. 新館開館と公式ウェブサイト 新館開館とともに公式ウェブサイトも充実させてきた。展覧会情報や各種イベントなどの情報が満載である。収蔵品検索のページは「展示資料から検索」「キー ワード検索」等の方法で検索ができる。また民俗分野が取り組む「WEBアーカイブウチナー民話のへや」 は、沖縄各地で収録された伝承話を動画コンテンツとして発信している。他にも岩石鉱物や貝類コレクションといった自然史に関するぺージも用意した。現在で は学芸員が常設展の見どころやコレクションの魅力を紹介する動画配信も行っている。 ## 4. デジタルアーカイブの恩恵と課題 当館では、沖縄戦で失われた有形無形の文化財の復元を行う琉球王国文化遺産集積・再興事業に取り組んでいる。復元の際には、高精細なデジタル画像が有効だった。肉眼では確認できない細部の観察や戦前の古写真からは破壊される前の姿を確認することができた。法量や製作年代、技法など、他の施設が公開するデジタルデータと現存する実物資料の両者を活用して復元へと至るのである。デジタルとリアルな情報を活かした調査研究や復元製作は王国時代の工芸技術の解明に貢献し、さらに伝統産業を担う人材育成へと波及したと実感している。 その他、展覧会の準備や調査研究を行う様々な場面でデジタルアーカイブを効果的に活用し、文化資源・知的資源の恩恵を受けている。海に囲まれた沖縄において、デジタルアーカイブの利活用は距離的・時間的な制約から解き放ち資料へのアクセスを容易にしたことは確実である。 一方で課題もある。当館が公開している収蔵品検索において資料写真が添付されていないなど、その情報量は少ない。沖縄県内でいち早く取り組んだ検索システムの第一歩目であったが、開館から 15 年が経過し、現在は情報を更新することが課題となっている。また総合博物館である当館は各分野が個性あるリストづくりを行っている。デジタルアーカイブとして公開していくには表記の仕方や掲載情報について共通したフォームが必要かと考えている。しかし、このような課題に向き合い、改善に向けて取り組んでいくには時間と予算や人材が必要になるため、なかなか次に進めないのである。とはいえ何もせずに傍観している場合ではない。当館の状況にあわせた理想のデジタルアー カイブを追求していくのであるが、まずは今ある文化資源を整理し発信すること、更新するという第二歩目を踏み出す時期がきている。
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# 現地企画セッション(2)「形あるもの、沖縄 の歴史のDA化」 \author{ 真喜屋 力 \\ MAKIYA Tsutomu } 第 7 回研究大会(沖縄)実行委員長/沖縄アーカイブ研究所 開催日:2022 年 11 月 26 日(土) (沖縄県立美術館・博物館)登壇者: 外間 一先(沖縄県立博物館 主任学芸員) 幸喜 淳 (美ら島財団 琉球文化財研究室室長) 外間 政明 (那覇市文化財課) 島袋 幸司(豊見城市教育委員会 文化課) 沖縄県内のアーカイブで扱われる有形の文化財や資料、美術工芸品などをデジタルアーカイブ化する取組 みについて、登壇者から現状や課題の報告を行い、共有を行いました。 本セッションの取りまとめも行う那覇市文化財課の 外間政明氏からは、那覇市歴史博物館のデジタル ミュージアムが、那覇市史編纂室の立ち上げからその 際に集まった写真資料 3 万枚を、デジタルスキャンし 市民への公開や提供を始めたことから始まったと、成 り立ちの紹介から始まりました。 当初は、紙焼きのプリントを用意し、郵送にて対応 していたが、現在はメールのやり取りだけで、対応が 可能になっている。 著作権の問題も抱えているが、基本姿勢として「行政の資料を市民に提供できないのは問題であろう」と の考えで、公開していくというスタンスを持っている。 また現在は象形文字、埋蔵品などの公開に取り組ん でいるが、細かく数が多いため、公開方法や基準作り の段階だと言う。 沖縄県立博物館・美術館の外間氏からは、沖縄県立博物館が、戦争によって破壊された文化財のかけら等 の残欠文化財の収集で、戦前と戦後の文化をリンクさ せていく活動で始まったとの紹介があった。現在は、琉球王国遺産集積再興事業を開始。これによって失わ れた文化遺産を復元すると同時に、その技術も復元し ている。 その復元に貢献したのが、戦前に鎌倉芳太郎が残し た文化財の記録写真など。現在はできる限りこのよう な写真資料を収集、整理することで、調査研究に利用 しようと動いている。これまで収集した写真は、担当者がデジタル化を行っているが、現状は内部利用だけ。将来的には一般公開と言う形にしたいと、抱負を語った。 財団法人美ら島財団の総合研究室に所属する幸喜淳氏は、財団が管理する首里城公園の火災前後の写真の 比較し、被害と修復工事の進捗状況報告。 報告内で、火災のあと沖縄県内の学芸員が集まって、首里城内の美術工芸品の搬出などを行ったと言う説明 に、まさに沖縄のアーカイブにとっても大きな衝撃を 与えた事件であったことが示唆された。 首里城内の展示室や保管庫に火災前に 1,510 点あつ た収蔵品が、1,119点に減少。そのうち 364 点が修理 が必要な状況たという。 現在の被害状況の調査が終了後、美術工芸品のカル テをもとにデータベースを構築していく子定であるこ とを伝えた。 司会を務めた外間氏より補足で、美ら島財団は修理工程などもデジタル記録を行っており、「もしもの時 に役立つ資料が残せるのでは」とあった。 最後に、豊見城市教育委員会文化課島袋幸司氏から は、地方行政独自の取組みが紹介された。 豊見城市は古都首里にも近く、文化史跡や芸能も盛 んであった。また沖縄戦の激戦地でもあったことから 戦争遺跡など伝えるべき物は多い。 教育委員会文化課は、令和 2 年度から国の一括交付金を使い、正規職員 1 名と非正規職員 4 名がデジタル 担当となり、「デジタル博物館事業」を進めてきた。 記憶情報写真収蔵品というものをデジタル化して、 クラウド上に置き、市民への公開はもちろん、他地域 アーカイブとの連携も視座に置いている。 様々な取組みがあるが、中でも自治会が保存する写真を集め、ヒアリングした情報を収集、デジタルで公開するだけではなく、最終的には各字(23字)それ ぞれで 200 ページ程度の写真集を作成、配布すること で、デジタル弱者への配慮も忘れていない。これも中核にデジタルアーカイブをしっかりと構築することで 派生した利活用の恒例と言えるのではないだろうか。
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# 現地企画セッション(1)「「文脈」を伝える: アジア・アフリカをアーカイブするための 方法的探究」 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 ## 開催日:2022 年 11 月 26 日(土)(沖縄県立図書館)企画趣旨: 今日、研究者により、アジア・アフリカ地域の言語や文化を研究対象とするデジタルアーカイブが構築され、研究や教育への利活用が進められている。他方、デジタルアーカイブは、その社会的影響もますます大きなものとなっている。そうした中で、デジタルアーカイブの存在が現地社会に及ぼすさまざまな影響も考えられる。特定の地域文化についてとりあげることにより、アーカイブ自体が政治性をおびるためである。 このような問題に対して、私たちは「文脈」っまり、アー カイブの対象のそばにいる人々が形成するコミュニティや、その歴史的・文化的な背景の重要性に注目する。デジタルアーカイブの構築において、そうした「文脈」をどのように扱うべきか、また、「文脈」をいかにしてデジタルアーカイブとともに伝えるか、本企画セッションでは、このような問題意識に立ち、 アジア・アフリカ地域を対象としたデジタルアーカイブ構築の事例を踏まえながら、問題点を共有し、現地の人々とともにあるデジタルアーカイブ構築の方法を検討した。 登壇者と演題 $\cdot$ 趣旨説明 熊倉和歌子(東京外国語大学) ・現地の人々とともに作る一ミャンマー北部の口承文芸のアー カイブ 倉部慶太(東京外国語大学) . 先住民族の博物館資料のデジタルアーカイブー国立民族学博物館の台湾資料を事例に 野林厚志(国立民族学博物館・総合研究大学院大学) ・カイロの都市・文化遺産の記録・分析と現地の人と連携する都市遺産保全活動 深見奈緒子 (日本学術振興会カイロ研究連絡センター) 吉村武典 (大東文化大学) コメンテータ:木村大治 (京都大学名誉教授)倉部報告では、カチン語で語り継がれる口承文芸を、現地の有志グループとの共同作業で記録保存し、SNS を通じて現地の人々と共有する一方、研究データとしても蓄積する活動について報告された。野林報告では、国立民族学博物館が所蔵する台湾資料のデジタルアー カイブが台湾原住民族の人々にとって自分たちの歴史や文化を継承するための手段の一つとなっている一方、それを維持することの難しさについても報告された。深見・吉村報告では、カイロ旧市街の文化遺産・歴史的景観の保存活動が、市民向けワークショップ等を通じて現地市民を巻き込む活動に発展していったことが報告された。これらに対し、木村氏は、公共と私有、固定と流動がアーカイブに関わる軸として次のような問題点を指摘した。第一に、情報を「公共化」しようとするデジタルアーカイブに対して、様々なところでプライバシーや知的所有権との衝突が見られること、第二に、アーカイブは価值ある情報の消失に抗する行為でありつつも、一度アーカイブされたものは流動性を失ってしまうことである。 三つの報告の共通点として、現地の人々とともにデジタルアーカイブを作成・利用することにより、それに関わる他者である研究者が「当事者性」を獲得し、 アーカイブをめぐる政治性の問題を乗りこえる一助となっていることが示唆された。しかし、研究者が現地の人々と文化遺産をつなぐハブとなる場合、継承の問題が浮上する。この問題に対しては、データをシステムと切り離して保存することや、デー夕管理の計画を立てることの重要性が確認された。
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